1.シェリーの始まり
ーー物心ついた時から、私が怖かったのはいつだって未来だった。明日が来なければ良いのに、なんて何度思っただろう。
「シェリー、お前のせいで僕の今日の運勢が悪かったぞ!どうしてくれるんだ!」
「ごッ……!」
「おおっ、ダドリー!良いパンチが決まったな!さすがはわしの息子だ!」
テレビの占いを見て憤慨し、その憂さ晴らしに殴りかかってくるのは私のいとこくらいのものだろう。
ダーズリー家は私……シェリー・ポッターの現在の家だが、部屋は物置の中で、気に入らない事があれば殴られ、何か失敗すればロクに食事は貰えない。
正直、彼等に家族の愛を感じた事はない。誰か本当の家族がやって来てこの家から連れ出してくれる日が来る……そう思っていた時期もあったが、もはやそんな幻想は見るだけ無駄だと悟った。
「お前の両親は交通事故にあって死んだ。ろくでなしの二人だったよ。お前はせいぜいまともに生きて私達に恩返ししなさい」
それが、私に告げられた真実。生きる理由。
「いつもボロボロの服着やがって!気持ち悪いんだよ、このブス!」
ダドリーのお下がりなのだが、それは彼達には関係ない。いつもいじめる子達は、公園の隅っこで私をサンドバッグにするのが好きだった。そこで彼達が飽きるまで殴られる。もちろんダドリーの機嫌次第では、家でも殴られるし、かといって帰るのが遅くなれば夕飯抜きだ。
「ハハハ!あいつあんなにバタバタもがきやがって!うげぇー、きったねーパンツ見せんじゃねーよ!」
川に沈められた時は、泳げないーーというより泳いだ事がないのもあって、泣きながらみっともなく手足を振り回した。あの時は本当に死を覚悟した。
ああ、次は何をされるんだろう。何が起きるんだろう。明日が来なければ良い。未来に希望なんて持てない。辛い。怖い。
でも、仕方ない。
私が辛い想いをするのは、仕方ない。だってまともじゃないんだから。頭がおかしいから。狂っているから。だから、仕方ない事なんだ。
「ホグワーツ魔法・魔術学校……?」
その手紙が、来るまでは。
『シェリー・ポッター』
ドンドンと扉を叩く音が聞こえる。
手紙はペチュニアおばさんに取られたものの、翌日も何通も送られてくるものだからこれは……という事で逃亡生活をして辿り着いたのが孤島のぼろ小屋。
だけど、どうやら手紙の送り主は直接やって来ることにしたみたい。
「シェリー・ポッター!ここにシェリー・ポッターがいるだろう!開けろ!」
(わ、私、借金取りに追われるような事はしていない筈だけど……)
「そんな者はおらん!出てけ!」
次の瞬間、轟音と共にドアが開かれ……いや……ぶち壊された。入ってきたのは身長2メートルを超える巨漢と、身なりが整った上品な老婆。見ようによっては、美女と野獣に見えなくもない。
「……か、家宅侵入罪!だぞ!」
「ん?オーッ、シェリーだ!見てくだせえマグゴナガル先生!リリーそっくりだ!」
「え。あ、きゃっ」
「ハグリッド。彼女が怖がっていますよ」
「ん?おお、すまん!シェリー!デカブツなもんでなんでもやり過ぎちまう……」
「聞いているのか貴様等!とっととお引き取り願おう!」
「……私達はシェリーに用事があって来たのです。貴方がたにも関係のある話だと思いますが」
「何を……うぉっ!?」
マグゴナガルと呼ばれた老婆はおじさんの銃を弾き飛ばした。杖の一振りで、だ。
尚も拾おうとするおじさんを尻目に、銃をクラッカーに変えてしまった。まるで本物の魔女みたい……
「はじめまして?シェリー・ポッター。私はミネルバ・マグゴナガル、マグゴナガル先生とお呼びなさい。あちらはルビウス・ハグリッドです」
「あ……あの…、はじめまして、先生、ハグリッドさん」
「アー、シェリー、さん付けは……」
「後になさい。あなたには色々と伝えるべき事があるのですが……、まずは、誕生日おめでとう、シェリー」
「えっ?」
「ほら、ケーキだ!シェリー!美味いぞ!」
『たんじょび、おめでとう』
文字はがたがたで見てくれは良いとは言えなかったが、それは確かに愛情が篭ったケーキだった。ダドリーが誕生日に食べたものよりも美味しそうに見えた。
こんな素晴らしいものが、私に?……食べようだなんて、おこがましいんじゃないのか?
「あ……ありがとう、ございます、えっと」
「何です?」
「こ、これ。……わ、私の……ケーキなんですか?」
二人はクスクスと笑った。
「勿論ですよ。シェリー。さて、貴方に伝えるべき事があると言いましたね?ホグワーツの手紙は読みましたか?」
「い、いえ」
「では今お読みなさい」
ペチュニアおばさんに取られたものと同じらしき手紙を渡される。
『このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。ホグワーツ特急の切符、教科書並びに、必要な教材のリストを同封致します。新学期は九月一日に始まります。
敬具 校長 アルバス・ダンブルドア』
「……えっと……ホグワーツ?」
「魔法を学ぶことができる学校です。つまり貴女は魔法使いなのですよ、シェリー」
「耳を貸すな、シェリー!」
そう言って会話に割り込んできたのはバーノンおじさんだ。魔法学校というものに惹かれるものがあった私は、びくりと身体を震わせた。しかしハグリッドさんのひと睨みでバーノンおじさんはもっと震えた。
「ストーンウォールがどこかは知らんが、この子の名前は生まれた時から名簿に名前が書かれとるんだ!」
「でも……む、無理です……私には、そんな……それに、バーノンおじさんに叱られてしまいます……」
「……もしや……貴方は自分の両親が魔法使いだということは知っていますか?」
「えっ?し、知りませんでした」
「ジェームズとリリーの事を、なーんも聞かされたなかったんか?これっぽっちも?」
「す、すみません。両親は自動車事故で死んだって事だけ……」
「自動車事故!そんなもんであの二人は死にはせん!あの二人は当時の同世代の魔法使いの中でずば抜けて……す、すみませんだ……」
邪魔するな、とマグゴナガル先生の鋭い視線がハグリッドに刺さる。ハグリッドさんはしょぼんとした顔で口をひっこめた。
「いいですか。辛い話になりますが、よくお聞きなさい、シェリー」
「は、はい」
「貴方の両親は自動車事故で死んだのではなく、一人の魔法使いに殺されたのです」
「彼は惨虐の限りを尽くし、名前を呼ぶのも禁忌とされるようになりました。……あー、『ヴォルデモート卿』。ごほん、彼は多くの手下を従え、魔法界を牛耳ろうとしたのです」
「魔法界で彼とその配下との戦争が起きました。貴方の両親はその勢力と戦っていたのですが……戦争の終盤、二人は彼に殺されてしまったのです。ええ、とても哀しい事ですが」
「彼は貴方をも殺そうとしました。しかし……あなたにかけたはずの死の呪いが跳ね返ってきたのです。そして今は、もうこの世にいないものだと言われています」
「そうだ!だからお前さんは『生き残った女の子』として有名なんだ!」
そのショッキングな内容に、驚かなかった訳ではないが、しかしそれ以上にーーなんだか、初めて、褒められたような……いや、胸がドキドキするような……。この時はまだ知らなかったが、これは自分の親のことを誇らしいという気持ちだ。初めて、両親の事を肯定してくれる人が現れたからか。
「そ、それでその、ジェームズさんとリリーさんはホグワーツに通っていたんですか?」
「おう!勿論、二人とも学校の人気者だったぞ!」
「その二人は、えっと、何の教科が得意だったんですか?あっ、そもそも教科別に分かれているものなんですか?」
「シェリー、どうやら、ホグワーツに興味が出てきたようですね?」
「えっ?あっ……ごめんなさい………あぅ」
恥ずかしい。顔から煙が出そうだ。
学校の先生に質問することなどできなかったから、何でも答えてくれる二人に沢山の事を聞いてしまった。私が本当に行けるとは限らないのに……。
「ま、待て!小娘!行かせん!そんな訳の訳の分からん所には行かせんからな!」
「……バーノンさん、私共の説明に不備がありましたか?」
「いいか、お前はそんな『まともじゃない』所へは行かせんぞ!何が魔法だ!妙ちきりんなところにその小娘を連れていくなどわしは認めんぞ!」
「貴方はこの子を追い出したがっているようですが?」
「うるさい!そいつはストーンウォール校に行くんだ!見た目だけは良いからタレント養成学校に通わせようとした時期もあったがな!ともかく!そんな所には行かせんぞ!」
「偉大なる魔法使いアルバス・ダンブルドアの下で勉強ができるんだぞ!」
売り言葉に買い言葉で、バーノンおじさんは禁句を言ってしまった。
「そんなきちがいじじいの下に行かせられるか!」
堪忍袋の尾が切れた音を確かに聞いた。
「おれのーー前でーーダンブルドアをーーばかにーーするな!!!」
「うおおおおおおっ!?」
「ハーーーグリーーーッド!!!!」
「なんて事を!相手はマグルですよ!?あの態度に私も腹に据えかねたところが無かったわけではありませんが!よりにもよって!実力行使するなど!」
「す、すみませんだ、先生。つい」
「ついじゃありません!この事はアルバスに報告しておきますからね!」
「えっ。そ、それはご勘弁を……」
「お黙りなさい!」
2メートルは優に越すであろう大男が、マグゴナガルの剣幕に身体を縮めていた。
ダドリーに尻尾を生やしたのは流石にまずかったらしい。教授はおかんむりだ。
(だけど……何だろう。ハグリッドさんもマグゴナガル先生も、怒ると凄く怖いのに。バーノンおじさんと違って、なんかこう……温かいというか……)
「シェリー!」
「ひゃ、ひゃい!」
考え事をしていたら口を噛んでしまった。
「貴女は明日、ハグリッドと一緒にダイアゴン横丁に勉強道具を買いに行く事になりますが!くれぐれも!彼が問題を起こさないように見張っておくように!」
「わ、分かりました」
「……フーッ。失礼。……勉強道具もですが、見たところ、貴女には他にも必要な物がありそうですね」
そう言って彼女が杖を振ると、ダドリーのお下がりだった色褪せてダボダボだった服が新品同様のブラウスとスカートに変わる。
髪も整えられ、くしゃくしゃで荒れ放題だった髪は綺麗なくせ毛へと変わった。
先程までの、小汚いちんちくりんな私は『普通』くらいにまで変貌した……ように思う。
「ほぉーーっ、たまげた。本当にリリーそっくりだ。こりゃあべっぴんになるぞ……」
一瞬、驚きと共に胸が高鳴って嬉しさの奔流が流れた。だけど、そのすぐ後に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「……こ、こんな……わ、悪いです……私なんかに……」
「身だしなみに気を使うのもレディの嗜みですよ。一人だけ、過度に汚れた身なりをしていれば周りを心配させます。悪いと思うなら身なりをきちんとする事です」
「………ぁぅ………」
正論で返されては、何も言い返せない。
ひたすら困惑していた私に、その大男が優しく声をかけた。
「こういう時は、すみませんじゃなくて、ありがとう、っちゅうもんだ。な?シェリー」
「……ぁ、ありが、とう……?」
これで良いのだろうか。初めて使う言葉だから、分からない。先生も目を細めている。失礼になってやしないだろうか。私また何か間違えたのか?
「どういたしまして、シェリー」
「ぁ…………」
優しく抱きとめられた。
ハグされたのは初めてだった。
涙こそ出なかったが、なんだか、胸の中にじんわりと染み込んでくるものを感じた。
「ホグワーツは貴女を歓迎します。貴女が勉学に励むのなら、その頑張りを評価しますし、その生活はきっと楽しいものとなりますよ」
「楽しい……」
「励みなさい、シェリー」
マグゴナガルはにっこりと微笑んだ。
釣られて私も笑顔を浮かべた。
自然に笑ったのも、久しぶりだった。感謝の気持ちでいっぱいだった。
「よろしくお願いします、マグゴナガル先生、ハグリッドさん」
「さんはやめとくれ!シェリー!」
シェリー・ポッター(11)
体罰やイジメの影響で卑屈な性格に。
他者を優先し、自分の事は後回しにするタイプ。
見た目がリリーそっくりなのでペチュニアからは複雑な感情を抱かれており、彼女から直接いじめられたり、小言を言われる事はない。(そのかわり助ける事もしない)