シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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5.怠惰のオスカー・フィッツジェラルド Ⅲ

 

「足癖の悪いことだ」

 

 窓を蹴破って礼拝堂に突入したロンを、オスカーは数多もの魔法弾で出迎えた。

 予め盾の呪文を展開していたロンだったが──その衝撃は想像していたよりも遥かに重たいものだった。盾越しからでも伝わる、その尋常ではない魔力。

 

「──ッ」

 

 けれど、まだ許容範囲内の痛みだ。キッと前を見据える先にあるのは、邪悪を煮詰めた罪業の化身。

──彼こそは、オスカー・フィッツジェラルド。

 

「扉から入らなかったのは良い判断だったな。罠魔法で出迎えてやったものを」

「あんたの考えてそうなことなんて全部お見通しだ」

「それは怖い。ではこれも“お見通し”か?」

「何を、……ッ」

 

 僅かな風の揺らぎと背に走る悪寒が、ロンの身体を動かした。ガラスの割れる音──頭上より落ちるシャンデリアに気付かなかった。

 魔法で影を消していたのか。音と衝撃に怯んだ瞬間を突いて幾多もの魔法弾が放たれる。

 障害物などお構いなし。下手に受ければ痛みで脚を止めてしまうと悟ったロンは、ただひらに走る。ネロやニホンの魔法使いのように、痛覚を肉体を分離する術を、ロンは持ち合わせていない。

 脚を止めたら最後、そこを狩られる。

 戦闘は徹底して狩る側でいるのが重要ということを、オスカーは経験上理解しているのだ──!

 

「『告解』」

 

 攻撃の合間に放たれる、黒色の呪い針。

 それはオスカーが人間の怨讐を一塊にした呪具で、極めて短い間ではあるが、生物に反応して自動追尾する性質を持つ。心臓の無い人間が生きている者の心臓を求めて飛来するのだ。加えて、ハリー程ではないが毒の呪いも込められている。

 一目見てその脅威を感じ取り、ロンは針を爆炎で弾いていく。同時、子供の悲鳴のような、痛ましい炸裂音。

 悍ましい──ロンは意識をそちらへ向けてしまった。

 

「気を取られたな」

「!?ガッ……ハッ」

 

 身体が吹き飛び、無様に地面を転がってようやく、痛みが追いついてきた。殴られたと理解をしたのは更にその後だったが、ムーディーにしごかれた身体は自動的に立ち上がって杖を構えてくれていた。

 腕を数ミリ動かすだけで激痛が走る。紅い力の身体能力の強化という恩恵は、オスカーは他のそれと比べて少ない筈だが……それでも常人ならざる領域に達しているといって過言ではない。

 ドロホフのような洗練された技術ではない。骨の髄まで響き渡るほどの、鋭くも純粋なパワー!

 

(畜生……っ、侮ってなんていなかったけど、それでもこいつは予想以上だ。空間の固定化、人形の同時使用……これだけの制限がかけられてるってのに、それでも僕より出力は上か……!)

「『叙聖』」

 

 高密度、高質量の呪いの厄災が地を這う。

 オスカーみたいなタイプが使う魔法などまともに受けてはどうなるかたまったものではない。ロンは基本的に回避で対応する。

 果たしてそれは正解だった。

 地は焦げ、グジュグジュとおぞましい音と共に厄災が広がっていく。どうやら簡易的な毒の性質を持ち合わせているようで、溶けた床から悲鳴の歌が聞こえた。

 オスカーは防御的な能力故に、自らの攻撃力は他の紅い力持ちに比べるとそれほどでもない。故に、その弱点を補うためにあらゆる呪具を携帯していた。

 

(しかし、この、呪いのマジックアイテムは──)

「気付いたか?これが、何で造られているのかを」

「…………ッ」

「生きた人間だよ。私はおよそ、恨みつらみとは縁遠い男でな。少し小突けば快く協力して貰えた」

 

 スーツの胸ポケットに収納できる程度に折り畳まれた持ち運び式の人の持つ憎悪と怨念。

 オスカーの左手に握られた闇の呪物を見て、軽く目眩を覚える。製造方法を想像してしまったからか──

 ぎり、という歯噛みの音が確かに聞こえた。

──ごめん。

──僕はヒーローにはなれない。貴方達を元に戻す術はないし、全員を救うことだってできない。

──その代わり奴は必ず殺す。

──僕にできるのは、それだけだ。

 

「道具に頼って、言葉で惑わせようとするなんて。そこまで落ちたか?オスカー・フィッツジェラルド。お前の浅ましい性根が手に取るように分かるぜ。あの世でせいぜい拷問自慢でもしてろ。

──フリペンド!!」

「『無冠』」

 

 ロンの魔法弾をいともたやすく相殺するオスカー。

 いや、あれは元より相殺を目的とした魔法のようだ。

 無冠──今は没落したと言われている純血一族、ファンガーソン家に伝わる魔術だが、簡易的なものであれば相手の魔法と全く同じ威力、速度の魔法を形成することのできる、相殺専用の魔法。

 勝利者の生まれない、まさに無冠の魔力。

 当然使い熟すにはそれなりの技術を要する上、魔力量にものを言わせてゴリ押しするタイプには不利だが……格下や拮抗した相手への対人戦ならば、これほど厄介な魔法もない。

 牽制が、牽制の意味を成していない。ただ普通の撃ち合いではこちらが不利になるだけだ。

 

(なら、これはどうだ)

「……ッ!花火か?これは!」

 

 ウィーズリーズとリー・ジョーダン御用達の『魔力を受けて増殖する花火』だ。

 魔力弾ではないため、奴も一瞬反応が遅れた。

 驚異的な速度であっさりと封印するも、ロンが隠れるくらいの時間は稼げた。

 

(僕が勝てる可能性なんて、百回やって一回あれば良い方だろう……その奇跡の一回をここで引くしかない……!

嘘と騙しで翻弄して、渾身の一撃を叩き込む!)

「そこか」

(嘘だろ!?隠れた意味がないじゃないかクソ!何でもう位置がバレてるんだ馬鹿!ふざけんな!)

 

 グリンデルバルドの吸血鬼としての能力のひとつに、幾多もの蝙蝠に化けるというものがある。

 オスカーの使用する人形もその性質が再現され、数は少ないが分裂して視覚を共有することができる。

 ロンを遠くから蝙蝠が観て、その光景がオスカーの頭の中に送り込まれていることに、ロンは気付いていなかった。オスカーはその特異な性格故か、並列処理能力と情報処理能力は群を抜いている。

 コツコツと、ロンが身を隠した瓦礫へとオスカーが近付いてくる。何か、何かしなければ──!

 

「……なあ、あんた!何であんたみたいなのが“怠惰”呼ばわりされてんだ!?そんな感じはしないけどな!」

「……言葉で惑わそうとするのはそれだけ追い詰められている証拠だとさっき自分で言わなかったか?」

(そうだよ、結構ピンチだよ今……!)

「まあいい……私はどうも感情が麻痺しているようで、子供の頃から何事にも全力で取り組もうとする気すら起きない人間でな。元々の素質は高い方だったらしいのでトラブルは起きなかったが」

 

 しめた。乗ってきた!

 今のうちに魔法糸と罠魔法をありったけ仕込ませてもらうことにする。卑怯だと言われようが構わないし、卑劣だと罵られようが心は傷つかない。

 口先一つで勝ちの目が生まれるならむしろ、それは誇るべきことだ。相手は人を人とも思わぬ卑劣漢なのだから誇りが傷つくような心配は……、

 

「全てに手を抜くから怠慢。普通に生きることは、私にとってただ何もせず寝っ転がっているのと同じ……そして私にとっての殺戮とは、酒や煙草などの娯楽に近い。

 ただ寝ているだけか、寝っ転がりながら酒を飲んだり煙草を吸ったりお菓子を食べたりでは、後者の方がより堕落しているだろ?

 生きているだけで怠慢、その上で遊び呆けるので怠惰というわけだな。これはもう生まれ持った性質のようなものだ。初めての殺人は親だったが……あれは何にも変え難い至福だった……」

(……………)

 

 咎人の清々しいまでの罪の告白は、ロンの想定していた邪悪のおよそ斜め上を行っていた。

 優先順位、価値観の問題だ。

 オスカーは食事をすればそれが美味かどうか分かる。音楽を聴けば上手いかどうか分かる。けれど、それらで感動したり幸せになることはない。

 この世界の幸せを理解できない。

 その代わりに、未知なる快感に幸福を感じてしまった哀れな生き物なのだ。

 おぞましいものに価値を見出して、何よりも価値のある宝物を、身近な幸福を棄てたことを分かってない。

 ちっぽけでも、しあわせは近くにあるものなのに。

 

(まあ……僕も非日常に惹かれてたクチだけどさ……)

「──人生とは映画のようなもの。時と共に段々とフィルムが巻かれていく……そして面白い映画があれば楽しいし、泣ける映画なら泣くだろう」

「………………」

 

オスカーは淡々と綴ると「だが、」と一拍置いた。

 

「──つまらない映画はどうだ?あまりに凡庸で退屈でありきたりで、内容が頭に入ってこないような浅はかな映画。そんなものを観たとて何の感慨も湧かんし、湧きようもない。だって面白くないからな。

 駄作ならば一周周って観る価値はあるかもしれんが、凡作は時間を無駄にしているのと同じ。一生に一度しか観れないのなら、面白い映画でないとな」

 

 ……ダメだこいつは。

 

「──私にとっての凡作が、お前達の求めるありきたりな日常というやつだ」

「ああ、もう分かった。哀れな奴だよ君は。殺人が趣味のクソ野郎の言うことなんて聞くんじゃなかったな……無駄にした時間を返してほしいぜ」

「魔法糸を仕掛けておいてよく言う……」

 

 オスカーの杖先に、緑色の光が宿る。

 すかさず、ロンは魔法糸に魔法を乗せる。糸を通じて超高速で魔力が飛び、奴の身体へと肉薄する。

 が、次の瞬間に驚愕とともにロンはその場を離れる。

 逆にオスカーの魔力が魔法糸を通り、ロンの魔力を飲み込んで、こちらに逆流しててきた!魔法糸を逆に利用されてしまったのだ。

 慌てて椅子の影から飛び出して、地面を転がる。

 ぶつり、魔法糸が魔力負荷に耐えられずに千切れる音と共に、紅い力の図抜けた出力で放たれた魔力弾の雨が再び降り注いだ。

 

(くそ、魔法糸が駄目なら罠に嵌める方法で……)

「んん……中々難しいな。こうか!?」

「────!?」

 

 自分達がよく使う技を真似られたことに、まずは言いようのない不快感を覚えた。

 魔法糸を、使っている。

 オスカーを中心として、蜘蛛の巣のように魔力の糸が展開しているのを、確かにハッキリと目視した。目に見える以上、魔法糸の隠密性という強みこそ失われてはいるものの、射程と数に関してはロンの数十倍以上。

 魔法糸の特徴は『魔力が少ない者ほど使いやすい』という点である。たとえばダンブルドアが魔法糸を使おうとしても、彼の雄大かつ強大な魔力は隠そうと思って隠せるものではないので、隠密性は失われる上、大量の魔力を細い糸状にするのには時間がかかりすぎる。そんな手間をするくらいなら、普通に攻撃した方が早い。

 背が高いほど上のものを取りやすいのと同じくらい単純な理屈だ。それをオスカーは……やや不恰好な形とはいえ、成し遂げた。凄まじいまでの学習能力だ。

 

 縦横無尽、あらゆる軌道を通って魔力弾が駆け巡る。

 変則的で隙がない──避けるのは無理。受けに回り、合間を見て魔法剣で糸を切っていく!

 軌道にさえ気を配れば──そう思考したところで、足首に鋭い痛みが走ったのを感じた。

 

 太い魔法糸の中に、ほんの僅か数本だけ、細い糸が伸びている。意図的に視界の端に設置されてあり、一瞬見ただけでは気付かない程にそれはか細い。

 ロン達の使う魔法糸はほとんど不可視なので、これでもまだ太いのだが──太いのが目眩しになって気付かなかった。体勢が崩れ、転んでしまいそうになる。

 すかさず強烈な一撃をもらってしまった。防御したものの、やはり重たい──!

 

「がッ……はっ……!」

「私には少し疲れる技術ではあるが……些か便利だな、この魔法糸とかいうやつは」

(それはハーマイオニーの考案だっての……!)

「さあ、もう少し本数を増やすとするか!

 ……うん?おっと!」

 

 オスカーの何十、何百もの魔法糸の中に、ほんの少し違う魔力を感知する。パッと飛び退くと魔力が走り、スーツが少し焦げた。偵察用のコウモリが捕らえた情報、そして魔法糸を使っていたからこそ気付けた小さな違和感を見逃さなかった。

 ロンの魔力に似ているが少し違う……これは……。

 

「隠れてないで出てこいよパーシー。こっそり忍び込んで隙を伺っていたな?」

「パーシー……!?」

(クソ、バレたか。そのまま気付かず死んでくれれば楽だったんだが)

 

 思わぬ援軍。

 ロンが先程蹴破った窓の向こうから、パーシーが密かに魔法糸を伸ばしていたのだ。兄の登場に、ロンはほんの少しだが安堵を覚えた。紅い力の幹部相手に一人で立ち向かうのは、流石に荷が重かった。

 オスカーの挑発にパーシーは答える様子がない。それでいい。姿さえ隠していればオスカーも迂闊には手を出し辛いだろうから。

 

「ふ、まあいいさ」オスカーは肩をすくめた。

「お前は私に復讐しに来てくれたのか?私に心酔していただろう!裏切られた気分はどうだった!」

「──ああ、怒ったよ。従うべき人を間違えた自分自身の馬鹿さ加減にさ……!!」

 

 パーシーは窓越しに魔力弾を次々と発射、ロンはその隙にオスカーから距離を取った。下手に攻撃すれば無冠で相殺され、向こうのペースとなるところだが、パーシーはギリギリオスカーの当たるか当たらないかくらいの位置を狙って撃っている。

 奴を動かすための弾丸、ということだ。

 

「………チッ、目眩しか」

 

 パーシーは魔力弾の合間に、瓦礫を飛ばした。

 それ自体は大した攻撃ではないが、黒色のブロックがオスカーの視界を一瞬だが黒く染めた!

 

「フリペンドォ!!」

 

 オスカーの左脚を一筋の紅い閃光が貫いた。

 威力と引き換えに弾速を得た一撃。有効打というものは、必ずしも必殺という訳ではない。

 『後にひく』負傷……脚を負傷したオスカーの思考は攻めから守りへとシフトした筈だ。倒すべき敵はロンの他にも大勢いる。これ以上ダメージを負いたくないと考えるのが心理だ。

 ムーディーの教えに忠実に動くべし、だ……!

 

「果たしてどうかな?」

 

 奴の脚に、薄らと影がコーティングされてある。

 グリンデルバルドの紅い力を応用して防御膜にしているのか。ダメージは殆ど吸収され、奴の脚を少しぐらつかせた程度しか攻撃が通らなかった。

 オスカーが狂笑しながら魔力を放たんとする。

 

──それで、いい。

 

 脚に気を取られたオスカーは、頭上より落ちるシャンデリアに直撃してしまった。瞬間、呼吸が失われ、鉄の匂いが口内を充満する。

 先刻のシャンデリア落としを真似たか……!

 オスカーのグラついた頭は思考する。ロンがオスカーの目を盗んで天井へ攻撃していたのか、はたまたパーシーが派手な攻撃の合間に狙ったか。

 おそらく後者。被弾箇所を目で追ってしまったが故の失策で、多分事前に決められていたフォーメーションなのだろう──が──違う、考えるべき箇所は、分析するべきところはそこではない!

 ロンはオスカーのその思考をブチ抜くかのように、シャンデリア越しから魔力弾を乱射した。

 オスカーに与えてはならないのは考える余裕だ。手数の多さで圧倒するタイプの奴に思考の隙を与えてはならない!

 

「『祓聖』!!」

 

 オスカーの呪具がシャンデリアを呪い殺す。

 即座にオスカーは呪いの影から現れ、死角よりロンを狙わんとして──逆にフリペンドを叩き込まれる。

 読まれたか!今度こそ強く重たい衝撃が腕に着地し、痛みでチカチカと光が舞う。

 ロンに合わせるように、視界の端でチカリと魔法糸が光るのが見えた。前方からはロンの攻撃、後方からはパーシーの射撃。

──問題はなし!

 

(パーシーの射撃には無冠で対応!ロン相手には──直接殴り抜ける!)

「ロン!!オスカーの拳に気をつけろ!!」

「気をつけろったって……ッッ!!!」

 

 ぱん、気持ちの良い音ともにロンが吹き飛ばされる。

 ロンは壁へと叩きつけられ、動かなくなる。気を失ったか、それとも失ったフリをしているだけか。

 紅い力でブーストされた身体能力。先程もロンは喰らっていたが、オスカーの打撃は洒落にならない。ましてや直撃したのだ、その激痛たるや想像を絶する威力。

 距離が近かったので綺麗にクリーンヒットした。まずは余計な知恵の回るこいつから殺す!

 『弟を守れなかった兄』というのは……中々に面白い図式だッ!

 

「──────ッ」

(何だ!?オスカーの奴どうして急に倒れた!?……ロンが何かしたのか!)

 

 急速に身体から力が失われ、かくんと膝をついた。

 原因はすぐに判明した。オスカーの腹部に刺し込まれた呪い針──『告解』!打撃の瞬間に刺したか……!

 オスカーが使っていた呪い針をいつの間にかロンが拾って今まで隠し持っていたか。抜け目のないやつ……!

 呪いが損傷部から脳内と反響し、怨嗟と苦痛、悲鳴の声がガンガンと叫びをもたらす。肉体的な傷だけでなく精神的にも追い詰めるための呪具だが──

──むしろオスカーはギチギチと笑った。

 ああ、早く、こうしたい。

 お前達で早く遊び尽くしたい──!

 

「呪いがどうした!攻め方は変えんさ!ロン!お前は手ずから殺して嘆きを愉しんでやる!」

「──やめろ!!」

「やめるかねこの娯楽を!やめないね!!」

 

 パーシーが進路を遮るように魔力弾を乱射する──だからどうした。距離が近まったところでそれが攻撃呪文ならオスカーは無冠で対応できる。

 加えて、万が一パーシーが呪い針を持っている可能性を考慮したとしてもロンを殺すのが早い。

 片手間に魔法弾を処理する。

 オスカーは殴打で頭を殴り潰さんと迫り──

──殴るフリをして、直前で祓聖を叩き込まんと体勢を変えていた。本能的な警戒と、ロンがここであっさりやられる訳がないという確信。

 

(お前なら──カウンターで起き上がるくらいはしてくるだろう!?)

(まぁ──このくらいのフェイクはバレるよな……!)

 

「叙聖!!」

「フリペンド!!」

 

 ロンが狙ったのは地面。

 オスカーと正面からぶつかり合えばロンが一方的にやられるしかないため、足場を崩してほんの少し角度を変えてやることで何とか事なきを得た。

 壁沿いに駆け出すロンを追い、オスカーも走る。その疾走を阻まんとするのはパーシーだ。

 

「お前は後!」

 

 成人男性を蹴り飛ばしロンを追うオスカーは、気付くのが遅れた。ロンが魔法糸を“伸ばしながら”走っていたことに……!

 パーシーの影に隠れて見えなかった……!!

 

「ステューピファイ!!」

 

 ロンの狙いはドンピシャ。

 顔面にモロに失神呪文を喰らわせてやった。とはいえ紅い力の魔力耐性は目を見張るものがある、多少の呪文ならば無理矢理耐えるだけのタフネスがあるだろう。

 そうであるならやるべきことは限られる。

 至近距離、ゼロ距離から何発も魔弾を撃ち込む!!

 もう一本の呪い釘、告解を心臓に刺す!!

 そしてロンの魔力出力なんぞたかが知れてるので、とりあえずまずは釘を刺すところから初め──

 

──手首を掴まれて阻止されてしまう。

 そのまま流れる水の如く自然に腕を捻られ、釘の針先が此方に向けられたかと思う暇もなく、オスカーの剛力で無理矢理肉を貫かれた。

 湧き上がる絶望の声──混濁する呪いの深層。

 頭が割れんばかりの呪が肉体を蝕んでいく。

 

「ぐあああああああっ!?」

「ローーーンッ!!クソッオスカーの奴、何をした!?確かにロンの魔弾は奴の頭を狙い撃った!」

「……が、ふふ……何てことはないさ。私が彼なら頭か心臓を狙うだろう、そう確信していただけだ」

 

 眼鏡が砕け、セットした髪も血で乱れたオスカーはなおも笑っていた。

 魔法糸への対処法は、極論、魔法で感知して躱すか、不意打ちされても耐えられるくらい魔力防御するかの二択に絞られる訳だが──オスカーは後者を選択。

 『ロンが魔法糸を使うならここを守っておく』という無意識下の警戒が対応の速さに繋がった。

 とはいえ──流石にギリギリだった。

 ダラダラと流れる血がオスカーの負傷を表している。

 これ以上の戦闘継続は少しキツいか。余力を残さず、ここで全て出し尽くす方が良いだろう。

 それもこれも、ロンがまだ生きているならの話だが。

 告解は五人の人間の骨から錬成された、精神を焼く毒性の呪い釘。少なくとも、常人が喰らえばただで済むような代物ではない。

 

 ああ……やはり。

 顔面を蒼白にして、血走った瞳で。立っているのすらやっとという顔だ。考えていることが手に取るように理解できる。

 膝に力が入らない。魔力も澱み、更には先刻から肉体が訴えている疲労と痛みを無視できなくなってきた。

 激痛、苦痛、鈍痛。

──そして、だからどうした、という感情。

 

「何も問題は無い……!!」

「互いにな……!!」

 

 オスカーが立つのはひとひらの愉悦が為。

 ロンが立つのは燃え上がるような意地の為。

 互いが互いに血を吐き、それでも戦いから背を向けることはしない。

 

「……がふっ……くく……空っぽな奴だなお前も」

「は?」

「別に闇の帝王に首を垂れて服従しても良かったのに、正義感とやらでそれを拒み、来たくもない戦いにも参戦してる……ヒーローになりたいだけの、自分の承認欲求と虚栄心を満たすためだけの薄っぺらい動機だと思ってね……!私と同じだ。

 所詮、私に限らず大抵の人間は価値のないクズ。ならばこそ好きに闘ろう、ロナルド・ウィーズリー。クズ同士思うがままに暴れよう」

「初めて意見が合ったな」

 

 ロンの燃え上がるような髪が揺れた。

 殻が割れる。ロナルド・ウィーズリーという男は、かつて『兄貴や妹達には素晴らしい才能があるけれど自分には何も無い』と劣等感と嫉妬を抱えたただの少年でしかなかった。

 今は少し違う。

 たまに羨ましいと思う時もあるけれど、それと同じくらい誇りたいものが、自分の掌の中にある──!

 

「だが一つ間違えてる──僕はもう、誰かから認められたいだとか、凄い自分になりたいだとか、ヒーローになりたいとか!そんなものからは卒業したんだ。僕はそんなもんよりも大事なものをもう持ってた!

 あのくだらない、何でもない日々を守るためだったら命を賭けるぜ僕は……!!僕が戦う理由なんて、それっきゃないなァ!!」

(おいおいそれは悪手だろう──!?)

 

 ロンは右手に魔力の光帯を収束させていく。

 紅く、紅く、燃え上がるような赤い色。

 矜持と勇気の結晶、この槍に嘘はつけない。

──ウィーズリー家は勇猛たる獅子の心臓を脈々と受け継ぐ一族。その歴史の研鑽が一つの武器を造り上げた。

 けして真っ直ぐではないけれど、停滞することのない螺旋の槍。其処に至るまでに数多の錬磨が折り重なった決戦魔法術式。

 その名は──

 

 

 

 

 

「『英雄の──槍(ロンゴ   ミニアド)』ォォオオオオオオ!!!!」

「“面白い”!!神槍──オスカァァァアアア!!!」

 

 

 

 

 

 二振りの槍の大激突!

 渦巻くは魔力の奔流、ぶつかり合うは互いの矜持!

 光り輝く剛直の清廉なる槍が、捩れ捻れた紅蓮の突撃を正面から受け止める。

 単純な魔力出力ではしかし、オスカーの方が上。

 けれどけれども──英雄の槍にはウィーズリー一族が付与したとある特性が備えられているのだ!

 

(皆んな!!頼む!!)

「──言われなくともだ、ロン!!

 僕達がここにいる──その槍の輝きが何よりの証拠だ!!!」

 

 それは心を通わせた者の魔力を槍の力へと変換するという特性──仲間が多ければ多いほど、加速度的に威力が跳ね上がるというもの!

 今ここには、ロンがリーダーを務めたダンブルドア軍団が勢揃いしており──彼等は何度も、何度も危険を共に乗り越えたことで仲間意識と強い絆が生まれていた!

 槍は輝きを増す。

 槍は加速する!

 如何なる大質量をも打ち穿つ一本の線となる!

 

 対して!

 

 オスカーの槍はただ純然たるシンプル!自分が出来得る限りの魔力放出を直線上に放つ破壊光線!

 しかしその魔力は極めて大きく、そして重い。何故ならばオスカーは自身の呪具のエネルギーすらも魔力として転用しているからだ!

 元は命だったそれに死を強制し、燃やし尽くすことで文字通りの命の輝きとして放出している──その結果がこの神聖なりし邪悪の槍!

 

 世界が揺れる。

 地面に、いや、大気に亀裂が走り、世界そのものがこの衝突に耐えかねている。世界が悲鳴を上げている。

──少し待て。こいつを倒すまで泣くのは待て。

 そう言わんばかりの激烈たる両者の眼光。

 そして──拮抗していた槍は少しずつ、ロンの側へと押されていく。ロンが押し負けている……!

 

(重い、重い、重い……!!)

「ロン!!踏ん張れ!!負けるな!!!!」

「こんな隠し玉があったとはな……!最高のタイミングで撃ち込みたかったと見える……が……残念なことにいつ使おうが結果は変わらんかったようだな!!」

 

 オスカーは嘲笑う。

 ロンの行動を逐一観察していたオスカーだから、殊更に理解できる。ロンに他の手は残されていない。同じくパーシーも、いやダンブルドア軍団全員もこの魔力激突に手を貸すしかできない。

 ロンの顔に、ほんの僅かに恐怖が刻まれたのを見て、オスカーは確信した。この戦いを制すのは自分だと。

 紅い力は更なる滾りを上げていく──ロナルド・ウィーズリーという男の底に、今触れた。確かに触れた。

 ここが限界点。

 ここがロナルドが出せる最高出力点。

 うん──一足飛びに追い越していける!

 

「ハハ──ハハハハハハハハハハハァアアアハハ!!」

 

 全霊を振り絞ろうとも──

 全力を搾り尽くそうとも──

 運命を変えることなど出来やしなかった……!

 面白い。この勝利が、ではなく。ロン達の敗北が愉快で堪らない。どんな絶望の貌を見せるのか。どんな嘆きを聴かせてくれるのか。

 楽しみだ。楽しみで楽しみで堪らない!

 見たい、見たい、見たい!

 この愉悦を楽しみたい!

 ああ、人間は沢山いるのだから拷問してもいい!嬲り殺してやってもいい!まだまだ試したいことが沢山あるのだ!勝利の後の苦渋を早く味わわせたい……!!

 

──ヒトが苦しむのを楽しみたい!!

 

 

 

 

 

──がくん。

 

(おかしい……何故だ)

 

 押されている。

 押し負けている。

 少しずつ、少しずつ、オスカーの神槍が、後退してしまっている。何故だ?何故だ?分からない。

 ロンの槍は依然変化はない。威力が増大しているわけでも、勢いが増しているわけでもない。何か新しい力に覚醒したわけでもない。

 万が一、覚醒したところでその上から捩じ伏せるだけの威力がこの神槍にはある筈なのに。その筈なのに。

 何故だ。何故、何故──

 いや……

──ロンの槍が強くなっているのではない。

──オスカーの槍が弱くなっているのだ……!

 

(力を吸われている?違う。誰かの妨害?違う。

……私、か?私が一人でに魔力を失って……!?)

 

 人形をこちらへ持ってこようとする──失敗。

 建築物を動かそうとする──失敗。

 ……これは……紅い力が消えているのか……!?

 誰かがヴォルデモートを倒したのか……!?可能性としてはなくはないが……!

 ピシリ、神槍に亀裂が走る。

 最早激突は秒読みだ。

 呑み込まれる。力が消える!自前の魔力を回そうとするももう殆ど残ってはいない!

 何故力が消えた……!?

 何故、何故、何故──!

 

「さっき言ったな。何事にも本気で取り組めないから、ただ生きているだけで怠慢。その上で遊び呆けるから怠惰なんだって──」

「…………!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オマエ──遊びにマジになりすぎだ!!」

 

「ぐ、ぁ……!!こ、んな……!!ぐぉぉぉぁああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砕け散った空間の欠片が歪みを呼ぶ。

 

 オスカー・フィッツジェラルドの敗因は、殺戮や蹂躙を楽しみすぎたこと。遊びも度が過ぎればそれはある意味で勤勉と言える。

 『遊び』に実直で真面目に取り組む姿勢──それは怠惰と言えるだろうか?断じて否である。

 気まぐれな破壊から積極的な鏖殺へと、オスカーの性質が変化したことで、彼は紅い力に見放されたのだ。

 

 オスカーは最後の最後で怠惰でなくなった。

 

 

 

──世界が崩落する。






次回、オスカーの終わりになります。

オスカーという名前は、『ありふれた名前にしよう!』というコンセプトで色々探した結果、某ハリポタ二次小説を読んで決めた名前でした。
しかしそれから検索すると色々なことがわかり…。
オスカーは古英語で「神の槍」という意味で、アーサー王物語の槍が名前のモデルだろうロンとモチーフが共通していたり、ロンの相手だったドロホフが魚の魔法を使うんですが、オスカーという名前の魚がいたり、なんかもう本当に色々奇跡的なキャラクターでした。
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