シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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7.嫉妬のピーター・ペティグリュー Ⅱ

 

 ピーター・ペティグリューは懐古する。

 

 懐かしきホグワーツ、色褪せない思い出。

 周りからの評価がたとえ腰巾着だとしても、腰巾着なりに楽しかった。素晴らしい友を得た。

 ジェームズやシリウスに憧れたのは単に能力があったからではない。勇敢な性格、人を惹きつける魅力、友のためならば恐怖を恐怖とも思わない心の強さ。そういう自分にはない輝きに魅せられたのだ。

 

 スネイプがリーマスの秘密を暴こうと、暴れ柳の下を潜って叫びの屋敷へと忍び込み……人狼となって我を忘れたリーマスに殺されかけたことがあった。

 スネイプのことは嫌いだったし、死んでしまえばいいと思っていた。だから、スネイプがそういう行動をするように焚き付け、誘導し、叫びの屋敷へ向かわせたシリウスは天才だと思った。

 悪ふざけで、スネイプを殺しかけた。

 けれどそんなシリウスに激怒したのはジェームズだ。

 

「──城中があいつのことを嫌いだろうさ。だが本当に殺してやりたいと思う人間がいると思うのか?君はそれを笑える神経してるのか?

 何より、僕達の親友にやらせるつもりだったのか」

「俺は、そんなことは……そんなつもりは。

 あいつはだって、一度くらい痛い目に遭うべきだ、そうだろう?それにスネイプだってヤバけりゃ引き返すだろうしさ、ダンブルドアもあいつがちょっと怪我するくらい誤魔化すだろうし、それに──…」

「もういい」

 

 

 

「言い訳は聞きたくない。反省は態度で示せブラック」

 

 

 

 底冷えするような色をしたジェームズの瞳を、たぶん一生涯忘れることができないだろう。

 その眼が、十数年経った今でも忘れられない。時折その眼を思い出しては、心臓を射抜かれたような気分になるのだ。

 それからややあって……死喰い人の動きは殊更に苛烈になっていき、流れで不死鳥の騎士団に所属して、前線は避けてコソコソと裏工作を専門に貢献して……

 

 

 

「────誰の許可を得て俺様を見ている」

 ……勝てない、と思った。

 

 

 

 一目見ただけで分かった。

 骨身の髄まで凍てつくような感覚。悪意の沼に引き摺り込まれて抜け出せないあの恐怖。力こそ絶対と言わんばかりの暴力性。あまりにも早い心臓の音が、死へのタイムリミットに思えて仕方がなかった。

 ピーター・ペティグリューの頭はしかし、冷徹に生き残る手段を探した。

 ジェームズ、ごめん、ごめん。勝てない。私が闇に堕ちるのを許してくれ。情報を提供することをどうか許してほしい。君なら、どうせ死にやしないだろ?

 あんなに強くて勇敢な君のことだ。ヴォルデモート卿には負けるかもしれないがのらりくらり生き残る筈。

 最低の裏切り者、最悪のネズミ野郎。

 ふと……あの時に見たジェームズの瞳に思うところはあったけれど、それでも彼の善性を信じることにする。

 死んだら何もかもおしまいなんだ。

 きっと、上手くいく筈だ。

 

──死んだ?ジェームズが死んだ?あんなに呆気なく、あんなに簡単に?

 

 破裂音と緑の閃光が、断末魔すら許さずジェームズの命を容易く奪い去った。私が夢見たヒーローは、あまりに脆弱で儚いものだった。

 価値観が逆転し、意識は混濁する。

 ジェームズが死んだ……より正確に言うなら、ヴォルデモートの一振りで命が消え去った事実が如何ともし難い出来事だった。最愛の妻と娘も守れなかった。

 憧れていたヒーローにはなれず、だから私は私の理想をジェームズ、君に見ていたというのに……。

 長いものに巻かれるのは悪いことじゃない。強い者に媚びるのは負けというわけじゃない。けれど君は、君達はただ強いだけじゃない、もっと何かを魅せてくれる、そう思っていたのに。

 シリウスに罪を被せた時、内心どこか期待していた。

 君なら、こんな状況でも何とかして逃げ果せられるんじゃないかってね。フィルチから何度も逃げたように。

 けれどやはり、彼すらも私ごときの破れかぶれの策略でアズカバンに収監だ。

 ハハ……笑える。

 あれだけ眩しく見えた炎は吹けば消えるような儚いものだったのか。じゃあ皆んな何のために死んでいったというのか。何のために……

 

 

 

──生き残った女の子?

──何を言ってる?シェリーはあの場で死んだ筈だろ?

 

 

 

 ジェームズの希望は受け継がれたのか?何らかの奇跡によってあの子は生きた!私は彼の娘までは殺してはいなかったのだ!

 ……シリウス?シェリーはジェームズとは違う、とはおかしなことを。どう足掻いても彼の娘だということに変わりはないだろう?

 ホムンクルス……?じゃあジェームズが遺そうとしたものは全て無くなったってことじゃないのか!?

 

 ああ……クソ……頭が混乱してきた……。

 

 結局、何だ?

 ジェームズが守ろうとした命は消えてるんだろ……?

 お前らそれを知ってるんだろ?

 何でそんな風に生きれるんだ?どうして前を向いて生きているんだ?

 昔のことなんてどうでもよくなっちまったのか?

 過去の人間なんて覚えちゃいないってのか?

 そんな生き方ができれば私も楽になれたのか?

 

 

 

 

 

 ほんの少しの勇気があれば──あの時死ねたのか?

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「紅い力解放」

 

 静かに呟くと同時、ペティグリューの掌に刻まれた口からガスが噴き出る。

 紅い力の中でも極めて強力、『魔法無効化ガス』。

 一部の例外を除き、あらゆる魔法を阻害・無効化するという凶悪極まりない代物。

 だがルーピンは、既に肉体を変化させていた。

 

「ぐぅるるるるるぅぅうううう…………!!」

「人狼化か……確かにそれなら一度変身すれば、あとは物理攻撃だからガスは関係ないな」

 

 ルーピンはコルダとの特訓で、月がなくとも人狼に変身する術を身に付けていた。グレイバックほどは完璧に扱えず、思考は凶暴化するものの、敵と味方の分別くらいはつく。

 細く伸びた手脚はそ筋肉の塊。歪な肉体を、荒れ狂う黒毛が覆っている。破壊欲の権化が、ハンマーのように重い腕を振り抜いた。

 ペティグリューは後ろに軽く飛んでそれを躱し、流れるように魔法を発射していく。が、人狼の身体能力であれば躱すことは可能だ。

 ほんの小競り合いの後、ペティグリューはすぐさま離れて壁や柱の影から中距離を挑まんとする。近距離で人狼を相手するのは自殺行為だ。

──ペティグリューのこの身のこなしは、人狼と化したルーピンを相手取ったりしたことで身につけたものだ。

 

「人狼に関する研究はどんどん進んでる……マルフォイ家のレポートを皮切りに学会ではじわじわ“人狼薬”が見直されてきてる……!戦争が終わればもう一段階先に進むかもな……!!

 で、君達はそんな未来のために奔走してるって訳なのかい?随分とまぁ大人になったもんだなリーマス!!」

 

 リーマスの太い腕が豪奢な地面に大穴を開ける。

 衝撃の副産物たる土煙の中に紛れ、ペティグリューはするすると鼠に姿を変えて、その穴の中に吸い込まれるようにして潜行した。

 僅か数センチあれば、ペティグリューはどこにでも潜り込むことができる。そして紅い力で強化された肉体ならば、硬い岩盤をも削ることが可能なのだ。

 

「どうでも良くなったんだろ、僕達のことなんざ!!

 だからそんな迷いなく僕を殺そうとできる!!

 だから人狼化なんて手段を取れる!!

 だからそんな迷いのない顔なんだよ君は!!!」

 

 死角から激昂するペティグリューが姿を現し、リーマスの頭部目掛けて弾丸を放っていく。……が、この攻撃はまるで『知っていたかのように』躱され、リーマスは瞬間的に腕の関節を外しながら、弧を描くようにして切り裂いた。

 ペティグリューも盾と、実体化した魔力剣とを組み合わせた複合魔法で受けんとするも……リーマスは剣の上から無理矢理殴り抜けた。ビリビリとした衝撃が肉体全体に伝わり、そのまま数十メートル吹き飛ばされる。

 

「くッ……」

(シェリーと……トンクスと、……ハーマイオニー?)

 

 宙を舞うペティグリューが見たものはそれ。

 吹き飛ばされた先に待ち構えていた三人を見て、一瞬思考が緩んだ。シェリーもトンクスもこちらに有効打を与えることのできる数少ない魔法使い。対してハーマイオニーは何ら普通の魔法使いでしかない。

 大方、囮だろう。この一瞬のタイミングで、ペティグリューの思考を奪うための。まだここは魔法無効化ガスが効いている、魔法が撃てるわけがない。

 空中で身動き取れないペティグリューの落下に合わせて魔弾が放たれる。無駄だ……、……。

 

 ………、……………。

 そのためだけにハーマイオニーを連れて来るか?

 

「プロテゴッ!!!」

「「「フリペンド!!!」」」

 

 結局ペティグリューは二方向に向けて盾を展開した。

 シェリーの攻撃を下手に中途半端な形で受けたくなかったからである。

 最も気を配ったシェリーの弾丸は、盾を壊されたものの、何とか勢いを殺せたおかげで肩が吹っ飛ばされる程度で済んだ。咄嗟の対応としては悪くない対応を取ることができたろう。まあ良しとする。

 トンクスの弾丸も、勢いを殆ど殺せた。

 ここまでは、いい。

 問題はハーマイオニーの弾丸が腹肉を抉ったことだ。

 

「ムウ……ッ!?」

 

 ペティグリューは地面を転がった。続けざまに放たれる攻撃を、走りながら躱していく。

 ……その事態こそ有り得ないのだ。ハーマイオニーはそもそも魔法を使うことができない筈である。ペティグリューは常時ガスを発動している……魔法を撃てるという事態そのものが有り得ない。

 ……まあ、それはいい。

 絶対だと思ってたものが崩れるのには慣れてるし、そもそも自分達はそういうものの抜け穴を探すのが好きな悪戯小僧だった。相手がそれをやる場合もあるだろう。

 

 問題なのは、その抜け穴を見つけたのが次世代の若き芽だということ……ハーマイオニー!そしてルーピンを変えたトンクスに、他でもないシェリー!

 全てが全て、気に食わない。

 

「腹が立つんだよ……!!」

 

──そら、来た。ペティグリューを追いかけて、ルーピンが凄い速度で走ってきた。その連携は自分がシリウスと使っていたやつだ。

 

「お前だ、お前が邪魔なんだシェリー!!」

「……!?急に強気になってる……貴方にも色々あるんだろうけど……こっちも色々背負ってるからもう死ねないよ!!」

「……死を乗り越えた顔をしていやがる……」

 

 その顔が、ペティグリューにとって眩しすぎる。

 その曇りなき眼が、この身を焼くのだ。

 どこまでも真っ直ぐで、後ろなんて振り向かない。知る限り最も勇気に溢れた男と同じ眼をしている。

 

「たとえ死ぬと分かってても……!!君達みたいに生きられたらどんなに誇らしかったろうな……」

「じゃあ抵抗するのをやめてほしいんだけどな」

「その度胸がないからこの陣営にいるんだ」

 

 トンクスの言葉ににべもなく答えると同時、足下に仕掛けていた魔法の縄を操る。瞬く間にシェリーが縛られてしまい、牙を振り下ろさんとしていたリーマスの方へと投げられた。

 本能からか、リーマスはぴたりと硬直してシェリーを受け止めた。連携することの恐ろしさとその崩し方を、ペティグリューはよく理解している。

 落としやすい方から狙うのは定石──ハーマイオニーから狙う。

 

「デントゥス!殺戮の牙よ!!」

「きゃあっ……!!」

 

 広範囲にランダムに斬撃をお見舞いする魔法の乱杭歯はハーマイオニーの肩を抉り取った。多数を相手取る場合に、確実に殺す必要性はないとペティグリューは考えている。

 失血、骨折──そういった傷を残すだけでも、相手は弱るし動きに精彩を欠く。そして回復役が必要になる。

 一人が傷を負えば二人が無防備になる……実に簡単だが見落としがちな計算だ。

 今のは浅かったようだが……。

 

「──ッと……!」

「堕ちたね先輩……!!後輩だろうがお構いなしか!」

「トンクス、君には分からんだろうよ!!聞いたぞ、リーマスとの子供を授かったそうだな!!」

「ご祝儀なら受け付けてないよ!!」

「理解しかねる……!!そうやって子供を設けておきながら戦いには身を投じるのかよ!!私が君達を殺せば、その子は将来は英雄の息子として色々と持て囃されるんだろうな!!シェリーみたいに!!

 イカれてる……!!あの時もジェームズ達が死んで悲しがったのは一部の人間だけだ!!殆どは歓喜に満ちて酒をかっ喰らってた!!」

「……!?」

「なァおい……前を向くって何なんだよ!?どうしたらそんな、過去を忘れたみたいな爽やかな顔になれる!?どうすれば救われるんだよ!?クソォ……」

 

 魔力の勢いは変わらず、けれどペティグリューの顔はコロコロと変化を告げていた。悪党に凄まれるならトンクスも耐性があるが、これではまるで、こころに異常をきたした人間の相手をしているようだ。

 

(怒り狂っていたと思ったら、今度はこんなに子供みたいな声を上げて……精神が分裂している……?)

 

 トンクスの予想は当たっていた。

 ペティグリューは自分が思っている以上に、ジェームズの死とそれを取り巻く環境にストレスを感じていた。

 加えて狂気に塗れた死喰い人達に囲まれ、彼の精神はじわじわと蝕まれていった。それがこうして今に至り、かつての幻影を追いかけるピーター・ペティグリューの成れの果てと相成った。

 そして嫉妬とは即ち……負のエネルギー全般に関わる感情と言える。それは怒りであり、屈辱であり……悲しみであり、恐怖であり、焦りなのだ。故にこそ、この力はペティグリューにしか引き出せない力なのだ。

 あるいはジェームズとシリウスの死が、皮肉にもペティグリューを覚醒させたといえる。

 

「『止まれ』」

「──ッ、呪言……!!動きが……」

「そこでじっとしてろ……!!ああ……私も……君達みたいになれたら……」

「──グルァァァアアアアアア!!!!」

「ハッ、ハッ、ハ!よ!馬鹿にしすぎよ貴方!!自分で殺しの引き金を引いておいて、私達が羨ましい!?ふざけるのも大概にしなさい!!

 恐怖に屈するのは分かるけど、友人に救いを求めるのは彼等への侮辱だわ!!」

 

 ペティグリューの懇願も、苦痛も、確かに同情の余地はあるかもしれないけれど……度を過ぎている。

 ルーピンももう、復讐という心は失せていた。これ以上の罪を重ねさせないために走る。蛮行を止めんとするがための疾走。

 ルーピンの打撃は……ペティグリューの想像を超えて重く、鋭かった。盾越しでも分かる衝撃の強さは、容易に彼を吹き飛ばした。

 

(人狼の力……ここまで使いこなしてたか……!?十分に見積もってた筈だが足りなかったか……)

 

 

 

 

 

──ごきり。

 

 不意に、視界が揺れる。

 白くぼやけて、意識が薄れていく。

 何が起きたかを考える余裕すらなかった。音が起きたような気もするし、端っこで何か見えた気もした。が、それを考える余裕は最早、なかった。

──風が、流れた。

 静かにけれど荒々しく、鎌鼬は死に神となった。

 

 

 

 

「────!?!?!?カハッ」

 

 

 

 フウマ・コージロー。

 極東より現れし怪力無双の魔法忍者。

 彼が瞬く間にペティグリューの首を締め上げて、そして完全に折っていた。

 決着は、ものの静かに訪れた。

 

「悪いが俺達は義理と金で雇われた傭兵なもんで……悪いな」




ピーター・ペティグリュー 『死亡』
死因:コージローによる首の骨折
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