シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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ハヤト「薩摩ホグワーツの波に乗り遅れたのぉ…」


10.傲慢のベラトリックス・レストレンジ Ⅰ

 

 

 

 激闘を終えて。

 消耗の激しいシェリーは休憩し、トンクスは周囲の哨戒、ハーマイオニーはコージローを、ルーピンはペティグリューの死体を呪術で封印していた。これ以上、骸が荒らされることのないように。

 ペティグリューの不死性を目の当たりにした後だと、死体保存の呪術は悪手のように感じるが、奴がもう蘇ることはないだろう。

 コージローの骸は……余裕があれば持って帰り、然るべき埋葬をしたいところだが……そんな余裕があるかどうかすら……。

 

「……。フウマ家はニホンノ妖や怨霊の退治、要人暗殺を代々請け負っている影の一族なんだそうよ。

 人間を殺すために、人間性を捨てる……修行の過程で力無き者は死に、生き残った者だけが心無き忍者として完成する。ニホンの魔法省もフウマ家の必要性を理解しているからその修行も半ば黙認されている状態……

 コージローはそんな環境で、弟や妹達が死んでいくのに耐えられなくて、フウマを嫌って……投げやりになっていた時期もあったみたい。

 ……だから、じゃないけど。今、こうして仲間のために戦えることを、彼はとても誇りに思っていたわ」

「…………そっか」

 

 コージローの瞳をそっと閉じる。

 万感の感謝を込めて、伝えよう。

 

「おやすみ、コージロー」

 

 心に刺さった棘は、もう一つある。

 ピーター・ペティグリュー。彼は最後の最後に、本当になりたかったものになることができた。

 では、自分はどうか。

 なりたいものに、なれているのか。

 友達……自分はそのような存在で在れているのか。

 少しばかりは変われているのか。

 思えばハーマイオニーとは、まともに会話するのも久方ぶりだ。少し上擦った声で、問うた。

 

「ハーマイオニー。あなたにとって私は……、何?」

「そんなの……、……。決まっているでしょう?手がかかって、無駄に頑固で、意固地で、止まることを知らない猪みたいな子で……限りなくバカで、勝手にいなくなってた時期とかもうほんとこの子どうしてやろうかと何回思ったかわからなくて、いやもう本当……手のかかる子で」

「……………うん」

「そしてとても優しい、私の誇るべき友人よ」

「……うん……ありがとう」

 

──必ずしも、対等の関係ではない。

 彼女達は健全な友情ではないのかもしれない。

 シェリーが全てを投げ出して一人で背負おうとした時のハーマイオニーは、シェリーにとってのアキレスも同然だったし……四年経って、ここまでハーマイオニーが成長しているとも思ってなかった。

 ハーマイオニーの両親は、未だ面会謝絶だという。

 ……シェリーの知らないところで、ハーマイオニーは悲しい成長をせざるを得なかった。

 

(……本当にありがとう、ハーマイオニー)

 

 だから。

 だから、あの頃と変わらぬ笑顔で笑ってくれるハーマイオニーが救いだった。シェリーにとって、何よりの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傷の治療はした。

 若干の疲労は残るが、気持ちは切り替わっている。

 シェリー達は再び戦場を駆け出した。

 空に浮かぶ城、その長い廊下を走りながら、先程の戦闘を思い返す。

 

(──さっきの戦闘。ペティグリューの呪言は結局、服従の呪文なんかじゃなくって、豊富な魔力で相手を足止めするものだったらしいけど……それなら私、あの時に全身から魔力を放出してれば何とかなったかもなぁ……)

 

 目に見える単純な強さを手にしたシェリーにとって、一番怖いのは未知の魔法にかけられた時だ。実力差があれば諦めもつくし自分の仕事を全うできるが、相手の策にハマって仕事ができないでは本末転倒。

 その点で言えば、先程は「何とかできる」範疇だった筈なのだ。

 

「服従の呪文なら、私、効きが悪いみたいだし……」

 

 ……そういえば。

 他に様々な出来事があってつい忘れてしまっていたがシェリーは五年生の……魔法省での戦いの時、誰あろうヴォルデモートから服従の呪文を無効化したのだ。

 虚の震天によって展開された何十本もの緑の閃光。その内の七本ほどを喰らって、全て一切が効かなかった。

 あれは──何だったのだろう?

 前々から、意識を奪う筈の服従の呪文を喰らっても、自我をハッキリ保つという特異性は見せていたが……もしや年々精神系への耐性が上がっている?

 どういう理由で……?

 

「……ねえハーマイオニーハーマイオニー」

「何?どうしたの」

「私って精神系の魔法に耐性があるらしいんだよね」

「へえ……」

「こういうのって生まれつきなのかな」

「ウーン、そうね……」

 

 ふわふわのブロンド髪を揺らして小首を傾げる。

 シェリーは言ってから少し後悔した。彼女の両親は精神系の魔法をかけられて娘を娘だと認識できなくなっているという有様だ。余りに無遠慮な質問だったのではなかろうかと、こころに冷や汗をかいた。

 しかし当人は気にしたそぶりを見せないので、下手に突っつかないよう口を噤んだ。

 

「特定の魔法を何度も使うと肉体に影響を齎す、というのは聞いたことがあるけれど。火炎魔法を多く使う人は火傷が治りやすくなったり、癒しの呪文を何度も使うと筋肉がつきやすくなるけど寿命は縮まったり……とか。

 でも精神系、となるとね……。対象のこころに働きかける魔法だから、その人の心の有り様次第で効いたり効かなかったりするものよ。服従の呪文は精神力次第で破れることもあるでしょう?魔術的耐性がどうとかより、その人の精神力が関わってくるものよ」

「……精神系の魔法が効きづらい人は、心が強い人?」

「その傾向はあるわね」

 

 『かける側』は魔力と技術がなければできないが、反対に『かけられる側』は精神力という魔術とは全く別の素養が求められるのが、精神系魔法の特徴だ。

 しかし、別にシェリーは自分は心が強い、と思ったことはないが……。

 ……精神力が強いというだけで、ヴォルデモートの服従に抗えるものだろうか?

 

「……考えても仕方ないことは考えないっ」

 

 

 

 ……その考えは、間違いではない。

 後に、嫌でも考えさせられるのだから。

 強いられた絶望の二択とともに。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 知らなかった。

 知らなかった。

 知らなかった。

 

 ミカグラ・タマモは知らなかった。

 

 ニホン魔法界に差別はない。

 ただ平等に他者を蹴落とすだけ。

 何か欲しければ敵から奪い、敵がいなければ味方から奪い、誰もいなくなれば土地から奪う。

 一片残さず、行儀良く。

 

 ほんの小さな島国であらばこそ、憎悪は深く、憤怒のやり場は他者である。世界は広いと言うけれど、この列島は大して広かない。

 

 幸福とは己の中から得るものであって、他人から享受するものではない。そんな生き方は身を滅ぼすだけ。

 掌に収まる面倒事なら握り潰すし、抱え切れない面倒事なら切り捨てる。

 

 腹の読み合い、喰らい合い。

 そうでなければ生きられない。

 蝮は蝮同士は共に暮らせない。

 

 ……そう言う風に、思っていた。

 

 

 

(マジで?)

 

 

 

 忍一族が誇る三大貴族の一角フウマ家、暗殺・傭兵稼業において右に並ぶ者なし。およそ対人に於いて一族の革命児と謳われた三男坊のコージロー坊ちゃん。

 魔力は元より、それ以外の俊技・武術・耐性も素晴らしいくらいに優れていた。足りないものは経験だけ。

 そんな彼は人との関わりに興味を抱かず、常に心に余裕がなさそうな顔をしていた。何でそんなに暗い性格なのかは知らないが、興味がないならせめて愛想を振り撒いておけばいいのにと思っていた。

 

──そいつに『勝負じゃ!』とか抜かして覚えたての魔法剣を振り回していった馬鹿がいた。それがハヤト。案の定負けていた。負けていたのに、笑っていた。馬鹿なヤツ。だけど気持ちの良いヤツ。コージロー坊ちゃんが笑ったのを初めて見た。

 マジか、と思った。けれど眩しいと思った。いいな。ああいう、何も考えずに笑い合える関係が好きだ。馬鹿同士笑い合えればいい。

 学校が楽しくなったのは、思えばそこからだ。

 

 

 

──どうせ死ぬんなら、笑い転げて、馬鹿やって、ふざけまくって、くだらないことをして、泥に塗れて、足を引っ張って、迷惑をかけて、汚れて、穢れて、誇りを捨てさらやって、醜くなりさらばえて、一片の美しさも見えざらやる姿になって、それでも、前のめりに、死ぬ。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

──炎を斬り裂く。

 

──闇を切り裂く。

 

 紅の剣は、劫火をモノともせず。

 灼熱の魔の手は、然して彼には届かない。

 剣の守りは鉄壁にして無敵。拒絶が凝縮された流れ星の一欠片が、万象を裂く。

 

 

 

「私の炎を……吸収してやがんのか?クソヤロー!!」

 

 

 

 ベラトリックス・レストレンジの火炎は、掛け値もなしに最高峰だ。破壊力、破壊力に達するまでの速さ、詠唱速度……あらゆる評価値において間違いなく、彼女の火炎は限りなく最高到達点だろう。

 彼女は火炎抜きでも恐ろしく強いが、ただシンプルに焼き払った時、彼女に敵う者はいない。

 視線ひとつで呪い殺さんばかりの怨念。

 火炎が得意な家系が生んだ、世界最高峰の火炎使い。

 燃やせないものはなかった。

 破壊できないものはなかった。

 だからこそ、目の前のこの風景が信じ難い。

──ネビル・ロングボトム。奴が火炎を無効化する。正確に言えば、彼の持つ紅い刀身が焔を喰らうのだ。

 

 ベラトリックスが誇る世界最高峰の炎が、あの小僧の振るう剣に吸い取られている──耐え難い屈辱に、血管が破裂してしまいそうだ。

 

 ……そう、つい先刻のことだ。

 

 ベラトリックスが侵入者達を踏み潰さんと、持ち場で待ち構えていたところ、最初にやってきたのがネビル・ロングボトムだった。思いがけぬ小物に落胆すると同時に歓喜もした。こいつは確かに小物だが、たまに見る、ウザったいくらいに諦めの悪いガキだ。何度心を折ってやっても、折れた鉄板の方が硬いのだと言わんばかりの粘りを見せるヤツ。そういう意味では、シェリーの方が幾分可愛げがあるというもの。

 加えてこいつは、あのいけすかないフランクとアリスと同じ眼をしてやがる。あの時絶望に染めてやった筈の瞳が、数十年経って、戻ってきやがった。

 取るに足らんゴミを掃除するのは慣れたもの。腹立たしいのはいつまで経っても汚れが落ちないことだ。何度も付き合わされて流石に辟易する。

 

──だが、まぁ、いい。

 

 ここでネビルを殺してうざったい眼も見納めだ。それはささやかな歓喜。せいぜい楽しもう。

 炎のような凶暴性からはおよそ考えもできぬ冷徹さで竜の魔女は殺意のナイフを一旦下ろした。

 

「一応聞いといてやるよ。純血は純血だ……ロングボトムのガキ、私達の軍門に降る気は?」

「──地獄の釜の火が凍ったら仲間になってやる!!」

 

 その言葉がトリガーだった。

 ネビルの右手に、奇妙なエネルギーが収束し、十字状に炎が形成され、収斂され、研ぎ澄まされる。

 その時空だけが捻じ曲がったかのような違和感。

 ともすれば、使い手をも絶ちかねん威圧感。

 然してそれは、たとえ一夜の夢幻と言えども、剣士に確かな焔の熱を与えんとしていた。

 

(熱い……いや……暖かい……?)

「……何だいその十字剣(クロスソード)は」

「──グリフィンドール?」

 

 ネビルの呟きは、ベラトリックスに向けられたものではない。おかしなことだが、この世で最も偉大な獅子の名前でなければ、この剣には釣り合わない気がした。手にした剣の重みに自然と敬意を払いたくなった。

 豪奢な柄に、燃えるようなルビーはしかし、己の権威を象徴するものではない。

 そうか──これが、例のグリフィンドールの剣。

 創設者の遺産がうちの一振り。

 真のグリフィンドール生の前にだけ現れる、勇気の象徴だとでもいうのか。

 

 ……兆候は、実のところ会った。打算も。

 この四年、紅い力の幹部達と戦い、死にそうな攻撃を受けても何とか命は救かるし、絶望的な呪いが肉体に巣食ったとしても、夜が明ける頃には癒やされている。

 ずっと何者かがネビルの側にいて、魔力的な護りを与えてくれていた。ベラトリックスの焼くだけの焔とはまるで違う、どこか安心する優しい焔に護られているかのような……それが思えば、『剣』の加護を無意識に受けていた、ということなのかもしれない。

 ネロの実験で色々させられた(組分け帽子を被ったり妙なペンダントを着けさせられた)時、ネビルに力が宿っていたということか…?

 

──燃えるような情熱を君に。

──勝利と祝福を約束しよう。勇敢なる我が友よ。

 

「舞い踊れ悪霊の火炎どもよ!!!!」

 

 グリフィンドールに行くならば

 勇気ある者住まう寮

 勇猛果敢な騎士道で

 他とは違うグリフィンドール♪

 

「ッ……うおおおおおォォ!!」

 

 炎の魔女が放つ獄炎は、しかし勇者に斬り裂かれん。

 陽気な歌が勇気をくれる。無謀とも思えるけれども、理性は失わず鼓舞して狂う。

 狂奔、されど、知性的。

 知ってか知らずか、その判断は極めて正しかった。

 ベラトリックスの──すなわちこの世にて最大最強の火炎魔法を、剣は弄せずして吸い込んだ。

 

「こいつ……私の炎を……!?」

 

 湧き上がる屈辱は、己を焼いてしまわんほどに。

 『木っ端風情に火炎を無効化された』その事実が傲岸不遜なベラトリックスの余裕を乱した。

 

 それが先刻のこと。

 続けざまに火炎を発射するけれども、そのどれもがあの剣に吸収され、無効化されていく。

 不快もいいところ。己のプライドを逆撫でする、逆鱗を無遠慮に触られる行為は、ベラトリックスの一撃必殺の火炎の威力を高めていた。

 肺はとうに、焼け焦げんばかり。

 ネビルが剣で払ったほんの火の粉でさえ、床を抉り断崖を作るほどの爆発を起こす。死に物狂いで防御せねば死ぬのはネビルの方だ。ネビルは、ただ防御の手段を得たに過ぎない。

 

 が──それでも、『火傷すらしないこと』で有名なベラトリックスの火炎が防御されている。ましてや、あんなガキに。

 それでも尚怒るなというのは到底無理な話だった。

 

「灼熱焼土によォ!ご覧遊ばせだァア!!!」

「やってみろよ!!蛇女!!!」

(凄い、この剣……何故だかこの剣を握っていると、最適な行動が頭に浮かんで……)

 

 決闘に於いて創設者随一の腕前を持つグリフィンドールの戦闘経験が、剣を通してネビルの脳内に流れているのだ。時としてどんな武器や魔法よりも有用で役立つのが経験というものだが、創設者のものとなればダイヤモンドよりも価値がある。

 結果として、最低限の体力で、最大最良の結果をリターンしている。ただの火炎を吸収する剣なら、炎熱地獄に叩き込んで終わりだが、グリフィンドールの意思に突き動かされて限りなく最良を掴めている。

 ネビルの前にはいくつかの未来があって、その中から生き残る未来……さらにその中から、より安全な方を剣が教えてくれている、そんな感覚だ。

 攻防一体!赤熱の海にて咆える魔力喰い!

 

「クソガキが〜…」

(だが……待てよ?私の火炎は……不敬だが、あの御方にも届き得る天上のもの。それを防ぐとなると流石に、あの剣がイカれてると考えた方がいいね!魔力そのものを拒絶し殺す剣……それほどの魔剣が、こいつを一端の戦力にせしめた。)

 

 性格ゆえに、先に来た怒りが曇らせていたが──もし万が一この小僧が敬愛する「我が君」の所まで行ったとして、その時、億が一、「手を煩わせる可能性」が全くのゼロだと言い切れるだろうか?

 ほんの1パーセントにも届かぬ極小。しかしそれすらも許されない。そんな粗相はレストレンジの……いやベラトリックスの名に於いて許しはしない。

 

「シェリー、ベガ、アバーフォースをおよそ指一本と仮定すると……闇祓いの戦力は多く見積もってもプラス四本……計七本ってとこか……

 対してこちらは指が二……いや……一本と半分か?四人で六本……死喰い人がギリギリ三本……計九本。我が君が戦わずとも良いと思ってたが。

 果たしてあの剣、何本分の力がある?」

(ベラトリックスの奴、あんなに怒っていながら、でも安易に踏み込んでくることはないな……!)

「──ハハ……遊んでやるよ坊や。

 百回やって九十九回勝てるヤツ、

九十九回は負けても最初の一回だけは勝てるヤツ。

 殺し合いに於いては後者が有利だ。大半の奴は本質を理解しちゃいないけどね」

 

(比べるまでもねェ。魔力、技量、どれをとってもこいつより私の方が上だ。正面切っての戦いなら負ける要素は何一つない。が……ここは殺し合いの場で、あのガキには一つアドバンテージがある。私があいつのことを『知らない』ということだ。

 あの剣の能力も知らねえ。私が知ってる知識や常識とは違う能力を持っている可能性がある。これから援軍がやってくるかもだし、或いは既にそこいらに一匹潜んでるかもね)

 

 極端な話、全員が体内に爆弾を抱えて自爆特攻を仕掛けてきたら対処に困るのだ。たかが魔法使いの命一つ賭けたところでやられはしないが、それが何十と現れて攻め続けられれば、流石に分が悪い。

 死にかけの虫ほど断末魔が大きい。

 あいつらにはきっと何かがあるのだ。必殺魔法とか、魔剣とかの話ではない。命を懸けるだけの隙を与えてしまえば、迷わず命を懸けてくる。

 ……だからこそ相手に何もさせずに心を圧し折る必要がある。肉体でなく、精神を壊さなければ勝てない戦いがあると知っている。

──ならば、こそだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──『紅い力の更なる解放』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下から噴き上げる汗。

 全身をおぞましいほどの悪寒が走り、えも言わぬ身震いが止まらない。肉体が全身の異常と危険を感知し、原初の恐怖がネビルを襲う。

 奴は本気だ!限りなく!

 これまで遭遇してきた圧倒的な強者の暴力性。それらには耐性がついたと思っていた。いたのだが──…

 反するようにベラトリックスは静かだった。

 

 彼女は祈っていた。

 

 両手を組み合わせ、目を閉じ、心を薙ぐ。たったそれだけの動作に、天使の羽でも降らんばかりの、限りなく洗練されたものが見え隠れした。

 常に誇りや怒りといった苛烈なものを身に纏っていた女が、今はただの修道女のようだ。ドス黒く濁った黒が一瞬にして漂白され、あわや光を帯びていた。

 祈るための祈り。

 ネビルは自身の、今にも口からまろび出んばかりに暴れていた心臓の動悸が静まるのを感じた。それは、けたたましい心臓の音が、平静になったのではなく、時がそこ瞬間に圧縮されて起こった現象である。ともすれば一秒にも満たぬ刹那、彼女は戦いの最中にありながら、敬虔な信徒のような面持ちで──

──慈悲の涙すら、流していた。

 

 

 

 ぽつり。

 

 落ちた涙と共に、静止した時間は動き出す。

 

 

 

「──ッ、か、ぁ……」

(あ、つ──いや……痛い……!!)

 

 

 

 玉のような汗がぼろぼろとまろび出る──どころか皮膚さえ焼くほどの熱量に、わずか一瞬、ネビルの意識は狂った。

 ネビルやベラトリックスを取り囲むように、神の裁きにも似た熱量を持つ十三の火柱が噴き上がる。火炎はさながら竜の姿を模しており、ドラゴンの巣に放り込まれたかのような錯覚を覚える。

 視界全てが赤、赤、赤。

 夥しい火炎で焼き尽くされた紅蓮地獄は、もはや、この世のものとは思えぬほどの光景だ。悪趣味だが静謐な城内部の空間は焼き尽くされ、何もかもが炎に取って代わられる。

 

「アハハハハハハハハハハハハハ!!!!!結界術!それも封印するためのそれとは訳が違うよ。侵入者を焼き殺すためのトラップ!なぁに、出入りは簡単さ……地獄の業火に焼かれてもいいのならね!

 ロングボトムの坊や、真域の炎は経験あるかい?」

「し……ん……いき?」

「真域、或いは神域。属性魔法の究極到達点さ。そこに辿り着いた者は全て、魔力に無限のエネルギーが付与される……人生をその系統に捧げることで得ることのできる絶えない炎!炎すら焼く魔炎さ!

 ハハハハ、あまりまじまじと見ないでおくれよ。これでも真域は苦手な方さ。なんせこれまでの相手は使うまでもなく死んじまったからねェ!!」

(や──やばい!)

 

 目の前で火花が散る──爆散。

 ネビルは目を疑った。ほんの小さな火花が、空中で炸裂すると小規模な爆発が起きる。ただの爆発ではない、爆破呪文と同等の魔力と威力がそこにはある!

 いくらこの剣が魔法使いに対し絶大な効果を発揮しようとも、ベラトリックスのこれは最早災害──人の域をとうに越えた領域にある。いずれは吸収が追いつかなくなり、過剰火力に擦り潰される!ここで戦うのは、いやここにいること自体が自殺行為だ!

 とはいえ……世界の理すら凌駕する火焔が時空を歪めているのか、姿表しが使えない……!!どうする?剣と防衛魔法で、一点突破で突っ切るか……というところで援軍は来た!

 

「おい、ロングボトムの!こっちだ!」

「ボヤボヤするな早く来い!」

「援軍か……」

 

 名も知れぬ一般魔法使い、最近闇祓いになったマグル出身の二人組。世界の危機に参上してくれた極めて勇敢な若者達だ。

 炎柱の向こう側に見える影に大きな声で答えると、彼らの方向に走り出す……!

 

「クク……城郭の地下深く、宝を守る番人。眠りから醒めたドラゴンは盗人を許しはしない……悪魔さながらに食い散らかすのみさ」

「ッ……プロテゴ……なっ!?」

「つ、杖が……焼け──」

 

 呪文を使おうと杖に魔力を込めた瞬間、杖が『着火』して──焼け焦げた。

 燃えゆく杖の残骸──消えゆく木屑を、愕然とした面持ちで見送ることしかできない。続く炎の竜の攻撃を反射的に躱すことができたのは、ムーディーのしごきがあってこそだ。見れば、援軍二人もその有り様……!

 

「おおっと、気をつけな。魔力のあるもの……とりわけ杖から発せられるエネルギーに、この火焔は目がなくてねぇ!魔法なんぞ使おうものなら杖を焼いちまうのさ!

 魔法使い殺しは何もそのおかしな剣だけじゃないってことさね!まっせいぜい頑張りなよ!杖抜きでな!!」

 

 仮にも十年ほど使い続けた愛杖との突然すぎる別れに脳が追いつかない。初見殺しにも程がある。魔法を使えば最後、その瞬間に戦闘能力の喪失が決まってしまうなど……ふざけているにも程がある。

 この状況はまずい!

 剣の吸収も、剣を構えた方向からしかできないというのに……全方位をガードは不可能だ!

 

「同情するぜスクリムジョールには!!ホグワーツの防衛術の教師は一年で辞めちまうし!優秀な魔法使いどもは前の戦争で私達が消した!!残ったのは下っ端のカス戦力だけ……!ガキどもや海外の手を借りなきゃ頭数さえ揃えらんないんだもんなァ!!」

『あ、私も有望な魔法使いを消しちゃってました☆

 HAHAHAごめんなさーい☆』

(黙れロックハート!!あの馬鹿!!)

 

 脳内のロックハートをぶん殴った。

 

「ま・クラウチ主導で作ったアレン隊も強かったが……あいつも死んじまった。頼みの綱のダンブルドアもいなくなった!錬金術師フラメルも死んだねェ!この四年あんた達が生き延びてられたのは、ひとえに我が君の余裕ある心持ちあってのこと!

 涙が出るよ!!哀れでね!!!」

「言ってくれちゃって……!!」

「言ってやるともね!あんたのその魔法界の存亡を懸けて戦うなんて姿勢は建前さ!」

 

 火炎の魔女は、竜を従え狂笑する。「結局のところ、あんたの本質は身勝手なんだ」その言葉に心臓を鷲掴みされたような不快感を覚える。

 

「フ・ク・シュ・ウ──だろ!?

 私が憎くて堪らないからここまで来たんでちゅよねェネビルちゃん!親殺しの私が憎たらしくってここまで来ちまっただけでさァ!

 けど残念──そういう手合いをブチ殺すことに関しては私達はプロなんだよ!!!!」

「……思い上がるなよ蛇ヤロー。

 僕が、お前如きのために何で人生を棒に振ってまで復讐しなくちゃいけないんだ……!!」

 

 ベラトリックスと刺し違える──なんてのはちゃんちゃらおかしい。復讐に狂ったりはしない。復讐に取り憑かれたりはしない。戦うべき理由が他にある。

 闇の帝王打倒という目的の途中に、ほんのささやかな復讐があるだけ。

 迫り来る火炎の竜を、死に物狂いで斬り飛ばす。

 

「僕の父も!母も!お前達に抗って死んだんじゃない!

 仲間を守るために死んだんだ!どれだけ拷問されようとも絶対に仲間の居場所を吐かなかった!!そんな人達が僕に全てを擲って欲しいとか思うもんか!!!

 僕がお前達と戦うのは、僕が生きるのにお前達が邪魔だからだ!!僕の人生にお前が不要だ!!!

 履き違えるな……お前を倒してハッピーエンドなんかじゃない。ただの通過点如きがラスボス気取りだなんて烏滸がましいよ!!」

「!?何をしてる、オイ──」

 

『オスカーは僕に任せてくれないか』

『君達の怒りは、一旦僕に預けてほしいんだ』

 

 ロンがオスカーと戦ってくれているのは、復讐に取り憑かれて冷静な判断力がなくなってしまわないようにするためのもの。じゃあここで今、愚かにも突っ込んで死ぬのは違うだろう──!!

 

 グリフィンドールの剣にはあらゆる魔術的要素を吸収し無効化する以外に、もう一つ機能がある。ネビルは、できるだけ手の内を晒したくないと無意識に思っていたがそうもいくまい!相手は紅い力の幹部!

──剣から、炎が、飛び出した。

 そんじょそこいらの火炎とは違う……これはベラトリックスが使う神域の炎。つまり剣の能力は『吸収』と、『吸収した魔力を吐き出す』こと……!

 

 同質量、同威力の火焔がぶつかり、爆散する。

 炎の壁に穴が開き、穴の中へと飛び込んだ。

 ネビルは結界を抜けた!

 援軍の闇祓い二人は、肉体のあちこちが焼け焦げたネビルを抱き抱えるようにして離れた。

 

「オイ……!しぅかりしろ!」

「ぐっ……」

 

 距離を取らなければ……退かなければ。

 ベラトリックスはそもそも、紅い力を持っていない時から『世界最強の火炎魔法使い』と呼ばれた女。奴の強さがここで終わるはずもなし。

 ありったけの煙幕と物理的トラップを撒き散らし、全力で妨害する。ネビルはベラトリックスを倒せるなどとはハナから思ってはいなかったが、それでも、足止めくらいはできたと自分を励ました。ここでのほんの少しの奮闘は、『他』を楽にする。

 

「やはりその剣……危険だね。魔法は感情で強くなり、紅い力もまた然り。負のエネルギーをベースにしてお作りになられたのが紅い力。あの剣はただのマジックアイテムじゃない、感情によって生まれたモノなんだ。

 となるとその剣に必要なのは『資質』……すなわちゴドリック・グリフィンドールの意志を継ぐ者にしか剣は現れない……ってところか。

 ハァ、ガッカリだよグリフィンドール。仮にもかのスリザリンを最も苦戦させた相手だったんだろ。そんな男がこんな小僧を選ぶだなんて……誇りはあれど、思想も、力も、知恵も、何もかも足りなすぎる!!!」

 

 魔女の杖は指揮棒よりも優雅に火炎を操り、火炎の竜を空に打ち上げて──そして球状に凝縮する!

 煉獄は空より落ちる──超火力高熱体、黒い太陽。

 死の世界を球状にして現世へと降臨させた。熱いのに冷や汗が止まらない。呪いを焚べた薪に、三つ首の悪魔が老いて嘲笑う。燃え盛る悪逆非道の大魔法。

 ただそこに「在る」というだけで、ベラトリックスを除く殆ど全てを不公平に平等に、そして不規則なリズムで焼き尽くす。

 罠など関係ない。どこにいるかも意味はない。

 愉快なアルゴリズム。反駁する死の螺旋。

 最早、熱の揺らめきすら必要ない。肉体に、呪いのような火傷が発生していく……!

 

 鼓膜を啄む耳鳴り。

 胃の中を暴れ回る吐き気。

 視界すらチカチカと定まらない。

 大きく息を吐くと、喉が焼けるようだ。

 

 呪いや毒ではない、ただの、ただの魔力の波を感じているだけだ。ただし、目が光を感じるのと同じくらいするりと肉体に忍び込み、熱傷を起こしているだけで。

 呪い、怨讐、苦痛、苦悶。そういった悪感情と闇魔術のイカれた研究者、エクリジスという魔法使いがいた。

 彼は北海の孤島で非道な人体実験を繰り返し、もはや生物とも非生物ともつかぬ生物や呪物を多数残してこの世を去った。後に、吸魂鬼と呼ばれる怪物が住まう島には世界最高の監獄(アズカバン)が作られるわけだが。

 ベラトリックスはその劣悪極まる環境で、怨嗟の声を己の力に変える術を会得した。地獄の坩堝。実際に再現できたのはつい最近のことだが……冥府の業火を知っているからこその、この鮮明な恐怖!

 

「逃れられるのは逃げに徹したネズミくらいのもんさ。

 さァ……破滅の歌を聴かせな!!!!!」

「クソ…………!!」

 

 

 

 

 

 

 

青き焔は静かに燃ゆる(expectams in inferno diaboli)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……ッ」

 

 黒い太陽は卵でも割るみたいに亀裂が入り、崩れた破片が下手人たる悪霊に吸収された。

 瞠目するベラトリックス目掛けて振り抜ける悪魔の左脚を、すんでのところで受け止め……切れない!吹き飛んだ先で、確かにその鈍く光る輝きを見る。

 月光のような銀髪。

 泪の海の色をした瞳。

 蒼炎を背にした長身が、今はあまりに恨めしい。

 

「痛いねこのガキ!!淑女を足蹴にするなってなァア、パパに教わらなかったのかい!?」

「知らねーな。教えてくれよセンパァイ」

 

 ニヒルな笑みは、余裕の証。

 焔の中に見え隠れした立ち姿は、あまりにも。

 

「随分男前になったなネビル」

「お陰様でね」

「──ちょっとそこで待ってろ」

 

 

 

 

 

 

 

「──あのドブクソババア……燃やしてくるからよォ」

「返り討ちにしてやるよ!ダボカス男がよォ!!」

 

 ベガ・レストレンジ、参戦。

 

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