シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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14.色欲のフェンリール・グレイバック Ⅰ

 

 見下す者がいて、ようやく誇りを感じられる。

 そんなものはプライドではない。

 優越感に近い何かだ。

 誰かを見下して得る尊厳など、元から無いに等しい。

 

「があッ……!!」

 

 それに気付かなかったからなのか。あれだけ燃え盛っていた魔女は地に伏して、俄かに燻る火の粉の中で息も絶え絶えに、それでも生きていた。

 鎧は──ない。

 剥げている。ベラトリックスと鎧はあと数時間もすれば完全に融合して、内側への攻撃すら効かなくなっていただろう。しかしそうなる前にベガが魔法を喰らわせ、撃退するに至ったのだ。

 

(クソ──クソ──奴等は……!?)

 

 全身を焦がし、醜くなりさらばえた魔女は、ぎょろぎょろと白い目玉を動かして──気付く。満身創痍なのは自分だけではないことに。

 

 ネビルは、地面に倒れ伏して。

 タマモは立ってはいるが、ふらふらで。

 ジキルもまた、壁に体重を預けて。

 闇祓いの二人は、互いの肩を支えてる。

 そして最も警戒すべきベガは──

 

「──、ッ……、クソ」

 

 だらり、と鼻血を出してよろめいた。

 片膝をついて、玉のような汗をいくつも浮かべる。

 

(?こいつらの傷と魔力は回復するはず……いや、その分の疲労は据え置きなのか……!)

 

 無理もないこと──いくら蒼炎で傷が治るといっても、精神まで回復するわけではない。ベラトリックスを倒すためにいくつもの策を講じて、実践して、指示を取り合って。脳がハイになっていたのが切れたのだ。

 蓄積されたダメージも痛みも、なかったことにはならないから。極度の緊張状態を誤魔化し誤魔化しやっていたに過ぎないのだから。

 

(特にベガは、私の攻撃を分析して、常に魔法を二つ以上使用して、味方に不死鳥の炎を使って、最後は鎧の内側に火炎を飛ばした……その負担はとんでもない筈だ。

 最後の火炎飛ばしなんざ、あの女狐が私の動きを制限しなければ当てることすら不可能だったろう。そりゃ脳も悲鳴を上げるってもんだ)

 

 不死身の身体を持っていたとして、精神がそれに追いつくとは限らない。過覚醒、交感神経が高くなりすぎると心が疲弊するのだ。体力を回復する蒼炎の代償……!

 要は、超高難度の計算問題を数時間ぶっ通しで解き続けるようなもの。傷は塞がっても、飛んで跳ねて疲れた事実までなかったことにはならないのだ。

 

(ここは…一旦退く…!身を隠して反撃の機会を待つ!

 最低限の目標である『足止め』はもう既に十分なほど果たしてる…傷を癒せばまだ戦える…失態ではない…五体満足なのは気に入らないが、これは負けじゃない。

 対するあいつらも私を殺し損なった。

 あいつらも、私も、勝ってはないが負けてもない。この戦いに勝者はいない。そして次に戦った時、勝つのは私の方だ)

 

 ロングスカートの裾を引き摺るようにして、ベラトリックスは歩き出そうとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げる……ぞ……追え!!

 ベラトリックスが……逃げる……!!」

 

 

 

(………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?)

 

 ぴたりと、その足を止める。

 『格下相手に本気を出すこと』を恥とすら思い、自ら勝ち方に制限を掛けるような、救えないくらいに驕り高ぶった炎の魔女。そんな女が、あまつさえネビルからそんなことを言われて。

 何も思わない訳がない。平時であれば流せたであろう発言も、今の彼女にとっては聞き捨てならない。

 誇りは命より重い。

──壊した天井から差し込む光。爛れた黒衣が、月明かりに照らされる。それは裁判場にて罪を告白する、罪人にも似た──。

 

(……誰が、逃げるって……!?)

 

 ぎゃりっ、という音を立てて、ヒールを地面に打ち付ける。すらりと背の高い身体が、焼けたドレスを纏って立ち上がる。

 眼光で人を殺せるなら、きっと彼女は凶悪殺人鬼だろう。そう思わせるほどの迫力があり、重っ苦しいプレッシャーが鳴動する。

──ここで逃げれば、一生後悔し続ける。

──ここで退けば、二度と我が君に顔向けできない!

 

「いいだろう……死にたいのはどいつだ!!!」

 

 立ち上がったのは、ベガとネビル。

 他の者も立ち上がろうとはしているが、取り敢えず後回しにしていいだろう。

 ベガの前でネビルを殺せばベガの戦意は削がれるか。

 

(──それができないから、私は『傲慢』だ!!

 いつだって狙うのは強者!より強い獲物!殺すなら、ベガからだ……!!)

「……っふぅー。もう一仕事、だな」

 

 残りカスのような魔力と、生命力は、おしなべて敵の殲滅のために。生き残るための余力など、残さない。

 

(正直賭けだが、私はさっきまで真域を身に纏っていたことで一種の覚醒状態……『ゾーン』のような状態に入っている。プラス、死を目前にしている今、余計なことを考えず澄み切ったような思考状態だ……。

 あんたはどうなんだい?ベガ。逆じゃないかい?肉体に傷はなくとも、『未来視』『真域』『火焔の姿現し』と綱渡りを何度も繰り返して、集中の糸が切れ始めているんじゃないのかい……!?)

「──なあ、ベガ!!!」

 

 ネビルを警戒しつつベガを仕留める、これだ!

 どうせ死ぬんなら、前のめりに……!!ベラトリックスにとっても分の悪い賭けを、敢えて選ぶ。狙うのであれば強者から!彼女の遠距離から焔を当てられる集中力は切れてる。酷薄して殺す!

 今のベガは集中が切れてる、今しかない。

 至近距離からの最大火力で即死!これしかない!!

 

「──ッァア!!」

 

 させまいと、ネビルが近付いてくる。

 剣を振りかぶって、されど、ベラトリックスはその対策も用意していた。魔女は真域でも悪霊ですらない最小限の炎を、ネビルへと放つ。当然、それを受けようと剣を振るうが──…。

 パチッ──剣に当たる直前で炸裂し、跳ねた火花がネビルの視界を遮った。動揺し、ネビルの動きが止まる。

 それで十分!ネビルには杖がなく、そして今斬ってくるということはグリフィンドールの剣に今、魔法は装填されていないということ。

 ネビルは死んだ駒だ、次はベガ!

 

(早撃ち勝負だよ、ベガ坊や!先の先を取るにはその二本の杖は不向きだろう!?)

(早撃ち勝負か……このタイミング、カウンターでも一本の杖しか使えねえ)

 

 早撃ちに付き合うにせよ、カウンター狙いにせよ。

 今のベガはどちらかの杖に魔力を集中させて、確実に射殺す必要がある。最強の杖で攻撃すると見せかけて、本命のブラックバーンの杖で仕留める……!

 トネリコの杖に見せかけの魔力を溜めて気を引いて、ブラックバーンの杖で魔力を一閃させる!

 ベラトリックスからしても、ほんの二通りだが究極の分岐点。死と隣合わせな上、選択にビビってほんの僅かにでも迷いを見せればその時点で死ぬ!

 

──ベガの視界はピンボケしている。

 熱気による蜃気楼か、脳の疲労からか。思考することさえ面倒臭い。ムーディーのしごきを反復するように、腕が勝手に自然と動く。

 そして、彼は、

 

 走ってくる『人影』を、見た。

 

 

 

 

 

──パチン!

 

 

 

 

 

 ベラトリックスからしても、その結果は意外なまでに拍子が抜けていた。火炎の魔力圧が、ベガの持っていたブラックバーンの杖を弾いたのだ。

 火花が炸裂して、エクスペリアームスのような弾く現象が起きた。

 ベガには今、攻撃手段が存在しない。もう一本の最強の杖で魔法を使うのも間に合わない。

 凝縮された時の中、ベラトリックスは数度、敗北要因を思考する。他の連中は死んだ駒、目の前のベガも、なす術なく死ぬだろう。

 実力は、運を引き寄せる。

 ベラトリックスが杖を振るい、火炎が直撃する寸前。ベガはよろめき、背中から倒れそうになる。

 

「……ッ!違う……!」

 

 ベラトリックスは、気付く。

 ベガのその倒れ方は、躱すためのもの。

 大きく背中を仰け反って!地面に手を付き!回りながら後ろに回避する!新体操のバックブリッジのような、華麗な回避!

 最後の足掻きかと思ったが、違う!地面に両手を付く時に最強の杖を手放している!確かにそうしないと地面に手を付いた時、痛いが!

──ベガは無駄な動きをする奴じゃない……!!

 

 

 

「俺はサポートだ……

──行け!!!ネビル!!!!!!!!」

 

 

 

 ベラトリックスの背中に、どうしようもないくらいの悪寒が走る。違和感。ベガが杖を弾き飛ばされたのは、わざとだとしたら?くるくると回る杖は、どこに。

 

「『ブラックバーンの杖は誰でも使える』」

 

 死んだ駒が、蘇る。

 ベガが杖を手放したのは、彼に渡すため。

 彼は、丸腰で走ってきていた。彼と練習していたフォーメーションが効く場面。そのことを理解した瞬間、即座に駆け出していた。仮に“効く場面”でなかったとしても彼は駆けていただろうが。

 問題は、ない。

 問題はないのだ。

 彼の武器は、剣ではない。杖ですらない。

 心に燃える、ひとさしの勇気。

 遠回りをしても、寄り道をしても。結局彼は、前に進む生き物なのだ。そういうタチなのだ。

 それはベガにとって、とても眩しくて羨ましく、しかし同時に恐ろしく怖いモノ。

 

(馬鹿が……後は俺に任せてくれりゃあいいのによ。何でお前まで駆け出してきやがる。これだから勇気ってのは面倒臭えんだよ。お前みたいな奴から死にやがる。俺が守るから、今度こそ絶対に守るから、来るんじゃねえ、こっちに来るんじゃねえ──

──って、昔の俺なら言ってただろうけどよ!!!)

 

「──行け!!ネビル!!!」

「任せろ!!ベガ!!!」

 

 弾かれた杖の先には、ネビルの姿。手にしたそれに、既に魔力を込めている!

 

「ペトリフィカス・トタルス!!」

 

 時間でも止まったかのように、ベラトリックスがその動きを止める。大きすぎる隙。あまりにも!

 そしてベガは、再び最強の杖を手に取った。その瞬間に火焔は巻き上がり、形を成して、山羊の悪魔へと姿を変えていく!

 宵闇の鐘は鳴った!勝利への確信と共に!!

 

「こ、の、馬鹿がァァァアアアアアア!!!」

「ゥゥゥウルリリリャアアアアア!!!!!!!」

 

 極悪な断末魔を掻き切るような蹴りの乱打!殲滅のためのレクイエム!何十、何百もの重い蹴り!鋼鉄がひしゃげるように、骨が軋んでは折れて!焼き切れた怒りが順繰りに狂い出す!

 破壊!乱撃!あまりにも壊滅的!

 熱が、焔と踊りだし、美しくも残酷な軌道を描く!

 骨身の髄の、果てまでも──!!

 

「リリリャアアアアア──ッハァーッ!!!」

 

 蹴り払われた部分から、芯まで届くような熱。

 地獄の釜は取っ払われた──怨嗟と苦痛をごちゃ混ぜにした鈍い痛みが、魔女を内側から蝕む!

 石化が解ける、その瞬間。

 守護悪霊はとびきり鋭い蹴りを、彼女の腹部にお見舞いする。魔女が鈍痛に怨嗟の声を撒き散らすと、石化が解けて彼女の細い体は宙を舞う。地面が遠くなる。抗う力すら残されていない。飛び行くベラトリックスの首根っこを掴んで、勢いよく飛び──

──そして、断罪のギロチンを落とす。

 上段からの踵落とし。

 

「ガハッ……………」

 

 自身の血で前が見えなくなっていた魔女だったが、蛇のような目を動かして、どこに落ちているのかを知る。

 ここは空の上。

 天に浮かぶ城が、視界の先に映っている。

 先程、ベラトリックス自身が開けた穴から、ベガが蹴り落としたのか──!!

 

「赦さん……!!赦さん、赦さん、赦さんぞ、貴様らァァァアアアアアア!!!!!!」

 

 落ちる。どこまでも、果てもなく。

 手を伸ばしても、届かない。

 腹の底から鳴動する声。喉が焼き切れんばかりの金切り声が、果たして連中に届いたのかどうか。ベガとネビルは、窓から身を乗り出して、ベラトリックスの最期を確認していた。殺す──!!

 落下しながらベラトリックスは、もはや無駄だと分かっていても、火炎魔法を行使せんとした。別に、それで倒せるとは思っていない。ただ、ベラトリックスという悪魔が、そういう死に方しかできないのだ。

 その、報いなのか。

 

「熱い!?熱い、熱い!!!!肉が、焼けるッ!?

 この、私が!?馬鹿野郎ォーッ!!!

 ギャアアアアア!!!!!!」

 

 世界最高峰の火炎魔法使いたる彼女とも有ろうものが、火炎の操作を間違えた。制御を外れた焔は、魔女自身の肉を焼き、蝕み、命を奪った。

 なんて事はない、単純な魔力コントロールのミス。

 魔女は火炙りで以て処されるのだ。

 赤く燃える亡骸が海面に叩きつけられる。

 凪いだ海には、光る月が煌々と反射していた。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「お疲れ様、皆んな!僕らの勝ちだ!」

「やったか……、はぁー、くそ、疲れたな」

「やったー!」

 

 各々が疲労の息を吐く。ジキルや闇祓い達はその場にへたり込むし、タマモは両手を突き上げる。

 激戦だった……終わってみれば、その疲労感は果てしないものだ。程度の差こそあれ、肉体だけでなく心が摘まれていく感覚だった。

 いくら回復できるとはいえ、ベラトリックスの火焔は蒼炎の回復量を何度も上回っていた。蒼炎の回復ばかりをアテにはしていられず、要所要所で攻め込む時にしか使えていなかった。

 

 ジキルやタマモも、『杖を作る能力』や『死を凝縮した弓矢』を使って相当の魔力や寿命を削っている。他人の魔力まで回復するのは今のベガにはまだ無理だ。

 とはいえ。

 ほとんど五体満足で、あのベラトリックスを倒せたというのは大きな戦果だろう。

 

「最強の火炎魔法使い同士の対決か……俺からしたらどっちもとんでもない強さだったけれど、結局どっちが強かったんだ?

「鎧を着る前なら7-3で俺が勝つ。着た後は2-8ってとこかな。双方共に勝ち筋はあって、それをどういう風に通すかって話になってくるからな」

「鎧、ね……あれズルじゃねえ?」

「そんなこと言ったらベガ君の杖だってズルじゃん?その杖ってさー死の杖……ニワトコでしょ?どこでそんなん手に入れたのよ」

「ダンブルドアがダームストラング城の戦いに行く前に契約したんだよ。あの時のダンブルドアが使ってたのは自分の杖だ。……」

 

『この杖は君の方がよりよく扱え、善い使い方をする』

 

 ダンブルドアが、杖をベガに渡す際。

 その杖をどこか──グリンデルバルドの忘れ形見のように使っていたように見えた。力への執着の証としてではなく、グリンデルバルドが遺した、証のように。

 ……多分、気のせいだ。

 戦いに赴いた際の彼はどこか、晴れやかな顔をしていたように思える。

 

「まァ、次戦うことがあれば一人でも勝つさ」

「わー、クソ生意気。前はもっと可愛いかったのに」

「感謝してるってマジで。助かったぜ」

「もっと崇め奉ってよねー。それで言ったら……ジキル君!杖とか魔法道具とか作るのめっちゃ頑張ってたじゃーん!助かっちゃったわー」

「うおっ!……あ〜…くぁ〜…疲れすぎて反応する体力もなくなってやがる……」

「あんなクソ魔女より怖い女とかいる?」

「言えてる!」

 

(クソ魔女ね〜…)

 

 タマモはほんの少しだけ、居心地が悪かった。

 好きなように生き、好きなように殺す。そういう意味ではタマモもベラトリックスもそう差はない。むしろ、火の魔法を使う魔女という点で、どこか親近感のようなものすら感じていたほどだ。

 たまたま善性に寄っただけの化物が、たまたま善行をしているだけ。別にそれでどうこうとは思わないが、この人達の輪の中には入れないという、漠然とした寂寥感のようなものを感じる。

 化け狐らしいといえば、らしいけども。

 

「タマモも、ありがとうな」

「……んっ!?何?聞いてなかった。何?ジキル君」

「あー、だからその…。理由が何であれ、死喰い人と戦ってくれてありがとう。イギリス魔法界の、いや、魔法界全土の未来は、あんたのお陰で守られる」

「いやー、別にそんな大層なことがしたかった訳じゃないって。私がそんな博愛主義に見える?魔法界の未来を本気で案じてたら、たぶん真っ先にニホン魔法界をどうにかしようって思ってる筈だし。そういう意味ではまだあのベラおばさんの方が魔法界のこと考えてるよ。

 私はただ、好きなことを好きなようにしたいだけ」

「十分じゃないか。少なくとも俺は、君が味方で心強かったよ」

「……マジで女性恐怖症なの?普通にモテるくない?」

 

 タマモはポンとジキルの胸を叩いた。

 ジキルは一瞬マンドラゴラみたいな悲鳴を上げたが、口角を無理矢理吊り上げて笑った。

 

「ネビル」

 ベガはぽん、とネビルの肩を叩いた。

「ああ、ベガ。お疲れ様」

「そっちもな。……お疲れ。お前がMVPだ」

「え?それはないでしょ」

「馬鹿言うな、お前が率先して危険な役割を引き受けてくれたから俺も100パーセント力を出せたんだ。俺という駒を活かしたお前の作戦勝ちだ」

「ええ〜?それを言うならMVPは君でしょ」

「うるせえハゲ!良いから有難くかつ大人しく有難がってろってんだ!」

「ちょ、痛い痛い。まだ傷は治りきってないんだって」

 

 ぐりぐりと拳を押し付けて戯れ合う。

 疲れと、緩みがあった。ベラトリックスは紅い力持ちの中でも最強格だろう。いくら彼女を倒すのが通過点とはいえ……どこか、弓を直すまではないにしても、張り詰めていた矢の先を、下ろしたようなものがあった。

 だからなのか──?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベラトリックスが作った巨大な天井への穴。

 月明かりに照らされて、孤高に立つ。どこまでも濃い影を落として、奈落へと塗り潰す。

 

「今日が流星群で良かったよ。明るい夜だ。

 ……貴様を、屠るに相応しい」

 

 闇の帝王の目が光る。

 ……そうして、何もかもが静止した世界の中。

 帝王はただひとり、焔の戦士達と対峙した。

───光が降る。

 闇に慣れた目は光に弱く、その痛みだけで涙が浮かんでしまう。

「────あ」

 見上げると、そこには一面の星があった。

 曇っていた夜空は澄み渡り、ただ無数の煌めきだけが視界を覆っている。

 

「ヴォルデモート……!」

 

 開闢を背に。

 闇夜さえもをしもべにした、黒い王がそこにいた。

 

(……が、ここにいるってことは……)

「アバさん……」

 

 ボロ雑巾のように投げ捨てられたそれを、恰幅の良いネビルとジキルが受け止める。

 アバーフォース・ダンブルドア……全身に傷を作り、文字通りの満身創痍。息は浅く、そして荒い。ベガはほとんどノータイムで不死鳥の焔を当てる。

 ……生きてはいる。治る。

 ただし、戦闘への復帰は無理だ。治しきれない。

 どことなしか、どこかで不死鳥(フォークス)が打ち震えて鳴いているような錯覚があった。

 

(足止め、ありがとう……アバさん……)

「────」

「オレ達はアバさんを連れて離脱する……!」

「頼む」

 

 闇祓い二人組がアバーフォースを抱えて走ろうとするのを、闇の帝王の視線が追った。

 

「待てよ。忘れ物だ」

 

 荷物でも放り投げるかのように、帝王は抱えていたソレをベガに向かって投げた。

 受け止めるベガ。無闇に敵の触れていたものを触るなというムーディーの教えは、この場合適用されないと判断した。闇の帝王が爆弾を投げてよこす筈もなし。

 

 投げたのは、またしても人だった。

 それがいやに重く、そして軽かった。

 

「ある意味で、俺様が貴様やアバーフォース以上に警戒していた者だ」

 

 ……もう味わいたくない筈の感覚だった。

 そこには、命の重みがまるでなかった。

 

「殺せてよかったよ」

 

 

 

 

 

「──シェリー」

 

 

 

 

 

 忘我の呟き。

 まず行ったのは、この死体が偽物であるという可能性を潰すことからだった。しかし、命の残滓は確かにそこにあって、虚空を写していた瞳には光があったことがすぐに分かった。

 ベガは、死体の重みを知っている。

 あれがどんなに、ふわふわしたものであるのかを。

 

「………、……」

 

 蒼炎は──死体には、効かない。

 癒すべきものがそこにはないからだ。

 視界が明滅し、思考は脈絡を失う。

 

「──ははっ!」

 

 おそらく、闇の帝王の不意に漏れ出たであろう笑いがベガの神経を逆撫でした。それは奈落よりも深い断絶に他ならない。

 蒼の瞳は冷ややかに燃えた。

 問答の余地は、ない。

 戦いへの全能感がそうさせたのか。あれだけ否定した復讐を、その時ベガは都合よく肯定した。

 

「────殺す」

 

 黎明の静寂は破られる。

 星に覆われた世界に、男の呪いのこもった絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ドラコとコルダは闇の中を進んでいた。

 プラチナブロンドの髪が光る。もしも敵が現れたならいつでも戦えるよう、臨戦態勢だ。

 ……いや、むしろ早く敵が現れてくれれば、足止めすることができ、その分、他が楽になる。ドラコもコルダも、そういう戦いは得意だ。

 

「気をつけて進めよ、コルダ」

「……」

 

 敬愛する兄の姿を見て、彼女は考える。

 かつて少女だった日に思いを馳せたユメ──そして誰にも知られないように朽ちる筈だった恋心。

 

 マルフォイ家の人間として相応しき生き方を。

 そう希い、捨て去る筈だった想いは、今なお心の中で解けずにそこに在る。不安定な情勢と貴族社会の混乱もあってか、兄の縁談の話は遅々として進まない。

 自分はもう……駄目だろうが、せめて兄だけでも所帯を持って欲しいと願っている。

 その反面、兄の結婚話が進んでいないことを喜んでしまっている自分がいる。何もかも中途半端な自分が嫌になる。

 

(……揺れるな、コルダ・マルフォイ)

 

──何があっても、お兄様だけは守り抜く。

 それが『怪物』としての役割だ。

 

 ……たまに、夢を見る。

 狼の姿で、皆んなとホグワーツで食事をする夢を。

 幸せで暖かな、童女のものがたり。

 

 

 

 

 

「よォ〜!久しぶりだなァア〜!!」

 

 

 

 

 

 ……それは有り得ないと、現実に引き戻される。

 少なくとも、この男がいる限りは……。

 

「グレイバック……!」

「ツイてるぜ、まさかお前らと殺し合えるなんてよ。

 因縁しかねえ相手同士だ、仲良くやろうや」

 

 美しき白い毛並みに覆われた人狼。

 暗澹とした城の中に溶けていた巨躯が顕になる。

 緊張が走る。太く、重い隆々とした筋骨が、簡単にこちらの首を縊り殺せることくらい嫌でも分かる。

 

「あの時のガキどもとこうして相見えるとはよ……

 何というか、感無量だなァ」

 

 父の仇。コルダを苦しめる元凶。

 マルフォイ家を滅茶苦茶にした張本人。

 怒りを冷徹に鎮める。互いの獲物は杖と爪。だがその差を覆せるのが人狼の身体能力だ。

──精神は冬の湖畔の如く。あらゆる五感を鋭敏にした一つの探針に己を変える。

 

(……魔法は、感情によって力を増す。

 ならば私の怒りは、すべて魔力に充てる……!!)

 

「グレイシアス・フリペン──」

 

 

 

 

 

 

 

「──っとと。危ねえ危ねえ」

 

 ドラコ・マルフォイは、背後から聞こえた声に、動揺の色を隠せなかった。

 闇の中で踊る紅い刃。

 一陣の風が通り過ぎたかと思えば、グレイバックは既に背後に回っていた。

 

(早すぎる…‥!?)

 

 当惑も無理はない。

 グレイバックは紅い力のほとんどを身体能力の強化に充てている。オスカーやペティグリューとは真逆の、搦手がほぼないストロングスタイル。

 だからこそ、基礎性能の違いがハッキリと伝わる。

 単純にヤツは強く、速い。それだけだ。

 

「ま……いいや。収穫はあった」

「……?」

 

 ドラコはグレイバックの腕から垂れる赤黒い液体を、一瞬理解できなかった。

 ぼたり──重く粘ついた水音は、明らかに血。鮮血に他ならない。

 

 ……どこから?

 

「………ッ、…………」

「────」

 

 ドラコは、ゆっくりと振り返る。

 そこにはコルダが、杖を構えた姿勢のまま、石にでもなったかのように固まっていた。

 滝のような汗が、うなじに流れていた。

 

「……コルダ?」

 

 ぴくりとも動かない彼女の顔は、青褪めていた。

 

 

 

 

 

 コルダの右腕が、失われていた。

 

 

 

「──ぁ、が、ぁああああああっ!!!!!」

「…………」

 

 思い出したかのように、コルダの腕の断面から鮮血が噴き出す。それを皮切りに、氷のように研ぎ澄ませていた彼女の精神は形を失い、絶叫を上げた。

 腕を抑え、叫んでも、そこに在るべきものはない。

 

「貰ったぜェ、コイツの杖はよォ」

 

 ぽん、ぽん──グレイバックがコルダの杖腕を片手で弄んでいるのが視界の端に見えた。ボールのように扱われるそれが、コルダの腕だと、一瞬分からなかった。

 いや、理解を拒んでいたのだ。

 グレイバックの嗤い声。

 コルダの叫び声。

 

 ドラコはそれを、呆然とただ聞いていた。




ベラトリックス・レストレンジ 『死亡』
魔力の制御ミスによる自焼

シェリー・ポッター 『死亡』
死因:ヴォルデモートによる死の呪文
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