シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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16.色欲のファンリール・グレイバック Ⅲ

 

 エミル・ガードナー……闇祓いの試験を受けた際、その能力は基準値を僅かに下回る(というか学力が壊滅的)程度のものだったが、その狙撃の腕を買われ、ムーディーのしごき+様々な実地訓練をこなして闇祓いになったという異色の経歴を持つ。

 当時は近〜中距離戦で多様な魔弾や魔法が飛び交う環境だったので、エミルのような遠距離で戦う尖った駒は使えると、ムーディーは判断したのである。

 あの時の判断を、エミルは感謝し切れない。

 

「…………標的確認」

 

 尊敬しているムーディーから魔法の義眼を貸してもらって戦えることは、エミルにとって誇りだった。

 エミルは『弾丸の軌道を変える術式が施されたブラックバーンの杖』に弾を当てて、自身の位置を悟らせずに狙撃を可能としていた。そしてその多角的な狙撃を可能とするのは、ムーディーのマジックアイテム。

 だが──真に恐るべきは、高揚を戦場に持ち込まぬ不屈の精神力か。

 

「…………装填」

 

 エミルは、グレイバック達が目視できない位置から、超精密な狙撃を何回も決めていた。

 いつもの軽薄な態度はそこにはない。魔弾を発射するためだけの決戦魔導兵器、それがエミルの役目だった。

 感情が冷えつき、全身の神経から発せられる熱は、人差し指の第一関節へと集中していく。そこだけが、エミルの意思で動かせる部品(パーツ)

 脳細胞に至るまで、全てが道具でしかない。

 

「…………発射」

 

 イギリス中の狙撃手を集めて能力を比較したとして、五本の指(マグル含む)に入る実力を持つのがエミル・ガードナーという男だが、彼の真に優れた点は狙撃の腕ではなかった。

 狙撃手に最も必要なのは……いや、最も不要なのは、人の心だと考える。

 エミル・ガードナーは例えスコープの先で自分の親兄弟が死のうと、友人が死のうと、それが原因で狙撃を失敗することもなければ、狙撃する相手を間違えることもない。

 限りなく機械に近い存在となり、迷いを失くすのだ。

 

「…………標的確認」

 

 だから……耐えれて、しまう。

 

──エミルのスコープは、チャリタリのスーツの肩部分を映した。

 ぴょこん、と肩に乗った小動物。

 半透明の銀色に輝く、守護霊と思しきハリネズミ。

 “あれ”はチャリタリの切り札だ。トラバサミや網などとは比べ物にならない、対グレイバック専用の、特別に拵えた彼女の人生最大の罠魔法。

 “あれ”について説明をされた時は、それはもう、取り乱したものだが──…

 

「…………装填」

 

──スコープを挟んだ先で何が起ころうと。エミルの心の波に、そよ風ほどの波紋すら起こることはない。

 彼の心には、ひとかけらの雲すらない。

 

「…………発射」

 

 心に雨が降るのは、何もかもが終わった時だ。

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「何であんた達ばっかり……!私もあんたみたいに……生まれたかった……!」

「…………」

 

 涙すらも、氷ゆく。

 コルダはちょうど、グレイバックの部下の最後の一人を凍り付かせて無力化したところだった。

 ……取るに足らない、恨み言。

 数が多かったのが面倒だったとはいえ、所詮は碌に訓練も受けていないスクイブや魔法使いの落ちこぼれが徒党を組んでいたのが実態だ。

 少しずつ対処していけば、いくら腕を失っているとはいえコルダの敵ではなかった。鬼気迫る形相に、後手を取ってしまったが。

 ……か弱いだけの少女ではなくなったのは、皮肉にもグレイバック達との戦いがあったからだ。

 

(『あんたみたいに』ですか)

 

 この醜い獣の身体を見ても、この少女はもう一度同じことが言えるのか。

 最悪なのは、お互い様だろう?

 

(切り替えなさい、コルダ・マルフォイ。

 こういう社会から“あぶれた”人達が増えたのは、グレイバック達のせい。私が貴族として生まれたこととは関係ないこと、別の話!

 この人達に何か悪いと思うなら、グレイバックを倒せていないことを悪いと思いなさい……!!)

 

 そして、もう一つ。

 どれだけ最低で最悪でも、どうしようもない運命ばかりの人生だったとしても。ドラコ・マルフォイの妹のポジションは、いくら金を積まれたってあげる気はない。

 

「──この席は、譲れませんね」

 

 コルダは、かの人狼の方を見る。

 やり辛いだろう。二杖流のハヤトが攻め、サラザールの剣を持つドラコが攻撃を受け流す。

 おまけにチャリタリの罠、エミルの狙撃を常に警戒していなければならず、かのグレイバックと言えども、流石に多勢に無勢といったところ。

 

「きさんボケェェエエエ!!俺の首じゃ、邪魔じゃどかんか!!!」

「っ!!……!!……早い者勝ちだろ!!それにお前も戦いに割って入ってきてるじゃないか!!」

「あ!?……!!確かにほうじゃの」

(怖〜)

 

 優しい忍者(コージロー)戦闘狂弓兵(タマモ)のようにはいかない。

 ハヤトはエゴイスティックの塊。話は通じるが理屈は通用しない、動く殺意そのものだ。マホウトコロの殺意を浴びるのは本当に嫌だし、正直、こうして肩を並べることすらちょっぴり嫌だ。

 ハヤトの足を引っ張ったりしたが最後、味方だろうが殺してきそうな剣幕。その暴威はグレイバックもひしひしと感じていた。

 

(二本の杖による破壊的な攻め!だが、このサムライの妙なところは杖が二本あることじゃねえ。

 言うなれば『一刀流が二つある』ようなもの……両方の杖がウゼェくらいに自己主張し合い、手柄を奪い合う独特の戦い方をしてやがる!)

 

 剣を二本使ってくるのとは少し違う。

 戦う相手が二人いるようなプレッシャーなのだ。

 流麗な剣技とは程遠い、粗野で荒い剣術。けれども、洗練はされている──巧い!

 右半身と左半身を別々に動かしているのと同じ。ハヤトと戦うと、二匹の野犬から食らいつかれているような感じがする。

 

(剣の振りがやたら早え!こっちは弧を描く動きだから初速で負けてんな……隙につけ込もうとしても、ドラコ坊ちゃんがそれを防ぐ……)

 

 攻防一体の布陣。

 この二人だけではない、エミルとチャリタリが絶妙なタイミングで茶々を入れるのだ。下手に踏み込めば──

 

「──うおっとぉ!」

 

──悪魔の罠。第一級の危険な植物が、チャリタリの指揮に合わせて開花し、絡めとらんとする。闇祓いで悪魔の罠の使用許可が出ているのは、現在、チャリタリに限られている。

 そして追い討ちをかけるように、「ニクス、雪よ!」と遠くで詠唱が聞こえた。コルダの氷魔法だ。コルダの守護霊のユキヒョウがフィールドを白一面に変えて、目眩しと撹乱を同時に行う。

 ユキヒョウが運ぶ雪風は、悪魔の北風に他ならない。

 動けばエミルの狙撃が飛んできて、

 止まればチャリタリの罠とコルダの雪が足を取り、

 ハヤトとドラコの剣戟は、考える暇を与えない。

 グレイバックの動きがあからさまに悪くなっていく。

 調子が出ないのだ──奴は!

 

「ちぃぃぃぇぇええええええええええい!!!」

「痛ッ君ッ馬鹿うるさい!!何語!?」

「はあ!?なんぞ言うたか!?聞こえん!!」

「黙れって!!!」

「うるっさ……爆弾でも仕込んでんのか!?その喉!」

 

 ドラコの聴覚すら破らんばかりの猿叫。頭が揺れながらも、グレイバックは目玉を動かして剣を見極める。

 

(神経は使うが、剣先の魔力の揺れ動きだけを見てりゃ次の動作くらいは分かるだろ!)

「動き自体は直線的だ、慣れりゃ避けられ……ッ!」

 

 突如、人狼の眼球目掛けて飛んでくる雪。ハヤトが蹴り上げたのか?絶え間ない剣戟の最中に、よくやる。

 

「サムライだろお前、卑怯じゃねえの!」

「よく言われるがのう。俺はサムライでんモノノフでんなかよ。ただの戦狂い、戦の獣。何でん使う」

 

 ハヤトが切り刻むのを避けた先には、ドラコの剣が待ち構えていて、それらの剣をいなしても、気を抜けば罠で足を取られて狙撃で削られる。

 更には、最悪の氷魔法の気配──地面を伝って氷塊が隆起し、間一髪で避ければ、またハヤトの剣がある。

 じりじりと、削られて──

 

 

 

「……いや、何で、ここまでしてるのに……

 大した傷を負っていないんですか、奴は……!!」

 

 消耗し焦燥しているのは、ドラコ達の方。

 ほんの少しでも手を休めれば、グレイバックは絶対にそこを突いてくる。そんな嫌な確信が、彼等に無茶を強いていた。

 俊足の脚でグレイバックの猛攻を縫うように動き回避して、魔力の剣を突き立てるハヤト。

 入った、と思いきや白狼の影は消え、空を切る音が遅れて聞こえた。

 

 全身の筋肉が針金で雁字搦めにされたような苦痛。

 最初に疲労がピークを迎えたのは──ドラコだった。

 

(あ)

 

 汗で濡れた手から、スリザリンの剣がこぼれ落ちる。

 強張る手を伸ばすけれども、届かない。

 グレイバックの、丸太のように太い腕から振り払われる拳の衝撃を何度も食らう内に、手が痺れてしまっていたのか──ギョロリと、人狼の瞳が捕食者に変わる。

 

(やば、)

「──ハハッハァ!!!」

 

 獰猛な爪が唸る。ドラコが攻撃を躱せたのは、チャリタリが咄嗟に罠魔法でドラコを引っ張ったからだ。がくんと落ちる視界の端っこで、グレイバックが大きく弧を描くように舞っているのが見えた。

 グレイバックの腕がハヤトの顔面を掠めた。びちゃりと床に鮮血が叩きつけられる。人形かと見間違うほど、ハヤトは軽々と床を転がった。

 

「ハヤト!!──眼が!!」

「敵はどこじゃ!!!」

「っ、正面に──」

 

 目を潰されてもなお健在なハヤトの気迫。

 言い終わるより先に奴は動いていた。グレイバックは紅い力最速、これまでも並外れた疾さで動いてはいたが……最高速度は、その比ではない……!!

 薄らとした白銀の影を目で追うのが精一杯だ……!!

 

「どこに……上か!?」

「当ったりィ!」

 

 天井に脚の爪を食い込ませて、蝙蝠のような姿勢で上下逆さに見下ろすグレイバック。

 そこに罠はない──!

 ぶぉん──最早腕を振ったとは思えぬ音がした。

 天井に張り付いていた時間は、ほんの二秒。

 その間に放たれた斬撃波は、大小含めて八十六。が、問題は数よりも不規則性。曲がる斬撃もあれば、直進する斬撃もある。速度も軌道もばらばらな斬撃が、豪雨のように降り注いだ。

 

(当たれば死ぬ!躱せ、躱せ、躱せ──)

 

 ドラコは必死に剣を振って凌ぎ続ける。今度こそは剣を離すわけにはいかない。……防御に優れた剣を託された自分ですら、一手間違えれば首が刎ねられそうだ。

 他の皆んなは、どれほどの……!

 仲間が無事なのかさえ定かではない。

 

(今ハヤトは目が見えないんだぞ……!?

 ああ、クソ。どうしてだ?マジで何なんだよ……)

 

 理不尽に怒る暇などないと、分かってはいる。

 だが、それでも。憤慨せずにはいられない。

 

(なんであんな奴に、こんな力があるんだ……!!)

 

 奴は、快楽絶対至上主義の暴君だ。

 魔法ですらない、技もない。爪と牙を振り翳すだけでこんなにも強い。奴は自由だ。縛られることなく、楽しみだけを原動力に、奔放に。

 ならばどうする?どうやって止める。

 チャリタリの脳裏には、この日のために用意しておいた特別な魔法の存在が過ぎった。

 

(やるか!?ここで、『奥の手』──…)

「遅ぇ!!!」

 

──ズパン。

 

 チャリタリは胴から真横に両断された。

 上半身と下半身が別れた死体の出来上がりだ。

 ごとり、重たげな音がして、彼女の肉体は地面に転がった。杖先から魔力が霧散する。チャリタリの肩に乗っていたハリネズミが逃げ出した。

 

 恐ろしく呆気なく、チャリタリは物言わぬ姿になった。

 

「ああん?守護霊じゃなかったのか?そのハリネズミ。

 まいいや。そのハリネズミがエミルの狙撃のサポートをしてたんだろ。視界でも共有してたか?ともあれ殺せて良かったよ!」

「…………」

 

 チャリタリの無機質な目が、こちらを睨んでいた、気がした。

 それがちょっと不快だったグレイバックは、もう動かないチャリタリの身体を蹴飛ばした。端正なウルフフェイスが醜く歪み、裂けたように口を開く。

 

「残念だったなァ〜!?俺に復讐するために色々と小細工してたようだけど、無駄!全部無駄!何もかも無意味に終わっちゃって可哀想にな!?

 ひゃーはっはっはっは!!!チャリタリちゃんは可哀想でちゅね〜!!!」

(…………乗ってこねえな。こんだけ挑発したらエミルも怒って魔弾を撃ってくるかと思ったが、冷静だ。流石にアレン隊、ちゃんと人でなしだ。

 ドラコの坊ちゃんは凄い顔をしてるけどな)

「何なんだ──ふざけるな貴様あっ!!!」

 

 はたと、グレイバックはチャリタリの殺害後にようやくその漫然としていた違和感の正体に気付いた。どうやらチャリタリは何やら魔法道具を使い、人狼状態にのみ聞こえる周波数の音波を発したり、罠に匂いをつけて位置を悟られないようにしたり……色々とやっていたようなのだ。もう少し早く気付けば、もっと早く上手く殺せていただろう。

 チャリタリは復讐のため相当の対策をしていた。

 まあ、逆に言えばもうそんな小細工もない。正真正銘のフルパワーを振るえる!

 

「さあっ!次はどいつだ!?」

 

 再び、斬撃の雨。

 差別も慈悲もない攻撃は、人と場所を選ばない。

 

「ひっ!や、やめてくれ、こっちに来ないで!」

 それはグレイバックが連れてきたスクイブや落ちこぼれの魔法使い達も、例外ではない。

 ドラコもコルダもハヤトも、躱すので精一杯。

 エミルは機を伺っている。

 彼等を守る者は誰もいない。

 

「た、助けて……」

 

 白い斬撃が、部下の一人に向かっていく。

 構っている余裕など、ない。

 

「…………あ゛ァっ!!!」

 

 けれど、選べなかった。

 それだけは……。

 

「あっ、あんた、何で……………!?」

「グズグズしない!!」

 

 体ずくでスクイブの少女を庇ったコルダ。庇われた方は困惑の声を上げるも、コルダは怒ったようにぴしゃりと言い放った。

 

「次の攻撃が来ます!!もう氷は解除してあるから走れるでしょ!?死にたいんですか!!」

「……!……わ、分かってる……!」

「ならさっさと立つ!他の人達も、早くここから離れなさい!!あの斬撃はかなりの距離を切り裂きますよ!!!」

 

 コルダの怒号で我に帰った者達は、脇目も降らず走り出す。

 ただ数人が、困惑の目でコルダに視線を向けた。

 

「何で、助けてくれるの……?」

「私も最初は、私達の力不足で助けられなかった人達に襲われるなんて……とか、凹みましたけれども!!

 貴方達はただ、深く考えずにグレイバックの儲け話に釣られてやってきた愚か者の集団です!!死喰い人と取引するというのはそういうこと、私の父の方がよほど狡猾に立ち回っていました!!

 自分の命くらい自分で守りなさい!グレイバックが素直に金を渡すと思っていたんですか?逃げる算段の一つも用意してないなんてどういう了見ですか!?そんな有様じゃここから先の人生も強者に搾取され続けることになりますよ!!!」

 

 名も知らぬ少女は、ぐしゃりと顔を歪めた。

 彼女に肩を貸しながら、他の逃げ遅れた者達の安否を確認するコルダ。死傷者は多いが、生き残りはまだほんの僅かにいる。

 少女はコルダの視線の動きを見て、その思考の意味を察した。

 

「…………………ありがとう」

「いいから早くここから……」

 

 がくんっ。

 コルダの右脚から力が抜けて、前のめりに倒れそうになってしまう。踏ん張りが効かなくなった。顔を下ろすと……右脚の指先が、切断されて……!

 

「コルダァ!歳食って美人になったお前をみすみす逃がすわきゃねえだろ!お前はここで殺されろ!!」

「コルダァア──ッ!!!!!」

 

 紙風船みたいに、コルダの身体は吹っ飛んだ。

 脚がくの字に折れ曲がる。口からは泡を吹き、意識が飛びかけた。気道にひと吸いの呼吸を入れて、叫んだ。

 

「兄様!!敵に集中なさい!!

 まだは攻撃終わってない!!!」

「………!!!」

 

 歯を食いしばらなければ、泣いてしまいそうだ。

 狂気の人狼の高笑いはあまりにも耳障りだった。

 

「ん……?ああ、スクイブの女」

「ひっ……」

 

 狼の瞳は氷よりも冷たかった。

 最早、部下の命などどうでもいい。

 ほとんど認識さえしていない。

 所詮は『闇祓い達を相手取る時のサブプラン』『戦いが楽になったらいいな』程度にしか思ってなかったので、期待通りの成果すら上げられなくなるのなら、大して興味さえ湧かなくなった。

 ああ、まだいたんだ。

 そんな感想をかろうじて抱くと、白狼はスクイブを無視してさっさとコルダを追いかけた。

 

「ひゃははははは──ッ」

 

 巨腕で頭蓋を潰してやろう。

 横薙ぎに白い腕を振るわんとして、

 ……ピタリと、止まる。

 

 

 

「────」

「ふしゅぅうううう………」

 

 

 

 サツマ・ハヤトは居合の体勢に入っていた。

 奴はもう、見えていない。だがだからこそ、万全ではないにせよ最上であった。

 二刀の獣が頸を咬み千切らんと、血風舞う戦場の只中で牙を研いでいた。ああ、こいつは獣なのだ。弱肉強食の世界で生きる餓鬼なのだ。ただ一つ獣と違うのは、ハヤトは肉は肉でも『より美味い肉』を求めていること。

 舌が肥えた山犬は、ダラダラと涎を垂らす。

 過去最大級の大捕物、その味に夢想を飛ばして。

 ハヤトを無視した瞬間、最速の居合が飛んで来るのが嫌でも分かった。ここは避けては通れない。

 

「いいぜ……受けて立ってやるよ」

 

 ならばとグレイバックも最速の構えを取った。

 ハヤトの性格上、ここでのブラフはない。

 勝負は一撃で決まる。

 びゅうびゅうと、なおも吹き荒ぶ雪嵐の中、一人と一匹はどちらともなく駆け出した。

 

(俺の全力をぶつける)

 

 ハヤトの脳裏に浮かぶのは、走馬灯か。死を目前にした時、人は記憶を懐古する。命を投げ出して斬らんとする以上、彼がそれを思い返すのは必定であった。

 コージローに勝つために積んだ幾星霜の鍛錬の記憶。

 合戦に勝つために殺すために何でもする武士として、あまりにも愚直に過ぎると言われた剣の記憶。

 

 一撃必殺、捨身のタイ捨流。その亜流。

 文字通りの『死ぬ気の剣術』を基に、我流にて鍛え上げられた、相手が死ぬか己が死ぬるか、という意味での必殺の剣。ハヤトはその全てを、剣を握る手から感覚として思い返す。

 一度だけ、ハヤトは笑った。

 その笑いが何を意味するのか、彼にすらもはや解らない。しかし、死を前にした人間が浮かべる笑みであることは確かだった。

 無我の境地に至った者のみ見せることの出来る笑みでもあった。極限まで集中すれば、目の前の出来事を気にすることは一切無くなる。そうすることで自身の全てを勝利のために発揮することが出来るのだ。

 知恵を、名を、命を、技を、剣を取る腕すらも、思考と沙汰の外に置いてきた。今この瞬間、ハヤトは己自身すらも捨て去っている。

 だから、彼は笑っていた。

 剣を握る意思と技を極めんと欲する心のみを懐に抱いて、心技体が一体となって完成される至高の剣術。それを生み出すためなら、命すら惜しくないのだ。

 

「──居合、二刀」

 

 そうして研ぎ澄まされたハヤトの剣はグレイバックの肉体に吸い付くように疾く振り抜かれる。

 真剣勝負には当然の結末として、その刀身には赤い液体が付着していた。それは紛れも無く、人の血だった。

 

 グレイバックとハヤトの位置は入れ替わっていた。

 

 

 

「…………負けた」

 

 グレイバックの両腕には、深い深い傷が残った。

 

「………クソッタレが、狼野郎」

 

 ハヤトの両腕は、宙を舞っていた。

 

 

 

「……チクショウ……!!」

 

 斬り合いをグレイバックが制した証だった。

 




【現在の状態】
ドラコ:極度の疲労
コルダ:右腕切断、右脚の指切断
チャリタリ:耳切断、胴体切断
エミル:五体満足
ハヤト:失明、両腕切断

聖マンゴ行こう。
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