「大嫌いなアイツに復讐したい!最低な狼野郎に痛い目を見せてやりたい!そんなあなたにオススメなのが、入れ替わりトリックを利用した復讐方法です!さあ一緒に復讐をはじめましょー!」
こつこつ。靴音は乾いていた。
「まずは
丸っこくて可愛らしくて、トゲトゲがイカした何ともファンキーな生き物です。最高ですね。ちょっと細工してやれば、周りからは守護霊とか使い魔に思われます」
こつこつ。エミルは歩いた。
「んで次は、人間の自分の用意です。秘密の部屋騒動の時にトム・リドルが作らせた人形を参考に、同じものを作っておきましょう。
ちょっと面倒ですが金と時間があれば簡単です!」
こつこつ。ポケットに手を突っ込み、頭を掻く。
「最後にハリネズミくんが肩に乗って操ってやれば、皆さん人形のことをあなただと勘違いします。そんで人形の方を殺そうとするってワケ。苦労して肩に乗ってる方をぶっ殺すより、そっちのが早いしね」
こつこつ。声色はどこか、から回っていた。
「人形には格別の罠を。あなたの人生をかけたものを。
だけど焦っちゃダメ、絶対抜け出せないって確信が持てるまで使わないで。一回こっきりなんだから。
最高のタイミングで、とびっきりをあげましょう」
こつこつ。
円環の樹の前で、エミルは止まった。
「……ねえチャリタリ、
人一人入れそうな、大きな大きな繭。乾いた樹木のような質感のそれに触れる。この中に、果てのない空間が広がっているなど、まるで思いもよらない。
この中にいるのだ、チャリタリとグレイバックは。
──彼女は自分より、復讐を取った。
笑えてくる。そして冗談じゃない。こんなのが彼女の望んだハッピーエンド?馬鹿げているにも程がある。
──この世でもっとも素晴らしく強大な力、それは愛。
ダンブルドアの言っていたことが何となく分かった。
チャリタリは、彼女の愛の矛先を、グレイバックに向けたのだ。自分の人生を一人の男のために捧げ、死ぬその時まで共に過ごす。それが愛でなくて何なのだ。
憎しみ、妬み、僻み、そういったものが一周回って彼女を駆り立てる情熱へと変じたのだろう。言うなれば、家族愛や友愛に連なる……“
……だからって、愛した対象以外を切り捨てるなんて生き方は虫と同じだ。一つの愛のために、他の愛を踏み躙るなんて行為は、いくら一つの愛が美しくとも、よからぬことだろう。
かつて一つの愛にのみ殉じた者達がいた。
復活したグリンデルバルド、オスカー、そしてかつてのスネイプ。その者達は美しくも、歪んでいた。
「ダメだったんですかねえ、普通に殺すのじゃ。
普通に殺してスッキリして、失った日々や人生はあるけれどこれからは楽しく生きようぜって、ちょっと適当だけどそれなりに上手くやってさ。ジジイババアになるまで生きてさあ。
生きるのがしんどいならさあ、しんどくさせる奴を端から端までぶっ殺して、それでもしんどかったら自殺くらい付き合ったのに。
ずるいですよねー、一人で行っちゃうんだから!そこに引き篭もった状態でも給料は出るんでしょ?うわー、タチ悪っ。いや流石にクビかな?」
……それとも、ハナから誰でも良かったのか。
彼女は生まれた時から加虐的な攻撃性の持ち主で、誰か正当に攻撃できる相手を探していたとか。
だから、別に死んでもいいグレイバックと、一生を添い遂げることを選んだ?……胸糞悪い。
魔性の女め。誰でもよかったなら、僕でよかったろ。
「君が次出てくる時には、おじいちゃんになっちゃってるんですよ、僕。分かってるんですかねこの馬鹿は」
溜め息をついて、木の繭を引っ掻く。
「…………?」
落とした視線の先に、手紙があった。
それを拾い上げる。この筆跡は、チャリタリのもの。
「…………、…………。
ガラにもねぇこと書きやがって……」
綴られた言葉を飲み込んで、ようやく、エミルは重たい息を吐き出した。狂おしくはないけれど、確かに美しいと呼べる
じゃり、とハヤトの遺体の前に立つ。
生命力に溢れていた肌は青白くなっており、常に見た物全てを貫いてきた眼光は、その輝きを失っていた。
「一応、死体保護の呪術をかけたけれど、いざという時は置いていくからね。ごめん。僕達の国で戦ってくれてありがとう」
ハヤトの頭部に手を置き、目と口を閉じさせる。そして、死体の前でそっと両の掌を合わせた。ハヤトの国の弔い方らしい。
彼とは結局一言も会話をしたことはなかったが、敬意を払うに値する人物だった。ポケットにしまった杖にわずかな重みを感じる。戦う理由が増えたのか。
「この
あの世に届くくらいの名声を届けさせるよ」
ハヤトのごつごつした手を握り、掴む。彼は常に万力のような力で杖を振るっていたから、だろうか。
ハヤトの拳は未だ熱かった。
ぎゅう、と拳の中で、温度を反芻した。
「コルダも……、……!」
「お…………ぃ…………ぁま………………」
呪術をかけようとして、彼女の眼球が未だに輝き、揺蕩っているのをエミルは見逃さなかった。サッと心臓に耳を当てる。……遅く、小さい。それに氷魔法が解け始めて、傷口の出血がどんどん酷くなっている。
彼女の身長は平均よりも少し低い。止血したところで失血死は免れない。ベガがいても多分どうにもならかったろうし、最良でも重たい後遺症は残るだろう。
右手切断、右脚の指切断、脚はくの字に曲がり、改めて見ても酷い状態だ。
コルダは死ぬ。
むしろエミルは、そうまでして気力の糸を保とうとしている彼女の意図を探った。
(……って、分かり切ってるか)
「ごめん。君に気付くのが遅れました。ドラコの所に行きたいんですよね?いいよ、行こう」
「…………ぁ…………」
「ドラコに言ってやってください」
ドラコは床の上で横になっていた。気を失っているのか、眠っているのかさえ、判別がつかなかった。
スリザリンの剣の影響だろう。グレイバックの絶え間ない斬撃を、彼に最も近い位置で浴び続けていたドラコは幾度となくその力を使った。その皺寄せが来たのだ。
随分と軽くなったコルダをドラコの隣に優しく寝かせてやる。彼女のかさついた唇は僅かに微笑み、瞳からは涙が一筋溢れた。
ドラコとコルダは隣り合うように寝転がっていた。
「ぉ………にぃ…………、さま…………
無事で…………良かった…………」
心から、コルダはそう思った。
敵討ちが済んで、最初に思いつくことが、結局のところドラコの安否だった。そういう女だった。
ドラコは解放されたように眠っていた。長い睫毛。プラチナブロンドの、よく手入れされた髪がふわりと広がって、眠り姫のよう。口から漏れる息は細いが、自分と違って確かなものだ。
もしあの世に持っていけるなら、彼のこのかんばせの記憶だけは持っていきたい。
怖いのは、死ぬことでも忘却されることでもない。生命活動を止めた時、果たして自分が自分でいられるかどうか。コルダ・マルフォイでいられるかだった。
「ぁ……り……が…………とう……ぉにぃ、さま……
…………私を…………愛してくれて…………」
口を衝いて出た呼びかけは、愛に溢れていた。
狼の姿からは、とっくに戻っていた。
あの醜い姿ではなく、一人の少女として語り掛けられることに、幸せさえ感じていた。
凍空ばかりの心の中に、どんなに小さくても灯りを灯してくれたひと。あたたかった。うれしかった。
「三つ………編み…………してくれて…………」
頭の芯が痺れたような心地だからか、くらくらと、あれだけ秘めていた想いが流れゆく。黎明に染まった透明な空気の中で、光が色を放っていた。
血はもう流れ出ているのに、どうしてだか、コルダは胸奥で熱を放つ何かを感じていた。それは、幾許もなく活動を止めていた筈の心臓を動かしていた。
彼によくしてもらえたこと、愛してくれたこと、それがどうしようもなく、嬉しかった。
「………ほん、とうに………」
二人を祝福するように柔らかな風が吹く。
魔法が解ける。
プラチナブロンドの三つ編みは、はらりと解けた。
「…………すき」
ドラコは目を覚ます。/コルダは眠りにつく。
瞼が上がる。/瞼が下がる。
瞼を開ける。/瞼を閉じる。
息を吸う。/息を吐き切る。
視線が交錯したのは、ほんの一瞬のこと。
けれどその刹那は、永遠だった。
息が合わさる。そして、止まる。
「ぁ」
意味さえ持たぬまま、温度を共有する。光が交わる。
それだけで、ドラコは全てを悟った。けれど、受け入れるにはあまりに短かった。
──いいんですよ、忘れないでいてくれたらそれで。
──報われなくていい。あなたが生きてくれるなら。
翡翠の風は、コルダを連れて行った。
「コルダ?」
後に残されたのは、二人ぽっち。
ドラコとエミルとが、残された。
どこまで遠くまで来たかわからないけれど、
ひたすら貴方に会いたくて、行く当てなく彷徨った。
「……お父様?」
「…………コルダ。どう、だった?
ここまで来るのに、辛くなかったか?」
知らない間に、暖かい場所に来ていた。
見えない場所で、雪を見ている。
「──ええ、辛いことばかりでしたが……
それでも胸を張って言えます!」
「コルダは幸せ者でした!」
「コルダ!!!コルダ!!!!目を開けてくれ!!!!コルダ!!!お願いだ、頼む、僕が治してやるから、生き永らえてくれ、起きてくれ、頼む、頼むから!!!
こんなのが最後なんて……!!!コルダ、」
「ドラコ君。まだ、終わってない」
「──
コルダ・マルフォイ 死亡
死因:出血多量
サツマ・ハヤト 死亡
死因:出血多量