シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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12.血に飢えた獣の舞踊曲

傷が痛む。

あの森の一件以降、ずっとこうだ。熱っぽくて、じわじわと継続的に痛みが続く。こうしていつまでも続くようなら、ダドリーにでも一発殴られる方がいくらかマシだ。

「なんなんだろ、ほんとに……マダム・ポンフリーの所へ行こうかな。ドラコにもお礼言いたいし」

 

聞けば、自分が無様にも傷の痛みで倒れている間は誰あろうドラコ・マルフォイが守っていたそうではないか。ロンとハーマイオニーはそれを聞いて信じられないような顔をしていたが。

「ドラコ、大丈夫かな?取り巻きの子がいたら、話しかけづらいなあ……」

「ーー勘弁してくださいーー私はーー」

「?この声って……クィレル先生?」

 

空き教室で、ターバン男が誰かと口論しているのが聞こえる。教室の端っこで話しているのか?声が聞こえるのはクィレルのだけだ。

「もう、もう私は……分かりました、えぇ、分かりましたとも………そのように致します、はい………」

「え……」

シェリーに気付きもせず、さっさと走って行ってしまった。……泣いていた。あちら側の扉も開いているのを見るに、きっと向こうから口論相手が出て行ったのだ。

 

その、相手とは……。

「スネイプ先生、だよね」

シェリーはたまらず、いつもの二人に相談した。彼達はもっとも頼りになる友人だ。

「ええ、それで間違いないはずよ」

「まさかそんな事になってるなんてなあ。あと残ってる障害は、フラッフィーだけじゃないか」

 

つまりそれは、ハグリッドが教えないことを祈るしかない、という状況というわけだ。賢者の石についても、ドラゴンの秘密もあっさり看破された彼が、三頭犬の秘密を守るだと?

「………、大丈夫かなあ」

「といっても、私達に出来ることなんて限られてるわ。ハグリッドの口が軽いのを祈りましょう?」

「そうだね。ちなみにチャドリー・キャノンズが負けるのと、ハグリッドが秘密を漏らすのと、どっちが確率高いかな」

「気持ちは分かるけど。でも、うん。ハグリッドのことを信じるしかないよ」

 

ひとまず今は、試験が最優先だ。

ハーマイオニーは密かにライバル視していたのかベガに勝負を挑んでいて、彼女にしては首席の座は私のものよ!と宣戦布告をかましていた。彼女も獅子寮らしく勝負好きだったということか。

「ベガ!勉強では負けないわよ、絶対!」

「はあ?言ってろ」

言いつつ、彼もニヤリと笑う。実質、首席争いはグリフィンドール内で行われるだろう。既にウィーズリーズはどちらが首席かで賭けを始めていた。

 

魔法学校に来て初めてのテストにガチガチになりながら、カンニング防止のペンを持ち、授業で習った事を必死に思い出しながらカリカリと解いていく。

(そういえば、昔、ダドリーにカンニングを疑われた事があったなあ。それで点数引かれたりして。懐かしいなあ)

 

マクゴナガルには熱心に勉強を教えてもらった。今度はこれを解いてこちらが恩返しする番だ!

というわけで、授業が分かりやすく質問にも丁寧に答えてくれたマクゴナガルの変身術やフリットウィックの呪文学、同じおどおどしている同士なんとなく授業の意図が分かるクィレルの防衛術では、なかなか良い結果を残せたのではなかろうか。

 

反対に、もはやパワハラを疑われるレベルで難癖をつけてきてもはや授業どころではなかったスネイプの魔法薬学や、眠気が酷かった魔法史などは酷かった。唯一の救いは、さすがに試験まではスネイプやピンズがいなかったという事だろうか。

 

「終わったー!ついにテストから解放されたー!」

「シェリー、大問4の文章問題!あれってもしかして条文も全て書いておくべきだったかしら!?私、第二項しか書いてないけれど、あれで十分だったかしら……」

「わ、私も魔法史は分からないよ……」

「いいじゃないかテスト後くらい復習なんてさあ!せっかく天気が良いんだ、中庭でのんびりしようぜ!」

「ああっ、ちょっと!もう、ロンったら!」

 

シェリー達は、ただただ惚としていた。陽の光を浴びながら、日光浴に興じる大イカを眺めたり。花と戯れたり、とりとめのない話をしたり。何気ない時間だったが、そこには確かに微笑ましい幸せがあった。

しかし、そうしていると気になるのは賢者の石についてだ。傷の痛みも日に日に増している。シェリーには、これが調子が悪いとかではなく、警告なのだと本能的に分かっていた。

ヴォルデモートが、近付いていると。

 

「あー……その話はやめにしようぜ。やっぱり試験の振り返りでもした方が数倍マシだ。魔法史の問6、あれはかなりの難問だったよな!」

「えっ」

「そうかなあ?」

「………マーリンの髭。シェリー、君ってば魔法史は苦手じゃなかったのかい」

「そこはたまたま、ハーマイオニーに教えてもらったところだったから。たしか、1709年制定のワーロック法だったよね?ドラゴンの飼育を禁ずる……って……」

 

ドラゴンの飼育は、非合法。

ハグリッドはそれでも欲しがった。むしろそれ故かもしれない。そんな彼の下に、たまたま、卵を持った男が現れるなんて。

ーー出来過ぎている。

「……それは……そうかも、だけど」

徐々に、繋がっていく。

「あ……、ハグリッド!」

「ん?おおー、お前さん達、試験はどうだった?」

運命の歯車は、回っていく。

「試験の事は後で言うね!ドラゴンの卵を貰った相手の、顔や服装は分かる?どんな人だったの?」

「うーん……いや、ローブで顔を隠していたから分からんな。あの酒場にはああいう輩が集まる」

ーー悪い、方へと。

 

「その人とは、どんな話をしたの!?」

「んーと、そうだな。俺がホグワーツの森番をしとるっちゅう事とか、あとは、でかくて危険な生き物が好きとか……」

 

「そんで、それならドラゴンの卵を孵してみる気はないかっちゅうんで、ああ、貰ったんだ。でもこいつはノルウェー・リッジバックで、特別危険だって言ってよぉ。そこで俺は言ってやったのよ」

 

「俺は笛の音一つで三頭犬を躾けてやったってな!フラッフィーは音楽を聴けばすーぐ眠っちまうように育てたんだよ。いやぁあれは苦労したなぁ。………あ。いかん、こりゃ秘密なんだった」

「……………!!!」

「?どうした、そんな顔して」

詰み。チェックメイト。

もはやスネイプは全ての攻略法を手に入れた事だろう。クィレルに、ハグリッド。石の守りをいつまでやるかは不明だが、近いうちに、すぐ。

 

「で、でもっ、でもさぁ!ハグリッドが卵を貰ったのは随分前の話だろ?じゃあ、何で今まで……」

「できない理由があったのよ。……そう、ダンブルドアが、いたから。きっと、彼がいない隙を狙うつもりでしょうね」

「?何でお前さん達がダンブルドア先生が留守にしとる事を知っちょる?」

「…………え?」

「あぁ、さっき魔法省から緊急の呼び出しがあるっちゅうんで、お帰りは深夜になるって話だ」

こんな、時に?

世界最強が、不在だというのか?それはあまりにも……『無防備すぎる』。

 

「………ハグリッド!!緊急なの!ふくろう小屋に行って、彼に手紙を出して!」

「お、おぉ?どんな内容だ?」

「今、賢者の石が危ないって!あなたが帰って来ないと『例のあの人』が復活してしまうって!!!」

「おぉ、賢者の石が………!?!?!?」

「早く!!!」

シェリー達の様子に、鬼気迫るものを感じたのか。ハグリッドはふくろう小屋へとすっ飛んで行った。

だが、今から帰ってきたところで、間に合うだろうか?スネイプは今夜にでも石を取りに行くというのに。

 

「きっと手紙はスネイプの仕込みよ。テスト期間中は、ダンブルドアも、スネイプ自身も学校から離れられないもの」

「この瞬間を狙っていたわけだ。皆んなが油断する、この瞬間を……」

「どうすれば……あっ」

噂をすれば、だ。

いやらしい笑みを浮かべたスネイプが、獲物を見つけたと言わんばかりに噛み付いてくる。

 

「おや、おや、おや、我が寮に優勝杯をもたらしてくれた英雄諸君ではないか。こんな所で何をしているのかな?」

「…………いえ、何もしていません」

「そうかね?見たまえ、外の陽気を。こんな日に外に出ないとは勿体無いとは思わんかね」

「……まるで、私達を外に出させたいみたいな言い方ですね?先生」

「何だと?」

ハーマイオニーは鋭く切り込んだ。ごくりと唾を飲み込む。彼女は時折恐ろしいほどの度胸を発揮する。

 

「フン、まあいい。警告しておこう、今度夜中に廊下を歩いているようであれば即刻学校から叩き出してやる」

不機嫌そうに鼻を鳴らすと、もと来た道を帰っていく。

もう、あいつを止められない。

行ってしまう。夜になれば、彼は石を使って帝王の復活を目論むだろう。そうなれば暗黒時代の再来だ。

 

「…………」

「…………」

「…………」

三人は何も言わなかった。否、言えなかったのだ。当たり前だ。たかが一年生に、何ができるというのだ?その上、日頃の態度から鑑みても信じてもらえない事くらい分かっている。

一年生の、問題児達が、嫌という程敵視しているスネイプを、あろうことか告発?

ハグリッドですらスネイプを疑うなと言うのだ。もう、誰も頼れない。

 

(誰も頼れない?)

ダーズリー家にいた頃は、毎日殴られ、虐めを受け、恫喝され、怒られた。

周りに味方は一人もいなかった。

同じだ。

最悪の状況?未来に展望を見いだせない?なんだ、いつも通りじゃないか。

 

「私。今夜、ここを抜け出すよ。そしてスネイプ先生より先に石を手に入れる。そして隠す」

「…………、え?」

「場所も、何をしたら良いかも、私達は全部分かってる。危険だから、私が行くよ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいシェリー!あなた、自分が何を言っているか分かっているの!?それに、私達は今度抜け出したら、退学に……」

「なってもいい」

ああ、本当に優しい人たちだ。

こんな私をまだ心配してくれている。私には勿体ないくらいの幸せだ。

 

「ホグワーツに入学してから、いろんな事があったけど。間違いなく言える、私の人生で一番楽しい時間だって。今まで何のために生きてきたか分からなかった私に居場所をくれた。熱心に教えてくれる先生をくれた。家族の温もりをくれた。……一生大切にしたいって思える友達をくれた」

「数え切れないほど、返し切れないほどもらっちゃった。もう十分だよ」

「ここで見つかったら、魔法界から切り離されてあの家に戻るかもしれない。見て見ぬ振りをするのが利口なのかもしれない。でもあの人が復活したら同じだよ。結局死ぬ事になる」

「どうせ死ぬんだったら、私は、お母さんとお父さんを殺したっていうあの人を倒すために死にたい。私の命をここで使う」

 

二人は黙って聞いていた。

よかった、これで石を護りに行けると思った。しかし、そばかす少年はやれやれと首を振り、栗毛の少女は仕方ないと言わんばかりに盛大なため息をついた。

 

「……ほんっと、バカだね君って」

「私達が、貴方を放っておくと思う?まったくもう、危なっかしいんだから」

「え?」

「僕の初めてのホグワーツの友達は、シェリー、君さ。三頭犬?スネイプ?石の守りだって?それが何だってんだよ。トロールみたいなもんだろ」

「私だって、えぇ、初めての友達はあなただった。一人で行かせるもんですか。あなたの隣に立っていたい。そうしたい」

「二人とも………」

 

危険だからついてこないで。二人が犠牲になる事はない。安全なところにいてーー

ーーそのどれもが、彼等を侮辱するものだと気がついた。二人の目は本気だ。到底、止められるものではない。

未知の化け物と対峙しても、足止めくらいならできる自信はある。いざとなれば自分がいくらでも囮になればいいのだ。

だがーーこの二人を止める自信は、シェリーにはまったく無かった。

 

「ごめん。二人の力、借りるね」

戦いを決意した三人は、決戦の夜に備えて英気を養った。

そしてーー皆が寝静まった頃。

談話室には四つの人影があった。

うち三つは、当然ながらシェリー達のもの。だがもう一つはーー

 

「お願い、そこをどいて!ネビル」

「駄目だよ、絶対!君達、また抜け出すつもりなんだろう!?」

「それは、そうだけど。でも、本当に駄目なの、ネビル!」

いくら説得をしても、聞く耳を貸さない。いつもの臆病で優柔不断のネビルは、そこにはいなかった。あるのは、一回り成長した男の姿。しかし、今は非常にタイミングが悪い。男になるのはあと一日遅くてよかった。

 

「ぼ、僕、負けないぞ!」

「……ごめんなさい、ネビル。『ペトリフィカス・トタルス、石になれ』」

「あー、ごめんよ、ネビル……行こう」

後ろ髪を引かれる思いで、へと向かう。彼には申し訳ないが、石の奪取が何よりも先決。ここはーー行くしかないのだ。彼を見捨ててでも。

(ごめん、ネビル……)

三人は複雑な顔を浮かべ、へと禁じられた廊下へと向かった。

 

 

 

「………ネビル?」

 

月光のような銀髪のグリフィンドールの悪魔が、階段から降りて来ているとも知らずに。

ベガ・レストレンジは考える。

ネビルを石化させたのは誰だ?彼はいわゆる不良だが、少なくとも友人がこんな目に遭って大人しくしているほど薄情でもない。犯人を見つけ次第ぶちのめす。

しかしここはグリフィンドールの談話室である。一部の例外を除き、グリフィンドール生しか入れないはずだ。

いくらネビルの過失で大減点を喰らったとはいえ、仲間意識の強いグリフィンドールにこんな報復をする輩がいるとは思えない。

 

……もし、仮に。積極的にネビルを石化させたのではなく、その反対だったとしたら?

 

(ロンはベッドにいなかった。もしあいつが何か外出する理由があって、それを引き止めたのがネビルだとすれば……石化させたのはアイツって事になる。が、おそらく、シェリーとハーマイオニーも一緒だろうな。

実際にネビルを石化させたのはハーマイオニーあたりだと思うが……

……今度はなーに企んでる、あの三人組)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおッ!?何考えてんだこの糞犬ゥ!」

「お、大人しくして、フラッフィーちゃん!良い子だから!」

「言ってる場合じゃ……きゃあああああああ!?」

禁忌とされるだけはある。

化け物犬は、気が狂ったかのように我先にと目の前の餌を喰わんと走る。三頭犬は鎖に繋がれてはいるが、そんなもの今にも千切らんと言わんばかりの勢いだ。

 

当初の予定では、フラッフィーを音で出し抜くなりなんなりして突破する予定だったのだ。先に来たスネイプが置いていったであろう、自動で演奏されるハープがあるのを見た時はラッキーだと思った。

しかし、三頭犬の足元に隠されている扉を調べるよりも先に。数歩歩いたところでハープが止まってしまったのだ。

恐る恐る顔を上げると、そこには寝惚け眼が六つ。その瞳が侵入者の影を三つ捕捉した途端ーー唸り声を上げて襲いかかってきたのだ。

 

鎖をガチャガチャと鳴らしながら、三匹は思い思いに暴れ回っている。統制のとれていないそれが、逆に恐ろしい。

三つの頭が我先にと狂い殺すのだ。たった三つ、されどその巨体は脅威である。シェリー達はただ石壁の中を跳んだり跳ねたりして逃げ惑うしかなかった。

「グルゥオオオオオオオ!!!」

「とにかく、音!心地よい歌か曲か何か聞かせないと!」

「ロン・ウィーズリー、歌います!チャドリー・キャノンズ応援歌!おお〜〜お〜〜、今日こそは勝てキャーノンズ!」

「あなた歌へたくそね!?曲は……レパロでハープを直せばいける、けど……!」

「とてもそれどころじゃ……うわっ!?」

 

鋭い鉤爪を躱したかと思えば、三人で固まって逃げていたのが分断されてしまった。それぞれが左右別々の方向へと逃げたからだ。

まずいーーロンが一人だ。

たらり、と冷や汗をかく。だが犬には彼等への慈悲はない。一瞬の出来事に固まって動けない彼等をよそに、シェリーとハーマイオニーへ、そしてロンへと頭をそれぞれ伸ばす。

ハッと気づいた時には、もう牙はすぐそこまで迫ってきていてーー

 

「グガガガアッ!?」

「グゴォオッ!?」

「ーーーえ?」

頭の一つがシェリー達を食べようとし、頭のもう一つがロンを丸呑みにしようとした。

だがそれは明らかに無理な体勢であり、犬の噛みつきは途中で止まった。犬の首元の関節付近で嫌な音が聞こえる。無理矢理首を動かしたせいで相当な負荷がかかったのだ。

(もしかしてーー)

三つの頭の犬の化け物。しかしそれが最凶の特徴にして最大の弱点なのか。

脳味噌は三つあるくせに、身体は一つ。それはつまり獲物が複数いれば各々が食べたい獲物を狙うということ。

しかし、こちらがバラバラに行動すれば、犬同士の動きもバラバラになってしまい、自滅するのでは?

もし、そうであるならば。

そこに勝機はある。

 

「ロン!」

「よしきた!僕はこっちに逃げるぞ、さあ来い化け犬!」

「っ、こっちよ!こっちに来なさい!」

「こっちにおいでー!私は美味しいよー!おいでー!」

それぞれが、それぞれの頭を誘導する。三頭犬は三つの獲物を捕捉するが、身体はバタバタと暴れてその場から動かない。動けない。

肉体で行われているのは主導権の奪い合いだ。目の前の敵を喰わんとする番犬としての性と、他の頭へな闘争本能の高さが、皮肉にもシェリー達を助ける運びとなった。

 

「今だーーー」

『ステューピファイ!』

放つのは麻痺魔法。それらはほぼ同時に目や口に着弾する。元から大口を開けていたのだから、狙わなくても当たるというもの。

魔法生物に、一年生の魔法が通用する筈もない。だが同じタイミングで体内に当たればその限りではないのだ。

ーーここからでは、扉は遠すぎる。一旦のところは眠らせるしかないる数瞬の隙の間に、彼等はハープへと向かい、この騒動の中で見るも無惨な姿になったそれを直す。

 

(やった、これでーー!)

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「なっ、この鳴き声……音が通らない!」

「ちっくしょう、もう少しだってのに………

え?」

三つではない。

いや、先程までは三つだった。しかし、首元からぼこぼこと肉が蠢き、犬の頭の形を模し、毛皮が生え、歯が生えるのを早送りの画面のように見させられて……双眸に金の瞳を携えた頭の数を数えてみれば、唖然とするのも無理もなかった。

フラッフィーは、三頭犬ではない。今や九頭犬のーー化け物だ。

 

「は、は……お次は、炎でも吐くか?……は……畜生……笑えない」

「長生きした多頭犬は、頭が増えると聞くけれど……まさかこれだけの数を隠していただなんて………けれど、そうなると聴覚や視覚をシャットダウンしたサポート用の頭が出て来るから、今更音楽を流したところで意味はないわ……」

「ーーー来る」

どのようにしてハグリッドはこいつを躾けたのだろうか。血に飢えた獣は、その異形を以ってしてシェリー達を喰らわんとしーー

 

ーー突進。

それはただ前に進むだけであった。しかして九つの頭故にその脅威は絶大。

畏怖が。

絶望が。

悪意が。

食欲が。

不退転の厄災がカタチとなり、我先にと突っ込んでくる。

「っ、避けろおおおおおお!!!」

誰かが言った。

ロンか、ハーマイオニーか。それとも自分かもしれない。その叫びで正気に戻り、全力で横に飛んでその突進をいなす事に成功できた。直後、犬が壁に直撃した事で大きな振動が起こる。

シェリー達にとって幸運だったのは、やはりまた頭の数の多さに比べて肉体が一つだということ。肉体の主導権の奪い合いで、前にしか進めないのだ。

前方近距離や少数の敵に対しては圧倒的に強いが、遠くの敵や背後、撹乱を主とする敵には恐ろしく弱い。(それでも並の魔力の攻撃は通用しない上に、効いたとしても頭が増える)

この場にハグリッドがいない事に、本気で安堵する。これがもし主人の指示通りに動いていたら……?最強の重戦車の出来上がりだ。

 

「っ、頭同士で、喧嘩してる……?」

血に飢えた獣は、時として仲間の肉を喰らうーーつまり、共喰いを行うという。

ましてや頭が九つ。

もはや味方だと判別できていないのではないかと疑うほど激しく、お互いがお互いを喰らい合う。食欲の限界だったのだ。もはやシェリー達を見ようともしていない。

今のうちだ。

倒せはしなかったが、これでいい。

九ある頭のうち、一つでもこちらに意識が向かないうちに……。

 

「ーーー飛び込めえええええっ!!!」

放たれた矢の如くだった。

床扉を開け放ち、犬がまだ意識を向けていないことと、二人が飛び込んだのを確認するとシェリーも飛び込む。

長い長い穴だった。床に落ちた時、ロンやハーマイオニーがどこか打って怪我をしないだろうか。いざとなれば柔らかくする呪文で衝撃を吸収するしかない。

ーー強かった。強すぎた。

あんなのを倒せる人間などいない。スネイプが手を焼くわけだ。だが、なんとかーー逃げ切った。

 

ーー逃げ切った?

(もし、これ以上の魔法生物が現れたり、スネイプ先生が先回りしてた時。きっと逃げる事すらできない。私達は戦わなくっちゃいけない。立ち向かわなくちゃいけない。

でもーーそれだけの力は、戦うための力は私達にはーー)

「シェリー!下を見て!」

「っ」

ハーマイオニーの言葉通りに下を見ると、柔らかな植物の集まりがそこにあった。

ぼすっ、とその場に三人は不時着。一瞬安堵する。植物のクッションのおかげで無事だった、と。

そしてその安堵は絶望に変わる。この植物は、まさか。この形状は、まさか。

薬草学でスプラウトが言っていた。栽培困難の超広範囲型殺人植物を総称してーー

 

 

 

 

「大英魔法植物園認定第七十二式超危険植物ーー通称、『悪魔の罠』」

 

 




この世界の三頭犬は進化すると九頭犬になります。B連打不可避。
調べてみたら、ヒュドラとか八岐大蛇とか頭がいっぱいあるドラゴンはいるのに、犬はほとんどの場合多くても頭三つが限界のようです。所詮犬か……。

三人組には容赦なかったですが、これがハグリッドなら尻尾振って甘えてきます。めざせバケモンマスター。
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