シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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21.なまえのないかいぶつ

 

「痛みが引いていく……」

 

 癒しの魔法に長けたとされるハッフルパフ。

 とかく魔法界は魔法という爆弾を抱えて生きる者どもの生きる世界だ。初めて魔法を使った瞬間、それが悲劇の引き金になることは珍しくない。魔法が制御できず自分自身や周囲に怪我を負わせるなんてのはよく聞く話。

 そういった魔法界全体の魔法事故率、死亡率、それらの平均を大きく引き下げた女傑が、ヘルガ・ハッフルパフという魔女であり──

 

「傷が治っていく……!?立てる!!!」

 

──彼女が遺した剣もまた、そのように癒やしの力を行使することができるのだ。

 

 チョウが剣を高々と掲げると、花のような魔力が舞い散り、荒い呼吸が鎮まり、立ち上がる活力が湧く。ルーナに回っていた毒が癒やされ、彼女は纏わり付いていた蛇を振り払うことができた。

 塞がっていた視界が、段々と回復して……チョウは、その目を見開いた。

 

「そこにいたのね、セドリック」

 

 happy birthday to you(幸せな誕生日を君に!)

 happy birthday to you(誕生日おめでとう!)…♪

 

「……バースデーソングなんて、……ほんと、本当に、皮肉も良いところよね。……生まれてきてくれて、ありがとう、だなんて。ねぇ?シェリー……

 まぁ……そんなことは考えてないんでしょうけど」

 

 ここにはいない恋敵のことを思い、述懐する。

 バースデーソングを歌っている魔法のロケットはすぐ近くにあった。セドリックから誕生日プレゼントに贈られた、ささやかな魔法がかけられたアイテム。

 金細工が施されたそれを拾うと、優しいオルゴールの音色が、よく聞こえた。

 

「……魔法(ゆめ)はおしまい。

 今は戦いに集中しないと」

 

 ぱたりとオルゴールを閉じる。

──スイッチが切り替わる。

 

「助かったよ、チョウ。死ぬかと思った」

「……ネビルは優先的に回復した方がいいわね。なんでちょっと目を離した隙にそんなに傷ついてるの?」

「いやぁ……はは……面目ない」

「ドラコはまだ全然傷がないのにね」

(嫌味か?)

 

 ネビルの、どんな相手にも勇敢に立ち向かう美徳は傷つきやすいという悪癖でもある。苦笑するネビルの肩をチョウとドラコはどついてやった。

 未だナギニは健在だが、余裕のなかった雰囲気が、少しずつ元に戻っていくのを感じていた。

 

「………!おい、見ろ!」

 

 ドラコが指を指した方を見ると、ナギニが渦巻き状に塒を巻いて、何やら魔力を発していた。するとナギニについていた僅かな傷が少しずつ再生し、癒されていくのが分かった。

 

「間違えてあのヘビにも癒しの力を使ったの?」

「ちげぇわよ!」

「向こうも回復したか……クソ、これじゃジリ貧だ。

 僕達の火力じゃアレを一撃で仕留めるだけの攻撃は出せないし……」

「グリフィンドールの剣の反射能力は?あいつの魔力砲を吸収して発射すれば……」

「どうもこっちの攻撃を読んでるっぽいんだよね。僕には物理攻撃、ドラコには魔力砲。しっかり使い分けていて隙がない」

「……二人を一緒に行動させる?」

「けど、それじゃあ物理攻撃オンリーにされておしまいじゃない?向こうは魔力砲さえ撃たなければ反撃の心配はないわけだし」

 

 

 

「──私が皆んなを導くよ。

 私が皆んなの道を創る」

 

 そう宣言したのは、ルーナだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──生物であれ魔導人形であれ機械であれ。

 自立して動くものには必ず心臓部がある、というのがこの世の鉄則だ。

 心臓がなくとも短時間生きていけるものはある。予備の心臓を持つものもある。しかし『生まれた時から心臓が存在しないもの』などない。それらは災害や自然現象の範疇だ。

 

「オスカーとの戦いを思い出して、二人とも。あの時あいつは同時に七体のチェスの駒を操っていたでしょう。

 そのせいでオスカーはロン・パーシーとの戦いに集中できず常に意識を削がれていた。この蛇も、例のあの人が操っている可能性はある」

 

 

 

 

「……でも。例のあの人が私達“ごとき”にそんな手間をかける筈がない」

 

 

 

 

 だからナギニの動きは自動的で、一律で、ヴォルデモートらしい醜さがない。悪虐の魂も獣の本能も存在してはいないのだ。

 ナギニに敵の情報を学習させはするけれど、せいぜいがその程度。

 

「行くぞっドラコ!!」

「も〜〜前衛はいやだぁ!!!」

 

 ネビルは駆け出していた。傷と疲労が治ったのなら、彼は作戦通りに突っ込む。おっかなびっくりしながらドラコは彼に並走して、懐に潜り込まんとしていた。

 

「キャァァァアアアアアアス!!!!」

 

 ナギニは小さな蛇を呼び出し、襲い掛からせる。

 『剣』はどれもこれも強敵相手を想定して設計されたものだ、小型の敵相手だと対処がし辛い。

 だから使うのは剣ではない。彼等は魔法使いだ!

 

「インセンディオ!!燃えよ!!!」

「グレイシアス!!氷河となれ!!!」

 

 炎と氷。相反する魔法を背中合わせに撃ち、迫り来る蛇の群れを一掃していく。

 ネビルとドラコは知っている。とても身近に、素晴らしく優秀で参考になる手本がいたことを。

 

(ベガ──炎は君の専売特許じゃないぞ!)

(お前の魔法を借りるぞ、コルダ!)

 

 ならばと、ナギニがその巨体を鞭のように振るって、ネビルとドラコ目掛けて尻尾を叩き付けんとする。上空からの乱打をドラコが辛うじて捌き、ネビルは捌ききれなかった分を得意の盾の呪文でガードする。

 その隙にチョウがナギニの背面に回り込み……、

 

「キシャァァアアアア!!!」

「っ、そりゃあ来るよね……!!」

 

 しかしナギニはチョウの存在に気付く。頭だけチョウに今日に向けると、魔力砲を口から吐き出した。高熱の魔力はただそれだけで脅威となる。

 チョウの眼前に迫る魔力砲──しかし、直前で、それを庇うように現れたのはネビルだった!

 

 ネビルはドラコと共にナギニの相手をしていた筈。それが何故チョウの方へと移動できたのか。単純な話、有り得ない挙動とスピードで飛んで行ったのだ。ルーナの空間を操作する魔剣によって!

 

「いっぱい食えよな……!!!」

 

 グリフィンドールの剣に、魔力(弾丸)が装填される。

 ナギニはその弾丸の脅威を知っている。何せ自分が放つ魔力砲なのだから。それを喰らえばただでは済まないと理解している。

 故に、何ら疑うこともなく回避行動を取ろうとして。

 

「逃がすか……!」

 ドラコが、氷の壁を作っていたことに気付く。

 

 ナギニはプログラムされた行動に忠実だ、だからこういう一発ネタにはどうしても後手に回ってしまう。初見の策略で一発で仕留める……戦いの基礎だ。

 

 

 

(ルーナは僕達に道を創ると言った。

 僕達はその道を、全速力で走るだけだ……!!)

 

 

 

 ナギニの心臓部……そこが何処か、正直分からない。

 そこは頭かもしれないし、胴体かもしれない。或いは尻尾の先に魔力の核があるのかもしれない。

 魔眼もなしにそれを特定するのは不可能だ。だから攻撃を喰らわせるのは、体内に向けて、だ。

 

 蛇の大口の中に、魔弾を放つ。

「喰らえええええ!!!」

「ガアァ………ッ!?」

 

 ナギニの巨躯が膨らんだかと思うと、一瞬だけ光り、そして破裂した。青い血がシャワーのように噴射され、残骸が四方八方に飛び散っていく。

 蛇の女王はその活動を完全に停止した。

 

「……っやった!!!」

「ネビル!!やったね!!!」

 

 強く拳を振るうネビル、彼を労うチョウ。

 

「うわ、何だか感慨深いや。いっつも強い敵は他の誰かが倒しちゃうもんだからさ。紅い力の最高幹部には到底届かない強さだったけど、それでも、うわーっ」

「そんなの関係ないわよ!勝ったんだから!」

「うん!……ありがとう、チョウ……」

「ちょ、泣かないでよ」

「だって……。僕……嬉しくってさ。誇らしいよ」

「……貴方が諦めなかったから、私達は勝てたのよ。さあ、早くこんな戦いを終わらせてお婆様に教えてあげましょう?きっと大喜びするわよ」

 

 ネビルがチョウを見ると、彼女も嬉しそうに微笑んで頷いた。そして二人は固く握手を交わす。

 その様子を眺めながらドラコは大きな息を吐いて、その場にへたり込んだ。

 

「だっ……はぁああああ……神経削ったぞ……」

「ン。ドラコ、あんた勝ったのに微妙な顔してる。こういう時素直に喜びそうなのに。何で?」

「何でって……蛇は僕達のシンボルだぞ!?あんな芸術的な生き物は他にいない!戦っててしんどかったさ!」

「蛇、好きなの?」

「当然だ。昔から蛇は気高い生き物なんだ!美しい鱗を持ち、中には黄金を隠している物もいる。蛇は凄いんだぞ!戦っててそれは痛感しただろう!」

 

 ドラコは目を輝かせながら語った。ルーナは、その様子に微笑んだ。

 

「そうなんだ。でも、やっぱりあたしは蛇よりしわしわ角スノーカックがいいなあ。スノーカックの方が何だか雄大な気がするの。だからあたしはスノーカックを応援するよ」

「……お前は蛇の魅力を知らないからそう言えるんだ!ふん、ルーナ。僕がお前好みの蛇を見つけてやるよ」

「ホント?やった!楽しみに待ってるね」

 

 この後ルーナに振り回されるとも知らずに、ドラコがそんな約束をしていると。

 

 

 

 

 

…………シャアアアア…………

 

 

 

 

 

「っ、何だ……?」

 

 何かが這いずり、近付いてくる。

 耳の奥から突き抜けるその威圧感に悪寒が走る。四人は再び剣を取り、身を寄せ合った。

 

「また新手が来るのか……!?」

「いやでも、一度あんな奴を相手にしたのよ。そう何度も来られたんじゃ……」

 

──ぼとり。

 

 ここに連れて来られた時と同じように、天井にぽっかりと開いた大きな穴。そこから落ちてきたのは、禍々しい魔力を持った極めて特殊な魔法生物。

 

「な……」

 

 そう、ナギニが、もう一体。

 血走った瞳をしたその大蛇はギロリとした視線を彼等に向けた。ルーナはチョウを庇うように立ちはだかり、鋭く言った。

 

「何なの?また敵?あと何匹いるの?」

「……あれともう一回戦えっていうの……」

 

 彼等は先の紅い力の幹部との戦いで魔力をかなり消耗している。加えて今のナギニ戦……あくまで剣を主体に戦っていたとはいえ、残された魔力の少なさと疲労は、到底誤魔化せるものではない。

 彼等にとってナギニは、あまりにも重いデザートだ。

 

 

 

──ぼとぼとぼと。

 

「………嘘だろ」

 

 それが、

 

 

 

「……三……五……、じゅ、十二体……?」

 

 

 

 四人に走る緊張は、先程の比ではなかった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ここはどこだろう」

 

 目が覚めた、という感覚さえなかった。

 既に意識が覚醒していたことに気付いたのが先程のことだ。シェリーはぼんやりと、そのような倦怠な思考を浮かべる他なかった。

 

「………ここは………私は………」

 

 何だっけ?

 何かとても、大事なことを忘れていた気がする。

 

「………うん。そう、ええと……とにかく、列車に乗らなきゃいけない……んじゃなかったっけ?学校に遅れてしまう……あの時みたいに待ちぼうけを喰らって、スネイプ先生に来てもらう、のは……嫌だし」

 

 きょろきょろと周囲を見渡した。すると視界が開けて、もやの中から赤い風景……キングズ・クロス駅の構内が現れた。

 駅の中には人が沢山いた。みな一様に古めかしいローブを着込み、煙草に火をつけたり、新聞を読んだり、とにかく忙しそうにしていた。

 

「そう、そうだ……ああ、行かなきゃだったっけ……」

 

 ふらふらと立ち上がる。動くたびに視界がぐらぐらと揺れた。どうも身体がおかしい。しかし今はそんなことを気に留めている暇はない。誘われるように構内の雑踏の中に入って行く。

 

「……?」

 

 何か、違和感を感じた気がしたが、それが何かはわからない。周囲にいる人間の誰にも、おかしな点などないように思われた。皆忙しなく自分の用を済ませようとしており、誰も他人のことを見てなどいなかった。

 その割には、やたらと周囲の人間の話し声や走る音が耳障りだった。いつもならさほど気にならないはずなのに、今は何故か気になって仕方がない。

 

「頭が痛い……」

 

 ズキズキと、ミミズが脳内を引っ掻き回すような。早く静かなところに行かないと気が狂いそうだとシェリーは思った。まるで頭の中に誰かが入り込んできて喚き散らしているようだ。シェリーは頭を押さえた。とても我慢できなかった。

 

「ああ、もう……!」

 がんがんと頭を叩いていた。しかしそんなことで頭の痛みが取れる筈もなかった。

 

「……なんで私はこんなところにいるんだろう」

 

 シェリーは壁にもたれ掛かり、ぼんやりと考えた。自分には何か大事なことがあるような気が……。いや、そんなことよりも早く列車に乗ってしまわなければならないのだ。自分はあの場所に帰らなければいけないのだから……帰る?それはどこだろう……?

 そもそも何が理由でどこに帰らなくてはいけないのか、それすらもよく思い出せないことに気が付いた。記憶がひどく混乱している。

 

「……ううっ、気持ち悪い」

 

 シェリーは壁にもたれ掛かったままずるりずるりと座り込み、冷たい床に横になった。じっとしているうちに頭の中が静かになってくるのを感じた。

 周りに人がいるのに寝転ぶなんて、普段のシェリーからは到底考えもつかない思考だった。

 

「……」

 『間もなく11時発マグル界行き特急列車が出ます』

 

 どこからともなく感情のないアナウンスの声が聞こえてきた。

 ああそうか、とシェリーは思った。あれに乗ろう。あの列車に乗れば、きっと何もかも解決するに違いない。そうすればきっとこの息苦しさからも解放されるに違いない。シェリーは緩慢な動きで立ち上がった。

 

「こんにちは、シェリー」

 

 少女の声だった。

 懐かしい声だった。何故懐かしいと感じたのかは分からない。だけど何となしにそれを懐かしいと思ったし、それがとても、恐ろしく聞こえた。

 

「…………ぁ………あ、なたは…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長く赤い髪で、

 

 額に稲妻の形の傷がある、

 

 母親そっくりの少女。

 

 

 

 

「ええ、そうよ」

「ぁ……あ、ああ……ああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はシェリー・ポッター」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………そんな、そんな………!!!」

「貴方は生まれてきてはいけなかった」 





「一方が生きる限り 他方は生きられぬ」
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