シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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 むかしむかし  あるところに
 なまえのないかいぶつがいました

 かいぶつは  なまえがほしくてほしくてしかたありませんでした
 そこでかいぶつは  たびにでてなまえをさがすことにしました

 でも せかいはひろいので
 かいぶつはふたつにわかれてたびにでました

 1ぴきはひがしへ、 もう1ぴきはにしへ



──なまえのないかいぶつ(エミル・シェーベ作)



22.一方が生きる限り 他方は生きられぬ

「匂いがしたんだ」

 

 人狼たるリーマス・ルーピンは鼻が効く。警察犬にも劣らぬその敏感な嗅覚は、あらゆる匂いを探知する。

 しかし城の中に立ち込めるのは、死臭ばかり。

 血風舞う戦場の中で漂うは、それ以外なかった。

 

「私は嗅ぎ分けが得意でね、それならグレイバックにも負けない自信があるんだ」

 

 悲嘆に暮れた顔だった。生来ハンサムな筈のその顔はすっかり歳を取ってしまったようで、屍蝋と見紛うばかりに血の気が引けていた。

 

「コルダとシェリーの匂いだった」

 

 嗅ぎ分けた先で──分かってしまった。

 同じ人狼としての宿命を背負った女。

 今は亡き親友の忘れ形見。

 その行く末を見届ける筈だった二人は、自分よりも先に逝ってしまった。その事実を、彼の鼻は敏感に感じ取ってしまっていた。

 

「……嫌な臭いで、嫌な気持ちだったよ。

 娘が知らないところで 二人も殺されたような」

 

 嘆くように、男は唸った。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

「少し歩こうか。それとも座る?」

「……………」

 

 シェリーは、目の前の──『本物のシェリー』があんまり流暢に喋るので、言葉を失ってしまった。

 

──ここは何処?

──貴方は誰?

──これからどうなるの?

 

 そんな凡庸な質問がいくつも口につっかえていた。

 

「なに、黙りこくっちゃって。

 自分で決められないの?愚図ね」

「っあ! ある、く、ます……」

 

 本物はつまらなさそうに「そう」とだけ呟くと、線路沿いに歩みを始めた。いつの間にか周囲に人はいなくなっていた。

 

「…………」

 本物の後を追うように、偽物はついて行く。

 

(これは……こんなの……これって……)

 

 頭の中に、嫌な考えが浮かんでは消える。

 つまりはそういうことなのか。

 自分は、そういうことをしてしまっていたのか。

 

 本物の彼女は、小さかった。偽物よりも身長が低く、顔も幼い。身長が急激に伸びる前の、十六歳前後のシェリーといったところか。

 本物はホグワーツのローブを纏い、ひらひらと風に揺らしていた。偽物の戦闘に適した動きやすい服とは大違いで、可愛らしかった。

 

──偽物のシェリーが、得るべきだったもの。

 何もかも放り投げて眠りこけて、失った時間。

 

「……二人ともシェリーだと面倒ね。

 貴方、私のことはお姉様とか姉さんとか、そういうふうに呼びなさい。私はあなたのお姉ちゃんみたいなものだし、良いでしょう?」

「………………姉さん」

「よくできました」

 

 本物のシェリーは悪戯っぽく指を頬に当てたけれども、眼差しは冷たかった。

 

「それで、何を聞きたい?」

「…………ここは、何処……なの?」

「何処でもないわ。これは貴方の頭の中で起こっている取るに足りない出来事だから、別にクィディッチ・ワールドカップの会場がご所望なら、そういう風景になることもあるわよ」

 

 ふわりと跳ねる髪を撫でる本物。偽物のシェリーとは似ても似つかわしくない、可愛らしい所作。

 

「でも、これは現実に起こっていないことだと、誰も証明できないけれど。聞きたいのはそんなこと?」

「…………貴方、は、………誰、なの……?」

「改めて名乗りましょうか」

 

 軽やかな足取りで振り返ると、スカートの端を摘んで軽く会釈をする。その動作がとても可憐だった。

 

「“本物”のシェリー・ポッターよ、私は」

「……………っ」

「今からもう二十年も前になるのね。

 当時、一歳の赤ん坊だった私は、両親共々、ヴォルデモート、オスカー・フィッツジェラルドの襲撃に遭い殺害された。

 けれど、ママの愛の護りが私を守ってくれた。死の呪文はヴォルデモートに跳ね返り、奴の肉体を破壊した。

 ピーター・ペティグリューもその現場に居合わせていたけれど、ヴォルデモートが滅んだ時にネズミになって逃げ出したわね」

 

 ……それは知っている。

 そして、その後、どうなったかも。

 

「そうね。ママは命懸けで私を守ってくれたけれど、オスカーも来ていたことに気付かなかった。

 だから、オスカーはそこに遺された私を殺すことができた。魔法省に潜伏していたから、紅い力……ヴォルデモートとの繋がりもまだ持っていなかったようだし」

 

 最悪の結末。最低のバッドエンド。

 リリーの想いを侮辱するにも等しい、悪魔の所業を彼等は容易くやってのけた。

 

「そして、パパ、ママ、私の死体を材料に、ヴォルデモートの指示のもとオスカーはホムンクルスを創った。

 反吐が出るわよね?人間の命を弄んで、カミサマの真似事をしたのよ。でも貴方は……貴方達は、その反吐の中から生まれ落ちた。奴の一時の快楽のために」

 

 それが、シェリーとハリー。

 呪われた双子の姉弟。

 今よりも遥か昔、多胎児は縁起の悪く差別の対象で、忌み嫌われてきた歴史が存在するが……シェリーとハリーはまさしく悪魔によって堕とされた、命としてあまりにも欠けている存在だろう。

 

「そして、ハリーは死喰い人の下で。シェリー、貴方は意地悪な親戚の所で育てられるようになったわね?

 ……そこから先は知っての通りだけれど」

 

 

 

「……ええ、そうね。『貴方は誰なの』という質問に、まだ答えてなかったわね」

 

 偽物は目を伏せた。

 彼女のハシバミ色の目を見てしまえば、罪悪感に耐えられなくなると感じたからだ。

 

 

 

 

 

「私は殺された本物のシェリー・ポッターの魂が、ホムンクルスに引っ付いた存在」

 

 

 

 

 

──かつて、クィリナス・クィレルの頭部に、ヴォルデモートが取り憑いていたことがあった。

 二人は奇妙な主従関係を結び、絶大な力と引き換えに身体の一部を開け渡していた。

 

 

 

──かつて、デネヴ・レストレンジに、ピーブスが取り憑いていたことがあった。

 二人は奇妙な共生関係のもと、種族間を越えた友情を育み、デネヴの死後数分間だけ『死体を操る』というイレギュラーを起こしていた。

 

 

 

──かつて、ベガ・レストレンジが誘拐された際、無意識のうちに火炎魔法を行使しようとして、シグルド・ガンメタルから魔力を吸い上げたことがあった。

 以来、シグルドの魂はベガの火炎に宿り、ベガの焔は蒼く燃えるようになった。

 

 

 

──異なる世界線で、ヴォルデモートの魂のカケラがハリー・ポッターに宿ったことがあった。

 その魂は分霊箱として作用し、知らずのうちにハリーの助けとなっていた。

 

 

 

──で、あるならば。

 シェリー・ポッターの魂がホムンクルスに宿ったとて何らおかしいことはない。

 

 

 

「あの時死ぬ筈だった私の魂は、ホムンクルスの貴方に取り憑いた。哀れで、弱々しくて、瑣末な魂。貴方も私も暫くの間、その事実に気付かずに過ごしてた。

 私はこの不思議な世界にいる、よく分からない存在。そういう風に自分を認識していた。

 ……だけどある時から、私は、貴方越しに世界を知るようになったわ」

 

「…………それは」

 

 残酷な話だ、と思う。

 そして言いようのない罪悪感が湧く。

 曰く、偽物のシェリーの経験や感情はずっと流れてくるのに、本物のシェリーはこの精神世界の中でそれを見ていることしかできないのだという。

 偽物のシェリーのように話したり、遊んだり、誰かと関わることができないのだという。

 それはどれほどの……。

 

「……ホグワーツからの記憶、とても羨ましかった。

 楽しそうだった。幸せそうだった。

 はじめての友達に囲まれて、知らないことを学んで。

 箒で飛び回って、怖かったけど冒険があって。

 なんて素晴らしい経験だったんだろうって思った。

 貴方はこの全てを経験して人生の一部にできるチャンスを与えられた。貴方は『選ばれし者』だった」

「でも、それは……」

「ええ、そうよ」

 

 

 

「だって、おかしいわよね?何度も思ったわよ。

 ……何で私じゃないんだろうって。

 どうして、貴方がその場所にいるんだろうって」

 

「……私は生まれた時から、本物の貴方が生きる邪魔をしていた……?」

 

「そうなるわね」

 

 

 

 は、は、と、乾き切った笑いが出た。

 何だそれは。茶番にも程がある。

 『自分は生まれてきてはいけなかった』と散々言われ続けてきたけれど。その意味を、本当の意味で理解していなかった。

 くらくらして膝をつくけれども、泣く資格すらないことに気付く。だから、笑う。笑うしかない。 嘆きの笑い。疲れ切って何もかもがどうでも良くなってきて全てを放り投げ出したい気分。絶望と倦怠の海に沈んで、泥のように眠りたかった。

 けれど、まだ、聞かなくてはいけないことがある。

 

「他の人は、このことを……?」

「どうかな。ダンブルドアは気付いていてもおかしくないけれど、確信はしてないんじゃないかな。犯人の目星はついているけれど、決定的な証拠がなくて解決まではいっていない名探偵のようなもの。

 後はヴォルデモートかな?」

「私を作ったのは、あいつだもんね……」

「いいえ。私が取り憑いたのはあいつ等がゴドリックの谷を去ってからだから。勘付いたのは魔法省の戦いの時くらいじゃないかな?」

「……?」

 

 答えを求めるように、偽物は顔を上げた。

 

「服従の呪文。ヴォルデモートは計三回、貴方にその魔法を使っているけれど、そのどれもが不完全な結果に終わっているわ。服従の呪文は操られた意識さえなく、精神まで傀儡になって服従させられる魔法だけれど、貴方はそうはならなかった。精神までは服従しなかった。

 

 最初は賢者の石事件の時。あの時は身体だけを操作されたわね。あいつもまだ不完全な状態だったから、精神を乗っ取れなかったんだと思ったんでしょう。

 

 二回目はセドリックの……五大魔法学校対抗試合の時だったわね。あの時は復活したてだったし、紅い力兼分霊箱が邪魔したんだと思ったのかもね。何より良い見せ物だったから特に気にしてなかったんでしょう。

 

 三回目、魔法省の戦い。服従の呪文を一度に七回受けたけれど、貴方を操れなかった。流石におかしいと思ったんでしょうね。自分より確実に弱いくせに、自分の魔法が効かない理解できない存在。だからさっき念入りに殺した」

「奴が服従できなかったのは、貴方がいたから?」

「ビンゴ。いくら強力な呪いでも、呪う対象を意識しないと意味がないからね。

 罠人形に釘を刺しても、呪えるのは写真の相手だけってこと。見たこともない相手を呪うなんて無理よ」

 

 

 

 違和感が解けていく感覚だった。……では、服従の呪文はそれでいいとして、死の呪いという最上級の呪いを受けた今はどうなるのか。

 

 

 

「さっき……私は……、ヴォルデモートに、死の呪文を使われた。私の……、……私達の肉体は生命活動を既に終えている筈……だよね?」

「一応はね。今は仮死状態ってところかしら」

「仮死……って、そんな、生き返ることができるみたいな言い方……」

「ピーター・ペティグリューの例があるでしょう?」

 

 偽物は口を噤んだ。

 肉塊だけの状態になっても動いていた、おぞましい生きた死体。ペティグリューのあの状態を生きていたと言うのには抵抗があるが、少なくとも動いてはいた。

 

「まあアレはかなり稀な現象みたいだから、例には適さないかもしれないけど。……じゃあ、秘密の部屋騒動のヴォルデモートはどう?アレは分霊箱に切り分けられた魂が起こした騒動だったけど、あいつ、ジニーに肉体を作らせて最後は受肉してたじゃない。

 健全な魂と肉体さえ残っていれば再稼働する(生き返れる)、っていうのはかなりイメージしやすい理屈だと思うけどね」

「……死の呪文は魂と肉体を死に至らしめる呪文だと聞いたけれど」

「その辺はベガが上手くやったのね。流石は不死鳥の炎よね、肉体の方は生きてはいるけれど死んでもいるあやふやな状態まで持っていった。あとは魂さえあれば生き返れる」

 

 

 

「……でも、その魂って……」

「ヴォルデモートの死の呪文を貰ったからね。何の代償も払わないのは有り得ない。当然、二つある魂のどちらかを支払う必要があるわ」

 

 

 

 ……じゃあ。

 その場合、『どちらが』なくなるのか?

 

「決めていいわよ」

 

 彼女は、無慈悲なくらいに告げた。

 風船のように軽い言葉が背筋を凍らせる。残酷な決定権が重荷となってのしかかった。

 

「あなたか、私か。どちらが死ぬのか。

 決めなさい。今、ここで」

「……………それは、だって」

「残酷?でも、決めないといけないのよ」

 

 そうしないと、シェリー・ポッターはずっと眠ったままになってしまうから。眠ったままだと、戦えない。

 理屈の上では、理解している。

 けれど納得が追いつかない。

 わたしは。

 ……わたしは。……わたしは。

 

「わたし……、は」

 

 指が震える。歯を食いしばる。

 ……それでも、止まらない。

 

「……あなたに、死んで欲しくなんか、ない……!」「なら、あなたが死ぬのね」

「…………っ。姉さん。貴方は、戦えるの?

 私がこの世界からいなくなって、貴方があの肉体で生きていくとして、それで、貴方は、ヴォルデモートと戦える能力があるの?」

「あるわよ」

 

 偽物の問いに本物は即答した。

 

「私が戦闘経験がないのを危惧してるんでしょう。

 みすみす私が出ていってヴォルデモートに倒される未来を恐れてるんでしょう?

 でもね、私も貴方と一緒に生きてきたわけで、目は肥えている。そして貴方の肉体は戦いを覚えてる。断言するけれど、私は貴方とまったく同じように戦うことができるわ」

「………いや、でも。

 姉さんは、だって、一度も……戦ったことは……」

「ええ、無いわ。けどね、創設者達が遺した剣があるでしょう?アレは彼等の経験と技術を持ち主に与えることができる。同じことをすればいいだけよ」

「できるの?そんなことが」

 

 本物は、こくりと首を縦に振った。

 

「私と代わったことで戦いが不利になる、なんてことは一切ないわよ。

 付け加えると、貴方が望むなら、私は周りに真実を明かさずに『皆んなのよく知るシェリー』を演じてあげてもいい。

 貴方のことは誰よりも知っているからね。ここで起きたことを私と貴方だけの秘密にして、貴方らしく振る舞うことだってできる。

 ロンにもハーマイオニーにもベガにも『代わった』のを気付かれることなく生活できるし、その覚悟がある。

 

──わかる?本当にどっちが生き返ってもいいの。

 貴方がどちらを生き返らせたいか、って話なの」

 

 

 

 

 

 そんな説明をされては、もう、決まったようなもの。

 偽物のシェリーは、生きる理由を見出せなかった。

 だって──本物のシェリーは、二十年ものあいだ、偽物のわたしのせいで囚われ続けてきたのだろう?

 奪い続けてきたものを、返すだけ──。

 

「要らないんじゃん」

 

 結局辿り着くのはその結論。

 

「要らなかったんだね、私。本当に、生まれてきちゃいけなかったんだ。貴方から生きる権利を奪い続けて。

 その上、なに?私と同じように振る舞えるって、そんなの……そんなのって。私である必要性がまるで存在しなかったんだ。あはははは……ははは」

 

 

 

『……誰にも言わないでほしいんだけど……私、ね。この期に及んで、自分が死んだところで構わない、なんて思ってるんだ。私は、私自身に価値を見出せずにいる』

 

 

 

 自分の言葉が、自分に跳ね返る。

 支えてくれる他の人のために死ねない、という枷をつけなければ生きられない。だから逆に言えば、生きる理由が全てなくなったのなら、死ぬべき時に死ねる。

 シェリーを思い留まらせるものはなくなった。

 もう、済んだ。

 

 

 

「──お願い。ヴォルデモートを倒して」

 

「私の代わりに」という言葉は飲み込んだ。

 本物の代わりに偽物のシェリーがいたのだから。

 

「それが貴方の決断なら。いいわよ」

 

 偽物のシェリー・ポッターは、ここで死ねる。

 借り受けていたものを、返しに行く。

 ただそれだけのこと。自分の役割は終わった。役割を果たして死ねたのなら、それは幸福なことだ。

 

「その列車に乗りなさい。貴方をあるべきところに返してくれる」

 指の先を追うと、黒漆塗りの大柄な汽車がもくもくと煙を吐き出していた。煤けた重厚感のあるボディ。死出の旅には豪華すぎるくらいだ。

 

「この列車はどこに向かうの?」

「分からない。でもきっと穏やかなところよ」

「……嬉しいな」

 

 今までの選択に、意味があったのかは分からない。

 でも、この選択はより大いなる価値を生む筈だ。

 もし自分に生まれた意味が存在したなら、本物のシェリーに、残り少なくとも人生を返せたことだ。

 

 ここで死ぬために、生まれてきたんだ。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、バイバイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 ぼくをみて
 ぼくをみて

 ぼくのなかのかいぶつがこんなにおおきくなったよ

  バリバリ グシャグシャ バキバキ ゴクン
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