「お前の悪癖、それは身体の動かし方。足捌きだ。紅い力で身体強化して動き回るのはいいが、肝心の身体の使い方はなってないので、余計な負担がかかってる。
言うなれば、書き順を知らずにアルファベットを綴っているような状態なんだ」
「……私の今までの戦い方は駄目だったってこと?もっと効率的に戦えてれば……失わずに済んだ命も……」
「違う。その性格だ、お前なりに最善の戦いに努めてたんだろう。それにケチをつけるつもりはない。……しかし今回の相手はあのヴォルデモート。今までの最善が通用しない可能性は高い。
越えられる限界なら今の内にさっさと越えちまおう。実戦では、できることを確実にやろう」
ダンテの説明を、シェリーは沈黙して傾聴する。
交える言葉はない。正直なところ、シェリーの血気はだいぶ逸っている。今すぐにでも飛び出してしまわんばかりに、心臓が早鐘を打っている。
「お前は飛んだり跳ねたりするが、それは紅い力による身体強化によるものだな。……だが加速はいいとして、ブレーキにまで魔力を使っているだろ、お前」
「……、えっ?」
「自覚がなかったか?加速した状態で無理に止まろうとすれば身体に負担がかかる。その負担を補うために魔力を使うので今度は魔力に負担がかかる。そしてその負担が後々になって効いてくる。本来10の力が、9になる」
「…………!」
「クィディッチ選手ならこの差の大きさが分かるだろ」
しかし、徐々に、その気持ちは和らいでいる。
集中が途切れたわけではなく、緊張が緩和していっているのだ。より深い集中を行うために。
真の集中には、リラックスした状態が不可欠。
「踏み込みする時の体勢を見せてみろ。……それだ。背中が丸まって脚に力が伝わってない。背中から脚まで一本の線があることを意識しろ。よし、いいぞ。
そのまま走って……ほら、背中が丸まってる!上半身を伸ばせ!……そうだ!今後、走ったり飛び出したりする時は、体全体をその方向に向けてから走れ!」
だからシェリーは、今、とても。
息を吸うように経験を集中していた。
「そこで止まる!──その『止まる』って動きを意識するんだ。俺達みたいな機動戦が得意な魔法使いが一番考えなくちゃならないことだ。何でか分かるか」
「……!?次の動きにスムーズに動くため!」
「その通りだ。攻撃・回避・防御、何をするにしても初動が遅れれば致命の隙になる。特に攻撃は大事だ。威力の高い魔法を使う時にどうしても反動が来るからな」
ダンテが自分でやってみせることで、シェリーは脳内に明確なイメージを構築していく。確かに、動作の一つ一つはシンプルだ。シンプルなのだが、その一連の流れがスムーズで澱みない。
端的に言えば、説明が分かりやすい。
こんなならず者みたいな風体をしているのに。
「走る!止まって、撃つ!また走る!止まって、躱す!その繰り返しだ。例えどんなに地味でも、それらは絶対にお前の力になる」
ダンテは、『人を使う能力』がべらぼうに高かった。
人材育成能力、コミュニケーション能力、話術。戦闘には関係ない才能だが……それこそがダンテの、最も優れた能力だったのだ。
惜しむらくは、それらを台無しにするくらい致命的に戦いの才能がないことだ。普段はクレバーに振る舞っているのに、戦いになると悪い意味で矜持高くなってしまうのだ。キレやすく単純になる悪癖が出る。
『誰よりも強いのに誰にでも負け得る』……それがダンテという男。
(早く掴めよ、シェリー。ネロとリラの未来ためにも)
しかし今は違う。
子供のためになら、彼は無敵になれる。
▽▽▽▽▽▽
紅い力。
元々は古来から伝わる禁術の一種で、使用者の寿命を削って爆発的なパワーを得る魔法。
愚者はそのリスクに気付かず寿命を削り。
賢者はそのリスクに気付き、手を出すことはない。
愚者でもあり賢者でもあったヴォルデモートだけが、その紅い力を分霊箱の理論と組み合わせることで、新たな魔法へと昇華できたのだ。
それが現代における紅い力なのだが……、では、元々の製作者は誰なのか?その疑問に答えるように、ゴドリックの髪は紅く燃え上がる。
「──紅い力、解放」
強大な魔力を込めた杖の一振りで、ヴォルデモートの放った魔弾は弾けた。失われていた魔力圧が戻り、再び勇者は立ち上がる。
「紅い力は僕が作った呪いです。この時代の紅い力は随分とアレンジされたもののようですが……本来の紅い力をお見せしましょう」
紅き閃光。
先程までの妖精版姿現しによる移動ではない。もっと直線的な、身体能力に物を言わせた移動スピード。
この移動には覚えがある。足捌きがまるで、シェリーのような……いや、それよりもっと洗練された……!
「紅い力は寿命を縮める代わりに魔力を高める禁術。縮める相手は誰だろうと構わないんです」
「──!!」
背後を取られた。
裂帛の気合いとともに放たれた斬撃を、闇の奔流で押し潰すことで事なきを得る。
しかしゴドリックは止まらない。
一撃、二撃、三撃、四撃──。
もはや目はまったく追えちゃいない。
僅かな魔力の揺らぎを頼りに、いつ来るかも分からないカウンターのタイミングを狙うしかない。
「──何をした!?」
「自身の身体能力と魔力を高めたんです。貴方の寿命を対価に捧げてね」
「俺様のモノを勝手に使うとは、痴れ者めがあッ!」
ヴォルデモートの紅い力と違って、際限なく魔力が高まるといったことはなさそうだが、その分
敵の寿命を奪い、その分魔力が強化される……。
奪う相手がヴォルデモートともなれば、尚のこと!
(だが、普通に考えてあり得ない。他人の寿命を担保に発動する魔術だと?どういう理屈で動いているのかすら理解できん!普通じゃない……
……クソ。そうだった。こいつは創設者(おそらく)なんだ。普通が通用する訳がない!)
「
連続して放たれる鱗状の魔弾の連続攻撃が、ヴォルデモートの肉体を傷つけていく。
生前、ゴドリックが雲海広がる霊峰へ登った際、雲の隙間に棲む龍と戦った。その時の習性と、修行僧達の鍛錬の様子をヒントに会得した『竜の力』である。
通常であれば鱗の一つ一つはさしたる威力を持たないのだが、命を刈り取るモノへと昇華している。
「き……貴っ様!!ふざけやがって!!」
「僕はあまりこの禁術が好きではありません。他者から奪った力で勝利するなど、恥ずべき行いですから。
……しかし外道が相手ならば、その限りではない。その力、命を殺めて得たものですね」
「それがどうした?貴様の後輩が殺されたのが癪に触ったとでも!」
「そうですね。極めて苛立たしく、卑劣。そんな外道に払う経緯など──僕は持ち合わせてなどいない!」
ルビーの剣の鋒を、彼は帝王にまっすぐ向ける。
剣の向かう先は断頭の運命のみ。
「このゴドリック・グリフィンドールが、貴様の死神になってやるぞ!」
「時代の亡霊が……。確かに貴様の魔力は紅い力により回復、強化されたようだが、それでも俺様には遠く及ばん!紅い力の幹部と同じか……いやもっと低い!
つまり、状況は何も変わっていないということだ!」
ヴォルデモートは手掌で背後の宇宙を操り、杖の光という星々を撃ち出さんとして。
「なッ……!?」
ぼとり。
──腕を振り下ろした瞬間。右肘の少し下から血が噴き出したかと思えば、そのまま重力に従うかのように、ずるりと右腕が落ちる。
いつの間に切断されていた?自身の腕が落とされたという驚愕に、思考が一瞬、停止する。そして、その隙を逃すゴドリックではなかった。
「インフラマーレイ!」
白い火花──ヴォルデモートも勝手知ったる決闘向きの魔法は、しかし彼の知るそれとは全く違う速度で杖から放たれる。あまりに早く、あまりに強力。
妖精魔法『
回避した先には、紅い力で速度が強化されたゴドリックが剣を構えて待ち構えている。ヴォルデモートは空気の流れを操作して、見えざる刃を幾多も出すことで何とか凌いだ。
「ぐうッ……俺様の腕を、いつの間に……!!」
「僕も驚きですよ。この剣は切れ味が良すぎるから、切られたものが、その事実に気付くのが遅れることがままある。使い勝手が悪いったら」
「うざったい剣め!チッ、貴様相手に片腕で戦い続けるのは無理だな」
「…………!」
「ルクス・ルナエ、月の光よ」
奏でるのは旋律でなく、流れるは慈悲の涙でなく。
悲しみは痛みを伴わず、苦しみは悔恨を厭わない。
ぽう……蛍の燐光が瞬いたかと思えば、抉られた傷の跡はたちまち消え失せて、筋肉質でしなやかな腕が再び現れる。生えた、というよりも、現れたという感じだ。
(……パフも千切れた腕を治すくらいはできますが……どうもそんな感じじゃないな……)
シェリーも先程の戦闘で一度、ヴォルデモートの腕を落としているのだが──…その傷も、シェリーを一度殺した時には治っていた。
ゴドリックは、あの回復能力に違和感を抱いていた。
おそらくあの力は……『
「驚いたか?俺様はあらゆる傷を治せる。例え手脚が粉微塵になろうとも関係ない。貴様の魔法がどれほど強力でも、その都度治せば良いだけのこと。もう紅い力は使わせん……何度でも叩きのめすだけよ!」
「…………」
幾許かの思考を回し、そして、ゴドリックは確信へと至る。奴の能力の秘密……。いや、もっと根源的な。
『ヴォルデモートの弱点』に気付いたのだ。
(──そうか。間違いない。あれこそが勝機だ)
▽▽▽▽▽▽
「
「……ッ!」
ダンテの高速攻撃を、辛うじて躱すシェリー。
ペティグリューの時も絶え間ない攻撃を躱すのはとてもしんどかったが、それと同質のしんどさだ。
絶えることのない攻撃に間断の余地などない。
(このタイミングで──こうッ!)
しかし、あの時と違うのは、ダンテに『足捌きの基礎』を教えられていること。指導など受けていない、我流で鍛えていたシェリーがほんの少しのコツを教授されたことで、分かりやすく動きが変わった。
素直な性格と相まって、ダンテの教えを凄まじい速度で吸収していく。
「はあッ、はあッ……」
「大分コツが掴めてきたみたいだな」
シェリーの動きについて回っていた、僅かな無駄、余分な疲労。そういったものが取り払われていくのをダンテは感じていた。
ダンテは教育のプロ──…やる気がある生徒なら、伸ばせるだけの力はあるのだ。伸ばしたところで、ヴォルデモートにどれだけ通用するかは分からないが。
(この調子なら、『魔力のクリティカルヒット』についても教えてよさそうだな……多分、適正はある方だ)
「シェリー。お前の攻撃力を高める方法を教えといてやる。何でもいい、俺に魔弾を撃ってみろ」
「えっ?でも……」
「いいから、やってみなさい。さあ」
少し躊躇した後、攻撃を放つ。人に当たっても気絶程度で済むくらいの威力の魔弾で、スピードもかなり遅いものだ。
ダンテは事もなげに攻撃を見切ると……、シェリーの放った魔弾と全く同じ威力の魔弾を放った。
(?普通に消滅するだけだと思うけど……)
──ば ち ぃ ん っ !
「わっ!?」
派手な音が炸裂し、辺りに余波が飛ぶ。
びりびりと大気が震えて、魔弾が消滅した。
シェリーの想定した十倍は弾けていた。何?
「分かったか?普通、異なる魔力同士がぶつかれば魔力の小さい方が消滅する。
マホウトコロには魔力を凝縮して魔力の刃を作る技術があるが……あれも、高濃度の魔力で相手の魔弾を消滅させるって理屈だ」
(ハヤトがやってるやつだ)
「しかし!魔力がぶつかる際、稀に、凄まじい衝撃波とともに消滅する現象がある。それが魔力のクリティカルヒット。威力がほぼ同じでないと起こらない現象だ」
基本的に、戦闘の最中にそういった現象を意図的に起こすことはほぼ不可能だ。コンディション、息遣い、呼吸、脈拍、温度に湿度……それらを相手と合わせなければならないからだ。
オスカーの使う『無冠』では不可能。狙って出せるのは二本の杖を使うベガのみだ。
ちなみに……『盾の呪文』をタイミングよく相手の攻撃に合わせて使えば、逆転現象が起きて、ほとんど消耗なしで防御することが可能になる。
だからこれは、本来、教えても意味のない、戦闘中にたまに起こる現象というだけのことなのだが……。
「ん……!?」
──シェリーは、その現象に覚えがあった。
「あれ知ってるこれ……ハリーと戦った時に……!」
「フゥン、体感してたか。なら話が早ェな」
ハリーとの最後の一撃……最後にフリペンドとボログリムが衝突し合った際の、あの衝撃……!
あれと同じだ。魔力が拮抗することで思考がクリアになり、呼吸するかのように魔力が身体を巡り、凄まじいまでの破壊をもたらした。
「その現象を、お前には狙って出してもらう」
「…………!?でも、」
「お前ならできると判断した。新しい魔法や術式を教えるよりも、お前の身体能力や反射神経の高さを活かしたものの方が良いだろう。やれるな」
「は、はい!」
「いいか、まず……」
──ちなみにこの現象は『正史』にて、ハリーとヴォルデモートとが兄弟杖で魔法を撃ち合った際に起こった不可思議な現象……と、本質的に同じものである。
シェリーに教える傍らで、ダンテも、昔の研鑽の日々を思い返していた。千年前に孤児としてスラム街に生まれて、ホグワーツに拾われて……ゼロの状態から知識を吸収していった、あの楽しさ。
千年もの間封印され、再びゼロとなった後も、現代の知識や情勢を学び、会社を設立し、子供を育て、部下を育てて……楽しかった。
(……俺は何を……)
教育。自分の知識を分け与え、導くこと。
くだらないとは言わないが、意味のないことだ。最強になりたいのに、他人に知識を分け与えたところで、何の意味もないのだから。
(こんな小娘相手に、何を感傷に浸ってる……)
ホグワーツで監督生をしていた時の……ダームストラングで教鞭を取った時の……あの感覚。
そこには強さ以外の価値観があって、それぞれに長所と短所があって……面白かった。
「ここをこうして……分かったか?」
「はい、やってみます!」
「…………」
捨てた筈の過去がどうしてだか懐かしい。
ホグワーツ時代の他愛もない会話が脳裏を過ぎる。
『ダンテ。君、また友達と喧嘩したんですって?ロイ先生から聞きましたよ』
『…………あんたか、ゴドリック』
『何があったんです、君らしくもない』
『……ホグワーツ創設者の四人に勝負を挑むなんて馬鹿馬鹿しい、身の程を弁えろ、ってよ』
入学したての頃はよく人と衝突していた。
偉大な創設者達の四人は誰からも敬われ、畏れられていた。多くの生徒達は彼等と戦って勝とうとするダンテのことを馬鹿にしていた。
『向上心のない連中だと思ったよ』
ダンテからしてみれば、そんな連中は唾棄すべき愚者であり、話す価値のない相手だと思っていた。
弱いだけの人間も、弱いままでしかいられない人間も意味はない。価値はないんだ。弱肉強食だけがこの世の常なんだ。
『俺は
皮肉だよな……魔法学校を作って、才能を掘り出すシステムを構築しても、あんたらがいる限り才能は育まれることはねェ。他ならぬあんたらが魔法界の蓋になっちまってるんだ』
一番くだらないのは──そんな凡百どもを教え、育てようとする創設者達の考え方だ。
ホグワーツを創ったところで、彼等に追いつける天才が早々現れる訳がないのに。
『あんたらを越えようとする奴なんて、せいぜい孤児生まれの俺ぐらいのもんだろうよ』
しかし、ゴドリックは被りを振った。
『確かに、向こう百年は難しいかもしれません。でもニ百年先は?三百年先は?僕達のことなんて誰もが忘れ去った頃に、新たなる才能が芽吹いてるかも。
そしてその才能を育てるのは、歴史に残らなかった、しかし歴史を作ってきた人達なんです。だからホグワーツは必要なんです』
或いは、千年。
悠久の時を経て、紡がれた歴史が未来を拓く。
意味の分からない理論だった。……その時は。
『天才どもが創った教育機関なんて、千年も経てば残っちゃいねえよ』
『大丈夫。始まりは四人ですが、四人だけで作り上げた城ではありませんから。一般の先生方、事務員、屋敷しもべ妖精、各種スタッフ、スポンサー……彼等がいなければホグワーツは夢物語だった……。
いずれ僕達も追い抜かれる。追い抜くのは君かも知れないし、君の子供か、教え子か……ふふ、今から楽しみでなりません」
馬鹿げた力を持つ男が、そんな益体のない理想を語ることが分からなかった。
天才は時折、常人には理解できないことを話すと言うけれど。この男の場合、細やかな願望を壮大なスケールのように話すのだから理解のしようがなかった。
……追いついたのは、千年の時を越えてからだ。
「よし、上出来だ、シェリー。身につけたな……」
拓かれた未来の先──男は可能性を見ていた。
「──必殺技ってやつを……!!!」
◯紅い力 豆知識
ゴドリック・グリフィンドールが紅い力の原型を作り、こりゃやべー力だということで封印していたのですが、その術式が後世に残ってしまいました。
当然、後世の魔法使い達の中には紅い力を悪用しようとする輩がいましたが、使った結果、自分の寿命が削れてほとんど早逝しています。他人から寿命を奪う手段はゴドリックしか知らないし扱えないのです。
グリンデルバルドなどはそのデメリットに気付き、使わないでいました。
ヴォルデモートが魔改造しなけりゃ割と平和だったのにね。