風が吹いている。
殻っぽの頭の中を吹き荒び、揺らすように。
「爆発までのタイムリミットは、あと二〇分ほどだ」
シェリー達は必死で、凡ゆる人達に見送られながら、何とかここまで辿り着いた。流星群の夜に──考え得る限り限りなくスムーズに来ることができた。
そうしてヴォルデモートと対峙して、何とか突破口を見つけることができて……
「そう思っていたのは、全てまやかしだ」
──間違いだったのか?
ヴォルデモートはいわば囮。いくら奴を倒したところで爆弾を処理し切れなければ意味がない。
「『ろんどん』とやらの都市は……人口はどれほど?」
「さあな……だがこの間見たニュースでは、人口のべ七百万を越えたと報じていた」
「……それほどの人数を殺してエネルギーに変換したとして、一体どれほどの魔力になるのか……考えたくもないな……」
ゴドリックとダンテの話し声が、どこか遠い。
……ダンテ、そう、ダンテ!
彼は一時期ヴォルデモートと手を組んでいた。ならば奴の企みを阻止する方法を知っているのでは?
「……こういう時に気休めを言っても仕方ないのでハッキリ言うが……奴の言っていることは本当だ。奴とまだ手を組んでいた時、広域に魔力を伴う爆弾の発注を依頼されたことがある。
どうも使った様子がないので気になってはいたが……改良したのをロンドンにばら撒いていたのか……」
「──テメェマジで余計なことしてくれたな!!」
「改良したのはあいつだろうが!!」
「二人ともおやめなさい!今は言い争ってる場合ではないでしょう」
ぴしゃりと言い放つゴドリックに、バツが悪そうな表情を浮かべる。とはいえ、今からロンドンまで向かって爆弾を探せというのも非現実的な話だ。
ここからロンドンまで直線距離で八〇〇キロはあると仮定して……
箒で飛ぶとして時速二五〇キロ、三時間とちょっと。
しかもこれは世界最高峰の箒、ファイアボルトのトップスピードで計算した場合だ。
(箒は無理……!同様の理由で魔法生物や姿現しもたぶん無理……生物の限界を越えてる。
じゃあ他には?煙突飛行粉に、移動鍵は……いや……でも……)
「俺様がそんなもの残してると思うか。部下が戦いに怯え逃げ出さんよう、戦いの前に排除してある」
「……ベガ!両面鏡は!?情報を伝えるだけならあの鏡を使えば……!」
「──無理だ。繋がらねえ」
ベガは二つの鏡を見せる。
暗黒魔城の中の仲間達と連絡を取る用の鏡と、暗黒魔城の外の仲間達と連絡を取る用の鏡だ。
前者はクリアに映像を映し出すものの、後者は砂嵐が流れて反応を見せない。
「妨害電波ってやつか……外部との連絡が取れねえ」
「取れたところで、だがな」
そう──取れたところで意味がない。
今から魔法使い達をロンドンに向かわせ、どこにあるかも分からない爆弾を制限時間内に解除して回れと?
避難勧告を出した方がまだマシか……いや、そんなことをすればパニックに……!
「離れた場所の魔力をどうこうできる力が、果たして貴方に残っているのか甚だ疑問ですね」
「魔法は日々進歩しているのだよ、ミスター。手元から離れた魔力であっても、自動で魔法が作用する術式なんていくらでもある。組み分け帽子などその最たる例ではないか」
「…………」
「で、実際どうなんだ?お前達の存在は俺様にとってもイレギュラーだったのだが……陸まで二〇〇キロ以上、この距離を移動したり連絡できる手段があるのかい。俺様の結界を突破した上で!」
視線がゴドリックに集まった。
彼は少しばかり考えた。答えを出すための思考ではなく、答えを確認するための思考を行なった後、観念したように口を開く。
「ありません……。
少なくとも僕達の時代に、遠く離れた場所へタイムラグなしに状況を説明する手段はありませんでした。
……これはブラフでも何でもない」
返答を聞いて、くらりと崩れ落ちそうになった。
頭に血が回っていない。
シェリーはもう立っているのもやっとだった。
もうベッドの上で横になってしまいたい。そんな衝動が嫌というほど湧き上がっていた。
「元来魔法界は……他者との互助ではなく個としての髄を極める傾向にありました。魔法とは、つまるところ究極の個人技でしかないから……。
勿論家ごとの派閥はありましたし、名家の恩恵にあやかる人もいましたが、魔法使い全体に薄っすらと『魔法は自分で開拓するもの』というような認識があったように思います」
「ほう……」
「各家ごとにノウハウが違ったり、覚える魔法が違っていたり……魔法使い同士の結びつきが弱かった。誰かと話す機会が多くなかった。強くなるための努力はできたのに、連絡を取り合う努力を、人と関わっていくための努力を僕達は怠った。
その怠慢が……今こうして形になっているのか」
マグルと比べた時の連絡網のあまりの脆弱さ。
その脆さをヴォルデモートは突いた。息を潜め、イギリス各地を暗躍していたヴォルデモートだからこそ、その弱点に気付けたと言える。
「…………っ……そんな、こと、させない……!」
「『させない』じゃなくて『する』んだよ!!お前の欲しい言葉を言ってやろうかシェリー!闇祓い達は勇敢に戦ったものの奮闘虚しくヴォルデモート卿に殺された!それが迎える結末だ!!」
それでも何かを言おうとして、反論の言葉を何とか紡ごうとして。視界の端でダンテが何やら不穏な動きを見せたかと思うと、
「──クソッ!!」
ダンテは、踵を返して逃げ出した。
すごい勢いだった。呼び止める暇もなかった。
ぽかんとするシェリー達の頭に浮かんだ疑問符を消し去るかのような、空気を切り裂く嘲笑が飛ぶ。言わずもがなヴォルデモートのものだった。
「ハッハッ……ハッハッハ!
逃げたか!逃げたなダンテ、なぁオイ!あいつの能力なら娘を抱えながらでも、空間移動で岸くらいまでなら飛べるからな!最悪のシナリオは避けられるものな!」
「……あの野郎……ッ!所詮は闇の輩か……」
(ダンテ……君がそんなことをするとは……)
蔑如の視線を向ける者はいない。
もうダンテは視界の内に入ってはいなかったのだ。
「お前達も逃げるなら今のうちだぞ!どちらにせよ──俺様の勝利は揺らがんのだから!」
「そ……そんなことない、このことを伝えれば、伝えさえすれば、パニックにはなるかもだけど、でも──」
「魔法界が、そんな結束力のある連中ならな」
魔法界の人々は──仲が良いとは、とてもではないが言うことはできまい。
古くから続く血統による派閥、種族間による対立、時代錯誤な価値観によるすれ違い──…それをシェリーは否定することはできなかった。
だって……グリフィンドールとスリザリンが仲良く手を取り合って協力する姿を、想像できない。
ロンドンを吹き飛ばす爆弾があると聞けば揉めるに決まっている。パニックになる。足の引っ張り合いになる……それを否定なんてできやしない。だって、その光景をホグワーツで何度も見てきた。
ドラコやコルダが例外なのだ。その二人でさえ、どうしていいか分からなくなったら、絶対に狼狽える。
「……………」
沈黙が、シェリーの回答だった。
ヴォルデモートは満足して鼻を鳴らす。
(終わったな)
▽▽▽▽▽▽
シェリーの心は折れた。
ベガもプライド故か認めようとしないが、心のどこかでしてやられたと思っている。
ゴドリックはよく分からない。
(思えばここに至るまで数々の苦労をした。
年単位での爆弾の設置とそれを悟られないための死喰い人達のブラフ……何度もシミュレーションを行い、ある程度解除されても大丈夫なように個数を確保し、幹部級にも話していない極秘の計画事項。
フフ……感慨深いものだ、こうしてみると)
もうこの段階になると、数多の爆弾をどうこうするのは不可能だ。ロンドンの住民は危険を知ることすらできないままに、突然に散っていくしかない。
唯一、闇の印やDAのコインは数少ない連絡手段と言えるかもしれないが……。
(スネイプは死に、コインとやらも万能ではない。打つ手は残っていても打ったところで無意味。……少しずつだが実感が湧いてきた。勝ったのだ、俺様は)
そう思うと──肩の荷が降りた、という感じだ。
余裕を取り戻した闇の帝王は、警戒をしつつも自分の中に生まれた『ある感情』について整理を始めていた。
(……あの、シェリーの顔。
面白かった……あれを見ると満たされた……
絶望に引き攣り濁った、無様なツラだった……)
自分でも趣味が悪いとは思うが。
達成感を感じたのは、シェリーの顔を見てからだ。
(俺様はそんなにシェリーのことが嫌いだったか?)
好きではないが、ここまでではなかった気がする。
……どうなんだろう?あまり自分の趣味嗜好について深く考えてこなかったせいで、答えが出せない。
(俺様はシェリーのことをどう思っている?)
……よく分からない。
自分にとって、あいつは、何なんだろう。
「…………?」
「…………」
訝しげにシェリーを見るヴォルデモート。シェリーもまたそれを訝しげに見やった。流れる意味深な沈黙。
(思えば……俺様は俺様を脅かす存在との戦いは、程度の差こそあれ愉しみを感じていた。俺様は戦闘狂ではなく勝つのが好きだ。勝つこと前提で戦うのは、割と結構楽しいなと感じていた……色んな魔法試せるし……
ベガにゴドリック、アレンにヴォルデモート。ダンテはなんかムカついたが、おそらく戦い方が陰湿なのと商売敵ってことで説明できる)
(じゃシェリーってなんだ。……こいつは、まあ、確かに強い魔法は使うかもしれんが、言ってしまえばその程度の存在だ……その筈だ。
何故ここまで心が動揺する?怪物のような隔絶した強さを持たずにここまでやって来た者だからか?)
(違う。しっくりこない)
考えて、考えて考えて──……
彼の脳裏にはふっとハリーの顔が浮かぶ。彼にはなくてシェリーにはあるもの、それは。
(俺様が一度棄てたものだからか)
ピタッとパズルが嵌まった気分だった。
(ホムンクルスの双子……その片割れを棄てたのは大した理由もない。気まぐれだ。強いて言うなら生き残った英雄として持ち上げられた娘が殺される……というシナリオが欲しかったくらいだ。
……そうだよなあ。『俺様が手放したものが、価値のあるものであって良い筈がない』)
くっくっ、と帝王は一人笑いごちる。
感情に理由のつけられることの、なんと心地良いことだろう。結局は、自身が切り分けた七つの感情、それらで説明できる事柄だ。
七つの感情に含まれない、愛などという訳の分からないものが──価値があっていい筈がない。
「やはり俺様が正しかった……!」
『──シェリーッ!!!
何をボーッと突っ立ってんの、あんたはぁ──!!』
叱咤の声が轟いた。
それはジニー・ウィーズリーのものだった。
ハリポタ創作者達とユニバのキャッスルウォークに行ってきました。
楽しかった〜!!