シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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35.光のメッセージ

 

『何やってんのよあんたはぁーーー!!!』

「ジニー……!?」

 

 凛とした声が轟いて、シェリーは周囲を見渡した。

 声の主の姿はない。きょろきょろと視線を彷徨わせた末に捉えたのは、ベガの胸ポケットの中だ。

 

「──両面鏡からか。暗黒魔城の外とは通信が遮断されているが、中とは通信が繋がるからな」

 

 ベガが両面鏡を取り出すと、髪の毛と同じくらい顔を赤くさせたジニーが怒鳴っているのが見えた。戦いで熱くなった身体が急激に冷えていく。

 

「ジニー、今どこにいるの!?……ああいや、ごめん、言わなくていいよ(場所がバレたら危ないし)!」

『ええ、そうさせてもらうわ!シェリー、あんた、この城に来たからには戦いの覚悟があって来たんでしょう!私達もそれぞれ覚悟を持ってここに来た──生き残る覚悟や死ぬ覚悟──それを今になって、戦うのが怖くなったとか言うつもりじゃないでしょうね!それは戦いに赴いた人達への侮辱も甚だしいわよ!』

 

 怒りをまるで抑えられていないジニーの様子に、思わずごくりと唾を飲む。少し見ないうちにモリーに似てきたような気がする。

 きっと将来は夫を尻に敷くタイプだろうなと、場違いなことを考えながら、シェリーはジニーに呼びかける。

 

「ジニー……!そ、そこからロンドンに向けて通信できたりしない!?今ロンドンに爆弾が仕掛けられてて、それを阻止しないと沢山の人が死ぬの!ヴォルデモートの紅い力の養分にされてしまう……!!」

『聞いていたわ、シェリー。結論から言うとロンドンに向けて通信することはできない。あらゆる通信魔法や移動手段が爆弾のカウントダウンと同時に封じられたみたいなの。爆発のタイミングまで解除はできない』

「…………ッ」

『──その上で言わせてもらうわよ。あんたはあんたの仕事を全うするの』

 

 有無を言わせぬ口振りでそうぴしゃりと言われるが、しかしシェリーは有無を言いたい気持ちでいっぱいだ。

 状況を鑑みるなら──ヴォルデモートを倒そうが倒すまいが、結局は爆発は起こってしまう。天秤に乗る命の重さに押し潰されそうだ。そんな中、ただ戦えと言われてはいそうですかと言える者がどれだけいるだろう。

 

 これ以上の犠牲が出る前にヴォルデモートを止めなければ、という考えそのものが甘かった。犠牲の数を、規模を、影響を、リアルに想像していなかった。

 絶望で前に進めないのではない。

 進んだ道が間違っていたことに絶望しているのだ。

 

『シェリー、シェリー。奴の言葉は気にしないで。目の前の敵を倒すことだけに集中するの。貴方は貴方のやるべきことを。ただそれだけでいいから』

「倒せたとしても何にもならないんだって……」

 

 ジニーがそこを履き違えているような気がして、弱音を吐いてしまう。

 

「私達は間違えたんだ……!仕組まれていたんだ!ここに来ることも、ヴォルデモートと戦うことも!最初から最後まで掌の上で踊っていたんだ……」

 

 ヴォルデモートを倒せたとして。

 あらゆる因縁に決着が着いた後に、笑い合うことなどできやしない。シェリーはもう、殺すために戦うのではなく、守るために戦っている。

 守るものがなくなって、どうして笑えるだろう?

 

「……当たってごめん……

 でも……もうどうしようも……」

『────』

 

 絶望の二文字が、重々しく肩にのしかかる。

 動けなくなる。呼吸もできなくなる。

 戦いに、意味がなくなる。

 

 

 

 

 

『貴方が寝てる間、多くの人が犠牲になった。

 魔法使いも、マグルも、大勢が奴等に殺された』

 

 

 

 

 

 両面鏡の先のジニーは、それがどうにも許せない。

 

『絶望というなら、それは私達も味わった。これから先もそれは続いていく。闇の帝王を倒したところで、殺された人は戻らない。遺された人の痛みは癒えない』

 

『これから先もずっとそう。ここは地獄よ』

 

『──乗り越えられない困難に絶望するくらいなら、乗り越えられる困難を終わらせちゃいましょう』

 

 ヴォルデモートは、絶望そのものかもしれない。

 けれどそれは払い除けられる絶望だ。

 何故って奴は、息をしている。心臓がある。

 難しいだけで不可能ではない。

 

「ジニー、ジニー、ジニー!何年振りだ?君との会話はつい最近のことのように思い出せる。あの時と何も変わっちゃいないな?え?夢見がちなティーンの世間知らずの女の子のままって意味だが。

 ヴォルデモート卿を?この俺様を!倒すことが前提なんだよ貴様の理想は!貴様等の『最高の結果』はとうに程度の低いものになっているのだよ!」

 

──ジニーとて分かってはいる。

 シェリー達に無理難題を任せていることくらい。

 

(怖い。怖い。声が震える。手が震える。例のあの人が鏡越しに私を見ている。あの時の甘い甘い毒が伝わってくるような恐ろしさ。嫌だ。必要がなければこんな目立つことなんてしたくはない)

 

(──命を懸けて例のあの人と戦え、だなんて。なんて無責任で一方的で、虫が良い話だろう)

 

 だけど貴方はそういう人だ。

 トム・リドルの日記に囚われた私に、命を懸けてくれたのだ。命の対価に私を選んでくれた。

──あの時、ただ助けられるだけだった。

 

 貴方を貴方でいさせるためなら。

 最低な言葉くらい、いくらでも吐いてやる。

 

こっち(・・・)の無理難題は任せて』

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「この俺様を倒せる絶望だとよ。笑わせる」

 

 最上級の馳走に蝿が止まったような腹立たしさを、闇の帝王は抱えていた。

 ジニーのあの態度……気に食わない。泣き喚いてパニックになれば可愛げもあるが、今の彼女は、思考停止なのかもしれないが冷静だった。

 

「シェリー、ベガ、ゴドリック。貴様等の次はあの女を殺すことにした。墓場はここだ、二度と帰さん。死体すら帰ることはない」

 

 話をするのも飽き飽きだ。

 いい加減殺してやると、ヴォルデモートは動く。

 対峙する三人は、各々が警戒した表情を見せているものの……シェリーだけが、杖の握りが甘かった。

 僅かな差。ほんの少しばかり、持つのが緩いだけ。

 しかしその緩みは、シェリーの集中が……心が……覚悟が、必死で見ないふりをしている絶望に少しずつ呑まれている証左だった。

 

──ベガが、それでも不敵に笑っていた。

 

「ゴドリック!あんたに“背中を預ける”」

「──……」

「俺はよ……俺が好きな人達を守りてえと思ったからこの戦いに参戦したんだ。けど悪いな、おたくは奇縁で一時の間、肩を並べてるに過ぎない相手……!

 別に仲良しじゃねえし、死なせたくない間柄ってわけでもねえ。あんたが死んでも涙は流せねえ。でもここで協力してくれるって言うんならよ……

──命賭けてもらっていいか?

 賭けてもらえるだけの価値は生むからよ……!」

「僕の魂で良ければいくらでも……

 生まれた時が違えども……たとえ通う血の色が違おうとも……流れる魂の温度は同じだ──!!」

 

 こくりと頷くと、ベガは、腹の底から声を絞り出して紅の少女に発破をかけた。

 

「シェリーッ!さっきの啖呵、あれを無かったことにするわきゃねえよな!疲れてんなら少し休め、戦うってんなら杖を取れ!諦めて膝をつくなんてナシだぜ」

 

 展望は見えない。

 希望が鉛色の空に覆われてしまったようで、走った先に果たしてあるのかどうか。

 徒労、ではないのか?

 

(ハリー、君もこんな気持ちだったのかな)

 

 ハリーは生まれつき呪縛があった。彼は紅い力で際限なく強くなることができるが、しかしヴォルデモートへの領域には足を踏み入れることができない。

 それはそうだ。誰が好き好んで自分より強く反骨心のある者を部下にする?

 

 ハリーは生まれつき、どこにも行けなかった。何にもなれなかった。だけど走るのをやめなかった。

 

──それは、何故?

 

 なんでって。

 そりゃあ、決まってるだろ。意地ってやつさ。

 

「ごめん……私はまた……脚を止めるところだった」

 

 倒れたとて屈さず。起死の心、回生の魂。

 それがシェリーの特性。本領!

 恐怖と絶望はあるけれど……それらを全てヴォルデモートにぶつけてやる、という使命感が駆り立てる。

 再び立つ紅き女の姿は、ヴォルデモートにとってはさぞ気味の悪いものとして映っただろう。

 

(いい加減にしろよ……!)

 

 シェリーが……あの覚悟とかいう陶酔に耽るのが、どうしようもなく癪に触った。

 ヴォルデモートは怒っているのではなかった。ただ一人の女の意志がままならないことを、この世の理不尽のように感じているだけだ。

 

 ヴォルデモートの執着は彼の目を曇らせた。

 全てを見通す魔眼を持つ男が、悪巧みを見逃した。

 

──暗黒魔城の屋上、つまりシェリー達が戦っている場所は逆ピラミッド状のような構造になっている。

 見晴らしが良く、余計な遮蔽物のない、ヴォルデモートが最も戦いやすいフィールドである。加えて今日は流星群が降っており、堕ちる流星と魔法の光が乱舞する、幻想的な光景を醸し出していた。

 

 星が、飛び交う魔力が、あまりにも強く光るから。

 息つく間もない頂上決戦に、視界が奪われたから。

 構造上、そこが死角となっていたから。

 

「…………!?なんだあの光の点滅は……」

 

 ヴォルデモートは気付くのが遅れてしまった。暗黒魔城の中段に位置する場所で、強い魔力の光がチカチカと点滅していることに。

 それはあまりに原始的、しかしそれ故に何よりも正確に伝わる『通信手段』。

 

 

 

 

 

「──モールス信号……!?」

 

 

 

 

 

 モールス信号……短点(・)と長点(-)を組み合わせて文字を表現する、主に船舶関連で用いられる符号のことだ。その歴史は意外にも浅く、1800年代の中頃にモールスという発明家が電信機に使用したのが始まりだ。

 現在ではアマチュア通信や自衛隊の一部の通信等でしか使われなくなったものだが……確かに、ある意味でふくろう便よりも早く、明快に要件が伝えられる通信手段と言えよう。

 

「一体誰がモールスなど……、そうか、ダンテ!あいつが逃げるふりをして管制塔へ行き、暗黒魔城を取り巻くバリアを一定の間隔で消滅させることで、モールス信号を送っていたのか……!!」

 

 ヴォルデモートの読みは正しい。

 そして読みを当てたところで、今更ダンテの行動を止めに行くことはできない。シェリー達が足止めの役割を果たすからだ。

 

「モールス……?魔法に依らない、光による暗号ということでしょうか。なるほど、面白いことを考える」

「暗黒魔城の周辺には戦闘向きじゃないバックアップの部隊が控えてる、そいつらが光に気付けば……!」

 

 

 

「…………ふ。ふ、は、は、ははは……!

 何をするかと思えば……!

 馬鹿か!?モールス信号はマグルの信号だ!」

 

 

 

──闇の帝王はくしゃりと笑う。

 焦燥の欠片も滲ませる様子はなく、むしろ心を落ち着かせるための高笑いだった。

 

「モールス信号の可能性くらい俺様も考えたさ!あらゆる通信手段を封じても、光さえ届けばモールス信号は機能するかもしれんとな!

 だがな、そもそもの話、貴様モールス信号分かるか?一回でもあれを読もうとした経験あるか!マグルでさえ殆どが使い熟すことのできない符号を、あろうことか魔法使いが使えるものか!」

 

 その指摘は極めて正しい。魔法界にモールス信号はほとんど普及しちゃいないのだ。

 ダンテのそれは逆転の一手に見えて、ただの苦し紛れの最後っ屁にしか過ぎない、と。

 

 モールス信号は、国際的な遭難信号としては1999年に廃止されており、現在では船や航空機に取り付けられたビーコン発信機から人工衛星へと発信し、各国の機関に通報するのが一般的だ。

 わざわざモールス信号を覚えなくとも、誰でも簡単に現在位置と救難信号を発信できる。これがコスパス・サーサットシステムという、現在使われている国際的な衛星支援・捜索救助システムなのだ。

 

「それに、『ロンドンに仕掛けられた複数の爆弾を制限時間内に解除しろ』なんていう複雑な文を、トンツーで伝えられるわけがない!短文ならまだしも、長文モールスを使える奴が魔法界にどれだけいると思う!」

 

 

 

 

 

「──いる。一人だけ……」

 

 ベガはポツリと呟いた。

 有り得ない筈の一手を成立させるジョーカーを。

 運命が変わる 魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)

 そこに参戦した男の名を。

 

 あの時も──モールスでやり取りした……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタが俺に助けを求めるのは初めてだナ」

 

 海の向こう。

 暗黒魔城からずっと離れた海岸で、ネロ・ダームストラングは、光のメッセージの意味を理解した。

 遥か手の届かぬほどの高みから送られるSOSが誰から誰に送られたものなのか、二人の間では分かりきった事実であった。

 

 父親(ダンテ)はもうこの世にいない筈だとか、息子(ネロ)は昏睡状態の筈だとか。そんな事情など斟酌してやる必要はない。必要はないのだ。

 

 言葉は時として、声以上に雄弁に物語る。

 それがたった二つの文字列からなるものでも。

 

 

 

「伝わったぜ──アンタのメッセージ!」

 

 

 

 




人工衛星への救難信号システムは80年代からあったそうで、なんかロケットといい人工衛星といいマグルの方がよほどファンタジーだなって思うこの頃。こういうのを調べてる時が一番楽しいです。

魔力が充満する場所(例:ホグワーツ)では精密機器や科学品は誤作動を起こしたり壊れたりすることがあるんですが、暗黒魔城の近くを飛行機が飛ぼうものなら即墜落しそうですよね。
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