トントントンツーツーツートントントン。
世界一有名なモールス信号はそれだ。『SOS』の意味を込めるのに九回の点滅を必要とする。
しかし今回のモールスは、九回の点滅なんかでは済まない。
『ロンドン市内に仕掛けられた77個の爆弾をあと十五分で見つけ出して阻止しろ』なんて、モールス信号で送るにはちょっとややこしい内容だ。
彼の打った文の意図を汲み、それを信じて実際に実行できる可能性のある人間がどれほどいるだろう?
有り得ない。限りなくゼロに近い確率。
(だが──もしも……もしも……!)
ヴォルデモートの内に眠る臆病さが、傲慢なメッキを剥がした先で蠢いていた。
暗黒魔城の光を操り点滅させることができるのは、城の魔力を操る管制塔だけだ。そこに何者かが侵入して光を操作している。
(いや、問題ない。問題ない筈だ。苦し紛れの長文モールスが伝わるなんて有り得ない筈だ。……だが、一応、念のため、これ以上モールス信号を送らせないために手を打つことにしよう。大丈夫、大丈夫だ……)
ヴォルデモートは頭の中で命じて、予備の魔導人形を即席の管制塔へと向かわせる。
後手に回ってしまったが、ヴォルデモートの判断は正しかったと言えよう。では何が駄目だったかと考えると、やはり後手に回ってしまったことだ。
(…………!?!? 何だ?管制塔に送り込んだ魔導人形が次々に破壊されていくだと!?
おかしい、おかしい、おかしい。幹部との戦いで疲弊した木端魔法使いが、何故、こんなにも早く、魔導人形達を破壊できる!?
さっきからイレギュラーばかり……何で今日に限ってこんなことが続くんだ!クソ!)
一体何が、どういう訳で……こんな!
管制塔で何が起こっている!?
「砕けろ」
言葉通りに、魔導人形が粉々になって散っていく。
戦闘の後詰めを担当するだけあって、攻撃力よりも防御力にリソースを割いた個体。それらが粘土細工と見間違うほどにバラバラの残骸となって、たった一人の女の前に平伏している。
女にとって──そんなことは造作もない。
彼女はかつて魔法界の頂点に君臨した女の一人。
生前より力を失おうと、雑兵を踏み鳴らすくらい、大したことではないのだ。
「まだ来るわね。ルーナ、あなたも加勢なさい。ここで経験を積んでおくことも重要よ」
「わかった」
女──ロウェナ・レイブンクローは、涼しい顔をしてそう言った。
「ねえロウェナ」
「何かしら、ルーナ。戦いの最中にお喋りなんて、また随分と気の抜けたことを──」
「なんで私達に協力するの? あんた、さっきまでシェリーを殺すとか何とか言ってたと思うンだけど」
「今は闇の輩を倒すのが先と思っただけよ。シェリーとやらの見極めは後」
「それだけ?」
「…………なにが」
「ロウェナは言葉足らずだモン。あんた一人ならそれでもいいかもしれないけど、全然相手に伝わってないし」
痛い所を突かれたのか、はたまた都合が悪くなると黙る癖でもあるのか。ロウェナが次の言葉を紡ぐのには少しばかり時間を要した。
「…………。貴方と、ネビルくん、ドラコくん、チョウさん。未来ある若者が自分の意見を持って反抗的な態度を取るのですよ?
これ以上ないくらい喜ばしい……生意気で、力のある若者は好きよ。その意見を尊重したまで」
「あんたは私達のこと嫌いだと思ってたけど」
「何言ってるの、私も教師よ。若い芽は大切だわ」
「──ハーマイオニーに頭脳労働を任せてるのも、それが理由?」
ルーナが指差した先では、ハーマイオニーがブツブツと呟きながら、暗黒魔城に刻まれた術式──つまりあのヴォルデモートが組んだ術式を解析していた。
ダンテの指示に従い、城の照明を操作することでモールス信号を送っているのだ。長文のモールスを、繰り返して何度でも。
「……ウル・オセル・ラーグ・ダエグ・マン・オセル・ラド・ティール。ここまでで一区切り……」
ハーマイオニーに不要な会話を持ち込む者はいない。
凄まじい集中力で、一つ一つ杖を振る。
彼女がやっているのは、かのヴォルデモート本人が自作した超高難度のパズルを解いているようなもので……要はとても難易度が高いことをやっている。
誰かがこのパズルを解かなければ、モールス信号を送ることはできないので、彼女にお鉢が回ってきたというわけだが……、おそらく人類最高峰の頭脳を持つロウェナであれば、このパズルももっと早く解けるのかもしれない。
「──でもその必要はない。この時代の人間が解決できることなら、この時代の人間が解決した方がいいのよ。幸い、優秀な魔女がいるようだしね」
ロウェナの分厚い鉄仮面の下に、ほんの僅かに慈愛が宿るのをルーナは見逃さなかった。
「僕達はハーマイオニーのサポートだ!」
「例のあの人を倒す役割はシェリーとベガがやってくれる筈だ! 僕達も僕達の仕事をするんだ!」
ロウェナと、ハーマイオニーを守るDA出身の魔法使い達は、ハーマイオニーが集中できる環境を作るための露払いに徹する。
ハーマイオニーの頭脳が、味方を奮い立たせる。
仲間達の援護が、ハーマイオニーを高めていく。
その意思が──イギリス全土へと伝播する。
ところで話は変わるが。
決戦のほんの二日前、ある一人の男がイギリスはロンドンに訪れていた。
男は来たる決戦に向けて様々な準備を行わなくてはならない忙しい立場にあったが、長年培ってきた勘が、自然とこの地へ足を運ばせたのだ。
さる高貴な御方とお会いするため、いつになく緊張した面持ちで進む彼の目付きは厳しい。
待ち合わせの場所がバッキンガム宮殿というのも理由の一つだ。世界でも極めて稀な、現役で執務が行われている歴史ある王宮の一つに相手はいた。
来たる客人の来訪を、彼女は指を組み折り待つ。
王室とは、国王やその家族、それに連なる一族の総称であり、国民の規範たる存在である。
17世紀の中頃、イギリス……というよりも当時の欧州各国全般に言えることであるが、国王は絶対的な独裁者として君臨していた。事あるごとに議会と対立し、国内の宗教の弾圧が引き鉄となって、イギリス革命が起きるに至ったのである。
『ピューリタン革命』『清教徒革命』などと呼ばれるこの革命の影響は計り知れないほど大きく、王政復古、つまり王室の権力が戻った後も、「国王は君臨すれども統治せず」という立憲君主制に移行したのである。
清濁様々な歴史が連綿と続くイギリス王室だが、最も長きに渡り在位なされた女王の存在は馴染み深い。破天荒なエピソードや、SNSが普及した時代にそれらを活用して開かれた王室を目指したことからも知名度は高いのではないだろうか。
彼女の名はエリザベス・アレクサンドラ・メアリー・オブ・ウィンザー女王……二五歳の若さで女王を戴冠した後、およそ七〇年に渡り君臨し続けた、現代のイギリス王室の象徴とも呼ぶべき人物である。
「陛下、お見えになられました」
「通しなさい」
「はっ!」
赤と黒の格式高い服装を纏う衛兵が退出して程無く、一人の老年の男が恭しく入室する。遜るような動きなどではなく、強い自尊を持ちながらも、女王陛下と直接話をすることへの誉れを全身で表すような動きだった。
「ご無沙汰しております陛下。本日は私の来訪をお許しいただき誠に光栄の至りです」
男は皺の伸ばされたスラックスの膝が汚れることを一切厭わずに膝をついて挨拶した。
「御大も健勝そうで何よりです。またこうしてお会いできる日が来るとは思っておりませんでした。貴方が死ぬ時はベッドの上ではなくて、戦場の真ん中だとばかり思っていたもの」
「私もです。しかし、魔法族を導く長として、まだやるべき仕事が残っておりますので」
「半世紀経って丸くなるかと思ったら。ますます頑固になったものね、ルーファス」
──男の名は、ルーファス・スクリムジョール。
現在、魔法省大臣として身を粉にしている人物だ。
服装に頓着せず、その仕事ぶりで権威を示し、草臥れた獅子のような風貌をしているスクリムジョールであっても、女王の前では襟を正しネクタイを締め、これ以上ないほど深々と首を下げる。
歩行杖に頼り、脚を引きずるように歩く彼だが、それでも決して不敬をしてはならないと、ぴんと背を伸ばしているのが特徴的だった。
「……こちらへいらっしゃい」
女王はこの時既に七十歳を越えるご高齢で、手には数多の皺が刻まれている。長い年月と経験を刻んだ手は男の傷だらけの顔を愛おしそうに撫でた。
「あの時のヤンチャ小僧が偉くなったものね。まさか貴方が大臣なんて肩書きを背負うことになるなんて、なんて質の悪いジョークかしらと思ったものよ。長生きはするものね」
「……お戯れを、陛下。傷の一つは貴方がつけたものではありませんか」
「そうだっかしら?随分とせせこましいことを覚えているものね。ああそれとも、名誉の勲章だからよく覚えているのかしら。貴方に傷をつけた者の中で、一番格が高いのは私でしょうし」
「…………」
「ふふ、冗談よ、冗談」
困ったような顔を浮かべるスクリムジョールに、くすくすと女王陛下は笑いを溢す。何年経っても、どれだけ魔法を極めたとしても、この婦人には何故だか勝てる気がしなかった。
「要件を聞きましょう、スクリムジョール大臣」
「──は。本日は陛下にお力添え頂きたく、罷り越しました。ロンドン市内の警視庁に働きかけて彼等を動かす許可をいただきたく存じます」
ぴり、と両者の間に緊張が走る。
「理由を述べなさい」
「闇の帝王を名乗る一派が現在イギリス沖にて浮遊する建造物で籠城しているのは報告の通りです。私は精鋭部隊に攻城を指示しましたが、それはこれから起こり得る万が一の事態を防ぐためのこと」
「万が一の事態?」
「連中がブリテン島に一方的な攻撃を仕掛け、その被害から一時身を守るために避難している──という事態であります」
スクリムジョールの、年老いて窪んだ瞼の下でめらめらと燃え盛る視線は、女王陛下の尊顔を真っ直ぐ見据えていた。女王陛下はしかし、鬼気迫る形相にも一切怯む素振りすら見せず、涼やかな顔で見つめ返す。
「ロンドン市内の警察組織を動かしてください。巡回の強化と、いざという時の体制を整えていただきたい」
「根拠は」
「勘です」
「この私に権力の濫用をしろと?警察は危険性があると判断しなければ動けない。何も起こっていない内から彼等を動かすことはできない」
「テロ組織が動いていると仰ってください。女王の勅命と国家の危機があれば、重い腰も上がるというもの」
「過激な慎重派の貴方がそんなことを……。そんなに闇の帝王は恐ろしい?」
「恐ろしいのはこれ以上の人命が失われることだ」
「自分の命も部下の命も、粉にして灰にして歩んできた貴方がそれを言うの?何日も不眠不休で馬車馬のように働かせて、言葉巧みに死地へと追いやった貴方が?」
スクリムジョールは己の心に棲まう激情を鎮め、しかしそれを隠そうともせず、呟くように言った。
「私は……私の責任の取り方は、もう戦場に立ち悪魔の言葉を吐くことではない! 私は既に戦う立場から守られる立場になってしまった。全ては遅すぎた。魔法界の象徴として君臨したアレンでさえ死んだ。魔法界の未来を作ったダンブルドアもいなくなった!
──私は悔しくてならん。先人達が積み上げてきた魔法界のすべてを、良いも悪いも全て壊されていく様が」
彼は激情家だった。
世に嘆き絶望するより先に、目に見える理不尽に憤らずにはいられなかった。そういうタチだった。
彼らに頼らざるを得なかった自分達が恥なのだ。
「これ以上魔法界の未来が奪われるのは、まったく我慢なりません。我々の誇りにかけて、必ず奴等の企ては阻止せねばならんのです」
「スクリムジョール、貴方という人はこれだから。貴族主義を嫌う叩き上げのくせに、権威にこだわって。貴方が一番貴族っぽいわよ。この見栄っ張り」
「構うものか。これが私のプライドだ」
「いいでしょう」と女王陛下は首を縦に振った。
皺くちゃの尊顔が不敵に釣り上がり、その奥で小さな瞳が強く燃え上がる。
知らず、ボディーガード達の間に心地の良い緊張が伝わり、彼等の覚悟は女王の意志で引き締められる。
「敵は正しい名前で呼称しなければなりません。エリザベス・アレクサンドラ・メアリー・オブ・ウィンザーの名において命じます。
──
そして現在。
ネロが受信した情報は、瞬く間に暗黒魔城の外で事の対処に当たっていた闇祓い達へと伝えられる。
モールスを発してから一分足らず、それは既にキングズリーの耳へと入っていた。
「ネロ・ダームストラングより報告。城内部より暗号でメッセージが送られてきたとのこと。内容は『二〇分以内にロンドン各地に設置された爆弾を解除せよ』とのことです」
「──!了解した。至急マグルの警視庁に連絡を。闇祓い局員は全員配置につけ」
「その……失礼ながら、キングズリー。あいつはあのダームストラングの息子です。この情報が虚偽である可能性も……」
「君は恋人が1%死ぬ病気に罹って果たして平気でいられるのかね?我々の恋人は魔法界だ。淑女をエスコートするように丁重に扱いたまえ。以上」
ぴしゃりと言い放つキングズリーは、それなりの根拠があってそう命令していた。職業柄、疑念と信頼の天秤を取るのが上手い彼は、とりわけ一つの可能性に着目していたのだ。
スラグホーンはかつてトム・リドルに分霊箱の詳細を語ってしまったことをとても後悔しており……自らが生涯抱える恥だとさえ思っていた。
無論、スラグホーンは分霊箱の情報を教えただけ。実行に移したのはリドルの方で、スラグホーンに非があるかと言われれば……少しはあるかもしれないが、罪に問われるようなことでもない。
だからこそ──その事実が彼を殊更に追い詰める。
まさかあんな恐ろしい闇の帝王の一端に、自分が関わってしまうなんて。そりゃあ教え子が道を踏み外したことは何度もあったが……アレは、異常だ。
「俺はあんたを許さねえからな」
ベガは、スラグホーンにそう言った。
優しい優しい瞳で、慈愛のナイフを突き刺した。
「あんたが余計なことしてくれたお陰で、俺の父親と母親は死んだ。真っ当に育ててくれた義父には感謝してるがそれとこれとは話が別だ。
法律があんたを許しても俺があんたを許さねえ。許さねえから、報い続けろ。心の中の罪悪感ってやつを晴らすためにも、生きて戦い続けろ。
俺達に協力してもらうぜ、スラグホーン先生?」
「……この私に取り入ろうとする生徒はいても。この私を脅す生徒は、君が初めてだよ、ベガ君」
いいだろう。やってやろうではないか。
自分は選民思想のスリザリン。せめて自分が目をつけていた生徒の情報くらいは把握しておかなければ。
もう二度と間違ったりしてやるものか。
──そしてホラス・スラグホーンは独自にレギュラス・ブラックの遺した手記を研究し、そこからヒントを得て一つの仮説を立てた。
ロンドンに何か仕掛けがある。
ヴォルデモートの遠大な計画の布石は、既に二十年も前から打たれていた。
『──警視庁より各局。ヴォルデモート卿を名乗る人物によるテロ工作が確認された。現場付近の警察官は速やかに対処に当たれ。繰り返す──…』
『了解、現場に向かいます──』
『爆弾の形状は──』
通信司令センターから、ロンドン全域の警察に向けて出動要請が出されていく。パトカーが出動し爆弾処理班が動き出していく。
蜘蛛の子を散らしたように、彼等は指示された場所へと急行する。その黒いピシッとした黒い制服の中に混じるようにして、ひらひらとはためくローブが混じっていたのだった。
「こっちだ、こっち!」
「専門家のアーサー・ウィーズリー氏が爆弾の注意点を指摘してくださるそうだ」
(く〜〜〜〜ったまんねぇ〜〜〜〜マグルの機器とか設備とかこんな時じゃなかったら見て回りたい〜〜〜〜)
「爆弾の形状は直径二十センチから三十センチ!色は黒でルーン文字が刻まれているとのこと!」
「総数は百個近いと思われる! 急げ!」
「そのステッキは何です?」
「えーっと、爆弾を探す特殊な感知器で……とにかく最新鋭の装備なんです!」
「後で見せてくださいね、その装備!」
(忘却術師を呼ばなくては)
「マクラーゲン!こっちだこっち!」
「おいおいザカリアス、逸るな! 焦らなくとも爆弾は逃げやしないぜ!」
「お前のその余裕っぷりはどこから来るんだ!」
「君こそ何を言っている? これまで何度も死にそうな目に遭ってきたんだぞ?」
「それは……そうだが!」
「例のあの人の失敗は僕達に経験を積ませた事だ! 隠された爆弾を見つけて解除することくらい──どうってことはないなあ!」
「クラゲ野郎め……ああクソ、やってやるよ!」
「あったぞ! 魔法の爆弾だ!」
「どきな!私がやる!」
「モリー、お前、体は……」
「は! 知ったことですか!
純血主義か何だか知らないけどね! 私だって元はプルウェットの由緒正しきお嬢様ってやつだ! 愛する子供達が命懸けで戦ってる──こっちだって母親の意地を見せてやらなきゃ気が済まないよ!」
「ホグワーツの優秀な先生がた、ならびに勇気ある生徒の皆さん。校長のマクゴナガルが命じます。事態は一刻を争います。至急、支持された場所に姿現しを行い、爆弾の処理を行いなさい。
幸いなことに、一つ一つはそう大した威力を持たないとのこと。あと十五分で解除できれば、の話ですが。さあ急いで! 取り返しのつかないことになる前に!」
「さあ、貴方達いらっしゃい! このスプラウトが手塩にかけて育てた魔法使いなら、この程度の危機なんてもうヘッチャラでしょう!」
「皆さん、さあ! 勇気の出しどころはここです! 決闘クラブで鍛え上げた力を使いなさい! 君達の後ろにはフリットウィックがついています、存分におやんなさい!」
「あら?ハグリッドはどこです!」
「ハグリッドならさっき──
『こうしちゃあおれん。俺は考えるより先に体が動いちまうタチなんだ。シリウスの空飛ぶバイクを使って先に向かうからよう、指示をしちょってくれ』
って言ってました!」
「ハッハッハーッ! ここで爆弾を多く解除した魔法使いが一番目立てるというわけですねェン! 最終決戦の地で見ていなさいシェリー、空の上から見守っていてくださいねクィレル、クラウチジュニア、ドビー! 志を同じくした我等が同胞よ!
このロックハートが──本物の英雄になる! 騙されたと思って信じてみなさい!」
ロンドンの総人口、当時のべ700万人。
この中に爆弾解除のために動いている人間など、全体のわずか一パーセントにも満たない数だ。
その中には英雄などいない。
アルバス・ダンブルドアも、
レックス・アレンも、
ベガ・レストレンジも、
そしてシェリー・ポッターも、いない。
彼等のほとんどは普通に生活して普通に飯を食べて普通に仕事をしているだけの、普通の人々だ。彼等が歴史に名を残すことはない。これから行われる未曾有のテロを阻止した功績も、讃えられることはない。
せいぜい代表者が賞状か何かを貰うだけ。
彼等はただの、普通の人々だ。
特別な魔法も、特別な体質も、特別な技術もない。
ただ──彼等は一人一人が、特別だ。
ある者は走った。
居ても立っても居られなくて。
ある者は唱えた。
魔法爆弾を解除するために。
ある者は指示をした。
祈るように縋るように、実行部隊に託した。
「ヴォルデモート一派が仕掛けた爆弾、発見!」
「これで四十個目です!」
「地下を塞げ! 絶対にテロに屈するな! ヴォルデモートの被害をゼロにするんだ!」
魔法界もマグル界もない。純血主義も何もない、ただの普通の一般人達が、身の丈にあった活躍をする。賞賛されることない戦いに身を投じていく。衝動が運命の坩堝に投げ込んでいく。
思いはそれぞれ──大切な人を守りたいだとか、己の中の正義感に従ってだとか、あるいはただ単に死にたくないからだとか。
それでいい。
生まれた時から人は特別で。
誰かにとって誰かは英雄だ。
──世界に英雄は、何人いたっていい。
──そして、舞台は暗黒魔城に戻る。
(何だ、何だ、何だ……!?
何故俺様の名前が、こんなにも呼ばれてる!?)
ヴォルデモートは自らの名前に呪いをかけ、恐れずにその名前を呼ぶ勇敢な人間の場所が分かるようにする、という恐ろしい術式を組んでいた。
だから第二次魔法大戦に入って以降、その名前を呼ぶ人間は激減していった。皆んな怖かったのだ。
(特別の筈の俺様の名前が……! 何故……!?)
だが、ヴォルデモートが最も唾棄するマグルが、無知ゆえにその名前を呼んでいた。その事実に気付かず、その特別が普遍へと貶められていく。
ヴォルデモートはもう、頭の中に浮かんだ嫌な想像が止まらなくなってしまっていた。あの苦し紛れのモールス信号が届いていて、爆弾の阻止に動きているのではないかという、最悪のシナリオ……!
「クソ……俺様自ら確認するしかない……!」
「! おい、逃げるんじゃねえ!」
「逃げてるんじゃない! 俺様はちょっと計画の様子を見に行こうとしているだけだ! 貴様だってチェスの最中にトイレに行ったりするだろ!?」
「そういうのはちゃんと休憩時間が設けられててその間に済ませておくものなんだよ!」
「モノの例えだ! これはチェスの試合じゃない! よって俺様が少し席を外そうが何の問題もない!」
破れかぶれになって、ヴォルデモートは管制塔の様子を見に行こうとする。この目障りなモールス信号を止めさせないことには、勝負もへったくれもない。
シェリーもベガもゴドリックも、もうこの際どうでもよかった。爆弾さえ起動してしまえば、大勢の人が死んでその数だけ魔力に還元されるのだから。
「……………!? 何だ貴様は!? どけ!」
「ひっ。ど、怒鳴らないでください。大きな声とか苦手なんですから」
ヴォルデモートの歩んだ先には、一人の背の高い女が立っていた。怯えたような様子の猫背の女で、闇の帝王の前に立ち塞がる。
怯えていると言っても、恐れるポイントがどこかズレていて……戦いという非日常ではなく、日常の延長線上にいるようなそのチグハグさに、どうにも調子が狂ってしまう。
「誰です!?」
「あいつはリラ! ダンテの娘だ!」
「彼女がダンテのお子さんですって? それは……」
リラ・ダームストラングという、思ってもみなかった役者の登場に困惑する一同。彼女は魔法使いとしての能力はあまり高くなく、いつだかの魔法学校対抗試合でもあまり活躍していなかった印象がある。
「リラ! 危ないからそこから早く──…」
「何だか知らんがくたばれ! 俺様は貴様程度の相手をしてやる余裕はないのだ!」
魔力を束ね、ヴォルデモートは幾多もの呪いをリラに向けて放つ。死の流星が、彼女の細い身体を貫いた。
ベガの不死鳥の炎による再生力で麻痺しがちだが、いくら低威力とはいえかのヴォルデモートが放つ魔弾はそこらの魔法使いにとっては致命の一撃となり得る。
当然、それを何発も喰らえば、常人であれば立ってはいられない重傷を負うことは必至。
──しかし。
かのホグワーツ創設者達がその才を認め、数多の軍勢がブリテン島の覇権を狙っていた戦乱の世において、まず間違いなく最上位層に位置していた強さを持つ男が愛した娘。
何重もの死なせないための魔法を施された肉体は、帝王の弾丸でさえも通しはしない。
「俺様の魔弾が……効いていないだと……!」
避けられたり、防御したり、相殺したり、回復したり。
そういう何らかの対処法を講じているのならば、ヴォルデモートも何も思わなかった。だがリラが、明らかに無防備に魔弾を喰らったというのに効いている素振りを見せないことに、愕然とせざるを得なくなる。
「けほっ。……父さんが、不死鳥の騎士団の皆さんが今なんかすごい作戦をやってるみたいなので……すみませんけどちょっと通せない、です。はい」
「このガキ……!」
「ああ、えっと、それと──…」
「まさか、あの闇の帝王ともあろう人が、『木端魔法使いの作戦を恐れるあまり、魔法使い同士の決闘を放棄して作戦を妨害しに行く』なんて……ない、ですよね?」
「────貴様!!!!!」
遅くなりましたー!
魔法界が寮の垣根を越えて一致団結するのをずっと書きたかったんですが、こういうシチュエーションが一番かなと思いました。皆死にたくないからね!