シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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38.ヴォルデモート Ⅱ

 

 ベガ・レストレンジは、かの希少な魔法生物である不死鳥の特性を完全に再現したことで、現代の魔法学者から一目置かれるようになった。

 不死鳥の持つ再生力・回復力。それらを他者にも付与することができるという、医療魔法の革命。無論、様々な制約こそあれど、彼が在学中に成し遂げた偉大な功績の一つと言えよう。

 

 この次代の最強がいなければ、もっと大勢の人の命が失われていたことは想像に容易い。

 

 

 

 

「痛ッ……ぐうっ……」

 

 そう、ベガがいなければ。

 軽く二、三回は死んでいた。そういう類の、極悪なまでの殺傷力を誇る魔弾──それをヴォルデモートは息をするように吐いている。

 

「はぁ……びっくりしたぁ」

 

 そしてリラがいなければ。

 再生の間もなく焼き尽くされて死んでいた、それほどの熱量を持った魔法の光線──その致命の攻撃がヴォルデモートの通常攻撃だ。

 

「ごほッ……何とか帝王の攻撃をいなすことには成功したようですが……」

「あれを何度も食らったら堪らないね……」

「ええ、凄まじい魔力です。しかし、まだ全てを諦めるには遅すぎる。あれを見てください。帝王が空を暴れ回っている様子を」

 

 ゴドリックが指差した先では、制御を失ったラジコンよりも大きな動きで、かつてヴォルデモートだった怪物が頭をぶつけたり、身体を捩ったりと、苦しみ悶える素振りを見せていた。

 

ぎゃああああ──ッ!」

 

「おそらく力の制御ができていないのでしょう。肉体に精神が追いついていない」

「成長期に急激に背が伸びて成長痛が苦しい、みたいなものですか?」

「例えが微笑ましいですがそのようなものです。それに姿が変わったというだけで、彼の身に降り掛かった災いが消えてなくなるわけでもない」

「ダンブルドアとアレンの呪いはまだ効いてるってことか……確かに、新たな力を得て覚醒してるって感じじゃねえ。苦しみから逃れようと必死って感じの動きだ」

「テッドもあんな動きだったな……」

 

はちじだよ ぜんいんしゅうごう!」

 

 ヴォルデモートが幾度目か分からない苦痛を孕んだ咆哮を上げると、彼を中心に、瓦礫がふわりと宙に浮いて足場となっていく。

 ベガ達がいる暗黒魔城の最上階──そこから更にもう一段上の、不安定な空のステージだ。

 

「あそこで戦えってことか……」

「魔法学校対抗試合の時みたいな感じですね」

「最終決戦の場所は、空の上か──!」

 

 

 

「──待って。シェリーはどこ?」

 

 

 

 え、とベガ達は顔を見合わせる。

 ベガ、ゴドリック、リラ、トンクス……シェリーだけがいない。どこに行った?

 

「あ、あそこ! さっきの衝撃で空の足場に吹き飛ばされたんだ!」

「全然気が付かなかった!」

「クソッ! トンクスが丁度シェリーっぽい喋り方をするせいで気が付かなかった!」

「えっ私のせい!? 嘘でしょ!?」

「シェリーッ! 聞こえるかァーッ!」

 

 

「聞こえるよー! こっちは無事ー!」

 

 

「うわっ滅茶苦茶声が遠い!」

「俺が守護悪霊で回収──…ぐっ……!?」

 

 ベガはがくりと膝をつき、咳き込む。

 

「ちょ、ちょっと! ベガ、不死鳥の炎で回復とかできないの!?」

「ただの傷ならともかく……ゴホ、今の俺は毒みてえなものを吸ってる状態のようだ……分解には時間がかかる……」

「そ、それに、なんだか天候もおかしくないです?今の今まであんなにお星様が綺麗だったのに、海の上で嵐に襲われたみたいに風が吹き荒れて……」

 

 言われてみれば……髪や衣服がバタバタと強風に煽られて、姿勢を保つのも厳しいくらいだ。

 まさかヴォルデモートを中心にして、天候が書き換えられている……?そうだとすれば、まさしく生きているだけで害を撒き散らす、世界の敵としか言いようのない存在だが……。

 

「……ひとまずこの場を離れましょう。帝王から離れればこの症状も収まるはず……ゴホッ!」

 

 哺乳類は一般に、呼吸をすると酸素を吸って二酸化炭素を吐くものだが、今のヴォルデモートの場合は魔力を吸って有毒なガスのようなものを吐いているのだろう。

 リラとトンクスは特殊体質なので何とかなっているが、ここに来たのが他の人間であれば、まず無事では済まなかったと思われる。

 

「私も体勢を立て直すことには賛成だけど、そう時間はかけられないよ。さっきの攻撃以降、どうも城の様子がおかしい。あちこちから異音が聞こえるし煙も噴いてる。

 もしかしたら例のあの人が破れかぶれになって、城ごと沈めようとしてるのかもしれない。向こうには翼が生えてるし……」

「空中戦になれば向こうが有利か……最悪なのは、あいつが岸に辿り着いて一般人を殺すことだな。性格上ないとは思うが」

「その上、城全体の魔力が少なくなっています。早く仲間の魔法使いに伝達しなければ、この城は海の底まで沈んでしまう……!」

 

 やることは多く、そのどれもが重要な事柄だ。

 だが……一つ、肝心要が抜けている。

 

「シェリーは、どうする」

「…………」

「ゴドリック、あんたは姿現しをメインに戦う魔法使いだ。あそこまで飛べねえのか」

「すみません、僕は今、肉体の構築に魔力のほとんどを当てがっている状態でして……あそこまで離れた距離となると……」

 

 元々ゴドリックは死人。その魂がナギニの肉体を媒介として受肉した存在であり……人間の肉体を魔力で生み出しているのだ。

 逆に言えば普通の人間よりも魔力の比率が高く、それ故にヴォルデモートの『魔力を吸う特性』に大きな影響を受けてしまったというわけだ。

 

「……そうか。いや、マジで十分すぎるほど協力してくれた訳だしな。あんたに文句があろう筈もねえ。ここで体勢を立て直すのも理に適ってる。

 ……だが、絶対にシェリーを死なせちゃ駄目だ」

 

 ベガは言外に告げていた。

 「シェリーを助けるから協力しろ」と。

 

「君は……それだけの戦術的価値を、彼女に感じているのですか?」

「それもある。俺が死なせねえために強くなったっていう信念も関係してる。

 だが……まあ、一番は、俺にとっての特別が、あいつだからだ」

「……成程。野暮なことを聞きました。

 では折衷案といきましょう。シェリーさんをここから援護します。全力で……いえ、死ぬ気で(・・・・)

 

 ゴドリックには既に何か考えがあるのか、杖先には何やら紅い魔力が渦巻いていた。彼が持つ、春風のような穏やかな雰囲気……それが虚勢ではなく、歴戦の戦いを越えてきた騎士のような貫禄から来ていることが、今、分かってきた。

 

「いいぜ、やってやる。……だがそれでも少し心配が残るな……シェリーは割と単純一途なとこがあるから変に突っ走ってなきゃいいが……」

「心配ありません。彼女には既に、帝王の持っているであろう能力の簡易的な説明と、その対策を伝達済みです」

「は? そんな暇が、いつ……」

「お忘れですか? たとえ何時間ものあいだ作戦会議を練ろうとも、外では一瞬しか過ぎていない。そんな空間に行ったことを──」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「──花畑の魔法、やっぱり便利だな……」

 

 先刻はベガとゴドリックとダンテで、あーでもないこーでもないと闇の帝王の弱点について話し合った花畑のような結界。

 傷や疲労が回復する訳ではないので、行えることといえば戦闘中にひと息つくくらいだが……衝撃で空の上に飛ばされる寸前、ゴドリックに結界に入れさせられたことで話し合うことができた。

 

 

 

『シェリーさん、距離と位置的に貴方が一人で帝王相手に粘らなければいけません。最大限の援護はさせてもらいますが、厳しい役目となります。決して無理はしないように』

『はい!』

『それと帝王ですが、彼の今の肉体であれば細かな飛行は苦手の筈です。あのような巨体の空を飛ぶ生物相手の対処法はですね……』

 

 

 

「……イメージトレーニングはできた。後はダンテさんの教え通りに身体を動かすだけ……」

 

 不安定な足場に慣れるために、軽く動いて大地の蹴り心地を試すシェリー。

 ヴォルデモートもまた、力を制御しようとしているのか、付かず離れずの距離で蠢いていた。

 

「……それにしてもおかしいな……ヴォルデモートがあんな恐ろしい存在になって、もっと危機感を覚えなきゃいけないっていうのに。

 何だか気分が落ち着いている……色んなことが起きすぎて心が麻痺してしまったのかな……。

 でもまだ、死にたくないや。もうちょっとだけ頑張ってみよう」

 

(だから保ってね、私の相棒()

 

 多分これが最後だから。

 正義とか悪とかではない。

 生きるか死ぬか、そういう原初の戦い。

 

(ヴォルデモートは高度な開心術の使い手。だからなのかな……戦いの最中は全然気が抜けなくて、気持ち悪いざわざわした感じだった。

 だけど攻撃に特化したいま、開心術や魔眼といった分析系の魔法は封じられてる……と思われる)

 

 変な言い方になってしまうが……、

 シェリーはそれがどうも、安心するのだ。

 

(人の心なんて分からないことのが普通だよ)

 

 人の心を覗き見て、恐怖と甘言で操ってきたヴォルデモートは、今初めて『未知と不知』という恐怖を味わっているのだ。

 恐怖とは目に見えないもの……、人間は手探りで暗闇の中を彷徨っていき、周囲に何があるのかを理解して、少しずつ恐怖を克服していく生き物だ。

 

 

 

(私は──ヴォルデモートを克服するために、ヴォルデモートを理解したい)

「トム・マールヴォロ・リドル」

 

 怪物と化したヴォルデモートはもう表情さえ分からなくなっていたが、ぴくりと、その単語には反応を見せた。

 

「貴方に一つ、聞いておきたいことがある。

 思えば私は貴方のことを何も知らない。知る気もあまりないけれど……貴方は、生まれつきそんな邪悪なの? それとも何か歪む切っ掛けがあってそうなったの?」

 

 シェリーは、知らない。

 ヴォルデモートのことを、なにも。何一つ。

 そんな暇はなかったし……知ろうとすら、思ったことはなかったから。

 

 

 

──そこは二人だけの世界。

 意味のない時間が流れるだけの、永遠と同義の刹那の中で、たった二人の黒い男と紅い女が、最後の会話を行なうのだ。

 

 

 

 ヴォルデモートは、もはやシェリーにしか理解できない言語で喋っていた。

 

「それを知って何になる。知れば何か変わるのか?貴様が大人しく死んでくれでもするのか?」

「……なんだ。手加減して欲しかったの?」

 

 皮肉げに笑うシェリー。ほざけ、とヴォルデモートが殺意を放射する。

 

「どのみち貴方がここで死ぬ未来は変わらない。貴方が死んだ後の話をしている。貴方を欠片でも理解することで変わるかもしれない何かの話を」

「これは俺様の物語だ。端役風情が」

 

 傲然たる態度とその口調は、人間のそれとは根幹から異なっていた。冷酷で無慈悲な声から生まれついての癪性を窺い知れるほどに、度し難い憎悪が滲み出ているのだ。

 

 

 

「朝起きて、歯を磨くより先に、言いようのない不安に襲われる。小鳥の囀りは金切り声に聞こえ、破裂せんばかりの心臓の音が恐怖を煽る」

 

「その現象の名前がヴォルデモートだ」

 

「勇気を振り絞った先には何もなく、理解さえ許されない恐怖そのもの。

 それが俺様だ。全ての人の人生の悪役。誰からも忘れられぬ存在であり、全ての人生の中心に立つ男。

 理解などされてやるか。消費など以ての外。

 お前は何も分からぬままに死ぬのだ」

 

 

 

 紅蓮に燃えるかの如き双眸をシェリーに向けながら呪詛を紡ぐヴォルデモート。怨嗟の声は地を這うようで、遥か高き空の上にありながら、ここが地獄と言わんばかりの唸りを上げる。

 

 ヴォルデモートがシェリーを求めているように、シェリーもヴォルデモートを求めている。

 

 一歩を踏み締めるごとに、昂揚が心臓を突く。

 呼吸が荒い。空気が薄い。踊り始める胸の音は気にならない。それより何より、滾って止まない血潮の熱さが遥かに痛い。

 

 殺意を両者が覚悟していた。

 そして一つの結論を了解する。

 

「──フリペンド!!」

 

 闇の中で炎が乱れ咲く。雨粒の飛沫を散らしたような弾丸の数々は、想像を絶する破壊力を伴って、空気に、瓦礫に、ぽっかり大穴を穿っていく。

 

「があああああッッッッ!!」

 

 ヴォルデモートは獣のように吠え猛る。

 夜よりも黒い影が、光を奪っていく。

 是非など二の次。掠れた喉から漏れる醜い執念の声も、満身創痍の身体もお互い様だ。

 

(こいつにだけは──)

 

 今まで湧き上がった感情を全て塗り潰せてしまえそうなくらい、胸の奥底からどす黒い感情が湧き上がってやまない。

 

(──負けられない!!!)

 

 血臭が溶けた闇の中、魂が躍動する。

 事ここに至って、相手の生き死には最早どうでも良くなってきている。重要なのは、相手の信念を折れるかどうかということだけ。

 

 

 

「教えてやるよ、シェリー・ポッター。俺様がハリーの方だけ引き取って、貴様を置いていった理由ってやつを!

 何てことはない、貴様を否定するためだ! 愛されて育った存在が無惨に死ねば、ダンブルドアの好きな愛とかいうやつは壊れ崩れるからだ!」

「なら貴方の目論見は今から外れることになる」

 

 魔力と殺意が交錯する。

 

 

 

 

 

「「──ぶち殺してやる!!!」」




今月中に完結しそうです。
ここまで来るのに七年かかりました。七年!?
あともう少しだけお付き合いください。
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