シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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この作品を書くにあたって一番手を焼かされたのはシェリーです。シェリーのお陰で当初決めていた予定からズレまくりました。良い所は50個言えますが悪い所を100個言えるキャラです。

それでもシェリーを主人公にして良かったです。物凄く感慨深いキャラになりました。うちのシェリーにもう少しだけお付き合いください。


41.ヴォルデモート Ⅴ

 

「弱い、愚かな、くだらぬ人形──愛とやらに拘泥せざるを得なかった存在──」

 

 身の毛のよだつような声色だった。

 ヴォルデモート卿の中にあるのは、怨嗟と悪意とこの世の不幸とを全てをない混ぜにした、ねめつく蛇を思わせる殺気だった。

 

「貴様が愛を賛美するのは、それしかすることがなかったからだろう? 両親から貰ったものを素晴らしいと思わなければ、やってられなかったのだ」

 

 紅い双眸がシェリーを睨みつける。

 シェリーの全てを、否定する目だった。

 

「だから愛に縋った。愚かなシェリー。その愛がお前を苦しめるとも知らずに。セドリックが死んだのは誰のせいだ? ローズとブルーは? シリウスはどんな気持ちだったろうな? 一体何人の人間が、お前のために死んだ? 生き残った女の子を守るために!」

 

 そして──その否定は正しかった。

 ヴォルデモートは愛を否定するために、シェリーという存在を作った。シェリーの苦しみがヴォルデモートの歓びだった。

 

「一方が生きるかぎり、他方は生きられぬ。それは俺様と貴様に限った話ではないぞ。人は皆、生きているかぎり誰かを犠牲にする。誰かの幸せは誰かの不幸なのだ。

 寮対抗の優勝杯を獲るために、他の三つが犠牲になるだろう? そういうものだ。そうやって勝者が生まれ、敗者が生まれる。貴様も同じだ。勝者でいるために何かを犠牲にした。生きるとはそういうことなのだ。否定できるか?」

 

 シェリーの幸せは、誰かの不幸。

 繋がりが、彼女を苦しめた。

 ……目の前で誰かが散っていくたび、自分を呪い殺したくなった。

 

「俺様は違う。奪うことに躊躇などせん。弱い貴様と違って、俺様は全てを──死をも喰らい、永遠の時を生きる者! 世界の全ては俺様に恐怖する。俺様は世界の特別になる!」

 

 

 

 

 

──だからこそ、言える。

 ヴォルデモートの言葉は間違ってない。

 だけど、正しくもない。

 

 

 

 

 

「私は未来が怖かった。今なら分かる。私は怖いものがないんじゃない。誰かを困らせてないか、傷つけていないかが怖かったんだ。自分のことが嫌いで嫌いで仕方なかった」

 

「いつも、何で生きてるんだろうって思ってた。私は生まれつき自分の中に宿る力に気付いてた。人とは違う何か特別な力があるって。……それは誰かを苦しめることのできる力だって」

 

「でも、ホグワーツに行って、知ったんだ。私は特別だけど、特別じゃなかった。色んな特別が集まって皆んななんだ」

 

「貴方も皆んなの輪の中にいる」

 

「貴方は孤独じゃない、トム・リドル。

 魔法界が、独りになんてならせやしない」

 

 

 

「貴方はただの、そこいらにいる普通の特別。

 愛を知らない──ただのトム・リドルだ!」

 

 

 

 ヴォルデモートは吼えた。

 全霊を込めた一撃を放とうとしているのが、すぐに分かった。シェリーは迎え打たんとして、杖にこれ以上ない力を入れた。

 杖を握る拳に、そっと手が添えられる。

 ジェームズの逞しく厚い左手。

 リリーの細く長い優しい右手。

 

 シェリーは二人分の力に後押しされて、持てる最大の魔力を放った。杖先から飛び出した赤い光が一直線にヴォルデモートに飛んでいく。

 後先など考えてはいなかった。

 

 

 

「俺様にも守るべきものはあったのだ──」

 

 同時に放たれた翠の閃光とぶつかり合い、全身の骨が砕けそうなくらいの痛みが襲った。それでも杖は離さない。離すことなどできない。

 

「──ヴォルデモートの名だ! それだけが俺様に残された唯一の誇りだ! 他の全てを捨ててでも守り抜いてみせる! 奪わせてなるものか!」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「不死鳥の騎士団の皆んなも、ええ、死喰い人も聞いて。皆んなに関係のあることを話すのよ。これから全員で──ある魔法を唱えます」

 

 ハーマイオニーの言葉に、全員が注目した。

 彼女は僅かに表情を強張らせていたけれども、表情は真剣そのものだった。誰もが固唾を呑んで次の言葉を待っていた。

 

「ある魔法とは──特別な儀式や道具を使う訳ではありません。私達の全員が知っている魔法を、ほんの少し調整して改造したんです」

「俺達の、全員……?」

「闇の帝王に、こうもり鼻くその呪いでもかけるのか? それともなめくじでも喰らわせるのか? 馬鹿馬鹿しい!」

 

 

 

「使うのは、例のあの人が作った魔法。

 『例のあの人の名前を呼ぶ者を探知して、場所を突き止める魔法』」

 

 

 

 ハーマイオニーに注がれている視線が、どれも困惑の色に変わった。逆転の一手になる魔法と聞いて多くは強力な呪いや未知の魔法を想像していたが、予想だにしていなかったチョイスに、目を丸くするしかなかったのだ。

 構わず、ハーマイオニーは続けた。

 

「名前を呼んだ人の位置を特定する……一見すると極めて難しい魔法のように思えるけれど、まったく理解の及ばぬことをしてる訳でもない」

 

「まず、例のあの人は近くの魔法使いの気配を探知する魔法を持っていると思われます。あくまで近くの気配だけで、イギリス全土の魔法使いを探知するのは彼でも難しい。

 だから彼の名前を言う際の発音を条件に、範囲を広げている、というわけです」

 

 マグルにも分かりやすく説明するなら、『絞り込み検索』をしているようなものだ。

 

 ヴォルデモートが『魔法使い』という条件で検索すれば膨大な数の情報がヒットしてしまう。

 検索結果に出てきた全てのリンクを一つ一つタップしてどこの誰かを調べるのは相当に骨が折れるし、自分が欲しい情報に辿り着くまでに時間と労力がかかってしまう。(シェリーだけは例外でバナー広告みたいに大体いつでも見れる)

 そこで『ヴォルデモートを知っている者』『ヴォルデモートと発音した者』と対象を絞り込むことでより正確な情報を得ている、というわけだ。

 

「勿論、実際にはもっと複雑な理論が使われているんでしょうけど、要はそういうこと。やっていることは探知魔法の延長線上に過ぎません。

 そしてこの探知魔法を逆に利用して、例のあの人に攻撃を与える手段を考えました」

「ぎゃ、逆に……利用?」

「どういうこと?」

 

 全ての人間が、ハーマイオニーの言うことに夢中だった。どんな馬鹿馬鹿しいことを話すのかと思いきや、存外に筋道を立てた説明に、押し黙るほかなかったのだ。

 

「もしも今、私がその名前を呼んでしまったら、位置という情報があの人に送られてしまう。でも、その送られてくる情報と一緒に、私達の魔力を乗せることができれば──完璧な形で不意打ちを食らわせることができる」

 

 怪しげなサイトやリンクを開いて、コンピュータウイルスに感染してしまうように。

 ヴォルデモートの探知魔法を使って、ダメージを与えようとしているわけだ。

 

「例のあの人もまさか自分の探知魔法を利用されるとは思っていない筈です。私達が例のあの人の名前を呼びさえしなければ、彼の探知魔法にも引っ掛からない。名前を呼ばないことが、私達の取る対策だと思っているんです。

──他に対策があるという発想さえない」

 

 名前を呼びさえしなければいい。

 誰しもがそこで思考が止まっていて、他に対策を考えていなかった。

 

「二年前からそのための術式を極秘に開発していたのだけれど、完成したのが一週間前。ぶっつけ本番で使うことになるけれど、彼に効く可能性は極めて高い筈です」

「なんでその魔法の開発を黙ってた? 言ってくれりゃ協力くらいしたのに」

「それは……」

「それについては僕から話します」

 

 エミル・ガードナーがゆるゆると手を上げた。

 いつもへらへらしている彼らしからぬ、どこか腹を括った真剣な表情だった。

 

「この魔法を知っているのは五人。僕と、開発者のハーマイオニー、指示を出すポジションのロナルド、キングズリー、ムーディー。

 ハーマイオニーがこの魔法を提案してきた時、有効な手段と思いましたが、同時に、一度しか使うことのできない諸刃の剣とも思いました」

「一度しか使えない……?」

「対策が簡単なんです。例のあの人側が探知魔法の使用をやめるだけで、この作戦は瓦解する。開心術で作戦がバレる危険性も高い。だから、ごく少数の人間にしか話していなかったんです」

 

 たった一回。

 しかし平凡な魔法使いであっても、ヴォルデモートに確実に攻撃を通すことができる唯一の手段。

 

「チャンスは一度きり……なるべく多くの人間の魔力を同じタイミングで送り、例のあの人にダメージを与えるという作戦です。

 だから作戦を言う機会は今しかなかった。闇の帝王に立ち向かう気概と勇気を持った魔法使いが大勢揃っている、今しか」

「それでも足りないかもしれない……だから死喰い人(あなたたち)にも協力を仰いでいるの」

 

 ハーマイオニーの尽力により、例のあの人に攻撃を当てる手段までは用意できた。あとはどれだけの人間が作戦に乗ってくれるか。

 

「チャンスは今、大勢の魔法使いが揃っているこのタイミングしかないの。特別な才能や技術はいらないわ。私が魔法陣を書くから、魔法陣の上で、こう唱えるだけでいい」

 

 

 

「ヴォ──ヴォ、ヴォルデモート、と」

 

 

 

 画面越しにも死喰い人達の顔が青褪めているのが分かった。パニックを抑えられない様子で、彼等は滅茶苦茶にわめいた。

 

「俺達にそれを言えってのか! そ、そんな、恐ろしいことを──自殺教唆だぞ!」

「ふざけるな! そんなくだらない作戦に協力するわけないだろう! 名前を呼びたければ、お前らが勝手にやってろよ!」

 

 死喰い人の一人が、杖を取り出してバチバチと魔力を溜めていた。不死鳥の騎士団の面々が憤って、場はますます混乱の一途を辿った。一触即発の雰囲気が誰の目にも明らかだった。

 

「お前ら、ハーマイオニーに何する気だ!」

「杖を抜いたからには覚悟しろよ!」

 

「──駄目だ、皆んな!」

 

 カッとなった騎士団のメンバーを抑えたのは、あろうことかロンだった。前に出ようとする騎士団員の前に立ち、感情を飲み込んだ様子で、絞り出すかのように声を上げた。

 

「まだ……まだ、ハーマイオニーが話の途中だ」

「ロン……!?」

 

 ロンの手は震えていた。

 きっと今すぐにでもハーマイオニーを守り、危険から遠ざけたいだろう。この中で彼女のことを一番に想っているのは彼なのだから。

 そのロンが「駄目だ」と言うのだから……もう、騎士団員は感情を抑え込むしかできなかった。

 

(ありがとう、ロン……)

「……気持ちは分かります。魔法界において、あの人の名前を呼ぶという行為が、いったいどれだけの意味を持つのか」

「だったら──!」

「わ……私の名前は、ハーマイオニー」

 

「私は、ハーマイオニー・グレンジャーです」

 

 真っ直ぐな瞳で、彼女は死喰い人達を見据えた。

 

「わた、私の両親は、非魔法族で、親戚の中で魔力を持って生まれたのは私だけでした」

「穢れた血だ! 薄汚いマグルの血だ」

「はい、悲しいことに、私は魔法界でそういう言われ方をされています。その言葉で罵られるたび、とても惨めな気持ちになりました」

 

「でも今は──違います。私はこの穢れを愛しています。大好きな両親がくれたこの血のことを。私は誇り高い穢れた血だって、今なら言える」

 

 ハーマイオニーは杖を構えていない。

 持ってすらいない。

 動かしているのは口だけ──しかしその迫力に死喰い人達は言葉を紡げないでいた。

 

「私の血は穢れているのかもしれません。魔法族に相応しくないのかもしれません。だけど、私はこの穢れを愛します。私は、私の両親から生まれてきたことを、とても誇りに思います」

 

「貴方達も、そうではないのですか。自分のお母さんとお父さんのことを、誇りに思っているのではないのですか」

 

「もう一度、考えてみてください。自分の行いが先祖に誇れるものなのかを。ほんとうに恐ろしいことはヴォルデモートではなく、これから生まれてくる子供達に、誇りある生き方を見せられないことではないですか」

 

 

 

 ドラコがわなないた。

 溢れ出る涙を噛み殺せないでいた。

 

(僕は馬鹿だ。穢れた血だって? そんな簡単な言葉で言い表していいものじゃない。彼女の勇気は本当に気高いものだ)

 

 妹が生まれ、その妹が人狼に噛まれ、多くの運命が変わった彼とて、差別の感情はあった。

 かつてマグル生まれを見下していた。

 彼等が劣っていると、本気で思っていた。

 穢れた血と、呼んでいた。

 

(許してくれ、ハーマイオニー。君は本当に勇敢で聡明な魔女だ。僕が保証する。鼻持ちならない馬鹿だったのは僕の方だ)

 

 

 

「ヴォルデモートは、息をしています。話もします。怒りもすれば笑いもする。私達は彼をまったく訳の分からないものとして扱っていました。だけどそれは違います。私達の方から目を逸らしていたのです。彼のことが恐ろしいから」

 

「でも誰にだって名前はある。ここにいる誰もが誰かから名前を貰っています」

 

「当たり前のように、それを呼ぶだけです」

 

「それは、私達にとって大いなる冒険で、ともすれば人生の中で一番勇気を使わなければいけないことかもしれない」

 

「だから、少しでいい。ほんの少し、勇気を出すだけでいいの。ほんの少しだけ、ヴォルデモートよりも自分を信じてみるだけでいいの。歴史上の偉大な魔法使いも、今の私達と何も変わらない。来るべき選択肢を間違えなかった、ただそれだけ」

 

「彼等にできたなら、私達にもできる。きっとね」

 

 

 

 その場は再び、しんと静まり返っていた。

 不死鳥の騎士団の中には、戦いの覚悟を決めてなおヴォルデモートと呼ぶことを拒む者もいた。彼等はハーマイオニーの言葉に勇気を貰っていた。

 

 

 

 リーマス・ルーピンは述懐していた。かつての親友に勇気を貰ったことを思い返していた。

 いつも満月が恐ろしかった。空に煌々と浮かぶそれを憎んでさえいた。しかし一緒に語らう友ができたことで、その恐怖は「ちょっとしたふわふわした悩み」に変わってしまった。

 「月の君(ムーニー)」というあだ名が大好きになった。

 今でもはもうそれに恐怖を感じない。

 きっとそういうことなのだ。

 

(ほんの少しだけ自分を信じることができれば、果てしなく恐ろしい懊悩も、何てことはないふわふわした悩み事へと変わる)

 

 

 

 ジキル・ブラックバーンは懐古していた。

 この姓のせいでどれだけの迫害を受けたろう。一時は女性を見るのさえ嫌になった。この世の全てを煩わしく思っていた。受け継がれる純血主義が気持ち悪くて仕方なかった。

 けれどめげずに生きてみたら、自分を見てくれる人達はいた。それが嬉しかった。

 

(前に進む、なんて大仰な話じゃない。ただ少し認識を変えるだけで、世界は一変する)

 

 

 

「あなたの、あなた達の、名前を教えて。

 死喰い人じゃない──あなた達の名前を。

 私達に、あなたのことを教えて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺の名前は、アラン」

「私は……スミス」

「マイケル……」

 

 誰かが仮面を外した。

 続くように、続々と仮面が外れていく。

 その身から闇を取り払っていく。

 

「お、俺、あの人に従ったら家族の命を助けてくれるって言われて──」

「家を守れるって言われて──私の家は影響力を失っていたから、それで──」

「彼は魅力的だった。私達のような者にとって、彼は救世主だった。この世の何より素晴らしいもののように思えた」

「……けど、そうじゃなかったんだよな……そのことにもう少し早く気付けていれば……」

 

「大丈夫」

 

 ハーマイオニーは目に涙を溜めて、言った。

 

「私の親友も、前に結構な馬鹿をやらかして、今、やり直そうとしているところだから」

 

 彼女の頭には、赤い髪の彼女が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 ハーマイオニーが大きな魔法陣を書くと、全員が指示に従って円になった。誰しもが緊張した面持ちで震えていた。

 

「よく言ったぜ、ハーマイオニー」

「ありがとうロナルド。感激だわ」

「本心なんだけどな。あー、それで、だ。……手を繋いでくれないか」

「呪文を唱える準備を──えっ?」

「もし、もしもだぜ? 例のあの人が僕達の企てに気付いて、シェリーやベガを置いてこっちに来たとしてさ、もしも殺されてしまったとしてさ、……目が覚めてすぐ隣に君がいたら、まあ、目覚めの良い気分になるかなって」

「…………」

「駄目かな」

「そんなことないわ」

 

 後戻りはできなかった。その名を唱えることはまさしく死へと飛び込むのと同義だった。死なない保証など誰にもできなかった。

 彼等には恐怖が共通していた。人種も性別も生まれた場所も、貴族であるかマグル生まれであるかでさえも、何もかもが違っていた。ただ、ヴォルデモートの恐怖だけが同じだった。

 

「さあ、皆んな──構えて」

 

 だがもう一つ、彼等にあって、ヴォルデモートにはないものがあった。

 守る価値のあるものだ(・・・・・・・・・・)

 

 

 

「「「「 ヴォルデモート(死の飛翔)!!!」」」」

 

 ささやかな勇気で、未知の恐怖が、既知への恐怖へと変わる。白い光が、空に飛んでいった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「ぐッ──!?」

 

 シェリーとヴォルデモートの、持てる魔力を全て使った全力のぶつけ合い。永遠に続くかと思われた時間は、不意に変化を迎えていた。

 

「な──何だ──何が起こった!?」

 

 ヴォルデモートの肉体の内側から、白い光がが溢れ出したのだ。

 その光はヴォルデモートの皮膚を裂き、肉を断ち、骨を削る。激痛に悶えながら、彼は自分の体に起きた異変の正体に気が付いたようだった。

 

「この魔力……!? おッ、俺様のッ、俺様の魔法を利用して──許さぬ──俺様の名を──このような形で利用するなど……!!」

「──皆んな? 皆んなが、力を……!」

 

 長さも、形も、芯材も、木材も、全てが違うバラバラの杖から放たれた異なる魔力。

 違う魔力同士が混じり合い、一つになる。

 それはこの世で最も美しい色彩(いろ)を描いた。

 

「小癪な! 俺様が、こんなッ、脆弱な、弱くて愚かしい馬鹿どもが集まっただけの、魔力に!」

『──へえ、そうかい? なら僕の──紅い力も食らってくれよ!』

 

 ヴォルデモートの身体がひび割れた。

 血管という血管に毒が周り、紫色の毒々しい魔力が帝王の全身を我が物顔で駆け巡った。

 

「こっ……この毒──ハリー、貴様……!?」

「は、ハリー……? ハリーなの!?」

 

 ヴォルデモートは瞠目し、まったく訳が分からないといった様子で苦悶の声を上げた。シェリーの杖にかかる力が、僅かに緩まった。

 

『シェリー、君ってやつは本当に愚図だな。君はこの僕に勝ったんだぜ? ならもう負けるなよ』

 

 額に刻まれた稲妻の傷が痛む。

 いつも煩わしいとさえ感じていた痛みを、この時ばかりは嬉しく思った。

 ハリーの姿は見えない。だけど、ハリーが力を貸してくれたことは明らかだった。

 

「ハリー……ハリー、ありがとう。

──私を見ていて」

 

 死者が何らかの制限付きで蘇ることは、まだ説明がつくかもしれないが、死者が死後の世界から魔法を使うなど有り得る筈がない。

 有り得ない、有り得ないことだが──もしこの現象に敢えて説明をつけるなら、戦いの最中、シェリーがどこかのタイミングで毒魔法を使い、この瞬間に毒が効いたとしか考えられなかった。

 

 元より魔法など、詠唱が異なるだけで杖に魔力を込めるという点で言えばどれも同じだ。

 ならば、無意識のうちに、いわゆる天才的な閃きが働いて自分の知らない現象を引き起こしてしまったとしても、可能性としては有り得ることだ。

 

 もっともシェリーは、そんな小難しい理屈よりも、あの生意気な弟がヴォルデモートにちょっかいをかけない筈がないという直感の方を信じたが。

 

「力、力が、俺様の力が、抜けていく──」

 

 体の機能が崩壊し、目が霞み、間違いようもなく苦痛を感じていたヴォルデモートが、それでも魔力を放出できていたのは、ひとえに彼の持つ帝王としてのプライドゆえか。

 

「だが──負けんぞ、俺様は──」

 

 致命傷を負ってなお放たれる死の光線の、なんと凄まじいことか。この段になって、間違いなく歴史に刻まれるだけの力を持つ魔法使いなのだと、想像を絶する魔力を見て認識する。

 シェリーの腕が悲鳴を上げた。筋肉の筋一つ一つに激痛が走った。

 

 

 

『──まだ火種はあるぞ!』

 

 どこまでも蒼く燃える焔が湧き上がり、いつ何時もシェリーのことを助けてくれた守護悪霊が、また彼女を守らんとして翔び上がったのだ。

 

『引き摺り下ろしてやるぜ、ヴォルデモート! 俺がお前の死神になってやる!

──俺達にできねえことはねえんだよ!』

「ベガ……!」

「べ、ベガ……レストレンジ……!」

 

 守護悪霊が、シェリーの背中を優しく押した。

 瞬間、彼女の杖先から放たれる魔力の勢いが目に見えて増し、ヴォルデモートの翡翠の閃光を押し返すほどにまで膨れ上がる。

 

「いや……ベガだけではない! 他の者達の魔力も混ざって……何だ? どうやって……これ程までの魔力を込めた──!?」

 

 答えは簡単。

 ゴドリック・グリフィンドールの剣には自らより強いものを吸収する力があった。

 吸収する力があるのなら、それを放出する機能も備わっているということだ。

 

 束ねられた魔力が一点に集中する。

 ヴォルデモートをも凌駕するほどの、果てしない魔力の奔流を、杖先に感じた。

 

「理屈なんて知ったことじゃないさ──僕達の娘は友人に恵まれた──それだけのことさ」

「そうね、ジェームズ。それさえ分かっていれば、後はもうどうでもいい」

「何だ──何をした? 穢らわしいゴミが!」

「こんなドンチャン騒ぎに僕達が乗り遅れるなんて有り得ない。なあ、そうだろ──お前ら!」

 

 ヴォルデモートの影から、魔力で構築された三匹の動物が飛び出した。大きな犬と、狼と、鼠が、それぞれヴォルデモートの身体を抑えるようにして噛みついた。

 闇の帝王に逃げ場はなかった。殺すか、さもなくば死ぬか。残された選択肢はそれだけだった。

 

 戦っているのはシェリーだけではない。

 ここにいる魔法使い達も、暗黒魔城に来れなかったメンバーも、死人でさえ、力を貸した。

 

(──誰かが私に語りかけている──)

 

 シェリーの腕は感覚を失いかけていた。

 それでも意識を保っていられたのは、頭に響く応援の声が、確かに聞こえていたから。

 

『頑張れ、シェリー。頑張れ』

『もう少しだよ、シェリー』

『絶対に杖を離しては駄目よ』

 

──誰かって?

 そんなの決まってる。

 

 シェリーの殺してきた人達が、シェリーの応援をしてくれていた。セドリックが、マリィが、名もなき村の人々が、ハリーが、シェリーが……。

 彼等は絶対に協力を惜しまない──!

 

 

 

 

 

「──いけえええええええっ!!!」

 

 

 

 誰しもが、(呪い)を受けて生まれてくる。

 シェリー・ポッターもトム・リドルも、生まれた環境の悲惨さに変わりはなかったし、似た空虚さを感じていた。

 ホグワーツに行ったことで、愛情を貰えるチャンスを得たが……両者ともその機会をフイにした。

 全てを捨てて、力だけを求めた。

 自分の貰ったものの尊さに、気付ける機会はいくらでもあったのに。

 

 愛を持たぬことの、なんと空虚なことか。

 伽藍堂の二人は憎しみあって──また多くのものを犠牲にして──生きて。

 

 擬似的な死を体験した後に出した結論は奇しくも同じだった。死にたくない。こんなところで死んでたまるか。死ぬのは嫌だ。生きてやる。

 

(ヴォルデモートが間違ってるって、私にはどうしても言い切れない)

 

 きちんと心が整理された者にとって、死は次の大いなる冒険のようなもの。

 ならシェリーは、今ようやく、心の整理をつけ始めたようなものだ。英雄なんかじゃない。たった一人の、普通の魔女だ。

 

(たまにどうしようもないくらいお調子者で、ちょっと頑固すぎるほど頑固なガリ勉で、チャラチャラした格好つけたがりで……だけど、一生懸命に正しいことをしようとしてる友達が待ってる……)

 

(この人生の席は、譲れない)

 

 

 

 

 

「が──あ──」

 

 ヴォルデモートの胸を、一筋の閃光が貫く。

 今までで一番美しい軌道を描いたそれは、闇を切り裂いて空の彼方まで飛んでいく。

 

「馬鹿な──うそだ──」

 

 全てを焼き尽くす殲滅の光。この世の何より美しくきらめく紅い魔力は、ヴォルデモートの力をほんの一瞬ではあるが上回っていた。

 

「俺様が……こんな……こんな……」

 

 夜はもう明けていた。

 永い永い夜が、終わりを迎えたのだ。

 忌々しいほどに眩い朝焼け。視界の端に、自らを打ち倒した魔女の姿が映る。

 

「……シェリィ…………ポッタァァアア!」

 

 もしもヴォルデモートが選んだ相手が、シェリーではなくハリーであったならば。

 もしもヴォルデモートがあの時、ホムンクルスを創ろうとしなければ。

 いや──ヴォルデモートが、愛についてきちんと学んでいたならば。

 

 シェリーはどこにもいなくて、ヴォルデモートもきっとここにはいなかった。

 これがこの世界の運命なのだ。

 

 

 

 

 

 ヴォルデモートを、敗北()が出迎える。

 シェリーに勝利()が与えられる。

 

 全ては終わった。終わったのだ──。

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