シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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42.帰ろう、ホグワーツへ

 

 堕ちていく。

 ヴォルデモートは空に堕ちていく。

 より大いなる力を求めて、禁じられた闇の魔術にまで手を出した男は──皮肉なことに、全ての力を失いながら、魔力に焼き尽くされて散っていく。

 

 死の飛翔と自らを名乗った男は──最後には飛ぶ力を失って、空に消えるのだ。

 

「が──は、ァァ──」

 

 彼の肉体を死が抱擁する。

 過ぎ去った筈の、死。

 追い越した筈の、死!

 死、死、死──やめろ、触れるな。他の全ての命の前に現れても、俺様の前にだけは現れるな。俺様を愛さないでくれ、死。やめろ──

 

 

 

「トム!!!」

 

 

 

 ヴォルデモートは信じられないものを見るようにして瞼を見開いた。

 シェリーが手を伸ばしていた。

 そのまま宙に浮かぶ足場にしがみついていれば安全なものを、シェリーは足場を蹴り、ヴォルデモートを助けるためだけに飛んだのだ。

 紅い少女と闇の帝王。勝者と敗者に分かたれた筈の二人が、同じく落下の運命を辿る。

 

 「──つかまって!」

 

 本気で助けようとしている慈悲の顔だった。

──何故、シェリーが手を伸ばすのか。

 

「ハッ──貴様は、そういう奴だったな──」

 

 理由なんて特にはないのだろう。

 目の前に困っている人がいたら、手を差し伸べるのは当然だと、本気で思っている。

 だから、手を伸ばした。ただそれだけ。

 

「──そうだった、そうだった──」

 

 闇の帝王の手によって何人殺されたのかとか、結局この後死罪だろうとか、そういう考えが頭の中からすっ飛んでいるのだ。

 シェリー自身、きっと自分の行動を意味不明だと思っていることだろう。後になって、何であんなことをしたのだろう?と思う筈だ。

 

 でも、そういう奴なのだから、仕方ない。

 

 二人の手と手が触れる。

 指先が交わる距離になる。

 

 そして──

 

 

 

 

 

「舐めるなよ、シェリー・ポッター!」

 

──バチン、とシェリーの手を強く叩いた。

 

 

 

 

 

 最後の力を振り絞ったのか、それともそれが限界だったのか、シェリーの手に伝わるあまりに弱々しい衝撃。

 ようやく我に帰った様子のシェリーに、これ以上ない殺意の瞳を向ける。

 

「俺様に慈悲をかけたつもりか! 俺様はヴォルデモート卿だぞ! 貴様如きに見下されて、手を差し伸べられてたまるか!」

 

「認めてやる、愛とやらが貴様に慮外の力を与えたことを! だが次はないぞ、次こそは、愛を全て否定し尽くした上で殺してやる!」

 

「この闇の帝王が──何度でも貴様を殺す! 今度こそ必ず貴様を絶望させてやる!」

 

 

 

「覚えてろォオオオオオオオ!!!!!」

 

 

 

 そうして、魔法界史上最恐とさえ言われたヴォルデモート卿は、全身を灰に変えながら、空気中に霧散する形で消滅していった。

 最後まで悪党らしい台詞を吐いて、一切の成長も見せないまま、トム・マールヴォロ・リドルはヴォルデモートらしく死んだのだ。

 

 彼は呆れるくらい、悪だった。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「──いでっ!」

 

 ヴォルデモートを助けるために飛び出したシェリーは、運良く浮かんでいた岩盤に勢いよく叩きつけられる程度で済んだ。

 

「あいたた……」

「ははは、我が娘ながら無茶するぜまったく!」

「こういう目の離せない危なっかしい子だから皆んなついて来たんでしょうね。そう考えると怒る気にもなれないわ」

「あ、お母さん、お父さん」

 

 やれやれといった様子で溜息を吐く二人に、シェリーは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「──あ。ねえ、そういえば。二人は結局、どうやって私のところまでやって来れたの? 生き返った訳じゃないよね……?」

「その辺の理屈は僕達にもよーわからん。たぶん近くに死の秘宝の一つ、蘇りの石があって、それがなんかいい感じに力を貸してくれたとか、かな?」

「……そういえば死の秘宝ってなに……???」

「はははっ、奇跡が起こったってことさ!」

 

 けらけらと笑うジェームズ。ひとしきり笑った後に彼は、眼鏡を直して、真剣みを帯びた顔をした。

 

「ごめんな。ピーターが迷惑をかけた。僕が親友としてもっとあいつを見ておくべきだった」

「セブルスも、貴方に色々なちょっかいをかけたらしいわね? 元友人として情けないわ」

「……! それは……」

 

 シェリーはひとしきり考えて、言った。

 

「……確かに迷惑は沢山かけられたけど」

「うぐっ」

「でも、それは私も同じ。大切なのは、失敗した後にそれを省みることができるかどうか……そうだよね、二人とも」

「……そうだな。本当に、その通りだ」

「ふふっ。貴方が言うと説得力が違うわね?

 お父さんったらね、若い頃は本当に正義ぶったどうしようもない馬鹿のロクデナシだったのよ」

「ちょっ、母さん! 娘の前で僕の恥ずかしい過去を暴露するのはやめてもらえるかな!?」

「あ、スネイプ先生を宙吊りにしたやつ?」

「なっ、ちょっ、誰が言ってたんだシェリー!」

「あっ……えーと、スネイプ先生の部屋の憂いの篩をたまたま見たことがあって……」

「どういうシチュエーションだよ!?」

 

 ジェームズのキレの良いツッコミ。普段は周りの手を焼かせてばかりの男も、妻と娘には弱いのか、あたふたとしていた。

 

「まあ、そうだな、うん。事実だよ。相手に非があるからって、相手のことを全否定しちゃあ何も始まらない。僕は馬鹿だったよ、マジで」

「貴方も大概だったけれど、あの時のセブルスは私の妹や友達に相当酷いことを言ったし、差別発言をしてばかりのクズで……私も彼を見限った。

 ……でも、今の彼なら、私達の結婚式にも参列して欲しいって思えるわ。彼の分の引き出物のバウムクーヘンを用意しなくっちゃね!」

「うん!」

「……は、ははは」

 

 ジェームズがうわー、流石にスニベリーの奴が可哀想かもなー、と苦笑いを浮かべていることに、彼の妻と娘は気付かなかった。

 

「さ、シェリー。貴方は、貴方のいるべきところに行きなさい。振り返っては駄目よ」

「……う、ん。……でも、最後に、いい? 一つだけでいいから……き、聞いて欲しいんだ。私の、二人への、最初で最後の我儘……」

 

 

 

「……ハグしても、いい?」

 

 返事はなかった。代わりに、二人分の暖かな腕を近くに感じた。霊魂のような存在だから、シェリーに触れているわけではなかったけれど、彼等の魂を確かにこの身で感じた。

 

「ああ、もっともっと、沢山、君に言いたいことがあったんだ」

「ええ……貴方には、呪いなんかよりも沢山、私達の愛情が入ってるんだから」

 

 二人は、にこりと微笑んだ。

 

 

 

「貴方、行かなくていいの?せっかく家族水入らずで話せるチャンスなのに」

「君の方こそ、さっき格好良く別れた手前気恥ずかしいんじゃないのか」

「可愛くない弟」

「うるさい姉め」

 

 

 

魔法界(ウィザーディング・ワールド)はきっと貴方を楽しませてくれる」

 

「大丈夫、恐れないで。勇気を出せば、きっと世界は広がっている」

 

「きみは──」

 

「僕達五人家族が誇る最高の魔女、シェリー・ポッターなんだから!」

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「例のあの人……いや、ヴォ、ヴォルデモートの魔力が消えるのを確認! 勝ったんだ! あいつらヴォルデモートに勝ったんだあああ──ッ!」

 

 太陽が昇り、海が光を反射した。そして暗黒魔城の上は生命と光で輝き、誰しもが泣き、そして笑って握手をしていた。

 

「それじゃあ、ここいらでオジサンはそろそろお暇しようかねえ。大団円の空気に水を差すほど野暮じゃねえ。だが、また必ず戦りに来るさ」

 

 一仕事終えたアントニン・ドロホフの声が、喧騒の中に消えていく。ロンは人知れず去っていく彼のことを、心の中で見送った。

 それも束の間のこと、赤く燃える髪の兄弟達の手によって、ロンはハーマイオニーと一緒に揉みくちゃになった。どこもかしこも騒いでいたが、ウィーズリー達の集団が一番騒いでいた。

 

「ハーマイオニー、君ってやつはまったく最高だ! 僕らの自慢の魔女だ! バンザーイ!」

「い、いいのかしら、私、ウィーズリーじゃ、」

「今更何言ってんだよ!」

「私さっき手を繋いでるのを見たわ!」

「ウチの弟をよろしくな!」

「困ったやつだが、根は良いやつなんだ」

「あー、気を悪くしないでくれよ。ウチは良くも悪くもこういう家系なんだ」

「パースが言うと説得力が違うなぁ」

 

「な、何よ!!!!! 皆んなして!!!!!」

「マーリンの髭だぜまったく!」

「貴方の語彙はそれしかないの!?」

 

 

 

「父さん! また会えるとは思いませんでした」

「ああ、俺もだ。……済まないことをした」

 

 ダンテとリラが抱き合った。

 本来であればダンテは今すぐにでも捕えるべき存在なのだが、もう誰も気にしていなかった。

 

「悪かったな、リラ。ネロにも伝えておいてくれ。本当なら直接謝るのが筋ってもんだが、俺も魔力が尽きかけだ、じき消える。もう二度とお前達の前に現れることもねえだろう……」

「はい、父さん。……あの」

「ん?」

「私、父さんに拾われて、幸せでした」

「……っ、そうか。そうか……」

 

 娘の肩を叩くダンテ。そんなダームストラング親子の様子を見守るように、三人の魔法使いが瓦礫に腰掛けて、優しげに笑っていた。

 ……いや、正確には一人、相も変わらず仏頂面を浮かべているのだが。

 

「ダンテのやつ、この時代でもまた馬鹿をやらかしてると聞いて頭が痛くなったパフが、……娘とあんな風に笑うとは、驚きパフ」

「人は変わるものですね……感慨深いものです。貴方もそうは思いませんか、レイ?」

「何をニヤニヤした目でこっちを見るの、ゴド」

 

 ヘルガ・ハッフルパフ、ゴドリック・グリフィンドール、ロウェナ・レイブンクロー。伝説級の魔法使い達は、穏やかな様子で語らった。

 

「この時代の僕達の戦いもここまで。最後にシェリーさんの後押しをするために魔力を殆ど使ってしまいました。後は消えるだけですね」

「レイ、闇に染まったシェリーとダンテを殺すって言ってたパフが、それはもういいパフか?」

「……。殺すもなにも、シェリーさんとは結局会えずじまいで、今も別の場所にいるようですから、対象外でしょう。……ダンテに関しては……」

 

 ロウェナは少し考えてから、

 

「子供との語らいを邪魔するほど無粋じゃない」

 

 とだけ言った。

 ふと、三人に近付く影があった。ネビル、チョウ、ルーナ、ドラコの四人である。彼等は創設者達の魂を正しく継いだ真の継承者だ。

 

「ええっと、何というか。お世話になりました」

「ゴドリックさんはシェリー達と一緒に戦ってくれたし、ヘルガさんは傷を負った人達を大勢癒してくれた。怪我人が多ければベガがもっと不死鳥の炎を使わなければならなかったし、最後の魔法も人数が足りなくなっていたと思います」

「ロウェナは、私達がモールス信号を送るために城の制御権を奪うのを協力してくれたよね?」

「サラザールさんも、何か尽力してくれてたみたいだし……その、ありがとうございました。悔しいけど僕達だけじゃこの勝利は得られませんでした」

 

 四人はぺこりと頭を下げた。

 ゴドリックは慌てて頭を上げさせた。生徒達にこんな風に扱われるのは苦手らしい。

 

「……僕達は使い切りの道具のようなものです。大切なのは君達の持つ心のほう。君達が正しい道を歩んでくれたから、僕達もやって来れた」

 

 ふと柔らかい風が吹いて、薄っすらとした光がゴドリック達を包む。別れの時が来たのだ。

 

「どうか自信を持って。生まれた場所や育った環境はさして関係ありません。必要なのは、自分がどういう選択をするか、それだけです。その選択に自信を持てば、どうとでもなります。頑張って。

 

──貴方達が未来を築いていくんですから」

 

 死者は春風のように消えていった。

 

 

 

「は〜い、正規の闇祓い組と、あとまだ理性の働いてる連中は集合〜」

 

 やる気のないエミルが手を叩くと、素早い動きで闇祓いやルーピン達が集まった。アレンの死後、彼が闇祓い実働部隊の隊長を務めているのだ。

 

「わぁ〜…減ったなぁ…んん、取り敢えず連続殺人犯の一味、ヴォルデモート達の討伐ご苦労様。でも家に帰るまでが仕事です、気を抜かないように」

「あんたが一番気を抜いてるだろ」

「そこ黙れ〜。あー、それとさっき外部と連絡を取ることができましたが、例の爆弾騒ぎはキングズリーと現地のマグルの警察が対処にあたり、被害は最小限に抑えられたとのこと」

 

 闇祓い達がワッと沸いて拍手した。

 少し間を置いて、エミルは続けた。

 

「それじゃあ死傷者の確認と、一番大事な、僕達がどうやって帰るかですが……」

 

「オーイ! お前らァ〜!」

 

「……色々考えてたけど必要なかったみたいだね」

「スタン!? 生きてたのか!」

 

 海の向こうからゆっくりと、夜の騎士バスが彼等を出迎えた。先程ヴォルデモートの爆弾で吹き飛ばされたかと思いきや、悪運は人一倍のようで、愉快な曲と共にやってきた。

 

「おっ? 何か死喰い人の連中がいっぱい野放しだけど大丈夫なのかよ?」

「あ〜これは……」

「一応、事件の功労者だよ。一応ね」

 

 死喰い人達の処遇や事後処理、死喰い人達と関連組織の洗い出し……まだまだやることが山積みだ。

 これまで子供達からも戦力を募ってきた。せめて戦いの後くらいは、大人達の力でケリをつけるのが義務というものだ。

 

「戦争が終わったら政権も交代か」

「スクリムジョールの後釜って誰になるんだ?」

「不謹慎〜。魔法省転覆の容疑がかけられるぞ」

「俺はキングズリーを推すね」

「そうなったら闇祓いの局長は……エミル?」

「……勘弁してよ〜〜……」

 

 

 

「ベガ、ベガ」

「んだよどうしたトンクス。早く旦那のとこ行かなくていいの?」

「ちょっ、うるせ〜〜し〜〜〜。黙れし〜〜〜。そうじゃなくてほらアレ、シェリーじゃない?」

「あ? ……あ゛!?」

「助けに行かなくていいの……って早っ!」

 

 ベガは物凄い勢いで走り出すと、不死鳥の炎を自らの羽根のようにはためかせて、大空を舞う。

 風を切り、羽ばたいた先に──彼女がいた。

 

「この役目だけは、譲れねえ──」

 

 空気を蹴って、赤い髪の彼女を抱き抱える。

 空の上でお姫様抱っこ、という、ある種夢のようなシチュエーションだが──シェリーは恥じらうこともなく、ニカっといつもの笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、ベガ! 受け止めてくれて!」

「お前なぁ〜…俺がいなかったら着地どうするつもりだったんだよ」

「海だし死にはしないかなって!」

「馬鹿〜〜! かなりの馬鹿! お前はよぉ! いつもいつもよぉ!」

 

 ベガは器用に左手でシェリーの全体重を受け止めながら杖を持って不死鳥の炎を操りつつ、右手でシェリーの頬をつねった。本当に器用だ。普段から杖を二本使っているだけのことはある。

 

「いふぁいいふぁい!」

「ドラコの真似しても駄目なもんは駄目だぞ」

「してないけど!?」

「フォイフォイ言ってただろ……まあ、いいや」

 

 

 

「帰ろう、シェリー。俺達のホグワーツへ!」




トム・リドル 死亡
死因:愛の力を軽視したため。
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