シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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Ragnarok

 

「ふざけないで!」

 

 バチン、シェリーの頬に新しい傷が増える。

 彼女はその痛みを甘んじて受け入れた。本来ならもっと早くこうなるべきだったのだと、ダーズリー家の一室で、シェリーはそんなことを思った。

 

「ホムンクルス? 常々頭のいかれた連中とは思っていたけれど、ここまでとはね! 私をコケにするのもいい加減にして頂戴!」

「……ペチュニアおばさん……」

 

 ヒステリーを起こしてビンタを喰らわせたのは、シェリーの叔母にあたるペチュニアだ。

 ……いや、この認識も間違っているか。

 シェリーとペチュニアは本来、何の関係もない赤の他人同士だったのだ。

 ホムンクルスであることを告げたことで、いつも追い詰められていた様子の彼女が、より一層慌てふためいているようだった。

 

「さぞ楽しかったでしょうね? あの子の娘のフリをしてご飯を食べるのは! 不愉快だわ……」

「……その、」

「黙らっしゃい! 私が、何のためにあなたの面倒を見たと思って……!」

「…………?」

 

 シェリーはその様子を少し疑問に思った。

 魔法界を牛耳ろうとした恐るべき極悪非道のテロリストの手によって作られた、ジェームズとリリーの細胞を持つホムンクルス。

 という風にシェリーは説明した筈だ。

 ……だが……。

 

(それだけじゃない……?)

 

 ペチュニアの嫌悪には、他にも理由がある……気がするのだが、気のせいだろうか?

 

「ハッ。リリーも可哀想な子だこと。あの子は娘のために命をかけたとか何とか聞いていたけれど、結局は守れていないじゃない。無駄死によ。頭のおかしな魔法界なんかに行きさえしなければ、あの子は多少はマシに生きれたものを──」

「……いえ、それは違います」

 

 どんな誹りも甘んじて受け入れる覚悟ではあったものの、母の想いを無にするのは憚られた。

 

「私の母は、こんな私を愛してくれました」

 

 ペチュニアはますます怒り狂った様子で、耳に障る金切り声でわめいた。

 

「お花畑もここまで来るとお笑い種だわ! あの子は死んだのよ! 死んだ人間からどうやって愛の言葉を聞くというの!」

「それは……えっと……理屈は私にもよくは分からなかったんですけど……」

「…………、なんですって………」

 

 しまった、とシェリーは思った。

 この言い分では、「魔法界では死んだ人間が生き返る」と言っているようなものだ。

 ペチュニアは愕然として、しばらくの間、口をぱくぱくさせていた。

 

「……、……! 本当に馬鹿げたところね! そんなふざけた場所に行かなくて良かったって、心からそう思うわ! 帰るわ! ……ここは私の家よ、そっちが出て行きなさい!」

(あからさまに混乱している)

 

 ペチュニアの発言には引っ掛かるところも多かったが、おそらく、シェリーにそれを話してくれることはないだろう。

 

「お世話になりました。今まで育ててくださったご恩は忘れません。……ありがとうございました」

 

 ぺこりと頭を下げて、扉を開ける。

 

「………待っ………」

「──え?」

「……………何でも、ないわ。何でも………」

 

 扉が閉じる。

 それでお終い。ペチュニアおばさんと話すことはもう二度とないだろう。

 

「嫌われちゃったね、ハリー」

「そりゃ魔法界のボーイフレンドの名前か?」

 

 声のした方に振り返ると、すっかり背が伸びて貫禄がついたダドリーの姿があった。彼の筋肉の半分でもあれば、戦いはもっと楽だったろう。

 

「すっかり身長が伸びたねー…」

「今は大学のラグビー部でしごかれてるよ。先輩達に沢山食べさせられるけど、それ以上に走らされるんだよな」

「ははっ、楽しそうだね」

「話聞いてたのかよ!」

 

 ぎこちないながらも、シェリーとダドリーは笑い合った。ダドリーはシェリーが黙っていなくなったことがそれなりにショックだったらしく、再会した時には少し頬が緩んでいた。

 何せ生まれた時から一緒の二人だ。お互いに人格を形成する大事な時期から同じ家で育っているわけで、それが急に全てなくなったことに、ダドリーなりに思うところがあったのだろう。

 

「お前は魔法使い達の国で暮らすのか?」

「うん。向こうには友達が沢山いるし……私にとっては楽しいところだからね」

「そうか……なあ、クリスマスカードくらいは送っていいよな?」

「……! うん、勿論!」

「手紙はちゃんと保管しとけよな? ビッグDのサイン入りの手紙を、喉から手が出る程欲しい女の子は沢山いるんだ」

 

 シェリーとダドリーは握手を交わし、互いに笑い合うと爽やかに別れた。

 その後バーノンおじさんとも会った。「お世話になりました」「ああ」会話はこれだけである。ある意味本当に爽やかな別れ方だった。

 

「お待たせ、ロックハート。行こっか?」

「ハーッハッハッ! この私を運転手扱いとは、成長したものですねぇシェリー!」

「どこに成長を見出してるの? でもロックハートが運転免許持ってて助かったよ。マグルの街で色々と買いたいものもあったし」

「ハーッハッハッ! 多忙な私を呼べた幸運に咽び泣くのですねぇシェリー!」

「今無職で暇なくせに……」

 

 一度酷い目に遭わされたこともあってか、ロックハート相手には軽口を叩くようになっていた。

 

「ああところで、一体何を買おうってんです? わざわざマグルの街くんだりまで来て……」

「う……うん」

 

 

 

「パーティーに参加する用の……ドレスを買おうかなって……」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

「えっ……ドレス着てきたの私だけ!?!?」

 

 

 

 ヴォルデモートを倒したということでホグワーツで祝賀会が催されることになったのだが、なんせ人種や性別問わないメンバーが揃ってチームを結成したので、華やかなパーティーというよりも無礼講の宴といった雰囲気で。

 加えてホグワーツ在学生達も特別に参加を許されており、すごくわちゃわちゃとして……対抗試合の時のダンス・パーティーのような感じと思っていたら全然そんなことなかった。

 シェリーは滅茶苦茶浮きまくっていた。

 

「誰だよ、シェリーに適当なこと言ったやつ」

「あ、僕だわ。『皆んなでパーティーやるから気合い入れて来いよ』って言っちゃったわ。お腹空かせて来いよって意味だったんだけどな」

「ロン、あなたって人は本当……」

「ロックハート! 絶対どんな感じのパーティーか知ってて黙ってたでしょ!」

 

 

 

(※以下、シェリーの回想)

 

『ええと……は、派手だね……私、こんな派手なの着て場違いじゃないかな……』

『よくお似合いですよ、シェリー』

『私はこっちの白鷺色の方が好みなんだけど……北欧感があってお洒落だし』

『成程、それも素敵ですね。しかし魔法界の英雄になった女性が質素な服装では皆も騒ぎ辛いのではないでしょうか?』

『そ、そうかな』

『ではこのワインレッドのドレスはいかが? 目を引く色ではありますが上品ですし、肩のレースに合わせてハットなど着けるとお洒落ですよ』

『わぁ……とても素敵だね!』

 

(回想終わり)

 

 

「ってめっちゃドレス勧めてきたじゃん!!!」

「ハーハッハッ嘘は言ってませんとも!嘘は!」

 

 シェリーは涙目になりながらぽかぽかロックハートを殴っていた。ヴォルデモートとの戦いでもあんな泣いてなかった気がする。

 

「じゃあ私のリクエストって、もしかして通ってなかったりするの……?」

「いやァ英雄の注文ですから……ホラ」

 

 ロックハートが指差した先。

 テーブルの端では、ケンタウルス達がグロウプの大きく開いた口に食べ物を放り込んでいたし、屋敷しもべ妖精達やゴースト達がめいめい騒いで、生徒達は各寮に分かれて座りなどしてなかった。

 校長席に座ったマクゴナガルが、その馬鹿騒ぎを止める素振りも見せず、何やら魔法省のお偉いさんの話を聞き流しているようだった。

 

「貴族連中は魔法省の上役達は、屋敷しもべ妖精やケンタウルス達がパーティーに参加することを相当渋ったらしいよ」

「だろうな。何千年も前から続く魔法界の淀みだ、こんな程度で変わる訳がねえ。外国から傭兵やら魔法戦士を呼びつけておいて今更何言ってんだって話だがな」

「貴族はその辺の面子が大事なのさ。例の……あー、ゔ、ゔ、ヴォルデモート! が一部の貴族達から熱烈な人気を誇ってたのもその辺が理由でね」

 

 名門貴族の家系であり、魔法大戦の立役者でもあるベガとドラコはそれなりにかっちりとした格好に身を包んでいた。

 中世貴族のようなゴシックダマスクの柄が控えめに光る黒系統のスーツを着こなし、あまりきちんとし過ぎないように靴下や胸元のハンカチに遊びを取り入れている。

 このパーティーには少なからず死んだ人への哀悼の意味合いもあるわけだし、彼等なりに色々と気を遣ったファッションだ。

 

「マルフォイ家は結局どうなんだよ? その……色々大変だろ?」

「お気遣いどうも、ウィーズリー。君に気遣ってもらわなくとも、君達の家みたいに落ちぶれるほどヤワじゃないさ」

「なんだこいつむかつくな」

「ヴォ、ぅ、ヴォルデモート! を倒したことで時勢が変わったのさ。旧態依然とした貴族社会に対する大きな批判に新しい英雄(ベガ)の誕生でマルフォイ家は大きな影響力を持ちつつある」

 

 マルフォイ家の当主自らヴォルデモートを打ち倒すために暗黒魔城に踏み入り、英雄のために奔走したというエピソードが広がっているのだ。多くは違わないが、少しばかり誇張した書き方もしているような気もする。

 

「死喰い人達が数多く摘発されてる今、マルフォイ家の評判は鰻登り。一時はお家とり潰しの危機とまで言われた家が、よくもここまで」

「その……何だ、感謝してるよ、ポッター」

「はーっ、はーっ、何!?」

「聞いちゃいないよ」

 

 真面目な話の傍で、ロックハートに撒かれて息を切らしているシェリー。その様子に一同は苦笑していたが、ふと、あることに気づいたハーマイオニーが訝しげな顔をした。

 

「シェリー貴方……体力が……いえ、紅い力は結局どうなったの?」

「戦いが終わって以降、使えるか何度か確認してみたんだけど、全然無理で……。普通の魔法なら使えるけれど、前より魔力が弱まったみたい」

「……そう……」

「あ、でも前よりご飯が美味しいんだ!」

 

 シェリーはにこやかに笑う。どこにも無理をしている様子はなく、足取りは軽やかだった。

 

「なんでもない、普通の魔女に戻るだけ。私には友達がいるもの。大丈夫!」

「シェリー……♡」

「ポッター……♡」

「へへっ……♡」

「よせやぁい……♡」

「なんだこいつら気持ち悪っ」

 

 ともあれ様々なことが一件落着したのだ。

 こうして浮かれてもバチは当たらないだろう。

 

「レストレンジ、前に出てスピーチをなさい」

 

 浮かれてたらマクゴナガルからそんなことを言われた。ベガはそんなこと聞いてないと言わんばかりの表情で振り向く。

 

「何も考えてねえけど……」

「一つ二つ話して、乾杯の音頭をするだけです。常に最前線で戦い続けてきた貴方には、魔法界の英雄のレッテルが貼られている。

 ポッターも検討しましたが、貴方が英雄として魔法界の象徴となる覚悟があるなら、貴方がスピーチするのが相応しい、と判断しました」

「……そりゃそうか。じゃあ……」

「ああ、あと。『純血魔法族らしい、格式ばった威厳のあるスピーチ』を、お偉方はご所望です」

「………へえ〜〜?」

 

 ベガは少し頭の中を纏めてから、ネビルと拳を合わせて、壇上に立つ。拡声呪文を使うと、落ち着いた様子で話し出した。

 

『あー、あー……んん。どうも皆さん、マグル生まれの魔法使い、ベガ・レストレンジです』

 

 「あ、あの小僧め……!」

 「殊更にマグル生まれを強調しおって! ミネルバ! 彼奴の手綱を握るのではなかったか!」

 「とんでもない。私と彼は生徒と教師、ただそれだけの関係ですとも」

 

 ベガは今や純血の王、シリウスが座らなかった魔法界の中心に立つだけの功績と格を得た男だ。

 そのベガがいきなりマグルの義父で育ったと言えば当然、それなりに影響がある。現に魔法界の重鎮達は思い切り顰めっ面を浮かべた。……近くに座っていたドラコだけは、ニヤリとしていたが。

 

「ベガだ!」

「すげぇ、超かっこいい」

「我らが英雄!」

 

 その場の魔法使い達が彼の名前を口にするのを、どこか他人事のようにシェリーは聞いていた。自分が眠りこけている間にも、ベガはずっと戦い続けて信頼を勝ち取ってきたのだ。

 あの、不死鳥の炎。

 人体の再生力を底上げし、回復を促す暖かな癒しの力を使って、いったいどれほどの人達を助けてきたのだろう?

 

『まず、月並みなことを言いますが……ヴォルデモートを倒せたのは俺一人の力じゃありません。その場にいた人達のサポートや、指示……魔法道具を作ってくれた人達の尽力があってこそです。

 それに、飯を作ってくれた屋敷しもべ妖精、魔法の訓練に付き合ってくれた師匠……社会が滅茶苦茶にされた中でも自分の仕事をこなしてくれたから、俺や皆んなは頑張ることができました。

 本当にありがとうございます』

 

 深く頭を下げるベガ。

 軽く拍手が上がり、隅っこで屋敷しもべ妖精が一人涙を流しているのが見えた。確か、クリーチャーとかいったか?

 

『今ここにいる人だけじゃない。過去から魔法の知識や土壌を積み上げてきた人達……それを伝えて繋いできた人達……細い蝋燭が合わさって、俺達の未来を紡いでくれた。

 勿論その中には受け継いじゃならない炎もありました。……悲劇を繰り返さないためにも、俺達全員で想いを伝えませんか。全員で強くなって、誇れる未来を紡ぐために!

 ──乾杯!』

 

 

 

 二、三度盃を酌み交わした後は、魔法使いも魔女も種族もなくめいめい騒いだ。

 シェリーはあまり酒は得意ではなかったが、彼女と握手をしたいという声が多く、彼等と話をしている内に酒のことなど忘れてしまっていた。

 

「ワァー…ハグリッド、顔真っ赤だよ?」

「ぐすっ、えぐっ、ひっく。俺ぁお前さんのことが心配で心配で」

「ハグリッド……ごめん、ごめんね。沢山戦って怪我をしたって聞いたよ」

「なあに、お前さんらより人一倍タフなのが俺の取り柄だ……その、ヴォルデモートは……最後は……」

 

 そうか、とシェリーは一人ごちる。

 ハグリッドは数少ないトム・リドル時代の彼を知る一人だ。思うところがあるのだろう。

 シェリーは彼の最期を……特に変身した時のことを詳らかに話した。

 

「そうかあ、そんな姿に…」

「ハグリッド……」

「それはさぞかし…格好良かっただろうなぁ…」

「ん?」

「しかし生命力や魔力を奪う生物とは、何とも恐ろしいことをしたもんだ。……いや、その生態が恐ろしいんじゃねえ。そんな姿になってまで勝とうとしたことが恐ろしいんだ。

 そうだろうが? 番も子供も望めねえ、仲間も増やせねえ。コミュニケーションを取ることだって難儀するなんざ、生き物として破綻しちょる。一体何が奴をそこまで駆り立てたのか……」

 

 ハグリッドは神妙な顔を浮かべた。

 ヴォルデモートの成った姿が、多くの生き物を見てきたハグリッドにとって理解できないのだ。生物は環境に合わせて姿形を変えるものだが、ヴォルデモートは一体何になりたかったのか……。

 

「お前さんは、親から貰ったその健康な体を大切にしちょくれよ。それだけでええんだ」

「……うん!」

 

 真面目なハグリッドはとてもかっこいいな。

 そんなことを思っていると、ぱたぱたとフラーが満面の笑みを浮かべてやってきた。

 

「シェリー! シェリー! アーハー! お久しぶりでーすねー、私のマブダチ! 乾杯! 俺様の酒が飲めねえのかでーす!」

「フラー、酔っ払った勢いとはいえ出会い頭に私の頬にキスするのはどうかと思うな」

「男で一番大切な人はわたーしのビルですけど、女で一番大切な人はシェリーでーす!」

「新婚さんなんですよね?」

 

 いつの間にやらビルと結婚して経産婦の筈のフラーだが、まったくスタイルが衰える様子もなく、すらりとした体型を維持している。シェリーは最近体重が増えてきたというのに。

 

「だってぇービクトワールの面倒はモリーが見てくれるから参加したんでーすが、やっぱりママがいなくて寂しい思いしてるんじゃないかと思って。一次会で抜ける予定なんでーす。だからその間にいっぱいお喋りしたいでーす!」

「ビクトワール! 今度会ってみたいな、フラーとビルの子供に!」

「うふふっ、私とビルに似て別嬪さんでーす!」

「え、なになにー子供自慢? 私も自慢していい?」

 

 トンクスも交えて三人でわちゃわちゃ子供トークをしている内に、内容がだんだんヒートアップというか脱線し始めて、「シェリー服あんま持ってないなら私の着なくなったやつあげるよー」「え?そんなことが許されるのなら私も下賜(・・)するでーす」とか言い始めた。

 二人のファッションセンスは真逆で、いかにもブリティッシュみのあるロックンロールな服装を勧めてきたし、フラーは深窓の令嬢のような落ち着いた高級な服装を勧めてきた。

 

 話をしている内にいつの間にやらノリの良い音楽が大広間中にかかり、誰も彼もが浮かれて騒ぎ出し始めていた。

 ポップ・ミュージックの熱にあてられたからか、シェリーの親しみやすい性格故か。現役のホグワーツ生達が握手を求めてきた。昔の彼女であれば困り顔を浮かべていたところだが、今のシェリーはニコニコしながら力強く握手に応じるので、女生徒を始めとした黄色い悲鳴が上がるのだった。

 

「シェ、シェリー・ポッター! 『ワンドダンス』を一緒に踊りませんか!」

「ワンドダンス???」

「杖に身を任せて踊るダンスです! 今ホグワーツで流行ってるんですよ!」

「へぇー…じゃあ、やってみようかな」

 

 ケルト調の音楽に合わせて、ホグワーツ生達と軽快なリズムを刻んでいくシェリー。華やかなドレスと相まって、大広間がワッと盛り上がった。

 

「あははっ、シェリー、浮かれちゃって。ロンもそう思わない?」

「そうだね……あ、曲が変わって……今度はペアダンスの曲に……ねえ、ハーマイオニー、さ」

「あら、何か言いたいのかしら? ロナルド?」

「あー、その、じゃあ、踊らない? 今度は君と最後まで踊り明かしたいんだ、ハーマイオニー」

「……もう。ダンスの誘いが遅いのよ、あなたは」

 

 熱狂のダンスフロアと化した大広間は、寮ごとのテーブル分けなどあってないようなもので、誰かが誰かと歌い、踊っていた。

 ネビルが辿々しいながらもステップを刻み、ジニーがそれをリードするように手招く。

 

「ネビル、ほら、勇気を出して!」

「う、うん!」

「ねえ、ネビル──あなた、いつだって皆んなを守るために前に出て戦って──ええ! とってもかっこ良かったわ!」

 

 赤、青、黄、緑。

 魔法省や式典用のローブも合わせて、色とりどりにローブがくるくると宙を舞う。垣根がないことを誰も咎めることなどできなかった。

 

「ベガ坊ちゃま! クリーチャーめは、まこと感無量の極みが至り尽せりでございます! レギュラス様の無念をあなためは──」

「その坊ちゃまってのやめろって」

「若様!」

「うん……まあ、それでいいや。……悪いな。俺は純血どもを率いて立つには相応しくねえ。お前達の言う穢れた血やマグルには、友達が大勢いるんだ」

「…………そう、で、ございますね」

「だから──これ、俺の使わなくなった靴下。お前にやるよ」

「!!!」

「これで、お前を縛り付けていたブラック家との契約はなくなる。その上で、だ。改めて、一人のベガとしてお前と契約させてくれ」

「──喜んで!!!」

 

 フリットウィックが優雅に杖を振る。その仕草に合わせてコーラスが続く。渋い顔をする魔法省の上役を尻目に、マクゴナガルとスプラウトが楽しげにワイングラスを合わせた。

 次の魔法省大臣は圧倒的な支持を得てキングズリーになると、スラグホーンがセイラム氏と盛り上がっているのが聞こえた。

 

「兄さん、踊らないんですか?」

「んー…俺ちょーっと気まずい仲の友達が沢山いるから踊るのヤだわ」

「クラムのこと?」

「そいつもだけど、こわ〜いお友達がいんのヨ。金の貸し借りの件でちょっとナ」

「へえ……兄さんどうするんです?」

「いいとこでフケるわ。地下に潜ってあのコガネムシをまた働かせなきゃナ。お前は?」

「ひとしきり挨拶したら旅に出ます。世界を見て回る旅がしたくて」

「そうか。気ィつけろ。死ぬなヨ、折角ある命なんだからナ」

「──はい!」

 

 テーブル席では、ルーピンとウィーズリーズが悪戯専門店の経営の話題で盛り上がっていた。元・伝説の悪ガキ一味の生き残りであるルーピンの、当時の華々しい悪戯の数々を聞こうという魂胆だろう。

 とはいえルーピンは過去の日々は懐かしくとも恥ずかしいようで、少し照れ臭そうだったが。

 

「『綴りチェック羽根ペン』『冴えた回答羽根ペン』までは商品化してるんだけど、どうにも生産コストと見合ってないんだよなー」

「なんせいいとこのガチョウの毛をちょびーっとばかし貰う手筈になってんだけど、見た目が綺麗だと魔力乗りがあんま良くないんだ」

「七面鳥を脱色して使うのはどうだ? 僕も一つ似たようなのを持ってる……そういえばスモモ漬けにしたやつ香水の鳥を飛ばす悪戯をやったっけ……」

 

 ワイワイ盛り上がっていると、ロックハートが驚いた顔をしてルーピンに詰め寄っていた。彼は悪戯仕掛け人に憧れていたらしい。

 

「ハイ、じゃあ闇祓い組は帰るよー」

「うわマジっすか、もうそんな時間です?」

「関係各所には挨拶済みましたし、英雄ベガのお披露目も上手くいった。美味しいお酒も呑めて万々歳でしょ。さ、明日も仕事だ仕事ー」

「はぁい……正義のためだ、仕方ないな」

 

 勲章を重苦しそうにつけたコートを引き摺り、闇祓いの面々は職場に戻る。本当にお疲れ様だ。

 

 

 

「ふう」

 

 ロックハートはテラスで夜風に当たっていた。

 一時は築いた名声を記憶ごと全て失い、どん底に突き落とされた人生だったが何とかなるものだ。

 酒が入って感傷に浸りたい気分なのか、彼は、胸ポケットの写真を取り出した。

 

「見てますか、皆さん」

 

 写真に写っていたのは──シェリーを囲うようにして、どちらが彼女の隣に立つのか喧嘩しているクラウチジュニアとドビーの姿。後ろからクィレルが呆れたようにそれを見て、目立ちたがり屋のロックハートが花火を上げていた。

 シェリーの為だけに集まったメンバー。当然仲は悪かったが、それでも、楽しかった。

 

「あ、いた。ロックハート……先生」

「? おや、グレンジャーさん! 私に何か御用でもお有りなのかな? 夜の散歩でも?」

「調子に乗るなよ」

「おーっとウィーズリー君も一緒でしたかアハハ」

 

 ロックハートは両手を上げて苦笑いした。

 なにこれ?親父狩りでもする気か?

 

「お礼を言いにきたの。……シェリーのこと、ありがとうございます。それと、私の両親の記憶を戻す手伝いをしたのも貴方でしょう?」

「──は、何で知って」

「シェリーから聞きました。忘却術の達人の貴方は同時に、記憶操作のスペシャリストでもある。オスカーに良いようにされて、静かなところで療養を受けていた私の両親は、この間、嬉しそうに私の名前を呼んでくれたわ」

「────」

「だから、その……ありがとう」

 

 クィレル、クラウチジュニア、ドビー。

 見ていますか。

 どれだけ間違いを犯しても、どうやら人生ってやつは、早々捨てたもんじゃないらしい。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「はーーーーっ疲れた……」

 

 シェリーは特別に用意された一室に用意されたベッドにぼすんと頭からダイブした。戦いは相手の息の根を止めれば勝ちだが、パーティーにはどうやら終わりがないらしい。

 彼女も、ベガほどではないが名だたる英雄の一人として取り沙汰されているらしく、有名人だ。おまけに彼女ほどのビジュアルであればお近付きになりたい男性も一人や二人ではない。不埒な輩はロンやハーマイオニーが剥がしてくれたが……。

 

 最終的にベガが『俺より強いかイケメンな奴じゃねえとこいつはやれねえな』と言ったことで場が収まったので、ヨシとしよう。

 

「なんか勲章貰えるとか聞いたけど……まあ……別にいいかぁ〜〜〜〜。いいよね〜〜〜? それが欲しくて戦った、訳じゃない、し……」

 

 ウトウトと眠りに誘われるシェリー。

 微睡みの中、部屋の扉が開くのを見た。

 

「──だれ?」

 

 思わず身構えたが、酒が入っている上に疲れ切った体は思うように動かない。杖は机の上だ。

 闇の残党か、それとも──。

 

(う……思考が纏まらない……私……)

 

 扉が開く。

 立とうとしてふらつく。まずい、早く杖を取らなければ。久しぶりのホグワーツで浮かれていた。

 

(……? ?? 煙……? あれ?)

 

 どうやら思考を緩慢にさせる煙を撒かれていたようで、シェリーは果たしてこれが夢か現実かの区別さえつかなくなってきていた。

 コツ、革靴の音がする。

 背の高い青年が、柔和な笑みを浮かべていた。

 

 

 

「え?」

「……夜更けに、すまない。泥酔したレディ相手だ、これ以上は近付かないよ。一言だけ、どうしても君に言いたくてね」

 

 セドリック・ディゴリーが立っていた。

 青年に成りたての、死んだあの頃のまま。

 

「これは……夢……? セドリック、わたし、」

「そのままでいい。無理はしないで。……勿論僕は死んでいるけれど、たまに君の前に現れてもバチは当たらないだろう?」

「せ、ど……セドリック! わ、わたし、夢で何度も貴方に会って──謝らなきゃって──」

「気にするな、シェリー」

 

 彼はいつだって、そうやって笑って。

 シェリーはそんな彼の姿に、憧れて。

 

「僕のことは気にするな。たまに思い出してくれればそれでいい。……僕のために怒ってくれてありがとう。君は真に勇気ある人間だよ」

 

 それは──シェリーのためを思って綴られた、ほんとうの言葉だった。

 

「君はこれから、死に向かって歩んでいく。かくも恐ろしい忍耐の道だけど、最後の一瞬まで自分を信じていればきっと、悪くはないさ。……僕が、そうだったようにね」

「……セドリック……ありがとう……」

 

 

 

「私、私──沢山の思い出を作って、いつかきっとそっちに行くから──待ってて、待っててね!」

 

 

 

 最後の言葉は、涙に震えていた。

 感謝を抱きながら眠りに落ちて──目が覚めた時にはセドリックはいなかった。シェリーはその出来事が、夢だったのか、現実に起こったことなのか、判別がつかなかった。

 

 

 

 

 

(……これでいいのよね、セドリック。

 貴方ならきっと、こう言ったわよね)

 

 一つ、無粋な真相を明かすなら。

 

 シェリーの心の荷物を下ろすために、或いはセドリックの無念を晴らすために。酩酊したシェリーの部屋に訪れた人物が一人いた。

 その人物は、巡り巡って手に入れたあるナイフを肌身離さず持ち歩いていた。シェリーがセドリックを刺した時に使ったナイフである。

 そのナイフは特別製で、セドリックの血を吸い取り保存するという仕組みが施されていた。

 

 その血を使い、ハッフルパフの剣に適合するために使用したりもしたのだが……それはいい。

 

 彼女はその血をポリジュース薬の材料にして、かつて愛していたセドリックの姿に変身。彼の演技をすることで、シェリーの心残りを取り除いた。

 

(私がお膳立てしたんだもの。

 幸せに生きなきゃ、殺すわよ)

 

 チョウ・チャンは、誰もいない廊下で呟いた。

 彼女の愛は、果たしてシェリーに向けたものか、セドリックに捧げたものか。

 それは分からないが──それでも、人知れずシェリーを救ったことに変わりはなかった。

 

 

 

 

 

 もう頭の痛みはなかった。

 けれど彼等は沢山の心の傷を抱えてしまった。

 ……それでも今なら、痛みを分かち合える。

 互いが互いを理解し合える。

 

 神が愛さずとも──呪われていようとも。

 

 きっと誰かが、貴方を愛すから。




次回、最終回です。
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