シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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普段は5000〜10000文字くらいで書いているのですが、何故か今回の文字数は18000文字。急に増え過ぎや!



15.決戦!クィレル

ベガ・レストレンジは『キレていた』。

普段は冷淡に笑い、畏怖と尊敬を集める彼が、珍しい事に怒りを露わにしていた。

側から見れば、彼は天才でありながらその才能を喧嘩や女遊びに費やしているような、粗暴で暴虐な少年だと思われがちだ。

しかし、その本質はとても優しく、思慮深く、仲間想いの少年なのだ。そんな彼が、友人のシェリーとハーマイオニーがトロールに襲われている姿を見て激昂しない訳がない!

以前、トロールと対峙した時は不覚を取った。しかし今回はそれはない。新魔法をひっさげて、悪魔は闇から這いずり出る。

 

「命までは取らねえ。だがてめえ達の尊厳は持って行かれると思え」

 

ベガの放つ悪霊の火。普通のそれとは大きく異なる性質を持つものだ。

その炎は万象を焼き尽くし、あらゆる魔法障害をも突破する。その代わり、制御が格段に難しく、それを扱う魔法使い自身が焼かれかねない諸刃の剣だ。

しかし、彼には児戯と変わりない。

ベガに関してはそんな理屈は通用しない。

さあ、さあ、さあ。

「立ち上がって武器を構えろ。勇気を出して突っ込んでこい。そして惨めに死に晒せ。それでようやく『対等』だ」

もっと燃えろ、もっと歌え!ベガ・レストレンジが落とし前をつけに来たぞ!

 

「ぐおおおおぉぉぉ……」

トロール達は虞れ、恐れ、畏れ、怖れ、そして慄いた。

自分達よりも格段に小さく、細く、ひ弱な人間風情の子どもに、まるで勝てる気がしない。彼は恐怖そのもの。禁忌を破る者には粛清のみ。

悪霊の火が渦を巻き、トロールを鎧ごと焼き千切った。

「ーーー一匹!」

炎が舞い、うち一匹がぶっ飛ばされる。トロール達はそれに目を向けてしまった。それがいけなかった。

 

「二匹!三匹!」

今ぶっ飛ばしたトロールは囮。ついでに言うなら炎も囮。相手の動きを先読みし、トロール達の背後に既に回り込んでいた。

放たれたフリペンドは、螺旋状に渦を巻き貫通力を高めたものだ。

全身に纏った鎧?

魔法に耐え得る強靭な皮膚?

関係ない。意味もない。その程度の防御を崩すのも、濡れ紙を破くのも同じだ。

 

「四匹!五匹!六匹!」

トロールが振り下ろした斧ごと、魔力で形成した刃でぶった斬る。

本物の刀ではないため、振るうのに力が必要なく、ただただ鋭敏かつ繊細に魔力を保つだけで斬れ味抜群の刀剣に匹敵する。

避ける?無理だ。刃は流動性の蛇の如く変幻自在に動き回り、目や鼻や耳から忍び込み内側から切り刻むのだから。

 

「七匹……八匹!九、十、十一、十二!」

アグアメンティで水の弾丸を放ち、トロール達を怯ませ、転ばせる。

そしてすぐさま『変身術』で水をワインに変質させ、未だ燻っていた火に引火させる!

悪霊の火は強力なぶん魔力消費も激しく、ただ燃やすだけならばインセンディオで事足りる。特にワインによって燃える場所が分かっている今、火のコントロール性とコストパフォーマンスはインセンディオの方が上だ!

これがベガ流、擬似『悪霊の火』である。

 

「十三、十四ーーーてめえで終いだ、十五」

赤い光が変幻自在に動き回り、鎧の隙間を縫ってトロールの頭部に直撃する。なんて事はない失神呪文だが、彼の卓越した魔力コントロールによりその軌道は変幻自在かつ縦横無尽だ。狙ったところに確実に届く。

しかも頭部は脳や眼や耳など、体の中でも重要な器官が詰まっているところだ。そこに魔力を流せば、どんな生物もほぼほぼ失神させられるのだ。

やがて。

彼の足元には、未だ燻っている蒼い炎の他には、倒れ臥すトロール達の姿があった。

 

「無事みてえだな」

暴虐の限りを尽くした悪魔は、先程までの冷徹な表情をすっ込めると、悪戯小僧のような笑みを浮かべた。

「ハロウィーンの日、お前達に助けられた。今度は俺の番だな。貸し借り無しだぜ」

彼は、にやり、と笑った。

ほっとする。皮肉屋だが面倒見良い、いつものベガ・レストレンジが戻って来たのだ。

 

「あ、ありがとう、ベガ」

「えっと……どうしてここに?」

「お前達、ネビルを『石化』させたろ」

ぎくりとした。

彼には悪いと思っていたが、賢者の石を守るためならば仕方ないと割り切っていた。しかしまさか、こんな形でツケが回ってくるとは!ベガは言葉の端々に若干の怒気を滲ませていた。それはトロール達に向けていた理不尽な怒りではなく、兄妹をたしなめるような怒り方だった。

 

「あんなでも俺の親友だ。犯人とっ捕まえて文句の一つでも言ってやろうと思ってな。それでお前達を追ってきたってわけだ」

それはつまり、石の護りの試練をたった一人で突破したということ。一年生で、しかも自分達よりも早く。

「そしたらお前達が死にかけやがるから、しょうがなしに助けてやったんだよ」

「……あー……」

「その、これにはやむを得ない事情が…」

「お前達が何度も夜に出歩くのには何かしら訳がある事くらい知ってる。ネビルに理由もなく呪文をかける奴じゃねえって事もな。だが、このままお前達が死ぬんじゃあいつは何のために呪われたのか分からねえ。

…だからちゃっちゃと終わらせて帰るぞ」

「!」

 

ベガが なかまに くわわった!

たった今、トロール達を殲滅してみせたベガが今度は味方につく。ホグワーツ一年生最強、いや実戦に限れば上級生すら圧倒してみせる実力者だ。とても心強い。

だが、それよりも先に。

「……何はともあれ、ごめんなさい。ネビルを『石化』したのは私よ。賢者の石を守るためとはいえ、酷いことをしたわ」

「私も、謝らなくちゃいけない。たぶんハーマイオニーがいなかったら、私が石化させてたと思う」

「……ネビルには後で謝っとけ」

「申し訳ありませんでした」

「返す言葉もございません」

「で?お前達が守ろうとしてるのは賢者の石なのか?なるほど、確かにそれならこの厳重な警備にも納得がいく」

 

ハーマイオニーとアイコンタクトを取る。秘密を共有しても良いか、という目配せだ。どうせベガがここまで来た以上、彼は奥へと進むだろう。それならば情報を共有していた方が安全性は増す。

この先にあるのは賢者の石であること、スネイプが石を欲していること、このままではヴォルデモート卿が復活してしまうこと、全てを話した。

ベガは顔色ひとつ変えずに聞いていたが、話を聞き終わると「まさかあの陰険野郎がそんなもの窃盗しようとするとはねえ」と溜息をついた。

 

「まあ、いいだろ。で、さっきから疑問に思ってるんだが……ここの扉、さっきから開く気配が無えが、何か心当たりあるか?」

「え?」

ハーマイオニーが次の部屋に続く扉を開けようとするが、押しても引いても引っ張っても上げても下げても、まったくこれっぽっちもビクともしない。

何故だ?トロールを倒すのがこの部屋の試練なら、とっくの昔に開かなければおかしい。

「『アロホモラ』!……解錠呪文は、やっぱり開かない。………まさか。『アパレシウム!現れよ!』」

ハーマイオニーが魔力を放った先、何の変哲もない石造りの壁に、ちょっとした空間が出来上がる。その中には大きさも形も色もバラバラなフラスコと羊皮紙が入っており、彼女は首を捻った。

 

「この羊皮紙……これに書かれてあるの、暗号だわ。普通に読んでもメチャクチャな文になるだけだもの」

魔法使いの多くが苦手としているのが論理パズルや暗号といった類だ。彼等は不可能を可能に変える力を持ってはいるが、それがどのような原理で動いているかについては、未だ謎に満ちている。しかしそれを疑問視する事は極めて少ない。

要するに思考力が弱いのだ。偉大な魔法使いと呼ばれる人間に限って論理のろの字もない人が多いというのは、ハーマイオニーの弁だ。

しかしハーマイオニーはこういう論理系の問題は得意中の得意である。

 

「ちょっと待ってて、今解いてみるから。えーっと、ここをこうしてこうやって、えーっと……ふむふむ」

「おいハーマイオニー、俺にもその問題…」

「今話しかけない方が良いよ、ベガ。今、ハーマイオニーは勉強モードに入ってるから」

「は?なんだそりゃ」

「えーと、とにかく彼女は今すごく集中してるんだよ」

シェリー曰く、彼女がこの状態になっている時は下手に横槍を入れると「ちょっと黙ってて」とあしらわれる。

それでも話しかけようとするならシレンシオが飛んできて、それでも邪魔するならニホンの体術、感謝の正拳突きが鳩尾に飛んでくるのだ。

 

「……なんでそこまで知ってんだ」

「ロンがね、雪が降った時にハーマイオニーを外に連れ出そうとして……」

「………あぁ、なるほど」

「あとフレッドとジョージがそんな彼女に悪戯しようとして」

「………そうか」

「あと、『もうちょっと穏便に済ませるべきだよ』って言ってきたパーシーに」

「わかった、もう良い」

ウィーズリーは馬鹿ばっかりか。と内心呆れているベガに目もくれずハーマイオニーは問題を解いてゆき、「もーーっ、この問題作った人はなんて性格が歪んでるのかしら!?」と叫ぶとフラスコを一つ取った。

 

「これ、よ!これが次に進むための薬!これを飲んだ人は扉をすり抜けられるの!後は入口に帰れる薬と、危険な毒薬だわ!」

「……見たところ、一つのフラスコに二人分入ってるみてえだな。ということは……」

「先に進めるのは、二人だけ。って事かい、ハーマイオニー?」

声がした方向へ振り返ると、その場の全員がぎょっとした。そこには、満身創痍になりながらもここまで歩いてきたロナルド・ウィーズリーの姿があったからだ。ハーマイオニーに至っては短い悲鳴を上げていた。

 

「ロン、貴方!その傷で動いちゃダメよ!いくら治癒魔法を使っているとはいえ、治るものも治らなくなるわ!」

「心配してくれるのは嬉しいけど、僕のことはいいんだ。それよりも、その様子だと試練は突破できそうだね。ベガまでいるのはビックリしたけど」

「………まーな」

「何か役に立てることがあるんじゃないかって思って着いてきたけど……この様子じゃあ無理そうかな?」

「……ねえ、皆んな」

シェリーは、あー、とか、えー、とか色々と唸った後に、ついに意を決したように口を開いた。

 

「この先には、二人しか行けない。……それなら、私が行きたいんだ」

「え?」

「私にはヴォルデモートとの因縁があるし、この先には……なんだか、私が行かなきゃいけない気がするの。二人が死んでしまうかもしれないのが嫌だから私が行く、っていうのもあるけれど。それ以上に……私がヴォルデモートに立ち向かいたいんだ。私を受け入れてくれた皆んなを守るために」

「…………」

「……ま、客観的に見て、この中で一番強いのは俺だ。そのフラスコの半分は俺が飲む。もう半分を誰が飲むか、それはお前達が相談して決めろ」

 

二人は心のどこかで、この先に行くべきなのはシェリーだろうと感じていた。

ロンはいざという時はやる男だが、せいぜいごく普通の一年生に毛が生えた程度の少年だ。そもそも怪我人だ。スネイプと戦うなんて無茶はできない。

ハーマイオニーは頭脳明晰だが、ベガが行くというのならば総合的に見て彼に劣っているのは否定できない。魔力も、実力も、ベガには到底敵わない。

しかしシェリーなら?

頭脳は平均的で、いつも人の影に隠れ、花畑の中で蝶や鳥と戯れているような純朴な少女だが、いったんスイッチが入れば彼女は変貌する。身に纏っているオーラが変わる。『もしかしたらこいつならやってくれるんじゃないか?』と思わせてくれる。

 

しかし。しかしだ。

シェリーは二人にとって、妹のような存在だ。放っておけばすぐトラブルに巻き込まれてしまい、人の善悪に鈍く自分のせいだと思い込み、なんでも安請け合いしてしまうような危なっかしい性格。

本当はもっと才能がある。箒の才能は勿論のこと、闇の魔術に対する防衛術ではクラスでもトップ。おまけに美少女だ。磨けばもっと魅力的な女性になれる。しかし彼女はそれをせず、自分はひたすら価値のない人間だと律し続け、『人の役に立つためなら自分がどうなっても構わない』という精神構造を作るに至ったのだ。ハーマイオニーはお風呂で彼女の裸を見た時、栄養失調気味の細い身体に大量の痣や殴られた跡がついているのを見て愕然としたのを覚えている。

『自分が支えてやらねばどうなってしまうのだろう?』と思わせるような、目を離せばあっさり消えてしまいそうな存在。だから皆んなシェリーが放っておけないし放っておかないのだ。

 

………なのに、この先に行かせたくないはずなのに、ロンとハーマイオニーはシェリーの『ヴォルデモートに立ち向かいたい』という気持ちを無視できないでいた。

シェリーを自分達の妹のような存在として可愛がっている彼等がこう思うのは、矛盾かもしれないが……。スネイプを止めに行くと言った時、自分達がついて行くのを止めないでくれた。

だから、彼女が行くのを止められない。

ならば。自分達の役目は、精一杯背を押してやる事だけだ。

 

「………ベガ。君、スネイプと戦っても勝つ自信はあるのかい」

「俺にできねえ事なんざねえんだよ。当然勝つ。ついでに賢者の石も守る」

「……この薬で次の部屋に行けるのは二人だけなら、僕はシェリーとベガが行くべきだと思うぜ。シェリーならやり遂げられる、そんな気がするんだ」

「私もそう思うわ。勉強ができるとか、そんな事よりもっとずっと大切なものをあなたは持ってる。友情とか、勇気とか」

シェリーの心臓は高鳴った。

つまるところ嬉しいのだ。どうしようもなく、飛び上がりたいほどに。

 

「……ベガ、私達じゃあもうシェリーを守れないから、貴方がシェリーを守ってあげて」

「シェリーを頼んだぜ、ベガ」

「ああ、任せろ」

 

シェリーの顔が桜色に染まる。

胸が温かくなり、涙が溢れそうになる。

前に進ませるための自己犠牲ではない。

前に進むための勇気を彼女は手に入れた。

自分のことを心から思ってくれている。その情は、いくら他人の気持ちに鈍感な彼女でも気付く事ができた。

先程までの威勢はどこへやら、髪と同じくらいに顔を赤くしてもごもごと口を動かすシェリーをハーマイオニーはハグして、ロンが肩を叩く。

ロンがベガに拳を突き出すと、ベガも拳を合わせる。ハーマイオニーがにこりと笑いながら握手を求めると、ベガもにやりと笑って握手を返す。

 

「……い、いってきます!」

シェリーとベガは次の部屋へと向かう長い長い通路を歩いた。

しかし、疲れはない。

傷口も癒し、服も直し、魔力も気力も十分。

それになにより心が軽い。

こんな良い気分になったのは、シェリーにとって初めてのことだった。

 

(こいつ達を突き動かすもの……それは、いわゆる『勇気』だ。飛行訓練でシェリーがマルフォイに立ち向かったのも、ロンが危険を顧みずにトロールと戦ったのも、ハーマイオニーが規則破りをしてまでここに来たのも、そしてネビルが三人を止める為に立ちはだかったのも。その勇気があったからだ)

 

(……羨ましいな。俺もあの日こんな勇気があれば………いや、今考えても仕方ねえか)

 

「良い友達じゃねえか」

「うん。私には勿体ないくらい」

こつこつと階段を降りて行く。緊張感を保ちつつも、心に若干の余裕を持っている。

あれだけの連戦の後だというのに、二人のコンディションは最高だった。

だから、だろうか。

冷静に安定していたシェリーの精神は、部屋の中で自分達を待ち受けていた彼を見た事で大きく揺らいだ。

襟を詰めた黒服。その上から羽織った紫色のローブ。そして……頭に被ったターバン。

闇の魔術に対する防衛術の教師。

 

「クィレル、先生………!?」

「おい、シェリー。お前達の話じゃあ、賢者の石を狙ってるのはスネイプじゃなかったのか?」

「そう、うん、そのはず、なんだけど……」

「くくく。あぁ、そうだ。私だ。ここにいれば君に会えると思ってきたよ、ポッターさん。おっと、君がいるのは想定外だったがねぇ、レストレンジ君」

普段のどもり癖は鳴りを潜め、にやにやと嫌らしい笑いすら浮かべている。

高圧的で、邪悪さすら感じさせる態度。まさかこれがあの小心者のクィレルとはにわかに信じ難かった。

 

「スネイプ、か。ふふふ、そうだろうな。誰だってあいつを疑うだろうさ。あの目立ちたがり屋のおかげで、こちらは行動し易かったというものだ」

「だって、でも。スネイプ先生は、わたしを殺そうと……!」

「ああ、クィディッチか。ありゃあ私が叩き落とそうとしてたんだよ、むしろスネイプが反対呪文をかけて助けようとしてたんだ。グレンジャー嬢が彼のローブに火をつけようとした時、たまたま私にぶつかって、目を逸らしてしまったせいで失敗したがね」

 

事実は真実へと、真実は無実へと裏返る。

「で、でも!スネイプ先生は、私を、嫌ってて……」

「嫌う?ああそりゃそうだろうな。つまるところあいつは矛盾の塊だ。嫌と言うほど憎んでいる男の娘も愛さなくちゃあならない。ダンブルドアの指示とあればな」

スネイプとシェリーの父親ジェームズは犬猿の仲だ。それもあってかいくら見た目が良かろうと基本シェリーの事は嫌いなのだが、時折シェリーを(何故か)慈愛の眼差しで見つめるという挙動不審っぷりを発揮している。その事実をクィレルは知らない。

 

「随分と無駄な足掻きをしたもんだ、彼も、私も。どうせここで殺すのに。まあいい、お前を殺すのは、石のありかを突き止めてからだ……」

クィレルは口を歪めると、指を鳴らす。するとどこからかロープが飛び出し、瞬く間にシェリー達の方へと向かっていく。

クィディッチで鍛えた反射神経を持つシェリーと、スリザリンの上級生に疎まれ昼夜問わず襲撃されては反撃しているベガである。難なくロープを躱し、攻撃へと転じようと杖を構える。

しかし。

 

「え?」

「は?」

 

クィレルに向けたはずのシェリーの杖の先が、突如としてベガへと向いた。杖を向けたシェリー自身も困惑しているようだった。

ベガの戦い方は所謂カウンター型である。

あらゆる攻撃に素早く反応し、回避なり防御なりを行い、そして撃ち返す。自分に向けられる魔力を感知し、対処するという離れ業をやってのけるのだ。

だが反対に言えば、自分に向けられた攻撃は全て感知してしまうのだ。敵が何十人やってこようと問題はない。だが味方に杖を向けられれば、流石に戸惑いと躊躇いが一瞬彼の動きを止めてしまう。

そして、その瞬間をみすみす見逃すクィレルではない。

 

「『フリペンド』!」

「!チッ、ーー『プロテゴ』!」

不意打ち気味にクィレルの杖から放たれた呪文を、即座に盾の呪文を展開して防ぐ。だが盾に込められた魔力量が少なく、ヒビが入ったかと思うと割れてしまった。

その場から飛び退いて離れようとするベガだったが、いくつかの呪文が飛んできたので反対呪文で相殺する。

ギロリ、と呪文の発射地点を見て、ベガは愕然とした。、

ーーシェリーの攻撃だ。

ーーシェリーがベガに呪文を撃ってきているのだ。

「シェリー、何やってる!」

(何で、私の身体、勝手にーー!?)

彼女は困惑しながらも、身体に引っ張られるように魔法を放つ。……どう見ても、明らかに操られている。その事実にベガは怒りが沸くが、一旦引っ込めてシェリーの様子を観察する。

 

(どうやって……まさか、『服従の呪文』?いや、あれはかなり難しい呪文だ。杖も構えず、無言呪文で、一瞬のうちに服従させられるような呪文じゃねえ……クィレル自身が、何か他人の身体を操ることのできる魔法生物の血を引いている?……そんな魔法生物聞いた事も無えよ!)

他に考えられるのは、何か時間をかけてシェリーを洗脳したとかだが……。

(いくらヴォルデモートの部下とはいえ、天下のホグワーツでそんな魔法を使うなんてあり得るか?何かもっと、凶悪な何かでシェリーを操って……)

「ーーとらえたぞ」

「ッ!?」

 

首筋に伝わる、嫌な感触。

いつの間にか。本当にいつの間にか、クィレルはベガの首を掴んでいた。

ギリ、と彼の顔に屈辱が浮かぶ。回避に絶対的な自信を置いていた彼にとって、背後を取られるというのは彼のプライドが許さなかったのだ。

クィレルはベガの杖を放ると、縄で縛る。彼の射抜くような視線を涼しい顔で受け流している様は、それだけ実力を有している事の証左だった。

「ご主人様、如何様に」

 

クィレルが何もない空間に向かって喋った。

まさか敵は他にもいるのか?と周囲を見回すが、その返事はクィレル自身から聞こえた。

いやーークィレルの頭から、だ。

 

『ーー殺すなーー素晴らしい才能だーーそして純血、素晴らしい器ではないかーー』

ゾッとするような声だった。

地獄から聞こえてくる不協和音を、無理矢理声に変換しているような。

呼びかけたクィレル自身も、どこか恐怖を感じているようだった。

「ーーは。ポッターの方は」

『鏡の前に連れてこい』

「なさる、のですね?」

『無論だ』

「承知。ーーポッター!来い!」

「くっ……」

 

シェリーを部屋の中央の大きな鏡の前に立たせると、ぎらぎら光る目でクィレルは笑う。

シェリーは手も足も出なかった。脳が『動け!』と命令しているのに、身体を鎖か何かで引っ張られているような感覚。この魔法(?)の正体は、一体なんだ?

 

「良い眺めだな、ポッター?本当に良い眺めだ。グリフィンドールのお姫様よ。貴様は色々と知りすぎたのだ、よって。死ななくてはならぬ。ハロウィーンの時だって、私のトロールをよくも倒しやがって」

「じゃあ、貴方がトロールを……!?」

「ああ。ついでに言うと、さっき君達が戦ったトロールも私のだ。ここに来る途中、置き土産に武装させておいたのだよ。私はあれを操る才能だけはあってね」

「それしか能が無いとも言うがな」

「だまれレストレンジ!……あの日、一目散に石が無事か確かめに行ったスネイプは、無様にも足を怪我したようだが。お前達のせいで計画が台無しだ……クソッ。だが、まあ。ここで石を手に入れれば同じ事だ」

 

言うと、クィレルは鏡を見やる。

この鏡ーー見覚えがあると思ったが、マクゴナガルの部屋にあったみぞの鏡だ!

「この鏡が石を手に入れるための鍵なのだ。さあ、これを見ろポッター。私にはご主人様に石を差し出しているのが見えるが、貴様には何が、何が見える?」

「………ッ!」

 

喋って時間を稼ぐ暇もなく、シェリーは否が応にも鏡を見せられる。

そこに映るのは、紛れもなく自分自身だ。鏡の中のシェリーはニコリと笑い、ポケットから真っ赤で綺麗な石を取り出すと、ウインクをして再びポケットの中へと戻した。

その瞬間、シェリーのポケットが重くなる。

顔が強張る。そんなまさか、まさかーーと混乱するが、シェリーは今まさに、賢者の石を手に入れたのだ。

 

「どうした、何が見える!」

「わ、わたし、み、皆んなと一緒に、とっても美味しいご飯食べてる!」

『ーー嘘をつくな。ーークィレル、代われ。俺様が直々に喋る』

「はーー」

言うと、クィレルは紫のターバンを解いていく。言い知れぬ不安が部屋中を襲った。彼の手が一周する毎に、邪悪な雰囲気が増していくような錯覚を覚える。

全て解いて、スキンヘッドとなった彼の頭は先程よりも随分と小さく見えた。しかし注目するべきはそこではない。鏡に映った彼の後頭部、そこにはもう一つの『顔』がへばりついていたのだ。

異質だ。

グロテスクだ。

その顔面は、他のどんな魔法生物よりも、禍々しく凶々しい強大な魔力を感じさせた。

 

『久しいなーーシェリー・ポッター。この有様を見ろーー影と霞と成り果てて、誰かの身体を依代とせねば生きれぬこの姿を見ろ』

「あ、あーー」

その顔面は蛇を擬人化したかのようだった。肌は青白く、鼻は無理やり切り込みを入れたように潰れ、瞳は赤く切り裂いたように細い。人間以外の、何かだった。

 

「………………キモチワル」

「レストレンジ!!貴様ご主人様に向かって何たる口の利き方だッッ!!!」

『良い、クィレルーー良いのだ。浅ましいだろう。醜いだろう。ゴースト以下の存在と成り果てて生にしがみつくこの姿は、さぞや滑稽に見えるだろうーーだが私は敢えてこの無様を晒そうーー久しいな、十余年ぶりだ、シェリー・ポッター。ーーおっと、つい先日会ったばかりだったか』

「………?」

つい先日?

驚かされてばかりの魔法界においても、ダントツのインパクトを誇る目の前の顔面と会っていれば、絶対に憶えている筈だと頭を捻るが……。

 

「………あ!まさか、禁じられた森の?」

「そうだ。ユニコーンの血を求めて森を彷徨っていた怪人の正体は私だーーそして今宵は賢者の石で完全復活を果たす。ーーああ、序でに教えておくと、俺様が一度滅んだあの日以来、貴様と俺様には何やら繋がりのようなものが出来たらしいーーそれを逆に利用して、俺様は貴様を杖を使わずに操る事ができるし、精神を嬲る事もできるーーこんな風にな」

瞬間。

禁じられた森で気絶する前に感じた、言いようのない苦痛と不快感がシェリーを襲った。

手足を拘束された上で、毛穴の一本一本に針を通されるような、そんな感覚。その苦痛は一瞬だけ、一瞬だけだっが、それでもシェリーは発狂した。

帝王による、擬似『磔の呪い』だ。

 

「いやああああああああああ!!??」

 

熱い。痛みから身体が焼けそうだ。

遠くでゲラゲラと下卑た声が聞こえる。

悪意の塊を自動車にくっつけて超スピードでぶつけられた気分だ。立って、いられない。

「ーーくひっ。良い光景です。おそろしい、ご主人様」

「シェリー!?おい!気をしっかり保て!」

『く、はははーーいかんいかん。戯れはここまでだ、ポケットの中の石をこちらに渡してもらわなければな』

「はあ、はあ、はあ………っ、え?」

心を読んだかのような台詞。

まさか、いや間違いない。図書館で一度読んだきりだが、心を読む術を使っている。

ヴォルデモートは『開心術』の使い手だ!

 

『くく、く。さあ、石を渡せ。命を粗末にするな。お前の父親は勇敢だったが、戦闘では俺様には遠く及ばなかった。母親は死ぬ必要はなかったが、お前を守ろうとして死んだ。

ーー両親の犠牲を無駄にするな』

「ッ!わたさ、ない!渡せない!!」

『俺様に操られている身で何をほざく。第一、震えた脚で何ができる?おじぎか?生まれたての子鹿の方がまだ足取りがしっかりしているぞ』

ヴォルデモートは侮蔑を通り越して哀れみの色すら切れ長の瞳に浮かべる。シェリーは恐怖でいっぱいいっぱいになる、がーーそれでも屈しない。屈するわけには、いかない。

 

『面倒だ、クィレル、さっさとーーッ!?』

 

ヴォルデモート、いやクィレルは己の頭部目掛けて飛んできた呪文を躱す。余裕こそ崩していないが、若干の焦りが浮かんでいるところを見ると、それは想定外の出来事なのだ。

魔法を放ったのはベガ・レストレンジだ。懐に忍ばせておいたナイフで縄を切断し、魔法を放ったのだ。

彼はシェリーを庇うように立つと、呪文を唱える。

 

「『インペディメンタ』!妨害せよ!」

 

瞬間、シェリーの身体から魔力が離れ、羽のように軽くなる。ベガは、ヴォルデモートがシェリーを操っていた魔法を解除してみせたのだ。

「けほっ、あ、ありがとう、ベガ」

「礼はいい!さっさと杖を構えろ」

『ーーほう。こやつめ、俺様の魔力量をたったこれだけの時間で精密に分析し、解析し、私のと反対の魔法式を構築したのか。なかなかやる。益々もって配下に欲しい』

「誰がーー」

『調べはついてるぞ。シグルド・ガンメタルだったか?かつて、お前の親友だった男の子だ。私の部下とのいざこざに巻き込まれ、命を落とした。マグルの小僧というのが気に入らんがーーあいつを蘇らせてやろう。私とこの石があれば、可能だ』

「ーーーー」

 

ベガは嫌なところを突かれたような、苦々しい顔をした。こんな顔を見るのは初めてだ。

シグルド……その少年の死が、それがベガの影に暗い影を落としているらしい。しかし、ヴォルデモートの手にかかれば復活させられる、らしい。死を克服しようとしているこの男なら不可能ではないだろう。

しかし、それは都合のいい方便に過ぎない。上手く丸め込むための詭弁なのだ。

 

「テメエの軍門に下り、闇の世界を作るのはさぞや楽しいだろうよ。力ある者にとってはそっちの方が楽しいのかもしれねえ。

……だがよ、仲間を見殺しにするような奴を、シドは認めちゃくれねーんだよ。アイツの分まで生きると決めた。シドの生き方は俺の生き方だ。あいつの道標を辿った先に、真実に辿り着くと信じてる」

『見解の相違だな。時に誰かを見殺しにしてでも進まねばならぬ時もある。真実は辿り着く物ではなく作るものだ』

「まるで噛み合わねえな。シェリー、警戒しろ!来るぞ!」

 

彼なりに割り切っているらしきベガにそう言われ、シェリーは感覚を鋭敏に研ぎ澄ませた。次に来るのは何だ。エクスペリアームスか、ステューピファイか。それとも撹乱の呪文か、ストレートに死の呪文か。直接突っ込んでくる可能性もあり得る。

その全てをフルに警戒してーーそのどれもが違っていた。

クィレルはくるりと振り返ると、みぞの鏡に向かって魔法を放ったのだ!

戦闘中にそんな事をするなど……不可解すぎる。何故?何をしたのか?その疑問はすぐに晴れる事になる。

鏡の中に靄が浮かんだかと思えば、それは実体となりーー人間が出てきたのだ。

 

「シェリー、ああ、シェリー……!」

「え……お父、さん……?お母さん……?」

「会いたかった……ずっと会いたかったわ、シェリー……!」

愕然とした。

鏡から這いずるように出てきたのは、紛れも無い、自分の両親だ。くしゃくしゃの黒髪と眼鏡のジェームズ・ポッターと、自分そっくりの赤髪と顔をしたリリー・ポッター。彼等二人が、寸分違わぬ姿で現れた。

戦闘中にあってはならぬ事だが、シェリーの頭が一瞬、呆となる。側から見れば感動の再会だ。しかし……この悪人どもが、何の企みもなくそんな事をさせる筈も無かったのだ。

 

「お前の、せいで………」

 

「ーーーぇ?」

聞いてはならない。そう直感が警告した。

しかし、両親の口は止まらない。彼等から溢れ出る怨嗟が無限に湧いた。

 

「お前の、お前のせいで僕達は!!お前のせいで私達は死んだ!!お前なんか、お前さえ、お前が生まれなければ!!その罪を詫びろ、死んで償え!!」

「っ、そ、そんな……」

「この日を待っていたわ!あなたにツケを払わせるこの日を!あなたは私達の命と引き換えに生き延びた!返せ、返せ!私達の人生を返せ!!」

 

初めて味わう感覚だった。

ダーズリーや一部スリザリン生のように、シェリーを邪魔者扱いしたり、敵視するかのような物とは違う。

憎んでいる。

心の底から惨めに殺したいと、復讐したいと願っている眼だ。

たしかに、二人は自分のせいで死んだと思っていた。だがーーそれを目の前で見せつけられては、さすがのシェリーも堪える。

涙が溢れそうだ。

腰が抜けそうだ。

これが、ヴォルデモートのやり方なのだ。

 

『くっ、くっ。さあ、シェリー・ポッターとベガ・レストレンジよ。最後の試練といこうじゃないか』

 

本来ならば、この部屋の試練は、鏡を見た者に『のぞみの反対』ーーつまり、見せたくないものを見せて、それを乗り越えた者に石を授けるというものだった。

しかし「ダンブルドアのことだ、何が起こるかわからん」とヴォルデモートは警戒し、閉心術と闇の魔法によってその機能を封じ、代わりに石を取らせるためにシェリー達待を待っていたのだ。しかし、彼は今その封印を解き、しかもより悪辣に変えた。その結果が、これだ。シェリーの両親を、最低最悪の形で復活させたのだ!

 

「シェリー!!あれは鏡が生んだ偽物だ!惑わされんじゃねえ!」

ベガは言うが、彼女の耳には届いていない。

無理もない。これは魔法による脅威ではなく、記憶から生み出された心につけ込む脅威なのだから。

 

『レストレンジの小僧はクィレル、貴様が相手するのだ。ポッターとの繋がりを使って操るのを妨害された以上、今度は逆にその繋がりを利用されるかもしれん。貴様の眷属にしてしまえ』

「はーー」

クィレルは口元を歪めると、ベガ目掛けて跳躍し、蹴りを放つ。ベガが咄嗟に避けたそれは、床を砕き、破壊する。あからさまに人間の力ではないそれに目を剥く。肉体強化の魔法?違う。今まで彼を縛っていた忠誠という理性が崩れ、快楽という本能がクィレルを突き動かしている。

血走った目と白い牙。あれはーー。

 

「テメエ……吸血鬼か!」

「ンッンー、そうだ、レストレンジ。グリフィンドールに十点!アルバニアの奥地でご主人様と出会った時、同時に私は力を手に入れたのだ!吸血鬼に噛まれた私を助けて下さったのだ……その時より私は、闇の世界の住人へと……」

どういう経緯で彼が吸血鬼になったのかはどうでも良いが、これはまずい。魔法での戦いならともかく、体術での戦いではあちらに分がある。いくらベガが動きを見切れるといっても、吸血鬼の無尽蔵の体力では、先にスタミナ切れするのはベガの方だ。

 

「そら、そら、そら!後悔しろ!屈服しろ!絶望しろ!グリフィンドールの悪魔だと?天才だと?笑わせる!私の力の前に手も足も出ないではないか!嘆きの声を私に聞かせてみせろ!」

「ッ、クソがッ!泣いて叫ぶのはテメエの方だ!」

「口だけは達者だなあ、え!?ご主人様!私に更なる力の解放の許可をッ!」

『ーーーお前、殺すなよ?』

「御意にッ!」

呆れ混じりのため息に気付かぬまま、クィレルは力を解放した。色白の肌に黒々とした蛇の紋様が浮かぶ。禁じられた森では発揮する機会のなかった形態。魔法界では魔力の研鑽により攻撃力は際限なく上がっていくが、それを操る身体は脆いままだ。その点、再生能力の高い吸血鬼は脅威だ。

 

「そーら、そらそらッ!死ね、惨めに!貴様の血を頂いてやるぞ、ベガ・レストレンジ!私がッ、私の!私だけの力だ!」

クィレルは杖を使うよりも体術で攻めた方が速いと判断したのか、文字通り力任せに手足を振るう。それが何より恐ろしい、一度でも両手足が捕まればアウト。吸血鬼の怪力で手足を砕かれるのは目に見えている。

ベガは回避に専念し、呪文も全て身を守るために使う……が、それでも彼の猛攻に押され気味だった。服が破け、掠っただけで傷ができる。回避の合間にかろうじて作った盾は簡単に壊される。紙一重で躱せるのも、あとどれぐらいだろう。

 

(クソが……ッ、これじゃ長くは持たねえ!どっかで攻撃に転じねえと……!)

『そうだ、クィレル。お前の力は嫉妬。誰かの力を妬む事で強くなれる、どこまでも愚かな奴だ。親からも友からも愛されず、己を拒絶する者を拒絶した。何も持たぬ弱き男。しかしそれ故に力を欲するーー」

「ッ、どうせ強くなりてえなら、そこのヴォルデモートを倒せるくらい強くなりやがれってんだ!テメエのそれは半端なんだよ!」

「黙れええええええ!!!」

クィレルの攻撃は良くも悪くも単純だ。それが一因となり、ベガを未だ仕留められずにいる。そこが狙い目ではあるのだが……吸血鬼故の恐ろしく速い猛攻の中に、ベガは明確な隙を見つけられないでいた。

 

しかも、シェリーに彼を助ける余裕はない。

追い込まれている。肉体的に、ではなく、精神的に。

自身を怨む両親が現れた事によって、彼女は先程の苦痛よりも苦しい、もっともっと鋭利な刃物を押し当てられている気分だった。

 

「お前が、お前が、お前が、お前が!僕を!僕の妻を!お前が生まれてしまったからこんな目にあったんだ!!それなのにお前はヘラヘラ笑ってやがる、ホグワーツで僕達の気も知らずに楽しそうに笑ってやがるッ!!最低の気分だ、反吐が出そうだ!」

「おぞましい!あなたが私の腹で私の身体を貪っていたと思うと不快だわ!お前は私の顔を、身体を、ジェームズの眼を持っていきやがった!お前が何も知らずにのうのうと生き永らえているのが腹立たしい!」

「ぁ、あ、ぇぁ、ぅ、ぁーーー!」

 

声が出ない。

意味のある言葉を喋れない。

ごめんなさい。

生きててごめんなさい。

生まれてしまってごめんなさい。

あなたたちがしんだのはわたしのせいです。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいーーーー

 

「ごめんなさいと思うなら」

「『石』を置いて死んで行け」

 

シェリーの脳裏に浮かんだのは、魔法界から自分を迎えに来てくれたハグリッドとマクゴナガルを初めとした、魔法界で出会った素敵な人達。素晴らしい友人、尊敬できる教師達の姿。

そして……かけがえのない親友の、ロンとハーマイオニーだった。

自分が死んだら、きっと悲しんでくれるであろう親友。

だが、彼等なら、自分よりももっともっと素敵な人間と出会うだろう。彼等を笑顔にしてくれるだろう。

それなら、良い。

自分が一時でも彼等を笑わせられたのならばもう十分だ。

これでーー

 

 

 

『死んだ人は確かに消えて無くなってしまいます。ですが、その人が大切にしていた何かを、今生きている私達が護る事で……その人達の想いは受け継がれていきます』

『自分を愛しなさい。そして、彼等の想いを護りなさい。それが生きる者に課せられた義務なのですから』

 

 

 

ーーーマクゴナガルの言葉を思い出した。

厳しくも優しい彼女は、そう言った。彼等が愛したのは、シェリー達自身だと。それこそが愛の証明だと。

ならば。

これは、なんだ?

目の前にいる、両親そっくりの人達は、一体何なのだ?

「ーー分かってる。あなた達は、偽物、なんだよね」

シェリーはほんの少しだけ魔力を込めて杖を振るった。それだけで、彼等は霞となって消えていく。

仮初の憎しみなど、薄っぺらで脆い。

胸が痛い。心が張り裂けそうだ。

それでも、天国にいる両親の想いを守るためにーーまだ、死ねない。

 

『お前のせいで、お前のーー』

「『フィニート・インカーテタム』、呪文よ終われーーー偽物さんでも、両親を見せてくれてありがとう」

両親を模した偽物は、空中に溶けて消えていった。なんとも言えない気分だ。悲しいような、寂しいような。だが、確かにシェリーは己の過去を正しく認識し、乗り越えたのだ。

 

それを見て、クィレルは狼狽した。嘘だ、そんな筈はないと。過去を乗り越える事など出来ないと喚く。彼の傲慢さがその事実を認めようとしない。

その態度が命取りだった。ベガ・レストレンジは悪霊の火を使える。それは再生能力を持つ吸血鬼に対し有効な魔法だ。彼にその魔法を使わせる前に、近距離でさっさと殺すべきだったのだ。

ベガが蒼い炎を放つ。クィレルが咄嗟にガードするも、もう遅い。炎は身体を貫き、身体を焦がし、彼の両手両足を使い物にならなくさせた。

 

「糞がッ、私は、こんなところでッ!まだ終われるかああああああ!!!」

クィレルは首だけになっても抗った。

浅ましくはあったが、彼はまだ諦めてはいなかったのだ。確かに吸血鬼は牙だけでも脅威だ。だが、ベガはそんなものは幾らでも対処できる。

「ーーー『悪霊の』……」

「ステューピファイ!」

「ぐごっ!?」

クィレルの脳天に赤い光が当たると、クィレルはその場に仰向けに倒れる。込められた魔力が少ないうえ、クィレルは腐っても吸血鬼だ。気絶こそしなかったものの、しばらくは再起不能だろう。

両手両脚が使い物にならなくなり、魔法を頭に食らっても尚もがく姿を、ベガは冷ややかな目で見下ろしていた。

 

「く、そ……こんなところ、でぇ……!賢者の石まで、後少しだったというのに……!」

「………」

ベガは、考える。

こいつを殺すべきか、否か。

このままいけばアズカバンは確実。その上、吸血鬼に堕ちてしまってはこの先まともな生き方は不可能だろう。このまま野放しにしていては何をしでかすか分からない。

ならば、いっそここでーー

「クィリナス・クィレル、先生。お願い。ヴォルデモートの支配に逆らって、その人を身体から追い出して」

「ッ!私の名前を、なぜ……」

「……シェリー、お前」

「貴方は絶対死なせない。罪を償う、その日まで!」

本気だ。

シェリーは本当の本気で、クィレルを、『助けたい』と……そう思っている。

 

「シェリー、俺は反対だ。こいつが何もできない内に手を打っておくべきだ」

「ベガ、お願い!先生に何もしないで!この人は、私と同じなんだよ!誰かに認めてもらいたくって、足掻いて、そしてーーたまたま闇に傾倒してしまっただけ。この人だってやり直せるはずだよ」

マクゴナガルの、死者への想いを護れ、とはこういう事だったのかもしれない。

両親はシェリーを愛していた。その愛で、あらゆる障害から守ってくれていた。

ーーそれなら、私はこの人を愛そう。

ーー誰からも愛されないなんて人が、この世にいていいわけはないんだから。

 

「私は助けられるかもしれない人を放っておけない。それに何より、お父さんとお母さんは、私がそんな人を見殺しにするところを見たら、がっかりすると思う」

「……………」

シェリーは、両親の偽物と戦い…何か得るものがあったのだろう。ベガはそう解釈し、少し悩むと、命運を彼女に委ねる事にした。

 

「……ッチ。こいつを仕留めたのはお前だ。好きにしろ」

「ごめん、ベガ。ありがとう」

やはり彼の本質は優しさなのだと感じる。クィレルを睨んではいるが、杖は構えていない。信じてくれているのだ。

 

「…………」

「クィレル先生、貴方は孤独を恐れただけ。だから居場所をくれる『闇』にのめり込んでしまったんだと思う。だけど……光の中にもきっと居場所はあるよ。独りで生きていける人なんて、光にも闇にもいないんだから」

クィレルは怒ってはいるが、動揺があった。

赤髪の少女の言葉に揺らいでいる。闇の帝王ですら、ここまでは言わなかった。クィレルの本質を理解はしていたが、それを利用していたのだ。

だが、彼女には、打算がない。

 

「誰が、お前の言う事など……」

「誰からも愛されない、友達もいない、そう言ってたよね。だったら尚の事放っておけないよ。私もそうだったもの」

「一緒に、するな!」

「クィレル先生……貴方は、愛が欲しかっただけなんじゃないの?誰かに、自分を認めて欲しかっただけだったんだよね」

「………黙れええええ!!!」

クィレルは首だけ動かして激昂した。

つまるところ、図星なのだ。

 

「認めてほしいだと?そうかもな!だが、私には偉大なる闇の帝王がついている!我が君さえ私を認めてくださればそれで良いのだ!それで全てが報われる!!」

「それは、都合のいいように使われているだけだよ!!甘い言葉に惑わされないで!自分にとっての良い人が、善い人だとは限らないんだよ!!」

「ーーッ、それでも、私は孤独にはーー」

シェリーは確信した。

ーーこの人は、私だ。

ーー絶望して堕ちてしまった時の、私だ。

自分も、もしかしたらこうなっていたのかもしれない。そう思うと、このまま見過ごしてはおけない。見過ごして良い筈がない!

シェリーはクィレルの手を取った。悪霊の火に焼かれて感覚はない筈なのに、何か感じるものがあった。

 

「生きてればきっと良い事がある。私がそうだったんだもの、間違いない。だから、お願い。生きて、自分を、人を愛して」

「ーーー私は」

この訴えが届いたのかは、正直なところわからない。だがクィレルの顔は、凶悪な顔からどんどん穏やかなものになっていっているような気がした。

クィレルは、吸血鬼特有の紅い瞳に僅かな光を灯して。

 

『時間切れだ、クィレル』

 

だが、ヴォルデモートはそれを許さない。

忘れていたわけではない、しかし警戒は怠っていたと言わざるを得ない。

見れば、クィレルの後頭部、つまりヴォルデモートの顔面には僅かながら魔力が溜まりつつある。ヴォルデモートの技を持ってすれば少量の魔法でも脅威となる。

「ご主人、様ーー」

『貴様の魔力を全ていただくぞ』

「なーーッ」

『お前の絞りカスのような魔力でも、このガキどもを殺せるだけの力はあるーーお前が死んだ後は、賢者の石を使えば良いだけの事。ここで俺様の礎となれ、クィレル!!』

そう言うヴォルデモートに、微塵もクィレルに対する失望は無かった。

何とも思っていないのだ。

失敗した者の事などどうでも良い。期待も、哀れみも、怒りも向けない、ただただ無関心に『やっぱりこいつは使えなかったな』と思うだけ。

ヴォルデモートはーーこいつは、徹頭徹尾、クィリナス・クィレルを利用していただけに過ぎなかったのだ。

 

「やめて!!」

『散々邪魔をしてくれたな、このーー取るに足らないーー肥溜め生まれの小娘が。お前の首を刎ねた後はマグルの便所に飾っておいてやるぞ!』

 

悪辣。卑劣。しかしそれこそが、ヴォルデモート卿なのだと実感させられる。

(そんな………!?)

無理だ、間に合わない。

ヴォルデモートの口から光が発射されようとしている。ベガは既に杖を抜いて臨戦態勢に入ってはいるが……自分は間に合わない。

ベガの忠告を聞いておけば良かったのかもしれない。クィレルを説得しようなどと考えなければ良かったのかもしれない。

だけど。

シェリーの両親の想いを守るのなら、その選択肢しか無かったのも事実。

 

『ーーー死ねーーー』

 

緑色の光がシェリー達を襲った。

溢れ出る怨嗟、悪意、その全てを凝縮したかのような気持ち悪さが身体中を駆け巡る。

これが、死、か。

思わず歯噛みする。まだだ。まだ自分は死ぬわけにはいかない。クィレルを死なせてはいけない。ベガを殺させたくない。

そんな想いを嘲笑うかのような、大質量が目前まで迫ってーーー

 

「いいや、そこまでじゃ」

飄々とした声。

老いてはいるが、寧ろその魔力は切れ味を増しているようにも思える、ヴォルデモートの最大の怨敵。

アルバス・ダンブルドアがそこにいた。いつからか、気配すら感じさせずに、そこに。綿密に計算された複雑な魔法式で組み立てられた、特別製姿現しでシェリーとベガを回避させたのだ。

おまけにどういう理屈か、先程までの緑の閃光もいつの間にやら消え失せている。死の呪文には反対呪文は存在しないはずだが、彼は世界の法則に手を突っ込んだのか、それとも何かタネがあるのか。

いずれにしても、その老獪な手腕は見事と言わざるを得ないだろう。

『ーーー小賢しい老いぼれめが』

「おうおう、よく言われるのお」

『計画は失敗したが頓挫はしない。闇の帝王たるヴォルデモート卿は、必ず舞い戻り、世界を支配するぞ……!』

 

ヴォルデモートは取り憑いていたクィレルの身体から離れて、霊魂のような姿となり、煙のように消えていった。

脅威は、去ったのだ。

(や、った………)

それを認識した瞬間ーーシェリーの緊張の糸が切れて、その場にぱったりと倒れた。

 




クィレル吸血鬼化、みぞの鏡の悪用、口からビーム出そうとするヴォルデモートなど、原作より大分ハードになったんじゃないかなと思います。
このSSでのヴォルデモートはシェリーとの繋がりを利用し、シェリーに対しいつでも擬似『服従の呪文&磔の呪文』を使える設定でした。あまりにもチートすぎるので今後出てこないと思います、たぶん。

賢者の石編は15話で終わる予定でしたが、まだちょっとだけ続きます。
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