シェリー・ポッターと神に愛された少年   作:悠魔

19 / 129
3.究明

突如として起きた石化事件の数日後。

石化したミセス・ノリスは、マンドレイク薬で回復する事ができると知り、シェリーとフィルチは大いに喜んだ。

「ミセス・ノリスが!ミセス・ノリスがまた動けるようになるんだ!オロローン!」

「え!?ノリスちゃんが……!?やった、フィルチさん!」

「YEAHHHHHH!!」

「い、いぇーーーい!」

大広間のど真ん中でフィルチとシェリーはハイタッチを何度も交わした。

(ミセス・ノリスと猫仲間のマクゴナガルも仲間になりたそうにこちらを見ている)

自分のファンが騒いでいるのかと勘違いしてやって来たロックハートを躱していると、なんとフィルチからお茶に誘われた。ホグワーツ始まって以来のビッグ・サプライズである。ロンは開いた口が塞がらなかったし、フレッドとジョージからは『あいつが没収した物の中に使えそうな物があったら持って帰ってきてくれ!』と頼まれる始末だ。

 

フィルチの事務所に行くと、そこには大量の悪戯グッズやら拷問道具やらが備え付けられていた。恐ろしい。

ビクビクしながら椅子に座ると、怖いくらいニコニコしながらフィルチが紅茶を持ってやってきた。ギャップが凄い。

「ふぅ……さて、ポッター……あー、シェリーと呼んでいいかな?」

「は、はい。フィルチさん」

「では、遠慮なく。シェリー。まずは、ミセス・ノリスのために泣いてくれてありがとう」

 

ぺこり、とフィルチは頭を下げた。つられてシェリーも頭を下げる。

それも無理からぬこと。彼には物凄く感謝されているが、シェリー自身は、ミセス・ノリスに対して何かしてあげた訳ではない。時折ササミをあげたりはしていたが、矢面に立ってノリスの味方になって生徒の悪戯から庇っていた訳ではないのだ。

しかし、それで十分だとフィルチは言う。

 

「管理人生活ウン十年、歳を重ねていく度に友人と呼べる存在は減っていってね。おまけにこんな性格だ、ホグワーツで唯一気を許せるのはノリスだけだった」

 

故に、フィルチは彼女を溺愛し、ノリスもまたフィルチを慕っていたそうな。だからその気持ちが何より嬉しいのだ、と。シェリーは耳が赤くなるのを感じた。

 

「でも、何も私だけじゃない。グリフィンドールの一年生のジニーだって、あの事件以降、すっかり元気を無くしているんです。あの子が猫好きだなんて知らなかったけど……でも、心配な生徒は他にもいっぱいいるはずです!」

「はは、ありがとう。私達は嫌われ者だと思っていたが、心配してくれる者もいたというわけだな」

 

そしてそこでふと疑問が湧く。いくら嫌われ者で怨みを買っているとはいえ、犯人はわざわざあんな派手なアピールをしてまで猫を石化するだろうか?

しかもダンブルドアの見立てでは、ただの石化ではなく、何か非常に高度な魔法的要素が加わっており、生徒が何かをした可能性は低いのだという。

だがフィルチには、そこまでされるだけの心当たりが一つあるのだという。

 

「私は落ちこぼれでね。実は……私は、スクイブなんだ」

「………?スクイブ?」

「ああ、知らないのか。魔法使いの親の下に生まれていながら、魔法を使う事ができない人間のことさ」

魔法が使えない。

それはどれだけ辛い事だろう。魔法を身近に知っていながら、それを行使することは決して叶わない。マグル生まれというだけで『穢れた血』と言われるのだから、スクイブに対する差別や偏見も酷いであろう事を察した。

 

「魔法界にいながら、魔法を使えない生活ってのは、ああ、辛いよ。君の想像以上にな。ホグワーツに拾われてからこっち、私はノリスを除いて誰にも心を開いちゃいなかった。シェリー、君が現れるまではな」

「…………」

「そして私は、スリザリンの継承者にとって格好の標的だったんだろうな。私がスクイブだってどこかで知ったんだろう。だから嫌がらせに私のノリスを………」

「……その、継承者っていうのは、何なんですか?秘密の部屋が開いたって、どういう意味が……」

「……ホグワーツ創始者のひとり、サラザール・スリザリンが、この城の中のどこかに造ったとされる秘密の部屋。その部屋が開く時、スリザリンの意志を継ぐ者が現れて粛正する……そう言い伝えられとる」

 

粛正。

猫を石化させる事が、だろうか。

しかし被害が石化に留まらず、回数を重ねるごとにエスカレートしていったら?猫だけに留まらず、人間までもが石化していったら?人死にが出たら?

……考えるだけで恐ろしい。

 

「もっとも、言い伝えじゃなかったわけだが。五十年前、確かに部屋は開き、そして一人の女子生徒が犠牲になった。ホグワーツは一時休校に追い込まれた」

「……女子生徒が……?」

「その子の名前は、たしか、マー……おっと、これ以上はいかんな。聞かなかった事にしてくれ。さあ、お茶のお代わりはいるかね?」

 

フィルチはそれ以上の事は言わなかった。去年、秘密をボロボロと暴露したハグリッドよりも口が固いのは、仮にも管理人と言ったところだろうか。

フィルチに言われて思い出した事だが、クィディッチ開幕戦が間近に迫っている。お相手は鷲寮、レイブンクローだ。

彼等はこういった勉強とはかけ離れたスポーツはあまり好まないと思われがちだが、実は違う。その実、どの寮よりも負けず嫌いである故に、きちんとデータ収集をして戦略的なプレイで魅せる寮なのだ。

しかも今年から新メンバーとして加わったというチョウ・チャンは、子供の頃から箒に慣れ親しんでいるという。新戦力追加でどれだけ伸びたか、期待は高まる一方だ。

 

「ハアイ、シェリー!チョウよ。こうして話すのは初めてね?」

「あ、うん。こんにちは、チョウ。お互い頑張ろうね」

「ええ、こちらこそよろしくね!こう見えて私もシーカーなんだー、初試合ですっごく緊張してるなー。シェリーはどう?」

「私は毎回緊張しっぱなしだよ。全然慣れなくって」

「へー、意外!百年に一人のシーカーって言われてるくらいだから、もっとどっしり構えてるのかと思った!シェリーも普通の女の子なんだって思えて、なんだか安心するなー。あ、気に障ったらごめんね」

 

アジア特有の艶のある黒髪が特徴的な美少女、チョウ・チャンは快活に喋る。シェリーにたくさん話題を振るが、しかしそれでいて自分が喋りすぎる事なく、相手の会話を引き出すのがうまい。話していて面白い。鷲寮ではかなりの人気者らしいが、それも納得だ。容姿端麗なだけでなく、性格も良い。あれはさぞやモテるだろう。

つい話しすぎて、そろそろ試合前のミーティングが始まるというところで、彼女は他の選手に引っ張られていった。

 

「チョウ。これが初試合なんだからもう少しキチッとしないと!」

「えへへ、ごめんなさーい」

「いや、緊張し過ぎても駄目だろう。試合前は心身のためにも、適度にリラックスした状態でいるべきだ」

「いいえ、試合前は雑念を払うために精神統一するべきです。この世のあらゆる雑念をレイブンクローは払ってくれます」

「千年も前の人に祈ってどうする!ここはやはり塩分を多量に摂取すべきだ!」

 

レイブンクローの面々は、あーだこーだと論争を繰り広げる。頭脳に優れた生徒が多い故に、こういった議論は日常的に起きるのだ。

チョウが、

「あー、もう!はいはい、皆んな分かったから!私が悪かったですよー!」

と鎮めなかったら、レイブンクローは試合前の貴重な時間を論争に費やしていた事だろう。軽く咳払いをして場を仕切るのは、キャプテンのロジャー・デイビースだ。

「あー、すまないな、チョウ。それで、お前達。寝る間も惜しんで考えた作戦はもう頭に入れてるか?」

「ええ、勿論」

「言うまでもないな」

「結構、結構。何事も予定通りにな。うん。さて、お前達、心には熱い闘志を入れてるか?」

「おう!」

「それさえあれば飛び立てる!我らレイブンクローは空の王者なり!」

『翼を広げろRAVENCLAW!

勝利を掴むぞRAVENCLAW!

我が名を叫ぶぞRAVENCLAW!

空を高く飛べRAVENCLAW!』

『RAVEN………CLAWLING!!!』

 

オリバー・ウッド率いる若獅子の群れは、ぎらぎらと目を光らせる。早く肉を寄越せ、点を寄越せと唸っている。

ウッドはその燃える闘志を見て満足そうに笑うと、七人で円陣を組んだ。

「レイブンクローの戦術は千変万化。相手に合わせてガラリとフォーメーションを変える事で有名だ。俺達の超攻撃的スタイルも当然警戒されてる」

「去年の試合を見て、相当研究してるだろうしね」

「だが、教えてやろうぜ。そんな付け焼き刃の戦略で俺達の攻撃を止められるはずがない、ってな!……さあ、この試合、勝つのは誰だ?」

『俺達だ!』

「雄叫び上げろ!」

『GO!GO!GRYFFINDOR!!!』

 

『さあ始まりましたクィディッチ開幕戦!今年はグリフィンドールとレイブンクローの対決になります!天気は曇り!この間、某生徒が氷魔法でピッチを滅茶滅茶にしたそうですがスネイプ先生が徹夜で直してくれました!』

「ご、ごめんなさいスネイプ先生。ご迷惑おかけしちゃって……」

「大丈夫だから座っていなさい」

『実況はこの僕、リー・ジョーダンと!解説は皆んな大好きマクゴナガルにゃんこ先生にお願いします、さあ皆さん拍手!』

『鞠に『変身』してオモチャにされたいのですか』

『猫だと認めているんだかいないんだか分かりません!さあ、ピッチにホイッスルが鳴り響きます!』

 

試合開始のホイッスルが鳴ると同時、ロジャーが箒を一回転させてクアッフルを敵陣へと向かって柔らかく蹴っ飛ばす。

ロジャーのパス技術は一級品だ。それこそグリフィンドール三人娘や、クィディッチに力を入れているハッフルパフに引けを取らない程の精密なパスを出せる。パスを出すロジャーを司令塔として、チェイサーは飛行による突破を容易にできるのだ。

 

「フレッド!ジョージ!早くブラッジャーを打て!パサーのロジャーを何とかしないと勝ち目はないぞ!」

「分かってる、っての!」

 

フレッドは獲物を求めて飛び回るブラッジャーに追い縋ると同時に、空中で加速しながら強打する。

ビーターを目指す者に訪れる最初の壁が、空中でバットを降る時に上手く力を込められないという所にある。それも当然だ、箒の上では腰を入れられず、体全体を使ったショットも打ちづらいのだから。

しかしフレッドは箒を加速させる事により手に持ったバットへのパワーを急激に高めて、その欠点を克服したのだ。彼の強打でブラッジャーは一直線にロジャーへと飛んで行く。しかし、突如として現れるレイブンクローのビーターが、その行手を阻んだ。

 

『っ、ロジャーのやつ、自分を付きっ切りでビーターに守らせてやがる!解説のマクゴナガル先生、これは?』

『非常に有効と言えるでしょうね。パスを投げるにしても貰うにしても、中継点となるのはデイビースです。つまりそれだけ負担がかかると言う事ですから』

『なるほど!?では、ロジャーを何人かで徹底マークするのはどうでしょう?』

『彼のパスは『サイレントパス』と言って、箒を巧みに使って予備動作無しで投げているのです。彼を止めるのは現実的ではありませんね』

『なるほどですねー……おおーっと、レイブンクローが先制点!くそッ』

 

一番厄介なロジャーが、一番止められないという理不尽さ。しかもグリフィンドールの穴を突けるようなフォーメーションに変えているようだ。

「いや、想定内だ!グリフィンドールのモットーは『攻撃』!ボールを奪ったら、即得点へ繋げられるのが強みだ!陣形を縦にしてボールを運べ!」

「そうそう!パス回しなら、私達も負けてないよ!」

『出たアアアアアアァァーーーッ、グリフィンドールのお家芸、チェイサー三人娘による『クレイジー・スロット』だ!』

 

アリシアのパックパスがアンジェリーナに渡り、アンジェリーナのショートパスをケイティがキャッチし、ケイティがパスすると見せかけてフェイントをかけてロングゲイン。

ゴール手前ではケイティの勝負強さが存分に発揮された。一番左のゴールへとシュートすると見せかけて、右から二番目のゴールポストにシュート。瞬く間に一〇点を返した。

 

『同点です!しかしマクゴナガル先生、レイブンクローがロジャーを徹底ガードしているという事は、パスを止める術がないグリフィンドールはやや不利ですかね!?』

『いいえ、何も悪い事ばかりではありませんよ。グリフィンドールのシーカーを見なさい、本来ブラッジャーに襲われやすいポジションの筈なのに自由に飛び回っているでしょう』

『あれッ!?ホントだ!おーいシェリー、元気かー!!!?』

『ふざけない。つまりそれだけグリフィンドールのシーカーへのプレッシャーが減るという事ですよ』

ここまでの展開は、ウッドの予測通りだ。

シェリーはスニッチを探しながら、彼に言われた事を思い出す。

「ロジャーをビーターが徹底ガードしてる時は、私がスニッチを探すチャンス……!ブラッジャーが来ない内に、早くスニッチを見つけなきゃ!」

見れば、チョウもまだスニッチを見つけられていないようだ。

 

ふと空気が震えたような気がした。

己の勘に従って、急いでその場から離れる。すると風を切ってブラッジャーが飛来して来た。

いくらブラッジャーのリスクが低くなると言っても、全く無い訳ではない。こういう事もあると自分を律する。ジョージがすぐに現れてブラッジャーを弾き飛ばした。

「ありがとう、ジョージ!」

「いいってことよ!……おっと!」

 

弾かれたはずのブラッジャーは、弧を描くようにして戻って来る。近くに人がいない時などに稀に起こる現象だが、まあこういう事もある、ジョージは難なく対処し、今度は近くを飛んでいたレイブンクローのチェイサーに向かって強打する。

しかし。

 

「な、何でまた戻って来るんだ!?」

レイブンクロー目掛けて飛んで行ったはずのブラッジャーは突如として空中で静止。そしてまた、シェリーとジョージの方へと高速で突っ込んでくるのだ。

これは流石に、こういう事もある、では済まされない。

ジョージが再度バットで叩きつける……が、効いているのか効いていないのか、やはり一瞬は止められるものの、ブラッジャーは即座に活動を再開する。

何か彼の手助けができればとは思うが、ブラッジャーの相手をするのはビーターであり、フレッドとジョージの仕事なのだ。シェリーが出来ることはない。せめて邪魔にならないようにと、その場から離れる。すると、ブラッジャーは何故かジョージを無視してシェリーを追いかけた。

 

「ま、まさか、このブラッジャー、私を狙ってるの!?」

 

シェリーの疑惑は当たっていた。ブラッジャーをいくら躱しても、シェリーを襲うのをやめない。他にも選手は大勢いるのに、見向きもせずにシェリーだけを狙う。

ジョージがいくら強く弾き飛ばしても、ブラッジャーはすぐに空中で静止して、そしてまたシェリーを襲う。

見かねたフレッドも参加してブラッジャーを叩くものの、効果は薄い。何度追い払おうが、そのループが永久に終わらない。

その異変は観客席にも伝わっていた。

 

「誰かが、ブラッジャーに細工をしちょるのか!?あれが一人の選手を追いかけ回すなんてあり得ねえ!」

「うわああシェリー!後ろだァー!」

取り乱すロンとハグリッドから少し離れたところで、ベガはデジャヴを感じていた。

 

「何か去年もこんな事あったな。細工されたのどうのって。あの時は箒だっけか」

ぼそりと呟いたつもりだったが、ロンに聞こえていたらしい。彼は立ち上がると、

「僕ちょっとスネイプのローブ焼いて来るよ!」

「あれはクィレルのせいでスネイプは白だって結論になったじゃない!燃やすのはやめなさい!」

「じゃあ他に何があるってんだ!?」

「それは、ええ、わからないけれど!!」

「だから落ち着けよ、お前達が邪魔で見えねえよ」

ロンとハーマイオニーはシェリーが関わると悉く残念になる。

 

そうこうしている間にも、レイブンクローは点を入れていく。

当然だ。シェリーをフレッドとジョージが二人がかりで守っているため、相手のビーターはブラッジャーを打ち放題。レイブンクローとの点差が少しずつ開いていく。

 

「おい二人とも、何やってる!もう七◯点も入れられてんだぞ!」

「ウッド、このブラッジャーがシェリーばっかり襲うんだよ!」

「なんだと!?」

「赤髪の美少女に惚れたか鉄球野郎!女のケツ追っかける男はモテねえぞ!」

「一体なぜ……フーチに言って、試合を中断してもらうか?いや、クィディッチに再試合なんてあり得ない!せめて、一旦休憩して体勢を立て直して……」

「待って、ウッド!」

 

ウッドがタイムアウトを取ろうとしたが、シェリーは大声でそれを拒否した。

「二人はゲームに戻って!このブラッジャーは、私が相手するっ!」

観客はどよめいた。

一般的に、一人の選手がブラッジャーに長い間追いかけられるのは、ビーターの力量不足と言われている。一流のビーターは自分のチームに余計な負担をかけない。その点から見ればウィーズリーズは確実に一流だと言えるだろう。

だからこそ、グリフィンドールの面々はブラッジャーを避ける練習はしていても、逃げる練習などしてこなかった。そんなのは弱いチームのする事だ。

しかし……シェリーは、今。自分が相手すると、そう言った。

 

少しばかしの口論の後、シェリーからフレッドとジョージが離れていく。彼女はブラッジャーを相手取る事を決意し、チームメイトは彼女がやり遂げると信じたのだ。

チョウ・チャンは、心の片隅でシェリーの身を案じながらもスニッチを探すのをやめない。同じ条件で戦えないのは残念だが、スポーツにアクシデントは付き物。それに彼女とて負けたくないのだ。

(シェリーに対してブラッジャーが何か変な動きをしているみたいね!お互いにフェアじゃないし、グリフィンドールには申し訳ない、けれど!これはチャンス!今のうちにスニッチを取って……

ーーーッ!!!)

『ああーっと、チョウ・チャン、突然の加速!彼女が飛んでいく先はーースニッチだあああああ!!!』

「っ、スニッチが、あそこに!」

 

スタートダッシュを決めたのは、いち早くスニッチに気付いたチョウ・チャン。

 

それを追いかけるは、爆発的な加速を見せるシェリー・ポッター。

 

そのシェリーを追うのは、シェリーを壊さんとする狂ったブラッジャー。

 

三者三様に空の世界を高速で飛行し、そしてーー並んだ。シェリーとチョウが空中を並列になって飛行する。

去年のシェリー対ドラコの時のような遮蔽物は一切ない。スピードに身を任せたガチンコ勝負だ。

一見勝負は互角に見えるが、チョウはにやりと笑い、シェリーはこのままではまずいと焦る。シーカー同士が並んだ時、物を言うのは体格だ。

 

『チョウ・チャンは三年生、ポッターの一年先輩です。たった一年違いですが、この時期の一年の差というものは大きい。シーカー同士が並んだ時、スニッチを獲るのは決まって身長の高い方、腕の長い方。このままでは、勝利するのはレイブンクローに……!』

「マクゴナガル先生の言う通りだよ、シェリー!勝つのは私!本当なら、万全の状態のあなたと戦ってみたかったけど!」

「っ、まだ、勝負は分からないよ!」

『おおーッと、ここでスニッチが軌道を変えるゥゥゥーーッ!垂直に急降下していきます!』

 

それに合わせてチョウとシェリーは箒の柄を真下へと向ける。タイミングは同時、やはり二人の差は広がりも縮まりもしない。

チョウが手を伸ばし、スニッチが観念したかのような羽音を立てた所で、チョウは己の勝ちを確信した。勝った、と。

 

(ーーいけるーーー!)

 

チョウの指先に、スニッチ特有の金属質の感覚がした、その瞬間。

視界からシェリーが消えた。

普通の人間ならば、勝負を諦めて、加速するのをやめたのだろう、と思う。しかし、突如としてチョウを襲う悪寒。プロのクィディッチ選手はプレイ中に時折、第六感のような、野生的本能のような感覚に襲われる時があるというがーーチョウが感じているのはまさしくそれだ。

チョウの勘が叫んでいる。

スニッチなんてどうでもいい。

早くシェリーを止めなければ。

 

しかしチョウが行動を起こす間もなく、横から加速したシェリーがぶつかってきた。(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

(どうして!?何でシェリーが、私より前に進んでるの!?この子は一瞬スピードを緩めたのに…………………あ)

チョウの疑問に答えるように視界に現れたのは、ブラッジャーだ。

シェリーはわざとブラッジャーにぶつかって、勢いをつけたのだ。背後からやってくる暴れ玉に吹っ飛ばされ、落ちる力すらも利用してスニッチへと手を伸ばす。

シェリー特有の超加速、そしてブラッジャーに吹っ飛ばされた勢い。更に重力までもが加わって、身長を差し引いても十分すぎるほどの勢いとリーチを手に入れたのだ!

ーー自分よりも、早くーーー!

 

「ーーシェリー、貴方はーーー」

「うあああああああああああっ!!!!」

『シェリー・ポッター、スニッチ・キャアアアアッッチ!!!!ブラッジャーを利用した、ウルトラミラクルスーパープレイを見せてくれましたァァァァァアアア!』

 

地面に降り立ったチョウは感嘆した。悔しさよりも尊敬の念が湧いてくる。自分はこんな凄い選手と戦えたのか、と。

……いや、それでも、負けは負けだ。

次は絶対に負けない!その想いを胸に秘めると、チョウはシェリーに握手を求めた。

 

「シェリー、あなた、やるわね。ブラッジャーに吹っ飛ばされた勢いでスニッチをキャッチするなんて」

「そんな、チョウこそ凄かったよ。普通の勝負なら負けてたかも」

「あはは、ありがと。でも次の試合は絶対負けないからねっ!」

「うん!………!?チョウ!危ないっ!」

「えっ?」

試合が終わった直後という事で気を抜いていたチョウは、背後からのブラッジャーに気付いていなかった。

自分より少し小柄なシェリーにいきなり抱き締められ、押し倒され、何事かと顔を赤くして混乱していると、自分達のすぐ近くの地面をブラッジャーが殴打した。

ーーあの狂い玉は、シェリーを壊すのをまだ諦めちゃいなかったのだ!

地面に打ち込まれたブラッジャーが再びこちらへ飛んで来ると、何かする暇もなくシェリーがチョウを強く抱きしめる。

黒々と光るブラッジャーが、シェリーの後頭部に直撃した。

 

「ひぎぃあっ……!?」

 

シェリーは意識を持っていかれた。

それでもまだブラッジャーがシェリーを襲おうとした瞬間、ブラッジャーは塵も残さず粉々に砕けた。

ダンブルドアが、杖を構えたまま、厳しい顔をして仁王立ちしていた。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

目が覚めた。

ここは医務室だろうか。去年の終わりもここにお世話になったのでよく覚えている。

頭の奥がずきずき痛む。

シェリーはゆっくりと意識を覚醒させると、首が固定されて動かない事に気付く。

顎にコルセットのような感触がある事から察するに、ベッドの上から動けないような状態なのだろう。

シェリーは檻の中で鎖に繋がれた囚人の気分を理解した。

ふと。

もぞもぞと視界の隅で動く影を感じた。

 

「ド、ドビー?」

件の屋敷しもべ妖精は、さめざめと泣いていた。何故ここに、彼が?

「おいたわしや……シェリー・ポッター、ああ、おいたわしや……目、目がお覚めになられましたか」

「どうして貴方が……痛っ!」

「動いてはなりません、シェリー・ポッター!」

首を少しでも強引に動かそうとすると、首から後頭部にかけて詰め込められた棘の塊が暴れたような嫌な感覚が駆け巡る。

自分の容態は、それだけ酷いのか。

やや喋り辛いが、喉から声だけ出す事にする。

 

「………あれから、皆んなは?チョウは、どうなったの?ブラッジャーに当たって怪我してない?」

「無事でございます!ああ、ただ、その。医務室に運ばれる間、ずっとあなた様の名前を叫んではおりましたが……」

「……そっか、チョウに余計な心配かけちゃったな」

「余計などと!あなた様のご友人も、チームメイトも!皆んなあなた様の事を心配に思っておいででした!」

 

余談だが、チョウは抱き着かれた時に何か感じるものがあったらしい、友人のマリエッタに「百合ってありかしら?」と相談をしていた。

マリエッタから信じられない物を見ているような目を向けられていると、たまたま聞こえてきたらしく、ジニーが「私は夏休みの間じゅうずっとシェリーと添い寝してたんだから!」と対抗していた。

ダンブルドア曰く「愛じゃよ」である。

 

「皆んな無事ならよかった……えっと、その。どうして貴方が、ここに?」

「ドビーは悪い子!ドビーは後でドアに指を挟んでビターンってしなければなりません!ブラッジャーに細工したのは私です!ホグワーツ行きの壁を封鎖したのも!」

「………あなた、が」

屋敷しもべ妖精の使う魔法は、魔法使いの使う魔法とはわけが違う。

というのも、使っている魔力の質自体が違うのだ。同じ火を起こすでも、マッチを使うか火炎放射器を使うか、くらいの違いがある。同じ結果でも過程が違う。つまりはアプローチの仕方が違うのだ。故にドビーは、普通の魔法使いにとっては難しい壁の封鎖もブラッジャーの細工も難なくやってのけた。

しかし、何故。

 

「全てはシェリー・ポッターをホグワーツに来させないため!あなた様はここにいてはならないのです、ここには危機が迫っているのです!秘密の部屋はもう既に開かれてしまった!」

「秘密の部屋……、前にもそう言っていたよね。何故、あなたがそれを知っているの?」

「お聞きにならないで!あなたはマグルの家に戻るのです!私がお世話いたします!マグル生まれは一人残らず粛正されてしまいます!ですからどうか……」

「………それを聞いたら、なおの事ここに残らなきゃいけないって思ったよ。私の大切な友達はハーマイオニーだもの。あの子を放って自分だけ逃げるだなんて、そんな事はできないよ」

 

ドビーは悲痛な顔をした。

未だ何か言いたげな顔をしていたが、コツコツと廊下からやって来る足音を聞いて、「ドビーは行かなくてはなりません!どうかこのドビーのお願いを聞いてくださいまし!」と言って、指を鳴らして空中に溶けて去って行った。

違う空間同士を行き来する時空間系魔法、姿くらましだ。彼がいなくなった瞬間に扉が勢いよく開き、ダンブルドアやマクゴナガル、スネイプなどの教師陣が雪崩れ込む。(ロックハートはいない)シェリーは急いで目をつぶった。

近くのベッドに、誰かが寝かされた……というより、置かれたような音がした。

 

「見てください、この子のバスケットには果物が入っています。ポッターの見舞いに来たのでしょう。彼女の不名誉な写真を撮って以来、酷いことをしてしまった、とずっと悩んでいましたから」

「まっこと、嘆かわしいことじゃ……じゃが彼はヒントを残してくれたようじゃの。カメラを構えて、石化しておる」

「開けてみましょう……これは」

 

何かが、ボン、と音を立てて爆発した。

シェリーは嫌な予感がした。

 

「……カメラ内部はズタボロ。フィルムもネガも溶けているようですな」

「これはひどい………夏場に外に置いておいたキャンデーも、ここまで酷くはならんじゃろう。秘密の部屋が開き、継承者が裁きを下した、という事じゃろう」

シェリーの嫌な予感は当たった。当たってしまった。

 

「……一体誰が、どうやって、このコリン・クリービーを?」

「さて、の。……『忌まわしき過去は、忘却の彼方から這いずり出でる』、とはよく言ったもんじゃ」

「………?なんです?」

「向き合わねばならん、と言うことじゃ。五十年前の脅威と」

 

シェリーは、石化したコリンを見て、絶望的な気持ちになった。

写真大好きで、シェリーの追っかけをしていた一年生の男子。彼は決して無害な人間ではなかったが、だからといって石になってもいい人間では無かったはずだ。

何故、こうなってしまったのか。

心の中にぽっかりと空いた穴を抱えて、数日後、シェリーは退院した。

 

「おはよう、ベガ、ネビル。ロンとハーマイオニー見てない?」

「おはようシェリー、退院おめでとう。二人とも、さっき大急ぎで朝ご飯を食べた後にどっか行ったよ」

「てっきりお前の迎えに行ったもんだと思っていたんだが、違えのか」

「うん……ねえ、今日、一緒にご飯食べてもいいかな?」

「ああ、もちろんさ!」

 

ベガとネビルと、色々な事を話した。

コリンの安否を心配したり。件の秘密の部屋とは何だろう、とか。その他にも、校内の女子はベガ派とロックハート派に分かれている事など。

それでもやはり気になるのは、一連の石化事件の犯人は誰なのか?という事だ。

 

「……誰が、『継承者』なんだろう」

「誰が継承者なのかよりも、どうやって石にしたかを考える事の方が大切だ。もし自分が狙われる羽目になったら対処できるかもしれねえし、その方法如何によっては犯人を特定できる」

というベガの主張に従って、彼等は事件への推測を立てる。

 

「最初は猫を石にして、次はコリンを石にした。何らかの魔法を動物で試した後、次は人間で試したと言われれば説明はつく」

「でも、ベガと話していて、それは違うかもって結論になったんだ。ホグワーツの過去の出来事を調べているうちに、五十年前にも秘密の部屋が開いた事が分かったんだよ」

「あ!それ、私もフィルチさんから聞いたよ。たしか、一人の女子生徒が犠牲になったんだって」

「フィ、フィルチさん??そう、その女子生徒の一件があってホグワーツは退校に追い込まれたんだけど……あー」

「犠牲、つまりはその女子生徒は死んだんだ。継承者の手によってな。だが妙じゃねえか?当時はいきなり殺人だってのに、今回は随分と、回りくどいじゃねえか」

 

ベガの言いたいことは分かる。

粛正が目的なら、最初からマグル生まれの者を徹底的に潰せばいいだけのこと。それをしないのには、何かしらの理由があるということだ。

考えられる可能性は二つ。

 

「殺すのを躊躇ったか、もしくは……殺すための魔法か何かが上手くいかなくて、『殺害』じゃなくて『石化』になっちゃった……とか?」

「そう、僕達もそこまでは辿り着いた。だけど、肝心の手段が何かが分からない。そもそも魔法で石化させたのか、それとも何か道具を使ったのか。条件を満たすと作動する武器を使ったのかな、とは思うんだけれど」

「詳しい殺害方法や犯人の正体はおろか、被害者の名前すら分からなかったんだよ。まるで誰かが意図的に隠してるみてえだ」

 

ベガはちらりとダンブルドアの方を見た。そこには髭に絡まったフォークに悪戦苦闘しているボケ老人の姿。彼はため息をついて話を再開した。

 

「……ともかく、俺達は過去の継承者についてもう少し探ってみるつもりだ。これだけの事をしでかせる奴は、相当力のある魔法使いの筈。去年の事もあるし、当時のホグワーツの教師を中心に、怪しい奴を当たってみるぜ」

「当時の事件の犯人と殺害方法が分かれば、今回の事件の解決のヒントになるかもしれないしね」

「うん、そうだね。犯人同士が知人とか血縁関係にあって、色々と教えてもらってるのかもしれないし。同一人物って可能性も十分考えられるよね」

「そういう事だ。……もしよかったら、お前も犯人捜しを手伝って………」

「ホグワーツのみなっさあああああああああんん!!!!」

 

ベガが何か言いかけた矢先、ホグワーツきっての騒音男がやってきた。ロックハートは女子生徒のうっとりとした視線とその他の面倒臭い物でも見るかのような視線を一身に浴びつつ、何やら派手なチラシを撒き散らした。

「一連の事件で皆んな気落ちしてがっくりしている事でしょう!生きとし生ける子猫ちゃん一同、バンビーナちゃん一同に悲しみを癒す歌を歌いたいところですが、ここは学校!という事でハンサムな私が皆さんに指導してあげましょう!その名も『決闘クラブ』!ダンブルドア先生の許可をとって、未知なる脅威に対抗する力を皆さんが身につけるのです!」

 

最初は大広間の半分がうんざりとしていたが、決闘クラブなるものの単語が浮かんでからは皆ロックハートの話に食い入った。

せっかく身に付けた魔法。それを振るう絶好の機会が来たのだ、参加しない手はないだろう。ここはイギリス、決闘によって領地を決定したという話も残っている。彼等には紳士の血が脈々と流れているのだ。

 

「ロックハートもたまには良い話を持ってくるじゃねえか。行こうぜ、決闘クラブ。この数ヶ月でどれだけ成長したか確認できる良い機会だぜ」

「そうだね。僕もベガの金魚のフン呼ばわりされるのはいい加減ごめんだし」

「何だそれ誰がそんな事………」

「さあさ、ハンサムな私に指・導されたいバンビーナちゃんは奮ってご応募くださああああああい!」

「……できる。私が強くなれば、皆んなを守れる!ロンも、ハーマイオニーも!大切な人皆んなを!」

 

シェリーは来たるべき日に備えて、気持ちを昂らせるのであった。

 




他の方のオリキャラのSSを見ていると、石化した人間をちらっと見ただけでバジリスクと分かる人とかいたんですが、正直それは優秀とかそういう次元を越えてると思ったのでこの話では登場人物達に推理させました。
しかし見返してみるとなんだこれ、ネビルが頭脳派っぽい気がする。誰だお前!

原作ハー子が気付けたのは、ハリーにだけ聞こえる声という大ヒントがあるのが大きかったんでしょうね。でもそれだと蛇語使えるダンブルドアが何もしなかったという矛盾が……ほ、ほら!試練的な奴なんだよきっと!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。