漏れ鍋に入ると、色んな人から握手を求められて大変だった。でも、私なんかの握手で相手を不快にさせてやしないだろうか。
「おおっ!リリーそっくりだ!」
「でも眼はジェームズだぞ。ああっ、あの日のトラウマが………」
「ご、ごめんなさい」
「いやいや!貴方が謝る必要はない、お嬢さん!ああ、もしよろしければ握手を……」
「どいとくれ!どいとくれ!教科書を買わなくちゃならん!」
ニンニクの臭いの染み付いたターバンをしたクィレル先生とちょっとお話しして、ダイアゴン横丁に入ると、魔法使いのローブを見にまとった人達でごった返していた。
「すごい!すごい!ハグリッド!魔法使いの人達が、こんなに!こんな……あ」
ダーズリー家と外出する時、騒ぐといつも怒られた事を思い出した。
「ごめんなさい、はしゃいじゃって……」
「うん?俺も始めてダイアゴン横丁で教科書を買った時は、今みたいにはしゃいだもんだ!嬉しくってなあ……喜びのあまり思わず親父を一人胴上げしてなあ……」
「えっ?逆じゃなくて?」
「昔っからデカブツでなあ。おっと、ここだ」
魔法界の銀行は、カードとか機械とかでお金を引き出すのではなくて、秤で金貨を数えて、移動手段はトロッコという何とも時代を感じるものだった。
グリンゴッツで自分の溢れんばかりの相続金を見て目を白黒させた後、ハグリッドが何やらボロの小包を取り出して、オリバンダーの店で杖を買う事になった。
「いらっしゃいませ。あぁ、ハグリッド。久しぶりだな。杖を買った数年後にぶち折る事になったバカもんが」
オリバンダー老によるとハグリッドは停学処分になったそうで、その時に杖を折られたとの事だった。(ハグリッドが居心地悪そうにしていた)
杖を何本か試した後、もしや、とオリバンダー老が取ってきた杖を握った時、これだと思った。じんわりと広がる、温かな感覚。
「なるほど、なるほど……興味深い。えぇ、不思議な事もあるものだ……」
「?」
「この杖に入っている不死鳥の羽は、ある持ち主の杖の物と、同じ素材のものを使っているのです。ある不死鳥が気前よく二つ羽を提供してくれましてな……」
「……それって」
「闇の帝王のものです」
胃の中に冷たいものが落ちた気がした。
「あなたの額に走る稲妻の傷……しかして、それをつけたのは兄弟杖というに……この杖は貴方を選んだ。運命というものがあるとすれば、それは貴方を中心に回っているのやもしれませんな……」
「……え、えっと」
「アー、オリバンダー?すまんが他にも買わなきゃいけねえもんがあるんで……」
「おっと、これは失礼」
心の中にもやもやとしたものが広がったが、それでも、初めて買ってもらったプレゼントの喜びの方が格段に優っていた。
誰かに物を買ってもらう日が来るなんて。夢ならどうか、覚めないでいてほしい……
「ここだ。マダム・マルキンの洋裁店。俺は教科書を買いに行くから、すまんがちーっと離れるぞ。本が一杯だと重てえしな」
「あ……うん」
一人で買い物した事などない。
そんな私の不安を察してか、ハグリッドは「マダム・マルキンなら安心だ、良いのを選んでくれる、な?」と優しく声をかけてくれた。
(でも、ハグリッドのサイズの制服なんて中々無さそうだけど……)
「それじゃあ、お嬢さん?色んなところを測りますからね、少しの間じっとしててもらいますよ」
「はい……わぁ!」
メジャーがまるで生き物のように、私の身体の周りを飛びながら測っている。まるで蛇が空を這っているみたい。
「あ……ご、ごめんなさい」
怒られるかと思ったが、マダムはクスクスと笑った。ビクビクした青い顔が途端に紅潮するのを感じた。
「魔法に慣れていない子は、いつもそんな反応をするのよ。じゃあ、採寸を始めるわね……」
「よ、よろしくお願いします」
「ね……ねぇ、貴女もマグル出身なの?」
「えっ?」
見ると、縮れ毛の少女が、期待に目を染めた顔でこちらを見ている。
「ええと……私の場合はちょっと違うけれど、一応、そうなります」
「そうなの!あぁ、良かった!マグル生まれの子が他にいなくって、私、とっても不安だったの!」
少女はハキハキとした口調で喋った。好意的に接してくれている。私も、もっと楽しげに喋らないと……
「あー、ええと、そうですよね。私も不安で……」
「そうよね!ねぇ、あなた、どこの寮に入りたい?ホグワーツに入るにあたって、色々お勉強したのだけど!4つ寮があるそうよ!」
「ここに来る前も……えっ?」
「グリフィンドールは勇気、レイブンクローは知識、ハッフルパフは優しさ、スリザリンは狡猾さをそれぞれ大切にしているそうなのよ!」
「グリ………えっと」
「魔法界に大きく名を残している人は、グリフィンドールが多いと聞くけれど。えぇ、でも、やっぱり知識を大切にするレイブンクローも素敵よね」
「………は、はい」
人と話す経験をロクに積んでいない私に、この人の早口言葉みたいな話し方についていく事は不可能だった。せいぜい、相槌を打つ程度だ。
「かのアルバス・ダンブルドアは、グリフィンドール出身だそうだし……あなた、彼をご存知かしら?」
「アルバス……確か、手紙の。こうちょ…」
「ホグワーツの校長先生なの!魔法界の発展に様々な貢献をしてきたのよ!そんな人が校長だなんて、私、あぁ!」
「……そ、そうですよね」
「あぁ、それで、シェリー・ポッターは知っているかしら?」
「………えっと」
私がそんな偉大な人間の筈はないから、きっと同姓同名の人だろう。と思いたかったが、漏れ鍋での様子を見るに、きっと私の事なんだろう……。顔も名前も一緒な人がいなければの話だけれど。
「シェリーは、わた……」
「はい、採寸が終わりましたよ」
「あっ………」
見れば、外でハグリッドも待っている。もう行かなくちゃ……。
「あっ、あの!ホグワーツで、また会いましょう!私、グレンジャー!ハーマイオニー・グレンジャーよ!」
「っ、ええ、またホグワーツで!」
「イーロップのふくろう百貨店は混んでたなあ……制服は買えたか?シェリー?」
「ええ、ばっちり、です!」
「?随分上機嫌だな、え?おおそうだ、プレゼントだ!ふくろうだ!手紙を送るのに役に立つ……」
またも申し訳ない気持ちになったが、こういう時に何を言えば良いかは聞いたはずだ。
「ありがとう、ハグリッド!」
おかしいよ、ハグリッド。
どうやって行けばいいの?
きっとハグリッドが何か伝え忘れたのかもしれない。だって、九と四分の三番線、なんてどこにも……
……もしかして、夢?今まで起きていた楽しかった出来事は、夢なの?
でも、ヘドウィグはここにいるし……ど、どうすれば……
「あら?貴女もホグワーツなの?」
「えっ?」
「一人でどうしたのかしら?お父さんとお母さんは?」
親切そうなおばさんが、にこにこと話しかけてくる。その人と同じ赤毛の女の子は、娘さん?
「えっと、お父さんとお母さんはいないんです。その、私、ホグワーツの一年生です」
「あらまあ!まあまあまあ……ええ、それじゃあ一緒に行きましょ?大丈夫、最初は驚くかもしれないけれど、すぐよ!」
わ、わ。随分とずんずん進む。
女の子はチラチラとこちらを見てくる。……傷は隠しておかなきゃかな?
「おばさんも、その、魔女なんですか?」
「勿論よ!私の子供も親戚もみーんな魔法使い!あー、はとこに一人、使えない人がいるけど……オホン!何も心配する事はありませんからね!ロン!」
「パース!君が監督生ってのは分かったから少し落ち着いてくれよ……何だい、母さん?髪が真っ赤の女の子が、アー、ジニーと間違えたのかい?」
「馬鹿おっしゃい!ロン!この子もホグワーツに行くのよ、柱までリードしてあげなさい!」
「は、柱??」
「えーっ、何だって僕が……パースあたりにでもやらせれば」
「早くなさい!グズグズしてると列車が出発してしまいますよ!」
「アー、うん、分かったよ」
そばかすの男の子が私を見ると、何故だか顔を赤らめた。どうしたのだろう……。
「えーっと、君、マグル出身?」
「マグル?……ああ、たしか非魔法族……」
「その様子だとそうみたいだね。あの柱がホグワーツ行きの列車の駅に繋がってるんだ。だからそのまま突っ込んでいけばいいのさ」
「突っ込んで……?」
「さっ、僕にしっかり掴まってなよ」
「あっ、うん。……こう?」
「!?あー、そ、そっか、僕が掴まれって言ったもんねそうだよね……フレッドとジョージが先に行ってて助かったな……絶対からかわれる……」
「?」
「ああ、いや。よしっ」
ロンの後ろから抱きしめる形になったけど、大丈夫だよね……?
そう思っているうちに、カートごと柱に突っ込んで行って……ぶつかる……事はなかった。
眼を開けると、そこは全く違う景色だった。
って、あれ。それよりも。目の前に立っている男の子にぶつかるーー!
「ああっ!?い、勢いがつきすぎて止まれな……うわあああああ!?」
「きゃあ!?」
「っ!」
ぶつかりそうになった銀髪の男の子が杖を振って、私達のカートをピタリと止めた。
「ったく、気をつけやがれボケ兄妹がよ」
「ご、ごめんなさい!………ぁ」
「あー、ごめんよ。兄妹、そうだね、この髪じゃあ……君も、ごめんよ?カート倒しちまってさ。あー……」
一昔前の、石炭を使ってそうなSL。
まさか、蒸気機関車を生で見ることができるなんて。柱の先にこんな光景があるなんて、想像もしてなかった……
「魔法って、すごい!」
「あー。えっと、そ、そろそろ、手、離してもらってもいいかい?恥ずかしくってさ」
「!ごめんなさい、私なんかが掴まってたら恥ずかしいよね……」
「えっ。いや、そういう意味じゃなくってさ……おいっ、何だよ。やめろよな、嘴でつつくのは!」
「ヘドウィグ!」
どうして親の仇みたいにこの子をつつくの。この子が手伝ってくれたんだよ?
すると、二人組の赤毛の男の子が現れた。顔が似てる……兄弟??
「へーい何だよロニー坊や。俺達の与り知らぬ所でイチャイチャしやがって」
「入学早々ガールフレンドかい?お熱いねえ、お二人さん」
「な、なんだよ!別にっ、そういうのじゃないさ!やめろよな!」
「?確かに走ったから少し熱いかも……?」
「トランクはこれかい?手伝うぜ、お嬢さん」
「わ、悪いです……じゃなくって。あ、ありがとう」
「どういたしまして。おおっと、我らが弟は自分で運べよな」
「なにさ!」
走ったせいか、いつの間にか少し汗をかいていた。
とりあえず額の汗をぬぐうと、兄弟はポカンと口を大きく開けていた。
あっ。
漏れ鍋で散々話しかけられたから、見えないようにしてたのに……。
「おったまげー…その傷。それに、赤毛……君、シェリー・ポッターだ……」
「ああ、えっと、うん。そうだね」
「うっひょい!シェリー!俺はフレッドさ!その傷って痛むのかい?」
「俺はジョージさ!シェリー、例のあの人の顔見た事あるか?おっそろしい顔してんだろ?」
「え、ええっと、傷は別に何ともなくって。例のあの人の顔は見てなくて……緑の光が、ぶわーって広がったのは、なんとなく……」
「おったまげー……ホントにあの、シェリーなんだ……」
そこからの質問責めは、後からやって来た彼達のお母さんが宥めた事でひと段落ついた。
お母さんも私がシェリーだと分かるとびっくりしていたけれど……。双子はリー・ジョーダンとかいう友達の所に行った。ロンはトイレに行くらしい。
これから始まるんだ……。
どんどん離れていくキングズ・クロス駅を見て、何故だか鼓動が高鳴った気がした。
その時の私はよく分からなかったけど、多分これが、嬉しいだとか、興奮するって気持ちなんだと思う。
投稿直前になって大量の脱字に気付く。
オブリビエイトってるわー。