シェリー・ポッターと神に愛された少年   作:悠魔

21 / 129
5.日記

シェリーは涙を堪えながら図書館を足早に去って行った。

涙の理由は些細なことだ。アーニー・マクミラン、ジャスティン・フィンチ=フレッチリー、ハンナ・アボットといった、ハッフルパフでの仲が良かった生徒の噂話を聞いてしまったのだ。

 

「ジャスティン、君、あいつから身を隠した方が良いよ。見たろ、あの女が蛇語を使ったところをさ」

「やはり、継承者の正体は彼女なんでしょうか。本で読みましたよ、イギリス魔法界で蛇語使いといえば例のあの人とサラザール・スリザリンだって。彼女がスリザリンの末裔という可能性も十分あり得ます」

「そう?私はそうは思わないな。だってポッターって素敵だし、意外と内気だし。それに………」

「それに、例のあの人を倒した、そう言いたいんだろ?けど、なんで例のあの人は態々赤ん坊を殺そうとしたんだと思う?これは僕の仮説だけどね、あの人はきっとポッターが将来自分以上の闇の魔法使いになる奴だって分かってたんだよ」

 

闇の魔法使い。

そのように噂されているという事実に、彼女は少なからずショックを受け、その場を立ち去った。石化現象の原因を図書館で調べていたのだが、こうもヒソヒソと噂されていては調べ物もできない。

談話室に戻るまでの廊下でも、そういった心無い中傷が嫌でも耳に入ってしまう。やれ、スリザリンの末裔だの、生まれついての闇の魔法使いだの。決闘クラブ以降、物をぶつけられたり魔法をかけられたりする事はあったが、一番心が軋むのは闇の魔法使い扱いされる事だ。

しかし、自分に闇の素質が無いとは断言できない。なにせ一年前、組分け帽子に「スリザリンに入る素質がある」と言われているのだから。

 

(帽子さんに、私はスリザリンに入る素質があるって言われた。あの時私は無理言ってグリフィンドールに入れてもらったけれど、でも、本当は……私は………)

「おい、シェリー。どうした」

「ッ、ベガ」

 

涙を拭った先には、銀髪の美少年。

自分のせいで余計な心配をかけたくなかったので彼の追求から逃げようとしたが、そういえば最近ロン達も心配をかけまいとしてちょっと話が拗れたのであった。

ベガはシェリーを空き教室まで連れてきた。まだ雪が残り、教室全体が冷んやりとしている。その中でベガの手だけは暖かかった。

 

「話してみろ。ここなら誰も来ねえ」

「……べ、別に。ベガが気にする程の事じゃないよ。心配かけたくないし」

「あっそ。じゃあお前は酷い顔のまま談話室に入って周りに余計に心配かけさせる訳だな」

「…………ぁぅ」

「話してみれば、楽になる事もあるぜ」

 

気付けば、軽い口はポロポロと不安を吐き出していた。

帽子曰く、自分はスリザリンになるかもしれなかったし、そこでの栄光は約束されていたとのこと。本当はグリフィンドールに入る資格など無い、ということ。

普段悪く言われがちだが、蛇寮は仲間意識が強い寮だ。そこに入ったとしても、きっとホグワーツの生活は楽しいものになったであろう。

だが、もしも自分が緑のローブを着ていたとしたら、ロンやハーマイオニーは友達になってくれなかったのではないか?寮なんてどこだっていい。だが、彼等が自分のことを友達と呼んでくれないのが一番辛い。

 

「だが、組分け帽子はお前を獅子寮に選んだ。そうだろうが」

「そ、そうだけど。でも、それは私が帽子さんに無理なお願いをしたからで……」

「そうだな。お前にしては珍しく自分の意見を押し通して、そして掛け替えのない友達を手に入れたってわけだな。……別に良いじゃねえか、今お前はグリフィンドール生で二人の親友がいる、それだけでよ。もう少しあいつ達を信じてみろ」

「……………」

「因みに俺もスリザリンを勧められた」

「えっ。ベガも、スリザリンに……?」

「だが断った。問題はどこにいるかじゃなくて、何をするかじゃねえの」

 

それは、自分にはない考え方だ。

彼の言うことにも一理ある……かもしれない。しかし言い分がどうであれ、シェリーの心は幾分か軽くなった。

ベガは気恥ずかしくなったのか、足早にその場を立ち去る。その様子を優しい目で見送ると、シェリーは寝室に戻り、借りた本を開いた。

今考えるべきは、継承者の謎についてだ。

といってもベガやハーマイオニーが散々調べ尽くしたので目新しい情報は無かったが、情報を整理することは大事なことだ。何かが見えてくるかもしれない。

まず、去年のハーマイオニーが使ったような石化呪文。あれは時間が経てばすぐ解けてしまうし、今回のように死の一歩手前のような石化ではない。どれだけ強力な魔法使いが使ったとしても、せいぜい数時間石化させるのが関の山だ。

次に、魔法生物を操って石化させたという線。半永久的に石化させることのできる生物は少なく、その数は大分限られてくる。

 

「ええっと……石化能力を持つ魔法生物は、猛毒と高い不死性を持つとされるメデューサや、近付いた鳥獣を見境なく殺すという殺生石を作る妖狐……うーん、生徒どころか大人でも手懐けられるかどうか…ハグリッドなら何とかできそうだけど」

 

調べたところによると、妖狐は人間に化けることもあるらしく、人間と恋に落ちて子供を出産したという例もあるらしい。今でもニホンの魔法界にはそういう人と魔法生物の血が両方流れているケースが多々あるらしい。特に最近はその傾向が著しく、校長がそういった訳ありの生徒にも門戸を開いているのだとか。

ともあれ、有用な情報はメモしておかなければ。近くに羊皮紙が無かったので、シェリーはロンから貰った日記帳を開くと、走り書きで『ヒトを石化させる方法』と記した。側から見ればまんま継承者そのものな行動である。

そして、日記帳に吸い込まれたインクに驚愕する。紙に染み込んだかと思えば、何も書かれていない、まったくの無地の状態になったのだ。試しにインクを一滴垂らしてみると、やはりインクは数瞬すると日記帳に吸い込まれてしまい、白紙に戻る。

双子の悪戯グッズだろうかと疑問に思っていると、白紙のページが黒く滲み、文字が浮かび上がってきたではないか。

 

『あなたは誰ですか?』

 

これはどういうことだろう。この日記帳はよもや、会話ができる魔法グッズということなのだろうか。

シェリーは好奇心に駆られるままに、羽ペンにインクを浸した。

 

『私はシェリー・ポッターです』

『会えて光栄です。私はトム・リドル』

『トム、この日記帳は、どういう仕組みで動いているのですか?』

『私はとある生徒によって作られました。記憶と魔力を日記帳に封印し、ちょいとばかし喋れるだけの機能をつけたのです。ホグワーツにかつて起きた惨劇を忘れないために。かつて起きた脅威を決して風化させないために』

『惨劇?』

『秘密の部屋、そしてスリザリンの継承者が引き起こした事件です』

 

シェリーはぎょっとして表紙の裏を確認した。一九四三年。ちょうど五〇年前だ。

前回の『秘密の部屋』事件も、たしか五〇年前に起きたと記憶している。

……分かるのか?前回の事件の真相が。

いや、いずれにせよ、今回の事件は正直手詰まりになっていたところだ。新しい情報が得られるなら、何でもいい。

 

『お望みとあらば、私はあなたに事件について見せることができる』

『………見せる?』

『ええ。書くのでも読ませるのでもない、見せる、です。私は他人を自分の記憶の中に連れて行くことができる。それが最も適切かつ的確に、美化も劣化もないありのままの真実を伝えられることが出来る』

『……………』

『真実を求めますか?』

『はい』

『ならば誘いましょう。愛しきかつての学び舎へと。哀しきかつての我が家へと』

 

シェリーが何か答える前に、身体が本の中へと吸い込まれてゆく。精神を、引きずって、肉体ごと連れていこうというのだ。

それに抗うよりも早く、日記帳は彼女を飲み込んでいき、そして後には静寂だけが残った。

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

「……こ、ここは?」

今さっきまで談話室にいた筈だが、急に本の中に引っ張られたかと思えばホグワーツの廊下だ。周りの風景がセピア色なのを鑑みるに、過去の……おそらく、五〇年前のホグワーツなのだろう。

そして、突然現れたシェリーに反応することなく立っているこのスリザリンの少年はーー誰だ?

 

「あの、すみません、ここは……」

『…………』

「あ、あの……?」

 

無視されているのかと思ったが、そもそも向こうから認知されていないらしく、少年は廊下の前を行ったり来たりと忙しなく歩き回る。奇しくも、そこは第一の事件が起きた廊下。血文字が壁にデカデカと書かれていた事は、記憶に新しい。

それにしても、なんとまあハンサムな少年だ。街を歩けば男女問わず振り返るであろう整った顔立ち。小綺麗に整えられた黒髪 は艶があり美しく、女より白い肌は艶美な色気を感じさせる。どこへ行っても、その美貌は埋もれる事はないだろう。しかし今に限ってはその顔には陰りが見える。

 

(マートルが見たら喜びそうだなあ……)

『!先生、ダンブルドア先生!』

「えっ、ダンブルドア……?」

 

まさかと思いながらも少年の視線の先に目を向けると、そこには老齢で白い髭の大魔法使いの姿が。しかしよくよく見てみれば、眼鏡のデザインは違うし、髭も髪も今より短く、それに何より若々しい。

というより驚くべきは、五〇年前なのに既に爺さんという事実である。魔法使いはマグルより長命という話は去年本人の口から聞いたが、一体今幾つなのか。

 

『おお、トムや。消灯時間はとうに過ぎておるよ』

『すみません先生。ですが、どうしても聞いておきたい事があって』

『………秘密の部屋について、かね?』

『女子生徒がひとり、死んだと』

『どこでそれを?』

『先生もご存知でしょう、ホグワーツは噂が広まりやすい。人の口に戸は立てられぬということです。……だが……そんな……本当に?』

 

沈黙が全てを物語っていた。

ダンブルドアの顔は、よくよく見れば深い悲しみと疲れが垣間見えるような気がした。常に生命力に溢れた彼らしからぬ、しょぼくれた老人のような顔だ。まさか、こんな顔を浮かべるとは。

トムと呼ばれた少年もまた、ハンサムな顔を土気色にして項垂れた。予想はしていたとはいえ、ダンブルドアの口から改めて聞いてショックだったのだろう。

 

『秘密の部屋の怪物が殺した……という事ですか』

『何とも言えぬ。儂がただ一つ言えるのはーー誠に、残念な事じゃがーーホグワーツで未来ある子供の命が一つ、喪われた。不甲斐ない事じゃが、大人たちはその命を守れなかったのじゃ。その責任は取らねばならぬ』

『……閉校、ですか』

『もはやここに安全はない。生徒達は家に帰らねばならぬ。どれだけ嫌な所だとしても、そちらが安全なのじゃ。トムや、ディペット校長に夏休み中はホグワーツに残れるよう言ったそうじゃが、それを許すわけにはいかぬ。分かっておくれ、トム』

『僕の家はホグワーツだけだ!ここが僕の故郷であり、家なのです!』

『そう言ってくれて嬉しいよ、トム。じゃがそれでも死は平等な恐怖なのじゃ。君達を死なせる訳にはいかん』

 

トムの顔が曇った。

この少年がどんな事情を抱えているかは分からないが、シェリーのように複雑な家庭なのだろうか。ホグワーツはそんな子供達にとって、とても暖かい家なのだ。

 

『………………………僕が、怪物を、犯人を捕まえれば』

『何かね?』

『ーーーー………いいえ。何でもありません、先生。失礼します』

 

一礼して踵を返すと、トムは自分に言い聞かせるようにブツブツと独り言を始める。組み分け前のハーマイオニーといい、頭脳明晰(と思われる)生徒は緊張すると早口になる癖でもあるのだろうか。内容はよく聞こえなかったが、きっとうまくやる、大丈夫だ、といった言葉が断片的に聞こえた。

そして黒髪の少年はスリザリン寮に帰ることなく、まるで身代金を要求する犯人のいる事件現場に突入するかのように慎重に歩を進めた。

とある部屋の扉の前で立ち止まり中を覗くと、そこには毛むくじゃらの大柄……というより巨大な少年が、同じく毛むくじゃらの何かに言い聞かせているようだった。遠近感が狂いそうになる光景である。

トムは好機を得たり、といった風に部屋の中へと侵入した。巨大な少年が目を大きく見開き、青ざめる。

というより、ハグリッドだ。

まさか、五〇年前の事件に、優しき森の番人である彼が関わっていたとは。いや、関わっていたというよりはむしろーー。

 

『動くな、ルビウス。ーーまさかとは思ったけれど、君が犯人だったなんて』

『ト、トム!ちげぇんだ!誤解なんだ、アラゴグはやってねえ!』

『何が違うものか。人が一人死んでいるんだぞ。蛇寮だとか獅子寮だとか、もはやそんないがみ合いの範疇を超えている。君が放したその怪物のおかげで彼女の尊い命は喪われ、ひいてはホグワーツの立場も怪しいものになっているんだぞ!』

 

向けられた杖が降ろされる事は無いと悟ったのか、ハグリッドは情けない声を出しながらも、化物を庇うように立ち塞がる。

 

『分かるだろ、ルビウス。君のそのペットがこれほどまでの問題を起こした以上、責任は取らなきゃいけないんだ。僕もできる事なら、同じ学び舎の生徒を傷つけるような事はしたくない』

『そんな事ねぇ!アラゴグは、俺が言って聞かせてるんだ!勝手に生徒を襲うような事は絶対にしねえ!』

『仮にそいつが生徒を襲ってないとして、今後もそうだという保証はどこにある!』

 

二人の会話はどこまでも平行線だ。

口論の末、先に動いたのはーートムでもハグリッドでもなく、その化物だった。

箱から飛び出したそれは、恐るべき速さで壁を走っていく。毛むくじゃらの胴体から伸びた巨大な脚は、否応にも異形の生物を想起させた。

 

「そこかッ!『アバダーー』」

「やめろおおおおおおおっ!!!」

「ッーーーーールビウス、貴様ッ!」

 

咆哮が上がった。

ハグリッドの突進を躱したトムだったが、その隙を突いて化け物が扉の隙間から脱走する。トムが間髪入れずに魔法弾を放つが、時既に遅し。獲物を取り逃がしたことに苛立たしげに舌打ちすると、なおも暴れるハグリッドに数発魔法を放ち、彼を沈黙させた。

騒ぎを聞いて駆けつけてきた生徒や教師陣が雪崩れ込む。彼等は羨望を、あるいは畏怖を、あるいは尊敬の眼差しでトムに視線を注ぎ、そしてハグリッドには軽蔑と憤怒と驚嘆の視線を放った。

その場で蹲りすすり泣くハグリッドに、トム・リドルはあくまで険しい顔を崩しはしなかったが。仮にも同じホグワーツ生を摘発するのには、彼としても気が引けるものがあったのだろうか。

ーーその顔がどこか、憂いを帯びていたような気がした。

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

日記の記憶はそこで終わっていた。

いつの間にか寝室のベッドに放り出されている。空の色が変わっていないのを見るに、おそらく殆ど時間は経っていないのだろう。しばらくの間動けずにいたが、やがてハッとしたように立ち上がると、医務室へと走った。幸運なことに、お目当ての人物はすぐに見つかった。

 

「ハーマイオニー!……と、ロンも!」

「あら、シェリー。あなたもお見舞いに来てくれたの?聞いて頂戴、ロンったら来年の選択科目についてまだ何も考えてないんですって。呆れちゃうわよね」

「僕は全教科取るとか抜かした君の方こそ何も考えてないんじゃないかって呆れてるところさ、あぁ。……シェリー?」

「ハグリッドが、ハグリッドが前回の継承者だったの!どうしよう、私達、どうしたらいいか……」

「な……ちょっと待ちなよ、シェリー。ハグリッドが、何だって?ちょっと少し落ち着きなって」

 

二人は怪訝な顔をしたが、シェリーの話を聞くと更に怪訝な顔になった。そりゃあそうだろう。ハグリッドが五〇年前にホグワーツのどっかの秘密の部屋を開いて怪物をペットにして、そいつが女子生徒を殺してどっかに逃げて、そして今もホグワーツのどっかをほっつき歩いているという話を誰が信じるというのか。しかも情報源はどっかの日記である。

 

「頭のどっかがどうかしちゃったのかい」

「うん……まあ……正直、私も話しててちょっと信憑性に欠けるかなー…とは、思ったけれど………」

「その日記、マートルのトイレで拾ったって言ったわよね?五〇年前の男子生徒の日記が、どうして女子トイレに?それに、聞けば中々面白い魔道具のようだし」

「……考えれば考えるほど、怪しい」

 

本来ならこの日記はマクゴナガルに渡すのが正しいのだろうが、透明マントの時のような例もある。あのマントのお陰で、継承者の捜査も大分捗ったのだ。……まだ見つけられていないどころか、手がかりすらないのだが。

 

「マントは一応プレゼントとして贈られてきた物だけれど、トイレに流されていた日記は、ロン達がたまたま見つけたのよ?何があるか分かったもんじゃないわ。それに毛むくじゃらで石化させる能力を持った魔法生物なんて、私の知る限りいないわ」

「じゃあ存在しないね。君が知らない事なんてないもんなぁ」

「んー…やっぱり、ハグリッドに直接聞きにいくしかないのかな」

「やあハグリッド、最近毛だらけの怪物を生徒に襲わせなかったかい?ってか。そりゃさぞや良い話の種になるだろうね」

「……次に事件が起きない限り、何も聞かない事にしましょう。ミセス・ノリスとコリン以降、被害者は出てない訳だし」

「この日記、どうしよっか?」

「君が持ってていいんじゃないの?ぱっと見はただの日記帳だし、ね」

 

しかし数ヶ月後、日記は無くなった。

クィディッチの練習が終わり、箒片手に寝室へ入ると、部屋の中が荒らされ放題。ベッドが全てひっくり返され、カーテンはズタズタに裂かれている。ぐちゃぐちゃの教科書類を見て、ハーマイオニーが発狂していた。しかし……悪戯にしては酷すぎる。

パーバティとラベンダーのベッドの下に隠されていた薄い本が何なのか疑問に思いつつも、部屋を探索していくと、奇妙な光景が目に入る。インクが床にぶちまけられていたのだが、ある一部分だけインクが全く付着していなかったのだ。

 

「他の荷物は盗られていないのに、日記帳だけが……?」

「あんな古臭い日記帳を、わざわざ部屋中探して持って行ったってのかい?しかも犯人は同じグリフィンドール生だ」

「グリフィンドールの女子、よ。女子寮には男子は入れないようになってるの」

「なんだいそりゃ、酷い差別だ」

 

正直、部屋中荒らされて内心穏やかではなかったのだが、クィディッチ対抗杯はもう目の前だとウッドが騒ぐのでそれどころではなくなった。

持ち物がなくなるのも、部屋が荒らされているのも、いつもの事だ。そうシェリーは結論付けると、なるべく考えないように心掛けつつ、地面を蹴る。今日は絶好のクィディッチ日和。風の調子も良く、天気も最高と言って差し支えない。

 

「ウオオオオオオオオッッ、今年こそ優勝杯はグリフィンドールの物だああああああああ!!!」

「うわっうるせえ!朝からテンション高すぎるだろ、ウッドのやつ」

「危ない人だわ」

「あ、あははー……危ないといえば、そういえば私のアレは幻聴だったのかな。ほら確か、殺してやるー、って」

「ああ、そういえばそんな事もあったわね…………………っ!!!」

「?ハーマイオニー?」

 

ハーマイオニーはハッとして口元を手で隠した。これは、彼女が何かに気付いた時の表情だ。何に気が付いたというのだろう、日記を盗んだ犯人か、それとも秘密の部屋を開いた継承者の正体か、それともーーー部屋に封印されたという化物の謎か。

 

「わ、私、ちょっと図書室へ行って調べ物してくるわ!すぐに……は戻れないでしょうけど、でも確かめなくっちゃ!」

「しょ、正気かい?もう試合始まっちまうよ。調べ物なんて後ででもできるだろ?」

「本当にごめんなさい!でも、また新しい被害者が出る前に、突き止めないと!」

 

明らかに気が動転している。

落ち着けといっても無駄だろう。だが…こういう時の判断において、彼女が間違った事など、ない。

ベガも言っていた。親友を信じてみろ、と。今がその時なのか?今この時、彼女を信じてみてもいいのか?

……何を迷う事があろうか。

 

「……ハーマイオニー、行って!スニッチと対抗杯は絶対獲ってくるから、あなたは化物の正体を!」

「ええ、わかったわーーシェリーをお願いね、ロン」

「あ、ああ……」

 

シェリーはクィディッチ・ピッチに向かって歩みを進める。彼女に感じていたのは、信頼だ。きっと大丈夫、きっと上手くやってくれる。そんな不確かな信頼。シェリーが抱いた淡い希望は、僅か数時間のうちに無残に砕かれる事になる。

いよいよ試合が始まるーーそんな時に、マクゴナガルが拡声呪文を使ってクィディッチは中止だと宣言。背筋にうすら寒い物が走った。シェリーとロンが医務室に呼ばれ、脳裏に浮かぶ嫌な予感を何度も振り払いながらも、扉を開いた。

 

「ハーマイオニーッ!!!」

「嘘…………」

 

いくら呼びかけても、いくら泣いても、ハーマイオニーは目を覚ましちゃくれない。目は開いているのに、光が灯っていない。

右手を上空に上げてーーというより、右手を前に突き出した状態で石化し、そのまま仰向けに寝かされていた。

なぜ、彼女が。

ロンが血が出るほど唇を噛み締めている横で、シェリーはただただ泣くしかできなかった。スプラウト先生曰く、マンドレイク薬で治るそうだ。それは分かっている。それは分かっているのに、何故涙は溢れてやまないのか。

あの時、ハーマイオニーを一人にしなければ。後悔とは、まさしくこの事を言うのだと知った。

 

「………ッ、ッ!ご、めんなさい……!ごめんなさい……!私があんな事言わなければ……、ああ、ごめん、っく、ごめんなさい、ハーマイオニー……!」

「……………シェリー、もう戻ろう。そろそろ面会時間も終わる」

「……わ、私、ハーマイオニーを一人にしたくない……!この子を、もう、独りぼっちにさせたくないの………!」

「………ッ、しっかりしろ、シェリー!」

 

生ける石像となってしまったハーマイオニーに縋り付くシェリーを、ロンは無理矢理引き離した。

目元は腫れ、涙でぐちゃぐちゃだ。何も死んだわけじゃない、時期が来ればいずれ蘇る……そう言われても、納得できない。できるはずもない。何故こんな目に、マグル生まれだからか?マグルがどうして罪になるというのだ。マグルが過去に何をしたというのだ。何か……許されざる罪を犯したとでもいうのか。

 

「いいや、ハーマイオニーは悪くない。悪いのは全部継承者だ。それを証明するために、僕達はハグリッドのところに行かなくっちゃいけないだろ?」

「どうして…………ぁ」

「日記のことを問い質すんだよ」

 

善は急げという事で、ロンと共にハグリッドの小屋へと向かう。ハグリッドと会うのも久しぶりだ。去年から会っていなかったような気すらしてくる。しかし時間も押してきているので、要点だけ聞かなければ。

結論から言えば即、吐いた。

二つの意味で。

ハーマイオニーが襲われた事でヤケ酒を起こし、森番の仕事もそこそこに昼から泣き腫らしていたのだという。

そしてスリザリンの継承者かどうかについては、明確に否定した。

 

「スリなんとかの継承者っちゅうもんが、俺に務まるわきゃねえ!俺にできるのはせいぜい森番の仕事くらいだ」

「君はそれをサボってる訳だけどね」

「最近はおかしい事ばっかりだ。事件はそうだし、雄鶏は誰かの悪戯で殺されちまうしよぉ。おまけにハーマイオニーまで……クソッ!なんでハーマイオニーがあんな目に遭わなきゃならんのだ!」

「じゃあ、僕達が考えてた、学校のどこかに何十年も閉じ込められてる怪物的な生物を、君が可哀想に思って、ちょっと外に散歩させようとして……っていう仮説は」

「まるっきり外れちょる。つっても、俺も怪物の正体は知らんのだ。杖を折られて退学になってから、新しい被害者も出なかったもんでよお」

「擦りつけられたんだろうね、きっと……怪物について何か心当たりはない?」

「あー、その秘密の部屋の怪物と、俺の育ててたあいつは仲が悪いみたいでよぉ。名前すら教えてくれなんだ」

 

仲が悪い。ということは、どちらかが天敵という事だろうか。それならば、魔法生物の検討もつくというもの。

ハグリッドが育てていたという生物について詳しく聞こうとして……無造作にノックがされた。ハグリッドはシェリー達を手頃な樽の中へ放り込むと、石弓を構え、緊張した面持ちで扉を開ける。

入ってきたのはダンブルドア校長。そしてやや古い背広を着込んだ壮年の男性と、ボディーガードらしき、中性的で温和そうな男が訪問してきた。

 

「ダンブルドア先生様!それに……ファッジ大臣まで!」

「あー、ハグリッドや。こんばんわ、刺激的な登場だね。あー、ちょびーっと、お話させてくれるとありがたいんだが」

 

背広を着た男はなんとロンの父親のボス、この国の事実上のトップ、魔法省大臣のコーネリウス・ファッジなのだという。どこか落ち着かないというか、自信なさげに見えるのは気のせいではないだろう。

 

(おったまげー…預言者新聞で見たよ。あいつの顔に落書きしてたなぁ)

(きゃっ……ロ、ロン、あんまり動かないで、バレちゃう!そ、それに……そこは触っちゃ駄目なところだから……)

(え!?い、今僕はいったいどこを触っているんだ!?)

 

「お、俺をアズカバンに!?」

「コーネリウス、ハグリッドを投獄したところで事態は好転せんよ。それは前にも何度も何度も散々話したはずじゃがのう。ボケが始まったのかの?」

「……それは自分の年齢をネタにしたジョークのつもりか?君よりは若いさ、あぁ。分かってくれ、魔法省にも立場がある。何かやっていますというアピールをせねばならんのだよ」

「だからといって……」

「ハグリッド、よく聞いてくれ。新しい被害者が出たんだ。シェーマス・フィネガン、ジャスティン・フィンチ・フレッチリー、テリー・ブート、マーカス・デルビィ、ペネロピー・クリアウォーター!その全てが石になって固まっていたんだ!」

「う、嘘だろ!?」

 

まさかここ数ヶ月出なかった被害者が、こんなにも多く、そしてこんなにも早く出てしまうとは。見知った名前もあるだけに、ショックと恐怖は尚のこと大きい。

だが……しかし何故、事件が再発してしまったのか。一部の人間からは、脅威は去ったとすら考えられていたのに。

……『何か他のことをやっていて、事件を起こす余裕がなかった』?

 

「ここまで被害者が出た以上、こちらときても手をこまねいている訳にはいかんのだよ。大衆を安心させなければ」

「五〇年前の事件を引っ張り出したんですかい、大臣!」

「ああそうだ。事実はどうあれ、書類上は君が犯人……ということになっている。ならば重要参考人として、君を短い間ではあるが拘束しなければならんのだ」

「そ、そんな。俺はアズカバンなんぞ…」

「認めたまえ、君が置かれた立場を」

 

氷のように冷たく言い放ったのは、嫌味ったらしいブランド品に身を包んだ、プラチナブロンドの中年男性。ドラコやその妹コルダの父親、ルシウス・マルフォイだ。

そしてその側についているのは、やはりボディーガードだろうか、浅黒い肌の気の強そうな女性だ。

 

「マルフォイ……おめぇみてえなのが一体何の用だ!?え!?」

「私とて、来たくて来ているわけではない。仕事上仕方なく、だ……おや、もう着いていたのですな、大臣」

「あぁ、ルシウス。どうしたのだ?」

「緊急の用にて、馳せ参じた次第。そこの校長に伝えなければならん事がある」

「ふーむ、アイスの当たりくじでも当たったかのう」

「黙れ。……こほん、ホグワーツ理事会はさっきばかし貴方に停職命令を決定したところだ」

 

停職。つまりダンブルドアが、校長でいられなくなるという事。それはファッジも聞かされていなかったらしく、口を大きく開けた二人に見せつけるかのように、懐から理事十二人分の署名を書いた紙を取り出した。ルシウスが勝ち誇ったような笑みを浮かべたのは、気のせいではないだろう。

 

「今はこれだけだがーー来年までには、貴方を解任させるという話も出ている。荷物を纏めておくことをお勧めしよう」

「ほほう」

「あー、ルシウス。勘弁してくれ、胃が痛くなるから。これからのホグワーツは誰が守るっていうんだ」

「少なくとも、ダンブルドア、貴方ではないという事ですよ。降りかかる火の粉を払えていないのだから。まあーーこのままではマグル生まれが全滅してしまうかもしれませんなぁ。それがどれだけ、あー、重大な損失か、分からないわけではあるまい」

「貴様ッ!」

 

ダンブルドアどころか、暗にマグル生まれをも馬鹿にしたような口調にハグリッドは激昂した。なんせ、ついさっきまでハーマイオニーの身を案じて酒をあおっていたのだ。そこに燃料を投下すれば、彼の心に火が着くのはたやすい。

大男がルシウスの胸ぐらを掴んだーーそれと同時に、彼の首元へ二つの杖が突きつけられた。ボディーガード達の杖である。

樽の中からはあまりよく見えなかったが、その動作は洗練されており、彼等が戦闘のエキスパートである事が伺える。おそらく彼等は、魔法省における生粋の戦闘員、闇祓いだ。

 

「悪いけどマルフォイ氏から手を離してくれないかな、ハグリッド」

「アタシ達も手荒な真似はしたくないんだよ。せっかく古巣に帰ってきたってのに、友達同士でケンカなんて嫌だよ」

 

動いた拍子に、二人のボディーガードの帽子が取れて、床に転がる。その下の顔を見てハグリッドは驚愕した声を上げた。

まさか知り合いなのか?

 

「お前達……帽子で見えなかったが、もしかして、エミルにチャリタリか!?」

「ん。久しぶりだね」

「……ハハッ。まさか、アンタとこんな形で再会するなんてね」

 

チャリタリと呼ばれた褐色肌の女性は、申し訳無さそうに頭を下げる。闇祓いとしてはまだ若手なのだろうか、二十代前半ほどの、快活でサバサバとした印象だ。女性なのに、言動や立ち振る舞いは男らしい。

反対にエミルと呼ばれた男性の方は、女と見紛うほどの美形っぷりだ。白い英国特有の肌はシミひとつなく、長い髪も相まって、遠目からでは女にしか見えない。

なんとも凸凹したコンビだが、それでも杖はぴったりと首元を狙っていた。いつでも魔法を放てるぞ、と。

 

「何をごちゃごちゃと話している。私と大臣を守るのが君達の役目だろう」

「んー、それなんですけどね、マルフォイさん。ここいらで任務の内容を変える訳にはいきませんか」

「何だと?」

「だって、秘密の部屋の怪物だの、継承者だのを倒せばいいだけの話なんでしょう。学校に任せらんないんなら、僕達闇祓いがやればいいんですよ」

「そーそー。アタシ達は学生時代にお世話になった人に杖を向けるために、闇祓いになったんじゃないよ」

「何を言うか。君達が杖を向けるのは、私達に仇なす人間だ。マッドアイに教わらなかったか?」

「状況に応じて自分の信じる行動を取れ、とも教わったけどね」

 

一触即発。

二人は睨み合い、チャリタリはいつ杖をルシウスに向けるか分からないし、ルシウスもいつでも杖を抜ける体勢だ。

樽の中からではあまり見えないが、少なくともチャリタリとエミルはやり手だ。杖を抜く速度、いつでも逃走できるように窓やドアを背にする立ち振る舞いで分かる。彼等がここで衝突すれば、確実にどちらかは無事では済まないだろう。

その合間に飄々と入ってきたのはそれ以上のやり手、どころか全ての魔法使いの頂点に立つダンブルドアだった。先程まで火花が飛んでいたというのに、よくその中に気軽に飛び込めるものだ。世界最強の力と座が生む豪胆さなのか。

 

「杖を降ろしなさい、チャリタリ。そうカッカすると小皺が増えちまうよ?ほれ、キャンデーをあげよう。ほっほ。ルシウスもいるかね?……要らない?」

「…自分の立場が分かっているのか」

「分かっているとも。理事が儂の退陣を望むならそうしよう。しかしすまんハグリッド、儂にはお前を守る権力が無くなってしもうた」

「そんな、謝らねえでくだせえ!俺にとってはあんたはいつまでも俺を拾ってくれた先生なんだ!」

 

尚も態度を崩さないダンブルドアを見てフンと鼻を鳴らすと、用件は済ませたとばかりにそこから去っていった。ハグリッドはその後ろ姿を睨みつけ、エミルとチャリタリは複雑そうな顔で彼を見送った。

 

「あー、とにかく。君にはアズカバンに来てもらう。少しの辛抱だ、すまんが抵抗はしないでくれ」

「ああ、分かっちょるとも、ファッジ」

「…すみませんが、これも仕事なので」

「………ゴメン」

「気にすんな。久し振りにお前さん達に会えて良かったよ。……あー、と」

 

大男はちらり、というかシェリー達の入った樽の方をガン見すると、

「あー!あー!誰かファングに餌をやってくんねえかなー!あと、俺が飼っちょったもんを知るには蜘蛛を、そう、追えばええんじゃないかなー!」

「どうしたハグリッド。気でも触れたか。精神をしっかり持つんだ」

「ま、負けんなハグリッド!アタシ、絶対面会も行くし、手紙も書くからなっ!絶対吸魂鬼なんかに負けんなよっ!」

「……………?」

「ほっほ。では行こうかのう」

 

先程までの喧騒がどこへやら、小屋の中はしんと静まり返った。

蜘蛛を追え、とは一体どういう事だろう。何らかの比喩かと思ったが、彼に限ってそれはない。何せハグリッドなのだ。

暗号だの何だのは考えずに、言葉通りに捉えていいだろう。

 

「こ、これを追うのか……うわぁ」

「蜘蛛苦手なの?」

「そ、そんな、苦手ってほどじゃあ、ごめんなさい大の苦手です、うわぁ」

 

蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛。

蜘蛛の大群が、森の奥深くへと走っていく。この怪奇現象は何なのか。何が起こっているというのだ?

半泣きのロンの手を取って、シェリーは蜘蛛を追って森の中へと進んでいく。ルーモスで光を灯せば、その蜘蛛の異常なほどの数に驚いた。我先にと、何かから逃げるようにして森の奥へと向かっている。

ごくりと唾を飲み込んだ。

この先に何が出るのか。蜘蛛の列を辿っていった先は、生い茂った木々が作り上げた暗闇の中。禁じられた森に、今ふたたび足を踏み入れた。

 

「行こう、ロン!」

「やだ!」

 




◯新キャラ・闇祓い

エミル(20代後半)
長い髪の中性的な男性。人を食ったような性格。
遠距離からの魔法が得意。

チャリタリ(20代前半)
褐色肌の勝気な女性。男勝りで、サバサバとした性格。
魔道具や罠に関しての知識が深い。

せっかく出しておいてなんですが、この二人の活躍は今年中はありません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。