シェリー・ポッターと神に愛された少年   作:悠魔

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6.蜘蛛

怯えるロンを宥め賺して、なんとか森の奥深くまで入っていく。

月明かりと杖の灯りがあるとはいえ、木々が乱立し、鬱蒼と生い茂る草を避けて、尚且つ小さな蜘蛛を追いかけるというのは否応にも焦燥を抱かせる。

おまけに、歩みを進めるごとに森は暗さを増していき、足元を蠢く蜘蛛の数は増えていく一方だ。ロンは全身をぶるぶる震わせるのに釣られたのか、シェリーが髪をかきあげると額に脂汗がびっちょり付いているのに気がついた。

その恐怖に輪をかけるように、明らかに巨大すぎる蜘蛛が次々と増えていく。脚が腰の高さまであるような大きさの蜘蛛が、そこら中からちょっかいをかけてくる。鳴り止まぬ鋏の音が不吉だ。ご馳走を目の前にしてナイフとフォークをかちゃかちゃいわせているように聞こえる。

 

(蜘蛛は別に嫌いじゃない……むしろ結構好み……だけど、ここまで大きいと……ちょっと、怖いな……)

 

腕に収まるくらいのテディベアなら可愛いと思えるが、真夜中に二メートルはある熊の着ぐるみに取り囲まれれば、流石に可愛さよりも怖さが勝る。

子供の頃にちらりと見た、可愛い着ぐるみのキャラクターがチェーンソーを振り回すホラー映画を思い出した。あの時はたしかダドリーが恐怖のあまり失神して、バーノンが制作会社に怒鳴り込んだのではなかったか。そんな事を考えていると、ふと後ろからおどろおどろしい声が。

 

「シェリィィィイ………」

「わっ!?……び、びっくりした、ロン。どうしたの?急に」

「あ、あれ………」

 

半泣きのロンが指を差す先には、木で形作られた天然のクレーター。月明かりが差し込んだそこは、絵本に出てきそうな幻想を抱かせる。青く光る露草を、月白のキャンバスに塗りたくったかのような美しさ。辺り一面に張り巡らされた蜘蛛の糸は、月の光を受けて淡く控えめに輝いていた。

禁じられた森にも、このような綺麗な場所があるのか……。思わず口を呆と開けてしまうが、ロンが指差したのはそこではない。

幻想的な風景に浮かぶ異物。毛むくじゃらの粗暴な蜘蛛が、うじゃうじゃと。何十匹もの大群になって待ち構えている。百匹はゆうに超えているだろう。そしてその中心には、一際大きな、ボスと思しき蜘蛛が鎮座していた。シェリー達など一飲みにできそうなほどの大きさの。

その蜘蛛特有のーープレッシャーのようなものに気圧されそうになりながらも、ごくりと唾を飲み込むと、シェリーは第一声を放った。こういうのは第一印象が大事なのである。

 

「あなたが、アラゴグ……?」

「ーーいかにも」

 

聞いておいてなんだが、まさか流暢な英語が返ってくるとは思わなかった。いや、一部の魔法生物は人語を介するというし、この怪物が話せても何の問題もない……のだが、人の言葉を使うのはあくまで人に近しい種族の話であって、人とは大違いの節足動物が使えていいものだろうか。

いやでも、そういえば自分も蛇語使いなので爬虫類と会話できてるし、そういうのは問題じゃないのかもしれない。

寧ろ人と話せる蜘蛛がいるなら、蛇と話せる人間がいてもいいのでは。ーーいや、そのアラゴグは化物扱いされているし、やはり自分は異端の存在なのだ。

さて、目の前の蜘蛛は(一応)話は通じるようだ。上手いこと彼から情報を引き出さなくては。

 

「……わ、私達、ハグリッドの友人で」

「ハグリッドはここに人を寄越した事などただの一度もありはしない。貴様達がハグリッドの友人という証拠がどこにある」

「………私達が彼の名前を知っている、それが証拠にはならないかな」

「名前なんぞ、いくらでも聞き出せる」

「私達じゃ彼をどうこうするなんて絶対無理だよ」

「ぬかせ。酒を飲ませれば一発だ」

「…………それは、まあ、うーん……」

「まあいい。久々の客人だ、歓迎してやろうじゃないか」

 

自分達などいつでも殺せるという自信の表れだろうか。たしかに、下級生ではてんで相手にならないだろう。数が多すぎる。

おまけにこの蜘蛛達には見覚えがある。人を石化させる魔法生物を調べていた時に知った、アクロマンチュラと呼ばれる種族。

見た目は蜘蛛そのものだが、問題はその大きさ。大人になると馬車馬ほどのサイズになり、おまけに人肉を好む。そして危険度でいえば去年のドラゴンと同等だ。

これはまずい、と思うや否や、シェリーはロンに指で合図を送ると、彼は合図を見てぶんぶんと頭を振った。蜘蛛達に気付かれやしないかと心配したが、どうやら震え過ぎて痙攣したと思われたらしい。ロンがビビリでよかった。

 

「ハグリッドが大変なの。牢獄に入れられちゃって」

「牢獄だと!」

「ひぃっ」

「何故……何故、あのように優しい男が。いや、心当たりはある……多すぎる。つい去年も、ドラゴンを飼おうとしていたようだし。奴はいつも生物に危険性を求めてしまう、そう、五十年前もそうだった」

「五十年前……そう、あなたがスリザリンの遺した怪物だと誤解されたことで、彼が投獄されてしまったの」

「馬鹿な。わしはその怪物とやらではないし、ハグリッドも継承者ではない。人間どもめ、また同じ過ちを繰り返すのか!そもそもわしはノルウェー出身だ、わしが妻モクザを娶ったのもこの森に移り住んでからのこと!事件とは何ら関係ない!」

 

興奮したのか、鋏をがちゃがちゃと鳴らすアラゴグ達を見て、ロンはますます縮み上がり、シェリーの身体に情けなくしがみつく。彼と一緒に来たのがシェリーでよかった。他の女子なら幻滅してビンタかましてるだらう。

 

「だ、大丈夫だよ、ロン。すぐ終わるから、ね?……五十年前に女の子が襲われたって聞いたよ。その犯人が誰なのか……怪物の正体は何なのか、分かる?」

「わしらはアレについて話さん、天敵なのだ。断じて、な。恐ろしや……アレが現れた時、物置部屋から出してくれとハグリッドに頼んだのをよく覚えている。女子トイレで人間の女の子を殺したのも、おそらくはそいつが」

「……そっか。ありがとうアラゴグさん、私達もう行くね。ハグリッドの無実を晴らしてみせる」

「うむ、そうか。しかしここで残念なお知らせがある。お前達は今から死ぬのだ。久方ぶりの肉を前にしてみすみす帰すわけにはいかん」

 

何ということだろう。どうやら帰るのは不可能らしい。薄々感じてはいたが。そもそもここまで親切に教えてくれる方が不自然だったのだ。

しかしこちらは帰らなければならない理由が沢山あるのだ。秘密の部屋の怪物、スリザリンの継承者、ミセス・ノリス、コリン、ハーマイオニー、ハグリッド。それにこのまま放っておけばホグワーツはマグル生まれの生徒は全員粛清されてしまう。

その旨を伝えようとしたところで、シェリーは自分の脚が動かない事に気付いた。大勢の蜘蛛に囲まれて、よもや怖がっているのか。

いや、違う。脚に糸が絡まっているのだ。地面に固定されて、ほんの数センチも動かすことができない。ーー動けない。

 

(謀られた………!)

「お前達が呑気に話をしている間、儂らが律儀に待ってやると思ったか。蜘蛛は約一時間で巣を作る。特に儂の子供らはよく 教育されてるので、お互いに協力してより早く、強靭な巣を作れるのだ。お前達の足元に巣を一つ作ることくらいわけない」

「っ………ぐ、動けない……」

「で、お前達が次に考えることくらい予想がつく。足元の糸を切る『切断呪文』を使う。もしくは周りを全て焼き払う『火炎呪文』系統か。儂らめがけて攻撃呪文って手もあるかもなあ」

「…………!」

「しかしその程度、対策なんぞいくらでも取ってある。糸は容易に切断はできん特別製。切れたとしても即座に修復できる。火をつけようものなら、儂らが糸を操作して引火させ、お前達自身が焼かれる。儂らを攻撃しようとしても、せいぜい数匹が限界であろう。それに脚がもがれた程度なら数時間で再生するしのう」

 

シェリー達がやりそうな手段には、全て手を打たれてある。

彼女達が勉強しているように、蜘蛛も学んでいる。人間の生態について、そして人間の狩りの仕方について。

 

「わああーーッ、僕達は美味しくないよォおおーっ!ていうか百体はいるのにどうやって分けるって言うんだよぉーー!?」

「八つ裂き、ならぬ百裂きにする」

「ヒエエエーーーーッ!」

「ッ、お願い!私達を解放して!」

「嫌だの。……ええーと、こういうのをお前達の社会における遊戯でなんといったかの。確か……ああそう、『チェックメイト』とか言うんだったか?」

 

あくまで人間のゲームに例えるという底意地の悪さ。鋏を鳴らして、蜘蛛達は嗤う。

ロンが見せてくれたルールブックのページが、鮮明に頭の中に映し出される。

チェックメイト。

すなわち終焉。

キングが王手詰みの状態になり、もはや駒を動かす事が不可能になった状態。

すなわちこの状況とぴったり合致してーー

 

 

 

 

 

「ーーー違うよ。だって、まだ私達はチェックメイトじゃないから」

「………うん?」

「……この場合は、チェック……じゃなくて、何て言うんだっけ、ロン?」

「ク、『クロスチェック』さ。相手がかけたチェックに対して、かけられた側が味方のキングへのチェックを防ぎながら、同時に敵のキングへチェックをかけることを言うんだ」

 

唐突にチェスについて解説する二人を見てアラゴグは訝しむ。人間のゲームには詳しくないが、今の状況はもう詰みで間違いないだろうに。気でも狂ったか?

 

「チェスなら僕にも自信があってね。去年の一年生対抗チェスは圧勝で、相手に逆転する暇も与えずに勝ち進んでいたんだけど、決勝戦の相手がベガでさあ」

「……………?何を言っている」

「彼との勝負じゃ酷い目に遭わされたよ。エンディングでお互い何度も逆転があってさ、最後もクロスチェックが決め手になってね………」

「何を言っているのだ、と聞いている!」

「気が付かなかったか?その沢山の目は飾りかよ?

 

ーーチェックメイトに嵌ったのは、お前の方だぜ蜘蛛野郎!」

 

瞬間。

赤い光の筋が空間を走ったかと思うと、数十匹もの蜘蛛が何の前触れもなくーー吹っ飛んだ。

アラゴグは驚愕する。それもそうだ。彼は魔法使いの知識は少ない方だが、それでも一瞬のうちに大勢の蜘蛛を弾き飛ばす術など知らない。ましてや二年生の子どもがそんな高等な呪文を唱えられるなど、全く考慮していなかった!

アラゴグが咄嗟に息子達の心配をしたのが仇となり、シェリー達に切断呪文を使う隙を与えてしまった。彼女達は何度も「ディフィンド!」と唱えてようやく糸が切れたのを確認すると、一目散に蜘蛛達から逃げ出した。

 

「ハァ、ハァ……やったぜ、シェリー!本番でも上手くいったよ!根気よくハーマイオニーに教えられたのが活きたぜ!」

「うん!継承者と戦うことになるかもしれない時、捕縛用に練習してたのが、こんな形で役に立つなんて……!ありがとう、ハーマイオニー!」

 

シェリー達が使った呪文、それは『アラーニア・エグズメイ、蜘蛛よ去れ』という、蜘蛛にだけ効く特攻魔法の類。

下級生にも使えるレベルの、高等でも何でもない呪文だ。この呪文が通用するのはせいぜい一〜二匹が限界である。何故この魔法が、何十体もの蜘蛛を同時に吹っ飛ばしたのか。

 

きっかけはハーマイオニーの提案だ。

継承者とやらを追い詰めたとして、去年のクィレルや、ベガのように格上の相手だった場合、二年生のシェリー達が必ず勝てるとは限らない。

いくら勝負事に絶対が無いとはいえ、分が悪過ぎるというものだ。もしも高い魔力でゴリ押しされてしまったら、パワー負けするのは目に見えている。去年はたまたま上手くいっただけで、謎の石化事件を引き起こせる程の人物を独力で捕まえられるほど、自分達は強くない。

故に思いついた、弱いからこその逆転の発想。シェリー達は数ヶ月前にこんな会話をしたーー

 

『私達が呪文の威力を高めたところで、相手がそれ以上のパワーで攻めてきたら絶対に勝てないわ』

『じゃあ……どうするの?』

『逆に魔法のパワーを弱めてみたらどうかなって考えたのよ。相手に見えないくらい細く魔力の糸を伸ばして、魔法を使うとその糸を通って攻撃できる……っていう仕組みなんだけれど。これは魔法というより、技術……魔術の類ね』

『ああ、要するに導火線みたいなもの?』

『ドウカセン………線路?ホグワーツ特急がなんだって?』

『ロンは黙ってなさい』

 

先日の決闘クラブの際にベガが見せた、魔法の撃ち合いの中でこっそり近くの瓦礫を蛇に『変身』させ、シェリーを拘束するという戦法。そこからヒントを得て、ハーマイオニーは相手を不意に攻撃できる手段を模索していたのだ。今回アラゴグ達に仕掛けた糸も同じ原理である。

蜘蛛達が伸ばした糸の中に、細い魔力の糸……導火線を伸ばして、蜘蛛達にひっつける。そして魔法を『着火』すれば、あとは勝手に魔法を喰らうというわけだ。

ハーマイオニーはこの技術を『魔法糸』と呼んでいる。

 

「糸の展開に時間がかかるのが弱点だけど、大勢相手だと効果抜群だね!」

「っても相手はあのアクロマンチュラだし、魔法喰らってもすぐ蘇って追いかけてくるとは思うけど……!」

「っ、そこ!フリペンド!」

 

シェリーが衝撃呪文を放つと、近くの木から何かが落ちる音がする。それが何か考えるまでもない、十中八九蜘蛛だ。既にここまで迫ってきていたというのか。

こちらは子どもの脚、しかしあちらは森の移動に適した多脚。地の利は蜘蛛側にあるのだ。このままでは追い付かれてしまう。

致し方ない。

シェリーは昔、夢中になって呼んだ昆虫図鑑で得た知識をもとに仮説を立てる。(彼女は気持ち悪いものほど可愛くみえるというハグリッド的な考えを持つ)ふつう蜘蛛はほとんど視力がなく、糸に引っかかった感触で敵を捕捉するのだとか。

しかしこのアクロマンチュラ達は、英語も喋るし知能もある。蜘蛛は目が見えないというマグル界の常識を当て嵌めてはいけないのかもしれない。

進化の過程で普通の蜘蛛にはない能力も手に入れたのだろう、きっと。

 

「きっとーーーこの攻撃も、きっと効くよね!『ルーモス・マキシマ』!」

「グオオオオオッ!?」

「目が、目が見えない!!」

 

薄暗い森の中に、ぎらぎらと暴力的なまでに光る閃光。きつく目を閉じていても、その隙間から否応にも光は瞼の裏を焼いていく。

術を放ったシェリー達でさえこれなのだ、不意に放たれた蜘蛛達はたまったものではない。悲鳴を耳の端に捉えると、振り返る事なく木々の間を駆け抜けていく。

ひとまずはこれで大丈夫だ。もう少し走れば、ホグワーツの敷地内。そこまでは追ってこれまい。

 

「やったよ、ロン!もう少しで逃げ切れる!そう、もう少し、もう少し……走れ……ば………」

そう、思っていたのだが。

何故だ。

自分達は全速力で、一直線に元来た道を走っていた筈なのに。だから、蜘蛛を撒けばこの森から安全に出られるはずなのに。

嘘、あり得ないとシェリーは呟く。

何故蜘蛛達が先に来ている?

走った先に、何故蜘蛛がいる?

答えは簡単。彼等は人間が通れないような獣道を使ったというだけのこと。シェリー達が逃げ惑っている間に、蜘蛛達が独自のルートでこの距離をショートカットして来ていたのだ。

即ち……、

 

「……回り込まれた………!?」

「ああ、そうだぜ!アラゴグ様の指示を聞いていてよかったぜ!」

「ここに先回りしていればやってくるって本当だったんだなァ」

「嘘だろ……こいつ達喋れるだけじゃない、戦略の概念がある!蜘蛛って巣を張って待つだけじゃないのかよおーっ!?」

 

ロンの叫びももっともだ。こんな状況、泣き言の一つも言いたくなる。人間より肉体的に優れたアクロマンチュラが、知能と知略まで持ったとしたら?

それは魔法族と蜘蛛族の戦いを生む。ハグリッドというバランサーがいなければとっくに禁じられた森は魔窟と化しているだろうし、もっと言えばダンブルドアという絶対的な強さの象徴がイギリス魔法界の平和を保っているといえる。(かといって彼一人では抑止力に限界がある)

それ程までに、イギリス魔法界のパワーバランスは歪なものなのだ。だからグリンデルバルドやヴォルデモートといった悪の芽が育つし、人以上の力を持つ化物も多い。人に化けて紛れる化物が多い東洋魔法界では考えられない現象だ。

今目の前のこの状況も、まさしくその体現なのだ。戦術を理解し、人語を介する蜘蛛に囲まれ、まさしく絶体絶命。さっきのような魔法の導火線も、もう使えない。

 

(絶対、絶命ーーー)

「いや違う。まだ終わっていないぞ、ヒトの子よ」

 

声のした方に顔を向けると、そこには精悍な顔つきの裸の男達。一瞬たじろぐが、やけにその顔がやけに高くにあることに気付く。彼等の下半身は馬だ。

ケンタウルス。

十から十五の群れで生息し、人には極力関わらず生活している半人半馬の種族。仮に人に関わった場合、彼等は尊厳持った待遇を求めるため、魔法省は彼等を御し難い生物だと手を焼いているのだとか。

しかし人に干渉しない筈の彼等が、人を守るとはどういう事か。彼等は十体かそこらだが、シェリーとロンを守るように蜘蛛達の前に立ちはだかり、いつでも放てるように弓を引き絞っている。

 

「占い狂いのケンタウルスどもめ!気でも触れたか?そいつ達は俺達の獲物だ!」

「なりません。この子達を美味しく頂くのは私達が許さない。早く安全なホグワーツに帰してあげるのです」

「フン、あんな奴がいて何が安全だ。あの野郎によく分からんまま殺されるより、俺達の方がよっぽど良心的だ」

「いつも糸に絡まった兎や猪の肉を食い散らかしているのは誰だ。アラゴグ殿は食事のマナーも教えてくれないのか?」

「人間の真似事なんざ真っ平御免なのさ。俺達からしたらお前達の方がよほど解せぬ存在だ。何故人間なぞを庇う?お前達も数十年前はさして人間に協力的ではなかった筈だが」

「今夜は火星が明るい」

「おい、話そらすな」

 

ケンタウルス族は人と隔絶された森や湖畔に生息するために、たまに話が通じない時がある。これで尊厳を求められても、どうしろというのか。

黒髪のケンタウルスが「フィレンツェ、お前は黙ってろ。話が進まん」と御すると、代わりに話し始めた。

 

「そうだな……お前達のボスはどうか知らんが、私達はヒトの子に返しきれぬほどの大恩がある。貴様達に弓を向ける理由などそれで十分だ」

「大恩……てめえ達、人間の餓鬼どもにうつつを抜かされたというのか!同じ森の種族が、こんな軟弱者とは!」

「森の恥晒しは貴様達の方だ。卑しい蜘蛛どもめが。アラゴグも老いたか、ヒトの子を襲うなんて……奴のことはいい。我々と戦争をおっ始めるか?」

「……………」

 

蜘蛛達は興奮したようにがちゃがちゃと鋏を鳴らした。彼等はいつでもケンタウルス族とやり合う気だとアピールしている。

だが、その挑発を歯牙にもかけず、ケンタウルスの精悍な顔は歪まない。

一触即発。

緊張感がしばし森の中に走る。

その緊張を先に破ったのは、蜘蛛達の方だった。

 

「………チッ!覚えてやがれ」

「覚えておくとも。我等は感謝も恨みも忘れはしない」

「………た、助かった、のか?」

「あ、ありがとうございます」

「いや、いい。……君は、シェリー・ポッターだね?それに君はウィーズリー家の。今年のホグワーツには邪悪な気配がする、それが何かまでは分からないが。……私にできるのはここまでだ、早く寝床に帰りなさい」

「今夜は火星が明るい」

「てめーは黙ってろ!」

 

フィレンツェと呼ばれたケンタウルスが仲間にぶっ飛ばされるのを苦笑いしながら見つつ、心からの礼をもう一度送る。

さて、ハグリッドの『蜘蛛を追え』という提案はなんとまあ、とんでもない話だったわけだ。自分の友達ならシェリー達の事も傷つけはしないと思ったのだろうか。

しかし収穫がなかった訳ではない。ハグリッドは完全に無実で、トム・リドルは勘違いしていたというわけだ。まあ、あの状況なら仕方ない。

 

「他にも、殺されたのは女の子だって言ってたね。女子トイレで……」

「……五十年前?女子トイレ?」

「?ロン?」

「………まさか、五十年前殺されたのって!嘆きのマートル!?」

「あっ!」

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

「今日中にマートルに聞きだしちまおうぜ、五十年前君を殺したのは誰か、いや、何かってね」

「うん。もうすぐハーマイオニー達が石化から解除されるらしいけれど、マートルの所に行って話すチャンスがあれば、見逃せないよ」

「次の授業はロックハートだ。マクゴナガル校長代理の判断で、教室の行き来にも引率があるけれど、あいつなら上手く丸め込めたら抜け出せるさ」

「あ、あの、シェリー……」

「わ!?」

 

ロンとのこそこそ話の途中に割り込んできたのは、ウィーズリーの赤毛の少女。今の話は聞かれてはいないようだが、一体どうしたというのか。ロン曰く、彼女がこういう風にまごついてる時は何か言いたい事があって仕方ない時、らしい。

 

「わ、私………」

「HAHAHAHA!次の授業は私の『闇の魔術に対する防衛術』ですよ、シェリー!あとついでに君も!引率して連れて行きますから、二人とも早く来なさい!」

「っ!そ、それじゃあ!」

「……タイミング」

「おんやぁ?私が近くにいるのに逃げ出すとは……照れ屋さんなのかな?私もつくづく罪作りな人間だ、HAHAHAHAHA!」

「ああ、そうっすね。ほんとに」

 

ジニーがごにょごにょ言ってたのは何だったのだろうか。まあ、今度聞けばいいかとかぶりを振ると、ロックハートの演劇に適当に付き合って一時間が終わる。

授業が終わり、能天気男は引率しながらもその減らず口を閉じなかった。

 

「果たしてここまで厳戒態勢を取る必要があるんですかねぇ。マンドレイク薬の精製もそろそろです、そしたら犠牲者の皆さんは口を揃えて言うでしょう、犯人はハグリッドだった!とね!」

「そうっすね」

「あははー…そ、それでその、ロックハート先生。もう引率はここまででいいんじゃないですか?ほら、事態も収束することですし」

「んん?それもその通りですね……いえ、実は私もそう思ってましたとも!私も新作に向けて色々と、そう、色々と忙しい身なのでね!それでは皆さん御機嫌よう!」

「……バカだなー、あいつ」

 

言うと、シェリーとロンはマートルのいる女子トイレへと向かう。

ベガとネビルも何処かへ行ったようだ。そういえば去年、ロンとベガは友人を助けるために女子トイレに来てくれたんだった。その時はパーシーに見つかって、先生方に報告が来たのだが、今回ばかりはそうもいかない。バレないように行動せねば。

 

「……………」

「……………」

「…………説明してもらいましょうか」

バレた。

よりにもよってマクゴナガルである。

 

「………あの、マクゴナガル先生、これには訳があって」

「訳がある、なるほど。授業がもう始まるというのにあなた方がこんな所でほっつき歩いているのにはそれ相応の理由があるんでしょうねそうでしょう?」

「あー、えっと、その、そう!私達、ハーマイオニーのお見舞いに行きたくって」

「面会しても石化してるので、話す事もないでしょうに」

「そう、そうなんです。それをマダム・ポンフリーにも言われて、ここ最近ずっと会えていないんです。一年生の頃からずっと毎日顔を合わせていたのに、ふといなくなってしまって。いつも通りになんていきませんよ」

「……それは、まあ……」

「わ、私達……医務室に行って、ハーマイオニーにもうすぐ治るよ、って。伝えてあげたくって……」

「なんという美しい友情……早くお行きなさい、さあ早く!」

 

ロックハートもそうだが、ホグワーツの教師達は意外とちょろい。一番厳格と呼ばれるマクゴナガルですらこうだ。チョロゴナガルである。

さて、建前上医務室に行かなくてはならなくなった訳だが、中には他の石化した生徒もいる訳で。見知った顔や、話したことのある人物の痛ましい姿を目の当たりにするのは心が痛む。

これら全てが、被害者なのだ。

 

「……ハーマイオニー、いつもと変わらないね」

「石像がその日その日でポーズ変えてたらおかしいもんな……ああ、彼女の他にも、石像が沢山……」

「………絶対に、継承者を止めないと。これ以上の被害が出る前に……、て、あれ」

「?どうしたんだい」

「ハーマイオニーの手に、何か、紙みたいなものが……これって、何かの切れ端?活字が羅列されてるし、図書室の本みたいだけれど……」

「マダム・ピンスが怒り狂うだろうね。これは………!!!」

 

ーー我らが世界で徘徊する多くの怪獣、怪物の中でも、最も珍しく、最も破壊的であるという点で、バジリスクの右に出る者はいないーー

ーーバジリスクとは、別名『毒蛇の王』とも呼ばれる巨大で、何百年も生きながらえる蛇であるーー

ーー毒牙のほかに、この蛇の一睨みはその眼を覗いてしまった者を即死させるーー

ーー蜘蛛が逃げ出すのはバジリスクが来る前触れであり、彼らは天敵同士ーー

ーーバジリスクをとめる唯一の方法は雄鶏の鳴き声であり、バジリスクはその一鳴きを聞いただけで逃げ出してしまうーー

 

バジリスク。

毒蛇の王。

天敵は蜘蛛。

辻褄が合う。合ってしまう。

ハグリッドの雄鶏は殺されていた。

何百年も生き長らえられる蛇ならば、スリザリンの時代から生きていてもおかしくない。

蛇の一睨みはその眼を覗いた者を即死させる、とは、たとえば鏡を持ったり、水の反射だったりで直接見ていなかったとは考えられないだろうか。

蜘蛛はもう言わずもがなだ。

後は、大蛇の王と形容されるくらい大きな蛇が移動した方法だが……それについてはもう答えが書かれてある。紙の隅に走り書きされた、『パイプ』という文字。蛇は配管の中を通っていたのだとしたら……。

そんな配管が集中していた場所が、秘密の部屋の入り口だとしたら?

そこで殺された可愛そうな女の子が、嘆きのマートルだったとしたら?秘密の部屋の入口は、女子トイレだ。

ーー証拠は全て揃った!

 

「ーーハーマイオニーは、僕達に答えを残してくれていたんだ!既に託してくれていたんだ!!」

「早くこれを、先生にーー!」

 

その瞬間。

城中が揺れるような轟音が響き渡った。




オリジナル要素

『ヒトの子に協力的なケンタウルス族』
禁じられた森で起こるイベントでは、フィレンツェ他多くのケンタウルスが助けてくれるようになりました。しかしその分難易度も跳ね上がるので、良いことばかりでもありません。

『魔法糸』
ハーマイオニーが開発した、自分の魔力を糸状に伸ばして、魔法を使うと導火線のように魔法が糸を通って攻撃できる、というもの。魔法というより技術。糸を伸ばすのに時間がかかるのが難点。

ハー子がバジリスクの正体突き止めたり、魔法糸とか作ったり色々とチート化しつつある…。原作でも思いましたが、基本スペック高すぎるよこの子。

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