シェリー・ポッターと神に愛された少年   作:悠魔

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来年に繋ぐための短編になります。


閑話
Episode of Corda


ーーピクニックに来ていた時だった。

日差しは暖かく、心地よい空気。子供は外で伸び伸びと遊んでいる。

絶好のピクニック日和に、いつも職場で部下に嫌味を言っているルシウス・マルフォイ氏の眉間の皺も、どこか和らいでいるように見えた。

こうして家族と穏やかに過ごす時間も、いつぶりの事であろうか。例のあの人の失脚後、保身のために大忙しだった彼は今でもアーサーから睨みを利かされているし、特に最近は例のあの人の残党の目撃情報も多くゴタゴタが続いていた。

 

(ーー闇の帝王の残党、か)

 

彼等に思うところがあるかと聞かれれば、ない。ルシウスはそういう男だ。自分の家族を守るためなら平気で他者を切り捨て、蹴り落とす男だ。

そういう血も涙もない男だからこそーーこの地位まで登りつめたのかもしれないが。

日刊予言者新聞のくだらない記事を読みながら、カミツレの紅茶で流し込む。ナルシッサが最近よく好んで飲んでいるといるというので試してみたが、なるほど中々に美味いではないか。舌に合う味だ。

 

(ドラコやコルダとも、こうして茶を飲んで過ごす日々が来るのだろうか)

 

未来を想像してーー思いを馳せた。

その時だった。最近雇った屋敷しもべ妖精が、こちらへと走りながらキーキー声を上げて叫んだ。

 

「旦那様!コルダお嬢様が、何者かに襲われて……!」

「何だと……!」

 

その時護衛として雇っていた若い闇祓いを連れて、しもべの言っていた方角へと向かう。しもべの話によると、どうやら入り組んだ木々の奥へと連れ去られたらしい。

予言者新聞の記事が頭をよぎった。

闇の帝王の残党ーー。

過去に犯した罪が、最悪の形になって戻ってきたのを実感した。足元が瓦解したかの如く、全てが崩れ去るような感覚。

それでもすんでのところで踏みとどまったのは、首に大怪我を負いながらも浅く呼吸をしている愛娘の姿を見たからだ。

 

「コルダーーーッ!!コルダ、しっかりしろ、コルダ!」

「急ぎ聖マンゴへ運びましょう!」

「分かっている!早く……早く、移動キーのある別荘まで……!」

 

しかし、別荘に戻るとありとあらゆる通信道具が破壊されており、そこから移動する事は不可能だった。

移動キーは燃やされていた。箒は折られ、煙突飛行粉の箱は空っぽ。しかしここから重傷のコルダを連れて病院まで姿くらましするには遠すぎる上に負担もかかる。

明らかに計画的な犯行だ。あまりの悪辣さに眩暈を覚える。思い出すのは元同僚の歪んだ顔だ。

ーーもはや一寸たりとも猶予がない。

女顔の闇祓いが治癒魔法で応急処置を行う。守護霊を飛ばしたので、明日には癒者が来る手筈になっている。

ーードラコが不安そうにナルシッサの手を引いた。

 

「おとうさま、おかあさま。コルダは大丈夫なの」

「ーーーああ。お前達は二階に上がって寝ていなさい」

「いやだ!コルダが治るまで側にいる!あの子が怪我したのに寝れるもんか!」

「ドラコ………」

 

ーーその時私が抱いていたのは、息子を誇らしいと思う気持ち、ではなかった。

溢れんばかりの罪悪感。

自分がしてきた事への猛烈な後悔。

言える筈もなかった。コルダが襲われたのは自分のせいなどとーー。

その時家族に見放されるのが恐ろしくて、ついぞ言うことができなかった。

 

異変はその夜起きた。

付きっきりで治療を行なっていた女顔の闇祓いが私の名を叫んでいた。聞けば、コルダの容態が急変したという。

娘の口から牙が生えていた。

ナルシッサ譲りのブルーの瞳は血走っており、色白の肌は隆起した黒い筋肉に覆われていった。耳は伸び、可愛らしかった彼女の顔は、見るも無残な化け物へと変貌していく。

 

「……そんな。………コルダ、私が分かるだろう?私だ、お前の父ーー」

「ルシウスさん!下がって!」

『ぐるるぅううううああああああ!!!』

 

自分のよく知るそれよりもだいぶ小柄ではあったがーー間違いない。人としての人生を終え、彼女は人狼となったのだ。

娘だと思いたくなかった。

つい数時間前まで、無邪気に外を走り回っていたコルダが、およそ人とは思えぬ異形の化け物になっただなんて。

醜い。

美しさの欠片もない、子供がクレヨンで滅茶苦茶に書き殴ったのを具現化したようなそいつをーー娘と結びつけることができなかった。

何故、自分の娘を鎖で縛らなければならないのだ?

何故、自分の娘に杖を向けなければならないのだ?

 

「ぐッ、あーーーうあああああああ!!」

 

恐怖を振り払うように叫んだ。

その咆哮が自分から出ているとは思えなかった。

コルダにありったけの捕縛術をかけた。

仕方なかった。他に方法はなかった。

私は最愛の娘を敵とみなしてしまった。

コルダはその晩、暖かいベッドではなく、鎖でぐるぐる巻きにされて地下室に閉じ込められた。

彼女はずっと叫び、唸った。苦痛と苦悶の声を上げる様を見て、打ちひしがれる他なかった。疲労と混乱ーー何より無力さへの焦燥が、脳内を駆け巡っていた。

 

「ーードラコ?」

 

だから、まだ幼い息子が地下へと入ってきた時は思考を放棄した。『危ないから近寄るな』、そう言えば娘を完全に化け物と認めた事になるからだ。

呆けている私を尻目にドラコは妹へと近寄った。

 

「コルダ、大丈夫か?」

『ぐぅるるるるううううああああ……』

「し……心配するなコルダ!ちょっと我慢はしなきゃいけないけれど、僕達が絶対にお前を治してやる!」

 

幼子の無垢な言葉。

当然治る保証などない、がーーそれでも、彼女が最も欲していた言葉を、ドラコは本能で理解していた。

彼女の心が融けていくのは、誰の目にも明らかだった。

 

『………ーーー見ナイデ……オ兄様…』

「ーー!大丈夫だコルダ、お前はどこも変じゃない!大丈夫だ、絶対大丈夫だ!」

 

なんともはや。

狼の間は理性を失い、まともにコミュニケーションを取る事すら困難とされるのが常識だ。狼人間に『なりたて』のコルダならば、尚更のこと。

だが、ドラコは、それをーー。

息子の姿を見て覚悟を決めた。

 

「コルダ、聞いてくれ。今の段階でお前の人狼の力を抑える方法が一つだけある」

「生物を弱らせる氷魔法の術式をお前に埋め込み、半永久的に力を封印する方法だ。想像を絶するほどの激痛が伴う上に、封印も完璧というわけではないが……」

『ーーガ、ぁ。オ願イ、ヤッテーーヒ、人ヲ、食べタクナイーー嫌ダ』

「…………っ、すまない、コルダ。不甲斐ない父を許してくれ」

 

6にも満たない少女は、暴れ、のたうち回った。

大の大人でも苦しいとされるその手術は癒学に浸透していなかったのも一因だ。自分が狼人間だと申告する者はいない上に、ガマガエルそっくりの同僚が亜人を嫌っているからだ。忌々しいーー…。

 

「ぐ、が、ぎゃああああああ!!!!」

「コルダ!頑張れ、コルダ!」

ーーコルダが多大な苦痛を負ったことで、術式を埋め込む手術は成功した。

 

ドラコは彼女を献身的に支え続けた。

満月の夜の間中ずっと声をかけ続け、家に帰った後も、部屋に引き篭もりがちになった彼女を励まし続けた。

私はといえばーーコルダを噛んだ狼人間を探していた。己の罪から目を背けるように。だが、結果は芳しくなかった。

そんな生活が続いてーーコルダは兄に懐くようになった。

長らく家を空けていた私でも分かるほど、もはや兄妹の域を越えた愛情を持っているように見えたが……憔悴した彼女が笑顔を見せてくれるのならば……と、何も言う事ができなかった。

犯人も見つからないまま、年月だけが過ぎていった。

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

マルフォイ家の屋敷にて、ルシウス・マルフォイは暖炉からやってきた男の応対をしていた。

歳は自分と変わらない程度だが、男は一流俳優のようにスマートな身のこなしをした渋い顔の男。均整の整った顔は若い女性達にも通用しそうだ。

だが。ルシウスはその好漢を憎悪と警戒の混じった目で睨んでいた。

 

「ーー秘密の部屋は攻略され、継承者は討たれた、か。メンバーは……ふぅん、面白い。お前の息子がスリザリンの継承者を倒したのか」

「……………」

 

ルシウスは渋い顔をした。

この男の指示でジニー・ウィーズリーの荷物の中に日記を紛れ込ませた結果、コルダは攫われ、ドラコが彼女を助けるために無茶をした。

自分の子供達が傷ついた原因は自分と、この男にある。本来なら殺してやりたいところだが……闇の帝王を復活させる計画を立てていると言われれば、彼の指示に従わざるを得ない。

何をやっているのだ、自分は。

守るべき子供達に害をなしたばかりか、その元凶の男に杖を向けられないでいる。

 

「はるばる北から来たのだ。もっと歓迎してくれてもいいだろう」

「ほざけ」

「つれないな、ルシウス」

 

事情を聞いてもなお、そのにやけ顔を隠そうともしないその態度に、思わず怒りを吐き捨てた。

男は動じずに、紅茶を口に含む。貴族の自分から見ても優雅な所作。ああ殺したい。

 

「ふぅん………このカミツレの紅茶は美味いな?」

「妻の好物だ……おい、砂糖を入れ過ぎじゃないのか」

「甘いのが好きなんだよ。知ってるだろ?ルシウス・マルフォイ」

「胸焼けがすると言っているんだ。お前の好みなど知った事ではないーー

ーーダンテ・ダームストラングよ」

 

真偽は定かではないが。

この男はダームストラング専門学校の創設者にして初代校長の血を引いている………らしい。だがそう言われても納得するほどの実力者で、ルシウスはダンテより強い人間を二人しか知らない。

己の主君(ヴォルデモート)と、主君の怨敵(ダンブルドア)

ーールシウスにとって、十二年前の魔法戦争はまだ終わってはいない。

序章に過ぎないのだ。

 

「そうそうーー今度ダームストラング校の校長に就任する事になった。創設者の血を引く者として、な」

「何だと?」

この男が校長に……?

それはつまり、ヨーロッパ北部は実質彼の支配下に置かれるという事にある。

あそこは闇の魔術の養成に活発な土地。この男が教育にまで口を出すようになれば、最強の闇魔術帝国(ダークエンパイア)が出来上がる。

 

「カルカロフは始末しておいたよ。どうせ『彼』が復活したら逃げ出すだろう」

「……そうだな、奴は闇の帝王復活時にノコノコ出向く男ではない」

「くっくっ。楽しいなァ、え?駒が揃っていく感覚……世界を少しずつ我が物とする感覚が、私はとても好きだ」

 

ダンテ・ダームストラングは嗤う。

その底知れなさに身震いする。彼はーーー一体何を企んでいるというのだ。もしかするとダンテは、そして闇の帝王は、本気で世界を掌握するつもりなのか?

ヴォルデモート卿が復活する日は近い。

そして再びーー魔法界の戦争が始まる。

 

 

 

 

 

 

ーー1993年、イゴール・カルカロフ氏が校長辞任を発表。余生を故郷で過ごすと言い残しダームストラングを去る。

ーー1994年、ダンテ・ダームストラング氏が母校ダームストラングの校長に就任。

 

 

 

◯狼人間

満月の夜に変身する亜人。変身するために魔力が必要なので、狼人間となった者は皆多量の魔力を持つ。

狼としての自分をどう思っているかで見た目が変わり、グレイバックは『殺戮ができて運動能力も高い最高の身体』と思っているので精悍な凛々しい狼、ルーピンは『決して好きではないがもう仕方ない、友人も認めてくれている』ので多少歪ではあるが狼の原型は残している。

コルダは『他者に迷惑をかけてしまうので嫌いで仕方ない』ので醜い異形の化け物になってしまった。

 

◯ダンテ・ダームストラング

40代〜50代の男。

イケおじ。秘密の部屋事件の真の黒幕。

 




ルシウスメインの話でした。裏事情を話してくれる役割の人が必要なのです。
あれ、これタイトル詐欺じゃね?

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