シェリー・ポッターと神に愛された少年   作:悠魔

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Episode of Vega

大勢の人でごった返したその街は、夏の陽気に晒されていた。

照りつける日差しは、燦燦と輝く太陽の存在を否応にも感じさせる。

季節は夏。

イギリスのとある駅から歩くこと数分、衣服にたっぷりの汗を染み込ませて、彼等は歩く。喧騒がどこか遠くに聞こえた。

銀髪の美少年、ベガ・レストレンジ。

黒髪ぽっちゃりのネビル・ロングボトム。

彼等はマグル界のとある街へと足を運んでいた。ーーベガの故郷だ。

ベガは当初、親友に自分の事をもっと知ってもらおうと、故郷や家族を紹介しようとしていたが……純魔法族のネビルにとってマグル製品全てが新鮮に映るらしい。彼等が歩く足取りは非常にゆっくりで……それでいて、楽しげだった。

 

「わあ、これ……マグルのカメラってこうなってるんだね。コリンにプレゼントしたら喜ぶかなあ」

「いやいや、あいつはマグル出身だろ」

「あはは、そうだった。ていうかそもそもホグワーツはマグルの械機を持ち込むのは不可能なんだっけ?」

「ああ。……機械、な」

「ホグワーツといえば……そういえば今年はベガにちょっかいかけてくる上級生は少なかったね。去年はいっぱいいたのに」

「くくく。クリスマスにスリザリン寮に忍び込んだ時、奴達の寝室に行った甲斐があったな。アダルト雑誌に恥ずかしいポエム、弱味がどっさりだ」

 

ベガは悪辣に顔を歪めた。

ネビルは自分の親友の相変わらずっぷりに苦笑を漏らす。

 

「まあ、おかげでスリザリンも僕達にちょっかいかけなくなったから良いけどさ」

「だな。これで大手を振って歩けるってもんだ」

 

バジリスクと交わした約束ーー違う寮同士の無意味な諍いをやめること。憎み合うのをやめること。

その約束は、事件に関わった生徒全員に伝えられた。シェリーをはじめ、ドラコやコルダといったスリザリン寮の生徒にまで。

今回の事件で、ライバル寮と共闘したせいか彼等には妙な仲間意識が芽生えつつあった。(当人達は決して認めないが)寮の垣根は無くなりつつある。

それはベガも同じ。彼も、もうこれ以上不必要にスリザリンを敵視するのは避けるべきだと考えている。だから喧嘩をふっかけられないように弱味を握っているのであって、決して服従させているわけではない…と主張していた。ほんとかよ。

 

と。

話をしていたら着いた。

高級住宅地の一角を占める一軒家(デタッチハウス)。駐車場完備で、二階建て。明らかに富裕層が住むような立派なお屋敷である。

純魔法族のネビルには余計に物珍しく感じるらしい。しげしげと家を眺めて出た一言目が「変わってるねー」である。ネビルのズレた反応にベガは苦笑した。

 

「普通だよこんくらい」

「ああ……ベガか。帰ってきてたのか」

 

玄関に立つのは初老の男性。

スラっとした体躯は英国紳士のそれだ。しかし髪色も、顔も、ベガとは似つかない。

そうか、この人がベガの育ての親かとネビルは密かに合点した。

 

「シルヴェスター、この間伝えた通り友達連れて来たぜ。魔法界出身のネビル・ロングボトムだ」

「よ、よろしくお願いします」

「………、そうか。うん、よろしく」

「で、これからなんだが……」

「ああ、私は……少し用事があるのでね。二人で遊ぶといい」

 

どこか避けるようにシルヴェスターは去っていった。ベガの事を嫌っている訳ではないようだが、余所余所しい感じだ。

それに対するベガの態度も淡白なものである。「おう」と言うと、彼はそそくさと家に上がった。

どう見ても十年近く一緒に住んでいる者達の距離感ではない。ベガの自室にキャリーケースを置くと、ネビルは困惑しながらも尋ねた。

 

「その、普段からああいう感じなのかい?ベガの学校の様子を聞いたりとか……」

「……ないな。シルヴェスターは、俺にそういった話はもうしねえ」

 

二人は外に出た。

話は歩きながらする、という事らしい。

 

「俺は、ご存知の通りレストレンジ家の生まれだ。だが俺の両親は親マグル派で、ヴォルデモート全盛の時代もレジスタンスとして活動していたらしい。息子の俺をマグルに預け、闇の帝王との戦いに巻き込まないようにして、な」

 

その話はネビルもよく知っている。

何故なら彼の両親も闇祓いで、レジスタンスとして活動していたからだ。故に、魔法界で有名な二人の子供の話は祖母からよく聞かされた。

マグルに預けられた、魔法界の英雄『生き残った女の子』シェリー・ポッター。

同じくマグルに預けられた、悪名高い一族の血を引くベガ・レストレンジ。この似た境遇の二人の噂は、入学する前から嫌というほど聞いていた。

 

「で、両親の親友のシルヴェスターの所に預けられたんだが……あいつには一人息子がいた。シグルド・ガンメタル、俺達はシドって呼んでた。ドジだが明るい性格で、いつも人のために動いてた」

「へえ。……あれ、でもその子はどこに」

「死んだ」

 

え、と声が漏れた。

 

「あいつはーー殺されたんだ。知ってると思うが、俺の親はマグル贔屓でな。死喰い人からは純血の癖に血を裏切る者として嫌われていた。そしてヴォルデモートの失脚後、奴の残党に俺とシドは誘拐された」

「誘拐……」

「血を裏切る者の息子は許せなかったんだろうよ。……マグルのシドは完全に巻き添えで捕まった。シドはその時、俺を助けるために無茶をしてな……」

 

「俺はその時、何もできなかった。死喰い人相手にビビってたんだ。内心才能の無いシドを見下してたくせに、いざという時にあいつに助けられた。……力があったのに、俺は何もしなかったんだ!」

「うん、わかった。それ以上はいい。……辛かっただろう、ベガ」

 

その時のベガの顔は、如何様な顔であったか。深い深い悲しみを帯びたブルーの瞳は複雑に乱反射していた。ベガが怒り、戦う理由も、かつての友を失った時のトラウマからか。

ーー彼の動機はいつも単純だ。

ーー仲間を危機に晒したくないから。

 

「シルヴェスターもそれ以降、魔法界の話題は口にしなくなってな……折り合いが悪くなっちまった。それでも俺を追い出さないでくれてる辺り、かなりの善人だが」

「………、でも、そんなの寂しいよ。親代わりの人に愛を貰えないってのは……僕はばあちゃんが親代わりだけど、もしあんな余所余所しい態度取られたら……辛いよ」

「……………、そうだよな。でも、こればっかりはな………」

 

シルヴェスターの息子が死んだ原因は、間接的とはいえベガにある。……と、ベガはそう思いこんでシルヴェスターに負い目を感じているようだった。

皮肉な事に、その出来事がベガの精神に大きな影響を与え、成長させた。挫折の無いままだとベガは傲岸不遜のまま育っていき、悪い意味でスリザリン寮に選ばれる邪悪な精神を持っていた。

拗れた関係だと思う。

身近な人の死がきっかけで成長するなど、当人達にとっては迷惑な話だ。

 

「……もし君が、魔法界に何の関わりもなく生きていたら……どんな人生だったんだろうね」

「……………名門イートン校からの名門オックスフォード大までは確実。だが就職した時に女絡みで問題起こしてそうだな」

「それはわりと今でもあるよ」

「はぁーー?言ったなコノヤロウ!」

 

そう言ってベガは笑うと、ネビルの頭をがしがしと掴む。ネビルも負けじとベガへと応戦。マグル式の喧嘩だ。

周りの大人達からは怪訝な顔をされたが、ああ、ただふざけ合っているだけかと分かるとすぐに興味を失くした。

ーー暗い雰囲気を振り払う。

こういう時にどう言っていいのか、とか、どんな言葉をかければ良いのかとか、彼等には分からない。二人の精神はまだ成熟していなかった。

ふと、腰に感触を感じた。

はしゃぎ過ぎて通行人に当たってしまったのかと思い慌てて振り返ると、短い髪の少年とぶつかっていた事に気付いた。まだ幼い顔と低い身長は、まだ十歳にも満たないだろう。

 

「あ、きみ、大丈夫ーー」

「ーーーッ、ごめんなさい!」

 

動転した様子で少年は走って行く。

彼が飛び出してきた裏路地を見ると、数名の男達が走ってくるのが見えた。どう見ても堅気ではない。

なるほど、追われているのか。

 

「うん、ちょっと待って」

「ぐぇ!?な、なにをーー」

「こっちだ、ついてこい」

 

ネビルが少年を引っ張り、土地勘のあるベガが通りを抜けていく。数分ほど走ると、人混みの中に紛れた。木を隠すなら森の中というわけだ。

自販機の前に座り、息を整える。

 

「おらよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

汗ばんだ少年にコーラを差し出す。ネビルにも缶を差し出さすが、怪訝な顔をした。

魔法界には缶入りの飲み物は無いのだ。

仕方なしに開け方を教える。マグルの少年の前でいささか不用心だっかもしれないが、幸いにも少年はネビルの事を田舎の人だと勘違いしたようだった。

 

「落ち着いた?」

「あ、うーーうん」

「色々聞きたいことはあるがーーまずはお前、名前は?」

 

少年はどもりながらも答えた。

 

「ぼ、僕、僕はーーシドーーシグルド・ギムソンって言います」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

シド少年が言うには、この辺りを散策していたところ道に迷ってしまい、裏路地に迷い込んでしまったらしい。

そこで何やら男達が話していたのを見たところ、自分に気付いた男達が血相を変えて襲いかかってきたのだという。

 

「それ明らかにやばい人達じゃん」

 

どう考えても怪しい取引の類だ。

取り敢えず、この少年を家まで送るしかあるまい。家もそこまで遠くはないようだ。

方針が決まったところでシドの腹が鳴る。

……飯を食べる事が先のようだ。

遠慮がちなシドを近所のハンバーガーショップに連れて行くと、適当に注文する。遠慮がちに様子を伺うシドだったが、目の前にご馳走が用意されている状況で空腹に抗うなどできるはずも無かった。

 

「どう?美味しい?」

「うん、とっても!」

「よかった。ホグワーツにもこういう食事があればいいのに」

「ホグワーツ?」

「……お前は飯食ってろ」

 

こうして改めて見ると、髪も切り揃えられているし、服も高価なもので、それなりに育ちが良いのが窺える。

否応にもーーベガは、在りし日の友の姿を連想してしまう。

 

(………似てるな………)

 

短い金髪で、くりくりとした大きな目。

何の因果か名前まで同じだ。

ベガは眩しそうに目を細めた。シドは……こんな風に、太陽のように笑っていた。

傲慢な自分にも親しく話してくれていた。

あれから自分が何度も手を伸ばして、ついぞ辿り着けなかったその光。

目の前の少年を見ていると………その光を嫌でも意識させられる。

 

「どうしてここまでしてくれるの?」

「そりゃあ、もちろん。君みたいな小さい子を見て、見過ごすわけにはいかないよ」

「……ああ、そうだな」

(……そうだ。俺はこのガキをシドと重ねているわけじゃない)

 

自分にそう言い聞かせる。

彼はもう、いないのだ。

思い出に浸るなどーーらしくない。

「どうしたの?お兄ちゃん」

「…………気にすんな」

「………、ベガ、君まさか」

「ーーああ。大丈夫だよ、ネビル」

 

後悔は毎日のようにしている。

今更彼に似た少年が現れたところで、何だというのか。

過去は変えられやしないのに。

ーーシドの家を目指して歩く。

陽の色が朱色になってきた夕暮れ時。シドは公園を見て顔を綻ばせた。

 

「ここ、僕の近所の公園だ!」

どうやら随分近くまで来てたらしい。

夕暮れ空に染まった遊具が、彼等が歩いた時間を物語っていた。

道中、色んなマグル製品に驚くネビルが歩くスピードを遅らせていたような気がする。距離はそんなに長くない筈なのに…。

ともあれ、着いた。

 

「よかったね、シド」

「うん……ありがとう、お兄ちゃん達」

「………。いや、喜ぶのはまだ早いぜ」

「ベガ……?」

 

ベガは懐から杖を取り出す。

本来なら彼等が学校外で魔法を使うのはご法度。未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令、C頁に抵触する事になる。

だが、今回はそうも言ってられない。事態が事態だ。法律もきっと味方するさ。

(一応、法律の隙間を突くやり方が無いわけでも無いが)

 

「いるんだろ?出てこいよ」

「……くくっ。俺達の気配に気付くとは」

 

茂みから出てきた男達は、こちらを囲んでいた。数的優位を取ったつもりか。シドを追っていた男達、だろう。

彼等は懐から杖を取り出した。

魔法族かーー。

この辺りは、人通りが少ない。

 

「そのガキは俺達の『取引』を目撃しちまった。生かしちゃおけねえ」

「取引?」

「ああ、ちょいと非合法の、な。誰かにチクる前に始末しねえと信用にかかわる。しかもクソ面倒くせえ事に、魔法族のガキまでついて来やがって……」

「糞が。こんなガキどもを捕まえるのに時間食っちまうとはよォ」

「向いてねえよ、お前達」

 

ベガはぴしゃりと言った。

 

「こんなガキ一人始末できねぇような実力なら、いっそ脚を洗っちまえ」

「ハ!言ってくれんじゃねえか。ガキの分際で舐めた口聞いてると痛い目遭うぜ。………やっちまえ!」

 

男達は一斉に魔法を放った。

なまじ数で優っている事に加えて、相手を子供と侮っていたのも大きかった。

彼等の動きは杜撰の一言に尽きる。

魔力を練って、呪文を唱えて、放つまでが長すぎる。スネイプやリドルの詠唱はこんなものではなかった。シェリーの早撃ちの方が、もっと早かった。

 

「止まって見えるぜ」

 

最強の後出しジャンケンができるベガに、そんな攻撃が通用する筈もない。

同じ威力の魔法弾を放ち、相殺。

男達が目を見開く頃には既に衣服を杭で打ち付けられ、戦いが終わったと気付いた頃には何もかもが遅すぎた。

所詮、末端も末端ということか。自分が身につけた『新しい力』も試せずじまいだ。

だが、何も収穫が無かったわけではない。

蹲っているネビルの姿を見た。

彼は魔法が放たれるやいなやシドを庇うと、盾の呪文を唱えて防御に入り、迎撃の態勢まで整えていた。

一年前のネビルではあり得なかった反応速度の速さ。バジリスクとの戦いで、彼も成長しつつある。

もし自分がいなくとも、ネビルはこの窮地を乗り越えただろう。親友の成長に思わず自分も嬉しくなる。

 

「おい、お前もいい加減出てこいよ」

「あれ、バレてたんですね」

 

飄々とした態度で出てくるのは、女のような顔をした男。長い髪も相まって、遠目からだと女性にしか見えないほどの美形っぷりだ。

スーツ姿の男が懐に手を突っ込んだ。取り出されたのは杖ではなく、手帳だ。

 

「はい、これ。自分が闇祓いである事を示す身分証明手帳だよ。僕の事は、エミルと呼んでください」

「………えっ。ええええ!?よ、よりにもよって闇祓いの前で魔法使っちゃった!」

「俺達の場合は正当防衛だろ」

「うん。僕がちゃんと目撃したから、君達は罪に問われない。いやー、たまたま通りがかってよかったよ」

「嘘つけ。随分前から尾けてただろうが」

「ありゃりゃ、何でもお見通しか」

 

エミルはおどけてみせた。

その動きには寸分の無駄がなく、相当な手練れであることを匂わせる。下手な尾行もわざとか。

だが魔法省の役員なら、ベガ達が襲われてもすぐに助けなかったのは何故だ。

一体、何が目的だ。

この男の真意が読めない。

 

「いやー、この間ホグワーツでバジリスクと戦った生徒がいるって聞いたから、どんなもんか力を測りたくって、ね」

「………、貴方はこの人達とは無関係なんですよね?」

「勿論。彼等は責任持ってアズカバンに送っておくよ。それと勝手に尾けてたのも悪かったね、君に用事があったんだ」

「……俺に?」

「魔法界きっての犯罪者、シリウス・ブラックがアズカバンから逃亡した。君ならもう知ってるよね。例のあの人の側近だった男さ」

 

当然知っている。

そもホグワーツに入学した時、真っ先に自分のルーツを探したし、去年も継承者探しの一環で純血魔法族のリストには片っ端から目を通した。

その際に嫌というほど見た、ブラックという姓。知れば知るほど悪名高い、魔法界の闇を体現した一族。

その中でも最も邪悪とされる部類に入るのがシリウス・ブラックという男だ。自分の親戚だと知った時、辟易すると同時にどこか負に落ちた感覚を覚えている。

 

「ブラックが逃げた以上、僕達は君を護らなきゃいけない。彼はご主人様のためにシェリー・ポッターへ復讐するだろうが、レストレンジ家の異端である君を狙うという可能性もあるのだからね。……君なら、分かるだろ?」

「……身に染みて分かってるよ。俺の力を測ったのは、自衛できるだけの力があるかどうか、確認したかったからか?」

「うん。まあ、危なかったらすぐに助けるつもりだったけどね。……断言するよ、君じゃまだブラックには勝てない」

「べ、ベガでも!?」

「それくらいブラックが厄介な相手という事さ。と、いうわけでーー君には夏休みの間中、闇祓いの保護下のもと、魔法界で過ごしてもらうよ」

 

シリウス・ブラック。

噂には聞くが、ホグワーツ在学中は常に主席か次席だった天才肌で、その戦闘能力は当時から目を見張るものがあったとか。

ブラック家の血筋においても、これ以上ない才覚を持つ男。特に戦闘においてはヴォルデモートやダンブルドアといった例外を除いて、トップレベルの能力を持つ実力者であるのは間違いない。

いくらベガ・レストレンジであろうとも、ブラックの前では無力ーーよくて相討ちというのが魔法省の見解だろう。

舐められたものだ。

だが、まあーー捉えようによってはこれはチャンスだ。闇祓いに護られるという事は彼等から戦闘のノウハウを教わるチャンスという事だ。自分の技術を底上げする、またとない機会。

惜しむらくは、ネビルと過ごす時間がもう無くなってしまった事か。

 

「ハァ……ネビル、すまねえな。もっと色々案内してやりたかったんだが」

「ううん、いいよ。事情が事情だからね。君の故郷も知れて、嬉しかった」

「そう言ってくれると助かる。魔法界でまた会おうぜ」

「さて、それじゃあ……さっきから状況が飲み込めないでいるその子にも、忘却呪文をかけておかないとね」

 

突如として三人の男に視線を向けられたシドはびくりと震えた。

当然といえば当然だ。先程まで仲良く話していた男がいきなり杖を取り出したかと思えば、何やら超常現象の類を引き起こしたのだ。理解が追いつかないでパニック状態だろう。

不安そうに瞳を潤わせる少年に、ベガは優しく語りかけた。

数時間の付き合いではあったがーーそれでも、怖がらせたまま終わりたくはない。

 

「シド、ごめんな。もうお別れだ。

もしお前に魔法の素質があったらーーまた会おうぜ」

「ーーーその時には、もう悪い人に捕まってちゃ駄目だよ!」

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

「そうそう、君の保護者さんから電話がかかってきてるよ」

「シルヴェスターから?」

「うん。魔法界に到着したら暫くは会えなくなる、今のうちに話すといい」

 

姿あらわしした先で、エミルが懐から携帯を取り出した。

どうやら彼は、マグル製品の使い方についてきちんとした理解を持っているらしい。

ベガはこの男に対する評価をほんの少し改めた。マグル界にも友好的な人物は多いが、正しい理解を持つ人物というのは、思いの外少ない。

旧式の携帯電話を開くと、硬い感触の先に優しい声が聞こえた。

 

『あー…ベガか』

「………おう。連絡遅れたが……夏休みは魔法界で過ごすことになったぜ」

『ああ。さっきやって来た魔法省の人から聞いたよ。……お前が、あー、ヴォルデモートだか何だか、馬鹿みたいな名前の男の残党を退治したのもな』

「今お前が魔法界にいたらものすごい事になってたぞ。色んな意味で」

「?それで……あー……」

たっぷり時間を使った。

シルヴェスターは戸惑いつつもーーその声をひり出した。

 

 

『無事、なのか』

 

 

正直なところ、かなり驚いた。

シドを死なせてしまっておきながら魔法界にい続ける自分への怒りがあるものだと思っていた。

自分はーー恨まれていると思っていた。

息子を奪った魔法族の一員。後悔と罪悪感で何年もロクに口を聞いていない。

きっとこれからも、大人になってもそうだと、勝手に諦めていた。

その声は、どこまでも温かい。

ベガの乾ききった心に染み渡るようなーーそんな、泣きたくなるような音。

まさかーーこの男からそんな事を言われる日が来るとは思っていなかった。

その覚悟も、資格も、ないと思っていた。

 

『お前が大変な目に遭ったと聞く度に、怖くなるんだ。お前までいなくなってしまうのではないかと……。お前はいつも無茶をするから………あの子のように』

「…………」

『いつだって人のために動くお前を……誇らしい、と思うと同時に不安になる。もう一人の息子に向き合わなかった私が言うのもなんだがな………』

 

いつもの減らず口を叩くのに時間がかかった。今、どんな顔をしているだろうか。

あり得ないだろう。

自分がそんなーーそんな言葉を聞いたくらいで、目が潤ってしまうのは。

あり得ないだろう。

シドの分まで生きていくと誓った自分が、こんなに満足そうな顔を浮かべるのは。

 

「………ハン。俺にできねえ事なんざねえんだよ、あの程度で怪我する訳ねえだろ」

『そ、そうなのか?』

「ああ、だから心配すんなーー良い土産話を持って帰るよ、父さん」

『っ!ベガ、今なんと』

 

電話を切った。

隣に座るエミルに投げて渡す。これ以上はーーキャラじゃない。

「もういいの?」

「ああ。……今はまだ、これでいい」

 

歩み寄りすぎると、また見失う。

少しずつでいい。

後悔しながら、シドの死を死ぬまで引き摺りながら。ほんの少しずつ、歩み寄ろう。

それが今、自分にできる事だ。

それにしても。

あの子のように、か。

 

(シド、いつか俺もーーお前みたいになれるのかなーー)

 

過去は変えられやしない。

だがーーこの先の未来は、変えられるかもしれない。

 

 

 

 

 

◯取引をしていた男達

二年で物凄い経験値を得たベガには敵わなかった。

たぶんネビルでもギリいけた。

闇の帝王失脚後も何故か残党は活発に活動しているので、皆んな頑張ろう。




本編中々はじまんねえな!

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