シェリー・ポッターと神に愛された少年   作:悠魔

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3.闇より出ずるその恐怖

人間界から魔法界への、あるいは魔法界から人間界への入口がある。

パブ・漏れ鍋。

コインの表と裏を繋ぐ、未知への玄関。

その酒場でーー、一人の大魔法使いが酒を嗜んでいた。

ニコラス・フラメル。

複雑かつ膨大な知識を必要とする錬金術の第一人者であり、最も有名な逸話の一つに賢者の石の生成があげられる。

その偉業はまさしく生きる伝説であり、現在存命している魔法使いの中で最も偉大な人物のひとり。ダンブルドアと並び立つ、歴史上類を見ない鬼才である。

 

「婆さんやー、飯はまだかのう」

「さっき食べたでしょおじいちゃん。あと私の名前はシェリーだよ」

「婆さんやー、肩揉んでくり」

「いいよ。でも私の名前はシェリーだよ」

 

少なくとも、数年前まではそうだった。

もう今ではボケジジイと成り下がってしまったが、少し前まではその国宝級の頭脳は健在だった。健在だったのに……。

本当に、どうしてこうなった。

 

「本当に、この御仁が?」

「少なくとも見た目は見聞きした風貌とそっくりです。変身している様子もありません。多少の記憶の混濁はありますが、まず間違いないかと」

「マジすか……やべー」

 

闇祓い達も目を見開いている。

この男が世界最高峰の錬金術師というのが信じられないのだろう。

この世の魔法使い達が頭をどれだけ頭を捻っても分からない原理を、事もなげに解き明かしてみせる。この世の理を明かし、真理を知り、そして使役できる。

そんな規格外な存在が、目の前にいるなどと誰が信じられようか。

 

「錬金術……かぁ。ホグワーツの科目にはないけれど、どんな学問なの?」

「わしゃータンドリーチキンが食いたい」

「……ジキル、説明してあげて」

「う、うす。簡単に言えば、あらゆる分野の知識を使って色々な実験をする学問、だな。有名なのが卑金属を貴金属に変えたりとか……。ホムンクルスやエリクサーといった生命の分野にも足を突っ込んでるし、学ぶには本当に幅広い知識が要るんだ」

 

曰く、魔法が各個人の魔力に依る属性の力やエネルギーを放射するもの。

それに対して、物質に元々備わっている魔力に働きかけるのが錬金術なのだという。

 

「んー……?おぬし、どっかで見た事あるのお。なんじゃったかのォー。預言者新聞に載ってたような気がするのォー」

「ん!俺が誰かって?闇祓いの特攻隊長、レックス・アレンだ!」

「はぇ?」

「俺が誰かって?情熱に生きる男、レックス・アレンさ!」

「はえぇ……?」

「二人とも話聞けってんだよ」

 

そも、本当にニコラス・フラメルなのかどうかも疑わしい。

ボケすぎて自分とフラメルの区別が付かなくなったジジイではないのか。トムに無理矢理部屋に運ばれてるのを見ると、そう思わざるを得ないのも仕方ない事だった。

自称ニコラス・フラメルに散々振り回された後、彼等は自室へと戻ってきていた。

介護疲れである。

 

「破天荒なジジイだったな……」

「でも、楽しいお爺ちゃんだったよ」

 

シェリーは苦笑しながら答えた。

そんな彼等を見て、闇祓い達は顔を見合わせて何やら逡巡した。

 

「……なあ、二人とも。君達は不完全な形とはいえ、二度も闇の帝王と対峙した経験があるのだよな」

「うん?まあ、そうだね」

「……、闇の帝王は、どんな人だった?」

「え?」

 

質問の意図が分からず、思わずシェリーは疑問の声を上げた。

どんな人、と言われても。

困惑が伝わったのか、アレンは「ああ、分かりづらくて済まない」と謝罪した。

 

「そうだな、見た目や性格、君達が感じた印象でも構わない。それらを教えてくれるとありがたい。何せ俺達は闇の帝王を伝聞でしか知らないからな。実際に会った人間の話が聞きたいぜ」

 

その時のアレンは、いや、闇祓い達はいやに真剣な様子だった。

彼等は少しでも知ろうとしている。

そして、備えようとしているのだ。

ヴォルデモート卿は確かに一度滅びた。

しかし彼は死んだ訳ではなく、今でも虎視眈々と世界の破滅と転覆を願っている。

長年温め続けられた玉座に座らんと、闇の中を蠢き回っている。

亡霊のような姿になろうとも。

日記の中に封印されていようとも。

ーーしかし世の魔法使い達はそれを認めようとせず、その惨劇を過去の物として抹消しようとしている。痛みも、苦しみも、忘れてしまえば楽だからだ。

 

ーーだが、この闇祓い達は知っている。

苦痛を知って折り合いをつけることと、見ないフリをすることは、まるっきり違う事なのだと。

シェリーとベガは全てを話した。

彼の性格、所業、戦い方、言動、思考、自分達の知る全てを。

途中でジキルが悲しげに顔を顰めたり、エミルが静かに怒りを滾らせたり、チャリタリが優しく肩を叩いてくれたりしたので、話しやすかった。

全てを呑みこんで、アレンは考える。

 

「全てが自分を中心に動いているのかもしれないな。自分の力を誇示したい、自分の言うことを聞いて欲しい。それらの欲が肥大し過ぎた結果、自分の都合の良い世界でないと満足できなくなった。積み木を積み上げて褒めて欲しい子供のようにな」

「……積み木で済めばいいっすけど。積み上げるもんが死体の山だから笑えねえ」

「だね。奴が曲がりなりにも正義を掲げてるならまだしも、奴達は自分達にとって都合の良い世界を創りたいだけだろうさ」

 

グリンデルバルドという男がいた。

彼は魔法使いとしての才能以上に話術と謀略に長け、服従の呪文を使わずとも人を操る事ができた。

例え正義感の強い魔法使いであっても、いや、正義感が強いからこそ、彼の言葉に駆り立てられる。

グリンデルバルドの根底には、より大きな善のためというモットーがあるからだ。

しかしヴォルデモートにはそれがない。

世界は己の欲を満たすための道具にしか過ぎず、戯れで統治も破壊もできるのだ。

必要悪ではなく、絶対悪。

その欲望に際限はなく、満足する事のできないーー悪党。

 

「俺や、ドラコを配下に勧誘したのはどういう魂胆だ?」

「そうだね、君達は家の事情もあるだろうけど、ホグワーツの子供を仲間に引き入れる事で自分の影響力を誇示しようとしたのかも。まあ単にホグワーツにスパイが欲しかっただけかもしれないけど、『若い世代の魔法使いすら従えている』という事実が欲しかったんじゃないかな」

「ああ、なるほどっすね。純血揃いのスリザリンの子達は特に影響されるかもしんないっすから。ホグワーツは寮制ですし、離れた親よりも、横にいる友達の方が影響を受けやすいっすから」

(だが、だからこそ分からない。奴は何故あの殺戮を繰り返した?)

 

レックス・アレンは思考の海に沈む。

キングズリーとも散々話し合って結論が出なかった議題である。しかし思考するのは無駄ではない筈だ。

 

(闇の帝王の足跡を追っていくと、不可解な点がいくつかある。その一つが、ポッター家を襲撃する直前の、ロンドン市内でのマグル大量殺戮事件だ。あの事件は闇の帝王が殺す事に狂っていたから、と預言者新聞は報じているが……奴の性格を知れば知るほど不可解だ)

 

ヴォルデモートは世界の覇者になるための殺しを厭わないのであって、殺しが目的ではないからだ。

そりゃあ、確かに意味もなく人を殺した事がなかった訳ではないが、自分の兵力を総動員してマグル狩りを行うのはあまりにもデメリットが大きすぎる。しかも一歩間違えればマグルに魔法界の存在がバレてしまうところだった。

ーー何か意図があったのではないか?

学生時代から彼は綿密に計画を練るタイプだった。ならば、世界の王になるまでのシナリオも当然考えている筈だ。

彼の野望はイギリス魔法界に留まらない。

留まる筈が、ない。

 

(闇の帝王はいずれ来る。いつか来る。だがそれはいつだ?あの暴君が、一度滅びたくらいで生き方を変えるものか。人は死んでも変わらん。魂に染み付いちまったもんが落ちるわけがない。そしてかつて築いたコミュニティを活かさない訳がない……

 ………奴の目覚めは、近い筈……)

「?」

「いや、いい。早く寝なさい」

「おーい!儂の枕変えちくり!」

「ジジイが煩くて寝れねえんだけど」

 

フラメルの枕を変えていると、シェリーが思い出したように言った。

 

「あ、もし良ければ、なんだけど」

「?」

「夏休みが終わる前に、ちょっと行きたいところがあるんだ」

 

翌日。

 

聖マンゴ魔法疾患障害病院。

魔法によってつけられた傷や障害、病気などのケアを執り行う施設である。

早い話が、魔法使い達の病院だ。

その一室で、闇祓い達の監視のもと、シェリーはとある病室へと赴いていた。

 

「お久しぶりです、ロックハート先せ……ロックハートさん。数ヶ月ぶり」

 

ギルデロイ・ロックハート。

彼が自分の放った忘却術によって記憶を失ったのは記憶に新しい。

ハンサムな顔は相変わらずだが、その頰はやや痩せこけて見えた。しかし彼はいつもの調子でへらへらとサインを書きながら、シェリーをベッドの上で出迎えた。

無論、シェリーの事を彼は憶えていない。

 

「はーははー!君は僕のことを知っているのかい、ふふふふふはははは。君もサインが欲しいのかな?」

「私は去年、貴方の生徒だったんです」

「生徒?私は先生だったのかい?」

「そうです。貴方は先生で、そしてちょっと……あー……人としてやっちゃいけない事をしたんです」

「うん?」

「今はここにいるけれど、いつかはその罪に向き合わなければならない。償わなければいけない。だからきっと思い出して、そして自分なりに贖罪をして」

「んん?君、どっかで会いました?んー、ファッション誌か何かで見たような」

「………、また来るね」

 

ロックハートがペテン師であるという事は世間には広まっていない。

なにせ証拠がないのだ。ロックハートの記憶操作は完璧で、彼が他人の手柄を横取りしたという事実は出てこない。

そしてロックハート自身も記憶を全て失っているため、彼の罪を咎める事は事実上不可能なのだ。(彼は今かなり不安定な状態のため、下手に真実薬を使えば記憶に支障が出る)

彼はずっと一人で、罪から逃げ続ける事になるわけだ。

だが。

本当にそれで良いのだろうか。

シェリーは、大切な友人の一人であるベガに相談した。最近気がついたが、彼は意外と聞き上手だ。

 

「それにロックハートさんはこれからずっと独りで過ごすのかと思うと、何か、寂しいなって」

「……」

「何より、あの人に……罪に向き合って欲しくって」

「……お前は優しいな。正直言うと、クィレルも、ロックハートも、俺は死んだ方が良いと思った。俺の友達を殺そうとした相手だ、許せる訳がねえ」

「………、うん、そこは私も許しちゃいけないところだと思う。だけど、人には何度でもやり直せる機会がある、とも思うんだ。私が魔法界に行けたのなんてまさにそうだし」

 

シェリーが魔法界を知らずに育ったとしたらどうなっていたのか。

幼い頃に決して癒えぬ心の傷を負った彼女が友人を得ぬまま育ったとしたら、その才能を活かせずに、未来に怯えたまま大人になっていた事だろう。

環境は、人を作る。

だが反対に、環境さえ整えれば人はいつだって成長できるのだ。

ロックハートが欺瞞に満ちた生活から脱却したなら、彼も変わるかもしれない。

 

「甘い、のかもしれないけれど」

「……ハン。俺はお前のそういうところ、嫌いじゃねえよ」

「ふふ、ありがとう」

 

ーーだが。

 

仮に、もしもの話だが。

 

改心する気のない人間がいたら。

どうしようもない悪党と対峙したら。

 

ーーその時シェリーは、どんな決断を下すのであろうか。

 

赦すのか、それともーー。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

ベガは闇祓い最強のアレンから実戦形式で手ほどきを受けていた。

夏休みの間じゅうずっと、毎日のように。

子供だからといって手加減は全くない。

流石に使う魔法は土と岩の魔法に限定しているが、それでもベガはこの防御を全く切り崩せずにいた。

 

「はははは!君の実力はそんかものか、レストレンジ少年!俺はまだまだ本気じゃあないぜェ!?」

 

広範囲に渡って繰り広げられる魔法には一部の隙もない。

おまけにアレン自身の魔力量も多いせいか、長期戦でも活躍できる。というか戦いが長引く程にこっちが疲弊してくる気さえしてくる。

土や岩の魔法は防御一辺倒のノロマ呪文だとか呼ばれているが、レックス・アレンに関しては例外と呼ばざるを得ない。

魔法使いは互いに動き回りながら攻撃を当てるのが普通なのに、ベガばかりが動き回って、彼は一歩も動いていない。

ああ、本当に。

闇祓い最強は、規格外だ。

 

「ちっーー火炎系は相性が悪すぎる!ならこれでどうだ!」

「むーーー!」

 

ベガが繰り出したのは、黒山羊の守護霊。

守護霊としては大型の部類のそれが、瓦礫の中を変幻自在に駆けていく。

守護霊は対吸魂鬼用に開発された呪文ではあるが、このように魔法使いのサポートをこなす事もできる万能呪文でもある。

時に盾として、時に剣として。

呪文を放って攻撃するという魔法使いの特性上、前衛をこなせる存在というのは非常に重要なのだ。

 

「むぅ!良い判断だ!君は守護霊の扱いが上手いな!」

「お褒めいただき光栄だ!代わりにくたばれこの野郎!」

「………、『ラピルス、石よ!』『アレナス、砂よ!』」

 

レックス・アレンは有言呪文を放った。

コスパ重視の無言呪文では対応できないと悟ってか、ガチガチに守りを固める。地形ごと変える程のパワーを持つ土魔法ではあるが、それ故に速い呪文が弱点。

突破力の高い守護霊呪文で強引に道を開くのは最適解といえる。

問題は、彼に近付けば近付くほど、攻撃の濃度が濃くなる訳だが。

 

(………、レストレンジ少年の操る守護霊はおそらく陽動だな。そういう動きをしている。俺の射出した岩や砂の中に紛れて近接戦を狙うつもりか?しかし、近付けば近付くほど足場が崩れてしまうぞ)

 

アレンと遠距離で戦えば、その圧倒的な防御力と制圧力になす術もなく。

アレンと近距離で戦えば、蟻地獄のように足場を崩されて攻め込まれ。

アレンと中距離で戦えば、その両方に同時に対処しなければならなくなる。

これでまだまだ本気ではないのだから、この男の強さの底はどれ程なのか辟易としてくる。

ベガはアレンの足場崩しを、連続姿現しで切り抜けていき、同時に守護霊を操って視点を分散させていく戦法をとったが……それでも、彼には届かない。

それは小細工でしかないのだ。

駆け回る彼等に対抗せんと、アレンが創り出したるは岩の牢獄。

ベガがいかに高い身体能力を持っていようと、取り囲んでしまえば動けなくなる。

今日もベガは、アレンに一太刀も浴びせる事なく終わった……かに思えた。

 

(!!守護霊が、形を変えてーー)

「くらいやがれェーー!」

 

ベガはまだ杖を握っている。

黒山羊の形をあえて崩し、火炎の如くうねりながらアレンへと突進する。地面の動きに逆らわず、地を滑る。

なるほど、とアレンは感心した。

これではいくら地形を崩そうが意味がない。地面の流れに逆らわず、流動的に動き回って攻撃をいなす。

そんな芸当ができるのは、センスとしか言いようがない。

黒山羊の角はアレンの直前まで迫り、彼の頬を切り裂いた。傷をつけられるなど数年ぶりだ。アレンは目を僅かに見開く。

 

ーーやはりこの少年、素晴らしい!

 

才能が、ではない。

相手が格上であっても臆せず挑めるその度胸、そして柔軟な戦い方。

あと数年歳をとっていれば、闇祓いにスカウトしているところだ。

ただ、惜しむらくは、闇祓いとしての経験の差と、岩魔法と相性が悪かった事か。

守護霊が空気中で霧散していく。

 

「ーーっ、おいおい、そんなのありか」

瓦礫が舞い、特有の軌跡を描く。

封印術。

もうベガに手は残されていなかった。

 

(………っくそ!とうとう一本も取る事が出来なかったか。クソ、直接戦闘向きじゃないとか言われてる土魔法でなんつう強さだよ……俺の実力不足だったってか……)

 

人外の域に片足を突っ込んでいる男に、成す術もなかった。吸血鬼やらバジリスクやらを倒した事で天狗になっていたか。

悔しさに顔を歪ませ、ベガは敗北を受け入れようとしてーー

 

「おいベガ!まだ諦めんどくれ!まだ杖を握っとろうが!儂はお前さんの勝ちに賭けとるんじゃい!エミルにふんだくられるのはもうごめんじゃ!」

「人聞き悪い事言わないでよお爺ちゃん、ふっかけてきたのはそっちじゃんか」

「知らんわい!おいベガ!守護霊じゃ!守護霊を使ええーーぃ!」

 

ーーうるせえなこいつら!

自称ニコラス・フラメルの言葉が、何故か遠くからでも耳に入った。

自分とアレンとの戦いがくだらない賭けに使われていたとは。

何だか腹が立ってきた。

これで負けたら、あのボケジジイはきっとまた難癖付けてくるんだろうか。

そう考えると途端に許せなくなって、ベガは杖を握る力を強めた。

消えかけていた守護霊がその色を濃くし、アレンへと再度向かう。

 

守護霊とは要するに魔力の塊のようなものだ。黒山羊に流れる魔力の濃度を濃くしてやれば、抑えが効かなくなって破裂する。

大量に魔力を使う荒技だがーー!

 

「ーーっと、そこまでだ!少年!流石にそれ以上やると組み手じゃ済まなくなるぜ!」

「!………ッチ」

「それとエミル!御老人と賭け事をするとは何事か!後でゆっくり話を聞かせてもらうぜ!」

「…………」

「あ!逃げるなだぜ!」

 

ベガとフラメルを放って、姿くらましを使った鬼ごっこが始まった。

ふう、とため息をつく。

もしも最後の攻撃が成功していれば自分は勝てていただろうか。

ーーいや、無理だろう。

得意の火炎魔法も、近接戦も、守護霊による撹乱も、ほとんど通用しなかった。

天狗になったつもりはなかったが、ここまでの差があることに驚いた。

 

(何つっても、あの桁違いの魔力量だ。奴がやってた事は、要するに土や岩を出してるだけだ。その規模が大きすぎて、避けるのだけで精一杯だった。単純なゴリ押しだが、だからこそ隙が無かった)

シンプル故の隙のなさ。

威力も規模も桁違いすぎる。

そして本気を出せば植物や砂や磁気や鉱物をも操れるのだからーーうんーーーこれ、勝つの無理じゃないのか。

 

「無理じゃないわい!ベガ、お主はちとハングリー精神に欠けるぞぃ!さっきの儂のアドバイスも活かせとらんし!」

「アドバイス?ーーああ、守護霊を使えってやつね」

「そうじゃ!お主の得意技の悪霊の火と、守護霊の呪文を使えばより強力な魔法ができるじゃろうが!」

「ーー魂を焼く呪文と、魂を素にした呪文が相性が良い?何を言ってーー」

「ふん!もうええわい!わしゃあ婆さんに肩揉んでもらうわ!ちっくしょう賭け事なんぞするんじゃなかった!」

(ひでぇ言いようだな……)

 

何百年も生きた伝説級の老人のくせに、威厳もクソもない。やはり偽物では……。

悪霊の火と、守護霊の呪文の合わせ技?

そんな事が出来るわけがない。守護霊が焼かれて終わりだ。二つを共存させる方法などある訳がーー

 

「ーーーーー!!!」

 

身体中に電流が流れた。

まさか、いや、もしかすると。

できるかもしれない。

 

「爺さん、あんた………」

「♪」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

シェリーとベガが漏れ鍋にいるという事で、少々予定を変更してグレンジャー家がやって来た。

自称フラメルを前にしてハーマイオニーがガチガチに緊張していたが、「うんうん、礼儀正しい良い子じゃ。おいで、お菓子をあげよう。ついでに賢者の石をやろう」などと言い出した時には流石にギョッとした顔をした。割と本気で言ってるっぽかったのがまた……。

 

「ねえ、見てシェリー!今年からこの子を飼う事にしたの!どう、この猫とってもキュートでしょう!」

「わあ!すっごく可愛い!ね、ね、名前はどうするの?」

「クルックシャンクスにしたわ!」

「……え。『ガニ股』……??」

 

どうやら彼女にはネーミングセンスが無いらしい。そして親馬鹿……。

今年から受講する魔法生物飼育学の指定教科書、怪物的な怪物の本をハーマイオニーが買いに行くのに付き合った。(因みにシェリーはハグリッドから誕生日プレゼントに届いていた)

本屋らしからぬ頑丈な檻の中で乱闘していたその本を、店員が半泣きになりながら捕まえた。見習いたい商売根性である。

つーか誰だよこんな本作った奴。正気か。

ハーマイオニーにいつも暇な時は箒磨きセットを使っていると言えば、彼女はとても嬉しそうな表情をした。

漏れ鍋に戻ると、丁度ウィーズリー一家が到着していた。キングズリーが色々と手配してくれていたらしい。どうやら、魔法省内で以前同じ部署だったらしい。

ロンとハグを交わすと、エジプトのお土産にと隠れん防止器なるものを渡される。専門家のチャリタリ曰く、構造は単純だがよく出来ている、これを選ぶロンはセンスがあるとの評価だった。

ロンの鼻は高くなってた。

 

「久しぶり、シェリー!」

「あ、久しぶりパーシー……その眼鏡は…猫………?」

「まだ家族には内緒なんだが、ペネロピーというガールフレンドと付き合っていてね!彼女に相応しい男になれるよう、まずは外見から入ろうと思って!眼鏡を新調してみたんだ!どうだい!?」

「……パーシーが良いなら良いんじゃないかな」

「ありがとう!!!」

一年後にパーシーは別れた。

そりゃそうだ。

 

「それで、シェリー。守護霊の呪文は習得できたの?」

「………いやそれが全然……」

「あっはっは!それが普通さ、気にする事ないよ。守護霊は滅茶苦茶難しい術だからね。アタシは半年かかったよ」

「俺なんか学生時代から始めて二年もかかったよ。練習用のボガートもいなかったし、それが普通さ。ゆっくり反復練習すればいずれ出来るようになる」

「ありがとうチャリタリ、ジキル。頑張ってみるね」

「ひあああっちょっやめっ近っ!」

「あんたの女の子が近くだと顔真っ赤になる癖はいつになったら治るんだろうね」

 

アーサーとモリーは何やら子供達と離れた所で闇祓い達と近況報告をしていた。会話までは聞き取れないが、何を話しているというのか。シリウス・ブラックとか、トライなんちゃらがどうとか言ってるような。

夏休みも終わり、キングズ・クロス駅へとやって来た。

トランクを詰め込み、後は乗るだけ、というところで肩を叩かれる。

 

「シェリー、ちょっといいかな」

「アーサーおじさん?」

もう列車が出発するというのに、一体何の要件だろうか。

柱の影に移動すると、息を潜めてアーサーは喋り出した。

 

「シリウス・ブラックの事についてだ。怖がらせるつもりはないがーー奴は危険だ。最低最悪の囚人どもが揃うアズカバンでも特に危険視されていた人間なんだ。なにせ吸魂鬼が蔓延る牢獄で、驚く程正気を保っていたほどの精神力の持ち主だ」

「………」

「勿論、危害は加えさせないが、君の方でも警戒しておいて欲しいんだ。願わくば、城の中で大人しくしてほしい。……君が何を知ろうとも、奴を追ってはならない」

「……、え、え?ブラックを、追う?」

 

何故そんな事をする必要があるのだろう。

シェリーは確かに巻き込まれ体質だが、去年も一昨年もやむを得ず事件に首を突っ込んだに過ぎない。

ことブラックに関しては大人の闇祓いや吸魂鬼も動員するというのだから、今年ばかりはシェリーの出る幕も無い筈だ。

アーサーは何か誤解しているのだろうか。

汽笛が鳴った。

 

「あ、私、もう行かなきゃーー」

「いいね、何が起ころうとも、絶対にブラックを追おうなどとは考えないでくれ」

「はい、それは勿論ーーでも、どうして私の方から捜すなんて道理がーー」

「頼むよ!絶対、絶対に!シリウス・ブラックを追おうなどと考えないでくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーという事があったの」

「やけに汽車に乗るのが遅いと思ったら…パパったら、一体何を考えてんだ?」

「私達が、ちょっとした冒険に興味を持ちがちの向こう見ずだって勘違いしてるのよ、きっと」

「誤解されても仕方ないかもね」

 

大人達からはきっとそういう目で見られているのだろう、たぶん。

そう結論付け、明るい話をする事にした。

「ホグズミードが楽しみだよ!ハニーデュークスのお菓子も見に行きたいし、ゾンコの悪戯専門店も見逃せないよな!」

「三本の箒のバタービールが絶品だって話よ!あぁ、それと叫びの屋敷も見に行きたいわね」

「……………」

「な、シェリーはどこに行きたい?」

「……えーっと、ごめん。全部行ってみたいけど、その、私、夏休みにおばさんを埋めたでしょう。それで……許可証にサインを貰えなくって」

暗い話になった。

 

「マクゴナガルに頼むのはどうだ?ありゃシェリーの母親みたいなものだろ」

「あの人は厳格よ、頼んだところで突き返されるだけだわ」

「じゃあスプラウト辺りに……わっ、なんだなんだ!?」

 

列車が急ブレーキをかけて止まる。

三人は顔を見合わせた。こんな事は今まで一度もなかった。シェリーが乗るのはまだ二回目だが……。

夏だというのに、刺すような冷気が車内に広がった。どこか肌寒いーー。

雨音が強まっていくのを遠くに感じた。

暗転ーー。

灯りが落ちる。

シェリー達の困惑が、恐怖へと変わった瞬間だった。闇の中へと放り込まれたような、そんな感覚。

 

「なんだ、どうしたってんだ」

 

ロンがコンパートメントの扉から頭だけ出して、廊下の様子を伺う。

しかしこう暗くてはよく見えないだろう。

鞄の中を弄って、杖を取り出す。口元で短く呪文を唱えると、明かりを灯した。

その瞬間。

ロンが悲鳴にならない悲鳴を上げて、コンパートメントの奥に二人を押しやった。この夏休みの間にまた大きくなったので、押されると流石に痛い。クルックシャンクスが抗議の声を上げた。

吃驚しながらロンの方を見ると……彼の瞳が、小刻みに震えているのが見えた。

吐く息がはっきり見える程に、コンパートメントが凍て付き凍りついていた。

いやーー列車そのものが、恐ろしい程の冷気によって覆われていた。

 

「ーーーー、ーーーー」

 

吸魂鬼(ディメンター)だった。

衣服の隙間からーー合間からーー忍び寄るように、冷気が、何本もの微細な針となって、毛穴に突き刺ささったようだった。

彼等は滑るようにやって来た。

どす黒いローブは闇を体現したかのよう。もやが集まって人の形を成したような、揺らめいた肉体。

彼等を見ると、潜在的なーー忘れようとしていたものが掘り起こされていくような不快さがあった。

ダドリーに殴られた記憶。髪をぶちぶちに千切られて、大泣きした時の記憶。

苦痛と恐怖に顔を歪め、口から息が漏れてしまう。気が付けば手を強く握っていた。

 

(ーーーいや、まだ、暖かい。ここにはロンとハーマイオニーがいる。なら、私が彼等に怯えて選択を放棄するなんてーーあり得ない!)

杖に無理矢理に魔力を込めて、幸福な記憶を掘り起こす。二人を、守る。

ーー二人を見ると、私はいつだって勇気が湧いてくるんだ。

 

 

「ーーーーッ、ェ、エクス……エクスペクト・パトローナム!守護霊よ来たれ!」

 

シェリーが呪文を唱えた瞬間。銀色の、もやのような実体なき霞が現れた。杖先から煙が噴射されているかのようだ。

ーー半分成功、半分失敗だ。

無形守護霊ではその真価を全て引き出す事はできない。

だが、吸魂鬼を一匹祓うのには十分。

守護霊としては大型の部類のソレが、吸魂鬼へと立ち向かいーーそして、闇を跳ね除ける。怨嗟の声を上げて、吸魂鬼は退散していった。

 

「っ、はあ、はあ、はあーーー」

「シェリー、今のはーーああ、ごめんよ。ありがとう。君が追い払ってくれたんだな。がんばったなあ」

「ええ、本当にありがとうーー大丈夫?息が荒いわ。深く息を吸って」

 

呼吸が浅くなってきたところで、コンパートメントの扉が開いた。毎度お馴染み、銀髪の不良少年と黒髪のぽっちゃり少年の二人組みである。

 

「ネビル、ベガ!そっちは大丈夫?」

「さっきベガが杖から山羊を出して吸魂鬼を追い払ってくれたんだ」

「ああーー他のコンパートメントにも吸魂鬼がいるかと思って見に来たが、ここは心配要らなかったみてえだな。特訓の成果が出たな、シェリー」

「ーーうん!初成功!」

 

ハーマイオニーの推測によると。

吸魂鬼は辛い過去を持っていたり、凄惨な体験をした者に引き寄せられる傾向があるらしく、その者を優先して幸福の記憶を吸うのだとか。

だからその経験が人一倍濃いシェリーの方へと向かったのだろう、と。そんな理由で寄ってくるなんて傍迷惑な話だとロンが吸魂鬼に怒っていた。

 

「生で見るのは初めてだけど……吸魂鬼が何故魔法界で忌み嫌われている存在か分かったわ。あんな恐ろしいものが、今年からホグワーツにやって来るっていうの?」

「元より、あんな化物を御するのは無理だったって話だ。どこからやって来てどう増えるのかさえ解明されてねえんだ、人の手には余る存在だろうよ」

「ダンブルドアはよくあんなものがやって来るのを認めたな。あんなのがいたら授業どころじゃないって」

「やっぱり、シリウス・ブラックに思うところがあったんじゃないかな。難攻不落のアズカバンから抜け出した人だもの」

「囚人のことは、看守が一番良く分かってるってことかな。でもよりによって、吸魂鬼かぁ……んっ?」

 

「君達、大丈夫かい?」

「あんたは?」

 

コンパートメントが開かれた。

突然やってきた見すぼらしい男に、コンパートメント内に若干の警戒が広がる。

それを知ってか知らずか、白髪混じりの鳶色の頭をぽりぽりとかくと、苦笑しながらも優しげな笑みを浮かべた。

 

「私はリーマス・ルーピン、今年から君達の教師になる者だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

『その頃のスリザリンのコンパートメント』

 

「ぐっ……狼人間になった時の記憶が……しっかりしなさい私!エクスペクト・パトローナム!……大丈夫ですかお兄様!?」

「あ、あぁ、助かったよコルダ。あんな凄い魔法が使えるなんて、お前は凄いな」

「!!??お、お兄様ったらぁ!」

 

※コルダはスプレー状の不完全な形ではあるが守護霊を出せる。彼女がまともに守護霊を出せるようになるのはもう少し後。

 




久々に一万字超え。人数多いと大変やね。
最近気付きましたが、コルダはシェリー達より一学年下なのでジニーやルーナと絡ませやすくて、かつ彼女視点でスリザリン寮の話も書けるというマジで便利なポジションにいますね……。

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