シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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4.誇り高きはヒッポグリフ

ルーピンと名乗った男は、「食べると楽になる」と言ってチョコレートを手渡した。

それを口に含むと、気が滅入っていたのが少しばかりマシになった。何か入っているのだろうか。怖い。

 

「怖いといえば、吸魂鬼よ。あんな……あんな生物がこの世にいるだなんて。本に書いてあった情報は、誇張ではないのね」

「トロール、三頭犬、吸血鬼、そしてバジリスク。色々な危険生物を見てきたが、あいつ達はどこか異質だ。この世のものではないような、抜け殻のような」

「あ、そういえば一年の時はドラゴンの卵を孵して……ああいや、なんでもないや」

「?まあとにかく、なんでホグワーツ特急にあんなのが来たんだろうね」

 

恐怖を体現したかのような生き物に、皆々滅入っているようだった。

吸魂鬼。

鬼と言われてはいるが、その生態はゴーストに近しいとされている。ヒトの幸福を吸い取り、それを糧にして生きる亡霊。かのヴォルデモート全盛の時代に大量発生したと言われており、感情を貪り喰らうその様は生物というよりそういう現象の類のようでもある。

そんな大勢の吸魂鬼達は、精鋭揃いの闇祓い達でも全て駆除しきるのは難しい。よってその多くはアズカバンの看守として使わされているそうな。

あんなものが跋扈する監獄など、ハグリッドが狼狽えていたのも納得だ。

 

「扱いの難しい吸魂鬼達を管理するとともに、囚人達の幸福を吸い取らせるという刑罰を行っているのよ。幸福を想像するだけで吸い取られていくのだから、脱獄を考えれば考えるほど憔悴していくというわけ」

 

実に理に適っている。絶望感を宿して恐怖で人を縛り付けるとは、まさに最高にして最低の監獄だ。

しかし。

そんな狂気の沙汰のような監獄において脱獄を成功させたシリウス・ブラックの異常性たるや、目を見張るものがある。

いや、もはや狂気と一言に片付けてしまっていいのだろうか。

主人を壊滅させた少女(シェリー・ポッター)裏切り者の息子(ベガ・レストレンジ)、この二人を殺すために何年も気を窺っていたとしたら。それだけが生きる糧だったのだとしたら。

それは、最早、誰よりも正気な人間という事にならないだろうか。

狂気故に、正気でいられた。

異常故の正常。

シェリーは会った事もないブラックに、どこか興味を抱いていた。

 

「…………」

「どうしたの、ベガ?さっきからずっと馬のない馬車の方を見て」

「ん……いや……ちょっとな」

 

先の吸魂鬼の件と、クルックシャンクスがスキャバーズに襲い掛かるという事件を除けば、ホグワーツまでの旅は至極平穏なものだった。

大広間に着くと、懐かしい面々と顔を合わせる。ジニーはシェリーに向かってウインクした。

懐かしいなあ、あの時は本当にドキドキしたなあ、頑張れ新入生!とシェリーは組み分けを食い入るように見ていた。それが終わると、ダンブルドアが腰を上げる。

 

「また一年がやってくる!老人の長話はつまらんじゃろう、と言いたいところじゃが飯で腹を膨らます前に聞いとくれ。特急での捜査の通り、ホグワーツでは吸魂鬼を受け入れておる。魔法省の要請での」

 

含みのある言い方だ。

吸魂鬼が近付くのを快く思っていない、そんな感情が端々に見える。

 

「誰も許可なく城を離れんように。話が通じる相手ではないし、変装も悪戯も無意味じゃ。透明マントでさえも通用せん。良からぬ事を考えておる生徒も、奴達には手を出してはならん。フリじゃなくての。これ以上言うと逆に闘志を燃やす生徒もいそうじゃから、この位にしておくかの」

 

暗にウィーズリーズに釘を刺すと、ダンブルドアは「明るい話といこう」と教員紹介に移った。

 

「こちら、今年からの闇の魔術に対する防衛術の新しい教師を担当してくださるリーマス・ルーピン先生じゃ」

「どうも」

疎らな拍手。

それもそうだろう。シェリー達が知る中でもこの教科に就く教師はロクな人物がいないのだ。クィレルは人間じゃなかったし、ロックハートは人でなしだった。

ルーピンは、どうだろう。ぱっと見はしょぼくれた男だが、同時に、掴み所がない。

 

「さて、長年、魔法生物飼育学を担当してくださっていたケトルバーン先生の代わりに、今年から我らが良き友であるルビウス・ハグリッドが担当してくれる事になった。森番と兼任での」

「えっ!」

 

思わず声を上げた。

凄いことだ。アズカバン事件に巻き込まれていた彼が、まさか今年は人に教える立場の人間になるとは。

彼の経歴を考えれば大抜擢、大躍進だ。

やはりルシウス・マルフォイが理事会を退いたのが大きいのだろうか。ドラコ達には悪いが。

ロンとハーマイオニーと、大きな友人に盛大な拍手を送った。ガチガチに緊張していたハグリッドだったが、グリフィンドールの方を見るとニッコリ笑った。

 

「そしてもう何人か。吸魂鬼の管理と、ホグワーツ内の警備を担当してくれる闇祓いの諸君じゃ」

「皆んな!よろしくな!俺は闇祓いのレックス・アレンだ!」

 

現れたのは、豪奢な礼式用の士官服を見に纏った、闇祓いの精鋭達。漏れ鍋でシェリーとベガを護衛し、守護霊を教えてくれた信頼に足る人物達だ。

エミルとチャリタリはグリフィン寮の方をちらりと見ると、軽く微笑を浮かべてウインクした。

そのエミルの仕草に男子達はうっとりしていたし、チャリタリを見て女子達はヒソヒソ話を始めた。ああ、全員ズボンで遠目に見ているから性別が分からないのか、と一人ごちる。

……性別を知った時どうなるのだろう。

反対に、見た目はガラの悪そうなジキルは凄くヒソヒソされていた。やれ、怖いだの性格悪そうだの。彼が実は頭脳派でウブな青年と知ったらどうなるのだろう。

 

「俺達は教室や寮内も偶に見回るからそのつもりでいてくれ!まあ、真面目な子が多いと聞いているし余計な心配かもな!ああそれと、万が一吸魂鬼に危ない事をされそうになったら言ってくれ!」

「……とまあこんな感じで、ホグワーツを内から守ってくれる。吸魂鬼や、将来闇祓いになりたい者は話を聞くといいかもしれんの」

「おお!未来の闇祓いが増えるのは俺達としても歓迎だぜ!」

「ともかく、まずは飯じゃの。ほれ!宴じゃ!食え!」

 

シェリーはご馳走を胃に流し込んだ。

寮に帰りベッドに座ると、微睡み数分、パーバティやラベンダーの話をよそにスヤスヤと眠りについてしまった。

朝起きて談話室に行くと、エミルとチャリタリが待っていた。グリフィンドール寮の周りを警備していたらしいのだが、元々がフレンドリーな二人だ。獅子寮の面々とすっかり打ち解けてしまったらしい。

それぞれがレイブンクローとハッフルパフの出身だそうで、他の寮に入る機会など無かったから少し興奮しているのだそうだ。

それでも窓や暖炉など、ブラックの現れそうなところに目を光らせているのだから、大したものである。

 

「やーや、どーもどーもシェリー。不完全な形とはいえ守護霊を出して吸魂鬼を追っ払ったんだってね。いやー僕も頑張って教えた甲斐があったってもんだよ」

「アンタは横で見てただけでしょ。それにしても凄いよシェリー、誰にでもできる事じゃない!誇っていいよ」

「う、うん。ありがとう」

「ほらベガも!アンタも吸魂鬼を追っ払ったんでしょ?偉い!」

「なんだよ、この、やめろって」

 

チャリタリが頭を撫でようとするのをベガは絶対的反射神経で避ける。才能の無駄遣いである。

何度やっても逃げられるので、チャリタリがしょぼくれてジニーに頭を撫でてもらっていると、エミルがヒソヒソ声でベガに問うた。曰く、君はプレイボーイと聞いていたが彼女はナンパしないのか、と。

 

「あいつねぇ……あんまり俺の好みじゃねえしな」

「ハァ!?チャリタリ可愛いでしょ!」

「な、何急に怒ってんだよエミル」

「いくら僕でも許しませんよー!君はあれですか!女の子は顔と身体で選ぶタイプですか!君はおっぱいが大きければそれでいいんですか!?」

「おっぱい大事だろうが!」

「分かってないなー!チャリタリのあの慎ましやかで綺麗なおっぱいが良いんでしょうが!」

「二人とも、聞こえてるからね?」

 

褐色肌でボーイッシュな女性闇祓いにぶん殴られると、女子達からのエミルの評判も地に落ちた。ミステリアスで、闇祓いとして優秀で、高給取り。おまけに中性的だが顔も整っている。女子からすれば中々好条件の物件である。

………が、意外と馬鹿だったのが露呈してしまって以降は、むしろ男子達とつるむ事の方が増えた。男でもエミルならいける、なんて言い出す者までいる。お前はそれでいいのか。

しかし、「胸が無いのそんなにダメかな」とチャリタリがボヤいている姿は、何とも可愛らしい少女のそれだった。

……薄々、感じてはいたが。

 

「チャリタリはエミルのこと好きなの?」

「え!?そ、そそそそんなこと、そんなことないからぁーっ!」

「二人は付き合ってるの?」

「え!?あ、いやー…あはは、いやいや、ないない、ないって…………うん……」

しどろもどろになって答えるチャリタリを見て、女性陣は確信する。

確実に惚れている。

チャリタリのエミルへの片思いだ。

一見サバサバした姉御肌に見えるが、心は完全に恋する乙女だ。聞けば、チャリタリの姉のクリシュナとエミルは同級生だそうで、二人にたまに勉強を教えてもらっていたのだとか。

思えばその頃からエミルの事を意識していたそうで、エミルがホグワーツを卒業した後は疎遠になっていたのだが、二人が闇祓いになって再会すると恋は再燃した、という事らしい。

これは………。

 

「素敵!」

「隅に置けないわね」

「応援するわ!」

「面白い」

「な、なにさ!皆んなして!も、もー!」 

 

女子達はそんな甘酸っぱい二人の関係に色めきだっていた。

そんな彼女達を更に興奮させたのが、シビル・トレローニー女史の占い学である。

ビン底ように分厚い眼鏡をかけて蒸し暑い教室を往復する様は昆虫宛らであったが、それでも話す内容が内容だ。女子達の興奮も納得である。

シェリーは平常運転だったし、ハーマイオニーはしかめっ面ではあったが。

 

「──占い学は現世の不変にして千変万化たる人の悩みを導きそして助けとなる学問なのです──」

「この世の理と法に囚われぬ柔軟な発想と絶対的な才覚、それらを目覚めさせればいつかは貴方達にも未来が見える筈──」

 

何言ってんだコイツ。と言わんばかりの顔をベガとハーマイオニーが思いっきり浮かべていた。

彼等だけではない。クラスの何人かも同様に怪訝な表情をしている。そんな表情を知ってか知らずか、トレローニーはシェリー達の席にズイ、と顔を近付けた。

昔、ダドリーの昆虫図鑑で見た蜻蛉を擬人化したような顔である。

 

「あぁ──なんてことでしょう!あなたには大いなる敵が取り憑いています!」

「は、はい。自覚はあります」

「この位相は──そして占い師としての勘が告げておりますわ──髑髏、蛇、鎖!断言しましょう──あなたの心には死神犬のグリムが巣食っている、と!」

「?犬?ワンちゃん?」

「あなたは来年にはこの教室にいないかもしれませんわ────」

 

という、いかにもな胡散臭い宗教の勧誘のような台詞を宣った訳だが、占い贔屓の女の子達はそれを信じたのか大いに心配され悲しまれた。「あぁ、シェリーはもうすぐ死んでしまうのね!」と。苦笑いをしているとハーマイオニーが女子達に怒った。怒髪天という感じである。

その雰囲気を引き摺ってか、変身術の授業でマクゴナガルがそれはそれは見事なトラ猫に変身した時もクラス内は静まり返っていた。

 

「あぁ、一時限目は占い学ですか。トレローニー先生は着任から毎年一人のペースで生徒の死を仄かしましたが、大変喜ばしいことに皆んな元気に卒業していきましたとも。他学問についてとやかく言うつもりはありませんが、えぇ、あの学問は非常に曖昧なものなのです。獅子寮たるもの、そんな不確定なものに頼らずに、未来は自分で切り拓きなさい。………と言いたいところですが、今日は特別に私も予言を一つしてあげましょう。黒板に書かれた変身理論はあと三分で消えます」

 

闇の魔術に対する防衛術。

教科書をしまって、という第一声から始まると、ホグワーツの栄養ある食事を食べて多少は痩せた頰も膨らんできたルーピンが笑顔で出迎えた。

彼は悪戯っ子のようにニヤッと笑う。

 

「やあ、どうも。リーマス・ルーピンだ。今日は職員室に真似妖怪のボガートが現れてね、せっかくだから授業に使おうと持ってきたんだ」

箪笥が小刻みに震えている。

何かいるらしき事は、遠目にも分かった。

 

「教科書と睨めっこより、こっちのが断然面白いからね。さて、さて。このボガートについて答えられる人はいるかな?」

「はい!」

「どうぞ、ハーマイオニー」

「ボガートは形態模写妖怪で、魔法使いにおける開心術に近い能力を持っています。その力で人の記憶を読み取り、その人の最も恐ろしいものへと変化し、威嚇します」

「ありがとう、私なんて要らないんじゃないかってくらい素晴らしい解説だった」

 

和かに笑う姿は中々にイケメン。

というか、ルーピンも素材自体はよく見れば悪くない。クラスの好感度はジワジワと上がりつつあった。

 

「このボガートに対して私達は優位に立っている理由、分かるかい?ロン」

「えっ僕かぁ………うーん、僕達の方が人数が多いから、どれに変身したらいいか分からない……とか」

「うん!良くできたね。その通り。ボガートは人の怖いものに化ける。しかし恐怖とは人それぞれだからね。さて、そんなボガートを倒す必殺技が、『リディクラス』、馬鹿馬鹿しい、だ。言ってみようか」

「「「リディクラス、馬鹿馬鹿しい!」」」

「よし!では皆んな一列に並んで!」

 

「ネビル、君の一番怖いものはなんだい」

「あー……えっと、す、スネイプ!先生が怖いです」

「ふーむ。スネイプ先生か。成る程そうだな……たしか君はお祖母様と一緒に暮らしていたね?」

「は、はい。あ、おばあちゃんも同じくらい怖いです」

「いやいや、そういう訳じゃない。いいかい、ネビル。───を、───して……」

 

実に楽しそうな顔をしたルーピンに何やらごにょごにょ言われたネビルが前に出ると突然タンスの扉が開く。

そこには最初からスタンバイしていたのではないか、と言わんばかりに、本物そっくりのセブルス・スネイプの姿。脂っこい髪も嫌味な顔も完全再現である。

 

「ロングボトム、課題を十倍にして差し上げましょうかな」

「り、『リディクラス』!」

「それとも蛙の解剖が良いですかな……こ、これは!?」

 

ハゲタカの帽子。緑色の長いドレス。赤いハンドバッグ。コメディ俳優もかくやというべき、愉快なスネイプ先生の姿がそこにあった。

シェリーは笑っちゃいけないと思いつつ思いっきり吹き出した。ハーマイオニーが涙混じりに背中をさすってくれた。

ロンは腹を抱えてのたうち回り、ベガなどゲラゲラ笑いすぎてシェーマスとディーンに魔法をかけられている始末。抱腹絶倒とはまさにこのことだ。

次にボガートに挑むのはそのベガだ。

 

「げっ!よりにもよってお前かよ!」

「口の利き方がなっていませんね、レストレンジ。変身させてあげましょうか」

 

なんと出てきたのはマクゴナガルだった。

怖いもの知らずのベガだったが、厳格に正論をぶつけてくる彼女は苦手だったらしい。よくウィーズリーズやリー・ジョーダンと怒られているのを見かけるが、内心は苦手意識があったのだろうか。

彼の意外な一面を知ると、ベガの呪文で老婆は可愛い鈴付きの猫に変わった。

そこからは教室ごと笑いの渦の中に投げ込まれたかのようだった。

 

「リディクラス!」

血塗れのミイラは包帯に絡まって転び。

「リディクラス!」

泣き妖怪バンシーは声を出せなくなり。

「リディクラス!」

蜘蛛はタップダンスを踊る。

訳が分からないカオス空間である。各々が笑いすぎて口角が釣り上がっていた。

 

「はっはっは!いいぞ、よしよし!次の生徒、おいで…………っ!」

 

ルーピンが続きを促そうとして、言葉に詰まった。次に順番が回ってきたのはシェリーである。

自信家で怖いもの知らずの不良少年のベガならいざ知らず、内気で繊細な少女のシェリーがボガートを見たらどうなるか。

嫌な予感がして彼女を止めようとするが、遅かった。シェリーはもうボガートの前にやってきている。

だが。

 

「…………」

「────……?」

 

ボガートは一向に変わる気配がない。

姿まね妖怪の異名はどこへやら、シェリーの目の前で往生して変身しようとしない。

その奇怪な様子に、シェリー達が訝しげな顔をしていると、彼女の横からルーピンが入り込む。

ルーピンの目の前で薄く輝く球体の何かに変身したかと思えば、彼が「リディクラス!」と唱えてパチンコ玉になって教室内を飛び回り箪笥の中に戻った。

 

「……いやあ、変身のし過ぎでボガートも疲れていたんだろう。さて、授業は終わり!宿題だ、教科書のボガートに関する章を読んでまとめて提出すること!面白く書いてみなさい!以上!」

 

こうして一部アクシデントもあったが、ルーピンの授業は概ね大好評の内に幕を下ろした。生徒達がゾロゾロと出て行く。

そんな彼等をルーピンはニコニコ顔で見送っていたが、教室が閉まると同時、ルーピンは笑みを引っ込めて真剣な表情になる。

 

(シェリー……)

 

様々なトラブルに巻き込まれてはいるものの、彼の親友の娘は伸び伸びと育っているものだと思っていた。喜ばしい事だと。

しかし、その認識を改める必要がありそうだ。彼女の精神は、どこか異常だ。

ボガートはヒトの恐怖に化ける生物。つまり逆に言えば、怖い物がなければ変身のしようがないのである。

 

(よほど高度な閉心術でも使わない限り、ボガートを欺く事などできない。今のシェリーにそんな能力がある筈がない…………

彼女には怖いものがなかったんだ。

……シェリーの恐怖心は麻痺している)

 

シェリー・ポッターには恐怖がない。

彼女の心は健全に見えて、その実誰よりも壊れている。壊れてしまっている。

辛い過去もある。

悲しい出来事もある。

だがそれが自分に降りかかるのは当然だと思っているので、それを今さら怖いとは思わない。

だからトラウマというものがないし、生理的に痛いとか苦しいと思っても、それを怖いとは思わない。

その歪んだ価値観に気付いているのは、まだほんの一握りなのだ。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「シェリー!」

「あ、どうしたのジキル?」

「うわひゃあ!す、すまねえ、あまり近付かないでくれ恥ずかしいから!ごめんな!お前に会いたがってる奴がいるってよ!」

 

女性が苦手だというのにわざわざ話しかけてきてくれたジキルが連れて来たのは、見覚えのある屋敷しもべ妖精。

というか、つい数ヶ月前見たばかりだ。

 

「ドビー!わあ!久しぶり!元気にしてた!?ここに勤めてたんだね!」

「お久しぶりでございますシェリー・ポッター!ドビーめは元気でございます!」

 

シェリーは小柄な妖精と抱擁を交わす。

見れば、去年見たぼろの枕カバーではなく、派手なソックスやセーターを身体中に身につけた奇抜な……前衛的なファッションになっている。

マルフォイ家を出て以降、紆余曲折を経てなんとホグワーツに就職したらしい。今はここで宜しくやっているのだとか。

 

「私の前のご主人様、ドラコ・マルフォイから連絡がございます」

「……ドラコから?」

「魔法生物飼育学が始まる前に話があるから、ベガ・レストレンジと一緒に二階の空き教室に来るように、と」

「ベガと?うん、わかった」

 

大量のお菓子を渡されつつベガと指定された教室へ向かうと、プラチナブロンドの少年は既に到着していた。

話、とは、去年バジリスクの言った「違う寮どうしでも協力してほしい」という提案についてだ。

あの時は勿論と返したが、実際、仲の悪い二つの寮どうしが急に仲良しこよしになるなどできるわけがない。たかだか数人の訴えでは、不可能だ。

 

「バジリスクの手前ああは言ったが、グリフィンドールとスリザリンの亀裂は根が深い。特にお父様の代でその軋轢は修復不可能なまでに大きくなった。僕達がいがみ合わないよう訴えても、親の代からの憎悪は消えはしない」

「……、まあ、そうだよね……。何年も続いたわけだし」

「だが余計な諍いを止める事はできる。昨日今日で寮間の垣根を払う事こそできないが、少なくとも、つまらん争いは止められる。というか僕達が止めなきゃいけない」

 

彼からそんな発言が出るとは。

意外だった。

スリザリンの意志を、正しい形で世に伝えることはもはや不可能だ。だが、少なくとも自分達だけでもそれを継いでいく。

 

「分かり合えなくてもいい。だがお互いを尊重できる関係でいたい。だからつまらない諍いは起こさないし起こさせない。僕達もそうするから君達もそうしてくれ、特にレストレンジ」

「何で名指しだよ」

「だっていつもスリザリンの生徒と乱闘騒ぎ起こしてるじゃないか」

「……………」

「おいソッポを向くな。…………それと、ポッター!今年のクィディッチ、負けないからな」

「!うん、お互い頑張ろ!ドラコ!」

「……な、なんだよ調子狂うな!ふん!僕はもう行くからな!ふん!」

 

魔法生物飼育学。

スリザリンとの合同授業にして、心優しい巨漢、ルビウス・ハグリッドの初授業でもある。

髭もじゃの下から覗くニコニコ顔は、無邪気な子供が人を驚かせようとワクワクしている顔だ。まずい。嫌な予感がする。

 

「よし!全員揃ったな、まずは教科書を開いちょくれ!ページ数は……」

「いやあの、ハグリッド」

「どうやって開くのこれ」

「?」

 

ハグリッドの言葉を借りるなら、撫ぜりゃーよかったらしい。授業は初っ端から嫌な空気を漂わせている。ハーマイオニーもフォロー不可能だった。

 

「気にすんなよ、僕は教科書は滅多な事では開かないぜ」

「フォローになってないわ」

「と、とにかく授業を続けよう?ねっ、ハグリッド」

「そ、そーじゃな。うん。ありがとうシェリー。よーし、ほんじゃ教科書七〇ページの第一章、こいつがヒッポグリフだ。頭が大鷲、胴体が馬。その気性故に飼い慣らすのはとても難しく、その道の専門家だけが飼うことを許されている」

「うんうん」

「と、いうわけで!実際にヒッポグリフと触れ合ってもらう!おいで!」

「うん?」

マジかよ。

と言わんばかりのグリフィンドール。ハーマイオニーに至っては空を仰いでいる。

 

「美しかろう、名前はバックビークだ!さあさ!こいつに触ってみてえ奴はいねえか!?」

ヒッポグリフ。

グリフォンと雌馬との間に生まれた生物。

ヒッポとは馬の意であり、同族である筈の馬を食べるので、天敵と被食者のハーフという事で、有り得ないものを指す時にヒッポグリフと呼ばれていたものが、グリフォンと雌馬のハーフが見つかってそのまま名前になったという説がある。

確かに凛々しい姿だし、その佇まいは強者の威厳すらある。

だが正直、恐れ多くて近付き難い。

その場の全員がざざっと後ろに下がる。残ったのはシェリーだけだった。

 

「おお!シェリー、やってくれるか」

「うん!」

 

シェリーは未知の生物に若干ウキウキしていた。その様子に獅子寮の面々は不安な表情を浮かべる。

ハグリッドの授業を躓かせる訳にはいくまいとは思っていたが、これは少し、いや非常にまずいかもしれない。

下手を打てば、彼女はヒッポグリフの鉤爪で引き裂かれる。それは流石にまずいと思ったのか、ベガはこっそり杖を構えた。

偉いぞベガ。

前には出なかったけど。

 

「こいつらはプライドが高い。それを傷付けられたとあっちゃあ、怒り狂ってすぐに手が出ちまう」

「どうすればいいの?」

「まず頭を下げる。お辞儀だな。んで、こいつがお辞儀を返したら触ってもいいって合図だ。なんなら乗ってもいい」

「うん。………乗る?……、と、とりあえずやってみるね」

 

シェリーは恭しく頭を下げる。

もしヒッポグリフがシェリーを認めなかった場合は、直ちにその場から逃げなければならない。

ハグリッドも警戒態勢に入り、いつでもヒッポグリフを止められる体勢だった。

心臓の音が煩くなってきた頃、シェリーを認めたのか、ヒッポグリフは身を屈めた。

お辞儀だろうか。

 

「ああお辞儀だ!すげえぞ、シェリー!」

 

グリフィンドールから歓声が上がる。

恐る恐る手を差し出すと、フサフサの毛並みに触らせてもらった。

そこからは順調だった。

ヒッポグリフのスケッチを行ったり、他にも毛並みを触らせてもらおうと挑戦してみたり、餌をあげたり。

自然と笑みが溢れる良い授業だったのではないだろうか。毎回この調子なら、心臓は持たないだろうが。

因みにこのヒッポグリフは、引き取ってくれるという魔法生物飼育員の下へ送られるとのこと。プロの下で飼育が受けられるのなら安心だ。ハグリッドは泣いていたが。

皆がヒッポグリフの近くでスケッチをしていると、近くにドラコの姿があった。

 

「お前はシェリーに対抗心燃やしてヒッポグリフに触りに行くと思ったんだがな」

「後で触るさ。……だがまあ、去年までの僕なら、ポッターの奴に嫉妬を抱いていただろうな。挙げ句の果てにヒッポグリフを怒らせてしまっていたかもしれない」

「去年まで?」

「だってそうだろう」

 

ドラコは悪戯っぽく笑った。

 

 

 

「ヒト語を話すバジリスクと会ったしな」




吸魂鬼→嫌な記憶、辛い記憶を思い出させる。シェリーの場合は殴られたりして痛かった記憶が蘇った。
ボガート→怖いものに変身する。シェリーは殴られたりするのは当然の事だと思っているので怖くはなかった。

という違いがあります。
シェリーはお化け屋敷行っても大丈夫な子です。
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