シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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6.再び戦え獅子と蛇

 

 レックス・アレンは極めて人通りの少ない廊下でシェリーを捕まえると、真剣な面持ちで問いかけた。

 

「昨日はちゃんとホグワーツにいたか?」

 

 いなかった。

 いなかったのだが、それを言うわけにはいかない。『忍びの地図』がバレて、ひいては双子の悪行の数々がバレてしまう可能性があるからだ。

 ぶんぶんと首を横に振った。

 

「それを証明できる者はいるか?」

「え!い……いや……いないよ。だってグリフィンドール寮の友達は殆どホグズミードだもの。一人で自習してたよ」

「………」

(………バ、バレてないよね?……)

「まあ、いいだろ。疑ってる訳じゃないんだが一応、な」

(良心が痛む……!)

「だが次からは誰かと一緒に行動するよーに頼むぜ。君はただでさえ危ない身なんだからな」

 

 これはまだ少し後の話であるが。

 シェリーは後に開心術という呪文を知り、そしてアレンがそれを使わなかったという事実を知り、この時、シェリーの弁を本当に信じてくれていた事を悟り。より罪悪感が増すのであった。

 

「それにしてもシェリー、良い表情をするようになったな」

「え?」

「俺は少し前まで、君はいつも寂しそうな顔をしているように思っていた。年不相応な笑顔だった。だが、今の君は、一人の素敵なレディに見えるぜ。はっは、若者の成長は早いもんだな」

「レ、レディだなんて。そんな」

「…シェリー、何か抱え込みそうな時は、俺達大人に相談してくれればいいからな。俺達に話し辛いなら友達でもいい。悩みは早い内に誰かと共有しとけ!誰にも相談できなくなる前に、な!」

 

 言うと、アレンは日課のパトロールに戻っていく。連日のシリウス・ブラック捜索にホグワーツの守備体系の見直し、パトロールや訓練等多忙を極める筈。なのにその疲れを全く見せないのだから凄まじい。

 ダンブルドアやヴォルデモートを人外と評するならば、人間の最高到達点とでも言うべきか。

 

「かっこいい人だなー……」

 

 格好良い大人とは、ああいう人の事を言うのだと思う。どこかマクゴナガルに似た感覚を味わった。

 

「誰かに相談、ねえ。いかにも大人らしい詭弁です。誰にも打ち明けられないからこそ悩んでいる人間もいるっていうのに」

 

 それにケチをつけたのはコルダ・マルフォイだ。柱の影から現れた。

 聞いていたのか。まあ、盗み聞き、というよりはたまたま聞こえてきたという表現の方が適切だろう。

 

「コルダも悩みがあるの?」

「ええ、まあ。私も年頃の女子なので。

 貴方には分からない感覚かもしれませんが、家の都合上、私は自由に恋愛という訳にはいきません。それはお兄様も同様、叶わぬ恋を、叶えてはいけない恋をしてるんですよ、私は」

「………え、どういう事?」

「?いやだから、私はお兄様の事が好きですけど、告白したら色々と弊害があるなって話ですが」

「…………」

「………?」

「コルダってドラコの事好きなの!?」

「そこですか!?今更!?」

 

 気付いていなかったとは。

 確かに面と向かってドラコの事を「好きです!」と言った事はなかったが、そういうオーラは出していたろうに。

 恐ろしく鈍感だ。

 まあ、当のドラコもあれだけアピールされといて全く気付いていないのだが。もしやゴイルとクラッブの鈍感がうつったのだろうか…?

 

「マルフォイ家に生まれてきた者としての責務があるんですよ、私には。家に相応しい男性と結婚して子供をもうけなければならない。家の存続の為にね」

「……そう、だよね」

「でもあんなコトされて、惚れないなんて無理な話ですよ。もう、お兄様ったら大胆なんですから……」

(………あんなコトって何だろう?)

「──だから、せめて大人になって結婚するまでの間、我儘が許される子供の間だけは、あの人のことを好きでいたいんです」

「────それは……」

 

 悲しい恋だ。

 兄妹間の恋愛は、マグルにおいても魔法族においても禁忌とされている。

 倫理的な問題もあるが、産まれてくる子供が先天的な障害を抱えてしまう危険性があるためである。特に魔法族は純血に拘り近親婚を繰り返す過激派のせいで、その危険性はより大きな物となっているのだ。

 近親同士の結婚。インブリード。

 更に追い討ちをかけるのが、彼等のマルフォイ家としての立場だ。貴族として有名な彼等が兄妹間で本当に恋愛をしたとなったら、それは大問題だろう。

 そして極め付けは、コルダの体質だ。

 コルダの恋には障害が多すぎる。

 それら全てを分かっていて尚、彼女は諦められないというのか。

 

「悪い事ばかりじゃないですよ。今はまだ『兄離れのできない妹』って周囲からは思われてますから、その立場を利用してやるんです。私が大人になるまでの間だけは、お兄様への恋が許される。

 ……あと十年も残ってないですけどね」

「………凄いね、コルダは」

「な、なんです急に」

「そんな風に誰かを一途に想えるって、誰にでも出来る事じゃないよ」

 

 シェリーの言葉で照れ臭くなったのか、コルダは話題を逸らすように話した。

 

「……だから私は、あのレックス・アレンの言ってるのは綺麗事にしか聞こえない。言ってる事は立派なんでしょうけど。私の理解者は家族以外には永遠に現れないんですから」

「そうかな?」

「えっ?」

「コルダは良い子だもの。良い子の周りには良い人が集まって来るものだよ。だからきっと、分かってくれる人も出てくるんじゃないかなあ」

「………はあ」

 

 なんだか、毒気を抜かれた気分だ。

 去年から薄々感じてはいたが、シェリー・ポッターの性格は典型的グリフィンドール生のそれとは大きく異なる。

 どちらかというとハッフルパフ寄りで、穏やかというか、普通の内気な少女なのだと思わせる。

 だが、そんな彼女が、時折、危うく見えるのは気のせいか──

 

(……って。私には関係ない事ですね。さっさと次の授業の準備でもするとしますか)

 

 しかししっかり授業の準備をしたにも関わらず、コルダは授業に遅れそうだった。

 ジニー・ウィーズリー。

 入学前は兄から聞いていたシェリーやベガに対して敵対心を持っていたコルダであるが、実際に入学してみるとジニーをライバル視するようになった。彼女とは同学年という事もあり、顔を合わせれば喧嘩するのは毎度の事だ。たまにルーナ・ラブグッドも混ざったりするが。

 今回も二人は授業開始時刻ギリギリまで言い争っていたという訳だ。おい、つまらない諍いはやめるんじゃなかったのか。

 次はグリフィンドールとスリザリンの合同授業だ。

 

「ああ、もう!あなたのせいで授業に遅れそうじゃないの!」

「いいえあなたのせいです!」

 

 二人は仲良く喧嘩しながら『闇の魔術の防衛術』の教室へと駆け込んだ。

 

「「すみません遅れました!!」」

「今更やって来るとは良い度胸だな」

「あ!スネイプ先生!なんでここに!?」

「今日はルーピン先生は体調不良のため欠席だ。大方ウチの生徒にちょっかいをかけていたのだろうウィーズリー、一点減点」

「ずっこい!」

「残念でしたねウィーズリー!これが人徳って奴ですよ!」

「こういうのはえこ贔屓って言うのよ!貴方のお家じゃ教えて貰わなかったのかしら!もう一度赤ちゃんからやり直したらどうかしら!」

「そ、そこまで言わなくても良いじゃないですか!泣きますよ!!」

「……早く席につけ二人とも」

 

「──…、本日の授業は『人狼』だ」

「………っ!」

「?どうしたの、マルフォイ」

「……い、いえ。何でもありません。早く席につきましょう」

「……?」

 

 スネイプはバツの悪そうな顔をした。

 それも当然だ。なにせ、コルダ・マルフォイは人狼なのである。

 ルシウス・マルフォイがその権力とコネを使い隠しているので周囲にバレてこそいないが、それでも、いつその秘密が白日の元に晒されるか分からない。

 セブルス・スネイプは数少ない秘密を共有する者の一人。できれば今日の授業でもあまり人狼という題材は扱いたくはなかったのだが、ルーピンの授業があまりにも遅いのだから仕方ない。

 スネイプは申し訳なさそうだった。

 コルダは「いいですよ」と目配せした。

 教科書を開く。そこにはイギリスで最も有名な狼人間、フェンリール・グレイバックの姿があった。

 

「──…人狼。狼人間、ワーウルフなどの呼び名がある。類稀なる身体能力を持ち、様々な魔法生物の中でも最も危険な部類に位置付けられている生物だ。満月の夜に狼に変身する。その姿は狼に似てはいるが、特定の決まった姿を持つわけではない」

「先生、決まった姿を持たないとはどういう事ですか?」

「人狼はその人間によって大きく姿が異なるのだ。写真の中のグレイバックは狼の姿だが、狼人間が必ずしもこのような形態とは限らない。個人差が大きいのだ」

 

 近年の研究で分かった事だが、狼人間の容姿は、彼等の精神性が反映されるのではないかとの指摘もある。

 コルダ・マルフォイの狼としての姿が、恐ろしく歪で醜くなるのは、『狼としての自分』が大嫌いだから。

 写真の中のフェンリール・グレイバックの狼としての姿が精悍で凛々しいのは、『狼としての自分』が大好きだから。

 皮肉にも、狼人間になった事を嘆き悲しんでいる者ほど、その姿はより不気味に、より醜くなってしまうのだ。

 

「人狼の弱点は氷魔法だ。冷気ではなく、氷。原理は未だ分かっていないが、狼人間の肉体を破壊する作用がある。つい七年程前までは、氷魔法を使った手術で無理矢理その症状を抑えつけていた」

 

 しかしその手術は莫大な金額がかかり、手術が成功すればその症状が全て無くなる訳ではない。

 ──満月の夜は脳味噌の中を蚯蚓が這いずり回るような激痛に襲われる。幼少の頃よりずっとその痛みに耐えてきたコルダだが、それでも未だあの痛みには慣れない。

 今晩もまたあの激痛を味わうのかと思うと、コルダはゾッとする。

 

「しかし凶暴性を抑える作用のある人狼薬の登場により、手術以外の選択もできるようになった。それでもまだ、人狼に対する処置としては不十分であるし、金銭的なハードルが依然高いままなのが現状だが」

(……いつか、人狼薬がもっともっと研究されていけば、私も普通に暮らせる日が来るのでしょうか)

「そして人狼の最大の特徴が、任意でその数を増やせる点にある。満月の夜になると生える『牙』には特殊なウイルスが含まれており、噛まれればその者も人狼になる」

「噛まれれば……って……。それじゃあ、もしかすると世界に人狼は沢山いるんじゃないですか?」

「……いや。狼状態の時は激しい殺戮衝動に襲われるのだ。だから、人狼の多くは人間を噛み殺してしまう。運良く生還できた人間が次の人狼となるのだ」

 

 知っている。

 スネイプの説明した全てを、コルダは身をもって体験している。狼人間の生態に関しては誰よりも詳しい自負がある。

 そして知れば知るほどに自己嫌悪する。

 私は。

 あの家にいてもいいのだろうか、と。

 大好きな家族を、傷つけてしまわないだろうか、と。震えてしまう。

 

(私の優しい家族は、私を受け入れてくれている。でもその優しさに甘えてばかりではいられない。……ポッターにはああ言いましたけど、狼人間の嫁なんて誰も欲しくないに決まってる。ホグワーツを卒業したら田舎で隠れ住んでしまおうか……)

「獰猛な種族なんだよ」

「やっぱり狼人間は恐ろしいね」

「こわーい」

(……ほら、やっぱり。周囲の反応なんてこんなものだ)

 

 偏見に満ちた女子生徒達のヒソヒソ声。

 聞こえないフリをする。魔法界について知れば知るほど、コルダは窮屈な想いをするようになっていった。

 理解者など、現れないものだ。

 

「………」

「……。いや。全ての狼人間がそうとは限らない。『教科書に書いてある通り』その凶暴性には個人差があるし、当然だが人を襲いたくないと思っている人間が殆どなのだ。狼人間の近年の風潮は、真に受けない事を勧めておこう。

 各人の主義主張は勝手だが、我が寮の生徒にはせめて、人狼に対する正しい知識を知ってから主張してもらいたいものですな。間違った知識を得意気に話す事ほど滑稽で愚かな事はない……」

「……!」

 

 スネイプが釘を刺すと、生徒達はドキリとしたような表情をした。

 コルダだけが驚いた顔をしていた。

 ──嬉しかった。

 人狼を普通の人として扱ってくれたのは、大人達でさえ殆どいなかったから。

 授業が終わると、コルダはスネイプの下へと駆け寄った。

 

「ありがとうございます、スネイプ先生。素晴らしかったです。人狼に対して理解のある人の授業だと感じました」

「……吾輩は事実を言ったまでだ、ミス・マルフォイ。……ところで今夜は満月だ。無理せず休んでいてもよかったのだが」

「ルーピン先生のように、ですか?」

「……、バレていたか」

「そりゃあ、まあ。多分向こうも気付いているんじゃないですかね。人狼同士の繋がりというか、一緒に過ごしていればなんとなく分かるんですよ」

「そういうものか」

「そういうものです」

 

 スネイプは頭を抱えた。

 後であの教師には嫌味の一つや二つくれてやらねばなるまい、と思った。

 

 

 

 

 

 

「シェリー・ポッターやレックス・アレンの言う通りかもしれませんね。いつか理解者は現れる。……グリフィンドール寮の彼等に諭されるのは、少々、癪ですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クィディッチが始まる。

 観客の熱気に立ちくらむ。それだけ、今日の試合が特別だという事だ。

 真紅のユニフォームを身に纏いピッチに現れるは、ウッド率いるグリフィンドールチーム。それに対するは、フリントが主将のスリザリンチームだ。

 この熱狂のピッチの中にあって、二人の表情はどこまでも真剣だった。これから起こりうる運命全てを受け入れた顔。勝っても負けても、ここで終わる。

 今日で全て決まる。

 ウッドとフリントの引退試合まで、残り十分を切ろうとしていた。

 

「おい、ポッター」

 すっかり様になった翡翠のユニフォームをはためかせて、ドラコは聞いた。

「あれから随分時間が経ったとはいえ、もう試合は大丈夫なのか」

「うん!心配してくれてありがとう。優しいね、ドラコ」

「ははは、そうだろう。って違う!僕のライバルに相応しい活躍をしろと言っているんだ!……コホン、で、箒はどうなんだ。折れたと聞いていたが」

「うん、これ!」

 

 シェリーが差し出したのは、鮮やかに紅く彩られた、流線を描く箒だった。素人目にも分かる素晴らしい箒。

 やや細身ではあるが、真っ赤な柄からは力強さすら感じさせる。そして箒の枝の美しさたるや、まさしく職人芸と言わざるを得ない。それ単体で一個の芸術品のようでもある。繊細な細工の施されたレースカーテンのように滑らかだ。

 そしてそれはシェリーが持つ事で至高の芸術品として完成する。彼女の髪と、真紅のローブによく映えるのだ。それは焔立つ一瞬を切り取ったようだった。

 

「……なんだ、その箒。見たことないぞ」

「皆んなから貰ったんだよ」

 

 クリスマスが過ぎ、年が明けた頃。

 冬休み明けに懐かしい面々と再会していると背後から突然目隠しをされ、ラベンダーとパーバティに連れられるまま談話室へと歩かされた。

 目隠しを外されて目に入ってきたのは、真紅の箒。シェリーも伊達にクィディッチ選手をやってきていない、ひと目見てそれが素晴らしい逸品だと見抜いた。

 

『これは……?』

『クリスマスプレゼント……にはちょっと間に合わなかったが。俺達からお前へのプレゼントだ』

『皆んなでお金を出し合って買ったんだ。ネビルの発案でね、せっかく新しい箒を買うんなら、僕達でプレゼントしたらどうかな?って』

『あの時のネビルは冴えてたよな』

『はは、痛いって』

『ホグズミードに箒をオーダーメイドしてくれる店があったの。チームの皆んなと相談して、どんな箒がいいか相談したのよ』

『で、店員さんに頼んで、ニンバス2000に使われていた枝を使ってもらったの。一度壊れた箒はどんな呪文でも直せないけれど、生まれ変わる事はできるもの』

 

 感動だった。

 本当に本当に優しい人ばかりだ。自分なんかのために、ここまでしてくれるだなんて感動する他ない。

 嬉しい。

 新しい箒が手に入った事ではない。仲間達がここまでしてくれた、その優しさが何よりも素晴らしい。

 

『ありがとう……皆んな……!でも私、何も返せるものが……』

『お返しなんていらねえよ。だが、強いて言うなら一つだけ欲しいモンがある』

『次の試合必ず勝って!シェリー!』

『私達の分まで載せて飛んでね!』

 

 プレッシャーだとかは感じない。

 期待を重荷だとも思わない。

 彼等の想い一つ一つが小さな羽根となり翼となり、大空へ羽ばたかせてくれる。

 良い仲間に巡り合えたな、そうドラコは呟いた。

 

「名前、あるのか。それ」

「『クリムゾンバーン』。激しく輝く火花のように飛ぶから、この名前になったの」

「いい名前だ。敵に相応しい。僕がその火を消してやるよ」

 

 両者共に対抗心バチバチだ。

 シェリーやドラコだけではない。グリフィンドールの面々は、もう闘志を剥き出しにしている。ホイッスルが鳴る前から試合はもう始まっているのだ。

 フレッドはフリントに噛み付いた。

 

「お前がウチのハーマイオニーに酷い事言ったの、忘れてねえからな」

「……ハッ、事実だろうが」

「てめ……!」

「よせフレッド!試合で分からせてやりゃ良いだけだ」

「………、わかったよ。俺達のチームが最強だって教えてやる!」

 

 両チーム共に円陣を組んだ。

 勝利という餌が眼前に垂れ下げられた獣のように、彼等は飢えていた。

 今にも優勝杯を喰らわんと、腑に納めんと唸っている。誰よりも冷静そうなウッドは、誰よりも飢えていた。

 長かった。

 七年待った。

 この時が来るのを。

 

「あのグリフィンドールを、完膚なきまでに潰す最後の機会だ。あいつらに点を取らせるな!今日の空を制するの覇者は我らが蛇寮だ!」

『SAVAGE SAVAGE SAVAGE!!!』

「ーー喰らい尽くせ!!」

『SAVAGE SNAKES SLYTHERIN!!!』

 

「この試合、俺達は最高の選手を揃えた。そして最上級の箒も手に入れた。そして今までで一番練習も積んできた。俺には分かる。俺達が、今までのグリフィンドールの中で最高傑作なんだって」

「………」

「ケイティ、アリシア、アンジェリーナ、フレッド、ジョージ、シェリー。今までついて来てくれてありがとう。あとほんの少しだけ、付き合ってくれ」

『GO!GO!GO!!』

「勝つのは誰だ!?」

『俺達だ!!』

「雄叫び上げろ!」

『GO!GO!!GRYFFINDOR!!』

 

 試合が始まった。

 空は快晴。風は強め。絶好のクィディッチ日和である。

 獅子寮のエースチェイサー、アンジェリーナがクアッフル片手にゴールへと突っ込む。それを待ち構えるは、スリザリンでも指折りのパワータイプ、エイドリアンだ。

 正面からの突撃は不可能と判断したか、即座にアリシアへとパス。しかしそれを読んでいたのかフリントが直前でインターセプトした。

 してやられた、とアリシアは舌打ち。話には聞いていたが、この一年に限って言えばスリザリンの練習量は群を抜いている。

 元々重量級が多くゴリ押しで雑に勝つ印象があったが、戦法が単純だと行動も読まれ易い。それで分析型のレイブンクローとは相性が悪かったのだが、彼等も成長してきているということか!

 

『フリントが飛ぶ!速い!速いぞ!おおっとここで我等がウィーズリーズ……どっちか分かりませんがファインプレーだ!ブラッジャーが肩に直撃、クアッフルを拾うのは……再びアンジェリーナ!来るか?来るか?来たァアアーーーッ、獅子寮の十八番『クレイジー・スロット』!パス回しが速い、速すぎる!これぞグリフィンドールの底力だァアアアア!先取点!やったぜ!』

『『クレイジー・スロット』の弱点はコースが限定されてしまう所にあるのですが、それでも彼女達の連携によって、来るのが分かっていても止められない超スピードの攻撃となるのです!』

『毎度毎度解説ありがとうございますマクゴナガル先生!』

 

 シェリーは、ピッチの上空で試合の様子を確かめつつスニッチを探していた。

 前回のハッフルパフ戦でボロ負けしたので、今日の試合は二〇〇点差をつけて勝たなければならない。すなわち、チェイサー三人娘が五〇点以上差をつけなければスニッチを捕まえてはならないのだ。

 しかし今にして思えば、フーチにこのクリムゾンバーンを貸せば試合のやり直しをしてくれたかもしれないが……。まあ、それはいい。

 やはり、攻撃力ではグリフィンドールは四寮でもトップ。短期決戦で臨んでいるというのもあるが、守備の隙を突いて何とか五〇点引き離した。

 そして──見つけた。スニッチだ。

 弾けたように飛ぶ。

 テクニックなど度外視した、スピード特化のシェリーが直線状に飛行する時。そのあまりの速さに人はまるで紅い雷が走ったかのように幻覚する。

 そしてこのクリムゾンバーンもまた、加速とスピードに割り切ったトンデモ箒だ。重さと曲がりやすさを極限まで削り、ひたすら直線に特化したシェリー専用箒。

 その速さたるや、単純な最高速度だけで言うなら、瞬間的にはあのニンバス2000にも勝るとされている程だ。

 

『速い!速すぎる!シェリーが物凄い勢いで飛んで行く!スニッチだああ──ッ』

『凄いですねポッターのあの箒、私も乗ってみたいものです!』

 

 シェリーに小手先のテクニックはない。

 一年生の頃から培われてきた度胸、無意識の内に最短ルートを見定めるセンス。スニッチを取る事に特化したシーカーの完成形にして究極形とも呼べる彼女は、光速の世界へと入門しようとしていた。

 だが。

 立ち塞がったのはドラコ・マルフォイだ。スニッチよりもシェリーの飛行速度の方が早く、このままでは先にキャッチされてしまうと理解するやいなや、シェリーの飛行コースに躍り出たのだ。

 

(まずい、当たる!でもスニッチを逃がす訳にはいかない…、ここは必要最小限の曲がりでドラコを抜いて、取れば……)

「今だデリック!打てェーーーッ!」

「痛ッ!?」

『シェ、シェリーにブラッジャーが直撃したあああーーー!!?』

『あれは……誘い込みです!ポッターが下に曲がると予想し、その地点にブラッジャーを打ち込んだ!ポッターの最短距離を飛べる能力が裏目に出ましたね…!』

 

 シェリーは直線状に避けられない物がある時、下に曲がって避ける傾向がある。

 その飛行の癖をドラコは利用したのだ。シェリーが無意識の内に行っていた行動を逆に利用し、誘い込んだ。しかしそれを狙ってやるとは、つくづくとんでもない選手になったものだ。

 シェリーをスピード型のシーカーとするなら、彼はテクニック型のシーカーだ。

 シーカーとは、その殆どが出来るだけ速くスニッチを取れるよう飛行するポジションであり、とてもストイックな人間がなっている事が多い。

 しかしプロの世界ではよくある事だが、味方と連携して最終的にスニッチをキャッチするタイプのシーカーもまた必要とされている。状況を判断し、どうすれば相手のキャッチを阻止できるか。どうすれば相手のシーカーを先に潰す事ができるか。

 ドラコはそういった、スピードだけではない、相手との駆け引きを強要するシーカーに覚醒していたのだ。

 

「シェリー・ポッター!僕はお前に速さでは敵わない。だから今みたいなトリックプレーでお前のスタミナを奪い、潰す!」

「蛇寮の本当の強みは持久戦!スリザリンは元々体格が良い選手を選んでるんだ、スタミナも当然ある!覚悟しろポッター、蛇は何度でも蘇るのさ!」

 

 戦線が膠着し始めた。

 グリフィンドールは五〇点差さえつければすぐにスニッチを取ってしまいたい。だから短期決戦で決めてしまいたい。

 しかしスリザリンにはそんな誓約はないのだ。スニッチさえ奪取できればそれで良い。だが単純なスニッチの奪い合いでは獅子寮に分があるため、『シェリー潰し』を敢行したという訳だ。

 『勝負は強い方が勝つとは限らない』。

 去年ロックハートから学んだ事だ。速さで劣るドラコが、テクニックの勝負へと引き摺り込んだのだ。

 

(まだグリフィンドールは五〇点のリードを保っている。だけど攻めあぐねているみたい。長期戦に持ち込もうとしているのにウッドが気付いたんだろう、派手に攻める事が少なくなった。……私がドラコを振り切らない事には、どうしようもない!)

「行くよ、ドラコ!!」

「来るか!シェリー・ポッター!!」

 

 シェリーは再び高速チャージを出した。

 ドラコは彼女の動きに合わせて飛行し、キャッチの邪魔を目論みる。

 しかしシェリーが向かったのはスリザリンのビーター、ペレグリン・デリックだ。

 ドラコは目を丸くする。ドラコがシェリーの動きを邪魔して、デリックがブラッジャーでシェリーのスタミナを削る。そういう作戦だった筈だが、ここで敢えてシェリーはデリックへと突っ込んだ。

 その意図が一瞬読めなかったドラコだったが、直後に気付く。面食らったデリックがブラッジャーをシェリーに打ち込むも、あまりにも直線的な動きすぎて避けられてしまったのだ!

 ──まずい。振り切られる。

 ここから先は、シェリーの世界だ!

 

『おおおおおおッ、シェリー速い速い速いィィィイイ!マジかよあいつ、スピードだけならプロチームにも匹敵する程の速さ!とんでもない高速チャージでピッチ内を飛び回っていくぅうう────ッ!』

 

 瞬く間に高速の世界へと飛び立った。

 人はこれをドラコ・マルフォイからの逃走と笑うだろうか。いいや、これは勝利のための飛行だ!

 狙うはスニッチ。超高速の飛行の中で、シェリーのずば抜けた動体視力は黄金色の輝きを捉えた。

 飛行がそのまま攻撃へと繋がっている!

 観客席からは、彼女の軌道は紅い彗星が横切ったように見えていた。神速。音も空気もブッチ切った。

 誰も追いつけない。その筈、だった。

 

「ッ!?」

「うおおおおおおおおッ!!!」

「あ、貴方が、どうしてここに──、ぐっ!!」

 

 マーカス・フリント。

 速すぎる飛行が仇となった。直線を超スピードで進むシェリーは、正面から向かってくる剛腕を避けきれなかった。

 パワーだけなら四寮の中でもトップ。重量級のチェイサーは、シェリーを片手でぶっ飛ばした。明らかに悪質なプレーに、すぐさまフーチの笛が鳴る。グリフィンドール席だけでなく、他寮からも非難轟々だ。

 だがその反則がスリザリンを救ったのも事実であり、軽量級のシェリーはそのプレーを防ぎきれなかった、それだけの話。

 直撃した腹が痛む。思わず胃酸を吐きそうになるが仲間達を安心させるためにグッと堪えて、「大丈夫!」と無理矢理に笑顔を作った。

 

「てめ……フリント!卑怯だぞ!」

「貴方達にはスポーツマンシップって物がないの!?」

(卑怯?言ってろ。こうでもしないと俺達は勝てないんだよ)

 

 フリントは浴びせられるブーイングの声を全て無視して、内心で唾を吐く。

 ──こっちからしたら、お前達の存在そのものが反則染みてるじゃないか、と。

 グリフィンドールが恐ろしく強くなったのは、二年前からだ。

 キャプテンとなったオリバー・ウッドによって再編されたメンバーに、フォーメーションの見直し。彼等の攻撃力は格段に増し、追い討ちをかけるようにシェリー・ポッターが加入した。

 二年前も、一年前も、そして今年も。

 様々な要因が重ならなければ、グリフィンドールは順当にいけば優勝杯は何度でも取れただろう。それだけのチーム力があるのだ、彼等には。

 対抗するようにドラコを加入させ、最新型のニンバス2001を人数分揃えたものの彼等には追いつけなかった。決して届かなかったのだ。

 

(実力主義のグリフィンドール?実力のある奴がそっちに流れてるだけだ。チームの皆んなも頑張ってはいるが、薄々感じている筈だ。才能の壁って奴を。何でそっちにばかり才能ある奴が流れんだよ。

 ──いや。才能のある奴なら、いたか)

 

 フリントがまだホグワーツに入学したての頃、よく話していた友人がいる。

 彼とはすぐに打ち解けて、箒が持てるようになったら同じクィディッチ・チームに入るのを約束した。

 しかし当時のキャプテンはスリザリンでも極端な差別主義者で、マグルの血が混じった友人を入れるのを良しとしなかった。

 フリントが思わず嫉妬してしまうくらいセンスがあったのに、突っ撥ねたのだ。入団テストさえも受けられなかった。

 しかし彼がフリントの前で涙を見せる事はなかった。

 

『マーカス!無事チーム入りしたんだってな、おめでとう!お前ならやれると信じていたぜ!』

『あ、ああ。……でも、お前は』

『はは、ごめんな。入れなかった。学生の内にお前と優勝杯翳すのは無理そうだ』

『……………お、俺………』

『いいんだ!何も言うな。そういう事ならそういう事でいいんだ。……マーカス、お前がキャプテンになった時、最高の純血チームを作ってくれ。……そうじゃねえと、俺は、報われねえ』

『……!!ああ、約束だ……』

 

 後ろから啜り泣く友人の声が聞こえてきても、無視して走れ。飛べ!

 マーカス・フリントはあの日からずっと自分に言い聞かせてきた。俺が作ったのは純血の最強チームだ。負ける筈がないと。

 そのために、今日のために。全てを捨てて飛んで来たのだ。あの日の友情も、思い出すらも全て捨て去って。

 それでも届かない。

 才能という壁は越えられない。

 獅子寮によるペナルティシュートが終わると、彼はすぐさま攻撃に移る。今は向こうのペースだが、実のところその攻撃にはムラがある。体格差を利用し、カウンターで刺せば良いだけの話だ。

 ──チャンスはすぐにやってきた。

 

『ああっ、クソ!フリントがシュート圏内迫ってきてるぞ!止めろ止めろォーッ』

「止められるかよ!さっきの十点をお返ししてやるぜェーッ」

 

 グリフィンドールの守護神ウッドを警戒し、多少離れた位置からの投擲で強引にゴールを狙う。大丈夫だ、自分のパワーならここでも入る!

 しかしライバルのウッドを意識し過ぎたあまりに、フリントは一つ失念していた。

 双子の存在だ。

 ブラッジャー捌きの上手いウィーズリー兄弟が、フリントがクアッフルを投げる瞬間を見計らっていた事に気が付いていなかったのだ。この距離で当てられるのは、自分だけではない事に。

 フレッドがブラッジャーを確保し、ジョージが箒の勢いでクラブを振り抜く。打ち出された鉄球は肩に直撃した。

 あまりの激痛に悶絶する。

 

「ぐ、おおおおおおおおお!!!」

「そりゃあさっきのシェリーの分だ!『お返し』してやったぜ!」

 

 駄目だ。クアッフルが投げられない。

 いくらフリントといえど、ブラッジャーをまともに喰らってクアッフルを投げるなど、正気の沙汰ではない。

 それらの理屈を取っ払って根性だけで投げようとするのは、ここで負けられないという強い意志の現れだろうか。

 

(せめて俺がここで点を取っておかねえともう勝ち目はなくなっちまう。スリザリン側の士気が完全に落ちてしまうからだ)

 

 だが。

 プレッシャーからか、ウィーズリー兄弟の的確なブラッジャー捌きからか。

 フリントのクアッフルを投げる手は、その時確かに震えていた。彼の視界がブレていた。ゴールが見えない程に。自分がゴールする景色が見えなくなる程に。

 

(くそ、入れなきゃ、入れなきゃなんねえのに。手が、震えて──)

 

 そのボールは届かないと思った。

 無理だ。

 入らない、と。

 

(くそ……こんな所で……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けるなフリントォオオオーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一際大きな声は、熱狂渦巻くクィディッチ・ピッチの中であっても轟いた。

 そのもう二度と聞く事はないだろうと思っていた声は、スリザリンの観客席から確かに聞こえた。

 ──お前は。

 ──純血至上主義だったキャプテンのせいでチームに入れなかった、俺の友達だった奴じゃねえか。

 割れんばかりに歯を喰いしばり、フリントは力任せにクアッフルをぶん投げた。

 

「──入った」

 

 恐ろしく細く狭いコースをクアッフルが突き抜けた。軌道を投げた本人ですら目を丸くするスーパープレー。

 投げたフリントすら驚かせたその一球は観客席のブーイングを歓声に変えるには十分過ぎた。

 何で決まった。何で投げられた。

 いや、理由など分かっている。

 奴の応援が自分のを緊張を解いたのだと、フリントは本能で理解した。

 スリザリンの応援席を見る。──いる。

 あの『穢れた血』が、今もまだ蛇寮の勝利を信じて声を張り上げている。喉が潰れん程に。

 まだ、応援してくれるというのか。

 ウッドがフリントに称賛の声を上げた。皮肉かと思ったが、そういえばこいつはクィディッチ馬鹿だった。素晴らしいプレーに善悪関係ないと感じるタイプだ。

 

「クソ、フリント、やられたぜ。まさかあんな体勢から決めるとは……」

「……、才能のあるお前達に一矢報えた、ってとこか?たった一〇点だがな……」

「?フリント、何を言っている?お前達が重視してる体格も立派な才能だろう?」

「………!」

「それはお前達にあって俺達に無いものだろ。その力押しのプレーに、俺達は手を焼かされたんだぜ。ま、純血ばかりなのは気に入らないが。……体格で負けてるからといって、勝ちを譲る気はないがな!」

 

 軽量級故の魅せるプレー、ではなく。

 重量級故の実直なプレー。

 それを、誇ってもいいのか。

 それは、劣ってばかりの俺達が、唯一誇って良いものなのか?

 ウッドの言葉を後押しするように、観客や実況席も賛美の声を送っていた。

 

『いやあ、今のプレーは痺れましたね。敵ながら天晴れというか。さっきの反則は気に入らないし許しませんが、それはそれとして奴も伊達に何年もキャプテンしてきてないですね』

『リー、実況は公平に。……ですがまあ、そうですね。あれは彼が積み重ねてきたプレーあってのシュート。あの軌道を投げられるのは素晴らしいです。昔の血が騒ぎましたとも』

『昔って何十年前でしょうね』

『リー』

 

(──そうだ。今ここにいるメンバーは、全員純血ではあるが……俺が本気で真面目に選んだメンバーだ。忘れちまってたな…信じてみるか、自分の選んだメンバーを。俺達の底力って奴を)

「……ハッ。笑わせるぜ。敵チームのキャプテンに励まされ、あいつに……穢れた血なんぞに応援されて。情けねえったらありゃしねえぜ。……いいかお前達!!」

 

「──喰らい尽くせ!!!」

『SAVAGE SNAKES SLYTHERIN!!』

 

 蛇は龍と成る。

 フリントがオーダーした陣形は、『ドラグーン』と呼ばれるものだ。

 フリントを先頭としてチェイサーが縦一直線に並び、空を蛇行するかのように一糸乱れず飛ぶその陣形は、スピードを重視するグリフィンドールにとって攻め辛い事この上ない。天敵とも呼べる陣形だ。

 一箇所に固まっているせいでビーターに狙われやすいのが欠点だが、龍に生えた翼のように二人のビーターが飛び回り、チェイサーをガチガチに守るのだ。

 

(まずい。実はそうやって堅実に攻められるのが一番厄介だ。こっちが短期決戦という方法しか取れないのを分かってやがる)

──いや、それだけではない!

(押され始めている。点差は縮まってはいないが時間の問題だ。スリザリンの迫力に呑まれちまってる!特にフレッドが顕著だ!プレッシャーか……!)

(くそッ、俺のせいだ。俺のブラッジャー捌きが至らなかったからフリントを止めらんなかったんだ。あのゴールで完全に雰囲気が変わっちまった……くそ!何やってんだ俺……!!)

 

 意気消沈とまではいかないまでも、グリフィンドールの士気は下がりつつある。

 というより、スリザリン側の勢いに呑まれつつある。焦りと疲労が彼等のミスを誘っていた。

 だがそれでも、たった一人。勝利を叫ぶ若獅子がいた。

 

「──GO!GO!GRYFFINDOR!!」

 

 シェリーだ。

 彼女はもう、速いだけの選手ではない。

 これまでの数々の経験が、彼女を精神的に大きく大きく成長させていた。

 誰よりも小柄で、誰よりもちっぽけな少女だったからこそ、その咆哮は獅子達の心に強く響いた。

 

「皆んなまだ終わってないよ!まだクィディッチは終わってない!諦めるのはまだ早いよ!もっと!もっと声出して行こ!!」

「シェリー……?」

「GO!GO!GRYFFINDOR!!さあ皆んな声出して!!五〇点のリードはまだ揺らいでない!!五〇点さえキープしてくれたら、後は、私がスニッチを取る!!グリフィンドールを勝たせる!!!」

(私に出来る事をやるんだ!ドラコがさっきビーターと連携して私を追い詰めたように!スピードだけの私にもチームの為にやれる事はいっぱいある!!スニッチを取るだけがシーカーじゃないんだ!!)

「勝つよ、皆んな!!!」

 

 少女の叫びに呼応するように、観客席も声を張り上げる。解説席はもう実況困難なほどで、両チームを応援する人達が、いやレイブンクローやハッフルパフまでもが、絶えず声援を送っていた。

 

(ほんと、何やってんだ、俺。まさかシェリーに励まされる日が来るとはな。……あいつが頑張ってるのに、俺が頑張らないわけにはいかないだろう!!)

「よっしゃああああ、声出してくぜグリフィンドール!!!」

 フレッドはブラッジャーをスリザリンにぶち込む。何度でも、何度でも!

 

 再び戦線が膠着し始めた。

 グリフィンドールのスピード特化の選手層では、どうしてもスリザリンのようなオーダーは取れない。しかも下手に攻めてスタミナを失えば、先に瓦解するのはこちらの方だ。

 しかしそれが時間稼ぎにしか過ぎない事をフリントは知っている。だから勝利の芽をドラコに託すしかない。

 攻めあぐねる獅子寮。

 時間を稼ぐ蛇寮。

 正反対の二つのチームは、奇妙だが、全く同じ選択肢を取っていた。

 

(あとは──ドラコ、お前に任せる)

(だから──シェリー、取ってくれ)

 

 シーカーに任せる、と。

 仲間からの期待と信頼を一身に受け、シェリーは箒を強く握りしめる。

 そして浴びせられるのは仲間からのものだけではない。ドラコから、スリザリンから、嫌という程に伝わってくる。

 お前にだけは負けない、と。ぎらぎらとした敵意が舐めつけてくる。

 そのドラコが、突然にシェリーを無視して飛行した。金色の光は見えない。また罠か?と警戒しつつも、最悪の事態を避けるために彼を追う。

 結論からいえば、それは罠だった。

 『ウロンスキー・フェイント』。

 スニッチを見つけたふりをして、地面や壁の前で急旋回。ついてきた相手を叩きつける、プロでも躊躇するという荒技。それをドラコは、若干地面に当たりながらもやり遂げてみせた。

 先日の試合でセドリックが行っていたそれを、不完全な形ではあるが模倣してみせたのだ。

 

(いや、不完全じゃない。シェリー・ポッターに関していえば、これが最高のフェイントになるんだ!)

 

 シェリーはホグワーツ最速のシーカー。

 誰よりも速度が出せる少女なのだ。

 だから逆にいえば、彼女より遅いドラコが箒を地面に擦るレベルまで箒を近付けていれば、シェリーの速度なら避けきれないという事なのだ。

 案の定、だ。

 彼女は速すぎてしまったあまりに、そのコントロールが効かなくなってしまった。

 ぶつける。

 ぶつけろ!

 これが自分の勝つ道だ!

 シェリーが墜落するのを見る余裕は無かったが、ドラコは観客の声で自分の策が上手くいった事を悟る。

 そして黄金の輝きを、スニッチを目視。

 ここで終わらせる!と息巻いて、空高く飛ぶスニッチに向かって、彼が出せる最高速度で飛び上がった。

 自分が取るんだ。勝つんだ!

 シェリー・ポッターは追って来れない。

 それだけの怪我を、した筈だ!

 

 ──悪寒が走った。

 鳥肌が止まらない。馬鹿な。勝利への渇望が、敗北への焦りへと変わる。

 箒の速度をそのままに、顔だけを下へと向けた。

 

 ──紅い閃光が、地を昇る。

 あり得ない光景だった。

 ドラコは困惑する。

 何故、何故!

 どうして彼女が近付いている!?

 どうしてシェリー・ポッターがそこにいるんだ!?

 驚愕するドラコだが、試合後に話を聞いて彼は更に驚愕する事になる。

 地面に叩きつけられる直前でシェリーは目一杯ブレーキをかけつつ、縦方向に回転して、箒の枝の部分を地面に叩きつける。

 そしてその反動を利用し空中へと飛び上がったのだ。……無茶苦茶だ。

 だがこれは、シェリーが今までの試合で得た物の集大成のプレーと言ってもいい。

 

 セドリックから一度『ウロンスキー・フェイント』を仕掛けられていなければ、対応する事はできなかった。

 チョウと戦っていなければ、落ちる力をも利用するという発想は無かった。

 鍵鳥から追い回されていなければ、土壇場で己のこれ以上の最善手を選ぶ事ができなかった。

 そしてドラコと競っていなければ、曲がったり上昇したりする瞬間に力を抜いて箒にかかる負荷を軽減する『脱力』を、意識的に出せる事もできなかっただろう。

 これまでの飛行全てが、彼女の糧となって力となる。

 脅威だった。

 恐ろしかった。

 今までの全てを『活かせる』、シェリーという存在が。

 

 だからこそドラコは獰猛に笑う。

(──そうでなくちゃ倒し甲斐がない!!)

 今まで汚泥を啜ってきたのは、遥か空高くまで飛ぶために。この日のために!

 それはシェリーも同じ想いだった。

 

(皆んなの想いを載せてるんだ、絶対に負けられない──負けたくない!!絶対に勝たなきゃ、いや違う、勝ちたい!勝つ!)

 

 シェリーの思考が書き換えられていく。

 凡ゆるスポーツにおいて、力の拮抗した選手達が競い合う時。彼等の勝敗を決定付けるのは気持ちの強さだという。

 そういう意味では、二人は互角だった。

 この瞬間、シェリーの心中では、勝たなければという責任から、勝ちたいという願望へと変わったのだ。

 勝負の世界で感情の多寡など関係ないという者もいる。

 気持ちさえ勝っていれば誰でも勝てるのだろうか?敗者は気持ちの強さで負けていたのか?

 きっとそうではない。人は勝つべくして勝ち負けるべきして負けるのだ。

 だがそこにはきっと、確かな事実が一つあるだけなのだ。

 

 『勝ちたい』という気持ちのぶつかり合いが、彼等の勝負を彩るのだと。

 『勝ちたい』という気持ちのぶつかり合いに、人は心打たれるのだと。

 その空中決戦はまさしく、それだった。

 

 勝利を求むる戦士にして。

 勝利に縛られた奴隷達。

 彼達はどうしてクィディッチを選んだ?

 求められたから?才能があったから?

 違う。

 勝ちたいと、思ったからだ。

 

 

 

──栄光を、その手に。

 

 

 

 

『シェリーとマルフォイが激突したああああああッ!!!』

 

 二人は空中でぶつかり合い、今度こそ地面へと叩きつけられた。受け身を取っていたのでいささかマシではあったが。

 ピッチがシンと静まり返る。

 空を飛んだ二人のシーカーに、二人のキャプテンが駆け寄った。

 スニッチは見えない。どちらかが取ってどちらかが取れなかったのだ。二人は意識を失っており、硬く握られた手は開かない。どちらが取った?

ウッドとフリントは、両チームの選手は。早くその答えを聞きたくて、しかし聞けないでいた。

 聞いてしまえば、絶望するかも。

 見てしまえば、泣いてしまうかも。

 それが、自分の思い描いていた結末と違う物だったとしたら。

 それが、怖い。

 それでも。

 

「信じよう。俺達のシーカーを。シェリー・ポッターを」

 

 覚悟を決めた。

 恐る恐る、震える足取りで、近付く。

 先に目を覚ましたのはドラコ。

 地上に降り立った仲間達を見て、そして次に晴天を見上げた。

 呆然とした顔からは、大粒の涙がぼろぼろと溢れ出た。

 嗚咽。

 

「嫌だ……この手を開きたく、ない……」

「………、………。良いんだ、ドラコ」

「でも………!」

「良いんだ。ドラコ。良いんだ……」

 

 フリントは優しくドラコの手を開かせた。その中にあったのは、滲んだ血。

 それだけ。

 それだけで、ある人間は悲しみ、ある人間は狂喜乱舞した。それらは連鎖し、割れんばかりの叫び声となった。

 シェリーが目を覚ました。

 クィディッチ・チームのメンバーが、今にも泣きそうになっていた。

 勝利の栄光。

 黄金の輝きが、ハッキリと目に見える形で、そこにあった。

 

「取ったよ、皆んな」

 

 その手には、ぼろぼろのスニッチ。

 その古ぼけたスニッチに、そこにいた全員が涙した。

 シーカーにできる事は少ない。

 スニッチを取るだけのポジション故に、その行動には多量の制限がかかるのだ。

 だけども彼等は人々を魅了する。

 そのプレーの一つ一つが芸術であり、ピッチを熱狂させ、感動させるからだ。

 張り詰めた糸が切れたのか、ウッドは今まで溜め込んだ涙を流した。勝利の時も、敗北の時も、期待した時も、絶望した時も流さなかった涙を。

 アリシアとケイティがシェリーの両頬にキスをした。そんな彼女達を纏めてアンジェリーナが抱きしめた。

 フレッドとジョージは何か言うよりも先にその顔をぐしゃぐしゃにして、男泣きに泣いて、更に咽び泣いていた。

 実況席からマクゴナガルが涙ながらに飛んで来てキスの嵐とハグをかました。ロンとハーマイオニーが抱き合って、ジニーが泣きついてきた。ベガやネビル、シェーマス、ディーンがシェリー達を入れ替わり立ち替わりで胴上げする。ラベンダーとパチルは泣きながら祝福してくれた。

 打って変わるように、スリザリンチームは全員が顔を悲痛に歪めていた。

 

「皆んな……ごめん……僕……!」

「良いと言ったろう、ドラコ。……他の奴達は、純血しかいないとか、華のある選手がいないとか言うかもしれないが。それでも俺は幸せだった」

「……マーカス………」

「きっと来世もスリザリンを選ぶよ。そしてこのチームに入る。例え負けると分かってたってスリザリンに入るよ、俺は」

 

「…………クソ……来世か……」

 

「早く生まれ変わらねえかなあ………お前達ともう一回試合がしてえなあ……」

 

 試合後の整列は、理由は違えど全員が涙を流していた。明日は確実に目が腫れる。

 感極まったか、ウッドは汗に塗れて泣き笑いしながらフリントにハグをした。これには全員が驚いた。

 

「や、やめろウッド!そういう仲でもあるめえし……」

「フリント!七年間ありがとう!!お前は最高のライバルだった!!俺はお前と戦えた日々の事は絶対に忘れん!!!」

「……本当、やめろって。そういうの…」

 

 抱き合って大泣きする二人を、誰も冷やかす事はできなかった。

 二人に触発されたのか?ドラコは何かを決意したような眼差しで、シェリーの前に立った。

 

「ポッター」

「うん」

「人は夢が叶った時、或いは夢破れた時。新しい夢が必要になるんだってよ。次に向かう原動力が必要になるからだ。

 ──僕には新しい夢ができたぞ」

「──…」

「君に勝つ夢だ。覚悟しとけよな」

「私だって、負けないもん」

 

 もう『勝たなきゃ』とは思わない。

 あるのはただ、次の勝利への渇望。

 

「次は勝つ」

「次も勝つ」

 

 

 

 

 

──グリフィンドール、数年ぶりの快挙。

──悲願の優勝を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フリントが控え室に戻る途中、そこに袂を分けた筈の友人が立っていた。

 あの時と変わらぬ、エネルギッシュな顔で、彼は待っていた。

 フリントはバツが悪そうに目を背けた。

 この男はいつもそうだ。その存在がいつも眩しすぎる。

 

「なんだよ。俺を馬鹿にしに来たのか。最強の純血チームを作れなかった俺を」

「違うさ、マーカス」

「……フン。お前の夢も終わりだな」

「そうだな、終わった。だが俺には次の夢ができたんだ」

「はっ?」

「俺はプロに行くよ」

 

 本気で本気で夢に挑んで、それでも叶わなかった。だが、それでも。クィディッチ馬鹿はまた懲りずに新しい夢を見る。

 

「お前はどうする?」

「………、はっ、俺がプロ入りしねえって言ったらどうすんだよ」

「今のお前は言わないさ」

「そうかよ」

 

 

 

「お疲れ様、キャプテン。今までよく頑張ったな」

「……ッ。七年間、応援ありがとう」

「いいってことよ」

 

 

 

──夢追う者に幸あれ。

 

 

 




 四年生はクィディッチないし、ウッドも卒業するのでクィディッチの話はひとまずここで終わりです。文字数ハンパねえ。やっぱスポーツは青春やね。
 誰に需要あるのか分かりませんが各チームの選手のステータス紹介します。
 最高値が5、最低値が1です。頭脳はあくまでゲームメイク力であり学校の成績には関係ありません。

◯シェリー・ポッター
【身長】小柄
【体重】超軽量級
【ポジション】シーカー
【所属】グリフィンドール
パワー:1
最高速度:5
加速:5
小回り:1
テクニック:1
頭脳:2
シーカーに特化した選手。直線に強く、スピードだけでいえばプロ並。当たり負けしやすいのが難点。

◯オリバー・ウッド
【身長】普通よりやや上
【体重】準重量級
【ポジション】キーパー
【所属】グリフィンドール
パワー:4
最高速度:3
加速:3
小回り:5
テクニック:5
頭脳:5
クィディッチに永遠の恋をする、叩き上げの実力者。長年やってきたその実力は本物で、感情に囚われずプレーする。

◯チョウ・チャン
【身長】やや小柄
【体重】軽量級
【ポジション】シーカー
【所属】レイブンクロー
パワー:2
最高速度:4
加速:5
小回り:3
テクニック:3
頭脳:5
我の強いレイブンクローの癒し担当にして潤滑剤。しかしピッチに入ると一変、確実にスニッチを捕らえるハンターとなる。

◯セドリック・ディゴリー
【身長】普通よりやや大きめ
【体重】中量級
【ポジション】シーカー
【所属】ハッフルパフ
パワー:3
最高速度:4
加速:3
小回り:4
テクニック:5
頭脳:4
全ての能力が高水準で纏った万能選手。紳士すぎる性格は仇となる事も。

◯ドラコ・マルフォイ
【身長】普通
【体重】中量級
【ポジション】シーカー
【所属】スリザリン
パワー:2
最高速度:3
加速:4
小回り:2
テクニック:5
頭脳:4
同じシーカーの封殺を得意とする頭脳派シーカー。三年生になって技術が向上した。

◯マーカス・フリント
【身長】大柄
【体重】超重量級
【ポジション】チェイサー
【所属】スリザリン
パワー:5
最高速度:2
加速:1
小回り:2
テクニック:3
頭脳:4
体格でゴリ押しするスリザリンを象徴するような選手。勝利への執念が凄まじく、時には反則も辞さない。

いや仕方ないけどシーカーばっかだな!ビーター一人もいねえ!
他の選手は需要あったら書こうと思います。需要……あるかな……。
良い話風に締めていますが、公式設定だとフリントはこの後試験に落ちて七年生を二回繰り返す事になります。台無しだよ!
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