シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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7.追われて逃げるスキャバーズ

 

 試験の季節がやってきた。

 いくら優勝したとはいえ、いい加減クィディッチから切り替えなければならない。

 それは分かっているのだが、シェリーは三年生になってから増えた授業数に忙殺されそうになっているこの現状を見て、空を飛びたいなぁ……と現実逃避し始めた。

 

「この程度で現実から逃げてたら五年生になったらやっていけないぞっシェリー!何たってふくろう試験が控えてるんだからな!そういう僕はいもり試験の勉強さ!」

「忠告ありがとうパーシー。目が赤いけど何徹目……?」

「十徹!!!」

 

 ウィーズリー家は地頭は良いが馬鹿なんじゃなかろうか。

 図書室が閉まる時間になり、グリフィンドールの面々と談話室へと帰る。そこでも殆どの人間が自習していた。分からない問題を誰かに聞きにいこうか。

 

「そうだ!闇祓いなら厳しい試験を受けている筈だし、学生の勉強なんてちょちょいのちょいに決まってるわ!」

「あ、そっか!冴えてるなジニー!」

「今日のグリフィンドール寮の警備はジキルとエミルだぜ」

「よし!早速聞きにいこう!」

 

「なあジキル、『古代ルーン文字』教えてくれよ!」

「ああ、良いぜ。これでも勉強だけは皆んなに比べて得意だったんだ」

「ほんと?意外だわ」

「ねーねー、私達にも教えてー」

「うおおおっ!?す、すまねえ!女子はもう少し離れてもらえると助かる!俺は女の子相手は緊張するんだ!」

「だめかー」

「エミル、頭良さそうよね。ねえねえ、ここの問題分かる?」

「え?勉強なんて全然してないから分かんないよ。テスト前も普通に遊んでたし。でもって普通に赤点取ってた」

「使えねえな!」

「ああああ、こんな時にチャリタリがいればなああ!」

 

 チャリタリは勉強は真面目に取り組むタイプで、別に学年主席とかではないが常に上位の成績だった。

 基本的にサバサバしていて男からも女からも取っ付きやすい彼女は、勉強の相談役にはピッタリなのだ。

 女子相手にはタジタジのジキルに、普通に頭が悪いエミルでは役に立たないのだ。

 ネビルやディーンやシェーマスはジキルの所でむさ苦しく指導を受けていたが、女子達はそうもいかないので他に聞きにいける人を探した。

 

「あーあ、グリフィンドールに女の子の扱いが上手くて頭も良い人がいたらなー」

「………あっ、ベガがいるじゃん!」

 

 学年一の天才にしてプレイボーイに勉強を教えてもらいに行こう、そう思い談話室の中を探すと。

 ……いた。

 すぐ見つかったのはいいのだが、何やらただならぬ様子だ。激昂したロンと泣き噦るハーマイオニーの間に立ち、二人の仲裁をしているようだった。

 特にロン。シェリーとハーマイオニーという身近な女子二人や、かなりモテるベガの存在で一年生の頃より女子には大分スマートな対応ができるようになったいた筈だったのだが、そんな面影を感じさせないくらいには余裕がない。

 なまじ身長が高いが故にその迫力はとても大きかった。

 

「──おい、お前達。落ち着けって」

「これが落ち着いていられるか!スキャバーズが食われちまったんだぞ!」

「状況証拠だけだ。まだ確定したわけじゃねえだろう?」

「見たろう、ベッドシーツにべっとりついたあの血を!あんなに沢山血を流して無事な筈がないだろ!!」

「ひっく、わ、私、そんなつもりじゃなくって……!こんな事になるなんて……」

「『そんなつもりじゃなかった』?そうだろうね、君はペットを飼うのは初めてだからな!まさか猫が鼠を襲うなんて微塵も考えなかったわけだ!」

「だからやめろってロン!!」

「当事者じゃない君は引っ込んでろよ!」

 

 ロンの剣幕に寮内もザワつき始めた。

 断片的な情報しか入ってこないが、どうやらロンの老鼠のスキャバーズを、ハーマイオニーが飼っていた猫のクルックシャンクスが食べてしまったらしい。しかしロンのシーツに血が付着しているだけなので、まだそうだと決まったわけではない。

 しかしペットを喪ったかもしれないとなれば、彼の錯乱ぶりも理解できるというものだ。とうとう闇祓い達までもが仲裁に入る始末だが、それでも彼の怒りが収まる様子はない。

 どうする。このままでは埒が開かない。

 ボロ泣きし、ロンに責められて錯乱状態に陥ったハーマイオニー。

 ペットを殺された怒りで(状況証拠に過ぎないが)怒り狂っているロン。

 二人をどうにか落ち着かせる方法は…。

 少し考えた。

 シェリーはテーブルに乗った。

 

「わぁ──────っ!!!!!」

「!?」

「!?」

「!?」

「!?」

 

 取り敢えず叫んだ。

 突然の奇行にグリフィンドール中がシェリーを見た。

 しかもそのシャウトは結構長い。彼女は上空で飛び回るスポーツの一番キツいポジションだ、その肺活量も当然高い。いつまで続くんだコレ。

 全員の感情が驚きから混乱に変わってきたところで、その叫びは終わった。

 

「──二人とも、落ち着いた?」

「う、うん……」

「まあ……」

 

 落ち着かざるを得ない。

 大人しい、妹のような存在の女の子が急に叫び出したらそりゃあ冷静になる。というかむしろ怖い。

 急に真顔になって「落ち着いた?」などとのたまうシェリーに流石の二人もビビっているようだ。つーかその場の全員ビビっている。そりゃそうだ。

 普段は大人しいシェリーだが、自分を貶めるのに何の躊躇いも無いため、こうした行動も取れるという訳である。

 当の本人はうんうんと頷いてた。

 

「ベガ、ハーマイオニーのことお願いね。……ロン、取り敢えず座ろう?」

「あ、ああ」

「よいしょ。それで、ロン。スキャバーズが急にいなくなって辛いよね」

「……ああ、そうだ。お下がりで貰ったペットだったけど、僕なりに大切にしていたつもりだ。あんなヨボヨボの爺さん鼠でも僕の友達なんだ。それを、それをハーマイオニーの猫がッ」

「わぁ──────!!!」

「!?」

「次は耳元でやるからね。……ロン、スキャバーズの死体は見た?」

「……見てない、けど」

「なら、まだ死んだって決めつけるのは早いんじゃないかな」

「でも、現に僕のシーツには血がついてるし、オレンジ色の毛が落ちてたんだ」

「ロンはスキャバーズを殺したいの?」

 

 ロンは潰れたような声を上げた。

 

「違うでしょ?それに話を聞いたら、スキャバーズには近頃、逃亡癖があったようだし。闇祓いの人とか、ワンちゃんが近付くといつも暴れて逃げていたじゃない。今回もそうかもしれないって可能性がある」

「………、けど……もしスキャバーズが本当に喰われちまってたとしたら……このまま死に目にも立ち会えずに、二度と顔も見れないなんて事になったら……僕は……」

「一先ず三年生が終わるまで待とう。スキャバーズが生きてるって信じよう。もしそれだけ待っても来なかったら、ハーマイオニーにちゃんと謝ってもらおう」

「………」

「それでいい?ロン」

「……分かったよ、シェリー。僕も彼女に怒りすぎた、それは反省してる。ただ今は一人にさせてくれ。気持ちを整理したい」

「うん。おやすみ。スキャバーズ、帰って来るといいね」

 

 ロンは自室に引っ込んだ。

 その間際、ディーンとシェーマスは不器用に肩を叩く。彼等なりの励ましだ。男の友情というものだろう。

 それを見届けると、ハーマイオニーの様子を伺いに行く。……既に何人かが彼女をフォローしているようだった。

 

「ハーマイオニー、少しいい?」

「ぐすっ………ええ」

「ロンにはスキャバーズがまだ生きてるかもしれない、戻って来るのを待とう、って言ったら納得してもらえた」

「………」

「でもスキャバーズが帰ってくるにしろこないにしろ、彼には一度謝っておいた方がいいと思う。酷な言い方をするけれど、クルックシャンクスがスキャバーズを追いかけ回してたのは事実だからね」

「……ええ………ロンの言う通りだわ。私の監督不行届きで……あんなに怒っても、ぐす、しょうがないわよね」

「それはこれから少しずつ改めていけばいいよ。そしたらロンもきっと納得してくれる。彼はそういう人だよ。……謝る時は、その時は私達もついてるから」

 

 ラベンダーとパーバティが優しく慰めつつ、ハーマイオニーを寝室まで送って行った。その様子を見届けてから、ふう、と溜息をつく。

 ……急に疲労が襲いかかってきた。

 

「やあやあ、やるねシェリー。皆んな手を拱いてたってのに」

「……なんか、どっと疲れた」

「お疲れさん、シェリー。ホットココアでも飲むか?」

「ありがとぅ……」

「いいってことよ。あと緊張するから出来ればも少し離れてくれると助かるぜ」

「君のヘタレっぷりは相変わらずだね」

 

 エミルはジキルをケラケラと笑った。

 それにしても大人達は落ち着いていて、彼等に労われると心が安らぐ。あと十年したらエミル達のようになれるだろうか、とシェリーは思った。

 

「いやー僕の学生時代を思い出したよ。僕が女装して他寮の友達をからかって、危うく告白される直前までいってね。これはマズいと思って正体を明かしたら本気で怒られた事があってねー」

「自業自得じゃないスか」

 

 前言撤回。

 あと何年してもエミルのようにはなれないしなりたくなかった。

 

「にしてもジキル。まだ女の子の事が怖いんだね。……そんなに『あの事』引き摺ってんの?」

「……ええ、まあ。忘れたくても忘れられねえっすよ。あいつの事は……」

 

 翌日。

 微妙にぎくしゃくした雰囲気を醸し出しながらも、獅子寮は表面上は平和に朝食の時間を過ごしていた。

 ハーマイオニーは朝一番にロンに謝りに行き、ロンもその謝罪を受け入れた。しかしお互いに気まずいのか、朝食は別々だ。

 スキャバーズが帰ってくるまでは、この雰囲気も仕方ないだろう。

 ベガは朝食が終わると、ハーマイオニーにこっそり耳打ちした。

 

「ハーマイオニー。分かってると思うが、『逆転時計』を使ってあいつ達をワザと避けるような真似はするなよ」

「……分かってるわよ」

「そうか、なら良い」

「………」

「………?」

「……いやなんで貴方が時計の事を知ってるのかしら!?」

「いやだって、俺にもそういう話きたし」

「……ああ、まあ、そういえばそうね。一応、首席ですものね」

 

 『逆転時計』。

 全ての学科を受けるハーマイオニーが学校より支給された、時を戻すマジックアイテムだ。

 時計の針を手動で戻す事により、指定した時間だけ『巻き戻る』事ができる。これによりハーマイオニーは複数の授業を掛け持つ事ができたのだ。

 しかしいくら彼女といえど、タイムパラドックスを起こさぬよう行動するのは骨が折れたし、増えた授業の予習と復習でオーバーワーク気味だった。そこにスキャバーズの件である、もう彼女は手一杯になりつつあった。

 だからだろうか。

 占い学でトレローニー教授のふざけた解説を聞いて、彼女はブチ切れた。

 

「そこの巻き毛のあなた──あなたの行動により──友情を失うことに──」

「あーもう!!いい加減にして!!友情を失うですって!?今絶賛失いかけてるところよ辛いわよもう!!もう!!!私が悪いってそんなの私が一番分かってるわよ!!貴方に予言なんてされなくて自分のことくらい自分で一番よく分かってるわ!!!」

「おおぅ!?」

「私だってもっとちゃんとした形で仲直りしたいんですぅー!ほんっと腹が立つわ自分自身に!もー何やってんだろなー最近ぜんっぜん上手くいかないわー辛いわー!」

「ど、どうしたのです。悩みがあるならこのわたくしに相談をーー」

「うるっさいわねこの蜻蛉牛乳瓶底眼鏡性悪陰気嘘っぱち高ビー女!!!」

「ぶっ飛ばすぞテメェ」

 

 どうしたハーマイオニー。

 様子がおかしいぞ。

 いつもの頭の切れる才女の雰囲気はまるでなく、やたらめったらに感情を吐き出しているその様子を見て、獅子寮の面々は口をあんぐり開けた。

 どうやら朝食の隠し味にブランデーだかウイスキーやらが入っていたらしく、その微量なアルコールが作用したのかもしれない。プラス、ロンとの諍いやら試験やら、今まで蓄積されたストレスやらがこう……爆発したらしい。

 爆発したなら仕方ない。

 ハーマイオニーはその勢いで『占い学』の履修をやめた。

 

「ベガ、貴方は何であんな授業をまだ続けてるのかしら!」

「いやまあ、お前の気持ちも分かるけど。女に話を合わせる事のできない男も二流だろう」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「眠れない」

 シェリー・ポッターは眠れなかった。

 

 試験が近いからだろうか。何か急に眠くなって寝ようとして、起きたのは外出できる時間ギリギリだった。もう一度、何とか目を閉じて無理矢理眠ろうとしたが……眠気はやってこない。

 どうしようもないので、シェリーはベッドの中で忍びの地図を開くことにした。眠れない時は何か別のことをして気を紛らわせると良い、とラベンダーに聞いたのだ。

 別に教科書や本を読んでもよかったのだが、羊皮紙の上を文字が動いているのが面白くて好きだったのである。

 と言ってもこの時間にホグワーツを見回っているのは見回りの教師やフィルチ、闇祓い達だけだ。シェリーは地図を閉じようとして──……

 

「あれ?」

 妙な名前を目にした。

 『ピーター・ペティグリュー』。

 たしか、かつて親友だったシリウス・ブラックに立ち向かって行き、命を落としてしまった悲劇の男……だったか。

 しかしピーターは確かに地図の上を動いており、これは一体どういうことか。

 同姓同名?

 しかしシェリーの知る限り、ピーターはともかくペティグリュー姓の人間はいなかった筈だ。生徒にも、教師にも、そして闇祓い達にも。

 ではこの名前は何だ?誰かのペットか?それとも彼のゴーストか?そもそもそういった類にこの地図は反応するのか?気になったシェリーは透明マント片手に夜の探索へと出かけた。

 

(……何やってるんだろう、私。もし仮にピーターさんを見つけたとして、私は何が聞きたいんだろう)

 

 自分の感情に困惑しながらも、シェリーは進む。ピーター・ペティグリューはすぐそこだ。彼に会えば、きっとこの鬱屈とした気持ちの正体にも気付く筈だ。

 しかし、そこには誰もいなかった。

 地図を見ると確かにすぐそこにピーターはいるのに、人の気配は全く無い。これはどういう事なのか?

 マントを脱いで、周囲を探す。やはり誰もいない。……地図の故障か?いつの年代に作られたのかも分からない物だ。可能性は十分にあり得る。だが、シェリーは地図を信じて、微かに声を出した。

 

「ピーターさん?ピーターさん?いるなら出てきて。貴方に聞きたい事があるの」

 

 返答はない。

 何かが動いた音がした、気がした。

 しかし人の気配は未だない。

 数分間はそうしていただろうか、ついぞ声が返って来ない事に落胆し、シェリーは地図を閉じようとして、気付く。

 ──セブルス・スネイプがこちらへ向かって来ている!

 

「──い、『いたずら完了』!」

「いたずら完了?ほぅ……とうとう貴様もそちら側の人間に堕ちたという訳ですな」

「ど、どうも、スネイプ先生」

「こんばんはミス・ポッター。一体全体、何をしていらっしゃるのですかな、こんな所で」

「えーとじゃあ、私行きますねっ。もうすぐ門限ですしっ」

「待て!我輩の聞き間違いですかな?今確かに悪戯と聞こえたが。この城が厳戒態勢の時に悪戯?ほう……さぞかし大層な目的があっての行動なんでしょうな……」

「………あー」

「?何を持ってる。出したまえ」

 

 スネイプは目敏くシェリーの手元の『忍びの地図』を見つけた。大丈夫だ、今はただの羊皮紙だと自分に言い聞かせて渡す。

 

「た、ただの羊皮紙です」

「それは我輩が判断する。『汝の秘密を表せ』!……ほう。魔法のインクが染み込ませられてある。原理は去年の『日記』と同じだな。こっちは単純な作りだが、ふむ。単なる悪戯グッズにしては中々よく出来て………………………」

「?……えーと、『ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズの四人がセブルス・スネイプ教授に申しあげる。生徒にとやかく言う前に自分のベタベタ髪の方をどうにかしろよまったく冗談は顔とパンツだけにしとけよスニベリー……』

「読まんでいい!」

「す、すみません」

 

「やあセブルス、どうした?おや、シェリーも一緒か。ははあ、成る程。セブルス、そんなにシェリーを目の敵にしなくたって良いじゃないか」

「違う!我輩が今腹を立てているのはこの羊皮紙の方だ!」

「?羊皮紙………おや、なんだいこの悪戯グッズは。ははは、大方友達にでもホグズミードのお土産を貰ったんだろう。これは何なのだろうね。さっぱり分からないが、取り敢えず僕が預かっておこう。さあ、シェリー。談話室まで送ってあげよう」

「は、はい」

 

 いやに早口でそう捲し立てると、ルーピンはシェリーの肩を掴んでそそくさとその場所を立ち去っていく。後ろからスネイプの烈火の如き怒りがヒシヒシと伝わってきたが無視した。

 大分歩いたところで立ち止まると、ルーピンは不意に真剣な表情をした。……彼のこんな顔は初めてだ。

 

「シェリー。何故、これを?……いや、どこで手に入れたかはこの際どうでもいい。この『地図』を手に入れて、どうして僕達大人に渡さなかったんだい」

「それは………えっ?どうしてそれを…」

「ああ、僕はこれが地図だと知ってる。何せこれを作ったのは僕と、その仲間達なのだからね。『初代悪戯仕掛け人』て奴さ」

 

 聞けば、リーマス・ルーピンはムーニーという渾名で仲間内で呼ばれていたのだという。他にも、ジェームズ・ポッターがプロングズと呼ばれていたらしい。

 温和そうな教師と父親が元・悪戯っ子という事実に目を丸くする。ルーピンはいかにも落ち着きのある大人で、学生時代は優等生だったのだろうと思っていたし、父親は写真で見る限りは優しい顔をした紳士という印象があったからだ。

 閑話休題。

 

「君がこの地図を持つこと自体はいい。きっと君の父さんも喜ぶだろう。だが今は状況が違うだろう?もしも君がこれを落として、よしんばブラックの手に渡ったとしたらどうなる」

「……ブラックが、私の所に来ます」

「そうだろう。そして、私達が恐れていた最悪の事態が起きるわけだ。もしかすると君の友達も巻き込まれるかもしれない」

「…………はい」

「何のためにホグワーツが闇祓い達を呼んだのか、彼等がここに来てくれているのかをもう一度考えなさい。そして君の両親が命を懸けて守っくれた理由を、もう一度ちゃんと考えなさい。

 君の命はもう君だけのものじゃない」

「……ごめんなさい」

「……ふーっ。これは暫く返してあげられないよ、分かるね」

 

 こくりと頷く事しかできなかった。

 自分は馬鹿だ。これを渡されても使うべきではなかったのだ。大人達に、そして何より両親に申し訳ない。

 アレンにも一度、釘を刺されていたというのに。今後、彼等にどんな顔をして会えばいいのだろう。

 重たい罪悪感がのし掛かる。

 ルーピンの真っ直ぐな言葉は、シェリーの胸の奥をちくちくと刺した。

 重たい足取りで談話室まで歩く。そこでシェリーは何故時間ギリギリにに出歩いたのかをふと思い出した。

 

「先生、その……パッドフットさんとワームテールさんも知り合いなの?」

「?ああ。かつての友さ」

「また会う機会があったらその二人にも伝えておいてください。その地図、故障してるみたいなんです」

「馬鹿な。ホグワーツのありとあらゆる場所を冒険し、校長室の場所さえも突き止めたこの地図に欠陥など……」

「『ピーター・ペティグリュー』って人の名前が載ってたんです。ルーピン先生なら知ってますよね。……もう亡くなった人の名前があるだなんておかしいでしょう?」

 

 そう言って、シェリーは談話室の中へと入っていく。だから、ルーピンがとても険しい顔をしていた事に気付かなかった。

 彼のその緑の瞳が、驚愕のあまり震えていた事に、気付けなかったのだ。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 期末テストがやってきた。

 シェリーの得意とする『呪文学』では実技も筆記も共に良い成績を残せた、と信じたい。同じく『変身術』『闇の魔術に対する防衛術』などはまあまあ良い点が取れたのではないだろうか。

 『防衛術』ではボガートが出てきて吸魂鬼に化けた時に、つい守護霊呪文を唱えたのは良かったのか悪かったのか。

 ネビルの教えもあって『薬草学』はまあまあ良い成績が取れそうだ。『魔法生物飼育学』も同様である。

 反対に『魔法薬学』や『魔法史』は今年もあまり良い成績が見込めそうにない。

 そして残すは『占い学』だけである。

 

「どうしよう、私、占い学で良い成績取れる気がしないよ」

「僕も自信ないなぁ」

「でまかせ言っときゃ良いんだよ。不幸な未来が見えました、とか言っときゃ良い点くれるって」

「はは、そりゃあいい」

 

 そんな風に緊張をほぐす様に獅子寮同士で談笑していると、シェリーが呼ばれる。

 占い学の実技試験はやや特殊で、トレローニーと向かい合って一対一で行うのだ。

 そして水晶玉で自分の未来について占って、その結果をトレローニーに報告する、というもの。

 しかしこの試験には問題が一つある。

 

(水晶玉を見ても何も出てこない!)

 

 魔力を込めてみても、それっぽく手を動かしてみてもサッパリだ。仕方ないのでベガの助言に従い、不幸な出来事を適当に話す事にした。不幸話は得意中の得意だ。

 実話を基にして自分の未来がいかに不幸なものであるかを話す。途中から流石のトレローニーも引いていたような気もしたがまあ悪い点数にはならないだろう。

 試験終了を告げられ、教室を出ようとしたその瞬間。『予言』は突然に始まった。

 

「なんという、残酷なる運命か!」

 

 荒々しく野太い声。驚いて後ろを見ると、トレローニーが鬼のような形相でこちらを見ている。

 まるで人が変わったかのような雰囲気にシェリーは思わずたじろいだ。

 

「気を付けろ、紅き髪の少女よ。運命は既に始まっている。闇の帝王は既に手を打っているのだ。七年に渡る戦争の火蓋はもうじき切って落とされる」

「……せ、先生?」

「辛いだろう。絶望に呑まれるだろう。今までの苦難が児戯に思える程の苦難が待ち構えているのだから。初めての殺人は汝に消えない闇をもたらすだろう」

「先生、何を……」

「それでも戦わねばならぬ。死屍累々の道だとしても、進まねばならぬのだ。『生き残った女の子』よ……いや……」

 

 

 

 

 

「──『神に呪われた少女』よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──って事があったの」

「ウーン、そうか。俺もあの先生については詳しくは知らんものなあ」

「ほっとけよ、シェリー。あいつの様子がおかしいのなんて今に始まったことじゃないからさ」

「ほんとにそうね」

 

 試験が終わり、シェリー達はハグリッドの小屋へとやって来ていた。

 そこでハグリッドの淹れたお茶を飲みながら駄弁る。ロンとハーマイオニーの間に蟠りはもうない。以前、ハーマイオニーが酔っ払って本心をぶち撒けたのが大きいのだろう。

 ……彼女曰く、あれは黒歴史らしいが。

 

「そういや聞いとくれ。この間バックビークを引き取ってくれた、魔法生物飼育員の人から写真が届いたんだ」

「わぁ……ちゃんと群れの中に馴染めてるみたい!良かったねぇ。飼育員の人も優しそうだし!」

「……私には寧ろ飼育員の人が襲われてるように見えるけれど」

「僕もだよ」

「はっはっ、こんなのは戯れてるだけよ。スキンシップっちゅうやつだ」

 

 明らかにスキンシップの域を越えているような気もするが、まあ、彼がそうだと言えばそうなんだろう。無理矢理納得することにした。

 そうして試験についての愚痴やら何やらを吐き出していると、ハーマイオニーが砂糖入れを落とした。

 

「スキャバーズだわ!」

「ん?」

「え?」

「は?」

「ほら、スキャバーズよ!生きていたんだわ!なんでこんな所にいるのかは全く分からないけれど!」

 

 マジだ。随分と痩せ細ってはいるが、ロンのネズミがひょこひょこと砂糖入れの中から這いずり出た。

 ロンは嬉しそうにスキャバーズを掴み、抱き寄せる。死んだと思っていたペットを見つけて大興奮だ。ハグリッドが良かったなあと背中をバシバシ叩いた。

 

「あー…ハーマイオニー、ごめん。疑って悪かったよ」

「いいのよ。疑われるようなことをしたのは事実だもの」

「……、あー、そう言ってくれると、助かるよ。うん」

 ハーマイオニーが微笑むと、ロンは顔を赤くさせた。それを見てハグリッドがぼそりと一言。

「青春だなあ」

「?うん、そうだね?」

 

 ハグリッドがロンにネズミ用の籠を作るのを約束して、今日のお茶会はお開きとなった。彼に頼んだら動物園の檻のようになりそうな気もするが。

 しかしスキャバーズの様子はどこかおかしい。ロンの腕の中で暴れっ放しだ。終いには彼の拘束をするりと抜けて草むらの中へと逃げ出す始末。

 これはまずい、とシェリー達は慌てて近辺を捜索する。──見つけた。

 スキャバーズとシェリー達との間には微妙に距離がある。魔法を使って捕まえるのも考えたが、痩せ細ったネズミに余計な負担をかけるのも憚られた。

 誰か、ネズミの進行方向上にいてくれたら良いのだが。

 

「試験終わったあーっ!」

「おいおいコルダ、はしたないぞ」

「でもお兄様!私、試験って初めてなんですもの!ああっ、『薬草学』で問題を一つ落としたかもしれません!わーっ!!」

「僕なんて落としたかもしれない問題が一つどころじゃないんだが……」

 

 しめた。

 ちょうどスキャバーズが向かって行った先に、マルフォイ兄妹がいるではないか。

 どうやら芝生の上で、試験から解放されているようだ。シェリーは声を上げた。

 

「ドラコ!コルダ!ネズミ捕まえて!!」

「えっ……きゃあ!?わ、私っ、ネズミだけは駄目なんですよっ!!」

(……ネズミだけは……?)

 ドラコは今までの思い出を振り返ってみたが、コルダには苦手なものが山ほどあったような気がする。ネズミはもちろん、虫なども大嫌いだった筈だ。

 しかも今年の『闇の魔術に対する防衛術』で、ボガートに虫やネズミの大群に変身されて半泣きだったと聞いたのだが…。

 ともかく、コルダの代わりにドラコが鼠を捕まえることにした。彼もあんまり好きな方じゃないのだが、仕方ない。

 ……何でネズミを捕まえる手伝いをしてるんだろう、という疑問は放っておく。

 

「よ!っと……。うわ、みすぼらしいネズミだなあ。ほら、これで良いのか?」

「うん!ありがとう、ドラコ!」

「スキャバーズ!……あー、助かったよ」

 

 蛇寮のライバルに助けられたのと、自分のショボくれたペットを見られたので気恥ずかしいものがあるらしい。ロンがモゴモゴお礼を言った。

 それにドラコが何か言おうとして──…『そいつ』は現れた。

 シェリー達の死角から、黒い毛の大型犬が飛び出してきた。しかもシェリーの見る限りでは、そいつは文字通り影の中から出てきたように見える。

 ロンがシェリー達を庇い、地面に叩きつけられる。ロンが杖を抜く前にベルト部分を噛んで、引き摺ろうとする。シェリーはロンのズボンの部分を掴んで応戦しようとした。ここでこの大型犬に攻撃魔法を喰らわせてやれば良かったのだが、彼女は動物を傷つけるのを躊躇った故の行動だった。

 

「うおおおおおお!?」

「きゃああああ────ッ!?」

 

 ロンとシェリーが、もの凄い勢いで連れ去られていく。子供二人を引き摺っているたは到底思えない程の速さだ。見た目はただの犬だが、魔法生物の類なのか?

 異常な速度で犬は大きな木の根本に開いた洞に入っていく。それをハーマイオニーとコルダは追い、ドラコも続こうとして、立ち止まった。

 上方から鞭のようにしなった枝が勢いよく叩きつけられる。

──『暴れ柳』だ。

 まずい、とドラコは舌打ちする。これでは彼等を追って中に入る事ができない。しかもこの樹はとても貴重で、下手に傷つけるのも憚られた。

 

「お兄様!先生か闇祓いの人を呼んできてください!」

「なっ……お前達はどうするんだ!?」

「私達はシェリーとロンを追うわ!怪我をしているかもしれない!」

「大丈夫ですお兄様、絶対に無茶はしませんから!」

「………っ、仕方ない!グレンジャー!コルダを頼んだぞ!」

 

 言うと、ドラコは校舎へと走る。

 それを見届けたコルダとハーマイオニーは顔を見合わせると、洞窟の奥へと進んでいった。引き返す事はできない。ならば、前に進むのみ。

 あの犬に悟られぬよう、匂いを消す魔法をかけてから進むことにした。

 穴の中は薄暗い。しかしルーモスで照らしてみると、どうやら人工的な通路になっているようだった。

 

「……人工的な通路?という事は、ここは誰かが人為的に作った場所……?」

「となると、まあ当然だけれど、あの犬をけしかけたのはホグワーツ関連の誰かという事になるわね。ホグワーツに関わりの深い人物が、ロンとシェリーを襲った……」

「………それって………」

 

──思い当たる人物は、一人しかいない。

 

「ま、まさかですよねー!そんな訳ないですよねー!」

「そ、そうよねー!私の考え過ぎよねーきっとそうよねー!」

「あはは……あ、グレンジャー。ここで通路は終わりみたいですよ。上から光が漏れてますし、登り坂になってます」

 

 ここはどこかの建物の地下、だろうか。

 やはりコルダは大型犬がロンを連れ去ろうとしたのだという結論に至った。去年、自分を秘密の部屋に連れ去られた事のある彼女だからこそ分かる。

 去年と手口が似ているのだ。

 古い階段が軋まないように上る。煤汚れたカーペットに、埃塗れの家具。そして窓に打ち付けられた鉄板を見て、二人は確信した。

──叫びの屋敷だ。

 重い恐怖心が二人を襲うが、この際ここが何処かなどどうでも良いことだと言い聞かせる。埃の跡からして、ロン達が運ばれたのは二階。そしてその奥の部屋だ。

 ホグワーツが誇る秀才二人組は、多様な知識があるが故に想像力に優れている。想像力に優れているが故に、今のこの状況がとても恐ろしかった。

 

「……あの犬には実体がありました。正真正銘生きている犬です。魔法使いに調教された犬か、魔法で操られている犬か、魔法生物か──…」

「──動物もどきか、ね。どれかは分からないけれど……ひとまず、奇襲ができれば問題無い筈だわ」

「私は部屋の右側に杖を向けます。グレンジャー、貴方は部屋の左側の方を警戒してください」

「分かったわ」

 

(…………あれ、なんかこの人(子)とは息が合いますね(合うわね)……)

 

 二人とも優秀な才女で、有事の際には大胆な行動を取れるタイプの人間である。そして色々と鈍感な男性が傍にいる。だからか、コルダとハーマイオニーはどこか親近感を覚えていた。

 学年も寮も違う故に話す機会は少なかったが、運命の歯車が少し違えば、二人の間には友情が生まれていたのかもしれない。

 時に良き友として。

 時に勉強のライバルとして。

 そして、時に恋愛相談の相手として…。

 

((いやいやいや、ないないない))

 

 二人は首を振ると、杖を構えて、突入の準備を整えた。シェリーとロン、二人の学友を救うために。

 

「──行きますよ!!」

「ええ!!」

 

──部屋の中に突入した。




やべえ!アズカバンの時系列がごっちゃになっててスキャバーズ関連のイベントが全部この回に詰まってらあ!
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