シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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11.蒼き焔は静かに燃ゆる

 奇妙な光景だった。

 身も心も美しい女生徒が醜い狼に。

 快楽殺人鬼が、勇猛な狼と変わる。

 二匹の狼は組み合うと、相手を食い破らんと、力任せに攻め合った。

 事情を知らない人間が見れば、狼の姿の勇者がおぞましき怪物と戦っている構図に見えるかもしれない。だが実際はその真逆で、いたいけな少女が家族を護るために死力を尽くしているなど思わないだろう。

 その光景を目にして、ドラコは、非難するような声を上げた。

 

「ウィーズリー!なぜコルダをここへ連れてきた!?お前ッ、何してくれたんだ!」

「……ごめん」

「謝って済む話じゃない!!」

「そうだな、謝って済む話じゃない。……だから僕にできるのは、あの子の覚悟を護る事だけだ!」

 

 ロンは走り出す。

 彼がコルダの願いを聞き入れて、彼女が医務室を抜け出すのを手伝った理由はひとつ。兄を想う妹の必死な様子を見て、この頼みは断れないと思ったからだ。彼もまた兄なのである。

 まさかルーピンだけでなく彼女まで狼人間とは思わなかったが、結果がどうあれ、ここまで連れて来たのは自分だ。

 その責任は取らねばなるまい。

 コルダが足止めをしている間にベガとネビルを安全なところまで運び、応急手当を施す。倒れ伏すケンタウルス達も同様に処置を行った。

 

(……くそ、僕だけが足手纏いになる訳にはいかないか!)

「ウィーズリー!この森には結界が仕掛けられている!それを解除しない限りこの森からは出られないぞ!」

「何!?……あれ、でもじゃあどうして僕達は結界内に入れたんだ?」

「そりゃあ、あいつらが中に入ったら出られない設定にしたから……」

 

 そこではたと気付く。

 中に入ったら出られない?

 それはつまり、結界の外側からなら簡単に解除できるということか?外部からの衝撃に弱く、結界の中からは解除できない?

 ならグレイバックはどうやってここから脱出するつもりなのだ?何か、解除するポイントがある筈だ……。

 ……そうか!

 結界の中心部!そこから結界は発生していて、かつ衝撃に弱い箇所のはず!

 

「分かったぞウィーズリー!結界の中心部だ!そこに何かマジックアイテムのような物が置いてある筈だ!」

「お、おう!……で、そこはどこなんだ」

「……わからない」

 

 場所のヒントは得られたが答えは分からなかった。二人して頭を抱える。ああ、こんな時にハーマイオニーがいれば!

 ハーマイオニーならきっと持ち前の計算力で魔力の流れを感知して何やかんやしてこの結界も解けた筈なのに!

 

「ふ、二人とも。ちょっといいか?」

「ケンタウルスのおじさん!」

「ベインだ。ヒト族の魔法の事はよく分からないが、要するに、この結界の中心に行ければいいんだろ?」

「あ、ああ……そうだが」

「さっき吹き飛ばされて、空を仰いだ時に気付いたんだが……星の流れがどうもおかしい。きっと、ここだけ空間が歪んでいるからだろう。私に乗ってくれ、星の流れを見て結界の中心まで行こうじゃないか」

 

 古来よりケンタウルスは星を観測し、科学する分野に長けていると言われている。

 それは一族の長年の研究と、彼等の天性の才能に他ならない。星の瞬きを肌で感じ取る事ができる能力の持ち主なのだ。

 星好きが高じて自分達の種族名を星座の名前にしちゃったという説まであるくらいなのだ。占い学でほんの少しだけケンタウルスについて聞いていたロンは、彼等の有用性をなんとなくだが理解していた。

 二人でベインの背に乗ると、結界の中心へと向かって走る。結界さえ解除できれば助けを呼べる筈だ!

 

「お前達、逃げる気だろォオオオーー!」

「ひいっ!?」

「だからよォオオオーー、それはさせねえっつってんだろォォオオ!」

 

 グレイバックは目敏かった。

 ドラコ達の不審な動きに気付き、コルダとの戦闘を中断して、こちら目掛けて突進する。早い。

 この男を通してはいけないと本能で判断したのか、コルダがその行手を阻んだ。

 ──だが。

「普段から人狼の力を行使してない奴が、都合良く俺に勝てるようになるわきゃあねえだろ!!」

「グオオオオン!?」

 グレイバックに蹴飛ばされる。

 狼と化したコルダでさえも彼の強さには近付けない。彼にとってコルダとの戦いは赤子と遊ぶのと同じだ。コルダは執念でグレイバックに喰らいついていたが、そんな抵抗に殆ど意味はなく、ただただ生傷が増えていく一方だった。

 

「やめろグレイバック!!やめろ!!」

「嫌だね!クソがッ、お前は醜いんだよ!さっきまで俺好みの美少女だったのに、不細工な姿になりやがって!元のツラが良かっただけに余計に醜く見えるぜ!」

「ああああッ、コルダ!早く、早くしなくちゃコルダが死んでしまう!」

「落ち着けマルフォイ、コルダやベガが必死で時間を稼いでくれてる今がチャンスなんだ!僕達が動かなきゃ、彼等は何のために闘ってんだって話になるぞ!」

「ッ、そんな事くらいお前に言われなくても分かってる!!」

「おい、あまり私の上で暴れるな!!」

 

 焦りからか、恐怖からか。

 ロンとドラコの感情のぶつけ合いは留まる事を知らなかった。互いにヒートアップし、収まらない。

 そうしている間にもコルダは痛めつけられていく。足蹴にされ、何度も噛み付かれそれでもグレイバックを抑える姿には涙を誘うものがあったが、そんな事情などお構い無しに、グレイバックはとうとう息の根を止めにかかった。

 ──そこにネビルの横槍が入った。

 

「がはッ……おい、グレイバック!僕はまだ生きてるぞ!僕と戦え!その子より先に僕を殺してみろ!!」

「おい何言ってるんだネビル!?」

「君達は早く行くんだ!!グレイバック!お前の力はそんなもんか!?こんな生意気な小僧一人殺せないくらいなら、闇の勢力も大した事ないな!」

「へえ、言ってくれるじゃねえの。いいぜ、お前の挑発に乗ってやる。……将来的に結構良い男になりそうだしな」

「ネビル、ネビル!やめろ!」

 

 グレイバックはボロ雑巾のようになったコルダを放り投げると、ネビルへと狙いを定める。

 ロン達は憤慨する。

 こんな時間の稼ぎ方があるか。

 もう、命を使わないとグレイバックには勝てないのか?どれだけ助けを待っていてもヒーローはやって来ない。それが現実なのか。神はどうしてこんな男に力を与えてしまったのだ!

 グレイバックがネビルに突っ込む!

 絶望のあまり、叫んだ。

 

「誰か何とかしてくれェエーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ベガ・レストレンジは夢を見ていた。

 あの日の夢を。

 戻れない夢を。

 自分を慕ってくれていた友人を、己の傲慢で死なせてしまった時の夢を。

 かつて自分は、才能に驕る馬鹿だった。

 あの年頃ならば、自分の力に酔うのも多少は仕方ないのかもしれない。だが、自分の力を過信してしまったせいでかけがえの無い筈だった友人は戻らなくなった。

 だからずっと後悔し続けている──…。

 どうして今、こんな夢を見るのだろう。

 走馬灯というやつか。

 自分の罪を、また、ありありと見せつけられるのか。

 

──違う。僕が死んだのは闇の勢力による事件のせいで、君が殺したわけじゃない。

僕は奴等に殺されたんだ。

 

 短い金髪の少年が、ベガの眼をはっきりと見て言った。

 シグルド・ガンメタル。

 幼いままの姿で現れた彼に、胃に冷たいものが落ちる感覚を覚えた。シドは人を恨むような人間ではないし、ベガの事も憎んでいないのも分かっているのに。

 だのに、彼への罪悪感は膨れ上がる。

 泪の雨は止まない。

 

──いい加減自分を赦してやったらどう?

 

(駄目だ。俺がガンメタル家にやって来たせいであの家族はバラバラになった。俺さえやって来なければ、お前は死なずに済んだかもしれないのに)

 

──父さんは君を赦しているようだけど?

 

(それでも俺の罪は消えない)

 

──そうかい。僕としては、どちらにせよ君に生きていて欲しいんだよね。でないと僕があの日何のために君を助けたんだか分からなくなっちまう。

 

(……正直、俺の死に場所はここだと思うんだ。グレイバックに敵わねえ。全く歯が立たねえんだよ)

 

──どうして歯が立たないんだい?

 

(そりゃあ、まずはあの運動能力。パワーやスピードが桁違いなんだ。近距離じゃまず勝ち目はねえ。そしてあの『紅い爪』とかいうのがヤバすぎる。大抵の魔法はあの爪で掻き消しちまうんだ。……どういう理屈でそうなってるのかも分からねえし)

 

──もしあいつに勝てる人間がいたら、それはどんな能力を持ってると思う?

 

(………強力な遠距離攻撃が可能なヤツ。例えば、俺の火炎魔法の火力をもっと高めたようなものとか、守護霊や傀儡に代わりに戦わせるとか……後は搦手とか………)

 

──成程。ところでベガ、君の悪霊の火はどうして蒼いんだろうね?

 

(………どうして………?)

 

 悪霊の火とは、呪われた火炎。

 蛇、鷹、キメラ、ドラゴンなどが大きな炎で形作られて、意思を持っているかのように襲いかかる。

 だがベガの悪霊の火には、彼だけのある特徴がある。蒼いのだ。普通なら通常の炎と同様に紅蓮に燃えるはずなのに、魔力量を変えても魔法式を変えても、いつもいつも蒼くなる。

 

(悪霊の火が使用者によって形が変わるのなら、色だって変わってもおかしくねえ)

 

──ねえ、思い出して、ベガ。君がその魔法を初めて使ったのはいつだい?

 

(……いつ、って……ホグワーツに来て、魔法が使えるようになってからだ。自分の力を試してみたくなったんだ)

 

──違うだろ?君がそれを初めて使ったのは子供の時だ。死喰い人達が僕を攻撃した時、無意識のうちに君は魔法を使った!

 

(………そうだったか。あの時の記憶は混濁しててあまりよく覚えちゃいねえ)

 

──なら思い出すんだ!あの時、君は僕を守るために悪霊の火を使った!君の炎は部屋中を暴れ回った後、魔力が無くなって消えたんだ!

 

(……今にして思えば、ホント奇跡みたいな結果だな。悪霊の火が制御できなくなって暴走してたかもしれなかった)

 

──それでも死喰い人達が火傷で済んだのは、君に生まれつき火炎魔法の適正があったからなんだろうね。それはいい、それでどうしてあの炎が蒼かったんだと思う?

 

(さあ……)

 

──ちゃんと考えろ!……もう答えを言っちゃうけど、君は悪霊の火を使うには魔力が少なかったんだ!だから足りない魔力を補うために近い人間から魔力を吸った!

 

(……それって、もしかしてお前の……)

 

──そうだ!僕の魔力が君の魔力の中に入ったんだ!僕の唯一の取り柄だった、君とお揃いのブルーの瞳!それが悪霊の火に反映されたんだよ!

 

(………成る程ね。俺はあの時、お前の魔力を奪ってしまって、お前にトドメを刺しちまったわけだ。俺がお前を殺したも同然だな……)

 

──なんでそういう風に考えるかなあ!?どっちみちあの怪我じゃ僕は死んでたよ!それに、僕は君の魂の中で生きてる!そして魂の中で君の助けになれた事を誇りに思ってる!!今までずっと、遥か遠くの存在だった君と、共に戦えるんだから!!

 

(……でも俺もう戦えねえよ。無理だよ。どんなに)

 

──馬鹿野郎!!君が立たなきゃ、またあの時の二の舞になっちまうぞ!君はもう一度あの悲劇を繰り返したいのか!?

 

(………それは………)

 

──それは絶対に駄目だ!今、ネビルやロンやドラコやコルダが死力を尽くして戦ってる!何とか生きようと努力してる!なのに天才の君が諦めてどうするんだよ!!死のうとしてどうするんだよ!!

──自分が許せないんならそれでいい。死にたいと思ってるんならそれでもいい!だけど、こんな簡単に生きるのを諦めようとするな!僕は君に死んで欲しくて助けた訳じゃないんだぞ!!

──ベガ、頼む、頼むから──……人のために死ぬなんてもう考えるな!自分のためでもいいし、友達のためでもいいから、なんでもいいから──……

──生きるんだ!!

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

「誰か何とかしてくれェエーーー!!」

「──そう情けない声出すんじゃねえよ」

 

 激闘の中にあって、その声はいやに響いていた。波一つない水面に、一粒の雫が溢れたように。

 風を切る程の速さで、グレイバックはネビルに向かって突っ込んでいく。紅い爪はネビルの心臓を正確に捉えていた。

 しかし、その攻撃は直撃する事なく、ネビルは誰かに引っ張られる形でそれを躱した。……いや、誰か、ではない。

 

「お前が真っ直ぐ突っ込んで来るなら……俺はその動きを追わず待ち構えれば確実に攻撃を当てられる………」

 

 月光に煌く銀髪の長い髪。悲しみの雨を体現したかのような深いブルーの瞳。そして端正なその顔を悪戯っぽく歪めると、ネビルの杖を掴んでグレイバックに炎の一撃を浴びせた。

 ベガ・レストレンジ。

 煤だらけのローブに、傷だらけの身体。

 しかして彼の中の炎は、まだ消えてはいない。グレイバックを射るように睨むと、的確に攻撃を喰らわせた。

 普通なら、グレイバックは己の肉体を操作し、骨を外したりして攻撃を躱す事ができる。しかしベガの操る炎は、グレイバックの動きを先読みして彼の肉体に火炎を浴びせたのだ。

 ベガに焦りはない。

 澄み切った感覚は、魔法の鮮やかな制御を可能としていた。

 

「ネビル、すまねえ。杖貸してくれ。必ずあいつを止めるから」

「!………うん!」

「ロン、ドラコ、あとケンタウルスのおっさん。助けを呼んできてくれ」

「あ…………ああ!」

「ま、任せろ!」

 

 ヒュウ、と人狼は口笛を鳴らす。

 ほんの少し前まで、死にかけだった筈の少年が生気を取り戻している。それどころか、闘志まで溢れている!

 ゾクゾクと、背筋に心地良い電流が流れるのを感じた。やはりベガは最高だ!と。

 対するベガは、落ち着いたものだ。

 波の立たぬ水面のように。

 凡ゆる感情が取っ払われて、必要なものだけがそこにある覚醒状態にあった。

 他人の杖で、ボロボロの状態で。それでもグリフィンドールの悪魔は不敵に笑う。

 

──シド、一緒に戦ってくれ。

蒼き焔は静かに燃ゆる(expectamus in inferno diaboli)

 

 蒼炎は螺旋を描いて天に昇る。

 その凪いだ火炎地獄の中、緩やかに降臨するは『黒い守護霊』。

 凶々しい奇妙な黒山羊はベガの思うままに形を変えて、不気味な存在感を放ちながら人型に変貌していく。

 その姿はまさしく、悪魔そのもの。

 魂を燃やせ。

 下から見下すような奴に負けるな。

 高みを目指して昇れ!

 

「なんだ、こりゃあ」

 

 グレイバックはそれを見て、そう言うしかなかった。

 長い人生、裏の稼業でありとあらゆる魔法を見てきた彼だが……この魔法は、そのどれとも違っていた。

 しかし彼の知識で目の前の存在を説明するならば、それは、強いて言うなら守護霊の呪文だった。……まるでそんな高尚なものには見えないが。

 強いて言うならば、これは、悪霊。

 全身が漆黒の如く黒く煌き、肉体の一部に蒼い焔を纏っている。人型で、黒山羊のような頭。頭部から伸びる角は威厳すら感じさせる。

 これが果たして守護霊か?

 

(何だって構わねえ。こいつを止められるのならな)

 ──これは、ベガの得意とする守護霊の呪文と悪霊の火の重ね掛けだ。

 魂の一部を具現化する守護霊の呪文と、魂すらも焼く悪霊の火は相性が悪いと思われていた。同時に使えば、魂を焼かれてしまう危険性が大きいからだ。

 だが、ベガが出した結論は逆だった。

 

(守護霊の呪文と悪霊の火の性質はとても似ている!使用者によってその形が変わるという点もそうだし、自分の意思が色濃く反映されるという点もそうだ!この二つの魔法は、使いようによっては相性が良くなるんだ!!)

 悪霊の火は、魂すら焼き尽くす炎をドラゴンや蛇に変えて放つ魔法。守護霊の呪文は、魂を吸い取る魔物すら打ち払うエネルギーを動物の形に凝縮して放つ魔法。

 ドラゴンや蛇の形状。多種多様な動物。

 意思を持ったかのような動き。自身の幸福の感情そのもの。

 魂を焼き尽くす。魂の具現化。

 炎と煙。

 似ている。すごく、似ている。

 そしてベガは、『守護霊を悪霊の火で燃やして火力を上げる』という結論に達した。高まった火力は強力な武器となるし、燃え盛る炎は守護霊のブースターになる。

 そう、言うならば『守護悪霊』!

 マグル界の宗教では、魂を生贄に悪魔と契約すれば絶大な力を得られるというが…ベガは、その通りに魂を捧げた!

 

(俺の魂を触媒にして、悪霊の火をもっと燃やすんだ!火炎も!守護霊も!俺の魔法はもう一段階先に行く!!

 ──文字通り、魂を燃やせ!!)

「──発情期真っ只中の犬っコロがどこに行こうってんだ?なあグレイバック、俺と踊ろうぜ」

「……殺そうとした相手に誘われるのは初めての経験だ。だが、悪くねェ!」

(頼んだぞ、ロン、ドラコ。お前達が闇祓い達を連れて来るまで時間を稼ぐ。さて、この魔法がグレイバックに少しでも通用することに期待してみようか……!)

 

 運動能力、体術、近接戦闘……そういった部類では間違いなく最強だろう。

 上等だ、と笑う。

 世界最強(ダンブルドア)

 属性魔法の頂点(レックス・アレン)

 闇の帝王(ヴォルデモート)

 そして目の前に立ち塞がるは、至高の肉体を持つ男(フェンリール・グレイバック)。相手にとって、不足なし!

 最強に──挑め。

 

「シィアアアアア──ッ!!」

 

 右手を正面に突き出して攻撃……するかと思わせて本命は左手での薙ぎ。ベガの反応の良さを逆手にとった、グレイバックのフェイントだ。

 ベガはそれを見切る事はできても、躱すまではできない。肉体がついていかないからだ。だから人間相手なら無双できても、身体能力で劣る化物相手には近距離では分が悪い。

 だからこそ、この魔法は強い。

 守護悪霊を前に出し、右脚をクロスさせる形でガードする。組み合った姿勢のまま炎を燃やして反撃すると、グレイバックは姿勢を屈めて回避、そこから四足獣の如き動きで迫る。狙いは悪霊ではなく、ベガ。

 

「食らうかッ!」

 

 しかし方向さえ分かっていれば、ベガならば攻撃を躱すのは容易だ。

 守護悪霊が前衛に出て、後衛のベガは致命傷を喰らわないよう立ち回る。この戦法ならば確実にグレイバックを削れる。

 そして守護悪霊は人狼にも引けを取らない程の身体スペックだ!

 通じる。この守護悪霊は、グレイバックにも通用する!

 自分の思うままに、守護悪霊が動く。

 手足を動かすが如く、変幻自在に形を変えて動き出す。踊るように、舞うように。魂の音色に合わせて奏でられる武闘曲は、グレイバックの出鱈目に強い近距離戦に何とか対応できていた。

 

(いや、このままじゃまだダメだ。グレイバックは戦いの申し子のような男……単調に攻撃していたらそのうち見切られて反撃されちまう。グレイバックを殺すつもりで戦わねえと!

 リズムを掻き鳴らせ!破茶滅茶なテンポで踊ってみせろ!

 『俺にできねえ事なんざねえんだよ』、だろ……!!)

 

 蒼い月明かりの下で、炎が踊る。

 狼が乱暴なステップを刻み、少年は執念のスイングを執り行う。

 月の下のワルツ。

 ざわめく森に悲鳴の唄を轟かせんと、相対する二人の色男は互いを殺し合う。それらが交差して、より一層、戦いは激しさを増していく。

 ベガの守護悪霊は、魂を燃やし目の前の敵を断罪せんと、乱雑な蹴りの応酬を喰らわせる。グレイバックは牙と爪で炎を切り裂き狂気の笑みを益々深くした。

 

「うしゃあああ──ッ!!!」

「ここから先は通さねえ!!」

 

 炎で飛び上がった悪霊の上段蹴りと、グレイバックの紅い爪とがぶつかり合う。

 下段からの連続の突きを、空中からの火炎で焼き尽くす。すると火炎を突っ切って飛び込んでくるが、彼の動きを先読みしたベガは突き出した腕を掴み、勢いを利用して投げ飛ばした。

 

「うお、おおおお!?」

 

 体勢の崩れたグレイバックの首根っこを掴んだ守護悪霊が、地面の上を引き摺り回した。強靭な脚を地面に突き刺し拘束を振り解くも、受けたダメージは大きい。

 紅が弧を描いた。

 蒼炎が闇夜を照らした。

 ギロチンを落とすような守護悪霊の蹴りを真っ向から受け止めて、爪を突き刺し、回転しながら地面に叩きつける。追撃を食らわそうとして、逆に蹴りを食らう。

 厄介だとグレイバックの本能が告げていた。ベガの反射神経が悪霊にそっくりそのまま反映されている。単純な近距離戦ではグレイバックが上だが、変幻自在の守護霊と火炎でその差を詰めてくる。

 おまけに魔力をかき消すはずの紅い爪が反応しない。炎のようにかき消したその瞬間から再生しているのだ。幽霊と戦っているような感覚すら覚える。

 しかして、その演奏は不意に止まった。

 

(!チィ……もう限界が来ちまった!)

 

 炎が揺らめく。制御ができなくなる。

 守護悪霊が形を崩して、空気中に霧散していく。元々、精巧なバランスで成り立っていた魔法だ。長続きする筈もない。

 他人の杖、初めての魔法。数多くの悪条件の中でベガはよくやったといえる。

 しかしグレイバック相手にそんな理屈は通用しない。好機と言わんばかりに、彼はベガ目掛けて飛びかかる。

 ──それがいけなかった。

 『彼女』の早撃ちが見えていながら、グレイバックはそれを躱せなかった。モロに腹部に受けて地面に転がり、すぐさま体勢を立て直して──…見た。

 この演奏は、まだ止まってはいない。

 彼女が立っている。

 紅い髪の少女がそこにいる。

 シェリー・ポッターが、立っている!

 

「私の友達に手出しはさせない!!」

「おいおいマジかよ、シェリー・ポッターまでいるのかよ!今日は本当に良い夜……おっと!?」

 

 グレイバックが大きく背後に退くと同時に、彼がいた地点から魔法が発生する。姿は見えないが、隠れているハーマイオニーが魔法糸を使って攻撃したのだろう。

 やって来た頼もしき二人の援軍。

 グレイバックの弱点は注意が散漫になりやすい点だ。美男美女がいればそちらの方向へばかり気を取られてしまう。そんな性格の彼にとって、今この状況は非常に目まぐるしいものだった。

 

「顔の良いガキどもめ……!誰から食ってやろうか、悩む、悩むぜ!」

「食べられないよ。私達は貴方に勝ちに来たんだもの」

「言うじゃねえか大人しそうな面して!気に入った、お前から食ってやる!」

「させないわ!」

 

 ハーマイオニーの援護射撃が飛ぶ。彼女の攻撃など多少食らっても大丈夫だと余裕をぶっこいていたグレイバックだったが、即座にその思考を捨てて体勢を屈めた。半ば直感だったが、その判断は正しかった。

 ハーマイオニーの魔法の裏に、隠れるようにベガの魔法が付与されている。時間差で死角から攻撃したのか!

 加えて、シェリーの早撃ち。グレイバックの守りより攻めを好む気質が災いし、ほんの少しずつではあるがシェリー達に余裕を与えつつある。

 一時間以上の戦闘に加え、学年トップレベルの三人が攻め立てている今、ようやくグレイバックの動きが鈍りつつあるのだ!

 それに気付いたベガは、叫ぶ。

 

「ハーマイオニー!!逆転時計をこっちに寄越せぇええ!!!」

「え、で、でも……」

「早くしろおおおお!!!」

「っ、分かったわ!」

 

 本当なら呼び寄せ呪文で逆転時計を引き寄せたいところだったが、グレイバックとの激闘で消費魔力の激しいベガは、少しでも魔力を温存する事を選択した。

 この魔法は、正真正銘、一度きりの魔法なのだから!逆転時計を受け取ったベガはグレイバックに肉薄し、魔法式を紡いだ。

 

「喰らえよ、グレイバック」

「何を──……」

「────『時間簒奪』!!」

 

 世界の理が故意にねじ曲げられる音。

 超至近距離で放つ、不可避の一撃。

 グレイバックとベガの動きが止まった。

 何だ、何が起きたのだ?困惑するシェリー達だったが、すぐにその効果に気付く。

 遅いのだ。

 グレイバックの動きがスローモーション再生のようにゆっくりとした物になる。動きが鈍くなったのではなく、彼の中に流れる時間そのものが鈍重になっているかのようだった。

 魔力が本当に全て枯渇したベガが、崩れ落ち際に、言った。

 

「お前の時間を数秒だけ奪った……」

 

 時間系魔法。

 多種多様な種類のある魔法の中でも最高位に値する、究極の魔法。世界の理に直接触れて引っ掻き回すという性質から、最高難度の魔法と言われている。

 去年の秘密の部屋騒動で禁書の棚に訪れる機会が何度かあった時、偶然見つけた本を読み密かに研究していた魔法だ。いざという時の切り札として開発していたが、ようやく使う事ができた。

 非常に難解な魔法式と膨大な魔力を使用するという欠点は、逆転時計のブーストで克服する。

 つまり、これは。

 ベガが作ってくれたチャンスだ。

 シェリーはそれを理解するや否や、グレイバック目掛けてフリペンドを乱射した。ハーマイオニーは半狂乱になりながらも魔法を放った。

 グレイバックの身体に、ダメージと衝撃とが蓄積されていく。時間簒奪で奪った時間は数秒後に戻って来るため、実際にダメージが入るのも数秒後だ。

 

(これは最大のチャンスにして、最大のピンチでもある。ここでダメージをどれだけ与えられるかで勝敗は決まる!)

 

 シェリー達の猛攻。

 無力な人間を一方的に攻撃する罪悪感というブレーキはあるものの、それでも彼女達はよくやっていた。

 関節に、腹部に。高速の弾丸が人狼の身体を攻め続ける。狂気の人狼を少しずつ、少しずつ削っていく。

 だが、グレイバック相手にたった数秒間の攻撃が効いているのかどうか……。

 ──時間簒奪の効果が切れる。

 

「ォォォォオオオオオオ──!!!!」

「そっ、そんな、嘘でしょう!?」

 

 ハーマイオニーの動揺した声。

 グレイバックはその場から弾かれたように身体を仰け反らせるも、脚の爪で無理矢理その場に立ち止まった。

 彼がここまでされて未だ尚意識を保っていられるのは、純然たる狂気ゆえ。狂気故に平常でいられた。

 彼の中にあるのは、顔の良い人間達とまぐわい、嬲ることだけ。プライドや意地や使命感で行動している訳ではない。彼にとってはこの闘いも、人生における楽しみの一つでしかない。

 命を賭けて遊ぶ闘い。

 狂おしき色欲が暴れだす。

 だが、美男美女にばかり目が取られてしまうグレイバックは気付いていなかった。

 時間簒奪を使った直後、魔力が尽きて無力となったベガが、次の手を打っていたということに。

 後ろ手で杖を投げていたことに。

 杖の本来の持ち主がそこにいたことに。 

 彼の親友が、いたことに。

 

「──後は頼んだぜ、ネビル」

「頼まれたよ、ベガ」

 

 勇気ある少年は、ベガが投げた杖をキャッチすると魔力を込める。

 ネビルは走っていた。

 去年、バジリスクにトドメを刺した時のように、ただひたすらに真っ直ぐに。

 だってそうだろう。

 どれだけ遠回りをしようとも、どれだけ寄り道をしようとも、彼にできるのは、結局は前に進むことだけなのだ。

 だから、友の創った道を信じて進む。

 ネビル・ロングボトムにあるのは、ただそれだけだ。

 

「──『ステューピファイ』」

「ごッ…………がッ」

 

 再び超至近距離での魔法。魔力の瞬間的な暴走は凄まじい効力を発揮した。

 高い魔法耐性を誇る人狼であっても、戦いに疲れている時に頭部に衝撃を食らってしまっては、意識を刈り取られても仕方ないというもの。

 やった、とシェリー達は安堵した。が、グレイバックの殺戮者としての本能は、彼女達の予想を遥か上回った。

 意識を奪われる直前に己の腕を頭部目掛けてフルスイング。気絶した直後にまた衝撃が飛んできてグレイバックは意識を一瞬もしない内に取り戻した。

 意識を取り戻すよう全力で攻撃したので顔からはドバドバ血が出ているが、人狼の治癒力ならば治るだろうと無視する!

 

「これしきで、これしきでこの俺が倒れるかよォオオオーーーー!!!」

 

 まずい。本当にまずい!

 ベガは倒れ、残るはシェリー、ハーマイオニー、ネビルの三人のみ。

 いくらフラフラで倒れかけの人狼相手であっても、ベガやコルダといった戦力を欠いた三人で勝てるものなのか?

 グレイバックの恐ろしさは、その強さではなくその異常性にあった。ペティグリューを逃すという役割を終えた彼は、もうホグワーツに留まる理由はないのに。逃げていい筈なのに、それをしない。

 だって、壊し甲斐のある美少年や美少女がそこにいるから。己の快楽を満たすまでは、彼は帰らないし帰れない。引きつるほどに歪んだ笑みは三日月のようだ。

 不気味に並び立つ木々が墓石に見えた。

 ここが、墓場なのか。

 

「お前達全員食って……ぐぼえぁっ!?」

 視覚外からの魔法攻撃。

「え!?ど、どこから……!?」

(どこから、撃ってきやがった………!?)

 月明かりに照らされているとはいえ、夜の森の中の戦闘は視界が狭まる。だからベガもシェリーもネビルも、なるべく遠距離は避けていたというのに。だからグレイバックも思う存分暴れていたのに。

(どこから撃ったのかも分からないほど遠くから攻撃したってことか……!?)

 数キロ先から薄暗い森の木々の間を縫って魔法を当てるなどという芸当ができるのは、彼の知る限り一人しかいない。

 エミル・ガードナー。

 基本的に相手に近いほど魔法の威力は高くなるものだが、そんな世界で彼の超長距離射撃は驚異でしかない。

 獣並の視力と、達人級の腕前。それらが組み合わさった英国最強の狙撃手。彼に睨まれたが最後、寸分の狂いなく魔法が飛んでくると恐れられている。

 そしてエミルがここにいるという事は。

 レックス・アレンが、来る。

 

(チィ……アズカバンで監獄暮らしなんて御免だぜ。あそこにはシケた顔の連中しかいねえ、ヤれなくなっちまう。多勢に無勢、口惜しいがここは逃げるか……)

 闇祓いの精鋭達に傷ついた身体で戦ってはすぐに捕まってしまうと判断し、グレイバックは森の木々を掻い潜るように逃走。

 その気持ちの良い尻尾の巻きっぷりにシェリー達は面食らうが、そんなものお構いなしに彼は走っていった。

 シェリー達に加えて闇祓いまでもがこの森に集まっているという事は、ロン達が結界を解いて助けを求めたのだろう。ここからはもっと人が来る、その前に逃げなければ……と思考して、気付いた。

 平面だった地面が、弧を描いている。

 

(なんだ……?こんなところに、こんな急な坂なんてあったか……?)

 いや、違う!

 この辺りの地形が変わっている!

 坂がせり上がって壁となり、壁が盛り上がって天井となる。大地が歪み、グレイバックを閉じ込める檻となる!天地がひっくり返っている!

 天然の牢獄を破壊しようと力を込めたグレイバックは、自分の足下が沈んでいる事に気付く。砂地獄ができているのか?こんな森の中で?

 奴だ。

 レックス・アレンが砂魔法を使った!

 明朗快活な金髪の男が、風を切って歩いてくるではないか!

 

「すまない、ケンタウルス君達!ちょいと火急の用事のため、この辺りの地形を変えさせてもらうぜ!」

 

 アレンは「後で地形は直すから!」と気楽に言うが、いくら魔法を使っても辺りの生態系や環境に働きかける事ができるというのは、中々ふざけた量の魔力だ。

 彼が操るのは、大地。

 即ち──天変地異なのだ。

 どんな超一流の達人も、武芸者も、災害には敵わない。無力なのだ。ケージに入れられたハムスターのように、グレイバックは弄ばれていた!

 しかも、この砂はいやに重い。何だ?球体の何かが砂に混じっている──……

──魔法爆弾……!!

 カプセル状に包まれたそれがグレイバックに近付くと、鉄製の檻へと『変化』して関節部位を貫いた。

 チャリタリ・テナ……!

 この学園に忍び込んだ際に最も厄介だった彼女のトラップが、グレイバックに火を吹いた。

 

(チィ、どうせ逃げられないのならばせめて、ここで一人二人殺していこうか…!)

 

 そう思考してシェリー達の方を見やるがそこにはもうジキル・ブラックバーンが分厚い魔法壁を構築している。あの防御網を短時間で突破するのは、紅い爪があっても不可能だ。

 チェス・プロブレムのように、どんどん打てる手が無くなっていく。グレイバックの最高クラスの近距離戦を想定した戦術に徹底された布陣。付け入る隙はなかった。

 闇祓いには、二度同じ手は通用しない。

 狂気の人狼はいよいよ自分の完全敗北を認めざるを得なくなってしまった。

 

(クソ……完敗だ……!!)

 

 かくして。

 一時間強の攻防を経た戦いは、ようやく終わった。

 




◯時間簒奪
相手から数秒間だけ時間を奪う。
時間を奪われた相手は動きが極端なスローモーションになってしまう。
今のベガでは至近距離で当てる必要があり、一年に一度しか使えない。
ノロノロビームみたいなもん。

◯蒼き焔は静かに燃ゆる
守護霊+悪霊の火の合わせ技。
悪霊のフィジカルを炎でブーストし、炎の火力を魂を焼いて上げる荒技。恐ろしく精密な魔力操作が要求され、使い方を間違えれば死亡もあり得る。
スタンドみたいなもん。
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