1.WORLD CUP
「ここは、どこ……?」
その世界は匂いがしなかった。
どこまでも続く白い空間。どこに立っているかもあやふやで、そこが高いのか、低いのかすら分からない。
異質で奇妙な空間に、シェリーは恐怖に近い感情を覚えた。
ここに天井はあるのか、壁はあるのか。あるとすればどこなのか。今立っているこの場所は、本当に床なのか。
平衡感覚がおかしくなりそうだった。
「ここは君の心の世界。……もっと正確に言うなら、君とぼくの世界だ」
声のする方に振り向いた。
……知らない顔だ。
黒髪の少年。
シェリーは一瞬警戒したが、その顔を見てどこか懐かしいような気分になった。
心がざわめく。
彼を見ると、欠けていた部分が埋まっていくような気持ちになる。
「あなたはだあれ?」
「ぼくは、君の──だ」
ノイズが酷い。
出来損ないのスピーカーのように、雑音が混じって聞こえなくなる。
「ここはどこ?」
「…君はどこだと思う?」
「………ぼんやりだけど段々と輪郭が見えてきた。何かドーム状の……夕焼けの……キングズ・クロス駅?」
「生と死の狭間、存在と非存在、現実と非現実。君がそう言うんなら、そうなんだろうね。ここにいるのは君とぼくだけだ」
精神世界というやつだろうか。
なるほど、キングズ・クロスには列車が一台も無いし、人気もない。これが精神の中の世界だとすれば納得だ。
しかし、不気味なものだ。
紅く染まった空には紫色の雲が浮かび、黄色い太陽が煌々と輝いている。落ちかけた夕陽が悪辣に笑っているようだ。
シェリーはこの場所に対する若干の居心地の悪さと、少年に対する謎の親近感の二つを感じていた。
「シェリー、覚えているかい」
「え、な、何を?」
「君が初めて自分に不思議な力があると自覚した日のことだよ。魔法使いは、普通、幼少期に魔力の片鱗を見せるものだ。自分の身を守るためにね」
「………?」
「例えば二階から突き落とされた時、自分の身体が鞠のように跳ねたり。例えば丸坊主にされた時、次の日には髪が元通りになっていたり。例えば友人を守ろうとした時、蒼い焔が辺り一面を焼き尽くしたり」
「…………」
「だが君にはそういった不思議なことが何も起こらなかった。理不尽ないじめを長年受け続けてきたのに、君の本能は魔法を使って自分を護ろうとしなかった。
……君は自分が傷付けられるのが当たり前だと思い込んでいたから。だから君の周りで不思議な事が起こる事もなかったし、自分が魔法使いだなんて思いもしなかったんだ」
──心当たりは、ある。
「だが一度だけ、君は無意識のうちに魔法を行使した事がある。………子供の頃、友達になった子がいただろ?いつも独りだった君に優しくしてくれた子。その子は君を虐めていたグループに眼をつけられ、辱めを受けた。それを知った君は、怒りのままに魔力を放出したんだ。それが始まり」
「……そんな事も、あったね」
「その子は君を恐れて逃げていってしまったけれど……ま、それはいい。あの時の、自分の中の感情を再び爆発させるんだ」
「………感情を爆発?」
「そうさ。君はあの時、誰に怒っていた?何に怒っていた?思い出せよシェリー」
なん、だ。
この少年は、何を言い出してる。
「思い出すんだ。あの時の感覚を。自分の中に宿る焔を解放してやれ。気にする事はない、だってあいつ達はただの薄汚い害虫なんだからさ」
「…………害虫?」
「思い出せないんなら手伝ってやるよ。君が、どれだけ罪深い事をしたのか──…」
「………、………」
悪夢からの目覚め。
過去のトラウマが何度も蘇る。その度に割れんばかりの頭痛がシェリーを襲う。
起きて早々に運動した直後のような倦怠感があったが、シェリーはそれを無理矢理覆い隠した。
(……駄目だ。私の苦痛をここの人達に気取られちゃ駄目だ。優しい皆んなはきっと私の事を心配する、だからこそこんな所は見せちゃ駄目だ。………、よし、行こう)
「おはよう、皆んな!」
「おう、シェリー!おはよう!」
シェリーはウィーズリー家にやって来ていた。というのも、アーサー氏が魔法省のコネでクィディッチ・ワールドカップの特等席のチケットを入手したらしく、その観戦に誘われたというわけだ。
同じく観戦に誘われたハーマイオニーと一緒にブルーベリージャムを塗りたくったトーストを食べると、夏休み中は何を過ごしたかについて語り合う。やれ宿題はどうの、クィディッチは今どのチームが勢いに乗っているだの。そんな話をしている内に夢の事は忘れてしまった。
昼過ぎ、ようやく寝惚け眼で起きてきたロンとジニーの宿題を手伝う。フレッドとジョージが先の試験で良い点数を貰えなかった事へのモリーのお叱りがBGMだ。
昼になると、働きに出ていたウィーズリー家の長男次男達が帰省してきた。
「初めまして、シェリー。いつの間に新しい兄妹ができたのかと思ったよ」
「あなたは……えっと、ビル?」
「ああ。弟達が世話になってるね」
ウィーズリー家の長男は何ともフランクに話しかけてきてくれた。
しかし、主席だったと聞いてパーシー路線の真面目一辺倒な苦労人の長男だろうと思っていたのだが、当の本人は長い髪にピアスだらけの耳というベガ路線を突っ走っている見た目だった。これでグリンゴッツ勤めなのだから驚きだ。
ビル曰く、『呪い破り』という仕事は破天荒な人間が多いので格好を合わせているのだとか。成程、ウィーズリーの名に恥じぬ紳士ぶりだ。
「や、我が愛する弟達も久しぶり。おっとチャーリー、色男になったな」
「ああ。ドラゴンが挨拶代わりに火炎を吐き出してくるのさ。おかげで身体中が火傷まみれさ」
ウィーズリー家にしては背が低いものの筋骨隆々の肉体を持つ彼は、次男のチャーリーだ。かつてグリフィンドールを何度も優勝に導いた名クィディッチ選手だったのだが、大の動物好き(特にドラゴン)が昂じてルーマニアでドラゴンの研究をしているのだという。タンクトップから覗く筋肉はドラゴンと毎日触れ合っている証拠だ。
ハグリッドとも大の仲良しで、在学中は毎日のように小屋に入り浸り魔法生物について語り合ったのだとか。その縁で、かつてのノーバートも彼の所で引き取ってくれているらしい。
「チャーリー兄ぃ、それじゃガールフレンドの一人もいないんじゃないのかい?」
「言ってやるなよ、こいつはクィディッチのプロチームの誘いを蹴ってドラゴンの仕事を選んだ男だぜ?文字通り仕事が恋人ってやつさ」
「お?やるかビル兄?」
「望むところさ」
「………け、喧嘩?」
「いーや、兄弟同士のじゃれ合いさ」
彼等は庭に飛び出し、杖でテーブルや椅子を空中に浮かせては派手にぶつける。成人している魔法使いならではの戦いだ。
魔法界は大抵の怪我なら治ってしまうため、危険なスポーツが好まれる傾向にあるのだが、落ち着いた性格の二人がこうもパワフルにじゃれ合っているのは驚きだ。
昼になると、大量の食事を作るモリーを女子達で手伝う。流石に総勢十一人で食事するには家の中は狭いので、外で立食パーティーだ。
賑やかに話していると、就職している兄達から進路のアドバイスを受ける。すると自ずと今年から社会人のパーシーの話題へと移った。なんと彼は魔法省の国際魔法協力部で働いているらしい。
「魔法省で働けるなんて、すごい!十徹した甲斐があったね!」
「いやああれは地獄だった……途中から記憶が飛び飛びになってるんだよね」
「でも今の生活もあまり変わらないよな。夜遅くまで起きてるみたいだし」
「禿げるぞ?」
「洒落になってないよ父さん。ああ、夕食を食べたらすぐにまた報告書を纏めないといけないんだった」
「パース、また大鍋の底がどうとかって報告書なの?」
「ああ。恥ずべき事だが、僕は魔法省に入るまで何も知らなかった無知な男だったと思い知らされたよ。大鍋の底の基準が均一化されてないなんて由々しき事態だとは思わないかい?」
「パーシーは頭は良いが馬鹿だなあ……」
なんでも、彼の上司のクラウチ氏なる人物にゾッコンなのだとか。仕事熱心かつスマートな頼れる男クラウチ氏は、パーシーにとって理想の上司なのだ。
パーシーは仕事と上司に恋している。とは、フレッドの言だ。
恋しているといえば、もう一人。
「ハーマイオニー、これ君の分の食事。皆んなに遠慮して全然手をつけてないだろ?ちゃんと食べなよな」
「えっ!あ、ありがとう……」
「……ロンったら、いつの間にあんなに気を遣える男になったんでしょうね」
「うん、ロンはすっごく優しいよね!」
「これは今年あたり、何か発展があるかもしれないわね……ふふふ、楽しみだわ」
「お?なんだなんだ、ロニー坊やにもいよいよ春が訪れたのか!?」
「おいおい何だよその話、兄ちゃんにも詳しく聞かせてくれよ!」
いつになくニヤニヤし始める兄妹達に、鈍感なシェリーは首を傾げた。
「ああ、シェリー。あの二人の間には恋という感情が芽生えつつあるのさ」
「…………えっ!!??」
「ハハ、初々しいねえ」
「ロンとハーマイオニーが、恋…………!素敵!わーっ、恋!二人が恋人かぁ!」
「ハーマイオニーはお姉さんぶるからシェリーやロンによくお節介を焼くけど、ロンには特にそれが顕著なのよね」
「恐らくお互いに恋の矢印が一方通行だと思い込んでるタイプだな、ありゃあ」
「なまじ三年も一緒だったからなあ、逆にそれが障害になる場合もある。この気持ちは恋じゃなくて友愛なんだ、って勘違いするパターンな」
「仲、取り持ってやろうぜ!」
「うん!わーっ、まさか二人が……!」
(さっきからあの集団はこっちを見て何をニヤニヤしてるのかしら……)
「?」
嫌が応にも口角が吊り上がる。
男女三人組となると、たいてい一人が割を食ったりするものだが、シェリー達の場合は大丈夫なようだ。
数々の困難を乗り越えていく内に、普通の少年の中に確かな騎士道精神を持ち合わせるようになったロンは、今やウィーズリー家の名に恥じない男となっている。色々と危なっかしいシェリーやハーマイオニーを守るために精神が大人になってきているというわけだ。
特に、皮肉屋だが優しいベガや、時に勇敢だが時に穏やかなネビル、そしてライバルのドラコの成長は、彼の男としての成長に大きく貢献しているといっていい。
彼はもういっぱしの男なのだ。
そんな彼も、とあるクィディッチ選手に恋していた。
「いやあクラムは凄いよ弱冠17歳でブルガリアの代表選手になっちまうんだからアイルランドも名選手揃いだけどクラムは飛びっきり凄い選手でああそういやイングランドの今年の惨状ったらありゃしないよなトランシルバニアにボロ負けしたしああバグマン時代のワイムボーン・ワスプスとか凄かったのになあいや凄いといってもクラムには及ばないんだけどね?」
「………………ええ、そうね」
「ロン……」
「俺達がサポートしないと駄目だありゃ」
人としては成長した。
だが恋愛経験値は足りてない……!!
翌日。
早く目が覚めたらしいハーマイオニーにジニー共々起こされると、シャツの上から長袖のパーカーを羽織る。シェリーはあまり肌を見せる格好が得意ではない。古傷や青痣がどこかに残っているのではないかと不安になるからだ。
その女っ気のなさに、近頃はそれを見かねたハーマイオニーやジニー、ラベンダーやパチル姉妹などが彼女に服を提供する有様だ。しかも最近はあのペチュニアがシェリーに「近所の人に不審に思われないように身嗜みはきちんとしなさい」とお金を渡してくれるようになった。
まあシェリーなのでこういう地味で質素なものしか買ってないのだが……。芋っぽいジャージを買ってきた時は何故かペチュニアに怒られた。
ともあれ、年頃の少女にしては少々地味だが今のシェリーは昔に比べると遥かにまともな格好をしていた。
「さーて、じゃあ姿あらわしを使える組は後で合流しよう。まだ未成年で使えない組は私が案内する」
「俺達も来年には使えるようになるのになあ。ああ、待ち遠しいぜ」
「ハハ、じゃあ行こうか。ストーツヘッド・ヒルの辺りまで歩いていくよ」
「?クィディッチ会場にそのまま行くんじゃないの?」
「ああ、シェリー達はその辺りの事情を知らないんだったね。歩きながら話そうか」
アーサーに連れられるままに、のんびりと歩く。彼の説明によると、『移動鍵』なるものを使ってクィディッチ会場まで飛んでいくのだとか。
「魔法使いの移動手段は何があるか知ってるかい、シェリー、ハーマイオニー」
「ええっと、箒と姿あらわしと……」
「煙突飛行粉、アジア圏では空飛ぶ絨毯も一般的ね、こっちでは生産コストの問題であまり使われていないけど。夜の騎士バスも候補の一つに入るわ。
……そして、最後の一つが移動鍵」
「素晴らしい。グリフィンドールに一〇点だ!」
クィディッチ・ワールドカップのように十万人という人が行き交う大規模な魔法使いの祭典を開くにあたり、魔法省は検討に検討を重ねた。
まずは場所作り。ダイアゴン横丁に会場を集めるのでは確実にパンクしてしまう、よって人里離れたマグルのキャンプ地近くの森に会場を設営する事に決定。
そして次に直面した問題は移動だ。いくら魔法省が尽力したところで、十万人もの人間がいればそれを隠し通す事などできはしない。杖を持った妙な格好をした集団、絶対に目立つ。
そこで魔法省はチケット毎に移動日を定めた。安いチケットしか買えなかった者は一週間以上も前からキャンプ入りしなければならない。シェリー達は良いチケットなのでその心配は無いわけだが、それはまあアーサー氏のコネと人徳の結果だ。
「で、肝心の移動手段だがね、距離が遠い者は姿あらわしを使い、近い者は徒歩で確実に向かう。距離が遠く魔法を使えない者は箒だね。まあマグルの交通機関を使う者もいるが、それはごく稀だ。
……途中まで本気で私もそれで行こうと思ってたんだけどね。電車とか……」
「ちょっと冒険が過ぎるわ」
「こほん、ともかく。それ以外の大多数は……そう、これを使うんだ」
「?………長靴??これが移動鍵なの?」
「そうだよ。触れれば別の地点まで移動できる魔道具だ」
見た目は何の変哲もない長靴だが、とんでもなく高度な魔法が使われているのだとか。見た目がショボいのはマグルに持ち帰られないための配慮だ。(魔道具なのでマグルにも反応してしまう)
イギリスにはこれが二百ほど設置されており、仕事柄マグルに詳しいアーサー氏はこの設置によく関わっていたらしい。
「そうそう、君達もよく知るチャリタリもこの仕事をさせられていたなあ。彼女は魔道具に詳しいからね、他の仕事をよく回されるんだ」
「チャリタリ、可哀想に……」
「じゃあ父さん、移動鍵で早いとこ移動しちまおうぜ」
「ああ、ちょっと待ってくれ。もうすぐ他の家も来るはずだから──おっ!エイモス!こっちだ!」
「やあアーサー!久しぶりだな!セド、おいで!ホグワーツの皆んなだぞ!……いや寮違うんだったか?」
「寮は違くとも皆んな友達さ、父さん。やあシェリー、久しぶり」
「セドリック!久しぶり!」
「ちっ」
「誰が友達だよ」
「あ、あれ?」
ハッフルパフの監督生にしてシーカー、セドリック・ディゴリーは困り顔をした。
フレッドとジョージは先のクィディッチ対抗戦で苦い思いをしているため、彼に対する態度がやや厳しいものとなっているのである。去年、彼達のブラッジャーを喰らっていないのはセドリックとレイブンクローのロジャーだけだ。
しかし少し見ない内に、その身体は更に磨かれとても凛々しいものとなった。今年の対抗戦も苦労するだろう。
「はは、手厳しいな」
「いやあ胸を張れ、セド!お前はあのシェリー・ポッターに勝った男なんだ!」
「ちょ、本人を前に……父さん、だから何度も言ったようにあれは事故で」
「だがお前は落ちなかった!そうだろう?どちらが優れたシーカーかは誰でも分かるってもんだ、ハハハッ!」
「だからそれは……あー、ごめんね」
「ううん、大丈夫。息子さん想いの素敵なお父さんだね!」
「そう言ってもらえると助かるよ」
セドリックはにこやかに微笑んだ。
「お前達、仲良くするんだぞ?そうだ、特にフレッドとジョージ。その顔はやめなさい失礼だろう。エイモス、他に誰が来るか知ってるか?」
「フォーセット家はチケットが手に入らなかったと嘆いていたしな……ああ、ラブグッドがいたんだったか」
「へえ、あのラブグッド家が……おや、噂をすれば」
「やあアーサー、エイモス。久しいな」
「ゼノフィリウス!雑誌の方は順調か?」
「ボチボチだ。ルーナ、挨拶なさい」
「ルーナ・ラブグッドです」
ぺこりと頭を下げたのは、どこか浮世離れした少女。濁ったブロンドの髪から見え隠れしているのは、カブのイヤリングだ。
……チームの応援グッズにあんなものあっただろうか?
「ルーナ!久しぶり!」
「久しぶり、ジニー。あんたも元気してた?」
「あれっ、二人は知り合い……?」
「うん。ちょっと変わってるけどとっても良い子よ!」
「あれ、あんたシェリー・ポッターだ。あんた私の事覚えてる?」
「………えっ?」
「ああ、やっぱり。あの日の事は皆んな忘れちゃってるんだね。この前ハグリッドから聞いたモン。別にいいけど」
「?何の事か分からないけど、よろしくねルーナ!」
「!うん……」
シェリーが笑顔で握手を求めると、彼女は少し顔を赤らめた。
さて、時間も押している。全員が輪になって長靴を囲み、そして掴む。大勢が地面に寝そべっているのは中々シュールだ。
時間になった。
周囲の景色が周り出す。まるでプロペラに括り付けられている気分だ。段々と気持ち悪くなってきたシェリーは向かいのルーナが眼を瞑っているのを見て、成程と思い自分も閉じてみる。……少し楽になった。
アーサーの「手を離すんだ!」という指示に従うと、地面に風を感じた。いや、いつの間にか宙を舞っていたのだ!
「んぎゃっ!」
地面に叩きつけられると同時、ハーマイオニーの下敷きになった。……変な声が出てしまった。
尻餅をついたハーマイオニーに謝られると、セドリックに手を差し出される。すごく紳士である。受付に話をすると、それぞれのキャンプ地へと移動した。去り際にセドリックとルーナから手を振られる。
さて、いざテントの設営である。マグル大好きアーサー氏の提案により素手で建てる事になったわけだが、マグル育ちのシェリーもハーマイオニーも経験はない。少ない知識を元にハーマイオニーが主導してくれなければ設営すらできなかっただろう。
しかし中は立派なもので、空間拡張の魔法でアパートの一室のように広くベッドまで置かれてあった。至れり尽せりだ。
アーサーはマグル風の火起こしも体験しようと言い出した。他の客は魔法で火起こしをしているのに、だ。やりたいだけなのでは……?
「おじさま!いくらマグルでも錐揉み式の火起こし機なんて使わないわ!マッチあるから、ほら!」
「何言ってるんだいハーマイオニーこんな棒っきれで火が着くわけないだろう?うわ着いた!?君は魔女か!?」
「いやあなた達がいつもやってる事じゃないのよ!!!」
「……あれで一年の時は薪がどうこう言ってたんだよね、ハーマイオニー」
「成長を感じるよな」
暇したシェリー達は土産物屋を物色し始める。ワールドカップ決勝だけあって、多種多様、色んな人間が跋扈しているのは面白いものがある。
明らかにマグルの格好を誤解した老人が魔法省の役人に怒られていた。……マグルのネグリジェを気に入ったらしいが、事情を知るシェリー達からすれば中々にとんでもない格好だ。
この祭りはヨーロッパ中の人間が集まっていると言っても過言ではない。ああいうイカス格好の人間が一人や二人いてもおかしくないだろう。
ヨーロッパだけではない。アジア・アフリカ圏の人間も来ているようだった。
「おォ──ッ!流石はワールドカップ!ここにはうけェ人がおるのォ!トヨハシ・テングの試合のついでに来た甲斐があったっちゅうもんじゃ!」
「騒ぐな粗忽者が」
アジア人らしき少年二人がやぐらの上に登り空を眺めていた。同じくアジア人らしき少女が、下から何やら違う国の言葉で叫んでいる。
「何やってるの!降りてきなさい!」
「いやァ、ここからの景色は良いぞォ。色んな国の人間が歩いとる。圧巻じゃなあ」
「お前もこっちに来い、素晴らしい眺めだぞ。句がいくらでも詠めそうだ」
「馬鹿!あんた達ももうマホウトコロの七年生なんだからきっちりしなさいよ!」
何を喋っているかは分からないが、どうやら二人を下ろそうとしているらしい。その様子は何だか、馬鹿な男子に怒る学級委員のようだ。ハーマイオニーがどこかシンパシーを感じたような顔をしていた。
……マホウトコロ?
どこかで聞いたような。
「あっ、バジリスクが言ってた!確か、ニホンの魔法学校だ!」
「ジャパニーズ?ああ、通りであんな変なことやってたわけだ」
「どんな偏見があるのよ」
礼儀正しいとされるニホンにも、あんな馬鹿がいるのだなあ。まあこんなお祭り騒ぎなのだから一人や二人いるか。
ジャパニーズの他にも、よく見ればチラホラと違う国の人もいるようだ。学校が観戦を主催しているのか、制服を着ている女生徒達も見受けられる。歳はあまり変わらないだろうか?
しかしまあ、ホグワーツとは制服の作りが大分違うようで。ブルーを基調としたシルクのドレスの上からケープを羽織り、ちょこんと帽子が乗っかっている。女子校のようだ。何とも可愛らしい。
彼女達は顔を近付けて、何やらぺちゃくちゃとお喋りしていた。
「フラーお姉様ったら、折角のワールドカップなんだから来れば良かったのに」
「うんうん。人混みは嫌いだからって言ってたけど、フラーお姉様が通るところは常に野次馬ができるんだし」
「「ねー」」
フランス語だろうか?
よく聞き取れない
「どこの学校だろうね?」
「あれはボーバトン校の制服ね。フランスの魔法学校で、たしか、ピレネー山脈に校舎があるんじゃなかったかしら」
「よく知ってるね、ハーマイオニー」
「一年生の時にマクゴナガル先生に色々と質問したのよ。他にも魔法学校はあるんですか、ってね。もしかしたら私もあそこに入っていたのかもしれないし」
「ソウナンダ………」
「……ロン、鼻の下が伸びてるみたいだけれど?」
「えっ!?いやいや、全然見惚れてなんかないって!」
「行きましょうシェリー」
「ちょっとおおお!?」
ハーマイオニーは少し不機嫌になった。
嫉妬か。恋する乙女だ。
二人には申し訳ないがシェリーはニヤけ顔を必死で我慢していた。
さて、試合開始まであと約一時間。あちこちで興奮による馬鹿騒ぎが勃発し、魔法省がその対応に追われている。……役人も大変だ。
試合に行く準備のために三人がテントに戻ると、ビル、チャーリー、パーシーがやって来ていた。姿あらわしできる彼達は早起きしなくて済むのだ、と考えてちょっと羨ましくなった。
観客席は、最上階。ゴールポストのど真ん中にある最高の貴賓席だ。チームの動きがよく分かる良い席。アーサーはこの席を取るのにどれだけのコネを使ったのだろうか。悪い大人だ。
そのボックス席には、既にサポーター用のクィディッチ・ローブを着た快活な男がウイスキーをあおっていた。
「ひっく!よう、アーサー!」
「ん?おお、時の人!ルードじゃないか!もう出来上がっているのかい?」
「こんな日に飲まないでいつ飲むってんだ!?ほれ、お前も一杯どうだ!」
「え、じゃあ一杯だけ……」
「ママに言いつけるわよ」
「ごめん」
「おっと、こりゃ参ったね。相変わらず尻に敷かれているらしい………おうおう、やるねえロニー坊や!両手に華たぁまさにこのことだ!美少女二人も侍らせて、中々のやり手じゃねえか」
「びっ……!?」
「い、いやーバグマンさん、そんなアレじゃあないですよこの二人は!」
(美少女二人?ハーマイオニーと、もう一人は誰のことだろう?)
シェリーは疑問符を浮かべた。
ロンの説明によると、彼はルード・バグマンという魔法省の役人で、かつては生粋の名ビーターだったのだとか。その縁で今は魔法ゲーム・スポーツ部に勤めているらしい。ロンも子供の頃に一度会った事があるのだとか。
シェリーも雑誌の特集で一度目にした事はあるが、時の流れとは残酷なものだ。今の出っ腹では箒に乗るのすらままならないだろう。
ここで彼の同僚のクラウチ氏を待っていたそうなのだが、来たのは席を取りにきた屋敷しもべ妖精だけ。仕方ないので酒を飲んで待っていたらしい。……それにしては酒瓶の量が多い気もするが。
「一人でこの量を飲んだの……?」
「いやいや、まさか!オーイ、ダンテ氏!ちょっと来てくれ!」
バグマンが手を振ると、その偉丈夫はすぐにやって来た。
「おや、あなたは……」
「ああ!さっきそこで仲良くなったダンテ・ダームストラング氏だ!いやあ彼も中々イケるクチでな、二人で飲んでたってわけよ!」
「がっははは!ダンテだ、よろしく!」
「……もしや、去年ダームストラング校の校長になられたという?ああ、これはどうも初めまして」
「堅っ苦しい挨拶は抜きだ!ここにいるのはただのクィディッチ狂い、そうだろバグマン!?」
「違いない!」
品の良いスーツを着込んだ中年の男は、がははと豪快に笑った。しかしその風貌は教師というよりはならず者といった佇まいで、整えられた髭とスーツはマフィアのそれを連想させた。
しかしそれらを抜きにしても、彼は男としての魅力に溢れていた。
外見から見るに四〇〜五〇代くらいなのだろうが、同年代の男性と比べても筋肉質だし衰えも感じさせない。口に咥えた葉巻が様になっており、ロンやフレッド・ジョージなどは眼を輝かせていた。それに気を良くしたのか、ダンテ氏は「俺と試合の賭けでもするか!?」とギャンブルを持ちかけていた。……アーサーに見つかって怒られていたが。
「シェリー、ダンテ氏には気を付けろ。彼の通り名は『黒髭』。二〇年ほど前に北方魔法界に颯爽と現れ、その手腕で北にダームストラングありと言われるまで上り詰めた重鎮。……だが彼の出生や出身については誰も知らないんだ。
悪名高いダームストラングの血を引いているというのもそうだが、彼自身も色々と悪い噂を聞いてる。風評で人を判断するのはいけないが、あまり関わり合いにはならない方が良い相手だよ」
「う、うん。分かったよおじさん」
「結構。……っと、あまり関わり合いになりたくない人物がもう一人」
アーサーが睨んだ先には、同じく眼光鋭いルシウス・マルフォイ。そしてその子供達もやって来ていた。
何故ここにいるのかと思ったが、彼も魔法省の要人。当然といえば当然か。
「やあアーサー、この席を取るのに家の財産をいくら売り払った?それとも去年のガリオンくじが残っていたのかな、よほど節約が好きとみえる」
「ルシウス……」
「ハッハー!数ヶ月ぶりだなポッター!」
「久しぶりですねポッター!」
「わぁ、久しぶり!ドラコ、コルダ!ワールドカップ楽しみだね!」
「ははは、そうだな。特に僕はブルガリアのクラム贔屓でね、って違う!そういう話をしにきたんじゃない!」
「?えーとじゃあ、あっ!ねえねえ、二人はどっちが勝つと思う!?」
「ははは、そこはやっぱりイングランドの勝利じゃないか?クラムは凄いが、アイルランドはチーム力で勝ってる。あそこの連携は目を見張るものがあってね……」
「お兄様!ペースに呑まれてます!」
「!?しまった!クソ、退散だコルダ!」
「何しに来たんだこいつら」
ロンの言う通りである。
アーサーは未だに苦々しげにルシウスを睨んでいて、ルシウスも負けじとキツい眼光を返している。二人の関係は相も変わらず変わっていないらしい。子供達は普通に接しているというのに。
彼に続く形で、イギリスの魔法省大臣のファッジが豪奢な服の男とやって来る。彼はブルガリアの大臣らしい。
「やあや、皆さんお揃いで。クラウチはいるかい?彼に通訳を頼みたいんだが」
「見ねえなぁ。来てるのはあいつの屋敷しもべだけだな」
「何?今日は人運が無いな、アレンのボディーガードも予約待ちだからって断られてしまったし。……ああそうだ、ミスター・ダームストラング?さっき君の子供達と会ったから連れて来たけど」
「何!?それはすまねェことを!オーイ、お前達!どこで道草食ってたんだ?」
「悪ィね父上、露店回ってたら遅くなっちまってさ。『食事』に時間かかってよ」
「…………ごめんなさい父上………」
「ったく……、ああ、皆さん。紹介させてくれ。私の愛する子供達だ」
二人はクラウチの影から出てきた。
ダンテは見た目も中身も豪快だったが、その二人はどこか華奢だった。
「兄の方はネロ・ダームストラング。ちょいと俺に似て奔放すぎるが、これでも自慢の息子だ。ダームストラング校じゃ毎年首席を取ってる」
「ご紹介に預かりましたァ、ネロ・ダームストラングです。どうぞお見知りおきを」
黒髪の美男子。
シェリーとハーマイオニー、ジニーに向ける視線に含みがあるのを感じたロンは少し警戒した。彼からは、ベガと同じプレイボーイの匂いがする。
彼はへらへらと、どこか飄々とした様子で、軽薄そうに笑った。
……なんだろう、この違和感は。
「こっちの方はリラ・ダームストラング、ネロとは双子の妹だ。引っ込み思案なところがあるから優しく接してやってくれ」
「…………どうも」
ネロとは打って変わって、陰鬱な雰囲気の少女だ。眼を逸らしてこちらに向けようともしない。ダンテの話が終わると、すぐに兄のネロの陰に隠れた。
猫背で下を向いている様は、暗いを通り越して闇さえ感じさせる。人と話す事に難があるらしい。
せっかくのワールドカップなのに何故盛り上がっていないのか、ロンはさっぱり理解できていないようだったが。
……しかし、ダームストラング家の人々はとても深い黒髪だ。
吸い込まれそうな、どこか心がザワつくような。そんな色を──
(…………ダンテさん、ネロ、リラ………何であの人達の事が気になるんだろう……今会ったばかりなのに……)
「どうしたの?シェリー?」
「いや……人が大勢いるからかな、ちょっと頭が痛くて。………それに、あの子」
「?えっと、リラ?がどうかしたの?」
「あれ、防御のポーズだ……。私も昔、ホグワーツに通う前によくやってた。……外からの攻撃に怯える姿勢………」
「おい、始まるぞ!」
『──お待たせいたしました皆さん!!』
ルード・バグマンの『拡声』された声が試合会場全体に響き渡った。すると同時、魔法のスクリーンが上空に映し出される。
生粋のエンターテイナーのバグマンが興奮しきった様子でまくしたてる。彼も元はワスプスのクィディッチ選手、この試合に興奮しないわけがない。
バグマンが観客席のボルテージを満タンまで高めたところで、景気の良い破裂音が鳴った。そしてピッチに響き渡るのは熱いロックン・ロール。
見ると、瀑布の中心に音楽ユニットがいつの間にかギターやドラムらしきものを構えていたではないか。
「おい、見ろよアレ!『ザ・サーベラス』だ!マジック・バンドの!」
「サーベラス……?」
「知らないのかいハーマイオニー!アメリカ出身の、今一番ホットなミュージシャン達さ!」
「イギリスの妖女シスターズと魔法音楽界で双璧を成すユニットなの!今この二つのバンドがチャートを独占してるのよ!」
(知らない……)
「でも凄いこの曲……!かっこいい!」
「だろ!?」
イギリスはロック・ミュージックの聖地と言われる程に多くのシンガーを輩出しているが、それは魔法界でも同様だ。
しかしその弱肉強食のイギリスに新しい風を吹かせたのは、アメリカ出身のうら若い学生バンドだった。そして今、サーベラスはアウェーな環境にあって観客達を魅了している。
彼等の熱く切ない音楽がクィディッチ・ピッチ中に響き渡ると、お次は両チームのマスコットによるセレモニーだ。
ブルガリアは美しい女性のヴィーラ。彼女達の情熱的なダンスは男達を魅了し、野太い歓声を上げさせる。アイルランド側まで興奮してた。
アイルランドはチャーミングな髭のレプラコーン。火の玉になってピッチを飛び回り、魔法のコインを撒き散らす。皆んな血眼で拾った。ブルガリア側まで拾ってた。
結局、ここにいるのはお祭り騒ぎが大好きなクィディッチ狂いどもばかりなのだ。
両チームの代表選手が七人揃う。
一人出るごとに爆発的な歓声が上がったが、地面が揺れるかと思う程の歓声が上がったのがクラムだった。体格、飛行、姿勢。そのどれもが洗練されていて、とても十八歳には見えない。
「本物のクラムだ!わーっ、クラムが動いてる!生きてるぅーっ!」
「そりゃそうでしょうよ」
「見ろよあの肉体!すっげえなあ、僕もああいう風になれたら……」
「ん?えっ、もしかしてロンお前……」
『──クィディッチ・ワールドカップ開幕!!!』
▽▽▽▽▽▽
「アイルランドの勝利に乾杯!」
「そしてクラムの見事なるスニッチ・キャッチに乾杯!」
フレッドとジョージの号令で、掲げたグラスを合わせる。テント内は、いやアイルランドのサポーター達のキャンプ地は大盛り上がりだった。
しかしそれはブルガリアも同じだ。敗れこそしたが、クラムの華麗なるキャッチを見て興奮しないわけがなかった。試合にこそ負けたが、勝負には勝ったのだ。この試合は未来永劫語り継がれていくだろう。
シェリーはチャーリーも含めた四人でプロの技の数々を語り合っていたし、ロンはロンでクラムのグッズを買い込んでいた。
「二人の予想がズバリ当たるなんてな」
「はっはは、俺も弟達を見習ってちょいとばかし賭けとくべきだったかな」
「いやあしかしダームストラングのおっさんは金払いが良かった!バグマンの旦那にも見習ってほしいね!」
「踏み倒されたんだっけ?」
「期待もしてなかったけどな。まあ何にせよ、これで夢の実現に一歩近付いたぜ!」
「夢?」
「親父がいない今がチャンスか。よく聞け、俺達はな──……」
「皆んな!大変だ!!」
「「おうわっとぁ!?」」
バグマンやダンテと一杯やりに行った筈のアーサーが、血相を変えてテントに飛び込んで来た。フレッドとジョージが椅子から転げ落ちるが、アーサーは無視した。
「全員いるな!?杖を持ってテントの外に出るんだ!荷物は持つな!早く!」
いつもは穏やかな彼の剣幕に押され、シェリー達は言われるがままに外に出る。
阿鼻叫喚の嵐だった。
閃光でテントが焼かれている。その犯人たる、死神のような面をした、黒ずくめの集団がこちらにやって来る。
キャンプ場の門番をしていたマグルの家族が宙に浮かび上がっている。それは、神に捧げる生贄のようだった。
「死喰い人………!!」
死を喰らう者。
死の飛翔に最も近い者達。
かつて、ヴォルデモートが率いた闇の軍団はそう呼ばれていた。
我が物顔で、暗黒時代の到来を告げるかのように、闊歩闊歩と。下卑た笑いを仮面の中に閉じ込めて、狂気の坩堝でただただ血の煙を立ち昇らせる。
そして彼等は、またも争いを生む。
「何アレ、何アレ!?」
「闇の魔法使いだよ!わーん、イギリスであんなの会うなんてぇ!」
「ひとまず逃げよ!」
「そーしよ!そーしよ!」
「何じゃあ、あの連中は」
「訳がわからんが、アレを見過ごす訳にもいかんだろうよ」
「はぁ、もう。せっかくのイギリス旅行が台無しね」
「ったく、あの坊ちゃんは。『彼』への忠誠も良いが、ちょいと度が過ぎてやいないか?俺にも立場があるってのに。
ネロ、リラ。守ってさしあげろ」
「はァいよ。承知致しましたよ、だ」
「………はい……」
(ああ、こんな時に!頭が痛む……!!)
──長い一年が、始まる。
始まりました炎のゴブレット編。
もうね……この章が書きたくて書きたくて仕方なかったよね……。ようやくだぜ……!