「どうやって年齢線を越えたの!?」
「いや越えたわけじゃ……」
「写真撮らせて!」
「ええとコリン、それはまた今度……」
「オーイ、赤髪姫と悪魔はお疲れなんだ!散れ!散れ!」
「コリン!写真撮影は今度だ!さっさと弟連れてって寝ろっ!」
気を遣ってくれたフレッドとジョージがシェリー達に集まってきた獅子寮の面々を散らしてくれた。
ソファに沈むと、ドッと疲れが押し寄せてくる。深い溜息が溢れた。
苦笑いしたハーマイオニーがホットミルクを出してくれる。今年こそは平和に過ごせると思っていたところにこれだ。流石に苦笑ものだろう。
「そっか。じゃあムーディーの見立てじゃ闇の勢力が絡んでるみたいなんだね」
「いやあ僕達は君が年齢線を越える方法を見つけたのかと思ったよ、ベガ」
「そうそう。シェリーを唆して、面倒事に巻き込んでるのかと」
「お前達……」
どうやらシェリー達をよく知るロン達からはベガが目立ちたいがためにシェリーを利用したという見解に至ったらしい。
流石に本気では思っていなかったようだが、ちょっとベガは傷ついた。
「ダンブルドアの引いた線を破るのは流石に今は無理だって……」
「それじゃあベガが犯人じゃないのね?」
「み、皆んな?ベガはそんな事する人じゃないよ……?」
「安心しなよシェリー、からかってるだけだから」
「いやぁベガね、この間のホグワーツ特急で狼のお菓子を見て身震いする程度には面倒事に懲りてるからさ」
「やめろや!」
去年のグレイバックは彼にとっても思い出したくない出来事だったらしい。
しかしからかってるにしてもベガに対する評価が散々である。シェリーは少し居た堪れなくなって、
「皆んなは私がズルして立候補したと思わなかったの?」
と言うと、
「いやだってシェリーだろ?」
「シェリーだもんね……」
「シェリーはそういう事しないでしょ」
「ベガはともかく」
「おい」
……逆にトドメを刺してしまった。
フレッドやジョージもシェリー達の無罪を信じているらしい。年齢線を越えようとしていた彼達はあの魔法の堅牢さを身を持って知っているというのもあるだろう。
シェリーが得意なのが攻撃系魔法に寄ってるというのもあるが、彼達は結界や妨害といった魔法に関しては数段上だ。その二人が突破できなかった年齢線を、彼女が越えれるわけがない。ベガはともかく。
さて、シェリー達を取り巻く環境は大きく変わった。
グリフィンドールは基本的に気の良い奴達なので二人も代表が出ることに単純に盛り上がっていたが、問題は他の寮だ。
獅子寮を目の敵にしているスリザリンは元より、友好的な関係だったハッフルパフの敵意の視線がキツかった。セドリックの脚を引っ張るなよと視線で訴えていた。何だったら視線で殺しにきていた。
レイブンクローは性格上、シェリー達を表立って非難する事こそなかったが、内心では快く思ってないか無関心なのかのどっちかだ。
他の学校からは物凄く舐められてる。
とはいえ理解者がいてくれるのはとても有り難い。少し居心地の悪いものを感じつつも、シェリーは前ほどの孤独は味わっていなかった。
「ちょっと」
「?えーと、あなたは……」
「パンジー・パーキンソンよ!この私の名前を覚えていないなんて、卑怯者ポッティは記憶力も悪いのかしら!」
「ああ、ドラコのお友達だよね。ごめんね、あんまり絡みがなかったものだから。それと私の名前はポッターだよ」
「うるさいわね!あんたの名前なんてどうだっていいのよ!」
パグ犬のような顔のスリザリンの少女はつっけんどんな態度だった。敵意剥き出しで今にも噛み付いてきそうな勢いだ。
ロンはシェリーを守るように立ち、ハーマイオニーは手を握った。
「これを見なさいポッティ!夜なべして作ったこのバッジを!」
パンジーが取り出したバッジには、ハンサム顔のセドリックの顔写真。そして『セドリック・ディゴリーを応援しよう』と書かれてある。
……まあまあ良く出来てある。
ほへー、と感心するシェリーにパンジーは気をよくすると、バッジを押す。するとバッジが汚い色に染まり、醜く歪められたシェリーの顔が映し出される。その上には『汚いぞ、ポッター!』という文字が。
……とても良く出来てある!
「うわ……」
「悪趣味……」
「わぁ、とてもよくできてるね!」
「……何よ馬鹿にしてんの!?」
「え?いや、そういうわけじゃ……」
「シェリー!先生が呼んでるわよー!」
「あ、ごめんね。私もう行くね」
「っ!待ちなさい、この……!」
シェリーとしては普通に褒めたつもりだったのだが、パンジーは適当にあしらわれたと思ったらしい。背後を向いたシェリーに杖を向けて、
「デンソージオ!歯呪い!」
と魔法を唱えた。
腹いせにしてはやりすぎだ。
警戒していたロンは大きな背中でシェリーとハーマイオニーを庇うように立ち塞がった。目を瞑ってやってくるであろう衝撃に備える。
「きぇえええええーーーーい!!!」
一閃。
彼は、どこからともなく現れた。
風よりも早く、人智を越えた速さで。
走ってきたというより最早、人間の形をした砲弾が突っ込んできたようだった。
ボサボサ頭のニホンの少年が鶏のような甲高い声を上げて踏み込むと、腕が千切れんばかりの速度で横に薙いだ。
居合切り。
杖の先に収束した魔力は刀状に変化し、パンジーの不意打ち気味の魔法に衝突。景気の良い破裂音がし響くと、もうその魔法は消滅した後で、ハヤトは杖を仕舞った後だった。
──嵐が通り過ぎた。
「ふしゅー。…おお、やるのおロン。咄嗟にシェリーとハーマイオニーを庇ったか。それでこそ英国男児、それでこそじぇんとるまんじゃあ」
「ど、どうも」
「な、なによあんた!?」
「何じゃい。ホグワーツの連中は気の良い奴達ばかりじゃと思っとったが、そういうわけでもないんかのう」
「あんた今何をしたの!?私の魔法を……た、叩き落としたってワケ……!?」
「違うな。叩っ斬ったんじゃ」
ハヤトは事もなげに言った。
だが、彼のやった事は簡単なようでいてとてつもなく難しい。
違う魔力どうしがぶつかれば、ふつう、魔力の小さい方が消滅する。魔力を限界まで収束させた刃であれば、叩き斬って消滅させる事くらい余裕だろう。
現にシェリーも決闘クラブでベガに似たような事をされている。
だが──驚くべきはそこではない。
ハヤトはあの一瞬で、跡形もなく消滅させるほどに濃密な魔力を練り上げたのだ。あんな一秒にも満たぬ時間では、逸らすか弾くかが精一杯だろうに。
ハヤトの神業に、シェリーはゴクリと唾を呑み込んだ。
「そんな、嘘よ!トリックがあるはずよ!いったい何をしたの!?」
「お前もな、パーキンソン。いったい何をしとるんだ」
「ヒィッ!?マ、マッド・アイ!?」
「後ろから襲うとは卑怯な!闇に堕ちる危険があるな!貴様!!ここでわしがその性根を叩き直してやる!!くたばれ!!!」
「ぎゃあああああ──っ!?」
イタチに変えられたパンジーは床にびったんびったん叩きつけられていた。合掌。
流石に可哀想になってきたシェリー達が止めてもムーディーはその手を止めず、騒ぎを聞きつけたマクゴナガル達がパンジーを解放するまでずっとそのままだった。
パンジーはその辺を通りがかったドラコに泣いて縋りついてた。トラウマになったのでは……?
「何もあそこまでやらなくても……」
「?戦に卑怯もクソもなか。じゃっどん、敵の戦意は折っとかんといかんじゃろ」
「うむ。そこは小僧の言う通りだな」
(発想が怖いよこの二人!)
「ポッター、こっちに来い。お前を呼んどったのはわしだ。ウィーズリーとグレンジャーは先に行っておれ。わしはポッターに用事があるのだ……」
やけに神妙な顔をしたムーディーは、五割増しで恐ろしくなっている気がする。シェリーを連れて歩く姿は犯罪者がいたいけな少女を拷問部屋に連れている図にしか見えなかった。
さて、ムーディーの部屋をひとことで表すなら──殺人現場だった。
長年の殺し合いで物事に異常に過敏になったムーディーはすぐ物を壊すらしく、部屋一面が『レパロ』でも直せないほど魔法の傷だらけになっている。
それを隠すように鳴り止まない隠れん防止器が置かれ、秘密発見機や敵鏡など、ムーディーらしいマジックアイテムがずらり並べられてある。去年ルーピンが使っていた時は清潔な印象があったのだが(彼は物を持ちたがらない性格だ)、住人が違うとここまで荒れるものか。
ムーディーはシェリーにお茶を出そうとして、やめた。毒の可能性があるものは極力飲まないようにしているらしい。
「わしは、優勝するのはダームストラングとマホウトコロのどちらかだと思っとる」
携帯酒瓶を煽りながらムーディーはそう切り出した。
「そうだろうが?ダームストラングは闇の魔術に深く突っ込んだ授業をやっとる。わし達の知らぬ未知なる魔法を奴達はいくつも持っとるのだからな」
初代ダームストラング校長は著名な闇の魔法使いとして有名だ。そのせいか、北方は闇の魔法について深く研究されている。
ネロはダームストラング校で最も優秀な魔法使いで、シェリーの歳には学校を掌握し、上級生や教師すら彼の言うことには逆らえなくなったという。
リラは、ムーディーの眼でも解析しきれぬ未知の力をその身体に宿している。
クラムは言わずもがな。クィディッチ選手の恵まれた肉体と、研ぎ澄まされた勘は必ずシェリーに牙を剥く。
「マホウトコロはその発足の経緯から、戦闘に特化した魔法を多く教えとる。さっきのサツマの小僧を見たか?ニホンにはああいうとんでもない手合がゴロゴロいる」
ニホンは、異常ともいえる戦狂いの連中が一つの島国に集められたような国だ。
例えばハヤトにあの身体能力で向かってこられたら、シェリーに勝ち目はない。
そのハヤトと互角に渡り合うコージローの技と速さも伊達ではないし、タマモは二人に追随する何かを持っている筈だ。
「ボーバトンやイルヴァーモーニーも油断ならんぞ。デラクールとフロランタン姉妹はあれでフランスの闇祓いからスカウトも来とるらしい。サーベラスもおちゃらけてはいるがとんでもない努力家だ」
それらの国は特段、戦闘の魔法に特化しているわけではない。
特化いるわけではないが、だからこそ彼達の使う呪文の幅は広い。シェリーの知らぬ魔法を持っている可能性が高い。
ムーディーは他の代表選手の事を甘く見ていたりしていない。歴戦の闇祓いとしての観察眼は、今年の代表選手達がいずれも傑物揃いだと知っている。
「ディゴリーはお前では及びもせん程の研鑽を積み重ねてきた。レストレンジの小僧の凄さはもはや説明するまでもないな?奴なら年上の魔法使い相手でも十分に通用するだろう」
「うん……二人とも凄い魔法使いだよ」
「だからあとはお前次第なのだ」
「………」
「お前があの二人の脚を引っ張るかどうかが勝負の分かれ目だ。お前が力を最大限発揮する必要がある。それでも優勝は厳しいだろうがな」
ムーディーは言外に言っている。このままでは優勝どころか、恥を晒すだけだと。
人の心までも見透かすような蒼い瞳に、シェリーの本音は溢れ落ちた。
「……私、自信ないや……。こんな事じゃいけないのに、駄目だよね……。でも…」
「ム……。いや、お前はその異名に恥じぬ戦いを繰り広げてきた筈で……」
「そんなもの偶然勝てたに過ぎないよ。全部皆んなの力があったから、運が良かったから何とかなった。でも今回も上手くいくとは限らない。……怖いなあ………」
シェリーは自己評価が低すぎる。
普通の学生ならば少なからず天狗になるような経験を積んでいるのに、過信までいかなくとも自信はつきそうなのに。それら全てを否定する。
そして彼女が怖がっているのは、二人の脚を引っ張ってしまわないかという点に尽きる。
時には友の為に死ねる程の強靭な精神になるが、時には友を思うあまり臆病になる難しいこころの持ち主なのだ。
ムーディーの眼が、睨むような眼光からどこか思案するような色に変わった。
「……、………。大丈夫だ」
「え?」
「お前ならきっと上手くやれる。今までどうして上手くいったのかを分析しろ。チームなのだからできない事は任せればいい。ああ、そう、きっと大丈夫だ」
「………ふふっ。ありがとう、ムーディー先生。優しいね」
ベルが鳴る。もうじきシェリーは次の授業の時間だ。彼女は短く礼をすると、荷物を持って去っていった。
ムーディーは椅子に深く沈み込む。
歴戦のイカレた闇祓いの凶悪な顔は、悩める少年のように幼くみえた。
「ありがとう……優しいね…………か……そう言われたのなんざ何年ぶりだ……?」
▽▽▽▽▽▽
「あーらあらあら!可愛いざんしょ可愛いざんしょ!各校の代表選手が勢揃い!素敵ざんすねー!」
宝石がゴテゴテとつけられた眼鏡、成金趣味のローブ、機能性よりブランドで選んだであろうバッグを身につけた魔女は、リータ・スキーター。
ジャーナリストとして最も最低な部類に属する彼女は、あることないこと記事に書いて平然と世に出す、極めて下劣な記者であった。
しかしその調査力は本物で、今回、代表選手のインタビューができる権利をもぎ取った女でもある。……実際はバグマンを脅して取材にかこつけたのだが。
「イヒヒヒヒ、取材が楽しみざんす。えーと、代表選手達がいる教室は……」
「ちょーっといいかい、スキーターさん」
振り向くと、軽薄な笑みを浮かべる高身長の少年。吸い込まれそうな黒髪に見覚えがある。確か……ダームストラングの代表選手のネロ・ダームストラング?
ダンテに取材をしに行った時、こんな顔の少年がいたような気がする。
「何の用ざんす?代表選手は別の部屋で待ってると聞いてるざんすよ」
「あァ、でも取材の前に少しだけ話をさせて欲しいんだよネ」
「後にして欲しいざんすねー」
「あんたを俺が見た中で一番の記者だと見込んで話をするけど、俺の見つけた特ダネを見て欲しいんだヨ」
「タレコミざんすか?へえ……話くらいなら聞いてもいいざんしょ」
記者としての嗅覚が、それなりに大きなネタであろう事を嗅ぎつけていた。
念のために形だけの羽ペンを出して、倉庫の中に連れ込み鍵を閉める。さてどういうネタかと渡された紙を見て、彼女はここに来た事を心底後悔した。
「どこでこれを………!!」
スキーターは渡された羊皮紙をぐしゃりと握り潰した。
蚊の動物もどきである事が知られた。
それだけならまだいい。ネロは、スキーターの後ろ盾となっていた闇組織や、預言者新聞や雑誌の編集長を掌握していた。
ネロはスキーターを社会的に抹殺できると暗に告げているのだ。
情報とは武器だ。スキーターは情報を使って人の弱みにつけ込んできたし、自分の身を守ってきた。
だが。
ネロは、スキーター以上の有用な情報をいくつも持っていた。
これが世に出回ったとしたら……。
「あんたは終わりだ。今までの地位も立場も財産も全て消え、追われる身になる。表の人間からも裏の人間からもな」
「………!!何が望みざんすか」
ジャーナリストとしての意地か、スキーターは睨み付けるように言った。
「へえ、流石だネ。今の一瞬で即座に気持ちを切り替えるとは。さすが、なまじ第一線で活躍する記者なだけのことはある」
「何が望みかと聞いてるざんす!!」
激昂するスキーターを、ネロはくつくつと面白そうに嘲り笑った。
「おお、怖い怖い。
──あんたの情報収拾力を俺のために使って欲しいんだよね」
「………!?あんたの手駒になれって事ざんすか!?」
「そうだネ。俺の駒として従順に働いて、俺の欲しい情報を身を粉にしてでも集めて欲しい。あんたの情報収集力を全て俺の為に使え。
────できるよな?」
「………、………。分かったざんす」
スキーターはよたよたと歩いた。
彼女は、プライドの高い魔女だ、情報で上を行かれた事に内心腑が煮えくり返っているし、脅す側の自分が脅されているのも腹が立つ。
だが今は耐えねばなるまい。
いずれネロの寝首をかいてやる。時間さえあればこんな小僧など簡単に社会的に殺せるのだ。今までだってそうしてきた!
いずれこいつの人生を台無しにして──
「……………!?な、何ざます!?」
部屋から出ようと扉に手をかけた時に気付いた。スキーターの手首に、黒い紋様が浮かび上がっている!
だんだんと濃くなるこれは……蛇だ!蛇の形の紋様が、まらで刺青のように腕に現れていく!
「ああ、言い忘れた。
あんたの体内に魔法の蛇を入れさせてもらったゼ。そいつは悪意に敏感でな、あんたが俺に反抗しようとするとそれを察知して身体の内側から喰い殺す」
「………!?」
「その模様が完全に黒くれば食事の合図だ。せいぜい喰われないよう気をつけナ」
「──、嘘おっしゃい!こんな短時間にそんな事できる訳が──ぎゃあああ!?」
手首から猛烈な痛みがこみ上げてくる。
見ると、手首から牙が生えていた。
いや、違う。身体の内側から蛇が少しずつ肉を喰い皮膚を破っている!
手の中に何かがいる。何かが──おそらくは蛇が──もぞもぞと蠢いている!
動く度に立っていられないほどの激痛が走り、魔法の蛇は肉を喰うごとに段々と大きくなっていくのを感じた。
「あああああ!?痛い、痛い痛いッ!やめ、やめてッ!ぎぃああああああ!?痛い痛い痛いいいいいいい!!!!」
眼鏡がずり落ち、地面に転がり、無様に涙と鼻水を撒き散らし、一回り以上歳の離れた少年に助けを乞う。
スキーターからしてみればこれ以上ない屈辱だったが、それよりも彼女の助かりたいという生存本能が、そうした選択を選ばされていた。
ネロは無様な姿をくだらなそうな目で見下ろすと、指を鳴らす。
──痛みがピタリと止まった。
「──分かったか?」
「ヒィ、アッ………」
「従え」
ドスの効いた声に威圧され、ただなすがままに首を下ろした。……下ろさせられたと言うべきか。
腹の中に冷たいものが落ちた気がした。
久しく感じていなかった恐怖。
肉体的に、ではなく、精神的にガリガリと磨耗していく感覚。
何故だ。
何故こんな人の道を外れた事ができる。
残酷すぎる。凄惨すぎる!どうしてただの学生が、こんな──こんな、闇組織のようなやり口で脅してこれる!?
薄っぺらな笑みを浮かべて出て行くネロの後ろ姿を、スキーターはただ黙って見送る事しかできなかった。
▽▽▽▽▽▽
「シャワー浴びて、髭も整えて!髪もセットしてバッチリね!」
「完璧だよハグリッド!」
「そ、そうか?」
「はえー、ヒッポグリフの子にも衣装だ」
シェリー達はハグリッドをお粧しさせていた。
というのも、マダム・マクシームを連れてこれから夜の散歩に行くらしい。つまるところ、デートだ。彼はマクシームを一目見た時からゾッコンだったのだ。
しかしハグリッドはいつも魔法生物の世話で汚れている髭もじゃの大男。女性をエスコートするのだからそれなりの格好はしていかなければなるまい。
というわけで、シェリーとハーマイオニーは自分達の持ち得る全てのおしゃれ知識をフル動員してハグリッドを大改造していたというわけだ。
「本当はこういうのはラベンダーに頼むのが一番いいんだけどね」
「そうね……『癖毛矯正クリーム』をもっと借りればよかったかしら」
「いんや、いんや。充分だ。お前さんらのお陰で俺は見違えるように変われた。ありがとう」
「いやあまさかハグリッドがデートとはねえ。お熱いねえ」
ロンの冷やかしに、巨体をもじもじさせるハグリッドはちょっと可愛かった。
さて、ハグリッドはメイクアップの為だけにシェリー達を呼んだわけではない。何やら見せたいものがあるという。
「対抗試合のことでな。特にお前さんは知っておく必要があると思って呼んだんだ」
「?それならベガとセドリックも呼んだ方が良いんじゃ……」
「うんにゃ、代表選手の三人が集まれば目立っちまう。それだとすこーし厄介な事になるでな。お前さんが見たものを直接伝えてくれればええ」
「僕達はどうしようか?」
「ウーン、マントを被ればいけるか」
四年生ともなると、マントは三人で使うにはやや不便な大きさになっていた。シェリーがもし男子だったらもっと使いにくくなっていたかもしれない。
問題はロンだ。同学年の中でもかなり身長が高い部類の彼は、シェリー達と行動するとどうしても足並みが揃わなくなる。
自ずとノッポのロンに密着する形になるわけで、彼は少しドギマギしていた。
「………近くない?」
「仕方ないでしょ……」
「……あ、来た」
「ボングスーワー、アーグリッド。なーにを見せてくれるんでーす?」
「ついて来りゃ分かる!きっとあんたも気にいる筈だ!」
ドデカい二人が腕を組んでズンズンと歩くと、シェリー達は追うだけで一苦労だ。
道中何度か誰かの脚を踏んだり踏まれたりしたが、そこに突っ込む余裕はない。
二メートルは優に超えるほどの巨体、ハーマイオニーは何か魔法生物の血が混じっているのではないかと疑っているほどだ。
フリットウィックが良い例だ。彼は親戚にレプラコーンがいるため、その血の影響であれ程小柄なのだ。
他にもマホウトコロの女校長、オダ・ナギノもフリットウィックと同程度の身長であるし、何らかの血が流れている可能性は大いにある。
特にニホンは人に化ける魔法生物が多いので、結婚相手が人に化けた妖怪でした、という冗談みたいな話も多く、異種族同士の結婚や半妖も多く存在するのだ。
とあるガマガエル女のせいで人狼や魔法生物とのハーフが差別される傾向のあるイギリスでは到底考えられない事だ。
「イテッ!何だよハグリッドのやつ、こんな森の奥まで連れてきて何を見せようってんだ?……アイタッ!」
「ちょっとロン静かに……あっ」
「………ドラゴン?」
開けた場所に出ると、デカい図体の翼が生えたトカゲが、がしゃがしゃと檻に身体を打ち付けていた。
ありゃドラゴンだ。
鎖に繋がれてブレスを吐いてる姿はまさしくドラゴンだ。……大きい。まさか、あれが第一の試練だと言うんじゃなかろうか。あれと戦えと言うことか。
「ドラゴン……って……嘘でしょ」
「ハ、ハハ。まあでも吸血鬼やバジリスクや人狼と渡り合ったシェリーなら……」
「……待って?あれ、ドラゴンの中でも凶悪な種族じゃないかしら……?」
「えっ」
言われてみれば、そうである。
種にもよるが、ドラゴンとは魔法生物の中でも上位に位置する危険度を持つ生物である。
血を啜る事に際限なく力が増し、蝙蝠への変身や眷属を使役できる不死の吸血鬼。
直死の魔眼を持ち、魂すら喰い殺す毒牙を持つバジリスク。
しなやかな筋肉を持ち、魔法生物で最も優れた肉体を持つとされる狼人間。
それら化物に比肩し得る危険性を持つのがドラゴンなのだ。その中でも選りすぐりの凶悪な個体が選ばれているとしたら…。
……安全って何だったんだ。
「ハグリッド!来てたんだな。見てくれ!俺の自慢のドラゴン達だ!」
「チャーリー!あぁ、最高だなあ!本当に美しいな、え?」
「ここにいるのはドラゴンの中でもとびきり危険な部類だしな!しかし大丈夫かね、こんなのを生徒と戦わせて」
「俺達からしたらご褒美だけどな」
「羨ましいよな」
何やら物騒な話題で盛り上がっている。
ハーマイオニーが言うには、バジリスクはドラゴンの亜種という説もあり、長年生きた竜は高い知能を有するケースもあるのだとか。
竜は強さの果てに生きる生物だ。
悪魔が生命に宿ったような生まれ方をするバジリスクや、多くが感染による雑種の吸血鬼と人狼とはまた違い、その存在そのものが伝説とされる種族なのだ。
──大丈夫かコレ。
「ふーん、成程ね……」
試合に不安を覚えるシェリー達は、彼の存在に気付いていなかった。
木の表面が紙のように捲れて、一人の男が現れる。フーマ・コージロー。忍術さながらの魔法を使って、彼もまた情報を手に入れていたのだった。
「──俺達の第一の試練は化物狩りか。
源頼光を越えろってか」
校舎に戻ったシェリーはベガとセドリックを呼びつけた。……ハッフルパフの視線が痛い。味方の筈のシェリー達を敵視しているようだ。無理もないが。
「第一の試練はドラゴンか……」
「マ、マジか……。ウーン、流石に直接戦う事はないだろうけど、ドラゴンか……」
「再生能力が無いんじゃ俺の悪霊の炎も役に立たねえか。こりゃ作戦考えねえとな」
うーん、とベガとセドリックは頭を捻る。特にセドリックはシェリー達のように戦闘を積み重ねてきた経験はない。初めての巨大な敵に、頭を悩ませてしまうのは仕方ないだろう。
「何とはともあれ、ありがとな。第一の試練がドラゴンだと分かっただけでもデカい。お前のおかげだ」
「!ありがとう、ベガ」
ベガはぽんぽんとシェリーの頭を優しく叩く。何の気なしに出た仕草だった。
シェリーも笑顔を浮かべ、妹のようにそれに応じる。あたかもそう動くのが自然で当然であるかのように。……セドリックが一瞬だけ、硬直した。
「君達はいつもそんな感じなのかい?」
「え?」
「!ああ、嫌だったか?悪ぃなシェリー」
「そんな事思ってないよ?」
「あー、いや。いいんだ。困らせたかったわけじゃない。今は試合の話をしよう」
セドリックは湿り気を帯びたような気持ちだったが、己のつまらない気持ちで二人を振り回す訳にはいかないと、極力顔に出さないよう努める。
しかし人の感情に聡いベガは何となしにセドリックの気持ちを汲み取ってしまい、彼もまた気を遣ってしまう。
別に誰が悪いという訳ではない。
むしろ、シェリーもベガもセドリックもかなりのお人好しで、底抜けに優しい。彼達の本質は優しさだ。
だが──だからこそ、気を遣う。
「ドラゴンに通じる魔法を覚えるべきだ。結膜炎の呪いとか……ドラゴンごとの弱点を覚えるのも良いな。相手が分かってるんだから対処のしようはいくらでもある」
「それもいいけど、僕は過去の試合から分析して競技内容を検討するべきだと思う。ドラゴンと直接戦わないでいい競技なら、戦わない方が良いに決まってる」
『…………』
「……え、っと」
「あー…ああいや、すまねえ。確かにお前の言う通りだ。うん、戦いを回避する方法を考えておくべきだった」
「いや、僕の方こそごめん。もしドラゴンと戦う事になった時、何も対策を講じてないんじゃ話にならない」
『………………』
「えーっと、とりあえず二人の意見を合わせて、ドラゴン対策もするけど基本は戦わないように……で良いかな?」
「そ、そうだな」
「うん。ありがとうシェリー」
ベガとセドリックの間に、気まずい空気が流れる。
仲が悪いわけではない。むしろ、彼達は他人を慮れる立派な人物で、普段は他人のために奔走しているような人間だ。
チームワークで言うなら、感情的になりやすいロンやハーマイオニーの方が些細な喧嘩で何度も友情が崩壊しかけた事があった。その点でいえば、この三人は互いに喧嘩をする事はないだろう。
だが人間関係とは不思議なもので、彼達は一歩踏み出せずにいる。遠慮してしまう性格だからこそ、余計に。
(やっべ……キツい言い方しちまったかな)
(しまった最悪だ、僕のせいで雰囲気を壊してしまった……)
これも一種の同族嫌悪というやつか。
いや。それもあるだろうが、人間というのはもっと単純な生き物なわけで。
おそらくは、シェリーの存在が二人の関係をぎこちなくさせているのかも。
(二人とも頼りになるなぁ。凄いや。二人とも学年一の男子だもんね。うんうん、仲良くしてるみたいで良かった!)
──知らぬは本人ばかりなり。
三角関係到来。これがほんとの三大魔法学校対抗試合や!
ちゃっかりムーディーも堕としてるシェリーは本当は魔性の女なんじゃなかろうか。
炎のゴブレットは本格的に恋愛要素が絡んでくる巻ですが、果たしてシェリーは恋をするのかどうか。そして今作では色んなキャラの死亡フラグを叩き折ってますが(クィレルとか)、セドリックは来年度まで生き延びられるのかどーか。続きます。