シェリーが飛び込んだ記憶は、檻に入った犯罪者を円形に取り囲む構造の裁判所での出来事だった。
ウィゼンガモット法廷。
アングロ・サクソン時代のイングランドの賢人会議を源流とする一審制の裁判所であり、数多くの犯罪者を裁いてきた秩序の場所として名高い。
闇の帝王全盛の時代、クラウチがここで死喰い人(と思われる者達)を数多くアズカバンに送ったとシリウスから聞いた。
そしてここにも一人。
哀れな死喰い人が、檻の中で震えながら裁判の流れを伺っていた。
『イゴール・カルカロフ!貴様が我々に仲間を教え、それが有益な情報だとこちらが判断すれば貴様を釈放とする!これが今回の司法取引である、異存はないか!』
『はい、はいっ、それで大丈夫ですっ』
ヤギのような髭の男は、顔に似合わず臆病な性格のようだ。今より生気あふれるクラウチに本気で怯えている。あれが将来的にダームストラングの校長となるのだから分からないものだ。
命は大切にするべきとは思うが、保身のために身内を売る軽薄な男に、聴衆達もどこか冷ややかな視線を送っていた。
『あ、アントニン・ドロホフ!』
『アズカバンで会わなかったか?奴はテムズ川で捕縛され牢獄送りになった!こちらも十人以上の犠牲を出したがな』
『!?や、奴が……!?で、では、ロジエールだ!奴も死喰い人だッ』
『奴は死んだぞ』
ぴしゃりと言ったクラウチに、ヤギ髭の男は口をぱくぱくさせる。「わしの鼻を欠けさせおった奴だ」という呟きで、そちらに目を向けるとムーディーだ。眼帯の無い彼は幾分か凶悪な人相は和らいでいる……ように見えなくもない。
いややっぱり怖い。
よくよく見れば隣にはダンブルドアだ。十年前の記憶の筈だが、彼ほどの年齢になると時代の変化を感じさせない。
反対に若さを感じさせるのは、法廷の警備を担当しているのだろうか、雰囲気に獰猛な肉食獣のそれを思わせるレックス・アレンだ。二〇歳前後と言ったところだろうか、今と比べると顔が若く見える。
『ト、トラバース!マルシベールは!』
『どちらも既に私達の手中にある。先日、クリシュナ・テナの班がアジトを特定して捕らえたぞ』
『な……あ、あの女……!で、ではルックウッド!神秘部のオーガスタス・ルックウッドはスパイだ!』
『査定の必要あり、か。成程』
『まだあるぞッ!ニコル・ブラックバーンがそうだ!奴が低能で浅ましい血族だということは知って……』
『ブラックバーンの一族は先日組織した部隊が捕らえた。よってお前の情報に有用性はない。……それだけか?では……』
『セブルス・スネイプ!』
遮るように、その名を口にする。
彼が闇に通じていたという話はこれまでも何度か耳にした。が、今もホグワーツで教師を続けられているということは、彼はダンブルドアの信頼を勝ち取ったということだ。
それを証明するように、半月状の眼鏡の下から覗くブルーの瞳をキッと細めながらその老人は立ち上がり、
『スネイプの無実は先だって儂が証明した通りじゃ、バーティ』
『嘘だ!!奴は確かに闇に通じていた!!あいつがどれだけ闇に魅入られていたことか!!あいつがどれだけあのお方に近かったことか!!!』
『嘘じゃないって、本当じゃもん』
『この老いぼれが!!!きさま、きさまなんて腹黒のボケ老人だ!!!』
『……お前の意見は分かるが、黙れカルカロフ!お前は大いに役立った。アズカバンにじき進退の報せがあるだろう、それではこれにて閉廷と────』
『いや』
冷たい手が首筋を撫でたような。
臆病者のカルカロフとは思えない、底冷えするような声が、聴衆を黙らせる。
おそらくは計算づくだろう、自身の最高のカードを一番の好機に取っておいたと思しきタイミングだった。彼は髭をさすりながら唄うように続きを話した。
『──いや、いや。いたなあ、もう一人。薄汚い死喰い人が……』
『……何だと?』
『そいつはフランク・ロングボトムとその妻アリスを磔の呪文で嬲り!辱め!尊厳を土足で踏み荒らした!磔の呪文が得意だと言っていた……そんな奴が他にいるか?生まれついての悪だ、そいつは!』
『誰だ、名前を言え』
『あんな奴が今も野放しになっているなんてなあ!闇の勢力の中でも生粋の邪悪、限りなく純粋な悪党だ!あいつを放っておくなど、魔法省は何をやっているのか!』
『早く言え!そいつの名前を!』
『──バーテミウス・クラウチ』
役人達は息を呑んだ。
惚けたと言ってもいい。誰よりも正義を追求した男が、闇に通じた悪人だというのだ。到底信じられる話ではない。
鉄面皮だったクラウチが、侮辱とも言える発言に怒りを露わにする。しかし彼が何か言う前に、カルカロフは言葉を紡ぐ。
『ジュニアだ』
眼鏡のレンズを拭いていた青年がそれを取り落とした。傍聴席の視線が彼に突き刺さり、分かりやすく狼狽える。
たっぷり数秒、開きっぱなしの口を何とか動かして、スーツの青年はようやく意味のある言葉を放り出した。
『……な、何を言ってるんだ。僕がそんなことするわけ───』
『アレナス、砂よ』
『!?な、何を!!』
地面から湧き出した砂がクラウチ・ジュニアの身体に纏わり付き、身動きを取れなくさせる。抗議の声を上げようとして、口元まで砂で覆い被せられる。
アレンの基本戦法だ。
多くの魔法使いは杖を振ることができなければ、あるいは詠唱することができなければ魔法を使えなくなる。そういった意味でこの砂魔法は優秀だった。
もっとも、この魔法をここまでの練度で使えるのは、後にも先にもアレン一人だけだろうが。
『んー!!んー!!』
本来なら自分を守ってくれるはずの闇祓いに拘束され、取り乱した様子のジュニアは父親の下まで連れてこられる。
ばたばたともがくジュニアは、気付いていなかった。クラウチの瞳が、息子を見るものではなく、憎らしいものを見るものに変わっているということに。
口枷となっていた砂が外され、ジュニアはようやく喋ることを許された。
『父さん、違う!僕はやってない!!お願いです、父さん!!』
『──疑わしきは罰せねばならん』
『う、嘘でしょう?僕より死喰い人の言うことなんかを信じるなんて、ああ、聞いてくれ、これは何かの間違いなんです!父さん、頼む、聞いてくれ、父さん!!』
『黙れ。……私に息子などいない』
その時のジュニアの顔は、筆舌に尽くしがたいものだった。実の親から否定された時の彼の心情は如何なるものだったろう。
絶望。
動揺した彼へ、父親の無慈悲な断罪の剣が言霊となって下される。シェリーはその光景を見ていられなかった。
『アレン、父さんを説得してくれ!!』
『──駄目だ、そういうわけには……』
『そんな……誰か!!誰か父さんを止めてくれ!!僕は何もやってないんだ!!誰か父さんを、誰か!!頼む!!
───誰か僕を分かってくれ!!!僕は、こんなことのために生まれてきたわけじゃないんだ!!!』
そこで終わり。
シェリーは釣り上げられた魚のように記憶の中から引き出される。周りを見ると、歴代の校長の肖像画が飾られた校長室へと戻ってきたのだと気付いた。
アレンとダンブルドアが神妙な面持ちで出迎えた。
「疲れたろう、シェリー。温かいミルクはどうじゃ?心が安らぐ」
「ありがとうございます。……カルカロフさんが言っていた、フランク・ロングボトムとその奥さんって……まさか」
「ああ。君もよく知る、ネビル・ロングボトムのご両親のことだぜ」
彼が両親について話したことはない。
厳格な『婆ちゃん』なる人物に育てられたのはよく知っているし、彼には親がいないのかと何となく察してもいた。
けれど──そんな顛末があったなどと。
それはどれほどの苦痛だろう。
家族が最初からいなかったシェリーにはきっと分からない感覚だ。愛すべき両親が廃人となって今も生きているなど。
いや、生きていると言えるのだろうか。
生命活動を終えるその瞬間まで、ただ息をするだけの毎日が……。
「このことは、ネビルには……」
「うむ、聞かん方が良いじゃろう。だがもし彼が話す気になれば聞いてやるといい。それが友人というものじゃ」
現状を把握し、あらましを理解することは人生において必要不可欠な儀式だ。
さて、ダンブルドアはもう一つ把握しておくべきことがあるという。
「最近、夢を見ておらんかね?」
「夢?何でそんなことを……」
「……ああ、成程。闇の帝王の復活が近いのなら、繋がりのあるシェリーに何かしらの影響が及ぶ筈。睡眠時は人の脳は無防備になるので、夢という形で影響が出るかもというわけか」
「説明助かるのお」
今の一瞬でそこまで分かるのか。
「夢……そういえば、私と同じくらいの歳の、黒い髪の男の子が出る夢を見ます。ワールドカップの時ぐらいからかな……」
「ふむ。どんな顔をしておる?」
「ええと……ごめんなさい、その子の顔を見たような気もするんですけど、起きたらどんな顔かいつも忘れてて……」
でも、あの顔には見覚えがある。彼とはきっとどこかで出会っている気がする。
だってそうだろう。彼を見ると、どこか懐かしいような感覚に陥るのだ。
「その子とは夢の中で何をするのじゃ?」
「話したり、ですね……。基本的に、彼が私に一方的に喋る感じです。会話内容はその時どきなんですけど、私に対して『生まれてきてはいけなかった』とか……」
「随分と酷いことを言う奴だな」
「さもあらん。君とその少年は、夢の中でどこかに行くかね?」
「それもその時どきです。白い空間で話すこともあれば、夕陽が沈む頃のキングズ・クロス駅だったりします」
「精神世界というやつかの」
ダンブルドアとアレンはシェリーの夢に対してあれこれと推測を立てる。が、所詮推測は推測でしかない。
あらゆる可能性を考慮はするが、彼達の立てた推測の中に真実が混ざっているかどうかも分からない状況だ。それを分かっているからこそ、彼達は結論を急がないし断定をしない。決めつけは頭を鈍らせる。
「ひとまずこの件は保留じゃの。今後とも夢を見たら儂の部屋に来るように。
じゃがその黒髪の少年とやらは、………いや…………、まさか………。そういうことなのか………?」
「校長?」
「……事態は思ったより深刻かもしれん」
「何ですって?」
「後で話そう、アレンや。もう遅い、シェリーを寮まで送ってくれるかの。老いぼれに考えを纏める時間をくれ」
何が何だか分からないが、取り敢えず寮に戻ってソファに沈みたかった。暖炉の前でロンとハーマイオニーと情報を共有するのも良いだろう、それほどまでに今日は色々と濃かった。
中でも、シェリーの中で印象深いのは、クラウチの裁判。シリウスの話通りとはいえ、それを実際に目の当たりにすると精神を鑢で削られるような思いだ。
家族に(漠然とではあるが)憧れる彼女にとって、あのシーンはあまりにショッキングなものだったのだ。ポツリと、「何でクラウチさんはあんなことを……」と、口に出してしまっていた。
「……すまないシェリー。俺はクラウチさんのあの判断は、今でも間違ってはいなかったと思ってしまう。それがどれだけ非人道的なものだとしてもな」
「え?」
「君は優しいからな、家族を切り捨てる彼の行動が理解できないというのは分かる。だが俺の中に、身内だろうと公平に裁く彼の正義を支持する気持ちもあるんだ」
シェリーは優しすぎるほど優しい。
それは例えば、数分前まで戦っていた吸血鬼にも情けをかけてしまうほどだ。
だがアレンは、優しさよりも正しさを求めるタイプの人間だった。その本質は優しさだが、あくまで貫くのは正義。
ある意味でシェリーと対極を行く存在。
「あの時代は、地獄だったよ。闇祓いとして駆け出しの俺は、命令されるがままに多くの人を捕まえたし、その多くをアズカバン送りにした。極力殺人は控えたが、それでも相手を殺してしまうこともあった。その中には無実の人もいたかもしれない。
だが証言を聞いても、それが真実かどうか判断する術はない。次第に誰も信じられなくなっちまってな。
俺は彼達の証言を信じるのをやめて、代わりにクラウチさんの正義を信じた。
──俺は彼の信奉者だったんだ」
アレンは昏い顔で呟くように言った。
後悔というよりも、自嘲するような顔。
「あの頃の俺は、寄りかかる正義が欲しかったんだ。自分の行いが絶対に正しいと言い切れる基準点がな。
馬鹿げた話だ。それは自分の行いに自信がない故の行動だってことに、気付いていなかったんだ」
かける言葉が見つからない。
息子を切り捨てたクラウチ氏に対して、シェリーはあまりよくない感情を抱いたのは確かだったからだ。
アレンが、その彼を信奉しているなどとは青天の霹靂だったし、そもそもシェリーに彼の正義を否定できるはずもない。行き過ぎていても正義は正義なのだ。
口籠ったシェリーを見て、彼はほのかに苦笑した。
「──いいんだ。俺はもう答えを決めた。
自分の課した正義に恥じぬ生き方を貫き通す、それが唯一俺にできることだ。
正義の反対がもう一つの正義なら、悪とはいったい何だ?
俺は──傍観し、停滞し、諦めることが悪だと思う。それがどんな正義であれ、前に進むのみだぜ」
自分の進む道があったとして。
自分の信じる正義があったとして。
それが誰かに否定された時、自分の歩んできた道が実は間違っていたのかもしれないと思った時。
その道を進むことをやめるだろうか。
その正義を貫くのをやめるだろうか?
──答えは否。
一度決めた生き様ならば、例えどんな困難が待ち構えていようと、進むしかない。
それが通すべき責任なのだから──
───シェリーはそれを、身をもって知ることになる。
▽▽▽▽▽▽
「シェリーシェリーシェリー!!会えて嬉しいわあ対抗試合で活躍して自慢だわこの子ったらもー!」
「わっ、わっ」
「ママ、そのくらいで。それ以上強く撫でたらシェリーが潰れっちまうよ。大型犬じゃないんだからさ」
熱烈なハグをかますモリーを、燃え上がるような赤毛を揺らしたビルが宥める。
六月二十四日。
魔法対抗試合の最終戦が行われる決着の日であり、代表選手の家族に招待がかかっていた日でもあった。しかしダーズリー家が魔導の総本山たるホグワーツにやって来る筈もなく、代わりにマクゴナガルが招待したのはウィーズリー家だった。
彼女としてもそれは嬉しいサプライズとなったようだった。戸惑いの中に、喜色満面といった様子が見え隠れしている。
見れば、ベガの家族もまたホグワーツにやって来ているようで。派手な金髪のナイスミドルが、慣れない魔法界におっかなびっくりになりながらも何とか落ち着いた風采を保ちながら握手を求めてきた。
「あー、はじめまして。シルヴェスター・ガンメタルと申します、ワインの製造と販売を生業としております」
「初めまして!えーっと、ベガの……」
「……親父だ」
「!あ、ああ!ええ、まぁ、はい」
彼の相好は一瞬だけ崩れた。父親と呼ばれたこたに喜びを感じていたのは誰の目にも明らかだった。
一人息子への信頼と情愛を窺わせていたのは、何も彼だけではない。セドリックの父、エイモスが誰に言われるでもなく息子の自慢話を語っていた。
「この対抗試合が終わる時、きっと誰もが思うことだろう!そう、セドが最も優れた代表選手だったということにね!!」
「と、父さん……」
「まあ実際セドリックは優秀だよな」
「うん、何度も助けられたもんね。私が知らない魔法もたくさん知ってたから、その都度教えてもらってたし!」
「えっ何この子達優しい……好き……」
「父さん!!!」
さしもの穴熊寮のチャンピオンも流石に恥ずかしそうだった。
各校の代表選手はそれぞれのテントで、奇しくも時を同じくして激励を受けていた。いずれの魔法使いも、その期するところの願望は同じ。ただ一つの栄光を巡り、大義を果たさんという不断の意思が燃え上がる。
「今回の対抗試合でイルヴァーモーニーの名は全世界に知れ渡った!ザ・サーベラスの名声もより一層高まった!当初の目的は果たされたというわけだ、後はお前達のやりたいようにやれ!!」
「オ〜ケ〜〜イ校長!!」
「最高のロック見せてやりますよォー!」
「見ててくださいッス!!」
「わたーしが望むのは、優勝杯ではありませーん。貴方達がベストを尽くすこと、無事に帰ってきさえすれば、それでわたーしは満足でーす」
「はい!頑張ります、マクシーム先生!」
「んーふん?ところで先生?あのアーグリッドとかいう人とはどこまで発展したんでーすか?」
「ワタシ英語ワカリマセーン」
「いやこれフランス語だよ!!!」
「ハヤトはん、自分の信じる道を進みなさい。コージローはん、どんな時も冷静によく観察しなさい。タマモはん、常に心の中に自分を持ちなさい。
期待してはるよ、皆んな」
「はい!頑張ります!!」
「ご期待に沿う結果を出してみせよう!」
「気張るぞォ、お前達!」
「ビクトール・クラム!お前は間違いなく世界最高のシーカーだ!だが、この試練でそれだけじゃねえってことを世界中に知らしめてやれ!」
「はい」
「期待してるぜ。お前達はこっちに来い、親子水入らずで話そう……
……上手くやるんだぞ、ネロ、リラ。新時代の到来は、お前達の手にかかっているんだからな。俺の自慢の子供に不可能はないそうだろ?」
「………ああ、その通りダ」
「は、はい、父さん……」
モリーの熱い抱擁を引っぺがして、ビルが観客席へと向かった瞬間。
マホウトコロのテントから飛び出して、ずんずんとこちらにやってくる人影。
コルダ・マルフォイだ。
プラチナブロンドの髪を揺らして、シェリーとベガの手を引っ張ると、彼女は人気のないところに二人を連れて行く。
……急にどうしたのだろう。
「えーと、コルダ?どうしたの、急に」
「……あー、ホント、私ったらどうしたんでしょうね。こんなこと……」
「?……マホウトコロのテントから出てきたようだけれど、何であそこにいたの?」
「ええまあ、代表選手のタマモさんと色々と話す機会がありまして……
それはいいです、今はちょっと、その、貴方達に用がありまして」
「何だよ改まって」
言われて、コルダは分かりやすく頬を赤らめた。恥ずかしそうというか、照れが大いに含まれた表情だった。
「ま、まあ?貴方達にはちょっとだけお世話になりましたし、私の秘密を黙ってくれましたし、ええ、ほんの少しだけ感謝してなくもないというか。
……ですのでこの言葉を贈ります」
「?」
「が、頑張れっ!……で、では!!」
ぴゅー、という音が鳴りそうな勢いで彼女は逃げるように去っていく。シェリーは気恥ずかしいものを感じた。ベガは何だかニヤニヤ笑っていた。「ああ、もう!そんな顔されると思ったから言いたくなかったんです!」という彼女の言葉が聞こえてきそうだ。
「はは……コルダのやつ、何処にいったかと思えばあんなことを」
「お前もいたのかよ」
どこからか現れたドラコ・マルフォイは、疾く退散した妹の後ろ姿を微笑ましそうに見守った。その瞳には揺るぎなき優しさがあった。
「まあ頑張れって気持ちは僕も本物だ。ポッター、僕のライバルとしてせいぜい無様だけは晒すなよ」
「うん……頑張るねっ」
「ハン、ホグワーツに優勝杯を持って帰ってやるから、有難く受け取りやがれ」
「言ってろ」
こつん、と握り拳を当てると、花火の音が鳴る。開始の合図だ。所定の位置へと行くと、既に十三人の代表選手が今か今かと開戦の火蓋が切って落とされるのを心待ちにしていた。
ネロは何かを決意した。
リラは何かに怯えていた。
クラムの集中力は極まっている。
ハヤトが獰猛に笑う。
コージローの眼はギラついていた。
タマモは精神を落ち着かせる。
フラーは額に杖を当て、
ローズは胸に手を置いた。
ブルーは息を呑む。
バーニィは指でリズムを刻み、
サモエドの脚が音を生み出す。
マスティフは小声で歌っていた。
セドリックは緊張を呑み込んで、言う。
「シェリー、僕はどうやらどうしようもない臆病者らしい。この機会を利用しないと自分の本音も言えない馬鹿野郎なんだ」
「え?そんなことないと思うけど……どうしたのセドリック」
「この試合が終わった後、僕は君に伝えたいことがあるんだ。ホグワーツが優勝した後に、この続きを聞いてほしい」
「えと……うん、分かった!いいよ」
「決断までが遅えんだよ馬鹿」
「は、はは。返す言葉もないな……」
「男見せろよ、チャンピオン。きっと上手くいく」
「!………ありがとう、ベガ」
代表選手達の勝利への情念が、胸の奥で埋火の如く燃え始めていた。
焚きつけるように、リー・ジョーダンは高らかに演説した。
『五大魔法学校対抗試合!最終試練の幕が今上がります!長かった対抗試合もこれで最終戦、泣いても笑ってもこれが最後!
栄光は誰が手に入れるのか!優勝杯はどのチームが掲げるのか!然してこの覇の競い合いの果てには、きっと不滅の友情が築かれていることでしょう!!
戦士の行進!英雄の奮迅!私達にできるのはもはや、彼達の勝利を祈ることのみ!
勝利の女神は誰に微笑むのか!?
──最終戦の始まりです!!!』
▽▽▽▽▽▽
ダンスパーティーの時のこと。
色々と鬱憤が溜まっていたベガは、ネロの誘いに乗りダンスを楽しんでいた。
だがその時、いやにネロが顔を近付けてきた。最初はまさかそっち系の趣味かと訝しんだベガだったが、瞬きが妙な規則性を帯びていることに気付く。
モールス信号。
長短二つの組み合わせで構成される、マグル界の軍が使う暗号だ。
(トン、ツー、ツー…………『気付いたら返事をしてくれ』か……)
訳が分からなかったベガだが、モールスというマグルの一部しか知り得ない手段を使ってまで連絡を寄越したということは、それなりに重要な案件なのだろう。
ベガは半信半疑になりながらもモールスで返事を返す。すると再びネロは規則的な瞬きを繰り返した。
……どうやら勘違いではないようだ。
『闇の帝王が今年復活する。この大会は罠ダ。お前が奴を倒す気なら協力する』
ベガの瞳が胡乱なものへの変わる。
ヴォルデモートが復活すると、なぜこの男が知っている?遠い北方の地からやって来た人間が、何故?
いや、問題の本質はそこではない。
──自分達に協力だと?
ダームストラング家は過去に数多くの闇の魔法使いを輩出したというし、今回の対抗戦でも一際異端の力を見せた。
彼達の中に闇の帝王のスパイがいる可能性も、ベガは警戒していた。だが……そんな彼達から協力という言葉が出るとは。
『その情報は確かなのか?』
『俺の父親、ダンテがこの計画の発案者ダ。詳しいことは俺にも聞かされていないが、この大会を隠れ蓑にして闇の帝王の復活が為されるらしい』
ダンテ・ダームストラングがヴォルデモート卿の『復活の儀』が行われると知ったのは数年前のことだという。
独自の情報網からそれを知ると、ダンテは死喰い人達への援助を行い、彼の復活の手助けを行なったのだとか。
そして来たる最終戦、そこで彼は行動を起こす……という。
『だが何故、俺なんかにそれを言う?そんなことはダンブルドアに言えばいいだろ』
『言ったサ。だが、炎のゴブレットの誓いはダンブルドアでも破れないほどに強力でな、対抗試合の間に起きたことに関してはあのジジイですら手出しはできない。
そこで重要になってくるのがお前だ』
『……俺に、お前に協力しろって?』
『そうダ。混乱極まる対抗試合の中で、ダンテと闇の勢力の策謀を破れるような味方が欲しい』
ネロ曰く、ダンテを欺きながら隠密に事を進めるためには、どうしても戦力不足なのだという。しかし彼にこの暗躍がバレて計画を変えられでもしたら面倒だ。
だから、ネロは対抗試合を通して自分の仲間を吟味した。
リラはダンテの近くにいながら彼の企てにも全く気付いていないほど愚鈍だし、クラムはネロに対する警戒意識が強すぎる。
マホウトコロは、戦力としては期待できそうではあるが不安要素も大きい。まあ、忍者の末裔のコージローなら大いに役立ってくれるかもしれないが。
シェリーとセドリック、ならびにボーバトンとイルヴァーモーニーの代表選手達は一般人的な思考を持つ。実力はともかく、精神的に荷が勝ちすぎるだろう。そういった諸々の理由で、ネロと思考も似ているベガが最適だという結論に至ったわけだ。
『お前は今後とも対抗試合を進めていって構わない、だが時が来たら力を貸して欲しい。それが俺の望みダ』
『………………』
どうしたもんかな、と考える。
ネロの瞳に謀りの色はない。寂寞の海岸を眼球に据えたような眼差しは、見る者が見れば睥睨にも見えるだろう。
けれどもその双眸の奥には爛々と燃ゆる熾火のような輝きがあった。
ネロの発言はおそらく本気で、きっと嘘は付いていないのだろう。……だが嘘をついていないということが問題なのだ。
例えばダンテが、ネロに彼自身も預かり知らぬ未知の魔法をかけて、記憶なり思考なりを操作しているのであれば。ダンブルドアすらも欺く何かを、自分の息子に行使しているのであれば。
ベガは決断を渋った。それを間違えた先に待っているのは、後顧の憂いなのだ。
『………お前はどうして、俺達に協力しようと思ったんだ?』
『俺には欲しいものがあるんだヨ。
──秘密の部屋に今もある肉体。かつての闇の帝王の魂が入っていた器がナ』
『!それを何故……』
『俺とリラは蛇語を使うことができル。その関係で、たまにパイプの中を行き来するバジリスクの声が聞こえていた』
(あの野郎、自分が極秘の存在って分かってんのか)
『鼻歌交じりで秘密の部屋のことを喋っていたから場所の特定は簡単だったし、マートルとかいうゴーストに色々と教えてもらったから諸々も楽だった』
(あの野郎ども……!!仮にも部外者にそんなこと教えてんじゃねえ!!)
面食いのマートルなら、ネロに色々と教えていてもおかしくはない。しかし自分達があれ程手こずった秘密の部屋を、ヒント有りとはいえこうも簡単に暴かれるとやるせない気分になる。
『で、そこで見つけた肉塊……詳しくは知らねえが、闇の帝王は自分の魂を肉人形に移すことで受肉したんだロ?』
『………ああ、まあな』
『別に深入りする気はねえよ。
……闇の帝王が討伐されたなら、その肉体を二人分作ってもらう。ダンブルドアとはそういう取引を交わした』
『何でそんなもんが欲しいんだよ』
『俺達兄妹の身体には、ダンテの手により様々な魔法式や魔法薬が投与されている。人間の形をしてはいるが、俺達の身体の中身は化け物なんだヨ。
……俺達は、普通の身体になりてえんダ』
ベガがその日、ネロに僅かばかりの信頼を抱き、彼の行動に協力するという決断に至ったのは、彼のその眼を見てからだ。
そして現在。
ベガは迷路の中でネロと合流し、彼から衝撃の事実を聞かされる。
「優勝杯は罠ダ。あれは闇の帝王の所へと向かう移動キーになっている!」
「何だと……、」
「そして更に悪い報せダ!
──闇の帝王は、もう既に元の身体を手に入れて、完全復活を果たしている!!」
「………な………!?」
旋毛から足先まで突き抜けるような焦燥感が、ベガを襲った──。
シェリーが、危ない。
▽▽▽▽▽▽
(────ふう。今のところは、順調に進めているかな)
対抗試合を巡る思惑に気付かぬまま、紅の髪の少女は杖を片手に進む。この試合を通して、彼女の魔法の技量は段違いに伸びていた。
『盾の呪文』『粉砕呪文』『反対呪文』『治癒魔法』『呼び寄せ呪文』……有用そうなものはセドリックの指導により一通り覚えて、実戦で使えるまでに鍛えてある。
そして数々の闘いにより、彼女自身の美しさも磨かれていた。華奢で細い体躯は、つい先ほど魔法生物と戦っていたとは思えない可憐さだ。
そんな彼女が纏う、ホグワーツの校章を模したユニフォームは激しい戦闘にも耐えうるドラゴン革の無骨なものだったが、それは少女の美貌を損ねるよりも際立たせる役割を帯びていた。凛烈ながらも清流のような爽やかさが、そこにはあった。
(ベガやセドリックと早く合流できるといいんだけど………、ッ!)
茂みの中を掻き分ける音。新たな敵か、とシェリーが即座に杖を向ける。
しかしその心配は杞憂に終わった。草木をかき分けてやって来たのは、彼女のよく知る人物だったからだ。
「セドリック?それに、ローズとブルーまで!」
「や、やあシェリー。さっきぶり」
「いったぁ……」
「頭打ったぁ、シェリー、ここ摩ってえ」
「えっ?い、痛いの痛いの飛んでけー」
(可愛い)
苦笑するセドリックに話を聞くと、彼が迷路の中を歩いていると『尻尾爆発スクリュート』に追われている双子を見つけたのだとか。
敵同士とはいえ、英国紳士としてそれは見過ごせる事態ではない。二人に加勢したのだが、いかんせん数が多すぎた。
仕方ないので、ローズとブルーの植物魔法で迷路の壁に隠れてやり過ごしていたというわけである。
「いやあ、大変な目にあったよ。まさか、授業で育てていた生物があんなに危険だったなんて」
「ハグリッドは好きだもんね、そういうの……見た目は可愛いけれど」
「うん、……うん?えっ?」
「変わったセンスねシェリー……」
「?」
疑問符を浮かべるシェリーに苦笑を返すと、ローズとブルーとは次の分かれ道で別れた。彼女達とてボーバトンの代表選手、優勝杯にかける想いは本物だ。
ともあれここでセドリックと合流できたのは大きい。最後の試練では、迷路の中を十五人がバラバラに動くため、自分のチームの仲間と合流できないまま試練を進む可能性もあった。
それでも優勝杯に近くなればなるほど、代表選手達も集まってくる筈。ベガと合流するのもそう遠くない未来だろう。
「こんにちは、ヒトの子よ。今宵はまた随分と可愛いお客様がやってきたわねン」
スフィンクス。
美しい女の上半身と、ライオンの姿をした下半身。アンバランスな二つの肉体が、それでいて優美なものに昇華している。
色香を纏うチョコレート色の肌には、一縷のシミもない。その倒錯的な美貌は宝石のようで、妖しい魅力を放射状に振りまいていた。
シェリーは美人だなあと思った。
セドリックはドギマギした。
スフィンクスはそんな二人を見て舌舐めずりしてた。何考えてるんだ。怖……。
「ここを通りたくば、私の問いに答えることねン。別に正しさなんて求めてないわ、あなたの思うように答えてネ」
「よろしくお願いします!」
「良い子ねェ食べちゃいたい……んんっ。では問題を出すわねン。
有名な問題よ。暴走したトロッコのレールの先には五人の人間がいます。このままでは彼達は死んでしまうけれど、レールを切り替えれば助かるでしょう。
しかし切り替えたレールの先にも一人いることに気付きました。さて、あなたはこの状況でどうしますか?……ああ、魔法を使えばいいじゃないとか、そういう野暮な答えはナシね」
「……それって」
「そうよ、正解なんてない」
彼女はあっけんからんと言い放った。
「だけど、人生はそういった選択や試練の連続よ。嫌でも何かを選ばなければいけない時が来る。その時に、貴方達がどういう選択をするのか……
……問題の本質は、そこ。貴方が何を選ぶかを知りたいの」
悪趣味な質問だけどね、とスフィンクスは苦笑する。人間は極限状況に陥った時にこそ本質を見せるものだ。彼女はその本質に意義を求めると言う。
とはいえ、シェリーもセドリックも、命の価値を数で測るような神経は持ち合わせてなどいない。一人の命の価値が一人分しかないのだとしても、何かを犠牲にするという結論には至らないのだ。
「大声でその五人にトロッコの存在を伝える。聞こえなければ、全力で走ってトロッコを力ずくででも止める。日和った答えかもしれないけど、全員助けるために全力を尽くすのがベストだと思う」
「私も。どんな手を使ってでも助けるよ」
「じゃあ一人が自分の恋人として、五人が自分の家族を殺した凶悪犯だとしたら?」
「………、やることは変わらない」
言い淀みこそすれ、彼達が本気でそう言っているのは確かだった。
レバーから目を逸らし、どんな手を使ってでも助けようとする。……それを見て、目の前の選択から逃げていると思う者もいるかもしれない。
しかしシェリー達の答えはあくまで第三の選択。逃避による思考放棄ではなく、未来に繋げるための希望。
満足気に頷くと、スフィンクスは緩慢な動きで道を譲った。
(……しかし、あのセドリックって子は自分の正義感からの選択でしょうけど、シェリーとかいう子は自己犠牲から出た選択でしょうね。
あの子はたぶん何をしてでもトロッコを止めようとする。他に手がなければ、トロッコの前に行ってでも物理的に止めるでしょうね。簡単に命を投げうてる……
優しいというより、自分に対する関心が殆ど無いんだわ)
そういった、常人とは違う思考回路故に異常な選択を取る人間というのは稀に存在するものだ。
例えばダンブルドア。
彼は理想を追い求める子供のような精神性と、そのためには犠牲を問わない冷徹な精神とが同居している。彼はより大きな善のために一人を殺す道を選べるが、同時にそれに心を痛める常人の部分もある。
例えばレックス・アレン。
己の信じる正義のために、彼もまた一人を見殺しにできる人間だ。しかし五人が犯罪者だとしたら、彼は何の躊躇もなく、残る一人から何を言われようとも、その五人を殺す道を取る。
茨の道。彼達は人のために、理想に殉じるために何かを犠牲にする。それは自分自身だったり、人間性だったりする。
スフィンクスは、彼達の未来に幸多からんと願わずにはいられなかった。
「あれは……対抗杯、か?」
迷路の最奥。そこに見る者を圧倒する黄金の輝きが、杯の形をして置いてあった。
偽物ではない。かつて大広間で見た優勝杯が、全く変わらない姿で鎮座している。
セドリックは喉を鳴らした。あれを取れば、とうとうシェリーに本音を言うことになるのだ。彼は紳士だが、それが転じて高潔な頑固者となることもままある。
故に、たとえシェリーがどんな生徒からの告白も断らないと悟った時、彼は本心を伝えることを憚った。……心根に付け込むようで、卑怯と思ったからだ。
しかしあれを取れば、自分も彼女に相応しい器になれると信じて──。セドリックは小走りで駆け寄った。
「はは……まさか本当に、僕達が優勝できるなんて!ベガがこの場にいないのが残念だが、ともかくこれで──」
「!危ない、セドリック!!」
「な………!?クラム!?」
「──油断、大敵──優勝杯を掴むのは、シェリーが──」
ありとあらゆる表情が削ぎ落とされた、能面のような無表情。
影から飛び出した坊主頭に、セドリックは少なからず動揺する。盾の呪文が不完全な形で形成され、クラムの呪文は直撃こそしなかったものの、セドリックはその衝撃で吹き飛ばされる。
続く第二撃にセドリックは反応できない。シェリーの角度からはクラムには攻撃は届かない!更には見知った相手に襲われるという動揺が、どうしようもない隙を生み出して──
「ステューピファイ!!」
「────ァ」
死角からの攻撃に、クラムは沈む。
セドリックの窮地を救ったのは、可愛らしい顔の双子の姉妹。ローズとブルーが、彼を救ったのだった。
「油断したわね、チャンピオン?」
「あ──はは、今度は僕が助けられることになるとはね」
「気にしないで。お互い様よ」
セドリックはよろよろと立ち上がる。
クラムの意識は失われており、地面に沈んだまま動かない。これでは続行は不可能だろう、シェリーは第二の試練で使ったのと同じ、リタイア用の紅い花火を空に向かって放つ。
しかし何だったのだ、今のは。
クラムは同じクィディッチ選手ということもあり、セドリックともたまに話をしていた筈だし、研鑽を怠らぬ硬派でストイックな男でもある。
それが、よもや襲撃などと。
結局は彼もダームストラングだった、ということなのか?……だが、それにしてはあまりにも……。
(……服従の呪文?まさかね……)
「シェリー、すまない。僕はここまでだ、優勝杯に浮かれて警戒を怠っていた。これ以上ここで戦うわけにいかない」
「えっ?」
「ちょ、ちょっと!?棄権するつもり!?やめなさいよ、そんなつもりで助けたんじゃない!」
「だが僕は……」
「分かった、分かったから。紳士すぎるのも困り物ね……。
じゃあこうしましょう。対抗杯は四人で取る……ってコトでいいかしら、ブルー」
「依存なーし」
「な……」
「ボーバトンと合同優勝ってこと?私はいいけど……二人は、いいの?」
「いいのよ。つーか私達もさっきセドリックに助けてもらったばかりだし、シェリーにも第二の試練で助けられたしね」
それは、心からの笑顔だった。
燦爛と弾ける表情は眩い。
「シェリー、セドリック。貴方達に助けてもらわなかったら、私達はきっと今ここにいなかった。相変わらず人を信じられないまま、自分達の殻に閉じ籠っていた。
……だから、そのお礼ってやつ!」
「………。いいな、それ。
うん、それなら僕もそれがいい」
「私も賛成!……あ、そういえば、セドリックの言いたいことって何だったの?」
「んなッッッ」
まさかローズとブルーの前で言うことになるとは思わなかった。色々と察したのか何かニヤニヤしながら見てくる。
「シェッ、……あー、ごほん。シェリー」
「声が裏返ってるわよ」
「放っておいてくれ……ぼ、僕が君のことを意識し始めたのは一年前からだ。クィディッチの試合で勇敢に戦う君を見て、心を打たれた気分だった。だけど箒から降りたらあんなに謙虚で、その……
それで、まあ、チョウと君のことを話して、話の流れで一緒にパーティに行くようになったりして。自分の気持ちに気付かないフリをしたけど、本当は君と……
いや、いい。それで、僕は……君と、
………友達になりひゃいんだッ………」
しまった噛んだ!いやそもそも本当に言いたかったことを言えてない!セドリックは自己嫌悪に陥った。
ローズとブルーはやれやれといった風だった。自分達がシェリーに友達となりたいと言った時、散々口籠っていたのは記憶にないようだ。
「うん、勿論!よろしくね、セドリック」
「……ああ。よろしく、シェリー」
「ヘタレ!」
「穴熊野郎!」
「返す言葉もないよ……でもまあ、一歩前進したことを喜ぶとするよ」
「ったく。あんたの堅物も大概ね。まっ、シェリーに恋人ができるのは何だか癪な気もするし、いいか」
「さっさと優勝杯を取っちゃいましょう。それでこの試合を終わらせて、大広間で皆んなでご飯食べましょっ」
四人は同時に、優勝杯に手を伸ばす。
そのタイミングは、息を合わせたようにぴったりだ。一切のタイムラグなく、四人は優勝杯に触れた。触れてしまった。
頭を鷲掴みにされ、どこか違う空間へと引っ張られる感覚。この感覚はよく覚えている。ワールドカップに行く時に使ったポートキーの感覚だ。
シェリー・ポッター。
セドリック・ディゴリー。
ローズベリー・フロランタン。
ブルーベリー・フロランタン。
四人の代表選手が、絶望手招く死の空間へと誘われていく。
血と肉の腐った臭いが充満する、悪夢の墓場へと飛ばされてしまった──。
「がッ」
背中を強打して、肺から息を全て吐き出してしまった。混乱しつつも、彼女達は数多の試練を乗り越えてきた優秀な生徒達。
誰に言われずとも互いに背中を預けて、四方を見渡し周囲の状況を把握する。
てっきり、迷路の外に出て歓声が待っているものと思っていたのだが。課題はまだ終わっていないということか?
(ここは、墓場?向こうには屋敷が……
この墓場、手入れもされてない、カラスさんばっかりで陰鬱な雰囲気で……何だか死んだ人が可哀想だな……この、墓石の、名前、は……………………)
「──トム・マールヴォロ・リドル……」
心臓が警鐘を鳴らした。
ここにいてはいけないと、本能が訴えていた。けれども彼女の脚は動かない。言いようもない焦りが、彼女の思考を停止させていた。
玉のような汗が落ちる。
シェリーはようやく自分のやるべきことを理解し、整理すると、視線を動かした。
──あった。優勝杯だ。
まだ壊れてはいないようだ、あれを使えば帰れる。ホグワーツに戻れる!
「皆んな!!急いでここから──」
「──『クルーシオ』」
「ッ、ぎゃああああああああ!!!??」
「シェリー!?」
警戒していた筈なのに、まるで煙のようにごく自然に現れた黒いローブの男の魔法を、シェリーはモロに食らってしまう。
「貴様っ、『エクスペリアームス』!いきなり何をするんだ!!女の子に──」
ローブの男に攻撃したセドリックが、その顔を見て忘我の呟きを漏らした。
攻撃してきた男がまたもあり得ない人物だったからだ。しかし、セドリックもつい先程クラムに襲われたばかり。動揺しながらも決して攻撃の緩めはしていなかった。
だから。
だから、赤子の手を捻るようにその魔法をかき消され、あまつさえ神速の速さで、実に二十はくだらない量の緑の閃光が男から放たれた時は、冗談かと思った。
痛みは後からやってきた。
閃光が全身を貫き、焼けるような激痛がセドリックを襲う。杖など持つ余裕すらなかった。灼熱の苦痛がそこにはあった。
「『フェルーラ、巻け』」
痛む身体を無理矢理墓石に叩きつけられ、あろうことか荒縄で縛られる。シェリーも、ローズもブルーも今の一瞬で墓石に縛られてしまった。各校の優秀な選手を即座に抑え込むその実力は本物だ。
無様に悶えてのたうち回ることすらできないが、それでも意地で、セドリックはその人物を見据えた。
──やはり、見間違いではない。
近代魔法史の授業で、英国魔法界を最も恐れさせた魔法使いとして扱われ、その時に写真に載っていた人物。
ローズとブルーも、知識として知っていた。タイミングや切っ掛けさえ違えば、彼女達の故郷フランスもまたこの男の手によって滅ぼされていたかもしれない、ということを。
そして──最も驚いていたのは、やはりシェリーだった。彼女の両親の仇であり、二度の激突を経て、因縁浅からぬ仇敵となったその男を見て、彼女がたじろがない訳がなかった。
「久しいな、シェリー。実に三年ぶりか」
「ヴォルデモート卿……!?」
ヴォルデモートがそこにいた。
全盛期と変わらぬ姿で立っていた。
あり得ない、とシェリーは目を見張る。
まず彼には四肢がある。何の後遺症もなく、しっかりと両手両足で立っている。
そしてクィレルの後頭部に張り付いていたのと同じ、蛇のような顔面も顕在だ。
彼が今ここに立っていられる筈もないのは、他ならぬシェリー自身が一番よく知っている。
闇の帝王はリリーの愛の護りによって、滅んだはず、なのに。何故、五体満足でいられる。どうして無事でいられる。
「何で……!だって……だって、帰るべき肉体を無くしたあなたは、クィレルの頭に憑いていたはず……」
「あれは俺様の霊魂の一部だ。俺様は長い時間をかけ、この通り、元の肉体を取り戻したのだ。かつての身体を取り戻すに至ったのは、つい最近のことだ……
だが……それではあの時のままだ。俺様は今宵、更なる力を手に入れる!全盛期以上の力を俺様は得るのだ!!
シェリー、お前の血を使ってな!」
ぎょっとした。
ヴォルデモート卿は生きている、いずれ奴は必ず蘇る。そういう推論がまずもって間違っていた。
闇の帝王はとうに蘇っていた。
つい最近というのがいつのことかは分からないが、少なくともクィレルに取り憑いていた一年生の時より後に、彼は何らかの手段を用いて復活したというわけだ。
自分の霊魂の一部が賢者の石で蘇ろうとも、日記の記憶が受肉しようとも、どちらでも良かったと彼は語る。
最終的にこの肉体さえ取り戻せたなら、あとは総仕上げをするだけだ。
即ち、復活を越えた完全復活。
シェリーの血を使った、若かりし姿を取り戻すための儀式。それさえ果たしたならば、彼は全盛期以上の力を行使できる。
そうなれば魔法界は終わりだ。
「さて、さて、さて。疑問はいくつかあるだろう。今の俺様は上機嫌だ、お前の内の疑念にも答えてやろうではないか。
しかし──何を語るにしても、まずはあいつの紹介からしなければ始まらん。
俺様が何故、仮初の形とはいえ復活することができたのか。それは、あいつの存在があったからだ」
(────え?)
ヴォルデモートの存在と、今も痛む頭と額の傷に意識を取られていたからか、近付いてくる二人の気配に気付かなかった。
一人はフードを被っており、その顔は見えないが、少年のような体躯だ。
そしてもう一人は、ペティグリューだ。恭しくフードの少年に付き従い、怯えたように背中を丸めていた。
ペティグリューを見て、去年の出来事が思い返され、親友を最悪の形で裏切った彼に何とも言えぬ感情が沸くのだが……、しかしそれも、少年がフードを取った瞬間、どこかに立ち消えてしまった。
(何で────)
困惑に思考が塗り潰される。
フードが隠していた黒髪を見た瞬間、シェリーは声にならない声を上げた。
あの黒には見覚えがあった。
あれは、夢に出ていた少年だ。
シェリーに、生まれてきてはいけなかったと嘯いていた、あの少年。
しかしその顔をまじまじと見て──シェリーは更なる混乱に襲われる。
(何で、嘘、アレは────)
彼の顔立ちも、髪のクセも、目の形も、シェリーはよく知っていた。
毎日見ていたわけではないが、それでも何度も何度も見ていた筈だ。家族を求めていたシェリーが、ほんの僅かな憧れを胸に抱き、憧憬の火を灯していた男の顔。
理解しようもないその光景に、シェリーの思考は空白と化す。しかしその意図を斟酌しないまま、少年はやって来る。
少年の、その、姿は。
くしゃくしゃの黒髪で、
額に稲妻の形の傷がある、
眼鏡をかけた少年。
「紹介しよう、シェリー。こいつは──」
「ハリー・ポッターだ」
次回更新は明日になります。
これまでの伏線が回収されまくります。