シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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ベリーハードモード→ルナティック


12. SHERRY POTTER IS THE GIRL CURSED BY GOD

 ダンブルドアは歯噛みしていた。

 シェリーやベガやセドリック、他校の将来有望な代表選手達を、何が起こるか分からないあの迷路の中に行くのをただ見届けるしかできないという現実に。

 古代の魔法具、炎のゴブレットの縛りはダンブルドアでも解除はできない。それは分かっている、分かっているのだが……それと感情は別物だ。

 誰かに話して、恐怖を和らげたかったのだろうか。ダンブルドアはスネイプに、とある仮説について話し出す。

 

「──セブルスや、去年のトレローニーの予言を覚えておるかね?」

「……、ポッターが殺人をする可能性があるというやつですかな」

 

 スネイプは憮然として答えた。

 

「この予言、どう見る」

「ポッターめを擁護する気はありませんが、アレは故意に殺人をする神経など持ち合わせてなどいない。

 おそらく闇の勢力との戦いの末に、『そういう結果』になるものと見ていますが」

「そうじゃのう。彼女が人を殺すとなればそういうケースが真っ先に考えられる」

 

 含みのある言い方に、スネイプは嫌な物を感じた。こういう周りくどい聞き方をする時、決まってこの老人は他に仮説を考えているのだ。

 

「予言では、『初めての殺人は汝に消えない闇をもたらすだろう』……と言っておった。わしは考えた。この予言で注目すべきは、シェリーが殺人することではないのかもしれん」

「……まさか」

「うむ。初めての殺人、ということは…」

 

 

 

「──続きがあるということじゃ」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

──怒り狂うとはよく言ったものだ。

 憤怒の力に身を焦がし、狂ったような濁りきった魔力を纏う。

 優しかった少女の面影など最早どこにもなく、鬼もかくやという瞋恚の相。

 それが、シェリー・ポッターを名乗る人形の成れの果てと化した姿だった。

 

「このクズ野郎どもが。ぶち殺してやる。私が今から貴様達を鏖殺してやる……!」

 

 炎のように揺らめく紅い髪。

 リリーそっくりの可憐な花を思わせるそれは、闇の帝王が埋め込んだ紅い力により禍々しく変貌していた。

 彼女にとって最大の禁忌たる殺人がトリガーと相成って、内に潜んでいた真の力が覚醒し、無意識のうちに力を押さえつけていた縛りは解ける。彼女の頭痛は消え去っていた。

 しかし肉体はこれ以上ないまでに清々しかったものの、精神はそうではない。暗鬱とした曇り空のような心象は、血煙が渦巻く荒天へと移り行く。

 激怒、していた。

 

「異常だよ、お前達。自分の快楽のために人を殺せるなんて正気じゃない。お前達のような害虫には、地獄の底がお似合いだ」

 

 すらすらと悪意に塗れた罵詈雑言が出るのは何故だろう。

 きっとそれは、シェリーが、いつも自分に対して思っていたことだったからだ。自分と同程度の価値しかない者に対してかける言葉など、まさしく自分と同程度の扱いで十分だ。

 

「お前は死ぬ筈だったクィレルを助け、死ぬ筈だったペティグリューに情けをかけ、徹底して不殺の意思を貫いてきた。

 その信念を今更曲げるというのか?」

「信念は変えない。罪を犯した者は罰を受けなければならない。その罪を償わなければならない……

──それが、贖罪のための生から、贖罪のための死に変わっただけのこと!!私は貴様達を殺して、彼女達に、無為に死んでいったローズとブルーの、セドリックの魂を救済する!!」

「セドリックを殺したのはお前だろ?」

「黙れ──肥溜の鼠畜生にも劣る下郎が、その口でセドリックを語るな!!!」

 

 シェリーはこれでも、彼女なりにヴォルデモート達と和解できないか考えていた。

 例えばクィレルの時のように、お互いにお互いのことを分かり合えればきっと上手くやれるものと思っていた。

──それは勘違いだった。

 

(こいつ達は信じられないくらいの屑で、どうしようもない最低の塵だった。和解なんてできるわけがない)

 

 そこで、思いついた。

 彼達と円満に仲直りする方法を。

 淀みなき悪と分かり合える、唯一の解答を彼女は得た。

 

「貴様達が殺した数だけ切り刻む。貴様達が害を為した分だけ私が罰を与える!安穏に暮らす貴様達に絶望をもたらす!!

 そして──お前達が今まで殺してきた人達に、あの世で謝罪させてやる!!」

 

 殺せばいいのだ。

 痛めつけて、生まれてきたことすら後悔させて、その末に思いつく限りの最も惨虐な手段を持ってして凄惨に殺す。

 それでやっと、彼達は今生の罪を来世に持ち越さずに済む。殺されていった者達の気も多少は晴れるというものだ──!

 

「父さん、奴は僕が相手するよ」

「おう。せっかくだからそいつも紅い力を使わずに倒してみろ」

「ああ。あいつはまだ紅い力に慣れていない、そんな奴に負ける道理は──」

 

 ハリーには、とりわけ正義や勇気を戦いの理由にする者の力を過小評価する悪癖があった。そんな綺麗事は戦いにおいて邪魔なものでしかなく、感情の昂りが魔力を向上させるのだとしても、圧倒的に力の差があればそれは微々たるものでしかないのだという持論だ。

 それは、暴食の機能をプログラムされた彼ならではの視点だった。

 だから、油断した。

 砲弾のように突っ込んでくるシェリーの蹴りを、彼はまともに喰らってしまった。

 

「がッ!?」

 口の中に広がる血の味を感じた時には、シェリーの杖から既に二つの閃光が放たれていた。咄嗟に無言呪文で魔法を放ち、相殺すると、鮮烈な光が燃え広がる。

 その光に目を眩ませ、目を開くと、視界に揺らぎを覚える。顔の上に手を置いて、眼鏡がないことに気がついた。

 

「いつの間に……!?」

「考えたこともなかったよ──」

 見ると、シェリーが、ハリーの眼鏡をくるくると弄んでいた。

「私以外にも薄汚い害虫がいたなんて」

 

 眼鏡を盗られたとて、戦闘に支障が出る程度のことではない。とはいえプライドの高いハリーにとって、自分の持ち物を奪われるというのは耐えがたい屈辱だった。

 血管から血が溢れんばかりの勢いで、力任せに毒の弾丸を放つ。人体に触れればたちまち皮膚を焼き、骨を溶かしてしまうだろう。

 だがそれも、紅い力を持ったシェリーの前には無力だった。彼女が杖を横薙ぎに振るうと、濃密な魔力のカーテンがその攻撃をシャットアウトする。盾の呪文の亜種だが、あんな高度な魔法を使えるまでに彼女の力は底上げされていた。

 驚くハリーに、お返しとばかりに放たれるのは何十もの魔力弾。地面が穿たれ、墓石が破壊されていく。死喰い人達は年端もいかぬ少女の所業に恐怖した。

 

「てめえ、滅茶苦茶だッ!全部の攻撃にレダクトの効果でもついてんのかッ!?」

 

 ハリーの指摘は正しかった。

 彼女の練り上げる魔力に触れれば、人体だろうが物質だろうが、たちまち破壊され全て粉々になってしまう。

 奇しくも、それはハリーの魔力に近しいものがあった。

 破壊に優れた姉、シェリー。

 毒に特化した弟、ハリー。

 似たタイプの魔法使いの差を作っているのは、皮肉にも『紅い力』の有無だった。

 両者ともに紅い力を使えば、もしくは使わなければ勝負は分からなかったものの、ハリーの矜恃が紅い力の行使を許してはいなかった。一度使わないと宣言したものを劣勢に立たされたから使うというのは、彼自身の沽券に関わる。

 しかして、シェリーの強さは彼の予想を遥か越えていた。

 

「オアアッ、ステューピファイ!」

「死ね。フリペンド」

 

 同じく一節の詠唱ではあったが、その威力は段違いだ。傲然とした両者の魔力のぶつかり合いは次第にシェリーの誅戮という様相を帯びていく。

 逆巻く髪は、烈火の如し──

──彼女は、その暴虐の魔力を持ってして闇への覚醒を証明した。

 流れる血が、軋む骨が、決意の瞳が、少女の狂った信念を雄弁に物語っていた。

 生きとし生ける塵どもを、全て破壊してやると。地上に蔓延る悪鬼羅刹を、刎頚でもって殺し尽くすと!

 癒えぬ十字架をその身に刻まれたシェリーの力は絶大。圧倒的攻撃力でハリーの魔法を破壊するや否や、殺意が誘うままに脚を進め、彼の髪を掴み──

──近くの墓石へと叩きつける。

 

「てッ、てめえ………ごッ!?」

「煩い、黙れ、喋るな。その薄汚い口に糞でも詰め込んでいるのか?貴様が喋るだけで吐き気がする」

 シェリーは腕の骨を折った。ブルーが最初に折られたのもそこだった。

 しかし彼女が、彼女達が受けた苦痛はこんなものではない。彼女達が舐めた辛酸はこんなものではない!

 破壊してやる、破壊してやる!

 肉体も尊厳も全て!

 こいつの全てを蹂躙し尽くした先に、彼女達の魂の安息があるのだから!!

 

「お前のような汚物が存在していること自体が赦し難い大罪だ──その骨の一片まで焼き尽くしてやる!!」

 シェリーは骨を折るに留まらなかった。飢えた鮫の如き呵責なさで、肩の関節部分、すなわち腕の根本に魔力の槍を突き立てて引き千切る。心に苦々しいものが湧いたが、ブルーは何十もの槍を突き立てられて死んだのだ。

 痛みに悶え叫ぶハリーに蹴りを入れて、口元に泡の魔法を使って黙らせる。ローズは最後まで妹の名を発することすらできずに死んでいった。

 片腕を捥がれ、これ以上ない怒りを浮かべるハリーに冷酷な無表情を返し、彼女は短剣を取り出した。セドリックを殺したナイフだ。

 因果応報、罪には罰を。何も難しいことはない、優しい人達が住まう世界に寄生する害虫を駆除するだけ。救い難い悪人を断罪し、地獄へと道連れにすることが、この世に間違って生まれてしまった罪への贖罪なのだから。

 

(とどめを────)

 そこで、逡巡する。

 このまま殺していいものかと。

(とどめなんていつでも刺せる、それにこいつはもっと苦しませて殺すべきだ。

 それよりも今は、そうだ、他の害虫を殺さなければ。殺して、殺して、殺し尽くしてやる)

──そう、決して、この少年を殺すのを躊躇ったわけではない。そう結論付けると、シェリーは怒りの矛先を変えた。

 

「次は貴様だ、ヴォルデモート」

「嬉しいねえ、直々にご指名とは。うん、俺様の愛しい息子を弄んでくれた礼もしなくてはな!」

「待て!!僕は、まだ……!!」

「ハリーよ、お前ならば腕の一本や二本、すぐに元に戻せることは知っている。

 だがその調子ではもはや戦闘続行は不可能だろう。ペティグリューに診てもらえ、汚名を晴らす機会は必ずやる」

「……………クソが!!!」

 

 腕を捥がれても尚立ち上がろうとするハリーの不屈ぶりには感嘆するものがあったが、シェリーからしてみればそれも無駄にしぶとい虫ケラを思わせるものだった。

 

「茶番だな。害虫どもが馴れ合って、家族ごっこでもしているつもりか」

「この俺様を害虫呼ばわりか、ハハハハ。ではお前はどうなのだ?目の前の命を救えず、護れず、ただ狼狽するしかできなかったお前は死ななくていいのか?」

「私が死ぬのは貴様達を殺した後だ。蔓延る害虫どもを殺し尽くした後、私もさっさと自害する。それでこの世界から塵が消え去る……!」

「ハハハハ!!つくづく道化だなお前は、シェリー・ポッター!!」

「お前が私を語るなよ」

 

 妄執に取り憑かれ、怒りに囚われたシェリーの魔力の放出には目を見張るものがあった。それはまさしく暴風雨と言って差し支えない。

 内に秘めた膨大な魔力の発露。それだけで嵐が通り過ぎたかのように地面が削れ、蹂躙されていく。死喰い人達は盾の呪文で身を守るものの、それでも余波を防ぐだけで精一杯だ。

 シェリーの魔力は、破壊。

 彼女の攻撃に触れてはいけない。掠ってもいけない。それに当たるということは、たちまち分解と破壊の限りを尽くされるということを意味するのだから。

 ヴォルデモートとて、紅い力を顕現せしめたシェリーの恐るべき力の程はよく理解していた。だが……彼にとってそれは、盤上遊戯で負けるかもしれない、程度の危機でしかない。

 お返しと言わんばかりに、緑色の魔力を放出して迎え撃った。

 

「エクスペリアームス!!」

「アバダケダブラ!!」

 

 激突はしかし、長くは続かなかった。

 攻撃に特化したシェリーの魔力ですら歯牙にもかけず、それ以上の攻撃でもってして打ち破った。出力からして桁違いで、先程ハリーを圧倒したシェリーが敵わないほどの魔力。

 これがシェリーと同じ兄弟杖であれば、多少は勝機もあっただろうが、ヴォルデモートの使用した杖は違っていた。吹き飛ばされる直前、シェリーはそれに気付く。

 恐怖しながらも、シェリーが倒れたことで気が緩んだのか、死喰い人の一人がヴォルデモートに尋ねた。

 

「杖を……変えられたので?」

「ん?ああ、いや……まあ、そのようなものだな」

「もしや、風に聞く最強の杖、『ニワトコの杖』では……!?」

「……ああ、そんなものに恋焦がれていた時期もあったな……。

 これは違う。俺様が紅い力の研究をする傍ら、同時に追い求めていたものだ。まあ詳細はまたいずれ話そう。まずは、あの小煩い蠅を叩き落とさねばなるまいて」

 

 紅き双眸は復讐者を捉えていた。

 精神が崩れ、狂ったように唸り声をあげるシェリーの姿が、そこにあった。

 

「ヴォルデ……モートォオオオ……!!」

「ほう、あくまで向かって来るか」

 

 シェリーはシェリーであるが故に、敵を前にして止まることがない。

 それは破滅への道を邁進する狂者の行進でもあった。瞋恚の風が吹き荒れる。

 紅い髪をたなびかせ、倒錯の乙女は誅伐を下さんと前進し──そして、その身体に傷を増やしていく。

 元より。

 シェリーの今の力は、ヴォルデモートから与えられたものであり。滾る闘志で誤魔化していたが、彼女がその力に慣れていないというのも事実であり。

──敵う道理などなかったのだ。

 何度目かも分からない。皮膚は焼け焦げ、肉体に穴は開き、夥しい量に血が流れ落ちている。

 それでも彼女は怯むことなく帝王に向かっていったが、とうとう、気絶呪文をモロに喰らってしまった。

 

「殺してやる……殺してやるぞ……ヴォルデモートォオオオ……!!!」

「それは楽しみだ。よく眠るといい」

 

 崩れ落ちる最後まで、血の涙を流して、怨嗟の呪詛を口にしていた。一度気を失ってしまえば後は簡単だ、魔法を使って如何様にも操ることができる。

 仲間が殺されることを何よりも忌避する少女が、帝王の傀儡となり仲間を殺す。

 その最悪の筋書きは、見ていてさぞ面白いだろうと、ヴォルデモートはまるで悪戯を思いついた子供のような意地の悪い笑みを浮かべた。

 優越感に浸っていたのだ。

 清廉にして潔白な小娘が、自ら罪を重ねていくことで堕落してしまうことに。

 

 だから、だろうか。

 

 彼はこれ以上なく油断していた。

 彼の力であれば油断していようが相手を返り討ちにできるのだが、その少年の突然の登場は、彼にとっても予想外なものだったのだ。

 今──ここに。

 この、地獄に。

 

 

 

「──『時間簒奪』!!」

 

 

 

 一人の悪魔が降り立った。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

──数分前──

 

「兄さん、こっちです!」

 

 リラに案内され、ベガとネロは複雑な迷路の中を一切の迷いなく進んでいた。

 闇の帝王の目的はシェリーである。

 つまり、シェリーを一番最初に対抗杯のところまで到達させるために、闇の勢力は彼女に罠や魔法生物が少ないルートを通らせているのだ。

 彼達は急ぐ必要があった。

 走って、走って、そして開けたところに出る。ネロは守護霊の呪文で犬を呼び出すと、人がいた形跡がないか確認する。

 

「こいつは本物の犬みてえに、臭いでここに誰がいたかを探すことができるんダ」

「お前の守護霊便利だな……」

「……ああ、俺は守護霊が何体もいてな。状況に応じて使い分けられるんだヨ」

「お前の守護霊便利だな!?」

「さて、まずいな。……ここにいたのは、ホグワーツのシェリーちゃんとセドリック、ボーバトンのフロランタン姉妹。そしてウチのビッキーの五人だ。

 しかし、この臭いを見るに、ビッキーは既に脱落したようだナ。そしてあの広場で臭いが途切れている、となると……」

「!四人は既に対抗杯で飛ばされた後ってことか!?」

 

 重い沈黙が全てを物語っていた。

 ベガは焦る。向こうに行ってしまった後だというなら、もう自分達に何もできることはないからだ。

 闇の帝王はシェリーをすぐには殺さないだろうが、それも時間の問題。セドリック達に関しては、即座に殺されていてもおかしくない状況なのだ。

 

「いや、まだ手はあル!ここに僅かに残った魔力の痕跡を利用して、擬似的な姿現しを行うぞ!」

「えっ、そんなことできるんですか……」

「!そうか、ポートキーに使われた魔力を辿っていけば、超長距離の姿現しもできるってわけか……!」

「で、できるんだ……」

 

 オロオロするリラをよそに、ネロは魔力の痕跡を辿る。彼の犬の守護霊を使えばそれも可能だ。

 魔力を探知し──そして、大まかな座標の特定へと至る。ここより数百キロ離れた墓地らしい。そこに彼女達はいる!

 

「しかし、この距離を、こんな細い魔力の糸を頼りに移動するとなると……どうしても限界がある。

 向こう側に行けるのは一人だけ。向こうに行った後、シェリーちゃん達を助けて、闇の帝王や大勢いるであろう死喰い人達の中を掻い潜りながら、近くに落ちている対抗杯の所まで行かなくてはならない……」

「…………」

 

 気が狂っているとしか言いようがない。

 闇の帝王がそこにいるということは、闇の勢力もそこにいるということ。

 グレイバックのような出鱈目な強さの幹部もいるかもしれない。ペティグリューのような厄介な敵もいるかもしれない。そんな死喰い人達の中を掻い潜り、たった一人で四人もの人間を救出するなど。

 あまりに確率の低い賭けだ。

 そんな博打に、いったい誰が乗れるというのか。──しかし、ベガは、一切の躊躇なく毅然と宣言した。

 

「俺が行く。俺なら、大勢の死喰い人の攻撃も回避しながら移動できる。この中で一番の適任は俺だろ」

「………おい、ベガ。俺が言うのもなんだが、騙されてるとは思わねえのかヨ?

 お前は今、敵か味方かも分からねえような男から糞みてえな提案されたんだぞ?何か裏があると考えるだろ、フツー」

「かもな。……だが、仲間がピンチかもしれねえ時に何もできねえのはもう御免だ。

 お前達に騙されたんなら、それでいい」

 

 そう、それでいいのだ。

 これがネロの罠だったとしても、ベガはそれに乗らないわけにはいかない。

 仲間が死ぬかもしれない、そんな状況を放っておける彼ではない。彼も魔法を駆使して可能な限りシェリーやセドリックを探していたのだが、しかしそれでも彼女達は見つからなかった。

 つまり。

 シェリーは恐るべきスピードでこの試練を突破したということ。それはまさしく、悪辣な罠にかけられている可能性が高い。

 だからこれが、ダンテやネロの策略に乗せられているのだとしても、シェリー達さえ無事ならそれでいい。

 

「……リラ。お前の魔力を使って、少しでも姿現しの確率を上げるぞ」

「は、はい」

「…………すまねえな、お前達」

 

 かくして。

 ベガは悪意塗れる墓場へと降り立った。

(──────)

 彼の反射神経ならば、突然の場所の移り変わりにも対応できる。

 ネロやリラが言っていることは本当だった。髑髏の仮面の集団、そして隠しようもない絶大な魔力を放射している、かつてのトム・リドルが成長したような姿の男が一人。倒れたシェリーに、セドリックやローズ、ブルーの姿も見えた。

 ヴォルデモート卿は、復活どころか、全盛期よりも強化された状態で舞い戻った。

 そして、それさえ確認すれば十分。

 

「──『時間簒奪』!!」

 

 超至近距離からの、世界の理さえも書き換える神域の魔法。一年に一度しか使えない、対象の時間を数秒遅らせる魔法。

 そして去年は時間を遅らせるだけに留まったものの、その本質は『簒奪』。借り物の杖ではない今、その魔法は本来の力を見せる。

 ベガの体内時間は今、ヴォルデモートから奪った分だけ加速していた!

 超スピードで動く銀髪の美少年を、誰が捕らえることができようか──!

 

「蒼き焔は静かに燃ゆる!!

 ヴォルデモート!!テメェ、俺の仲間によくも手を出してくれたよなあ!!!」

 

 彼は初めてその名を呼んだ。

 理由は、倒れ伏したシェリーである。仲間を不当に傷つけられたとあらば、ベガは黙っていられない。先程の焦燥は憤怒へと姿を変えた。

 これは決意だ!

 闇の帝王に叛逆の翅を翻さんと、蒼月の如き焔が燃え上がる──!!

 

「──テメェを屠る悪魔の姿、とくとその目に焼き付けやがれ!!」

 

 火炎を纏った蹴り。

 ベガの操る守護悪霊は、ヴォルデモートを蹴り飛ばす。死霊蠢く墓地の中、山羊頭の悪魔は帝王への乱逆の舞踏を舞い踊る!

 

「ああそれと、お前には色々と借りがあったなペティグリュー」

「な、な……!?や、やめ、ブゴッ!?」

「去年は散々手こずらせやがって!!黙って寝てろクソ野郎!!」

 

 三日月のように振り下ろされた上段からの踵落とし。ペティグリューも流石の反応速度で盾の呪文を形成するも、守護悪霊は盾ごとペティグリューの頭を割る。鈍痛が彼を襲った。

 だが、ここまでだ。

 仕留めきれなかったならば、ベガは即座に逃走すべきと判断した。奇襲で攻め切れるのはここまで。混乱から解ければ、もうまともに攻撃はできまい。

 良くも悪くも死喰い人とは、ヴォルデモートのワンマンチームなのだ。その帝王からの指示がない以上、彼達はまともに機能しなくなる。忠誠心の高い幹部が一人でもいれば違ったのだろうが、今ここにいるのは保身ばかりのペティグリューだ。

 ベガはシェリーを拾って逃げた。

 

(よし、シェリーは無事だ!怪我はしているが命に関わるものじゃねえ!)

 ベガは知る由もないが、紅い力が解けた彼女の身体には相当の負担があった。たとえ起きていたとしても動けなかったろう。

「あん?」

 何か腕を捥がれてる少年が一人いた。

 どこかで見たような気もする。

「おい、お前……」

「何だお前!!見てんじゃねえ!!」

(あ、これ絶対敵だわ)

 やっぱ無視した。

 

「おい、ローズ……だよな!?おい、しっかりしろ!!おい……」

──冷たい。

 触れただけで全てを悟った。

 彼女は死んでいる。

 生き返ることは、もうない。

 苦痛の顔に歪んだ貌が、彼女が受けた苦痛の全てを物語っていた。

 

(せめて、せめて遺体だけでも──)

 

 身内が死んだ時の辛さは、ベガが一番よく知っている。一秒にも満たぬ思考は、彼女を連れての逃走を選択していた。

 腕の中に感じる彼女の感触は、抜け殻のようだった。

 悪夢は終わらない。華奢な身体に無数の孔が開けられたブルーが横たわっているのを視認した時は気が狂いそうだった。

 案の定、彼女の身体も冷たかった。

 ベガはその冷たさをよく知っている。かつて自分が死なせてしまったシドの時と同じ、氷のような冷たさを。

 二度とその感覚を味わいたくなどなかったのに……!

 胸から血を流したセドリックの死相が告げていた。ベガは、どうしようもなく遅かったと。間に合わなかったのだと。

 

「お前まで……クソがッ!!勝手に死んでんじゃねえよ馬鹿が!!!どいつもこいつも……俺より先に逝くんじゃねえ!!!」

「そこだッ!『ステューピファイ』!」

「邪魔すんなゴミが!!!」

 

 ようやく意識を取り戻した死喰い人の追撃。何十人もの敵からの逃走は、ベガにとってこれ以上ない苦痛だった。

 無理もない。死人が出てしまったことでもう心が捻じ切れそうなのだ。ましてやその上での戦闘など……。

 何よりも、重い。

 意識のない人間を四人分抱えて、更には数多くの魔法攻撃を躱しながらの逃走だ。

 ベガが如何に優れた肉体を持っているとはいえ、その負荷は、到底十四歳の少年が耐えられるものではない。

 以前の試合で、ベガは水中で四人の人間を抱えながら泳いだことがある。その時に何となく察していた、自分の筋力の限界。

 自分が抱えられるのは、陸上では四人、水中でも五人まで。

 しかも、抱えるだけならまだしも、抱えて走らなければならないのだ。ベガの身体の限界は近かった。しかも死喰い人との戦闘を考えれば、シェリー達を浮かせながら逃げたりすることはできない。

 それでも彼を動かすのは、ひとえに、彼の優しさからだった。

 

(せめてこいつ達を故郷に帰してやらねえと……!!こいつ達をこんな冷たいところで朽ち果てさせるわけにはいかねえ!!)

 

 本来、集団戦はベガの得意とするところなのだ。その反射神経と身体能力で敵の攻撃を全て回避し、広範囲にわたって火炎魔法を使って攻撃。危なくなれば守護悪霊で自分の身を守れもする。

 しかし四人もの人間を抱えながらの逃走となると話は別だ。得意の回避は封じられる上に、守る対象も増えるので魔力の消費も激しい。

 よって、彼は残る全ての魔力を防御に使用することに専念した。

 破裂したような音と同時、ベガの目の前に三人の魔法使いが現れる。対抗杯までの道のりを考えればここで止まるわけにはいかない。ベガの守護悪霊は前方に三発の蹴りを放った。

 二人は吹き飛び、一人は回避。置き土産と言わんばかりに魔法を放つが、その魔法は焔によって掻き消される。驚く死喰い人に再度蹴りを放って、彼は前に進む。

 進んだ先には、また死喰い人。

 チェス・プロブレム(ニホンで言うところの詰め将棋)を解くような感覚だ。先を見据えて最善を尽くさなければ、死ぬ。

 

「『アバダケダブラ』!!」

「『クロス・グラディオ』、剣の舞!」

 

 二つの緑の閃光を魔剣が切り裂き、死喰い人の脚を振り抜けて機動力を削ぐ。

 次いで、背後からの攻撃を半ば直感で躱して焔で焼いた。苦しむ声に彼は言葉を返さない。ただただ杖で語るのみだ。

 またもや新手。杖から何かが発射される前に、「スコージファイ!」と唱えて口を塞ぎ詠唱を止める。更には、火焔で熱せられた墓石へと水を放ち蒸気を生み出して目眩しを行った。

 視界が塞がれる前に、彼は魔縄をとある墓石へと向かって伸ばしていた。対抗杯のすぐ近くの墓石だ。魔法で出来た伸縮自在の縄に捕まり、ワイヤーアクションのような動きでそこまで飛んでいく。

 一瞬の浮遊感。

 後は対抗杯を取るだけだ、というベガの確信を嘲笑うかのように、突如としてその縄は断ち切られた。そして晴れる視界。ネズミが、縄に齧り付いている。

 

「ペティグリューッ!!!」

「わ、私はできるやればできる、私がお前を逃がさないと言ったなら、その時もうお前の逃走は失敗となるのだ!!」

 

 相変わらず意味不明な理論だが、実際に彼の働きはファインプレーと言っていい。ベガは空中での姿勢制御に失敗し、地面に打ちつけられた。

 それでも即座に対抗杯へと駆けるベガだったが、その動きは先程と比べて緩慢だ。

 脚を捻った。

 更には、時間簒奪の効果も切れた。

 超スピードで動いていたベガが失速したことにより、死喰い人達は我先にと駆け寄った。まずい。正真正銘の、絶体絶命。

 周りを死喰い人に囲まれて、

 対抗杯はまでは距離があり、

 ヴォルデモートも動き始めた。

 なまじ状況が分かってしまうため、ベガの思考は諦觀の方へと向かってしまう。どう足掻いても不可能だと。四人を担いで逃げるのはどうやっても無理だと。

 

(違う、違う違う違う無理じゃねえ───俺にできねえことなんざねえんだよ、だ!不可能を受け入れるな!!まだ何か必ず手は残されてる、思考を止めるな……)

 

『いいんだ』

 

 ふと聴こえた声は、優しかった。

 そしてすぐに幻聴だと思った。それは、他ならぬセドリック・ディゴリーのものだったから。

 

『僕のことは、置いていってくれ』

 

 酷い幻聴もあったものだ。セドリックの遺体をこんなところに捨てて、自分達だけ逃げろと言うのだ。これは自分の心の弱い部分が言った提案なのだと断ずる。そう、これはただの自分の弱音なのだと。

 しかし心のどこかで確信があった。

 これは紛れもないセドリックのものだ。

 去年、ベガがかつての親友、シドの声を聞くことができたように。

 彼の魂もまだここにあって、ベガに言葉を送っているのだという確信が。

 

『僕はいいんだ、それよりも皆んなを元のところに帰してあげてほしい』

「馬鹿言うな!!親父さんはどうする!!お前の帰りを待ってるんだぞ!!」

『きっと分かってくれる──』

「皆んなでホグワーツに帰るんだよ!!お前がいなかったら──」

『ベガ』

 

 

 

『頼む』

「────ッ、

 うわああああああああああ!!!!!」

 

 諦めるものか。

 聞き入れられるものか!

 ベガは対抗杯の下の地面を爆破した。

 絢爛に輝くそれは、宙を舞ってベガ達の下へと吹き飛ばされる。そういう風に計算して爆破したのだ、当然だ。

 しかし同時に、死喰い人達の死の弾丸がすぐそこまで迫ってもいた。

 ベガは脚を前に踏み出す。

 対抗杯に手が届く。しかしその前に、緑の閃光が直撃する。

 手はすぐそこまで伸びているのに、それよりも早く閃光はやってくる。それでもベガは手を伸ばした。

 皆んなで帰る──その信念を掲げて。

 

『本当に、君ってやつは、仕方ない。

 君がそんなに頑固者だったなんて、一年前は思いもしなかったよ──』

 

『頼んだよ、ベガ』

 

 ふと、肩にかかる体重が軽くなった気がした。チャンスだ。ベガは更に一歩踏み出して──届いた!

 世界が反転し、景色が回り、髑髏の仮面も閃光も消えていった。

 大丈夫だ。皆んなここにいる。

 だって自分の手には確かにセドリックの服を掴んでいる感触があるのだから。彼を見る余裕はなかったが、それでも確かに何かを握っている感覚があるのだから!

 芝生に転がる。

 たった数時間前にここをスタートしたのが、何年も前のことのようだ。ようやく帰ってきた。帰ってこれた!

 観客の声がうるさい。グリフィンドールの方から爆発的な歓声が聞こえる。しかしそれに応えることはできない、まずはダンブルドアに──

 

(…………………えっ?)

 

 瞳を動かして、そこにある筈のセドリックの身体がないことに気付く。

 なんで?

 自分は確かに彼の服を握った筈だ。セドリックの魂が置いていけと言っていたが、それも無視して意地でも連れて帰ってきた筈なのだ。

 そして今でもベガは何かを握っている。

 まさか、と思いつつも、そんな訳がないと証明するように手を開いた。

 

「────ぁ、あ」

 

 ハッフルパフの紋章。

 これだけしか、持って帰れなかった。

 セドリックの身体は、今もなおあの墓場に横たわっているのだ。

 がくんと膝をつく。縫い付けられたかのようにそこから動けなくなる。

 フラー・デラクールが、喜色満面に自分の妹分のところへと駆け寄るのを、ただ彼は呆然と見ていた。何か言う余裕さえなかった。

 

「──ローズ?ブルーッ!?」

 フラーの歓びは、悲鳴へと変わる。

 実の妹のように可愛がっていた姉妹の、変わり果てた姿を見たのだ。その喪失は計り知れない。そこに普段の毅然とした女帝の姿はなく、家族の死を受け入れられないただの姉の姿しかなかった。

 

「ああああっ、嘘っ!嘘よっ!!こんなことあるわけ……ローズ!!ブルーッ!!

 嫌……誰か、誰か嘘だと言って!!嫌、嫌よッ、この子達は今からに幸せなるところだったのに!!!それが、何で──

 いやあああああああああああッッ!!」

「落ち着くのじゃ、ミス・デラクール!!ベガ!一体何があった!?」

 

 ダンブルドアが泣き叫ぶフラーを静止すると、真剣な表情をしてベガを問い質す。

 マダム・マクシームの顔が青白いものになったのを見た。ボーバトンに、いや、会場全体に嫌なものが広がっていくのを確かに感じた。

 ああ──、

 言わなきゃいけないのか。こんな残酷な真実を口にしなければならないのか。

 

「ローズベリー・フロランタン、ブルーベリー・フロランタン、並びに、セドリック・ディゴリーは死亡しました」

 言葉にすると、とめどない絶望が堰を切ったように溢れ出る。

 セドリックの父、エイモス・ディゴリーが、サッと血の気が引くのを見た。彼はふらふらとした足取りでやって来た。

 

「う、嘘だろう?嘘だと言ってくれ。セドリックが、私のセドリックが、私を置いて死ぬ筈がない……嘘に、嘘に決まってる」

「………すみません………」

 

 ハッフルパフの紋章を差し出す。彼はそれだけで全てを察した。あれだけ溺愛していた息子の所有物だ、嫌でも分かってしまうのだろう。

 強くなった筈なのに。

 全部纏めて守れるように、力をつけた筈だったのに。

 もうあんな悲劇は起こさせないと誓った筈だったのに。

 

 

 

──敵はそれ以上に、強すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません……守れませんでした……」




次回、四章最終回です。
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