シェリーは途方に暮れていた。
というのも、トンクスが転んだ拍子に傘立てを蹴飛ばしてしまい、入口のカーテンが開いてしまったのだ。……いやカーテンなどどうでもいい。問題は、カーテンに隠されていたある絵画だ。
魔法界の絵や写真は動く。
達人の絵には魂が篭るというが、魔法族が描いた絵には魔力が篭るのだ。とりわけ、入口に飾られていたブラック家の肖像画には魔力とか魂以上に怨念が宿っているのではと錯覚するほどだった。
ヴァルブルガ・ブラック。
シリウスの実母で、極端な純血主義の女性。マグル出身の者や、血を裏切る者が近くにいると発狂して金切り声を上げてしまうのだとか。
実の息子のシリウスも血を裏切ったとして家系図から抹消しているほどの傾倒ぶりである。
そんな相手を前にしては、まともな会話などできるはずもない。いくら宥め賺しても彼女の怒りに油を注ぐだけなのだから。
そんな状況に立ち向かったのはベガだった。
「俺に任せな!俺も一応純血だし話は聞いてくれるはず!加えて女の扱いは上手いぜ!」
「貴様デネブの息子じゃねえかああああああ!!来るんじゃねえええええ!!!」
「…………俺の親父って何者なんだよ」
自分の父親がこき下ろされているのに内心ショックを受けつつ、騎士団内では珍しいガチガチの純血のルシウスが穏やかに話しかける。
「ご婦人、落ち着いてください」
「なっ……!フ、フン!あんたなんかにお願いされても聞いてあげないんだからねっ!……でも、ちょっとだけなら、いいわよ」
「ルシウス?」
ナルシッサの冷徹な怒りにルシウスが震え上がるという犠牲をもってして、ヴァルブルガの怒りはようやく収まった。
「ああ、シリウスのお母さんといえばさ。ジキルはこの家の雰囲気とかこの人とかが苦手って言って、あまり近寄りたがらないんだよねー。騎士団の報告の時もすぐに帰っちゃうしさ。
シリウス、もしかしてジキルも純血だったの?」
「……まあ色々あったんだろう。触れないでやれ」
神妙な面持ちでシリウスは呟いた。
ジキル・ブラックバーンは闇祓いで、シェリー達にも心優しく接してくれた好漢であるが、そんな彼の出自についてはそういえばあまりよくは知らない。
彼の血族は杖作りの一族と親交があり、ベガの杖も彼達の協力で作られたものらしいのだが、その詳細についてはあまり語られていないのだ。ジキル自身もあまり話したがらないし、その内情を知る者もほとんどいない。
そもそも『ブラックバーン』という名前自体、何か引っかかるものを感じるが……まあ、いつか話してくれるのを待つほかない。
「知りたいといえば、騎士団の動向だよ。魔法界の実力者や闇祓い達が一同に介していったい何をしてるんだい?」
「騎士団……?この組織の名前?」
「ええ。年齢的にビルだけが正式な参加を許されているけど、私達はまだ子供だからって入団させてもらってないのよ」
「チャーリーは国外にいるから分かるけど、パーシーも?」
「……その辺りについては。おいおい話すわ」
「僕達でさえお父様から何も聞かされていないんだ、是非聞かせてほしいところだね」
「私は反対ですけれどね!」
子供達の訴えを一蹴したのはモリーだ。
彼女は先の暗黒時代にドロホフに家族を殺されたという過去を持つ。息子や娘達が傷つくことを極端に恐れているのだろう。
だが、
「例のあの人が全盛の時は、たくさんの人が死んでいったんだろ?
僕達に、何も分からないまま仲間が傷つくのを指を咥えて見てろってのか?」
という、ロンの訴えでモリーは渋々首を縦に振ったのだった。
「では、シェリーのためにも一から話すとしようか。まずファッジだが、奴は君達の言い分を信じなかった」
「?」
「百聞は一見にしかず、これを見てみろ」
シリウスから渡された日刊預言者新聞には、シェリーとベガとダンブルドアの顔がデカデカと伸ばされて貼られている。
軽く目を通すと、『名前を言ってはいけないあの人』が復活したとでまかせを言っている目立ちたがり屋の二人組で、ダンブルドアはこの二人を使って魔法省大臣の座を狙っているのだとか。
事実無根である。が、権力に味をしめたファッジはそんな馬鹿げた妄想に取り憑かれてしまったらしい。
「まあ単に、根が臆病者というのもあるだろうがな。奴はヴォルデモート卿が復活したのを信じたくないのだ。クソッ!」
「落ち着け、パッドフット。シェリーがこのような形で取り沙汰されて、怒る気持ちは分かるが……」
「なんだこの写真シェリーの可愛らしさを全然引き出せてねえじゃねえか!!」
「そこ?」
「本当に落ち着けパッドフット」
「……そこで私達は魔法省にも死喰い人にも悟られぬよう、水面下で動かざるを得なくなった。かつて例のあの人に対して抵抗活動を行なっていた、『不死鳥の騎士団』の復活だ。ここがその本部なのさ」
皆がひとところに集まれる場所が必要だろうと、シリウスが提供したらしい。しかし提供したまではよかったが、ダンブルドアに言いつけられて毎日この家で生活することを余儀なくされた。
純血主義に縛られ、自由を求めて家を飛び出したシリウスにとってここでの暮らしは拷問に等しかった。おまけに、ブラック家付きの屋敷しもべ妖精とは犬猿の仲らしく、それもシリウスの機嫌を損ねていた。
「活動は、何を?」
「魔法族への呼びかけや、闇の勢力がこれ以上出るのを阻止したり、だな。前者に関してはうまくいっていない。何せファッジがああだからな」
「後者は目星がついてるだけマシだ。魔法界において日の目を見ることのない魔法生物……巨人、狼人間、吸血鬼、吸魂鬼などを配下に加えていっている。正直、私の就職先としては中々に魅力的な条件だよ。マグルや敵をいくらでも襲っていい、なんてふざけた一文がなければね」
「君が襲うのはもっと違う相手だものな。なあトンクス?」
「な、なんのことだか!」
いずれも魔法界において錚々たる強さをもつ魔法生物だ。
特に吸血鬼と狼人間は脅威だ。人間ベースの種族のため知識があり、その気になれば誰でも眷属に加えることができる。
巨人は弱い魔法なら皮膚の上からでも跳ね返せる、という特殊な身体のつくりをしているし、吸魂鬼も守護霊という対抗策はあれどその使い手自体数が少ないので以前脅威には変わらない。
「……ああ、そういや吸魂鬼で思い出したけど、シェリーって」
「ああ。マグルの面前で魔法を使ったということになる。魔法省、というかファッジにとっては恰好の餌だ。喜んで君を非難してくるだろうね」
「普通は裁判とは名ばかりの口頭注意になるのだが……さて」
「ちょっと、シェリーを怖がらせるようなことは言わないで頂戴!」
モリーの声に、シリウスはしまったとばかりに口を噤んだ。
話を変えるように、代わりにアーサーが話しだす。
「しかし、ダンブルドアが表立って動けないというのはかなりの痛手だ。例のあの人は自分達の今の状況を利用して隠れて行動している。そしてその手腕はかなりのもので、とても厄介なんだ」
「遠距離の移動手段があって、一撃必殺の攻撃手段がある魔法界において、不意打ちが最も恐ろしい有効な手だからね」
「ルシウスの裏切りはまだ発覚していないので、彼達へのスパイとして行動してもらっている。が、それでも例のあの人の思惑を全て知ることはできないようでね」
「おまけに今回は、ヨーロッパ全土に散らばって武器のようなものを求めているような……あー……」
「ここまでか?」
「ああ。ここから先はいくら君達でも教えられないな」
「ええーっ」
「そりゃないぜ」
「お黙り!今からは大人の話し合いです!子供達は上に上がっていなさい!」
二階に上がる。シェリーは夜風に当たると言って庭に出たが、ベガ達は興奮冷めやらぬ様子でそれぞれ口々に意見を言い合った。
武器は何だろう、とか、今後死喰い人はどのように勢力を展開していくのだろうとか。面子が面子なのでそこはグリフィンドールの談話室のようだったが、マルフォイ兄妹はやや居心地悪そうにしていた。
「ねえ、ドラコもコルダも推測でいいから意見を出してくれないかしら?そんなにだんまりだとこっちも変な感じになるわよ」
「あ、ああ……って、ん?」
「グレンジャー、今あなた、名前……」
「ああそうそう、私のこともジニーって呼びなさいよね。毎回フルネームで呼ばれるのってむず痒いから」
「妹に同じく」
「僕達を間違えるなよな!」
「あ……は、はい」
「そうだな……僕達にできることと言ったら、スリザリンで有志を募るくらいか。とはいっても、ほとんどが親の影響を受けているし、限界はあるだろうが」
「ホグワーツかぁ……新聞の影響もあるし、僕達を信じてくれる人達がどこまでいることやら」
「……いっそ、ここで一気に仲間を募る方がいいのかもな」
「?……どういうことだ?」
「俺達も組織を立ち上げる必要があるってことだ。ホグワーツの生徒達で、自主的に自衛の手段を学ぶことのできる組織を──!」
▽▽▽▽▽▽
ベガ達が話し合いをしている一方、シェリーは夜風に当たりながら、ヴォルデモート達への憎悪を深めていた。
「しぶとい害虫どもめ、予想以上にたちが悪い。繁殖して無辜の人々を害する虫ケラどもが……」
ここ最近の身体の不調も、セドリックやローズ、ブルーが受けた苦しみに比べれば何のことはない。真に苦しむべきは、何もできなかった自分と、そしてヴォルデモートの一派なのだから。
欠けた月を見上げていると、隣に誰かが座る気配が。視線だけを動かしてみれば、それはシリウスだ。いつもの快活ぶりはどこへやら、彼は、どこか言葉を選んでいるようだった。
「……君の身体のこと、聞いたよ」
「…………」
「君の生まれを知っているのは他に、ロンと、ハーマイオニー、ベガ、リーマス……それと一部の信頼できる者だけだ。君がジェームズとリリーの本当の娘ではないことを知って、最初、私はどうしていいか分からなかった。
真実を隠していたダンブルドアに対して、怒るべきか、哀れむべきか、それとも……。しかし、君と出会えたこと、それは紛れもない『喜び』だ」
「……シリウス……」
「誓おう、シェリー。私は君を必ず護る。そして君のこれから先の未来を面白おかしいものにしてみせよう。『ジェームズとリリーの娘』や『帝王の創ったホムルクルス』としてではない、一人のシェリー・ポッターとして愛する、と!」
「……ふふっ、ありがとう」
シリウスの決意は、かつて友の仇であるペティグリューと相対した時にシェリーに諭されたが故に生まれたものだった。
ジェームズやリリーへの未練はもうない。
二人は死んだ。シリウスはその事実を、復讐という形を取らずとも受け入れることができた。あのままではペティグリューを殺せたとて、死ぬ間際までずっと過去に囚われたままだったろう。
シェリーとシリウスは復讐に囚われた者同士だ。だからか、シリウスの優しい言葉は、シェリーの胸にとても響いた。
こんな自分にも優しくしてくれる。
こんなロクでもない人間に、愛すると言ってくれる。
とても、とても優しい人だと思う。
………だから。
自分はこの人のために、死ななきゃ。
▽▽▽▽▽▽
裁判当日。
シェリーはあの時の悪夢を見て、早朝の五時半に目を覚ました。最近はずっとこうだ。起きて悪夢を見て寝て、を繰り返しているため、以前の半分の睡眠時間しか確保できていない。
また寝る気にもなれず、シェリーはリビングに降りる。徹夜したらしきトンクスとチャリタリがソファに身を投げ出しており、モリーも闇祓いの激務を知っているからか、注意はせずに毛布をかけてあげていた。
こちらに気付いたルーピンに声をかけられると、彼の動かしていたフライパンにベーコンと卵が追加される。
「トーストも食べるだろう?ジャムはどうする?色々あるぞ、ママレード、ハチミツ、イチゴ、ブルーベリー……」
「…………」
「……はやめておこうか。ここはシンプルにバターでいこう」
女の子とはいえ朝はしっかり採らなきゃだめだよ、というルーピンの言で、トーストにベーコンエッグとサラダ、ホットミルクというご機嫌な朝食が並ぶ。
とても美味しそうだ。美味しそうなのだが……。
一口、トーストを齧った。
(…………)
「……美味しくないかしら?」
「……絨毯を噛んでいるような……」
「あのパン屋燃やしてくるわ」
「裁判の緊張で味が分からないのだろう。なに、心配することはない。アメリア・ボーンズの事務所で軽く事情を聞かれるだけさ」
「アメリアは厳しいが公正な人だよ。私の隣の部署でね、彼女とはよく話す」
味のしない朝食を無理矢理胃袋に入れると、アーサーの出勤に合わせて家を出ることにした。シェリーの罪状を鑑みて魔法を使わずにマグルの交通施設を使うことにしたのだが、そこでアーサーは大はしゃぎ。ジャンルが違うだけで、魔法も随分とんでもないことをしている筈なのだが。
魔法省は随分と豪奢な場所だった。
ここが世界の中心だとでも言わんばかりにエントランスは煌びやかに彩られており、その中心に黄金の噴水が鎮座している。黄金でできた魔法使いと魔女を見上げるケンタウルスに小鬼、屋敷しもべという構図は、悪趣味と言わざるを得ないが。だがあそこに入れられた金貨が聖マンゴに全額寄付されているので、何とも複雑な気分だ。
エレベーターに乗ると、いくつもの紙飛行機が一緒に入ってくる。局ごとに連絡手段として使われているらしい。ふくろうだと糞が酷いのだとか。
アーサーの部署に向かう途中、彼は寄り道と称して闇祓いの本部に向かった。
「ジキル、ロンドン郊外の住民からのタレコミだぜ。夜中に隣の廃屋から不審な物音がするとか何とか」
「もしかして、ウィルソンじいさんのタレコミッスか?あそこの『怪しい人影の目撃情報』、今月に入って四度目ッスよ?」
「まあそう言うな。ついでに茶でも飲ませてもらえ……おっと」
アレンやキングズリー、ジキルといった闇祓いの面々がこちらに気付く。しかし彼達はウインクするだけで、すぐにまた書類に目を通した。
彼達はダンブルドアと懇意にしていることさえまだ知られていない。故にあまり表立って話スことは控えているのだとか。とはいえ完全に無視というのも周囲に疑われる可能性があるので、キングズリーが代表と言わんばかりに前に出て、
「さて、アーサー。かのシリウス・ブラックは空飛ぶオートバイを使って逃走している可能性があってね。是非資料を読んで報告書に纏めてもらいたい。君はその道の専門家だろう?実績もあることだしな」
「あぁ、分かっているとも。しかしだね、私の見解では彼がそんなものを使っているとはどうしても思えなくてね。いやなに、君達闇祓いの目が節穴だと言っているわけじゃないよ」
(……上手いなあ、二人とも)
キングズリーに書類という名の不死鳥の騎士団絡みの資料を渡されると、アーサーの『マグル製品不正使用取締り局』に向かう。書類の山とマグルの道具に囲まれた雑多な部屋は、シェリーの心を落ち着かせた。
「すまないね、汚い部屋で。居心地悪いだろう?」
「すごく……落ち着きます……」
「落ち着いてる場合じゃない!!!」
飛び込んできた初老の魔法使いの大声に面食らうが、続いて出た言葉にシェリーは驚愕した。
「シェリー・ポッターさんの尋問に変更があったのです!八時から!古い十号法廷で行われる、と!」
「八時──なんてことだ!」
アーサーは悲鳴を上げた。
本来なら三〇分も早くそこに着いていなければならなかったのだ。パーキンズという魔法使いに礼を言うと、アーサーに連れられて大急ぎで地下に向かう。
ホグワーツの地下牢教室を思わせる陰鬱な雰囲気の場所で止まり、神秘部の看板を通り過ぎて、階段を下り、ようやく法廷に到着する。
「すまない、私は入れない。だが大丈夫、君なら絶対に無罪を勝ち取る!」
「ありがとう、おじさん」
アーサーの激励を受け重たい扉を開いた。
ここには見覚えがある。すり鉢状に広がった大部屋、ウィゼンガモットの厳粛なる大法廷。赤紫の豪奢なローブを見に纏った陪審員達に囲まれるが、シェリーは意にも介さぬ様子で毅然な面持ちを保っていた。
虚勢ではない。
彼女はここで有罪になってもいいと本気で思っているからだ。
「遅刻だ、被告人」
「すみません」
「……ふんっ。着席しなさい」
そんなシェリーが面白くないのか、ファッジは鼻を鳴らした。
硬い椅子に腰掛けると、手首と足首に鎖が巻かれる。いくら何でもやりすぎだが、ファッジの瞳に昏いものが映ったのを見て、ああ、恐怖と狂気に当てられたのかと納得する。
「シェリー・リリー・フローレンス・ポッターで相違ないか」
「はい」
「罪状は以下の通り!被告人はマグルの面前で守護霊の呪文を使った!これは国際魔法戦士連盟機密保持法の第十三条の違反にあたる!被告人は以前にも同様の違反を起こし、警告を受けた!すなわちこの行動が違法であることを知っている、そうだな!」
「はい」
「にも関わらず、被告人は八月二日の夜に守護霊を出現させた!」
「はい」
「サレー州、リトル・ウィジング、プリベット通り!ここはマグルだらけの地区であんなにも目立つ呪文を、だ!弁論の余地はあるまい!有罪だ!」
やはりこうなるか、というシェリーの予想は当たった。
しかしそれならそれで構わない。
アズカバンに行けば死喰い人を殺せるチャンスがある。
ホグワーツを退校処分になれば魔法の修行に専念できる。
ホグワーツでの青春の日々を失うことになるが、そんなもの、ヴォルデモートがこれから起こす被害に比べれば塵芥のようなものだ。
(………ん?)
いや、おかしくないか?
シェリーは吸魂鬼を追い払った後、死喰い人達と戦った。その時に当然魔法を使った筈なのだが、その魔法については裁判しなくてもいいのか?
……まさか、認知していない?
魔法省はシェリーが使った魔法は『守護霊の呪文』だけだと思っている?
(……ああ、でも多分、紅い力の影響だからかな。あれはヴォルデモートが創り出した、既存の固定概念に囚われない魔法。だから私が紅い力を使ったら、魔法省は私の『匂い』に気付けなくなる……)
未成年の魔法使いが特定の場所以外で魔法を使えば、『匂い』が出て、たちまち魔法省に情報が飛んでいく仕組みになっている。しかし紅い力を使えばそれが出なくなるのだ。
最初の守護霊の呪文以降、シェリーはずっと紅い力を使って戦っていた。だから魔法省はシェリーは守護霊しか出していないと思っている。
それに闇の勢力にはハリー・ポッターがいる。彼に戸籍があるのかどうかさえ定かではないが、魔法を使う時に匂いを出すと色々と面倒だろう。そういう意味でこの紅い力はとても重宝した筈だ。筋は通っている。
気になる点は他にもある。
シェリーと死喰い人達の戦いが観測されていないとはいえ、公園にはいくつもの破壊痕があるし、チャリタリとトンクスがドロホフと交戦している。彼女達の報告を聞けば、シェリーが無罪だと一発で分かるだろう。
なのに今ここにいるということは……、
まさか魔法省の誰かが、彼女達の報告をねじ曲げた?
魔法省の、それも中枢に、死喰い人がいる?
「あー、質問いいかな。完全な守護霊を?きみは霞ではなく、完璧に形があるのを作り出したのか?その歳で?」
「?はい」
聴衆はどよめいた。
忘れがちだが、守護霊の呪文は現役の闇祓いでさえ完璧に習得している者が少ないほどの高等呪文である。
弱冠十三歳でシェリーが守護霊を操れるようになったのは、彼女がとても優秀な魔法使いであることの証明なのだ。
なのだが──。
悪霊の火と守護霊を使って新しい魔法を創り出すとかいう離れ業をしている生徒の存在を知ったら、どうなるのだろう。
「どうでもいいことだ!どんな魔法を使おうとも変わらん!!」
「いや大臣、それがどういう状況で使われたのか、どうして数ある魔法の中から守護霊の呪文を選んだのかは知っておく必要がある。被告人、守護霊の呪文を使った時の状況を詳しく教えてくれ」
「…………吸魂鬼が出たので」
「マグルの街のど真ん中に出るわけがないだろう有罪!!」
「では証人を連れてくるとしよう」
場違いなほど朗らかな声に振り向くと、いつの間にやら、ダンブルドアがシェリーの椅子の隣に立っていた。キラキラしたブルーの瞳をウインクする。驚いて身体が跳ねると同時に気付く、鎖が蛇のおもちゃに変わっていた。
陪審員達は色めきだち、ファッジはぱくぱくと口を開いていた。
「コーネリウスや、まるでわしがここにいるのは想定外、といった風じゃの?わしがここにいるのは当然のことじゃ。被告側証人、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア」
「な……な……」
「それで、証人を呼びたいんじゃが」
「き、貴様……!そんな勝手は許さんぞ!」
「いや大臣、正統な意見だ。呼びましょう」
「ぐ、ぐぬぬ……」
「アラベラ・ドーレン・フィッグさん、入りまーす」
シェリーはぽかんとした顔で証人の顔を見た。
フィッグ婆さんといえば、猫の交配で収入を得ているブリーダーだった筈だが、どうやら猫によく似た魔法生物『ニーズル』の交配を行なっているという裏の側面があったらしい。そして半魔法界側の人間としてシェリーの監視の役割もあったらしい。マジかよ。
しかし彼女自身はスクイブで、魔法を使う力はないのだとか。
「オスカー!」
「スクイブが吸魂鬼を目撃した例はいくつか存在します」
オスカーと呼ばれた眼鏡の役人は、平坦な声で答えた。あまりに淀みなく答えるので、シェリーはオスカーの言葉が一瞬英語に聞こえなかった。この世界のどれとも違う異物感というべきか──。
(………)
「むぅ……ならば、良い。話しなさい」
「はい。あたしゃあの日行きつけの店までキャットフードを買いに行ってたんでさぁ。その帰り、夜ごろに騒ぎを聞いて行ってみれば……おでれえた。吸魂鬼が二人を追い詰めていて──」
「貴方が吸魂鬼を見たのはそれが初めてですか?」
「え?ええ。あんなもん何度も見てたまるかい」
「では何故それが吸魂鬼だと分かったのです?」
「え、そ、そりゃあ、あー、話に聞いてたからでさぁ!」
「誰に聞きましたか?」
「そりゃあ、ダ、知り合いに……魔法界の知り合いに聞いてて」
フィッグはどもりながらも答える。
アメリア・ボーンズ女史はフィッグが嘘をついていないか確認するために、わざと簡単な質問を繰り返して揺さぶりをかけているのだ。その策にまんまと嵌り、フィッグの顔から血の気が引いていく。
「それで黒いマントをしていて、死神みてえな姿をしてた。まるで生き物じゃねえみてえだった。で、あたしゃ幸せっつーもんがこの世からなくなっちまったような気分になっちまって。嫌なことしか考えらんなくなっちまったんだ。でも、シェリーの出した守護霊がそいつらを追っ払ってくれたから何とかなった」
「………!その守護霊はどんな姿を?」
「鹿みてえな姿でした。牡鹿と言うには小柄で、雌鹿と言うには立派なツノをしていて……でもあのツノは蛇っぽくもあったような……」
「ありがとう、アラベラや。それではこちらの証言は終わりじゃ」
ダンブルドアは話を打ち切った。あの仰々しい鹿のことは話さない方がいいだろう。去り際にフィッグ婆さんからガッツポーズを送られる。……シェリーは何気に老人層からの受けが良い。
さて。アラベラはじめ何人かの陪審員はフィッグの証言がまったくのデタラメではないことを悟っているようだったが、ファッジの言う「吸魂鬼は全て魔法省の管理下にある」という一点が、彼達の判断の行先を迷わせていた。
「あれは吸魂鬼を見た者にしか出せない顔だ。私には、彼女が嘘をついているとは思えない」
「だが状況証拠だけで言えば、そんなことは有り得ないだろう」
「そうじゃの。吸魂鬼に命令を下す時、魔法省は必ず記録を残すようにしておる。しかし連中が魔法省以外の者からの命令を聞いたとなれば話は別じゃ」
「有り得ない!!奴達は魔法省の管理下にあり!我々の命令にのみ従うようになっている!!そんなことはある筈がない!!」
「となれば魔法省内部の誰かの指示じゃろか」
「ああもうああ言えばこう言う!!」
「エヘン、エヘン」
ヒートアップした法廷を咳払い一つで鎮めたのは、ある種才能と言っていいだろう。彼女の持つ雰囲気は場を支配する効果を持っていた。しかしそれはマグゴナガルのように威厳を感じさせるものでも、スネイプのように肝を底冷えさせる類のものでもない。
うわ出たよ、という、人々をげんなりさせる類のものだ。
オスカーの隣、書類の束に隠されていた小柄な……だがでっぷりとした図体が動き、しかし少女のように甲高い声で喋り出した。
「あらやだ、わたくしったら。きっと誤解ですわよねん。その言い方だとまるで、魔法省が命令してポッターちゃんを襲わせたように聞こえるのですけれど?」
(なんだろう、あの人に名指しされると悪寒が走る)
「そうじゃのう、論理的にはそうなっちまうのお。由々しき事態じゃのお」
ダンブルドアは適当に返した。
あのガマガエルそっくりの女の目が全く笑っていなかった。きっと話をあらぬ方向に持っていって、あわよくばダンブルドアをもこの場で捕えようという魂胆なのだろう。それが分かっているからダンブルドアは敢えて強く主張することもなかったのだろう。
あとあいつの相手をしたくなかった。
「話を変えんかコーネリウス?」
「そだね……。
そ、その子は法律を犯している!しかも過去に本件と似たような違反を二度も犯しているのだ!!その事実は変わらんだろが!!」
「第七条を忘れたんかね君は。三年前の事例に関してはわしの雇っておる屋敷しもべが証人となってくれるじゃろうて。つーか一昨年に至っては君自らがでっち上げに協力しておったろうが。
今ここにこの子を裁く要素など一つもないぞ」
「……法律は変えられる!」
「変えた結果がこれか?誇り高きウィゼンガモットの裁判員達が大法廷でこぞって女の子一人をいじめることが今の魔法省の方針かね」
それで趨勢は決したようなものだった。
元より、この裁判自体に懐疑的だった者も多かったのだろう。最後に投票が行われたのだが、有罪に賛成なのはファッジとアンブリッジ、あとはその部下のオスカー達が渋々手を上げた程度で、あとは殆どが反対派だ。
シェリーの無罪は確定した。
ファッジがダンブルドアを一瞥してさっさと去って行く。あれは恐怖からくるものだ。肩の荷が降りてひと息つきたいところだったが、そんな彼の様子を見ると心晴れやかとはいかなかった。
しかしこれでホグワーツに通わざるを得なくなった……。
いや、いい。あそこで学べることも多いだろう。この決心さえ鈍らなければ大丈夫の筈だ。
「ありがとうございます、先生」
「うむ。災難じゃったの」
「……先生、紅い力についてですが」
「おっと。それについては学校で話すとしよう。どこで誰が聞き耳を立てておるか分からんからの。君の場合は特に」
「……すみません、軽率でした。
しかし……ファッジは怯えているだけかと思っていたけれど……彼の行動には疑問が残ります。明らかにおかしい点がある」
「む?シェリーや、何か気付いたことがあったのかね?」
「はい。あの人は、差別思想とまではいかなくとも、魔法生物やそのハーフを重用するような人ではなかったですよね?」
「その通りじゃが」
「やはり……では何故……」
人類の叡智とも言える頭脳を持つダンブルドアだが、シェリーは彼にも分からぬ何かを悟ったらしい。もしや、紅い力の影響だろうか?
真剣な面持ちでシェリーに問う。
何に気付いたのだ、と。
「ええ……だっておかしいでしょう?あのアンブリッジとかいう役人は、明らかに魔法生物の血が流れています!でなければあんな人ならざる顔になるわけがない!あれは人と水中人系の魔法生物との間で生まれたハーフか何かに違いない……!!しかし、ファッジは何故彼女を側近に?まさか。個人的に戦力を増やしているのでは!?
先生?先生!!何を笑っているんですか!私は真面目な話をしてるんです!!」
「や、やめっ、わししんじゃう」
抱腹絶倒のダンブルドアは、苦しげに姿あらわしで去っていった。
無罪と聞いて狂喜乱舞したアーサーが噴水に全財産投入しようとしたのを全力で阻止して、記念に一ガリオンずつ投げ入れておくことにした。
無罪を祝うというのもおかしいが、二人は御馳走を買って帰ることにした。少し前の誕生日パーティーも兼ねて、だ。ターメリックライスやケーキなどを買い漁る。
今夜は庭でバーベキューだ。
ホーメンホーメンホッホッホーである。
「はっはっ、おいルシウス、飲め!」
「おいやめろ、私がこんな安酒ッ、ぶはぁ!?」
「こっちの野菜切り終わりましたよ、モリーさん」
「あらありがとう!ほら座ってお肉食べてて、普段こんな量作らないから疲れたでしょう?」
大人組が思いの外馴染んでいる。
酒酌み交わせば何とやら、というが、苦手な相手とも顔を付き合わせていれば意外と意気投合するものである。
子供組は平和なものだ。というのも、なんとロンとハーマイオニーが獅子寮の監督生に選ばれたのだ!紅く輝くPのバッジを胸に着けて、彼達は嬉しいやら恥ずかしいやらだった。
「ロニー坊や、お前はこっち路線だと思ってたよ」
「まったくだ。そんなもんになっちまうなんてな」
「やめなさいよ二人とも。ロンが選ばれたのを素直に喜びなさいよ」
「ハーマイオニーは何というか、そりゃそうだよな」
「お褒めの言葉として受け取っておくわ」
「他に可能性があったのはシェリーだろうが、どうも君は無茶をしすぎるから監督生には向いてないんだろうなあ」
やいのやいのと騒いでいると、ドラコがどこかドギマギしながら庭にやってくる。ルシウスとナルシッサのところに行って少し話すと、何やら感極まった様子でナルシッサが抱きついた。
彼も監督生に選ばれたらしい。めでたいことだ。熱気にあてられて、ベガはシャンパンをもう一本開けた。
ちなみにスリザリンの女子の監督生はパンジー・パーキンソンだった。
今日は本当にめでたい日だ。
その場の誰もがそう思った。闇の勢力との戦いはこれからも激化していくだろう。だが、ここにいる皆んながいれば、きっと、乗り越えていける。どんな困難な道だとしても──。
再度、祝杯を上げた。
「ほら、食べてみなよ!美味しいだろう?シェリー!」
「うん──」
「皆んなで食べるご飯は美味しいね!」
(味が分からない──というか、何を食べても味を感じない)
過度なストレスによるものなのか。
シェリーの味覚は失われていた。
何を食べても美味しいと感じることができず、食事はただ栄養のある物体を噛み砕いて胃袋の中に詰め込む作業と同じだった。ダーズリー家で食事した時に何も感じなかった時はもしや嫌がらせを受けているのかと思ったが、モリーの料理もまったく美味しく感じられないとなると、どうやらそうではないらしい。
味を感じなくなったのは、あの最終試合以降のことだ。
紅い力による副作用ではないだろう。あのヴォルデモートがわざわざそんなデメリットを遺しておくわけがない。
だから、これは。
シェリーの弱りきった心が招いたもの──。
(まあ、いいか)
自分のことなどどうでもいい。
寧ろ不味い食事も摂取できるようになったのだから、喜ばしいことだ。
味覚ひとつ失った程度で、困りはしない。
「ほら、食べてみなよ!美味しいだろう?シェリー!」
「うん。皆んなで食べるご飯は美味しいね!」
シェリー
・殺さなければという強迫観念
・頭痛持ち
・睡眠障害
・死んだ人の幻覚が見える
・幻聴も聞こえる
・味覚障害(New!
こいつは一回トニオさんの店行った方がいいと思うな!
パールジャムってこい!