しかし後々DAがなければ確実に数回詰むので、DAイベントも実はすごい大切だったりします。
禁じられた森にシェリーはよく訪れるようになっていた。
殆ど人と会うことがないからである。善意も、悪意も、この森の中には一切持ち込まれない。ここにはただ生き物達がいるだけなのだ。
シェリーは透明マントを使って、夜遅くまでこの森か秘密の部屋で過ごす生活を送っていた。人と会わなくていいというのは、寂しいが楽でいい。
冬の夜風の冷たさが耐えられなくなってきたところで、城に戻ろうと立ち上がった時、巨大な影が動いているのを見た。あの岩軀には見覚えがあった。
「ハグリッド!?」
「ん?おお、シェリーか!」
大男はにっこりと微笑んだ。
聞けば、彼は先程戻ってきたばかりだという。お茶でも出そう、そう言って彼は小屋の中に誘おうとしたが……
「……いや、ちょいと来てくれんか。おまえさんに見てもらいてえもんがある。俺が何をしちょったかも、歩きながら話そう」
「…………?うん」
「行くのは森の奥だ、杖は持っとれ」
彼に連れられ森の奥へと進んでいく。
……暗いので分からなかったが、よく見れば彼の身体は血塗れだ。彼ほどタフな人物が怪我を負うほどの仕事をしていたということか……。
「そう、俺はダンブルドア先生に命令されて巨人を仲間にできんかと、奴達の巣に向かっちょったんだ」
「巨人……!?ってことは、海外まで?」
「うむ。ボーバトンの校長を覚えとるか?マダム・マクシームと一緒にフランスの山の中まで、な」
巨人とは、七〜八メートルほどの図体の野蛮な種族で、近縁種のトロールよりはマシな程度の知能を持った種族である。
要するにデカくて馬鹿で粗暴。だが戦力として頼りになる故、ヴォルデモートは彼達を上手く扱ったし、ダンブルドアも今回の戦争で仲間にできないかと画策していたわけだ。
「しかし目論見は上手くいかんかった。
尾根を越えた辺りに、七、八十くらいの巨人がおってな、そいつらのカーグ(一族の頭)に供物を捧げて機嫌を取って、何とか取り入ろうとしたんだがな。
もう一押しっちゅうところで、死喰い人がやってきおった。俺達が寝とる間に、連中はカーグの首を切って恐怖政治を執り行ったってわけだ」
「…………」
「思えばそれが狙いだったのかもな。俺達は死喰い人の先手を取れるよう動いとったが、連中は後からやって来てより良い供物と恐怖を与えることで、こいつらには逆らえない、だが先に来た人間より羽振りが良いぞ、と印象付けるためだったんだろう」
「そんな……」
「で、そこで見つけてきたのが俺の弟のグロウプだ」
「うん………えっ!?」
いきなりの衝撃の事実。
まさか、と思いつつハグリッドが指差した方を見る。シェリーにはそれが一瞬、土塁に見えた。しかしどこからか聞こえてくる寝息と、土塁が若干だが上下しているのを見て察した。
それは巨人だ。
背を向けて横になっているが、横幅だけでハグリッドと変わらぬ大きさだ。立ち上がれば六メートルはくだらないだろう。
ハグリッドを『大きな人間』とするなら、その巨人は『人間の形をした岩』だ。人と近しい種族とは到底思えない。一年生の時に対峙したトロールよりもさらにでかいのだ。
シェリーの身体がグロウプの頭より少し大きい程度、といえばその巨大さに想像がつくだろうか。
「だがよう、こいつは巨人の中じゃチビで、周りの奴達から虐められとった……見てられんで、思わず、俺はこいつを連れ出して来ちまったんだ」
「いじめ……」
「それにこいつは俺に残された最後の家族、肉親でよお!こいつの母ちゃんは小せえって理由でロクに育てもせんかったし、俺は不憫でよお!」
「家族……愛情……」
「だから頼む!たまにでいい、こいつに会って友達になっちょくれんか!?」
「……私でよければ」
「よっしゃあ!」
いじめとか家族とか愛情とか、そういったワードを出されてシェリーが断れる筈もなかった。(当のハグリッドは無意識ではあったが)
「でもよかったの?この子にとっては故郷が幸せだったかも……それにこっちに馴染めない可能性だって」
「あそこにおってもいずれ殺されるだけじゃろう。それにいくら巨人が乱暴者だとて、悪させんように躾けてやったらええだけの話じゃ。生まれてくる子に罪はねぇだろう?」
「……ハグリッドってすごく良いこと言うよね」
「そ、そうか?」
ちなみにこれと同じことをマクシームに言った時、彼女は「貴方は素晴らしいひとでーす!」と言って熱烈なハグをかましたのだが……それは別の話。
「生まれてくる子に罪はない、か……」
──その帰結に間違いはないだろう。間違いはないが、それはあくまで生まれた時の話。
黄泉路に立った時、人の罪禍は詳らかになる。
人を生かし愛した者は善であり、
人を裏切り殺した者は悪である。
「私は、後者だ」
▽▽▽▽▽▽
DAの活動は予想以上の盛り上がりを見せた。
各々がハーマイオニーのアドバイスでめきめきと魔法の腕を伸ばし、ベガという最大最強の壁に通用するかこぞって試す。飴と鞭というべきか、自分が強くなったと実感するとともに、舞い上がりすぎないよう調整しているのだ。
特に去年の魔法対抗試合でユニークな呪文を数多く見たからか、あの呪文を自分も使ってみたい、と言い出す生徒が多いのはありがたかった。まだまだレベルは足りないが、身の丈に合わないことこそやる価値がある。
だから今、DA内で問題となっているのはやはりと言うべきかマルフォイ兄妹だ。事情を知らない者からして見れば二人は完全に邪魔者、アンブリッジの手先と思う者までいる。本人達もあまり馴染めていない様子だった。
という訳で、ロンはかねてより考えていた団体戦を開催することにした。
「前衛組はプロテゴを絶対解くな!壁が厚いほど勝率が上がると思え!!」
「マリエッタ、コリン!散らばって動け!相手を覆うように動くんだ!」
攻撃と防御、二つのチームに分かれ、集団での戦いに慣れておくというわけだ。ベガとロンがそれぞれのチームの司令塔となり、チームメイトに指示を出していく。
攻撃側は防御側が守っているトロフィーを獲れば勝ち、という至極単純なルールだが、彼達は大いに盛り上がっていた。戦況は思いの外拮抗しているのである。
「一年生の時のチェス大会を思い出すな、ロン!相変わらず兵の活かし方が上手いじゃねえか!」
「お褒めに預かりどうも!このまま勝ちはいただいてくぜ!」
一時間半にわたる激戦。
まだまだ課題が残る結果ではあったが、メンバー達の士気は上昇しているようだった。魔法の使い方は多岐にわたるといえど、やはり誰しも一度は戦いのために使いたいというもの。
汗ばんだ身体をタオルで拭き、それぞれ帰路に着いた。
「ジニー、次からはパス練習も取り入れたいと思ってるんだけど……」
「パス?でも私シーカーだよ?意味ないんじゃ……」
「ホラ……何かの間違いで、シェリーがチームに戻ってくる可能性も無きにしもあらずじゃん?あの子不器用だからシーカー以外のポジションなんて無理だし……だからまあ、もしもの為というか……」
「……シェリーが戻って来るのを信じてくれてるんだね」
「!!そ、そんな訳ないし!!勝手にチーム抜ける奴のことなんて知らないし!!」
「いやバレバレだって」
「ねえドラコ、スリザリンのスニッチ・キャッチについてなんだけど──」
「おっとチョウ・チャン、いくら君でも僕達の秘密の特訓をフォイフォイ教えるわけにはいかないな!何たってライバル同士なんだからな僕達は!」
「……俺も選手なんだからな!!!!!」
DAメンバーのクィディッチ選手はなんだかんだ飛行馬鹿同士気が合うのか、そんな他愛ない話を繰り広げることが多かった。
選手としてまだまだ未熟なロンなどは、必死になって彼達の話のメモを取っていたようだし、箒の手入れが大変だとか、そういう世知辛い話はどのチームも共通だった。
今は分かり合えずとも、きっと、和解できる時が来る。
時間をかければ上手くいくはずなのだ──。
「でも試合は別だ!!全力で叩き潰させてもらうぞグリフィンドール!!」
「箒の上から指示するお兄様かっこいい!」
「お前ドラコッ、正々堂々戦うとか言うくらいならせめてあの歌何とかしろよ!!集中できないんだよ!!
『ウィーズリーは我が王者 万に一つも守れない〜』
「あ、あれはパンジー達が勝手に……」
「スニッチ見っけ!」
「あっおい待てジニー・ウィーズリーッッ!!」
普段アンブリッジにいいようにされている反抗的でちょっぴり勇敢な生徒にとって、DA活動は密かな楽しみになりつつある。
そしてDA活動とは何も必要の部屋で行う活動に留まらない。
ウィーズリーズがよくやるという、教科書のカバーだけアンブリッジ好みの真面目な本にして、中身は実践的な魔法の本にしておくというやり口は一部生徒に大ウケしたし、よほど団体戦が気に入ったのか、メンバーをチェスの駒に例えてどう攻めるのがいいか、とかを話し合ったりすることが増えた。
とまあ、こういう水面下での活動をしているとそれなりに訝しむ人間も出てくるのだが。
パンジー・パーキンソンがそうだった。
「あんた達、何か隠してるんじゃないでしょうね!!」
「そりゃ人間、隠し事の一つや二つあるだろ」
「そ……そうだけど!!アンブリッジ先生に内緒で何かやってないかってことよ!!」
「ええ〜?そんなことしてないけどォ〜?」
「変な言いがかりつけるのやめてもらえますゥ〜?」
「ああああ!!うぜえこいつら!!」
「その辺にしときなよ……」
嗅ぎ回るだけ嗅ぎ回って何も得られないパンジーには役に立たない駄犬の雰囲気が漂っていた。顔もちょうどパグ犬っぽいし。
多分、良くも悪くも純粋な子なのだろう。
「守護霊の呪文を教えてほしい?」
基礎的な呪文も一通り習得したところで、さて次は何を練習するかと悩んでいるところにジニーからのリクエストである。
あれは大人でさえ苦戦するような高等魔術だ。魂と感情の形を具現化し使役するのだ、その術式の複雑さは群を抜いている。
しかし守護霊は何もしなくても主人を勝手に守ってくれるという利点があるし、魔術に組み込ませれば戦術の幅を広げることさえできる。
早い話がめっちゃ便利なのだ。
「どうかな、できる水準まで達してると思うかい?」
「不可能ではねえだろ」
「ならやろう。よし、実際に守護霊を出して解説を……コルダ、君も確か守護霊出せたろ?前に出てやってみせてくれよ」
「わ、私ーっ!?で、でも……」
「やってみるといいさ。これも経験だ」
「お、お兄様がそう言うのなら……」
注目されることに慣れていないのかやや緊張した面持ちだったが、コルダはつつがなく守護霊を呼び寄せた。
現れたのは、雪豹。
滑らかで白い毛皮に独特の斑点が散らばり、瞳には美しいサファイア・ブルーの結晶が揺蕩っていた。
「わぁ、綺麗……」
「かっこいい!」
「あいつ意外とやるじゃん」
(狼じゃないんだ……ルーピンは狼だったからてっきり)
守護霊は自分の心象が強く現れる。
なので狼人間の彼女は狼の守護霊を出すのかと思っていたのだが外れたようだ。だがまあ、溢れ出る気品と、冷たくも慈悲深い雰囲気はまさしくコルダらしい。
だが当の彼女は美しい守護霊とは裏腹に必死の形相だった。
この呪文は得意な方ではないようだ。
「ちょ、ちょっと解説するなら早くしてください!これ維持するの結構大変なんですからぁー!」
「ご、ごめんなさい。……守護霊の呪文、主に吸魂鬼対策として用いられる魔法だけど、相手を撹乱したり自分の身を守ったり、使いこなせば便利な魔法ね」
「複雑な魔法式と高度な技術が必要な魔法だ、こればっかりは一朝一夕でできるもんじゃねえ。基礎の魔法と並行して回数こなしてけ!」
「あ、あの、もう守護霊消してもいいですか……」
「ありがとうコルダ、お疲れ」
「ぷはっ、ああ、疲れた……」
「ねえ!今のってどうやったの!?」
「わっ!?」
ジニーを始めとする女性陣がこぞってコルダに群がった。
「守護霊出せるなんて凄い!」
「豹綺麗だったよ!」
「有体守護霊を出せる学生が、身近にいたなんて!」
「あ、あり……どうも」
褒められ慣れていないのか、コルダはあたふたしていた。
興奮する女子達の反応も致し方ないだろう。
彼女の高潔な精神を表した雪豹があまりにも美しかったのだ。捻くれ者のザガリアスやマリエッタでさえも、その美しさに目を奪われていた。
(すっかり溶け込んだようだな。心配は杞憂だったか……)
「ねえ、ベガ?」
「?なんだチョウ……、……」
「この後、いいかしら」
「………ああ」
チョウの言葉に微妙に熱が篭っていた。
DAが終わり、片付けと称して部屋に残る。彼女は緊張を隠しきれない様子で立っていた。
男女が二人、暗い部屋の中、ヤドリギの下で。
導かれる結論は一つである。
「あなたが好きよ、ベガ」
「……そうか」
告白はする方もされる方も慣れてベガは、なんとなくこの展開を察してはいたが、いざ言われるとむず痒いものがある。
と、いうか……。
(絶対セドリックのこと忘れようとしてるやつじゃん……)
恋愛関係には聡いベガである、チョウの考えていることなどお見通しだ。対抗試合でセドリックと仲睦まじげに話すシェリーに無自覚に嫉妬してしまう程度には好きだった。
本来、シェリーを憎んでもおかしくない立場なのだが、シェリーもまた大切な友人。苦悶する彼女の姿を見て、やり場のない気持ちをぶつけたかったのだろう。
だが、それは傷の舐め合いに過ぎない。
そんな虚しい思いをさせてたまるものか。
「さんきゅな。でも今は付き合えねえな」
「え?」
「俺は互いに色々理解してから付き合いたいタイプでな。意外かもしれねえがよ。だから今はお前とは大切な仲間同士でいたいんだよ、……ごめんな」
「………そっか」
(世知辛ぇーっ!)
恋を忘れるための恋など痛々しいだけだ。
前の男を重ねて余計辛くなるだけ。ならばこそ振ったのだが、なんか心に罪悪感というか、申し訳ない気持ちが生まれてしまったのだった。
「ま、及第点じゃない?」
「……覗き見とは感心しねえなラベンダー」
「ほんと、良い男よねえ。初めて会った時はもっと軽い男だと思ってたのに」
「その方が好みか?」
「別に良いんじゃない?その方がまあ、世の女性は幸せでしょ」
「?……もう遅いから早く行くぞ」
「はあい」
「あーあ、ベガがもっとクズだったらなー。あんなん私と釣り合わないじゃん……」
聖夜を前にして寒空は更けゆく──。
▽▽▽▽▽▽
「ハロー、こんにちは、グロウプ」
「お、ん、い、ぃ、あ。いぇりー」
「すごいね、上手だね」
今日もシェリーは一人で禁じられた森へ。
最近はアンブリッジやらパンジーやらが何かを探るように城を駆け回っていたが、透明マントさえあればそんな心配はない。
多分──DAについて嗅ぎ回っているのだろう。
だがアンブリッジがDAを突き止めることはないだろう。DAにはハーマイオニーもベガもいるし、ドラコやコルダがスリザリンの動向を探れる。情報漏洩の危険性は低い。
というわけでシェリーはこの森で朴訥と過ごしていた。
こう何度も森に訪れるとその内勘違いされそうな気もするが、動物や花が好きなシェリーはここが居心地が良いのだ。
(……結局、私は人間らしさを捨てきれないのか)
死喰い人達を屠るための殺戮兵器になると誓った。
けれど彼女の身に宿る、平穏を愛し友達想いの優しい側面はどこか疲れていた。
グロウプに言葉を教える時間が唯一の趣味というのは、流石に追い詰められすぎている。
「ねえ、グロウプ」
「ゔうぅ……?」
「もし願い事が何でも一つ叶うとすれば、何がいい?」
「ゔぁ……ゔぁい、もの、ぁさん、くう」
「美味いもの沢山食う?いいね。
私はこの戦いが終わったら自殺しなきゃだけど……そうだね、生まれ変わることがあったら、美味しいものを沢山……」
疲れが溜まっていたのだろうか。
僅かな微睡みの後、シェリーは夢の世界に旅立った。
(生まれ変わる頃には、味覚、戻ってるといいな)
夢を見ていた。
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️」
脚に地面を感じず、確かな浮遊感があった。
ふわふわと微睡む彼女の耳に、話し声が通る。
「◼️◼️◼️、◼️◼️◼️◼️◼️」
聞くというよりそれは、どこか脳を貫くという表現の方が正しいような気がする。観測しているのではなく、頭の中に情報を詰め込まれているような感覚。
「◼️◼️◼️カバン◼️を◼️◼️◼️◼️する」
──いや、そもそもこれは夢なのか?
なにかがおかしい。
何せ、目の前の空間は、夢と呼ぶにはあまりに鮮明に過ぎる。
全身の毛が逆立ったような気分だった。
これは夢であって夢ではない。
今起きている現実を、シェリーが夢の中で見ているのだ。
「アズカバンの門はこれより開かれ、闇の帝王の従順なしもべ達は再び猛威を振るう」
轟々と燃え上がる火炎の中、黒い髪の少年は満足げに頬を釣り上がらせる。
癖のある髪に、血の瞳の上にかけられた眼鏡。
シェリーの唯一の肉親といっていい少年は、アズカバンにて叫んだ。
「──終わったんだよ、世界最高の牢獄の伝説は。このハリー・ポッターの手によってなあ!!」
「────ッ!?」
「いぇりー?いぇりー、あい、おおぶ?」
「ッ………あ、ありがとうグロウプ。ごめん、もう行かなきゃ」
ぐるぐる回った頭で、今やるべきことを考える。
アズカバンが攻められている。
ハリーと何人かの死喰い人達が、かつての同胞を、今まさに解放せんとしている!かつてない緊急事態だ!
このことを誰かに伝えなければ。そう、大人に、誰か騎士団のメンバーに。スネイプ辺りに見つかってネチネチ言われてもいい、報告しなければ。報告して、行くのだ──
──そう、ダンブルドアのところに!
シェリーは校長室まで駆ける。アンブリッジ辺りに見つからないことを祈りつつ、彼女が出せる最大限のスピードで。
「何をしている?」
しかしその足が不意に止まる。
曲がり角の先にいたのはオスカー・フィッツジェラルド。まずい、彼はアンブリッジの側近だ。よりにもよって二番目に会いたくない人物に会ってしまった。
彼はアンブリッジよりは公平とはいえ、騎士団のことは知らない。話を聞いても妄言だと一蹴されるだけだろう。
「こんな時間に生徒が彷徨くなど……このことはマクゴナガル先生に──」
「オスカー先生!お願い!そこ、どいて!!」
言ってから気付く。
何の説得にもなっていない。こんなことを言っても相手側の疑念を強めるだけ──
「……、事情は分からんが、何か、切迫詰まっているのか?」
「え?う、うん」
「よし、行きなさい。君は見なかったことにしておこう」
「………ありがとうオスカー先生!」
いやに物分かりの良いオスカーだったが、好都合だ。
校長室の場所は分かっている。きっとダンブルドアならアズカバンの現況も耳に入っているだろうが、情報は新しい方が良いはずだ。
不安を掻き消すように、走った。
(お願い、誰も死なないで──!!)
▽▽▽▽▽▽
──アズカバン。
世界最高の監獄として名を馳せる、不落の要塞。
その牙城が今、破られようとしていた。要塞には火が放たれ、闇夜の暗闇の中で轟々と燃えている。
天下のアズカバンに攻め入った下手人はたった数人。当然だ、死喰い人は裏でアズカバンの職員と繋がっており、いつでも脱獄できる機会は整っていたのだから。
だからこれはパフォーマンス。敢えて大々的に脱獄をアピールすることで、世界に恐怖を知らしめようという腹だった。
『前回』の魔法戦争はダンブルドアという最高戦力を攻略する手立てがなく、ダラダラと長引いて終わってしまったが、今回は違う。短期決戦……数年で魔法界を落とす算段だった。
その先駆けがハリー・ポッターの指揮によるアズカバン攻略戦。とはいえあまりの手応えのなさにハリーは苛立ちを通り越して退屈さえ覚えていた。
「おいお前達、出番だぞ!!さっさと出てこい!!」
ハリーの十八番、毒魔法により囚人達を縛り付けていた鎖が、牢がドロドロに溶かされていく。極悪非道の悪人達が、残忍な笑みとともに世に放たれる。
「何年もこんなところに閉じ込められて、腕が鈍ってるんじゃないだろうな?」
「ァァ……ァハハハハハハハ!!腕が鈍る、だって!?馬鹿言うんじゃねえよハリー坊や!!あたし達は今すぐにでも塵どもを殺したくってウズウズしてんだからさァ!!!」
ドス黒い悪意がそのまま人の形をしたような女に、ハリーは杖を投げ渡す。長い間アズカバンに囚われていたからか、その魔女の端正な顔は見る影もなく、悪鬼の顔の皮を剥がしたような狂気がそこにはあった。
しかし、だ。
ガラガラの声も、狂った瞳も、その名と同じく黒い髪も。全てが美しさと対極にあるはずなのに、頬が引き裂けんばかりに嗤う魔女はこの世のものとは思えぬ鮮烈な色香を身に纏わせていた。
美しいが故の強さと、強いが故の美しさを持った女魔王は、鬱憤を晴らすように、冥府の底から火炎を手繰り寄せる。
「『悪霊の火』──」
岩が、木が、全てが灰塵に帰した。
闇を孕んだ暗紫の火炎。ベガの揺蕩う泪の蒼炎とは真逆、全てを呑み込み屠らんとする怒りと暴力の焔。
最強の称号をその手に掴みし魔女を見て、ハリーは満足そうに笑った。己と同じ最高幹部の座に着く者が軟弱者では困る。
「流石だな。『世界最強の火炎使い』」
「まだまだ燃やしたりないねぇ。ハリー坊や、燃ゆべき塵どもを寄越しな!帝王に盾つく薄ら馬鹿どもを!この世の全てを燃やし尽くしてやるよ!!」
「その坊やってのやめろ。
……ああ、すぐに用意するとも。これから愚かな万象を、一人残らず殺し尽くすんだよ!そうだろう?
──炎の魔女、ベラトリックス・レストレンジ!!」
ベラトリックス・レストレンジ。
数ある純血魔法使いの中でも有数の名家に生まれ、理性の代わりに差別思想を頭の中に詰め込んだ女。これ以上ないほどに死喰い人の苛烈さを体現した最強格の実力者だ。
そしてこと戦場において抜群に頭のキレる女で、常に前線で狂笑とともに人を、街を焼き尽くした彼女は、敵からも味方からも恐れられていた。
と。
滅茶苦茶に散らばった瓦礫が宙に舞う。その下より出てきたのは、かつてシェリー達を追い詰めた狼男だった。
「ァアアアアーッ、オイオイベラ、俺ごと焼く気かァ!?」
「グレイバック!気安くその名で呼ぶんじゃないよ!!」
「なんだ、生きてたのか駄犬」
「ヒャハハホゥ!そりゃ生きるっての!こんな面白ェ祭に参加しねえなんて嘘だぜ!」
──フェンリール・グレイバック。
数多くの罪なき子供達を葬った、血に飢えた狼。
およそ近距離戦闘において他の追随を許さぬ、至高の肉体を持つ男は、淡く輝く白銀の体毛を血に染めて推参する。
彼が引き摺っていたのは、見るも無残なアズカバンの職員、だったもの。ただの肉塊に成り果てたそれを、グレイバックは興味がなくなったという風に投げ捨てた。
……彼の『愉しみ』に付き合わされたのだ。下卑た笑いを隠そうともせず、狼は猛り狂った。
「ったく、派手に壊しやがって。お前達ほどじゃないが、他にも役に立つ囚人はいるんだよ。マクネアに、ロドルファスに、ラバスタン。クィレルとクラウチジュニアもいるんだったか?」
「ああ……その二人は何か様子がおかしかったんだよなァ」
「?それはどういう……」
「──アバダケダブラ!!」
三人の中に不意打ちで放たれた緑の閃光。
しかしその場の全員が最高幹部の称号を持つ猛者である、息をするように難なくその攻撃を躱してみせた。
体勢を立て直したハリーは、魔法を放った男を見て、眼鏡の奥の深紅を遽に揺らがせた。彼は……ここにいるべき人間ではない。
彼の臆病物の精神も、立場から見ても、彼がここにいるのは間違っている。
なのに──何故、ここにいる?
「──なァ、ルシウス・マルフォイ!!」
「私が何故、ここにいるか、だと?簡単な話だ、お前達を足止めするためだよ」
ルシウスは己が真に属する組織の名を告げる。
不死鳥の騎士団……ハリー達の前に立ちはだかる理由は、それ一つで十分だ。
ここでハリー達を足止めすれば、時間を稼げば、その間に必ずムーディーやアレン達闇祓いがやって来てくれる。たまたまアズカバンに見回りに訪れていたルシウスは、命を賭して死喰い人達の壁となることを決断した。
彼は自分を卑怯者で臆病者だと自負しているが、それでも、彼達をこれ以上行かせてはならないということだけは理解していた。
一分でも、一秒でも長く、この場に留める。
それが己の使命なのだと。
そして、ほんの少し、高揚した。
自分の娘を快楽のためだけに狼人間に変えた男に、子供達を傷つけた男に、復讐を果たす機会がようやく来た。
グレイバックを見た瞬間に悟ったのだ。自分が今まで生き永らえてきたのは、この日のためだったのだと。
フェンリール・グレイバックへの対策は万全だ。彼を殺す算段は立ててある。必ず勝てるとは言えないまでも、相討ち覚悟で挑めば一泡くらい吹かせられる!狼人間について誰よりも調べた男が彼なのだから!
(そう……グレイバックを殺すことが、コルダへの……そしてドラコへのせめてもの罪滅ぼしになる!私の罪をほんの僅かでも精算する機会がようやく来た!)
弱者ほど、追い詰められた時にその真価を発揮する。
ルシウスは弱者だった。
満月の夜に苦しむコルダを見ていると、己への罰を見せられているようだった。それが嫌で、怖くて、娘を狼人間に変えた者を探すなどと言って家庭から逃げた彼は紛れもなく弱者だ。
少なくとも去年、紅い髪の少女と、月光の銀髪の少年の生き様を見るまではそうだった。
それでも──強くあろうとすることはできる。
「私の子供達に……もう二度と……手出しはさせない!!」
命を捨てた男の疾走に、グレイバックは暴力で応えた。
侮蔑はしない。嗤いもしない。
眼を見れば分かる。彼は死ぬつもりだが無駄死にする気は毛頭ないのだ。
己の全ての才と能力を、グレイバック殺しのために費やした。
勇敢なり、ルシウス・マルフォイ。対峙した男は愚者であっても敗者でなく、全霊を持って相手すべき敵と認識する。
「尊敬するよ、ルシウス・マルフォイ。地位も名誉も捨てて一人の戦士として戦う道を選んだか。
だが悲しいかな、ひとつ履き違えてる。いくら対策したところで……策を弄したところで……」
「──お前程度が、俺に敵うわけないだろうが!!」
ルシウス・マルフォイ 死亡
死因:グレイバックに心臓を穿たれ死亡