シェリー・ポッターと神に愛された少年   作:悠魔

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今年のプリキュア主人公の人生がハードモードと聞いて気になって見てみたらシェリーとダブって見えてしもうた。のどかちゃんの考え方とか喋り方とかすげー似ててね…。
あとシェリーのプリキュア感が凄いんだな多分。
ヒーリングッド面白かったです!まだ10話くらいしか観てねえけど!


6.ジェネレーション

 全てを知ったのは全てが終わった後だった。

 聖マンゴにて、物言わぬ父親の亡骸を見て、ようやくマルフォイ一家は彼の死を理解した。

 

「…………」

 

 ドラコは放心していた。

 コルダはただただ泣いていた。

 愛し、尊敬していた父親の死を受け止めきれていなかった。誰とも話さず、心が大きく抉り取られて失意の只中にずぶずぶと沈み込んでいく。

 誰も声をかけられない。かけられる筈がない。

 あんな顔を見せられては言葉を失うというもの。

 言語化するにはその感情は大きすぎて……そして重すぎた。

 スネイプが優しく肩を叩いていなければ、ずっとそのまま遺体安置所にへばりついていたかもしれない。

 

「ナルシッサ夫人はどうした?」

「気を失ってて、今別の部屋で寝かせてる。精神的なショックが大きかったんだろう」

「無理もない。後追いだけは絶対させるな」

 

 その日の預言者新聞は大見出しにアズカバン崩落のことを伝えており、その記事の中にはマルフォイ氏の訃報も見当違いな憶測を添えて書かれていた。

 それらを他人事のように眺めて……そして内容が頭に入っていないことに気付いて、もう一度読み直して、やはり内容が脳内の記憶庫に収納されていない事実に気付き、シェリーは新聞を捨てた。

 疲れた顔をしたダンブルドアがやって来たのは、ゴミ箱に新聞をやるせなさと共に放り投げた時だった。

 シェリーが精神的・肉体的に繋がりの深いハリーとパスが通っているのはもはや明白であり、そのことで対策を練る必要があるとのこと。

 その対抗策が、閉心術。

 

「君にはスネイプ先生の下で心を閉ざす術を学んでもらう。良いかの」

「……奴の居場所を知れるというなら、寧ろ活用すべきでは?」

「迅速な情報よりも正確な情報じゃ。相手の頭の中を覗けるといっても不規則に過ぎるし、逆にそれを利用される可能性もある。

 ならば、情報が漏れるのを防いだ方が良いと考えておる」

「……そうですか。そう、ですよね……」

「…………」

「ダンブルドア先生」

「……何かの」

「ルシウスさんは時間稼ぎのためにアズカバンで孤軍奮闘したと聞いています。それで……時間は、稼げたんですか……」

「………いや」

 

 全身の毛穴を針で刺された気分だった。

 彼の死に意味はなかった、と言うのか。

 

「ルシウスは……時間を稼げなかった。いくら対策を練っていたとはいえ、あまりに地力が違いすぎた。ムーディーやアレンが来る頃にはもう……」

 

 無駄死にとは言いたくないが、他に表現のしようがなかった。

 話を聞けば聞くほどにルシウス氏の置かれた状況が詰んでいたことを知る。ハリー・グレイバック・ベラトリックスは紅い力を戴いた最高幹部。どれだけ準備をしても負けることは確定しているし、勝てる要素がない。チェックメイトを避けるのではなく、チェックメイトからのスタート。

 だから……これからのことを考えるなら、ルシウスは勝負を降りるべきだった。惨めでも逃げて、生き残って、また戦う機会を探る。

 それが出来なかったのは何故か。

 それは拘泥した復讐心に他ならない。宿敵グレイバックの姿を見て抑えが効かなくなった、のではないか。

──あまりにもふざけた盤面を見ても、狼の駒があるだけで戦うことを自らの宿命としてしまった。

 五年生が始まる前に言っていたチャリタリの言葉を思い出す。

 

『復讐心なんて早めに捨てなきゃ身を滅ぼすだけ』

『当たり前に心の中にあるようになってからじゃ手遅れ』

 

 このことを言っていたのか?

 狂気とは一過性のものでなく、中毒性のあるもの。

 毎日のように復讐に身を焦がすというのは、常時酒を飲んでいることと同義。

 ルシウスの行動は……勇敢でもあり、狂ってもいたのか……?

 

「それは分からない」

「……ドラコ」

「父上は……手放しに褒められるような男ではなかった。僕達には惜しみなく愛を注いでくれたが、権力をいいように使い、屋敷しもべに辛く当たり、決して、善い人間とは言えなかった、と、思う」

 

 だが──。

『生きてる間は動く糞袋でも、死に様さえ良けりゃ英雄になれるんじゃい!』

 

「でも父上は最後は英雄だった……そうだよな……?」

「……うん……本当に、そう、思うよ……」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 その日の朝食は、近年稀に見る騒がしさと言っていいだろう。

 生徒達は新聞を回し読みし、アズカバンの話題でひっきりなしだったし、脱走した囚人の名前を見てネビルの顔色が明らかに変わっているのが見て取れた。

 浮き足立っていたのは教師陣も同じだ。アンブリッジが不満を隠すこともなく食事にがっつき、マクゴナガルやスプラウトが深刻そうな顔で話し合う。

 極め付けはオスカーだ。

 魔法省に勤める男だ、詳細は知っているのだろうが、それでも新聞を見た瞬間に悔しそうに歯噛みしたのを多くの生徒が目撃していた。

 誰もがこの事態を重く見ていた。

 しかしそれを『どうせ自分には関係ないことだ』と嘯き、挙句面白がっている者もいる。

 スリザリンの生徒の中にそういう人間がいた。

 

「は、ドラコの奴、これでもうでかい顔できなくなるな」

 

 廊下を歩いていると、ニヤついた顔の生徒達がそういう風に言っているのが聞こえた。やれマルフォイ家は口だけ一族だの、やれルシウスは半端者だったから粛清されただの。

 そしてこれから来る新時代について来れるのは選ばれた人間だけだの、気取った風の言葉を並び立てる。

 雑音は聞き流すべきなのだろうが、故人を侮辱するのはあまりに聞くに耐えない。

 怒ったロンはかつかつとその連中へと向かった。

 

「おい、その辺りに──」

「待て」

「ここからは俺達の役目だ」

「な、お前ら……!?」

 

 ロンを静止したのはゴイルとクラッブだった。

 大男二人はその連中の首根っこを捕まえて、凄む。

 

「うひゃっ!?な、なんだこの……」

「大概にしとけよ、お前」

「そこから先は許さねえからな」

 

 二人とも威圧感のある人間だ、ギロリとひと睨みするだけで相手は萎縮したようだった。慌てて逃げていくのを見ると、ゴイルとクラッブはふんと鼻を鳴らした。

 

「他愛ねえな」

「何歳だよお前達……」

「ウィーズリー、うちの大将とつるんで何かやってるみてえだな」

「……おう」

「その調子で頼む。ドラコとコルダはいつも夜に疲れた様子で帰ってくるが、その分、あー、楽しそうだ。多少は気も紛れんだろ」

「……まさか君達からそんなことを言われる日が来るとはね。分かったよ、頼まれてやる。

 ……それにしても」

「あ?何だよ」

「僕お前達が喋ってるとこ初めて見たかも……」

「は?そんな筈……あれ……?」

「………」

「この話はなかったことにしよう」

 

 閑話休題。

 シェリーはスネイプの部屋で彼の指導を受けていた。

 

「レジリメンス!開心せよ!」

「ぐっ……うあああああああ!!」

「心を強く保て、ポッター!」

 

 『閉心術』──すなわち、他者からの魔力による精神干渉を防ぐというもの。ハリーと夢の中で混線してしまうシェリーは、一刻も早く開心術を身に付け、彼達からの精神汚染から防御しなければならない。

 そして開心術を身につけるには荒療治しかなく、無理矢理心を開いて──すなわち記憶を覗くという感覚を身につけて跳ね除けるしかない。

 とはいえ、シェリーの精神の耐性は高くはない。

 ヴォルデモートの仕業かどうかはさて置き、彼女の魔法適正は一に攻撃、二に攻撃、三四も攻撃五に攻撃、である。似たタイプのスネイプは勝手知ったる様子で教えられるが、改めて見ると中々尖った能力値だと思う。

 そんな彼女の記憶の中は、やはり『ごく普通の少女とはいえないもの』であった。ダンブルドアから聞いていたとはいえ、些かそれは凄惨に過ぎた。

 

『シェリー、お前のせいで僕の今日の運勢が悪かったぞ!どうしてくれるんだ!』

『ごッ……!』

「……どうした!精神を集中させろ!!」

 

 これはリリーではない。

 これはリリーではない。

 そう言い聞かせているとはいえ、スネイプの胸中に苦いものが広がったのは確かだ。ああいう経験はないではない。それに、リリーそっくりの少女がいたぶられているのは見るに耐えない。

 怒るより先に目を逸らしたくなる。耳を塞ぎたくなる。

 彼の経験上、ただ傷つくだけならまだ耐えられると考えている。心の傷なら忘れてしまえばいい。体の傷なら治してしまえばいい。だがそれらを同時に味わってしまうと、もうどうしようもなくなる。

 しかも耐えられる傷にも限度はあるのだ。

 近々の訃報である、ルシウスの死。考えないようにしていた苦痛が蘇り、身を焦がしては苦しめる。

 そして記憶の旅の終着点は、忘れようもないあの墓場。心の中に焼き付いて離れない、あの光景。

 自分がホムンクルスだと伝えられた時──これはどうでもいい、と彼女は思った。それ自体に別に何の感慨も湧かなかった。自分の前で死んでいく人間がいる方が重要だった。

 ブルーが目の前で死んでいく苦痛。

 ローズを助けられなかった時の絶望。

 セドリックを、殺してしまった時の、あの、感触。

 少女が背負うにしては重すぎる痛みをいくつも抱えてしまった。

 そこでスネイプは己の感情を把握し、この少女に対して──抱く筈のない感情を抱いていることに気付いた。

 

(私がこいつを嫌うようになったのはいつからだ?)

 

 ……そう、ジェームズ・ポッターと同じ目をしていたから。傲慢で粗暴な男とそっくりな目だったから。……しかし今のシェリーを見てもジェームズを想起させることは少なくなった。

 正直言って、あの男とは似ても似つかない。

 かと言って母親似というわけでもない。リリーは寧ろ勝気で腕白な性格で、シェリーと通ずるところもあるがその在り方はまるで違っている。

 ジェームズのことは間違いなく嫌いだ。憎らしい男だ。

 嫌いな要素は沢山ある。けれど、……奇妙な話だが、学生時代にあれほど嫌いあった仲であったというのに、別段、思い出してもどうこうとは思わない。

 それは何故だろう……?

 

(……ああ……デネヴがいたんだったか……)

 

 あいつのことはまあいい……。

 シェリーに対してどういう感情を抱いているか、もはや自分でもよく分からない。

 愛した女の娘だから守る。

 嫌いな男の娘だから憎む。

 相反する二つの感情を纏めて表現する言葉は、スネイプの辞書には載っていないのだ。

 けれど。シェリーの流した血は、冷血な男に僅かな痛みを生んだ。

 

(私はこの子を……また戦場に立たせるというのか……?)

 

 それは、本来セブルス・スネイプが抱くはずのなかった感情。

 それを自覚した瞬間、精密機械のように美しく難解な魔力の流れに砂粒一つほどの誤作動を起こしてしまった。

 セブルス・スネイプに落ち度があったとすれば、思案に耽り、魔力にほんの僅かな揺らぎが生じてしまったこと。

 シェリー・ポッターに落ち度があったとすれば、過去のトラウマを掘り起こされ紅い力を解放してしまったこと。

 運が悪かったとすれば、その二つのタイミングがまったく同時であったというということ──。

 

「うぁあああああああァアアアア!!!」

「っ、まず──」

 

 一秒にも充たぬほんの僅かな衝突ではあったが、魔力は逆流しスネイプの方へと飛んでいく。開心術がスネイプの方へと飛んでいく。

 正気に帰ったシェリーは、暴くつもりもなかった、スネイプがひた隠しにしていた過去へと飛んでいった。

 

(やってしまった……)

 

 過去のトラウマをほじくり返され軽い錯乱状態にあったため、多少は致し方ない部分もあるのだが、結果としてシェリーはあの教師が一番触れられたくないであろう部分に土足で踏み込んでしまった。

 感覚的に、あるいは本能的に察した。ここはスネイプの精神世界、もっと言えば過去の世界だ。

 シェリーとしてもここにいるのは本意ではない。早くここから出て行かねばなるまい、と、思うのだがここで問題が一つある。

──出方が分からない!

 

「……あの、ここから出る方法って知りませんか」

 取り敢えずその辺の少年に話しかけてみる。

『…………』

 無視である。

 どころか認識すらされてなさそうだ。かつて憂いの篩に入ったことがあるが、それと同じものを感じる。

 

「……って、あれ?スネイプ先生!?若っ!」

 

 当たり前といえば当たり前だが。

 しかも周りをよく見てみればここはホグワーツだ!改築でもしているのかところどころ意匠も違っている!

 手に問題用紙を抱えているのを見るに、ふくろう試験の直後といったところだろうか……しかし……本当に、若い!

 シワや肌荒れも殆どなく、顔立ちはまさしく少年のもの。だが脂ぎったベタついた髪と淀んだ目元にスネイプを感じる。猫背でひょこひょこ歩く様はもう本当に蝙蝠の擬人化のようだ。

 少し不謹慎だが、よく知る人の過去を見てシェリーのテンションは上がっていた。友人や恋人のアルバムを見てワクワクするあれだ。一人なので感情を抑える必要がないというのもある。

 

(うわー、なんか新鮮)

『よう、スニベルス!元気か!?』

「!?貴様何故ここに……って、そっかお父さんか」

 

 スネイプに声をかけたくしゃくしゃ頭の眼鏡の少年にシェリーは一瞬殺意を剥き出しにするも、すぐに引っ込める。あれは彼女の宿敵のハリーではなく、父親のジェームズだ。

 泥血の瞳ではなく、自身と同じハシバミ色の目。己の父親──正確には肉体の素となった者だが──の、若かりし頃を見て、心が遽に高揚するのを感じた。

 だが、声をかけられたスネイプはそうではない。

 窪んだ目が肉食獣のそれに変わり、いつでも魔法を速射できる早撃ちの体勢へと移行……いや、まさに魔法を放たんとしていた。

 

『エクスペリアームス』

 

 けれどもそれは不発に終わる。

 からん、と乾いた音が廊下にこだます。スネイプの背後から魔法で杖を叩き落としたのだ。

──誰が?

 

『シリウス・ブラック……!貴様……』

『おいおい、ジェームズはただ声をかけただけだってのに随分な挨拶じゃないか?ん?』

 

 悪戯小僧と呼ぶには悪辣に過ぎる顔の少年だった。

 シリウスのハンサム顔は当時から顕在のようだが、その顔がどこか破綻し、歪んでいることに気付く。

 後ろに子分のように控えているのはピーター・ペティグリューだろう。まだ精神が安定しているからなのか、柔らかい印象を受ける。受けるのだが……表情は、嘲りのそれだ。

 

『糞ッ……!』

『おっと動くなよ、インペディメンタ』

『~〜~〜!!!』

『杖を取ろうとしたまま動けない気分はどうだい、スニベリー?

僕だったらその姿はあんまりにも惨めだから消えてしまいたくなりそうなんだが』

(……………)

『この──ホグワーツの、いや、魔法界の汚点が!!杖さえあればお前達なんて、モガッ!?』

『ハハハハ!!人間の言葉を喋れよスニベルス!!』

 

 心臓をイバラで撫でられたようだった。

 この光景を表現する言葉なら知っている。いじめだ。貶めて、蔑めて、堕として、墜として、陥れて、落とす。

 気に食わない相手を辱める行為。

 それをあまつさえ自分の親と親同然の男が行っているというのが、心に暗い影を落とす。失望ではない。ただただ、悲しい。

 このことをルーピンは知っているのか?

 知っていて放置しているのか?

 これが彼達の全てではないにしても、これはやり過ぎだ。

 何よりタチが悪いのは、(便乗しているらしいペティグリューはともかくとして)ジェームズもシリウスも明らかに憎しみが灯っているということ。面白いからではなく、嫌いだからいじめているのだ。

 

(いじめならいじめた方はそれを忘れるけれど……今に至るまで確執は続いてるし、一方的に、じゃなくお互いに色々とやりあってるのかな……いや、まあ、それを抜きにしても、だけど……)

 

 シェリーは経験則で知っている。何が面白いのかはさっぱり分からないが、こういう現場には大抵ギャラリーがやって来て、煽り囃立てるものなのだ。十数年前のホグワーツでも例外ではなかったらしい。案の定、あっという間に人は集まってきた。

 野次を飛ばし、気ままに詰る。面白半分で見る者もいた。

 ……とても苦手な感覚だ。

 だが一人だけ、シリウスと同じ黒い髪の少年だけが、人混みをかき分けて敵意を剥き出しにして魔法を放った。

 

『フリペンド!!』

『っ、プロテゴ──お前もか、レギュ』

 

 互いに嘲りを隠そうともせず、二人は対峙する。

 ……よく似ている二人だが、その雰囲気はまるで異なる。ブラック家は名門貴族というが、親族だろうか。

 レギュ、そう呼ばれた少年はスリザリンのようだ。スネイプを助けに来たらしいが、鬱憤や怨みをぶつける為に乱入したという動機も一割ほどあるだろう。

 当人達の間に緊張感が走る。少しでも動けば即呪ってやるぞ、という。スネイプはモゴモゴ言ってた。

 青白い顔がそろそろ洒落にならない色になってきたところで、救世主はやってきた。

 

『フィニート!やめなさい!』

『カハッ、ゲホ、ゲホッ……リッ、』

『リリーッ!……パッドフット!ワーミー!髪はどうだ!』

『決まってるぜプロングス!』

『相変わらずイカすよ!!』

『オーケー!こほん、あー、エバンズ。気分はどうかな』

『最悪よ!!』

『それはいけない!医務室に行くのを勧めるぜ!!』

『げえっ、お前もかよレックス!?』

 

 過去の世界に自分が登場したと錯覚してどこかむず痒さを覚えるほどにその少女はシェリーに瓜二つだった。いや、似ているのはシェリーの方か。

 美しい赤毛の少女。瞳の色や傷の有無など、相違点は多々あれど写し鏡のように近似した姿。シェリーはテレビで俳優が全く違う役柄を演じて話題になったのを思い出した。同じ姿ではあるが、性質は異なるものだ。

 そんなリリーの隣には、派手な金髪の少年。まだ少年の風貌だが誰かは分かる、レックス・アレンだろう。学生時代から真面目だったのだろうか、リリーから可愛がられていそうだ。二人が揃うと姉弟のようである。

 

『やり過ぎだ先輩方!!だがまだやり直せる!!すぐにスネイプに謝罪しその後に医務室まで送るべきだぜ!!』

『……なあ、おい、レックス。君は悪い奴じゃないが、いささか視野が狭すぎるんじゃないか?こいつは、殺人クラブに所属しているような奴なんだぜ?それを庇うってのか?』

『あなたが今やっているのはそれとは全然関係ないじゃない!!ただの憂さ晴らし、ただの弱い者いじめ!!こんなこともうやめなさい!!』

「『君が次の休みにデート付き合ってくれるのなら良いけどね』

「はあっ!?』

 

 リリーの顔が髪と同じくらい赤く燃え上がった。

 気の強い彼女ならばすぐに言い返すと思ったのだが、意外にも言葉を詰まらせているようだ。視線をぐるぐる回して、

『貴方と付き合うくらいなら、えーっと、そう!レックスと付き合った方が有益だわ!幸せにしてくれそうだし!』

『……俺を睨むのはやめて欲しいんだが!』

『やめとけってジェームズ。歳下に嫉妬してどーする』

 

 よく分からないが、おそらく恋愛系の何かが起こっているだろうことは察した。ロンとハーマイオニーのような感じだろう。

 リリーはぶんぶん頭を振るとスネイプを抱え起こす。それが気に食わなかったのか、スネイプは分かりやすく顔を歪めた。

 惨めを晒し、敵寮の生徒に助けられ、怒りやら屈辱やら羞恥やらで彼の心境はぐちゃぐちゃなのだろう。それ以外にも何か昏い感情が胸中で渦巻いているようだったが、それに関してはシェリーの預かり知らぬところだった。

 

『っ、君の助けなんていらない!この、けが──』

 

 ホグワーツの壁が爆発した。

 比喩ではない。本当に爆発し、吹っ飛んだのだ。

 言い争いをしていた少年達の真後ろの壁が破壊され、吹き飛び、そして巨大な鉄の塊が現れる。

 駆動するその巨体を見て、シェリーは目を疑った。

 あれは、マグル界において、

 

 『戦車』と呼ばれる代物ではなかったか──?

 

『デネヴだ!!デネヴが出たぞおおおお!!」

『おいおいまたあいつの新作だぜ!今度はデカいな!?』

『な……あ……あなた何をやっているの!!!??』

 

「ギャアーーーーハッハッハァ!!!」

 

 土埃が舞い、瓦礫の影になって『デネヴ』なる人物の顔は見えない。こうなると最早ジェームズやシリウスやスネイプの諍いなど些末なものだ。

 というかデネヴってベガの父親ではなかったか。

 君のお父さん何やってるの。

 まさかの展開にそこら一帯が大混乱に陥り、スネイプがレギュに抱えられて逃げたり、ジェームズやシリウスが花火を上げたり、腰を抜かしたペティグリューにリーマスが盾の呪文をかけてやったり、リリーやアレンがデネヴの凶行を止めに入ったりしたところで、ようやく我に帰った。

 首根っこを掴まれる感覚。

 スネイプが掴んでいるのだと気付いた時には、シェリーはもう彼の部屋に叩き出されていた。

 

「……見たな」

「……すみません」

「…………グリフィンドールから十点減点。さっさと──ここから出て行け」

 

 逃げるようにそそくさと去って行くシェリー。

 その後ろ姿を、スネイプは、どんな思いで見送ればいいのかさっぱり分からなかった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ドラコとコルダは一週間ほど休み、そして少し痩せつつも幾らか落ち着いた様子で授業へと復学した。

 思春期に突入した男女にとって敬愛する父の死がどれほどのものか察してやれないほどホグワーツの生徒達は馬鹿ではない。だが中にはそのことで態々突っかかってくる連中もいるのだ。

 その一人がアンブリッジだった。

 カエル女はあろうことか復帰したマルフォイ兄妹が朝食のオートミールに手を伸ばしたところで、嘘くさい悲しみの顔とともにずけずけと無駄に大きな声で「この度はほんっっっとーに残念でしたわン」などと言葉を並べ立てた。

 ただの心配をしているアピールなのは明らかだった。

 ドラコが顔から感情を失くし、コルダが俯いてぷるぷると震え出したところでスネイプが「この後で授業の相談が」と、人を殺せそうな激烈な視線で訴えたおかげで事なきを得た。

 スネイプの株が上がった。

 

「同僚が失礼した。……悪かった」

 

 オスカーがそう言うと、二人とも僅かに溜飲を下ろした。

 そんな彼達は今、DA活動にて魔法の練習中だ。丁度今、盾の呪文の形状を変化させられる段階まで行き着いた。

 休学という手はあった。

 それでなくても身内の死は大変だが、家督と財産を継ぐドラコは色々と大変そうにしていたし、親戚からのやっかみもある。食べるのに困るわけではなくとも、若い身空で抱えきれないほどの面倒事を背負うわけだ。コルダとて例外ではないだろう。

 だから、それらにケリをつけるために長期間に渡って休むという選択肢もあったのだ。

 けれども二人は戻ってきた。

 復讐に燃えている……というより、身体を動かしていなければ嫌なことばかり考えてしまうのだろう。

 幸いにして、スネイプや名門貴族と関わりのあるジキルが諸々を手伝ってくれたのが一助となったのだろうが……。

 

「グレイシアス・フリペンド!!」

「っ、おっと……!」

「コルダの奴、ベガに一撃入れやがった!」

「いやドラコも当てたぞ!初じゃねえか!?」

 

 誰がベガに魔法を最初に当てるかで賭けをしていた双子は色めきだった。その後にハーマイオニーに怒られた。

 そのハーマイオニーだが、彼女も惜しいところまでは来ていた。魔力を細く長く伸ばす魔法糸を使って、罠のように張り巡らせて攻撃を試みていた。場所が場所なら当たっていたかもしれない。

 

「アセンディオ、からの、フェルーラ!!」

「!?あぶねっ……ルーナ、てめえいつの間に!」

「油断大敵、だもン!」

 

 油断ならないのがルーナである。

 超人染みた身体能力がなければ危ない場面は少なくなかった。

 彼女は当初は無駄が大きく戦闘は得意ではなかったのだが、理論派のハーマイオニーの動きを吸収し、めきめきと頭角を表してきた。持ち前の突飛な行動力と、多彩な魔法を活かし不意打ちならばDAの上位層に肉薄するほどの実力を身に付けた。

 あのザカリアスが教えを乞う程度には成長しているのだ。

 

(あと見込みあるのは……ロンを筆頭に、クィディッチチームの連中か。流石に鍛えてるだけあって動体視力が違う。そして意外にも急成長してるのが……)

「ボンバーダ!」

「ッ!やるなネビル!」

 

 ネビル・ロングボトムもまた、アズカバン大脱走の報を受けて明らかに動きが変わった人間の一人だった。

 新聞を眺めていた彼の視線はベラトリックスの写真のところで釘付けになっていたのをベガはよく覚えている。

 ベラトリックスは……ネビルの両親を廃人に陥れた人物だ。

 親の仇同然の女が野放しになっていると聞いて冷静でいられる人間などないだろう。ネビルは優しいが故に、人一倍苦悩する。

 ……以前、彼女と同じレストレンジの名を持つ自分を、恨んでやいないかと問うたことがある。自分は悪党の一族だ、と。

 あの女と同門の出身なんだぞ、と。

 そう言うと、彼は呆れたような顔をして、『何馬鹿なことを言ってるんだい?君、意外と馬鹿だよね』などと返すのだ。

 いつかの夏に、彼の両親と会う機会があった。

 親を友人に見せるのは初めてだと言っていた。

 

『僕の両親はもう、戻らない。脳のショックと魔法の影響で永久に治ることはないんだって。癒学的にも、医学的にも』

『…………』

『ベガ、君も両親はいないよね。弟同然の、シド君だっけ?その子もいなくなってしまった。

 ……君は、彼達を殺した相手を恨めしいと思うかい?』

『………思うよ。でもそれ以上に、無力な自分が恨めしい』

『僕もだよ』

 

 少年は、くたびれた顔で笑った。

 

『多分皆んな、そうなんだ。いなくなってしまった人達の無念を晴らすためだったり、もう二度とこんな悲劇を繰り返さないためだったり。でももし分かり合えるのだったら、その怒りを呑み込みたいとも思ってる。

 シェリーも、闇祓いの人達も、そうなんじゃないかな。

 心のどこかで、もうこんなことやめたがってる』

 

 怒り──ではないのだ。

 復讐を果たすためではないのだ。

 自己のためでなく、他者のため。

 

『怨恨でしか行動できなくなってしまったら、もう終わりなんだよ。

 僕は、人を助けるために、戦いたい』

 

 いつか、死喰い人達へかけてやる憎しみなど些末なものだと笑い飛ばしてやる日のために──

 親が遺した負の遺産を蹴っ飛ばすために──

 少年達は、剣を磨くのだ。

 

「だって、私達は──」

「立ち止まっていられないから……!!」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 校長室。

 暖炉もふくろう便も見張られているホグワーツだが、隠し事ができないかと言われればそうではない。

 それもそのはず、ホグワーツの監視としてやって来たのは爪の甘いアンブリッジと、監視の仕事にいまいちやる気が見られないオスカーだ。これまで起きた騒動や行動はダンブルドアにとって全て想定の範囲内である。

 監視の結果だとのたまって、トレローニーを魔法省権限で解任しようとしたが、意外にもオスカーがそれに寸前まで反対したお陰で代わりの教師としてフィレンツェを推薦するのがスムーズにいったりと、寧ろ上手くいきすぎている。

 ダンブルドアは蛙チョコレートの包みを開きながら、不機嫌そうな様子のスネイプを見やる。菓子を薦めると目元の皺が更に寄った。本人は気付いていないが、彼がこうした表情を見せるのは十中八九リリー(もしくはシェリー)絡みの時である。

 

「計画の方は順調かの?」

「滞りなく。ルシウスとキングズリーが筆頭となって行動してくれたおかげで予定よりも順調に進みましたな」

「そうか……」

 

 ダンブルドアは思案する。

 布石は打った。準備も整えた。けれどこんなものではヴォルデモートの力には到底及ぶまい。手段は選んでいられない。

 ヴォルデモートの恐ろしいところは無邪気な悪党という点だ。

 彼は物事を深くは考えない。その時に面白いと思ったことに全力を投じる子供のような男だ。だがそんな短慮な性格ではあるが、彼の刹那の思考は常人がどれだけ絞り出しても釣り合わない凄まじい分析能力を有するのだ。まさに、黄金の脳細胞。

 人は闇の帝王を計算高い狡猾な男だと思っているが、ダンブルドアに言わせれば彼はこの世界をただ愉しんでいるだけだ。

 力を得て、煩わしいものから解放されたヴォルデモートが、その才覚を気紛れに世界にぶつけているだけのこと。

 だから──読めない。

 次に何をするのかが──。

 そして、予感があった。

 

(──このままでは確実にこちら側が負ける)

 

 ダンブルドアは、次の一手を打つ。

 

「のう、スネイプ」

「なんです校長」

「わし、ちょいとホグワーツを留守にするでの」

 

 

 

 

 

「は???」

 




スネイプの過去は最初好きなキャラのいじめ描写とかやだなーって思って書いてましたが途中から親世代のキャラ沢山出せて結構楽しくなっちまったよ。
余談ですが、シドが死なない世界線のベガは悪い意味でスリザリンルート直行で、超嫌なやつになってた可能性大です。でも心の奥底で才能ないシドに負い目持ってそうです。

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