シェリー・ポッターと神に愛された少年   作:悠魔

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今回の話が今までで一番書くの大変だったかもしれない。


10.ホグワーツ・フロントⅢ

「ハーマイオニー!この戦いが終わったら聞いてほしいことが……」

「ロン!この戦いが終わったら聞いてほしいことが……」

「……盛り上がっているところ悪いけどそれ以上はやめときなさいな、二人とも。スネイプが見てるわよ」

 

 ラベンダーに釘を刺され、ようやく自分達に突き刺さる冷たい視線に気付くと咳払いをして地図に集中した。

 

「──忍びの地図の真価は守りでこそ発揮される」

 

 ロン・ウィーズリーはそう断言する。

 ザカリアスの疑念の声に答えるようにその利点を上げる。地図は相手側からの奇襲を防ぐことができ、複雑な地形であっても戦況を完璧に把握できる。指示を出す為に一塊になりやすいという欠点も篭城戦であればデメリットになりにくい。

 だから決して不利ばかりではない。

 彼我の戦力差もアラゴグやグロウプのおかげで削ることができた。ホグワーツがこと防御に秀でた要塞であるということもあり、勝利の可能性は上がったと言っていいだろう。まあ、それでも一割が三割になった程度のものではあるが。

 

「城の防衛機構の大部分を作ったのはロウェナ様ですな。作ったはいいものの活かされる機会はまったくなかったので、殆ど無用の長物扱いされていたのですが」

「……何シレッといるんだお前」

「いやァ、この事態なのですから秘密の部屋で日和るわけにはいきますまい」

 

 バジリスクが大広間にいた。

 先刻サラッと現れた時はもう大パニックで、コリンは狂ったように写真を撮りまくっていたし、ネビルとコルダはいつだかの嫌な記憶を思い出すし、もう何というか、大パニックとしか形容のしようがなかった。

 事情を聞いていた教師陣が取りなしてくれなければ暴動が起きてただろう。

 

「これはホグワーツがいざという時のために秘密裏に飼育してたやつだから!秘密の部屋とか全然関係ないから!そう!秘密兵器だから!」

「何それかっこいい」

 

 随分無理のある言い訳だが、フレッドがおっかなびっくりに「バジー、お手」と手を差し出し、頭を擡げたので一応の信用は置かれたようだった。

 秘密の部屋事件ではジニーやコリンを始めとする多くの生徒達が被害に遭ったのでその罪滅ぼしがしたいのだとか。魔眼を失ったとはいえ、圧倒的に強力なことには変わりはない。

 

『つーか!!あたしに感謝してよね!!この蛇ジジイがどうしてもって言うからあの部屋から湖までの水管を案内したのよ!!ほんっとこのジジイったら!!』

「あー、落ち着け、マートル」

『うるっさいわねベガじゃないなら褒められても嬉しくないわよ!!』

「何だよ……」

「いやあはっはっは、ところでヘレナ様はいらっしゃるのですかな?是非御目通りしたいものです。あちらは怒るでしょうが」

「ヘレナ……?」

 

 まあいいか、とかぶりを振ると、自然と恐怖が心にもたれかかった重みを感じた。

 死ぬかもしれない。

 死ねない理由はいくらでもあるが、死なない理由はどこにもない。ロンは寄り掛かる先を探していた。今までのように無鉄砲に進んでいてはきっと足元を掬われる。ここにいる全員纏めて、だ。

 質の違う恐怖に押し負けまいと思考の海に沈もうとするも、そんな逃避すらも許さぬと言わんばかりにそれは起きた。

 敵はいつだって突然に攻めてくる。

 

「死喰い人が攻めてきたぞ!!」

「──ッ、迎え撃て!!絶対に相手の正面に立つな!!側面・背面から攻撃しろ!!一撃でいい、一撃浴びせたらバリケードまで戻れ!深追いはするな!!」

「マートル、ついて来い!君にも役目がある!」

「これ以上コキ使うつもり!?」

「私に続きなさい!いいですか、勝つことは名誉ではありません!生き残ってこそ最大の栄誉ですぞ!」

 

 フリットウィック率いる部隊が持ち場へと向かう。

 アラゴグ達の稼いだ時間のお陰で、ホグワーツの抜け穴は全て塞げた。相手がどこから攻めてくるかは分かっている!

 忍びの地図だけではない。肖像画やゴーストに随時戦況を報告してもらえば、リアルタイムで戦況を共有できる。向こうにあるのは忍びの地図だけだが、こちらには連絡手段がいくらでもある!

 カドガン卿が息咳切って登場し、より正確な場所を現場の生徒達に伝えた。

 タフな身体で、突撃要員としてうってつけな人狼と吸血鬼の軍勢が、階下より迫ってきているが、場所さえ分かれば対処などどうとでもできる!

 

「会敵!鏖殺するぞォォォ!!」

「喰い殺せェェェェ!!」

「ホグワーツの皆んな!!あいつ達に目に物見せてやれ!!死喰い人は今ここで全員ぶちのめしてやれ!!

──撃てぇぇええええええ!!!」

 

 ホグワーツ側の取った戦略は至極シンプルなものだった。

 バリケードを階段の上に作り、そこから連続して魔法を放つというもの。

 階段の上から山下ろしのように魔法を発射する。階段の多いホグワーツならではの戦闘方法。一定のタイミングでただ撃つだけで敵を倒せる。

 反対に死喰い人にとっては、頭上の敵を攻撃する必要がある。これはきつい。バリケードで目視し辛いのも拍車をかける。

 

「あ……当たった!!」

「よくやったシェーマス!!」

「次!皆んな一旦下がって!ディーン、ケイティ、ザカリアス、頼むわよ!!」

「ああ、分かっ……」

「ガキどもがァアアアア!!」

「っ!?」

 

 狂気、狂奔、狂笑。

 ホグワーツにある筈のない異物が空気に震撼して伝播して襲い来る。

 怖い──。

 初めて死喰い人を見た生徒達はそのいかれ具合を体感した。強い弱い、の次元ではなく、住む世界が違う。

 未知の怪物を相手にする気分だろう。

 

「前を向きなさい!!」

 だがフリットウィックは、その中でも矜持を失わなかった。戦士としての誇りがそこにはあった。

「魔法は!!魔術は!!前を向かねば当たりませんよ!!!」

 

 それは、至極、単純な理屈。

 子供でも分かる簡単な帰結だ。けれど誰もがそれを忘れてしまっていた。

 再び、地を踏み締める。

 戦士達は前を向く。

 

 

 

 

 

「思いの外、強いな」

 

 そう言いながら、アントニン・ドロホフはキャメル・シガーライトボックスの吸殻を踏みつけた。

 彼の胸中には奇妙な違和感が湧き上がっていた。急拵えにしてはやけに統率の取れた陣形に、明らかに訓練された動き。おかしい、ホグワーツの一般生徒がここまで粘れるわけがない。

 というか、寧ろ……。

 

(ガキどもの中に戦闘訓練を受けた連中がいるな?簡単な呪いと盾の呪文くらいは使えると思った方がいいか)

 

 といっても、戦いの心得があるのはわずか三〇人程度。

 ドロホフは『次の手』の用意に取り掛かる。

 生徒達はあくまで厄介ではあっても脅威ではない。スネイプとフリットウィックにさえ気を付ければまァ問題はない。

 あとは、バジリスクやケンタウルスという魔法生物群が向こうに味方をしているようであるが……。

 

「まあいいや、『装填』。

──『発射』」

 

 ドロホフが用意した攻城兵器。

 巨大な大砲が火を吹いた──。

 

 

 

 

 

 最初に気付いたのはネビルだった。

 忍びの地図上で、エイブリー、ジャグゾン、トラバース……何人かの死喰い人の名前が高速で動きホグワーツに向かっているのを見た。

 箒か?そう思ったがどうやら違う。

 彼達はフリットウィックに手酷くやられたばかりで、到底箒など乗れる体力などない筈。少なくともホグワーツに攻め入る気力など到底ない。

 巨人にボールと間違えられて投げられでもしない限りは……。

 そこまで考えて、ロンは一つの結論に思い至った。

 

「人間……砲弾……!?」

 

 上の階から、ガラス窓が割れる音。

 ロンは何人かの生徒を連れて状況を確かめに上の階に上がる。

 ものの見事に壁は破壊され、ローブの切れ端らしきものがこびり付いていた。

 頭の中が真っ白になる。

──戦闘不能状態の部下を?

──ホグワーツへの弾として?

 胸焼けがしそうだ。遺体どころか血すら残っていなかったことが逆に胸の内の恐怖を爆発させた。吹き飛んだ思考の代わりに最悪の情報が雪崩れ込む。

 砲弾を切っ掛けとして死喰い人側の軍勢が動いたのだ。

 壊れた穴から巨人が強引に登る。

 崩れた壁から吸魂鬼が忍び寄る。

 

『きょ、巨人が、吸魂鬼が来てるわよ!』

「吸血鬼や人狼もすぐそこまで来ているぞッ!」

「どうする!?どうしたらいい!?」

(上からは吸魂鬼と巨人の軍団!下からは人狼と吸血鬼の軍団!やばいぞ、どうする……!!)

 

 焦燥が精神を片端から削り取る。

 更に勢いを増す先遣部隊が少しずつバリケードを攻略しつつある。全て同時だ。嫌なことが嫌なタイミングで起こる、ロンはここが戦場でなければ相手側の指揮官に拍手を送ってしまいそうな程に美しく戦略が嵌っている。

 

(こんな時、シェリーやベガがいれば……!!)

 

──そう。

 シェリーやベガ、コルダのように強ければ。

 ドラコのように群を、スリザリンを纏める力があれば。

 ダンブルドアやマクゴナガルのような頼れる大人も殆どおらず。

 兄貴達のように不敵に不遜に笑うこともできない。

 ホグワーツには人材がいない。何もかも足りない。

 ないない尽くしの土壇場だ。

 

(何も……ない……?)

 

 こんな時に何を思い返しているのか。

 ロンは子供の頃の記憶を回想していた。ホグワーツに来るよりも前、今よりずっとガキで、我儘だった自分は箒をねだっていた。

 けれどウィーズリー家にとって箒は高級品、にべもなくモリーに断られたことが当時のロンには世界が滅亡するよりショックな出来事だった。

 空を飛んで、広大な草原を見渡したかったのに。

 誰も見たことのない景色を見たかったのに!

 

『でも、野に咲く花を見つけられるのは、歩いている者だけだ』

 

 アーサーはそう言って花に水をやった。

 朝日に焼けた水滴の反射が花を彩っていた。

 

『上から見る景色はそりゃあ綺麗さ。黄金の景色を見ようとして万人がそれを追い求めた。けれどね、同時に万人が忘れてしまっているんだよ。根を張って生命を紡いでいる大地の素晴らしさを。空には万金があるけれど、替えがたいものを忘れてしまうのはとても悲しいことだ。

 ないない尽くしの我が家だけど、だからこそ見えてくるものがある。ロンはこの家は嫌かい?』

「──嫌なわけ、ない!!」

 

 あの得の言葉が今なら分かる。

 強者だからこそ知り得ないものがある──。

 ロンは思考の渦に再び沈む。

 そして直ぐにその欠陥を弾き出す。小さいからこそ気付けた、上からでは気付けなかった致命的な弱点に。

 大きすぎるのだ。

 巨人はその図体が長所であり欠点なのだ。

 身体も大ききれば動きも大振り。だから逆に近くに寄ると互いに互いを邪魔してしまうので、距離を取りながらでないと移動できない。

 吸魂鬼にしたってそうだ。なまじ影響力が高いので味方の近くに配置するわけにはいかず、一塊になってやって来る。混合部隊だからこその弱点!

 

「守護霊を使える奴は吸魂鬼から倒しに行くんだ!!巨人は暴れさせてろ、疲弊した隙を突いて一体ずつ撃破だ!!」

「吸血鬼や人狼はどうする!?」

「フロアごと燃やせ!!」

「オ~ケ~イ!!」

 

 双子の赤色の花火が階下に投げ込まれ、派手な音と共に弾けて増える。

 向かってくる吸魂鬼は守護霊を使えば一網打尽だ。先陣を切ったのはなんとハーマイオニー、彼女は百近い吸魂鬼を相手にした経験がある。あの時よりも数は少なく、そして今の彼女はもっと強い。

 銀色の鴨嘴に続くようにしてチョウも白鳥を出現させた。それは厄災を祓いし希望の光を束ねた獣!

 

「やるわね、チョウ!」

「そっちこそ、ハーマイオニー!」

 

 吸魂鬼はともかく、巨人達は生半可な攻撃は効きはしない。強引に突き進み全てを破壊せんと行進する……が、不意にその動きが止まった。

 途端に冷気が立ち込める。それは吸魂鬼のように魂に訴えかけるような、底冷えするものではない。コルダの精錬な氷魔法によるものだ。氷は通路を分断し巨大な防壁となり、巨人達を蹂躙する刃となる。

 

「グレイシアス・フリペンド!!」

「ご……が……!?」

「ああ、よかった!ちゃんと効きますね!

 巨人はあくまで大きいだけの人間、どこかのバジリスクみたいに氷を鱗で防ぐとかしてこないので助かります!」

「それはよかった!コルダ、気が済んだら逃げるわよおおおおおおお!!」

「ぐぇっ」

 

 一撃撃っただけで疲労困憊のコルダを、パンジーが引き摺りながら退散した。

 冷え切ったステージでは生物はその真価を発揮できない。大きいというのはそれだけで長所ちも短所にもなり得るということ!そしてそのステージで暴れ回れるのはただ一匹。

 騒ぎを聞きつけ、パイプを歪ませながら登場した盲目の大蛇。

 逆巻く鱗が全てを弾き、生物が行き着いた一つの終着点は、暴虐を体現した鞭となりて死喰い人達を蹂躙する。

「私には炎も冷気も効きはしない!暴れ仕事なら任せてもらおう!大丈夫、スリザリン様の意思を正しく継がぬ者などに遅れは取りませぬとも!!」

「バジリスク!!」

「ジニー嬢にコルダ嬢、そして石化させてしまったホグワーツ生の皆々様!獅子奮迅の活躍をもって非礼をお詫び致しましょう!!」

 

 歯車が噛み合った感覚。

 いける。敵は脅威だが、ホグワーツ内での戦いならばこちらに利がある!

 

(監督生として責務を全うしろ!!僕は友人達にDAのリーダーと認めてもらえたじゃないか!!ホグワーツ生として最後まで誇り高き戦いを!!)

「──へぇ、粘るねぇ。オジサンちょっとばかし感激しちまったよ。ガキンチョどもの城とばかり思っていたが、意外な掘り出しモノがいるもんだなァ」

 

 ロン・ウィーズリーの五臓六腑が危機を告げていた。

 そのたった一人の男がどれほどの恐ろしさかを知らせていた。

 アントニン・ドロホフが現れた。

 彼は帥としてではなく、戦士長として前線に出ることを選択した。まずい。忍びの地図の弱点は伝達に時間差があるということだが、こうして前に出られるとその欠点もなくなる。

 再び、流れが変わった。

 守護霊を使役する魔法使いのところへ吸血鬼達が飛び立ち、人狼が数匹がかりでバジリスクに噛み付いた。情報に踊らされていない。兵の活かし方が上手く、流れを生み出すことにかけてはロン以上だ。

 一目見るだけで、ほんの少し動くだけで、分かる。

 この男を自由にさせてはならないと。

 ドロホフも同様だった。ロン・ウィーズリーという男の価値を一目見ただけで理解した。しかしてドロホフが最初に狙ったのは、ロンではなかった。

 

「ジョージ、危ないっ!!」

「え?──ぐあああああああああっ!?」

 

 ジョージの耳に穴が開いた。

 咄嗟にネビルが庇わなければ頭ごと吹き飛ばされていたことだろう。その卓越した早業に冷え切った手で内臓を鷲掴みにされた気分だった。

 

「ジョージ・ウィーズリー、全体的に高い能力を持つがなまじ現状認識能力が高いので囮になってトドメを譲る癖があり、攻撃後は後ろに下がろうとする。もう少し積極性があれば違ったかもネ」

 時間にして数十秒、ドロホフは予知にも近い洞察能力でDA全員の癖と動きを読み切った。無二の相棒を傷付けられ、激昂して向かってくるフレッドを歯牙にも掛けず、最小限の動きで攻撃を躱してみせる。

 誇りなど、決意など。

 そんなモノ戦場においては何の意味も為さないとばかりに、押し寄せてくる全てを蹂躙し尽くす。

 

「テメェエエエエ!!!」

「フレッド・ウィーズリー。杖を振る時に身体が右側に寄りがちな癖がある。加えてやや大振り、おそらくクィディッチ選手かな?ポジションはビーター、狙いは悪くないがキレると大雑把になるね」

 フレッドの滅茶苦茶な魔法の乱射にすら法則性を見つけ、全てを相殺。

 ドロホフに脅威を覚えたハーマイオニーとネビルが彼を挟み撃ちにしようとするが、それさえ読まれていたかのように、彼は己が動きやすいへと場所へと位置を取る。すなわち、ハーマイオニーの近くへと。

 彼女はさして近距離戦闘が得意なわけではない。

 そしてネビルも遠距離からの魔法は得意な方ではない。味方を巻き込むかもしれないという恐怖から魔法を使えずにいた。

 

「ハーマイオニー・グレンジャー、全体的にソツなくこなすが良くも悪くも動きが型に嵌りすぎていて自分独自の攻め手が少ないねえ。型の種類は豊富だがそれ以上のものは出せない、ガチガチの優等生ちゃんだ」

「ぐっ……!」

「ネビル・ロングボトム、先陣切って進む精神的な支柱、盾の呪文が得意。意外とメンタル強いのかな?戦って変に調子付かれても面倒なので君の相手はしないよん。先に殺すのは巻毛の嬢ちゃんからだ」

「……!!」

「ハーマイオニーッ!!」

 

 ドロホフの凶刃がハーマイオニーに迫る。その間にロンが割って入り、その攻撃を何とか凌いだ。

「ロナルド・ウィーズリー、頭はいいが動きにムラがある。窮地に陥ると真価を発揮するタイプ」

 こいつはまずい、ここで倒しておかなければ絶対に何かをやらかす。

 だからここで止めておかなくてはならない……!

 何より、こいつ!ジョージに何をしてくれているんだ!!

 

「ジニー、ジョージ達を連れて退がれ!ネビルとハーマイオニーは他の部隊の相手をを頼む!こいつは僕がやる!!」

「……無理しないでね、ロン!」

「言うね。坊や、オジサンが誰だか知ってて言ってんのかい」

「アントニン・ドロホフ。指揮能力は高いけど実力は大したことはないからこんな使い走りみたいなことさせられてる。今から僕に倒される」

「……あーやだやだ、オジサンが一番嫌いなタイプだね、君。でも君が生徒達の指揮を取ってるっぽいしな」

「お前は僕が倒す!!」

「テメェは俺が潰す」

 

 戦いのゴングが鳴った。

 スネイプの情報によればドロホフの実力は死喰い人の中では中の上程度で、あくまで凡人の域を出ないという。

 だがそもそも、死喰い人の平均戦闘力は極めて高い。紅い力の幹部やヴォルデモートを除けば最も強いのがドロホフだ。紅い力というズルがないのが付け入る隙といえば隙だが、少なくとも今のロンが敵う相手ではない。

 鞭のように杖をしならせると、紫の炎が地面を削りながらロンを襲う。確かに強力だが、ロンは最強のベガの炎を身近で見てきたというアドバンテージがある。それと比べれば、これは幾分か遅い。

 横っ飛びしながら炎を躱し、嫌というほど練習した失神呪文を放つ。

 案の定盾の呪文で防がれるが、ロンは更に距離を詰めた。

──予測していたかのように回し蹴りを『置かれた』。咄嗟にロンの動きを読んだというよりも、一連の攻防を組み上げられたかのようだ。

 ロンは腕を交差してガードする。全身の骨が吹っ飛びそうな程の衝撃、この体格で助かった。ドロホフが肉弾戦においても一流なのを確認すると距離を取ろうと背後に飛び退く。

 脚が沈んだ。

 いつの間にか床には泥の沼、この高速戦闘の中で沼化させる魔法を使っていたことに驚愕するロンの目の前で杖が緑色に光った。確殺の死の呪文は魔力の『溜め』が必要だが、ロンが脚を取られている隙に魔力を練り上げるつもりだ。冷や汗が落ちるよりも早く、脚を蹴り上げる。

 

「チィ──!」

 

 ロンは沼の中に靴を脱ぎ捨て、長い脚でドロホフに蹴りを入れた。風の魔法で自分ごと吹き飛ばして強引に脱出する。上手く行った。

 本当はドロホフの眼球に泥をはねてやろうと思い、力みすぎて靴が脱げただけなのだが、上手くいったので良しとする。靴はアクシオで回収した、貧乏性なので靴一足といえど勿体ないのだ。

 ……計算通りだぜ!

 

「『ヴェンタス・グラディオ、風の刃』」

 

 足元を滑るような鎌鼬が吹きすさび、思わず後退するも、壁にぶつかる。

 慌ててレダクトを放ち何とか後ろの部屋に転がり込む。奇しくもそこは闇の魔術に対する防衛術の部屋だった。

 土煙に紛れながら、教室の奥へと走り机の下へと潜り込む。

 ドロホフが近付いてきたらすかさず攻撃してやる……。

 

(……いや僕は馬鹿かい!?相手も忍びの地図持ってるんだから隠れてる場所はバレバレじゃないか!)

 うっかりロナルド発動だった。

(いやでも待て、ドロホフが僕を探すために地図を開いたら、それは寧ろ攻撃のチャンスだ!)

 

 息を潜めて様子を伺う。ドロホフが土煙を払いながらやって来る。

 向こうが範囲攻撃で蹂躙するならそれも良し、一点集中の魔法なら急所に当てるくらいはできる!さあ来い、と意気込むロンの下に一直線に風の弾丸が飛んできて……

 

「って何で場所が分かった!?」

「靴に泥ついてるでしょ」

「僕は馬鹿だーっ!!」

 

 靴を捨てていればよかった!

 逃げるロンだが、途端に体勢を崩す。また沼のトラップか?と思ったが、そうではなくこれは、自分の身体ごと吸い込まれているのだ。マグルでいう、勝手に掃除をしてくれるとかいう『気電掃除』のように!

 魔法の基本は発射、すなわち魔力を飛ばすのは誰でもできる。

 だがその反対、吸引となるとその難易度は段違いに跳ね上がる。近距離に持ち込んで風の刃で切り刻まれれば命はない。ロンは必死で杖を握った。

 じりじりと吸い込まれる。

 その場から動けない。動けない、なら、わざわざ動いてやる必要などない。

 杖先から砂塵を撒き散らす。全てを吸い込むなら、敢えて吸い込ませてやればいいのだ。

──ロンの目論見は外れた。

 放った砂はドロホフの眼前で霧散する。恐ろしく精密な風の操作で砂を払ったのだ。魔力操作が上手すぎる。ロンがギョッとしていると、ふと吸引が止まり、思わず転んでしまう。そこへ追い討ちをかける形で、それが形成されていた。

 収縮された風の刃。

 吸引した風を刃へと形状を変化させたのだ。急に吸引をやめてバランスを崩したところに、身の丈よりも大きい風の大刀を大振りに、上から振り下ろす。

 あるのは真空。触れれば全てが無に帰すであろう濃密な風がロンへと向かう。

 

(防御は無理、横に躱す!クソ、ドロホフの奴こんな大技も持ってるのか……

 ……って、何か、違和感あるけど……)

 

 スネイプから聞いた情報では、ドロホフは高くはない実力を小技で補うという印象だった。それにしてはこの風の刃はあからさまに派手というか、目立たせようとして目立たさせている感がある。

 魔法使いとして似た性質のロンだからこそ分かる違和感。

──目を引きすぎる!

──風の刃は囮!

 ロンの疑惑は正解だった。ドロホフは本来の杖腕ではない左手で杖を握っていたのだ。彼の右手にはナイフが仕込まれてあったのだ!

 ナイフが投げられる。ドロホフのことだ、毒の一つや二つ仕込んでいてもおかしくない。だがこの体勢ではあまり大きく動けはしない。

 右に躱せば風の刃。

 左に躱せばナイフ。

 ならば──

 

(ナイフ)の方に躱して、盾の呪文で身を守る!!)

 

 風の刃ならいざ知らず、片手間に投げられたナイフ如き、盾の魔法であれば簡単に弾くことができる。

 さあ、反撃開始だ──と言いたいところだが、ドロホフに迂闊に近付けばやられてしまうだろう。というか先程から手玉に取られてばかりだ。

 風魔法に、投げナイフに、あの体術。足元を沼にしたり、鞭状の紫の炎による牽制などの小技も充実している。

 中・近距離の戦闘であればドロホフ側に利がある。だが遠距離から攻めるといってもこれといった攻め手がない。時間をかけて、こいつを引き付けておくしかないのか……!

 そんな思考を塗り潰すかの如く、ドロホフは再び吸引を行った。

 まずい、あれをされては防ぎようがない!せめて吸い込まれないようにと、ロンは脚下へと力を込めて──

 

「──おおっと!!」

 

 早撃ちで放たれた魔法弾が風を突っ切った。

 咄嗟に盾の呪文で防ぐも、その衝撃までは消し切れず僅かに後退する。この攻撃特化の魔力は、まさか。

 

「──シェ……」

「ポッターでなくて残念でしたなウィーズリー?」

「……スネイプ!」

「先生をつけろ一点減点」

「へえ、ガキを庇ったか!生徒想いだねえスネイプ!」

 

 やって来たのはスネイプだ。

 嫌いな相手とはいえ、援軍として来る分には頼もしい味方だ。彼は教師陣の中でもトップレベルの実力の猛者、加えてシェリーと同じ早撃ちスタイルなのでロンの相方としては相性の良い相手!口と性格の悪いシェリーが助太刀に来てくれたと思えばいい!

 更に言えば、スネイプはドロホフとは同じ死喰い人同士、勝手知ったる相手ということも大きい。ネックなのは、それは向こうも同じということだが。

 

(けどスネイプが前衛に出てくれれば僕にもやりようがある……!!糸の展開に時間はかかるけど確実に攻撃を当てられる『魔法糸』で……!!)

「──『フェラベルト、変化せよ』!!」

「うわっ何だ!?魚!?」

 

 瓦礫がたちまち水族館を泳いでいるような小魚へと変化して、ドロホフの周囲の空間を遊泳する。一匹や二匹ではない、魚群となって彼の周りをぐるぐると泳ぎ回る。

 ホグワーツを攻める際にドロホフにとって厄介だったのは、ひとえに、スネイプとフリットウィックの存在。ダンブルドアとマクゴナガルが不在の今最も強いのはこの二人だ。

 そして奇しくも、この二人の戦闘スタイルは酷似していた。

 多少の違いはあれど、基本的には呪文を早く多く撃つという攻撃寄りな戦い方を好む。そのためにドロホフはしっかりと対策を立てていた。

 それが、小魚による魔法探知。

 たとえドロホフに攻撃しようとしても、魚の鱗が魔法弾を弾き、逸らす。魚群が自動でガードしてくれるというわけだ。常時彼の周りの空間を泳いでいるのでどれだけ早く攻撃しようと意味はない。

 スネイプの、天敵。

 そして魔法糸にとっても──。

 

(なっ……!?糸を辿って魚がやってくる……!?)

「キシャアーッ!!」

 

 ロンがこっそり伸ばしていた魔法糸に小魚が気付き、その糸に沿ってロンの元へと魚が飛来する!小魚は魔法を探知する能力も備わっているのだ!

 魔法の逆流。

 導火線のように魔法を相手へと飛ばすのが魔法糸だが、まさか自分がそれをされるとは思っていなかった。驚いたロンは反応が遅れ、小魚の襲撃をモロに喰らってしまう。腕に噛みつかれた!

 

「痛っ、この!フィニート!……ふう」

「何をやっている、ふざけているのかウィーズリー!!」

「はあ!?こっちは大真面目だよ!!」

(相性最悪かなこいつら)

 

 呆れながらもドロホフは二人に向けて魔法を連射した。

 ロンは構えるが、スネイプが魔法の風圧で強引にロンをその場に座らせる。

 はずみで強く鼻を打った。スネイプは普通に防御した。

 

「おい何するんだ!!」

「うるさい黙れ!!」

「何だと!?」

「何を!?」

(相性最悪だねこいつら)

 

 膠着状態。

 スネイプとロンはドロホフへの有効打がないし、ドロホフ側も今は防御に重点を置いているため攻めあぐねている。

 スネイプの早撃ちを封じる魚群。ただの魔力防壁ならスネイプはいともたやすく破れるのだが、ドロホフを取り囲む魚の一匹一匹が小さくも強固な壁となる。

 一枚の壁ではなく、無数の小さな壁が旋回しているのだ。

 ロンに対して使わなかったのは魔力を消費したくなかったからだと、彼自身強く理解していた。それを歯痒く思いながらも、今は無力を嘆く時ではないと己を律した。

 対するドロホフも、相対するロンを決して無力とは思っていない。

 最大の脅威の撃破のためにあまり魔力を使いたくはなかったものの、この少年が一筋縄でいく相手だと思っているわけでもない。

 いくら連携が取れていなかろうと、二人同時は面倒臭い。ドロホフは次の手を打った。

 

「ロナルド君にはご退場願おう!!」

「!?……えっ!?」

 

 ドロホフが爆破したのは教室の壁。そこにはびっしりと鉄製の人形が蠢いていた。アレはダームストラング一族が寿蔵した戦闘人形で、核を潰さない限り何度でも立ち上がる……という、集団戦で活躍する性能の人形である。

 だが注目すべきはそこではない。

 無機物は忍びの地図に名前が出ない。

 まずい、ハーマイオニー達は敵は死喰い人や巨人達だけだと思っている。今あいつらに暴れられたら、今度は防衛すらできなくなる……!

 

「そら、その赤毛のガキを殺せえ!」

「ッ!!」

「ウィーズリー!!クソ……!!」

 

 スネイプとロンが分断された。

 世話の焼ける生徒だ、とたたらを踏みながら、怒りも露わにスネイプは走りながら魔力を溜める。まあすぐには死なんだろう。

 一点集中の魔力ならばドロホフを守る魚群も突破できるかもしれない。

 とはいえドロホフもそんな思考はお見通しだ。彼を守る魚の一匹が地面へと発射され、床に『変化』の呪文がかけられる。

 地面が大きくせり上がり、ぱっくりと一文字に穴が開き牙が生え、一つの大きな口となる。海底でじっと獲物がやって来るのを待つ深海魚さながらに、スネイプを飲み込まんと口を開いた。

 

「セクタムセンプラ!!」

 

 何十もの刃で切り裂かれたかのように切り込みが入れられ、ガラガラと音を立てて沈んでいく。スネイプが最も得意とする闇の呪文。これを喰らえば、かなり高位の魔法薬でもなければ傷口は癒えることなく永遠と残り蝕み続ける!

 まさしく一撃必殺の呪文。早撃ちも含めて、スネイプは対生物において破格の能力を持っているといえよう。

 ただドロホフもそれを理解しているのか、魚で身を守り、更には魔法の撃ち合いを避けて間接的な攻撃を試みている。厄介なことこの上ない……!

 

(せめてあと一人、我輩と連携を取れる人間がいれば違うのだろうが、あのウィーズリーの末弟は役に立たんし、一人でやるしか……)

「オラァッ!エクスペリアームス!!ああッ、くそっ、少し手間取った!」

(……!?)

 

 何か物凄い普通にロンが戦闘に参加している。いやちょっと待て、お前は今さっき戦闘人形達の相手をさせられたばっかだっただろうが。

 ……倒したのか?

 たった一人で、こんなに早く?

 まさか、と訝るスネイプだったが、すぐに思考を切り替える。ドロホフの魚が再びやって来ている!今度は何をしてくる、という疑問はすぐに解消された。

 

「アクシオ、机!!」

 

 その小魚を起点として、三台ほどの机が周りから勢いよく飛んでくる。自分一人なら早撃ちの無言呪文で二つ撃ち落とし、角度的に厳しいもう一台は屈んで躱すのだが、生憎とそちらにはロンがいる。

 下手に躱してしまえばロンに机が直撃する、そう判断したスネイプは舌打ちしながら全て叩き落とすことにした。

 一台目……着弾。

 二台目……着弾!

 そして残る三台目……、

 

「あ、あっぶねえ!危うく当たるところだったぜ」

(…………!?)

 

 ロンが机を撃ち落としていた。

 馬鹿な。このスピードでは、無言呪文でなければ撃ち落とせないだろうに。

 ……いや、無言呪文を使ったのか?

 通常、無言呪文は言霊を介さないので攻撃速度が飛躍的に上がるというメリットがあるのだが、それ故とても難しい魔法技術。それをまだ五年生の少年が使ったというのか?

 自分達の世代であれば戦争中だったので盛んに魔法の研究が行われており、魔法使いのレベルも極めて高い水準にあったので使える者もチラホラいた。だがよもや今の世代の、しかもウィーズリーの末弟が使えるというのか……?

 ……もっと。

 もっと早ければ、あるいは。

 

「──ウィーズリー!もう少し早く、魔法を出せるか!」

「えっ?な、何を急に」

「どうなんだ!?」

「あ、ああ。いや、はい」

「速度を上げろ!私に合わせろ!!」

「……はい!」

 

 相対するは、脅威の死喰い人アントニン・ドロホフ。

 最大の難敵に、スネイプとロンの急造コンビが立ち向かうのだった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

──だが彼達は一つの事実を失念していた。

 ドロホフを倒せれば確かに士気にも関わるし、付け入る隙ができるかもしれない。だがそれが死喰い人の直接的な敗北に繋がるわけではない。

 状況は変わらない。致命的な数の差をひっくり返せるわけではないのだ。

 よく粘っている方ではあるが、あくまで戦況は死喰い人側が押している。ホグワーツ生が地の利を活かせているからかろうじて戦いの形になっているだけだ。

 それも、もうじき難しくなる。

 生徒達の動きに綻びが出始めた。

 指揮官の指示なのか、ホグワーツの肖像画は軒並み破られて連絡手段を封じてきた上に、物言わぬ戦闘人形が増員されたのだ。

 医務室代わりの空き教室に怪我人や重傷者が引っ切り無しにやってくる。死人が出ていないのが奇跡だ。

 単純な話、今のホグワーツには戦える人材が圧倒的に足りていない。もっと言えば、真に戦う覚悟がある人間がほとんどいない。

 死をも恐れず立ち向かう覚悟、経験。ただ強い以上に必要なモノがない。普通に生きてきた人間にそれを求めるのも酷というものだし、死に臆病だからこそ死者もまだ出ずにいるとも言えるが、それも時間の問題だ。

 

「私も行きます!離してください……!!」

「駄目だってば!!いいから大人しくしてなさい!」

「ハーマイオニーさんやジニーさんはまだ戦っているんでしょう!?私ばかりがここで休んでいられますか!!」

「今行っても死ぬだけよ!!」

 

 喚くコルダをパンジーが諭す。

 人の際限なき悪意に触れ、それでも立ち向かっていける者とそうでない者がいる。パンジーや大多数の人間がそうだった。

 じりじりと、負けが近づいてくる。

 そしてその負けが意味するところは、無為な死が待っているということ──。

 

「慌てないで。まだ自棄になるのは早いと思うな。死喰い人達はそれぞれの種族で弱点がはっきりしてる、攻撃を与えて下がるだけでも有効打になり得る。コルダの氷魔法は強力だし、まだ温存してほしいもン」

(本当はここでずっと休んでてほしいけど……)

「ぐ……わ、分かりましたよ」

 

 ルーナは少し休むと、すぐさま前線へと戻るつもりだった。

 一歩間違えれば命を落としかねないところへと。

 

(……本当にこのままでいいのでしょうか)

 

 その凄惨な様子を見て、一人の女のゴーストが自問した。

 灰色のレディ、またの名をヘレナ・レイブンクロー。

 生前に偉大なる母親の類稀なる頭脳に嫉妬して、被ると叡智を得るとされる髪飾りを彼女から奪って逃げた女。

 その後色々あって非業の死を遂げるわけだが、今は寮付きのゴーストだ。

 ヘレナはこの状況を打破する可能性が一つだけ存在することを知っていた。

 ホグワーツの四つの剣。

 創始者達が遺した遺産。彼達の意思を継ぐ者に授けられるという絶大な力を持った聖剣・魔剣の類。それを使えば、形勢逆転とまではいかなくとも、持ち堪えるくらいはできる……。

 

(だけどアレは、私の罪の象徴。私の未来永劫消えぬ後悔のカタチ。アレをホグワーツの子供達に見られるのは……私が拒んだ死よりも更に耐え難き苦痛……

 ……などと言っている場合ではありませんね、今まさにホグワーツが崩壊しようとしているのに、今更隠そうとするなど)

『ルーナ・ラブグッド、こちらへ』

「………?」

 

 己の使命は、剣を振るうに相応しき生徒を連れて行くことだ。そのために千年もの間この世を彷徨っていたのやもしれない、とさえ感じる。

 

「何を……私、行かなきゃ」

『この状況を覆す手段があるのです』

「………!?」

『ついて来てくださいますね?』

「……聞きたいことは沢山あるけれど。分かった、行くよ」

 

 やって来たのは必要の部屋だ。

 かつて、ヘレナは親への嫉妬から、被った者に知恵を授けるという髪飾りを盗んでアルバニアの森へと隠した。その後……色々あって死んだのだが、その髪飾りを求めた者が現れた。

 トム・リドルである。

 単にマジックアイテムが欲しかったからか、分霊箱、ひいては紅い力の研究のために必要としたのか。ともあれ彼はそれを手に入れると、しばらく色々と実験をした後に必要の部屋へとそれを隠した。自分には無用の長物だが、価値の分からない者に使われるのは気に食わない。リドルは、生徒の都合の悪いものを隠す部屋へとそれを隠した。

 ヘレナが髪飾りを見つけたのは偶然だったが、誰も気付かないだろうとそれを捨て置いた。……こんな形で授けるなどとは夢にも思わなかったが。

 

『ルーナ、貴方ならきっと……ああ、その髪に、よく似合う』

「……灰色のレディ。事情はよく分からないけれど、……ありがとう!」

『それを言われる資格も筋合いもとうにありませんよ。それと、髪飾りではありません』

 

 そのレイブンクローの髪飾りは被った者に知恵を授ける。そして、真のレイブンクロー生が触れることで剣へと姿を変える……!

 知らず、ルーナの手には細剣が握られていた。ぎらぎらと輝く青銅の柄、サファイア色の澄み切った刀身。少女の矮躯には似つかわしくない蒼のレイピアは、しかして羽のように軽い。

 ルーナの身体に、爆発的なまでの魔力が流れ込む。

 それは、かつてホグワーツを創設せしめた一人である蒼の魔女の魔力。

 古の魔力はカタチとなり、かつての姿と記憶を再現する──。

 

 そう。

 そこにいたのはロウェナ・レイブンクロー……の、記憶のようなものだった。

 

『──ああ、ヘレナ。どんな形であれ、貴方と再び会えたこと、とても嬉しい』

『………ッ』

『そして、ルーナ・ラブグッド。貴方のような生徒が現れたこと、喜ばしく思います。ホグワーツ四強の意思を継ぎし、真のレイブンクロー生よ。

 貴方に力を授けます──』

 

 

 

 

 

 

『どうか──どうか、皆んなを守って』

 

 

 

 




◯裏話その1
今回の描写について。
おじさんが魚を出して戦ってましたが、あれは守護霊ではなく変化の呪文で作り出した偽物です。
死喰い人は基本守護霊を出せません。単純に使えないか、使えたとしても心が純粋でない魔法使いは逆にプラスのエネルギーの塊の守護霊にぶっ殺されるからです。なのであいつらは守護霊が使えなくてもいい、吸魂鬼を支配するポジションに立ちます。
アンブリッジは自分が悪だと思ってない系の悪だから使えました。スネイプもリリーへの愛という一点は嘘偽りない真実なので使えたようです。
最初はそんなの関係ねえ!その方が敵強いし使えた方がいいだろ!って設定でしたがやめときました。

◯裏話その2
6巻では姿をくらますキャビネット、要するに行き先が限定されたどこでもドアを使って死喰い人が校内に入っています。
でも正直そんなの使われたら詰むのでやめときました。おじさんなら絶対めっちゃ凶悪な使い方してくるだろうし無理だよ……!

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