シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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12.アヴェンジャー

「終わりだ、ドロホフ」

 

 クラムの箒から降りると、ロンは事実を告げた。

 ドロホフにのし掛かった残酷な現実の正体だ。戦力差はひっくり返った。勝機が既にないことくらい、名将ドロホフが理解できない筈もない。

 

「お前に勝ち目はない。もう降参して杖を捨てるんだ」

「そうかもな。諦めて降参……

──なんて真似するわきゃねえだろうが!舐めんじゃねえよ!!このくらいのハンデがあってトントンなんだよ、楽しもうぜ。ここからが戦争の本懐だろ!!」

「浅ましいな。この期に及んで尚足掻き続けるというのか」

「たった数十点差ですっぱり諦めちまうような奴に理解されようとは思っちゃいねえよ。諦めた瞬間に負けは決まる、勝つためなら恥なんざいくらでもかいてやるよ!!オジサンは昔っから諦めが悪いんでね!!」

 

 クラムは顔を強張らせた。

 時に負けを認めることも確かに強さなのだろうが、しかしてドロホフはこの劣勢においても未だ勝機を見出さんとしていた。放っておくのはまずい。このままでは本当に勝機を見つけかねない。

 アントニン・ドロホフの真価はここからなのだ。

 勝利のための尽瘁。

 勝者は必ずしも強者ではない。

 

「……あいつの相手は僕に任せてくれ。あの男は僕が全霊をかけて立ち向かわなくちゃならない敵だ」

「大丈夫なのか」

「フラーが応急手当をしてくれたしね」

 

 赤毛の少年は歴戦の猛者に相対する。

 知っていた筈だ。勝利のために強さも誇りも捨てられる者は、時として強者よりも厄介であることを。

 ドロホフと心の温度を共有しているのは、ロンだ。

 戦場に立つ男の顔になった彼を賓客として認識したか、射程範囲内に入ったロンを切り刻まんとして轟風が吹き荒む。狂気で糊塗された顔からは何も伺い知ることはできないが、ロンは今、ドロホフと思考を共にしていた。

 懐に潜り込み魔法を放たんとするロンに待ち受けていたのは銀色の煌めきであった。向かってくる投げナイフを前にして、ロンは置いていた思考を脳内から引っ張り出す。

 右の拳による打擲。

 マダム・ポンフリーなら治してくれるという確信の下に放たれた、年相応に節くれだった拳をナイフが呵責なく貫いていくも、その勢いは留まるところを知らない。右眉を上げたドロホフがナイフを投げた手で拳を受け止めた。

 いやに手応えがなさすぎる。

 殴打はフェイク。ロンの本命は左手に持ち替えた杖による攻撃だ。

 この際ドロホフが目したのは一瞬の盾の防御(ジャストガード)だった。

 未知数と可能性の塊みたいなこの少年とまともに魔法の撃ち合いをしても疲れるだけ。ドロホフの直感はあくまで攻めの姿勢を崩さぬべきだと断じていた。彼は防御型の魔法使いだが、同時に攻撃が最大の防御だということも十分に理解している。

 結論から言えばその目論見は外れた。

 ロンの攻撃に合わせて放たれた、一瞬だけ展開された即席の盾……それが日の目を見ることはなかったのだ。タイミングが明らかにズレていた。ドロホフは攻撃の隙をわざと与えたというのに!

 

「『魔法糸』……!!」

 

 ロンは魔法の糸を杖先から自分の腕に絡みつくように伸ばしていたのだ。

 肘のあたりまで伸びた糸が、再び杖先まで戻るような軌道を描いている。これに魔力を灯せば、一秒遅れで攻撃がやってくる。

 ドロホフの正確すぎる読みを逆手に取った必殺──!!

 

「……あァ〜あ。んなつまらねェ手に引っかかるなんて、オジサンも衰えたね」

「いや、確かにあんたは強かったさ。でも僕には最高の仲間がついていたんだ」

「そうかよ。……負けるわけだぜ」

 

 シェリーの怒りを知っていなければ、安い挑発に乗っていただろう。

 ハーマイオニーの魔法糸がなければ、勝機を見出せなかっただろう。

 そしてDAの存在がなければ、とっくに心は挫けていた。

 自分一人の勝利では決してない。仲間がいてくれたおかげなのだ。

 夜が明ける。

 戦いは終わる。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 医務室には人がごった返していた。

 マダム・ポンフリーを初めとして、治療系の魔法に覚えのある者達が入れ替わり立ち代わり出入りを行う。拿捕できなかった死喰い人もいるが、ひとまずはホグワーツの勝利といって差し支えないだろう。

 

「ハーマイオニーちゃん、助かったよ。貴方が抜け穴や敵の配置を完璧に把握してくれていたおかげで随分スムーズに行動することができた」

「ありがとうタマモ、でも本当に助かったのはこっちよ。貴方達が来てくれなかったら今頃どうなっていたことか」

「それはいいっこ無しだ。それにしてもあの魔法糸とかいう技術、あれはよく考えたものだな」

「でしょう?あれはね──」

 

 今ある日常を噛み締めるように、不安を掻き消すように、生徒達は何気ないくだらない話を紡いでいく。

 

「ルーナ!無事……じゃないかもしれんが、生きてるだけ儲けじゃの。ところでその剣ええのお。名のある名剣と見た。ちょいと見せてくれんか?」

「あー、それは……」

 ルーナが持っていた剣にハヤトが触れた瞬間、砕け散った。

 さしものハヤトも閉口する。

「……俺のせいかの。すまんち、腹ば切って詫びる」

「いや、多分、効果時間が切れたんだと思うな。この剣の元々の持ち主はあまり剣のことを知られたくないみたいだったし。だからあるべきところに帰ったんだと思う」

「ほおか、それなら一安心じゃの」

(せっかくヘレナやロウェナが貸してくれたのに全然活かせなかった。剣のこと、もっと調べなきゃ……)

「剣のことなら俺にも力になれるかもしれん。頼っちくいや」

 

 ロンが目を覚ますと、甲高いキーキー声が喜びの色を見せた。

 

「ロン・ウィーズリー!ご無事で!?」

「ん……ああ、ドビーだっけ?」

「ええ、ええ!そうでございますとも、シェリー・ポッターのご友人!ドビーめは下級生を安全な場所に避難させていたのでございます!」

「その呼ばれ方むかつくな……そうか、よかった」

 

 今は……朝か。

 夜通し戦ってくたくたの身体は休息を求めていたらしい。

 けれどもロンの思考はようやく余裕を取り戻して、今はいない友の安否を知りたがっていた。

 

「シェリー・ポッター、ベガ・レストレンジ、ドラコ・マルフォイでございますね。……彼達は……」

「教えてくれ、ドビー。魔法省では何があったんだ?」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 シェリーは魔法省の廊下を走っていた。

 時刻は深夜近く。魔法省に出勤している役人はとっくに帰った頃だろう。だが、ガード魔ンすらいないのはあまりにも不自然だ。ヴォルデモートによる露払いでもあったのだろうか。民間人を巻き込みたくないシェリーとしてはありがたかった。

 奴達がどこに潜んでいるのかは知らないが、死喰い人がいる場所にハーマイオニーの両親がいる筈。即座に全員殺した後、彼女の両親を救い出す。

 人っ子一人いない魔法省の廊下を駆けながらシェリーはそう算段していたが、ここで予定外の事態が起きた。

 

「……パーシー!?」

「は?え、シェリー!?何でここに」

 

 思わぬ人物に忘我の声を上げる。

 パーシーは敵対している筈の彼女に一瞬だけ人の良い兄貴の顔を出したがすぐに引っ込めた。彼は自分の面倒見の良い好青年という面を捨て切れていない。

 魔法省勤務の彼がここにいるのはおかしくない、のだが、この異常事態において彼の存在は不自然に過ぎた。

 

「何でここに?」

「何でって、僕はその、残業が長引いてしまって……そういえばやけに人気がないけど……いや、それよりも君がここにいることの方が問題だ」

(仕事押し付けられたのかな……)

「まさか大臣の言っていた通り魔法省転覆を目論んで──」

「それはないよ、パーシー」

 

 待ったをかけたのは、意外や意外、オスカー・フィッツジェラルドだった。細縁の眼鏡の下から非対称の色の瞳がパーシーを覗き込んでいる。

 オスカーはアンブリッジの付き人だったが、闇の帝王の復活を信じるなどと言ったばかりにその地位を失ってしまった哀れな男だ。だが……こんな時間まで何をしていたというのか?

 

「魔法省の動きが怪しくてね、個人的に調べていたのさ。どうも今日は人の出入りがおかしい。君もそれを調べに来たんだろ?

 こっちだ、ついて来てくれ。パーシー、君もだ」

「えっ、僕も?……まあ、あんたがそう言うのなら……」

「………………」

 

 オスカーに連れられて魔法省の下層へと続く道を走っていく。

 エレベーターは電源(魔源?)が入っていないので使えない。使えたとしても誰の魔力で動いているか分かったもんじゃないので乗る気はなかった。降りたら死喰い人が待ち構えていました、では話にならない。

 さて。

 シェリーはオスカーに対して強烈な違和感を抱いていた。

 思えば彼はずっと都合が良い存在だった。魔法省の中でもガチガチの保守派に属しているくせに、ずっとシェリー達にとって理解のある大人として振る舞ってきた男だ。彼の行動が全て真実から出たものならば非常に心苦しいが、もしそれが打算の上で行われたものなら。

 彼女は悪人の嘘が分かる。確証はないが確信があった。

 勘違いならそれでいい。だがもしそうでないならば由々しき問題だ。パーシーもいるのだ、仕損じることは許されない。

 これは確認だと言い聞かせ、疑問を口にする。

 

「オスカー……先生。貴方はホグワーツ赴任当初からアンブリッジのやり方に懐疑的な様子だった。直接言葉に出すことは少なくとも、その行動はあからさまに彼女への反抗心が見て取れた。魔法省からの監査という立場なのに、生徒達から好かれるほど、露骨に。

 ……でも何故、そんな正義感の強い人があの女の側近になれたの?」

「……シェリー?」

「ここに来る前にアンブリッジと会ったけれど、彼女の様子は明らかにおかしかった。彼女は根が邪悪だから最初は気付かなかったけど……あれは多分、軽度の錯乱の呪文をかけられていた。極め付けはアンブリッジの部屋でヴォルデモートの映像が映し出されたこと。あの通信は、予め用意されていた魔法によるものじゃないかな。

 そんなことができるのは、彼女の側近の貴方しか──」

 

 不意に、オスカーの脚が止まった。

 緩慢な動きで振り返る。作り物のような動作に気味の悪いものを感じた。

 ゆっくりと、腕を捲る。彼の腕には真紅のタトゥーが刻まれてあった。

 あの色は──この一年で、シェリーが何度も見た色だった。

 

 

 

 

 

「──紅い力、解放」

 

 

 

 

 

 刺青が紅く光る。

 鳴り響く警鐘は間違いではなかった。オスカー・フィッツジェラルドは紅い力の所持者だった!

 さしものパーシーも、彼が自分達を陥れようとしていたことくらいは理解できたのか、反射的に杖を取る。が、顔には混乱と悲痛が同居していた。彼を慕っていたのだろう。

 

「君達を油断させてあわよくば、と思っていたんだがな」

 

 当てが外れたよ、そう嘯くオスカーを睨みつけてシェリーも力を解放する。

 死喰い人に属している以上躊躇する必要などない。そう即断すると彼女は見る者全てを刺し殺さんばかりの鋭い視線を向けて相対する。

 仮にも一年共に過ごして正体を見抜けなかったのは悔しいが、おそらく、ホグワーツにいる間は紅い力を返納していたのだろう。そして魔法省でヴォルデモートと接触し再び力を手に入れた。

──容赦はしない。

 シェリーが杖を振るのはオスカーより早かった。

「ステューピファイ!!」

 まずは情報を引き出す。

 彼には失神してもらう──!

 

「え?」

「な……あ、頭が吹っ飛んだ!?」

 

 頭部への迅速の一撃がオスカーの頭を吹き飛ばした。

 予想外の結果に魔法を使ったシェリー自身困惑していた。おかしい、こちらも紅い力を使っていたとはいえ失神させる程度の威力に押し留めていた筈。

 間違っても、人体を木っ端微塵にするほどの魔力なんてない、筈なのに……。

 直立したままの首なし死体を前に、困惑を抱かずにはいられなかった。仮にも紅い力を持つ者がこんなに容易く破られるなど想像すらしていなかった。

 

 だが、驚くのはここからだった。

 ビデオの逆再生でも観ているかのようにオスカーの頭部が復元されていく。

 再生といっても、吸血鬼のそれとは違う。アレは自分の衣服は治せないが、オスカーがかけている銀縁の眼鏡も戻っていく。

 あまりの驚愕で思考が停止するシェリーとパーシーを他所に、オスカーの頭部は着弾点を基準にして巻き戻った。

 全てが戻ると、何もなかったようにオスカーはかつかつと歩みを進める。

 その挙動に何か気味の悪いものを感じて、シェリーは続けざまに二発ほど魔法を撃った。右胸と腰の辺りに着弾した。

 すると、彼の身体には向こう側の景色が見えるほど綺麗に大きな風穴が空く。

 大した魔力も込められていないのに呪文はオスカーの身体を簡単に貫いたのだ。あまりに手応えがなさすぎる。

──そして、その穴が塞がれる。

 数秒もすればまた何もなかったように全て元通りだ。血すら流れていないし、スーツが破れた様子もない。煙でも相手にしているような感覚だ。そしてまたこちらに向かって歩き出す。煙をいくらナイフで突き刺しても無意味なように、オスカーへの攻撃は須く無意味となっていた。

 

(攻撃が効いていない……というより、攻撃が全部すり抜けてる……!?)

 

 そう、それだ。

 シェリーの魔法がオスカーを吹き飛ばしているのではなく、オスカーの身体が破裂して攻撃を躱しているのだ。

 喩えるなら、ゴーストに攻撃したような感覚だ。全てが効かず、無に帰す。

 実態のない幻影に何をしようと無駄だ。相性が悪すぎる、シェリーは戦闘ではなく退避を選択した。

 

「エクソパルソ!!からの、アセンディオ!!」

 

 オスカーへの攻撃全てがすり抜けてしまうというのなら、逃げるしかない。

 捲れ上がった岩盤を上昇させ、押し潰そうとして──やはりすり抜ける。

 規格外の力。攻撃が全てすり抜けてしまうなんて、強い弱い以前の問題だ。

 パーシーの首根っこを掴んで逃走する。心臓のあたりを冷えた手で撫でられたようだった。紅い力は、こんな、ヒトの身に余る奇跡すらも実現させるのか。

 廊下の角を曲がり、己の失策に気付く。オスカーの能力は自身を透過させる能力だ。つまり障害物すらもすり抜けて移動できるということ。

 シェリーの行く手にオスカーの腕が伸びている。捕まる──!

 

「インセンディオ!」

 

 炎が空間を焼き切った。

 当然すり抜けるが、その分、腕を実体化させておくこともできない。盛大に宙空を空振り、シェリーとパーシーは何とか離れられた。

 今の炎を使ったのは誰かくらい、シェリーは知っていた。

 知ってはいたが、何故、何故こんなところに来てしまうのか。

 

「ベガ………!ドラコも……!?」

「フォーイ!」

「ようシェリー、無事か!あれ、何でパーシーもいるんだ」

「何で貴方達までここに……!?パンジーから話は聞いてないの!?」

「聞いたさ、聞いたうえで来たんだ」

「そんな……、……そんな……」

「いやとりあえず状況を教えて欲しいんだが……はあ、残業が終わったと思ったら何でこんなことに」

 

 シェリー、パーシー、ベガ、ドラコの四人は周囲を警戒しつつも、互いの情報を共有し合う。オスカーは紅い力の幹部であり、シェリー達を襲撃しようとしていたこと。彼は全てをすり抜けることのできる透過能力を持っていること。

 

(オスカーが紅い力の幹部なら、さっきの違和感も納得がいく。あいつならアンブリッジの部屋の煙突飛行粉の量の調整もできる。あいつが俺とドラコを魔法省に誘い込みやがったのか……!)

「ベガ、ドラコ。早くパーシーを連れて逃げて。はっきり言って、その、役立たずだから。貴方達がいても戦力になんか……」

「………。ハッ、何言ってんだ。情けねえ俺たちの代わりに一番槍の役目を務めてくれたんだろ?やるじゃねえか。ここから全員で反撃といこうぜ」

「ッ」

「どっちみち、魔法省から逃げるにせよ、死喰い人達をとっちめるにせよ、まずは件のオスカーをどうにかしないといけねえ」

 

 今は身を潜めているようだが、一度現れてしまえば数の利などあってないようなもの。全てが無効化されるなら全ての攻撃が無意味だ。こんなだだっ広い空間では酸欠状態にする、などの対抗策も取れないだろう。

 

「パーシーだったか?彼の情報とか、役立ちそうなものはないのか。同僚だろ」

「……知っていたとして何で君達に……ああ、くそ。ここで揉めたら彼の真意は分からないままか。分かったよ。といっても彼は優秀ではあるが取り立てて特別と呼べるようなものもなかった筈だ。各分野で一流だが固有の何かはない。普通の優秀な魔法使いという感じだ」

「……。ということは誰でも使えるような能力が紅い力によってすり抜けという段階まで昇華された……?推測だが、あのオスカーはすり抜けるというよりも、自分の身体の一部をこことは違う場所に飛ばす能力なんじゃねえか?」

「……姿現しってことか?」

「厳密にはそれに近い能力だ。姿現しが全身を遠い所に飛ばす能力なら、オスカーのは自分の好きな箇所を遠い所に飛ばすことができる。しかも姿現しとは違って予備動作は必要ねえ」

 

 シェリーの紅い力は通常攻撃にレダクトの効果が付与されるというもの。グレイバックの紅い力は(おそらく)身体能力の底上げ。ならオスカーの能力は、姿現しや空間系魔法の更なる発展系……ではないかとベガは推察する。

「一番厄介なのは、おそらくあの能力は自動で発動するって点だ。不意打ちだろうと関係ない、魔法だろうと何だろうと全て透かすことができる」

「ま、待ってくれ。そんなの無敵じゃないか。どうやって……」

「対抗策は一つ考えられる」

 

 だが何にせよ、奴が再び姿を見せないと意味がない。

 このままでは無意味に時が流れていくだけ。何か、姿を現さざるを得ない何かをして気を引く必要があると考える。

 ……魔法省の床を破壊するのはどうか。

 シェリーの突拍子もない考えに疑惑の視線を向けるが、彼女の意見になる意外と理に適っていた。床を破壊すればオスカーも追ってくるだろうし、実体化して探す必要に迫られる。その隙を突いてカウンターを決めることができれば……。

 問題は階下に死喰い人がいるかもしれないということだ。

 判断を誤ればたちまち針の筵。けれども突破口を開くとなれば、せいぜいこのくらいしか思いつかないのも事実。

 

「この下はホールになってる。死喰い人がいるなんて僕は信じちゃいないけど、オスカーに仲間がいるなら集まっている可能性は高い」

「運良く敵から逃げたところで、そ更に大勢の敵が待ち構えている可能性があるってことか。分の悪い賭けだな……」

「面白え。俺はその案に乗ったぜ」

「これを切り抜けることができるなら……よし、イチかバチか──!!」

 

 シェリーは床を破壊した。

 

「あ」

「ん?」

 

 下の階には死喰い人がいっぱいいた。

 

「バチだったーー!!」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 四人はまんまと捕まってしまっていた。一応抵抗はしたのだが、数の差というのは覆せるものではなかった。

 更にはグレイバック、ベラトリックス、ペティグリュー、ハリーといった最上位の闇の魔法使いもいたのだ。一人や二人ならともかくそれら全員を相手にするのは流石に無理だった。

 椅子に縄で締め上げられ、憮然とする四人に死喰い人が嘲笑を浴びせる。考えられる選択肢の中で最悪を引いてしまった。最悪だ……。

 

「どんな気分だ、シェリー」

「貴様と話す義理はない」

「生憎だね僕もだ。実に不愉快だよ、去年の腕の礼をしてやろうと思っていたのにまさかこんなに簡単に捕まるなんて拍子抜けにも程がある。僕はお前を殺すためにこの一年を過ごしてきたのに、そんな……それでも僕の片割れか」

「あれは当然の報いだ。腕が捥げている方が似合っていたぞ?虫みたいで」

「は?」

「あ?」

(頼むからその辺で勘弁してくれよ)

 

 隣でドラコがいっそう青ざめていたがシェリーとハリーのいがみ合いは気配すら見せなかった。余剰魔力によって生じた火花が視線の先でぶつかっている。拘束が解ければ即座に殺し合わんばかりの殺意のやり取りだ。

 

「何か、うん、悪いパーシー」

「これは夢だ……仕事のしすぎで見た夢なんだきっと」

「……今度相談乗ってやるよ」

「君達に今度があるとは思えないがな」

 

 二人の男が階段から降りてくる。先程となんら変わらない地味なスーツを着たオスカーと、それに随伴している黒衣の男。

 オスカー……そう、オスカーだ。

 よもやこいつが紅い力の幹部だったとは。シェリーの睨みを涼しい顔で躱しながらオスカーは杖を振り、マグルの二人を出現させた。

 グレンジャー夫妻。

 魔法界とは何ら関係のない二人を巻き込んだことに呪詛の念を送る。死喰い人にも、そして自分自身にも。目隠しをされた二人はびくりと身体を震わせた。目立った外傷はないが、心の方はどうか。魔法を使えば傷を残さず痛ぶるなど容易に可能だろう。

 

「目に見える場所には傷は負わせちゃいないさ。目に見える、場所にはな」

「………貴様………!!!」

「今に分かるさ」

「悪趣味な野郎だね。わざわざマグルなんぞを誘拐して何をするあと思えば、しち面倒臭い呪いをかけるなんて」

 

 邪悪さを隠そうともしないベラトリックスの言い分に反応したのは、オスカーの隣の黒衣の男だった。

 

「拷問が趣味の君が言うのかい?」

「うるっさいね新人!!!アンタはつべこべ言わずそこにいな!!!」

「ああ、はいはい」

 

 人ひとり殺してしまいそうな剣幕を真に受けておいて、黒衣の男は肩を竦めるだけで済ました。ベラトリックスが苛立たしげに舌打ちする。

 シェリーはちらりと視線を送った。

 歳の頃は四〜五十代といったところか。逆立った色素の薄い髪と、余裕と色気が形作ったハンサムな装い。去年、墓場の召集にはいなかった男だ。

 どこかで見覚えのある顔だが、ドロホフのように外様の闇の魔法使いか何かだろうか。立場上、シェリーよりも闇の事情に詳しいドラコの方を見てみれば、青ざめた顔から生気を失っているのが見えた。あり得ない、と。

 

(ドラコがあんなに怯えるなんて……この男どこかで、……………!!!??)

 

 シェリーの脳内に衝撃が走る。

 あり得ない。

 あってはならない。

 彼が何故ここにいるというのか。知らず、驚愕で血流がこれ以上ないほどの勢いで流れていくのを見にしみて感じた。

 黒衣の男は、さも犬の散歩中に挨拶するかのような気軽さで、言った。

 

 

 

「あァ、どうも。ゲラート・グリンデルバルドだ、よろしく。噂はかねがね」

 

 

 

「…………嘘だろ」

「本物……!?」

「本物だとも、サイン書いてやろうか」

 

 ヌルメンガードの要塞に囚われている筈の、先代の闇の覇者は、飄々と笑う。

 魔法界で彼の名を知らぬ者はいない。

 ヴォルデモートがいなければ、今世紀で最も偉大な闇の魔法使いとして名を馳せただろうと言われるほどの影響力を持つ人物。

 ダンブルドアの偉業は数多かれど、中でも最も偉大な功績と讃えられるのはグリンデルバルドの討伐だ。三日三晩の死闘の末に勝利したのはアルバス・ダンブルドアであり、それ故に彼は世界最強とまで謳われ、今でも数多くの魔法使いから尊敬と羨望を集めているのだ。

 そんな偉業を、塗り潰すかの如く男は立っている。

 ダンブルドアとの死闘の果てに敗れた筈の彼が何故ここにいる?

 

「吸血鬼のエキスを注入し若返らせたのさ」

 

 たった一言で場の空気が静まり返り、死喰い人達は漏れなく平伏した。

 現れたヴォルデモートに、パーシーは気絶しそうな程の恐怖を覚え、ドラコはごくりと生唾を呑み込んだ。

 

「そこなグリンデルバルドを駒として使うべく、俺様は様々な縛りをかけた。

 シェリーという、紅い力を持っていながら俺様に反抗する例もあったので、今度はそれをさせるまいとしたのさ。常時『服従の呪文』、『紅い力』による魂への訴えかけ、その他様々な呪いや結界の類を組み込んである。

 誇っていいぞ、グリンデルバルド。俺様が調伏に手こずらされたのはこれが初めてのことだ」

「こんなことしなくても、それはせんよ。私の欲はたった一つだけ、しかし誰よりも強い願いだ。ダンブルドアとの決闘のやり直し、そのためだけに君の軍団に入ったのだから」

 

「──というか、むしろ、私の邪魔をするのなら、君の方から殺すが」

「口がうまいと聞いていたが、ジョークのセンスはないらしいな」

「試すか?小僧」

 

 シェリーは事ここに至って、グリンデルバルドの存在がハッタリではないことを理解した。地が揺れる。最強と最強の魔力のぶつかり合いが、魔法省中に伝わるのではないかというほどの規模で震撼させる。

 恐怖。

 暴力。

 ただ強いということがここまで恐ろしいものなのだと、ようやく判った。

 一秒が何十時間にも思えるほどの重苦しい空気の触れ合いは、ふと、その狂気を出すのに飽きた──そんな軽い理由で終わったように感じた。

 

「やはりやめておこう。──そこのお嬢さんの殺気が洒落にならなくなってきたのでね。流石の忠犬ぶりだな、ベラトリックス」

「……チッ」

「ヒィ!わ、私は怖くないと思えば怖くない……よし、大丈夫だ」

「……ある意味すごいな、彼」

「面白いだろ?」

 

 今の魔力を帯びた殺気のぶつかり合いで、恐怖しない者などいなかった。

 その中でも平然としていた……一人は疑わしいが、ともかく、まともに立っていられたのは紅い力の幹部と、一部の死喰い人だけだった。

 やはり、彼達は別格だった。

 

「そう!まさに僥倖、何の因果か紅い力を持つ者がここに集っている!

 暴食のハリー・ポッター!

 色欲のフェンリール・グレイバック!

 傲慢のベラトリックス・レストレンジ!

 嫉妬のピーター・ペティグリュー!

 怠惰のオスカー・フィッツジェラルド!

 強欲のゲラート・グリンデルバルド!

 憤怒のシェリー・ポッター!

 そしてそれを統括し支配しているのは俺様というわけだ。ふむ、何ともまあいい気分だな。歌でも歌いたいところだ」

「……誰が、支配されている、だって?」

「元気なのはいいが、縛られている状態で喚いても滑稽だぞ、シェリー」

 

 ヴォルデモートが紅い力を授けるのはよほど信頼の置ける部下だけだと思っていたが、グリンデルバルドときたか。

 彼なら納得できる。前時代の闇の王というネームバリューは大きい。それを配下として従えるとなればヴォルデモートの影響力も上がるというもの。そこにあらゆる縛りをつけられているといっても、『グリンデルバルドを従えている』という事実は揺らがないのだ。

 グリンデルバルド本人にどのような葛藤があったかは知らないが、つまりは、そういうことだ。

 そして他の幹部は純粋な実力者や忠実なる幹部で構成されている訳だ……。

 

「……その並びに、お前が組み込まれているとはな、オスカー。人畜無害そうなツラしてとんでもねえ秘密を抱え込んでいたもんだ。ホグワーツでのあれこれは全部演技だったってわけか?」

「上手いもんだったろう?」

「ハッ。それがお前のセールスポイントってわけかよ。死喰い人も相当な人材不足らしいな、お前如きが紅い力の幹部に選ばれるんだからよ。役者不足もいいとこだぜ」

 

 実力は本物なのだろうが……。

 どうも、実績が足りないように思える。オスカー・フィッツジェラルドという名前の闇の魔法使いなど聞いたこともない。他にも優秀な死喰い人はいるだろうにそれらを押し除けて幹部の座に座っているとは、到底信じ難い。

 これがアントニン・ドロホフやセブルス・スネイプなら分かる。レストレンジ家のラバスタンやロドルファスも闇の世界でその名を轟かせた猛者だし、他にも著名な死喰い人は他にもいる。

 何故、オスカーなのか。

 役不足ではないのか?

 

「そうでもないさ。ポッター家襲撃の折、私もその場に居合わせていたしな」

「………!?」

「私はシェリー・ポッターを殺害しに行く帝王に同伴していた。そして、シェリーへの呪いが跳ね返り、帝王は滅びた……が、すんでのところでペティグリューの紅い力を回収し力を取り戻してな。

 弱った帝王だったが、私に的確な指示を出してきた。『シェリーを殺し、その遺体を利用してホムンクルスを創れ』とな」

「……何だと」

「私は近くの瓦礫でシェリーの頭蓋骨を潰した。魔法力の伴わないものに愛の護りは働かないからな。そして帝王の手順に従い暴食と憤怒の受け皿、すなわちハリーとシェリーを創造したというわけだ。

 ここまでの話は理解できたか?」

「──ああ、よく分かったよ、貴様が殺すに値するクソ野郎だということがな」

 

 オスカーの年齢はどれだけ見積もっても三〇代前後。ポッター家襲撃の時にはまだ十代で、学生だった筈だ。あの時代のヴォルデモートの影響力は凄まじかったと聞いているが、それでもその頃から死喰い人に属し、あまつさえポッター家襲撃という重要任務に駆り出されるなど普通ではない。

 それ程前からこの男は狂っていたのだ。

 

「そういやお前、確かベガとも因縁があったよな?この際だ、話しちまえよ」

「──俺との因縁だと?」

 不意に名前を出されたベガは眼球を見開いた。

 オスカーは能面のような顔で帝王の言葉の続きを紡いだ。

 

「ベガ・レストレンジの名前は魔法界に知れ渡っているだろう。だが、ベガ・レストレンジ誘拐事件の詳細については魔法省の人間しか知らないだろうな」

「………詳、細?」

「まずは誘拐事件の顛末から語らねばなるまい。

 七年ほど前の話だ。純血でありながら不死鳥の騎士団に所属していたデネヴ・レストレンジに恨みを抱いた死喰い人達が、その息子のベガ……君と、君が預けられていたマグルの家の息子のシグルド・ガンメタルを誘拐した。

 闇祓い達はすぐに部隊を編成、現場に急行すると、死喰い人が潜伏していると思しきアジトが二つ存在し、闇祓いは二手に分かれて捜索した。

 片方のアジトにいたのはグレイバックだった。その場に居合わせた闇祓い達は応戦したが返り討ちに遭い、一つの尊い命が犠牲になったという」

「あァ、クリシュナ・テナだな。ありゃあ良い女だったぜ、エミルの野郎が執着するのも分かる。俺を相手に一歩を引かず足止めを買って出たんだからなァ」

 

 クリシュナ……酒をひっかけたエミルがその名前を呟いていたのを思い出す。

 エミルやチャリタリの姉貴分で、血こそ繋がっていないものの慕っていたのだとか。生きてさえいれば今も闇祓いで活躍していたであろうと目されるほどの腕前の実力者。その死と関わりがあったことだけでも驚きだが、どうやら本題はそこではないらしい。

 

「そして、もう片方のアジト……アラスター・ムーディーが現場に到着した頃には既に全てが終わっていた。シドが致命傷を受けたことで、覚醒したベガの魔法の力で死喰い人に重傷を負わせ撃退……そうだな?」

「………ああ、そうだな……待て。何でお前がシドの愛称を知ってやがる?」

 そう、知っていてはおかしい。

 そりゃあ、シグルドという名前から連想されるあだ名はそう多くはないが、何故そんな……そんな、まるで彼を知っているみたいに。

 

「その場にいたからさ」

 

 ベガの頭が真っ白になった。

 

「計画を考えたのは私。お前達を拐うよう指示したのも私だ。裏切ったレストレンジの息子が拐われたとなれば、当然闇祓いの精鋭が出向く筈。グレイバックの良い遊び相手になるし、私も君達で遊びたかったからな」

 

 代わりに、とめどない悪意が注ぎ込まれていく。

 

「どうやって玩ぶか考えている間に君が覚醒してしまったが、まあ、丁度いい具合に魔力も覚醒したようだし、将来の楽しみと思ってその場は退散したよ」

「………何で、」

「君のその顔を見るためさ」

 

 オスカーが裏切っていた事実を知っても動揺はしなかった筈なのに。

 今は彼がここに御体満足で立っていることに憤りさえ覚える。

 

「嫌悪と怒り。そして狂気。それらが複雑に合わさった顔を見ることが、私のささやかな楽しみでね。それは復讐者の瞳だ」

 

 能面のような顔に──僅かに、三日月が浮かぶ。

 嗤っている、のか?

 仇を告げられたベガを見て?

 全身の血管がはち切れそうだ。ベガは今自分がどんな顔をしているのかさえ把握できなかった。

 

「お……お前、が」

「そうさ」

「お前のせいで……!!」

「そうだよ」

 

 あれは自身の至らなさが招いた結果だとは理解している。

 だが、そもそもの問題として。

 こいつがそんなことを考えなければシドは今も生きていられた。

 こいつが弟が死ぬ原因を作った。

 こいつさえいなければ。

 シグルド・ガンメタルの仇。

 ベガ・レストレンジの、敵。

 

(シェリーのこと、とやかく言えねえじゃねえか……!!こいつが、こいつが!!)

 

 オスカー・フィッツジェラルド。

 シドを殺した男。

 

「──この、この、クソ野郎……!!」

「七年ぶりだな、ベガ」

 

 

 

 

 




オスカーはホグワーツにいる時は紅い力を持っていませんでしたが、魔法省に戻るとヴォルデモートから「ホグワーツへの潜入ご苦労さん」という感じに力を返してもらいました。
死喰い人の中でもオスカーの存在を知る者は少なく、あのスネイプすらも知らされていませんでした。
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