ーーあの日からずっと、俺が怯えていたのはいつだって過去だった。あの日をやり直せたらいいのに、なんて何度思っただろう。
ベガ・レストレンジは、デネブ卿の一人息子として生を受けた。
デネブ卿は純血思想の持ち主の集まりであるレストレンジ家の一人であり、彼もまた純血である事を誇りにしていたが、『純血であれば、マグルやマグル出身の者を見下して良いなんて事はない』として、誰であろうと分け隔てなく接する人物だった。
その考えは少なからず一族の反発を招き、ヴォルデモート卿がイギリスを侵略し始めた時に、対抗勢力である『不死鳥の騎士団』に入った事もあり……彼とその妻は『血を裏切る者』として汚名を浴びせられた。
だが当時のヴォルデモート卿は過激で、赤子だろうと躊躇なく殺し、殺戮が目的なのでは?と噂される程の死体の山を築き上げた。
デネブ卿も自分達の子供が犠牲になるのは気が引けたらしく、魔法界となんら関係のないマグルの友人にベガを預けた。
そして、デネブ卿は闇の魔法使いとの戦いの中で戦死するーー。
ベガが預けられたのは、ワイン産業で成功を収めているガンメタル家である。ガンメタル家はベガを歓迎したし、何不自由ない生活を送らせていた。(魔法使いの子供が家にやってくるなんて!と浮かれていたのかもしれない)
そこでベガが出会ったのが、ガンメタル家の一人息子のシグルド・ガンメタル、通称シドである。
「待ってよ、ベガ!」
「早く来いよ、シド!」
「なんだ、こんなのもできねえのか?シド」
「うう……分かんないよ、ベガ」
シドは何も出来なかった。
ベガにとっては簡単なテストも、シドにしてみれば難問だったし、運動神経も最悪。自転車だってまともに乗れるようになるまで二週間かかった。
元来の明るい性格からか、虐められる事は無かったものの、落ちこぼれと馬鹿にされる事は何度もあった。
彼はそんなシドを見て……優越感に浸っていた。出来損ないめ、と。
世話になっているガンメタル家の一人息子という事で、冷遇する事こそなかったが、内心見下してもいた。何もできないシドを腹の底では嗤っていたのだ。
「ベガは何でもできるよね、羨ましいよ」
「まあな。俺にできねぇ事なんざねぇ」
「僕もいつか、ベガみたいになりたいなぁ」
「お前が、俺に?ハッ、なれるといいな」
ーーなれる訳ないだろ。
その時はそう思っていた。
ーー俺からしたら取り巻きの一員でしかなかったが、あいつは俺なんかのことを本当に尊敬していてくれていた。
ベガとシドは誘拐された事がある。
資産家の息子だ、狙われる理由は十分。
しかし彼等その本当の目的とは、 シドではなくベガだった。誘拐犯は死喰い人の残党だったのである。
純血でありながらヴォルデモート卿へ反旗を翻したデネブ卿、その忘れ形見であるベガ。彼等は死喰い人の中でも特別忠誠心が高く、ベガという存在を許せなかったのだ。
死に精通した彼等は殺す事そのものよりも殺し方にこだわる。だからこそわざわざ誘拐という回りくどい手まで使ったのだ。
彼等が殺害方法について揉めている時、ベガ本人はロープを解いて脱出する事が可能だった。その気になればシドを助けて逃げ出す事もできたのだ。
しかしベガは驚きと恐怖のあまり、何も出来なかった。平常心さえ保っていれば、避けるのは簡単なはずで、その上魔法使いなのだから、何かしら彼を助ける魔法が無意識のうちに発生したかもしれない。
だが、彼は脚が震えて動かなかった。
ーー怖い。
彼にとって初めての感情だった。
ベガの処刑方法が決まった時、シドは自分の力を振り絞って抵抗した。暴れ回った。
彼は叫んだ。「ベガに手を出すな!」と。
だが、彼等にとってシドは所詮、おまけで連れ去った無関係のマグルの小僧に過ぎなかった。
ーー邪魔するようならば殺す。
それが彼等のポリシーだった。
ーーやめろ!
男が杖を振り下ろした。
闇祓い、アラスター・ムーディが現場に到着したのは30分後の事。
彼はあの時の事を、こう語る。
「部屋の中に突入して儂は驚いた。火などついていないのに、まるで火事があったかのように。床は焼け焦げ、煙が立ち込め、死喰い人達が倒れておったのだ」
「死喰い人は皆、火事の中に飛び込んだかのように火傷をしておった。中には顔を焼かれて見分けがつかん者もおった。しかし死者は一人もいなかった」
「例のレストレンジのせがれは、マグルの小僧の側で泣いておった。マグルの小僧はボロボロだったが火傷の跡は無かった」
「レストレンジのせがれ?あいつはマグルの小僧を抱えて、さめざめと泣いておったよ。あの齢で無二の弟が死ぬのは、計り知れないほど辛すぎる……」
「シド、なんで、なんで、どうしてだよ!なんで俺なんかのために!」
「……………へへ……。俺なんかでもベガを守れるんだって、思って、さ…………」
ベガはその日、その瞬間、弱き者の持つ勇気の強さを知った。
▽▽▽▽▽▽
トロールは二体いた。
一体はベガがなんとか無力化したが、魔力が尽きたところにもう一体が現れ……シェリー達を襲ったのだ。立て続けに現れる脅威に、誰もが動揺を隠せない。
「ーーーシェリイイイイイイッ!!」
トロールが乱暴に振るった棍棒は、呆然としていたシェリーの方へと向かっていき……彼女を庇ったベガに直撃してしまった。
「ぐぁ………!」
ベガは身を捻って躱そうとしたので、身体の芯には入っていないようだ。しかし、それでもまだ少年の彼にはとてつもない衝撃だったはずだ。……ベガはトイレの床を転がった。
「ベガアアアアア!!」
「そん、な……!」
シェリー達の学年で、ズバ抜けて頭が良く、魔法を使った喧嘩にも慣れて、ちょっかいをかけてくる上級生すら打ち倒すベガ。
そんな彼の存在が、この場の全員に安心感をもたらしていたのだ。
ーーしかし、ベガはもう再起不能だ。
「ベガ、ベガ!ああ……ベガ、どうして!なんで、なんでこんなことを……なんで私なんかを」
「知らねえよ……。あの日の事を思い出したらよ、身体が動いちまったんだ……!」
ーーシェリー達は知らない事だが。
シドの自己犠牲を知っているベガにとって、彼等を放っておく事など、できるはずもなかった。
強がるようにして、そう言った。
「……畜生…………」
「くそっ、ベガ!おい!しっかりしろよ!」
「ああ……あ……」
「逃げ……ろ………」
ベガはそのまま動かなくなった。
見た様子、かろうじて呼吸はある。
しかしこのままこの不清潔なトイレに長いこと放置したら、怪我だけじゃ済まないかもしれない。
それ以前の問題として、トロールだ。
「そんなーー」
今やって来たトロールは、おそらく同系列の種族の中で最も大きく凶暴な山トロール。
ベガが全力を使って無力化をしてくれたと言うのに、それと同等がそれ以上の脅威が、もう一匹いる……。
かないっこ、ない。
ーーでも。
「戦わなかったら、ロンも、ハーマイオニーも、ベガも、死んでしまう……!」
ーー私が死ぬのは、いい。
ーー私はまともじゃない、生きている価値なんてない小娘だから。
「私が時間を稼ぐから、二人とも、その間にベガを連れて逃げて!」
「だめよ、シェリー!一人じゃダメ!」
「ハーマイオニー……けど、もう誰かがやるしか……」
「違うわ!トロールを、倒すのよ!三人で!」
「ーーえっ?」
ハーマイオニーは、いつの間にか頭の冴えが戻っているようだった。
土壇場での度胸、それに加えてこの頭のキレは、流石という他なかった。
「頭部は魔法の効きが薄いようだわ!だから、そこに私達の魔力を集中させれば!」
「そ、そんな事言ってる間に……来たぞッ!」
本能のままに暴れる獣はいつまでも待ってはくれない。次の獲物を狙わんと、標的をなぎ払おうとしてーー
「糞ッ!来てみろ、このウスノロ!僕だって、やる時はやるんだからな!」
「ロン!」
「ーーーっ、ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
「ぼああ………?」
手からすっぽりと棍棒が抜けて、宙へと浮かび上がる。トロールは何も持っていない手を見て、心底不思議そうに首を傾げて。
「落ちろおおおおおっ!」
頭に、直撃した。
完全に落としきるには、まだ浅い。
タイミングは、今しかない。
ハーマイオニーとシェリーは杖を取った。
「「ステューピファイ!」」
『気絶呪文』は、トロールの揺れた脳にはよく効いたようだった。ズシン、と。トロールは深く沈みこんだ。
ぶわりと汗が浮かんだ。シェリー達は、おそるおそるトロールの様子を確認する。
「はぁ、はぁ……やった、の?」
「………ぐぅああああ………!!」
しかしまだ、その唸り声は聞こえた。
それもーー背後から。ベガによって無力化された方が、起き上がりつつあるのだ。
「っ、こいつ、まだ……!」
「きっと、体力が回復したんだわ!」
「それなら、もう一回私達で……」
「エクスペリアームス!」
おそろしく素早く、美しさすら感じさせる呪文の構築式。そこから放たれた赤い火花は、いともたやすくトロールの頭部へと直撃して……意識を刈り取った。
セブルス・スネイプによって放たれたものである。教師陣が、轟音に気がついて駆けつけてきたのだ。(クィレルは二体のトロールに悲鳴を上げていた」
「こんなところで何をしているのかな、諸君。いったい……」
「ーーどういうつもりですか!!!」
スネイプが何か言う前に、マクゴナガルの怒声が飛んだ。若い頃に彼女にこってりと絞られた事のあるスネイプは縮み上がった。
トロールを気絶させたのは彼なのだが……締まらない男である。
「トロールは大変危険な生物です!それなのにホイホイと廊下を出歩くなんて、何を考えているのですか!殺されないだけ運が良かった!パーシー・ウィーズリーが報告してくれなかったらどうなっていた事か……」
一年生のうち、四人も抜け出せば流石に気付く。友人の誰かが報告してくれたのだろう。
というかマクゴナガルの剣幕はトロールよりも怖い。もうこれ以上の恐怖はないだろうと思っていた彼女達は、心から竦み上がった。
「……ミネルバ。どうやらグリフィンドールには、もう一人叱らなければいけない生徒がいるようですな。ほら、怪我をしているようだ。見せてみなさい」
「ッチ、大丈夫ですよスネイプ『先生』。かすり傷だっての」
「震えた足で何を言うかレストレンジ。これから医務室に行く。減らず口を閉じないようであれば肩は貸さんぞ」
「ベガ!」
「レストレンジ、貴方まで……」
いつの間にか、ベガは復活していたようだった。怠そうに身体を動かして、スネイプと共にひょこひょこ歩いてくる。
肩を貸しているスネイプを、ベガは睨まずにいられなかった。
(意識を取り戻した時に見えた、こいつのエクスペリアームス。おそろしく早い呪文の構築だった……。こいつは一人でもトロールを圧倒できるだけの実力がある)
ベガは内心舌打ちした。魔法界には、まだまだ自分よりも強者がいる。負けず嫌いの彼にとっては腹立たしい事だった。
「レストレンジ、貴方は先に医務室に行きなさい。ポッター、ウィーズリー、グレンジャー、何故ここにいるのか話してもらいますよ」
「おいおいマクゴナガル先生、俺はーー」
「ーー僕が悪いんです」
口火を切ったのはロンだった。
「どういう事です?」
「僕が、ハーマイオニーと喧嘩して。シェリーがそれを慰めに行ってて、二人はトイレでトロールに出くわしたんです。僕、いてもたってもいられなくなって、それでえっと……ベガに無理言って付いてきて貰ったんです」
「…………」
女の子一人を泣かせて、女の子一人を悲しませた事に負い目を感じたのか。ロンは包み隠さずに、全てを正直に話した(ベガについては少し嘘をついたが)
頭を下げたロンは気付いていなかったが、マクゴナガルの瞳が、ほんの一瞬だけ。優しい色になっていた。
「ロン、お前……」
「ーーたとえいかなる理由があっても。友人を連れ出し、友人を泣かせ、上級生や教師に説明しなかった。レストレンジ、貴方も。軽率な行動をした事、そのことをしっかりと自覚し、反省なさい。
ーーグリフィンドールから十点減点します」
「セブルス、レストレンジをすぐにマダム・ポンフリーの所へ。他に怪我をしている生徒はいませんね?では、すぐに寮にお戻りなさい。ーーああ、そうそう。ミス・ポッター、それにミス・グレンジャー」
「は、はい!」
「野生のトロール相手に、ここまで対処できる一年生はそうはいません。魔法痕を見るに、使った魔法も素晴らしかったようですね?その勇気と実力を評して、グリフィンドールに十五点加えます」
「ーーえっ、え?」
「さあ、早くお行きなさい」
二人は目を白黒させた。
思わず顔を見合わせて、信じられないといった風にぱちくりさせる。
ベガの怪我はさほど大きな物ではなく、包帯を巻いて薬を飲み、簡単な処置をすればすぐにいつも通りの生活に戻った。無論、マダム・ポンフリーにはこってり絞られたようだったが。
主にベガと双子が多くの生徒を医務室送りにしてきたので、彼が医務室に運ばれた時はちょっとしたニュースになった。
グリフィンドールへと向かう廊下の中で、ロンは気恥ずかしそうに口を開いた。
「あー……ハーマイオニー。その……」
「…………」
「……ごめんよ。嫌な事言っちゃってさ。シェリーも、ごめん。僕のせいで、散々振り回しちゃって」
「………ふふっ。もういいわ、ロン!」
「ハーマイオニー……!」
「……その、二人とも。嫌じゃなかったら、私達、改めて。友達になろうよ」
「もちのロンだよ!」
「なあに、それ?ふふっ、ええ。喜んで!」
シェリー・ポッター。
ロナルド・ウィーズリー。
ハーマイオニー・グレンジャー。
この日から三人は、かけがえのない友達となった。雨降って地固まる。トロールがもたらしたのは、何も恐怖だけではなかった。
きっと、大人になっても。三人はこの日の事を、絶対に忘れない。
三人は、ハロウィン・パーティの続きの真っ最中のグリフィンドール寮の扉の前に立った。外からでも聞こえる程のどんちゃん騒ぎ。その騒がしさに、思わずお互いにニコリと笑いあった。
「ーー合言葉は?」
「「「豚の鼻!」」」
原作よりちょっと強化したトロール×2。
ベガがチート。スネイプ先生はそれ以上にチート。
仲良し三人組も大幅強化の兆しが見えたと思います。