シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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書いてるうちに話広がったので次次回が五巻最終回です。


14.スターゲイザー

 ヴォルデモートは宇宙を背にしていた。

 到底観測することなど不可能な、この世の全てを包括したかのような無限の彩色が渦巻いていた。そしてその空間に漂う星の煌めき全てが、杖の光だった。

 

「全ての杖を操る──すなわち、俺様が観測した杖を全て魔力で再現できる。無論、遥かに性能が向上した状態でな」

 

 ハンの木、ユニコーンのたてがみ、三十五センチ。かなり頑丈。

 スギの木、ドラゴンの心臓の琴線、二十四センチ。とてもよく曲がる。

 サクラの木、サンダーバードの羽、三十センチ。細く程良いしなり。

 それぞれの杖に得意不得意が存在し、まるで王を守る騎士が如くヴォルデモートの背後に侍る様には荘厳さすらあった。

 攻撃はさながら流星群。

 一度の攻撃で百人もの人間に一度に攻撃されたのと同等の破壊力。シェリーのにわか仕込みの紅い力など容易く吹き飛ばし傷を作っていく。我武者羅に、速度に特化した魔力弾を放つも、いつの間にやら形成されていた盾によって防がれる。

 いや──いつの間にやら、ではない。

 おそらく、盾の呪文が得意な杖で、常時自分の周りに盾を形成しているのだ。

 

(絶え間ない攻撃……常時展開されている防御魔法……!!まだ使ってすらいない杖は三十はある……!!奴はあの場から一歩も動いていないのに、私ばかりが攻撃を食らってしまっている……!!)

「動け、足掻け。俺様を愉しませろ道化」

「この塵虫がぁ……っ!!」

 

 怒髪天を突く勢いで力を最大限に発揮するシェリーだったが、いくら強くともシェリーの力は個の域を出ない。個が軍に勝てる道理がどこにあろうか。

 そう。群──でなく、軍なのだ。

 たった一人で何百人もの精鋭を相手にしている感覚。

 ヴォルデモートの魔力量と紅い力を以ってして初めて行使できる離れ業。これから先シェリーがどう足掻いても到達することができない領域だ。

 どうすればいい?

 どうすれば勝てる?

 どうすれば──

 

「その辺りにしてもらおうかのう、トム」

「────」

 

 ヴォルデモートは片眉を上げた。

 世界最強の魔法使いは、焔とともに、どこからともなくやってきた。

 不死鳥の美しき声が鈴の音よりも軽く澄み渡る。ほんの散歩に来たかのような気軽さで、男は杖を指揮棒に見立てた。

 冷え切った冷たい冬が、彼がいるだけで陽気な夏に変わった。黄金の騎士が帝王に剣を振り下ろす。

 

(こいつ──この俺様に悟られることなく至近距離に近付くとは)

 

 アレンが魔法省ごと地盤沈下させ、上から絶え間なく隕石を降らし。

 ダンブルドアが姿現しで力場を展開、下から幹部連中を掃討する。

 最強二人で挟み撃ちにする、サンドイッチ方式の陣形というわけだ──!

 

「アルバァァァァアアアアアアス!!!」

「──ゲラート」

「ついに、ついに来たかァアアアア!!」

 

 グリンデルバルドのたった一つの欲望がカタチとなって現れる。

 彼を足止めしていた筈のシリウスすら一蹴してダンブルドアへと向かっていく。

 彼は強欲。アルバスとの再戦だけを求めて紅い力に手を染め、ヴォルデモートの配下に下った男だ。そこに矜持も誇りもありはせず、ただひたすらに渇望のみを求めて飛翔する。

 『ダンブルドアと戦うときだけ能力が向上する』、グリンデルバルドにはそういう縛りが課せられていたのだ。

 影の王の真髄はここからだった。ダンブルドアをその目に捉えた瞬間、魔力が膨れ上がり邪悪なものへと変わる。かのグリンデルバルドが吸血鬼の特性と紅い力という二つの力を手にした今、まさしく諸人を容易く打ち砕く程に無双となっていた。

 さりとてダンブルドアも負けてはいない。特筆すべきはその魔力量。

 彼の左手には、蛍光色の擬似太陽が形成されていた。

 

「腕を上げたなァア、アルバァアアス!」

「太陽が、槍の形に……!?」

 

 舞い降りる天上の炎を槍状に変化させ一条の星となりてグリンデルバルドを襲う。

 たかだか影ごときで相殺できるはずもないと判断したグリンデルバルドは、蒼き廻天の劔を取り出した。一閃すると、槍はたちまち両断されてしまう。

 斬ったのは槍だけではない。まるで、世界そのものを切断したかのように視界がブレてしまう。

 シェリーは立ち上がろうとして無様に尻餅をついてしまった。次いで、身体中に浮遊感とともに降りかかる重み。

 重力が逆転している。上を見上げると床があり、天地がひっくり返っていることに気がつくまで数巡かかった。

──世界が反転したのだ。

 

「五〇年ぶりだが上手くいったな!この劔は世界の重力を反転しひっくり返す!分かっていてもどうしようもない類の魔法剣というわけだ!」

「そんなもの久々に使うでない」

「懐かしいだろう!?」

「懐かしいけれども」

「はははは!そら、これはどうだ!?」

 

 グリンデルバルドは影でガラスを割り、全方位に向けて飛散させる。細かなガラス片一つ一つに魔力が付与されており、その破壊力たるや計り知れない。だがダンブルドアは事もなげにそれら全てを水滴に変えてみせる。

 水滴は一点に集中して一人分包むほどのドームとなり、グリンデルバルドはその水牢の中に囚われた。チャンスだ。シェリーは加勢しようとして、しかしダンブルドアに片手間で押し戻される。

 

「吸血鬼が溺死などするか!」

「……たまげた。水を全て吸い取りよった」

 

 吸血鬼は牙や爪から血を吸い取ることができる機能を備えているが、極めれば液体状のものを全て取り込むことができる。

 圧縮した水をウォーターカッターが如くダンブルドアに向けて放つも、咄嗟に飛び出したフォークスが身代わりとなることで事なきを得た。不死鳥がいる以上、闇雲に攻撃しても魔力の無駄遣いと悟ったグリンデルバルドは不死鳥の影から巨大な腕を形成して鷲掴みにする。

 ダンブルドアが短く呟くと、──フォークスはいきなり自爆した。

 目を剥く影の王の足元が隆起すると、魔法省入口に飾られてあるはずの巨大な黄金の像が飛び出した。グリンデルバルドの廻転の劔が炸裂し、首を切り落とすとともに再び空間が反転する。その瞬間を見逃すダンブルドアではなかった。

 太陽の槍が影の王の両手を貫く。ガード不可能な魔力の放出。

 されどグリンデルバルドは自らを蝙蝠化することで致命傷を逃れたのだった。

 

(じ──次元が違う。あんな規模の戦いに入っていけるわけがない)

 

 目まぐるしく変わりゆく攻防を見て、シェリーはそう漏らすので精一杯だった。

 しかし、失念していた。伝説の二人の神話のような戦いを見て、彼の存在が意識の外に行ってしまっていたのだ。

 

「──シェリー。俺様の相手をしてくれるのではなかったのかァ?」

「っ!『オルガン・フリペ──」

「こっちの方が効率的だろう」

 

 言うと、ヴォルデモートが再び背後に宇宙を創り幾百の杖が形成され、シェリーの連続攻撃を真正面から打ち破る。ぎり、と奥歯を噛み締めるシェリーだったが、彼女を守るように砂の盾が現れた。同時に砂に抱えられ、押し出されるとそこは筋肉質な男の胸の中だった。

 

「アレン……!」

「君はここから離れているんだ。はっきり言って君が敵う相手じゃない」

 

 アレンの戦闘における観察眼は確かである。故にその言葉がどこまでも重くシェリーにのし掛かった。奴は私の手で殺さなければならないのに──。

 一方、アレンもアレンで胸中は穏やかではなかった。彼がヴォルデモートに接近することができたのはペティグリューの相手をシリウスに任せて、魔法無効化ガスを浴びないようにしたからだ。

 そして、彼がヴォルデモートの相手をするということは、隕石に割く魔力もなくなるということ──。いつまた状況がひっくり返ってもおかしくないのだ。

 それでも、ダンブルドアか自分のどちらかがヴォルデモートを倒せば紅い力の恩恵もなくなる。それが勝ちの目だ。

 アレンは即席のゴーレムにシェリーを安全地帯に運ばせるよう命じて、闇の帝王との戦いに身を投じるのだった。

 

「お前の相手は俺だ!!」

「レックス・アレンか……貴様、何をのこのこ上からやってきている。俺様は天に仰ぎ見るべき存在だろうが!」

(クソ……クソッ!!私だけまだ何も役に立てていない!せめて……せめて死喰い人を一人でも多く殺すんだ!!一人でも多くの塵を排除しなければ、私が生き残った意味なんてない……!!)

 

 脳裏に焼き付いた痛みが、シェリーの憤怒を昂らせていた──。

 そうだ、とにかく、とにかく幹部を殺すんだ。そうすれば戦いの趨勢も変わって、

「ごほッ!?」

 鳩尾に強烈な打撃を喰らった。

 ゴーレムの進行状にいきなり人の腕が現れて、シェリーの腹部に勢いよく直撃してしまったのだ。シェリーは冷たい床にゴロゴロと転がってしまう。

 自分の身体を自在に出したり消したりすることができる魔法使いなど、たった一人しかいない。オスカー・フィッツジェラルド……姿を消しておいて、腕だけ実体化させることでシェリーに回避不能な一撃を喰らわせた。つくづく、対人戦において無敵といっていい能力の持ち主である。

オスカーが「フィニート・インカンターテム、呪文よ終われ」と軽やかに告げると、ゴーレムは機能を停止してただの土塊に戻ってしまった。

 

「ッ、はッ、……オスカァアア……!!」

「さっきぶりだなシェリー。いくら紅い力で強化しても子供の君が腹部にあれだけの衝撃を喰らえばしばらくは動けんだろう。胃酸を吐かないだけ大したものだ」

「……ッ、ころ、殺してや……」

「その前に、仕事は果たさねばな」

 

 シェリーが地面に転がった際に特製のポーチが落ちていたらしい。拡大呪文が使われている、戦いの役に立つものを詰め込んだものだ。オスカーはそれを拾い上げると無造作に手を突っ込んで、……美しき紅の箒を取り出した。

 クリムゾンローズ……今年は殆ど出番がなかったものの、グリフィンドール一同からプレゼントされたシェリーの愛箒である。

「脱出手段は封じておかねば」

 オスカーが鋭く膝を入れると箒は真っ二つに折れてしまった。

 怒りが湧き上がる。あれは獅子寮の皆んなに託された大切な箒で……!勝手にクィディッチ選手を辞めた身で何を身勝手なことを、自分に怒る資格などないと感じてはいたが、それでも愛用の箒を壊されたシェリーの怒りは留まるところを知らない。

 

「……ふふっ、いい顔をするな。やはり君のその顔はいい。その顔が見れただけでもホグワーツにスパイとして潜り込んでいた甲斐があったというもの……」

「貴様ァ……!!」

「楽しかったよ、ホグワーツに潜入していた時のことは……アンブリッジの下にいれば人の不幸が簡単に見物できるからな!マルフォイ兄妹には笑わせてもらったなァ、父親が死んだ時の顔といったらなかった!それだけでも痛快なのにコルダがアンブリッジに拷問された時なんか腹がよじれるかと思ったぞ」

「──ということは、やはり貴様がアンブリッジに錯乱の呪文をかけたのか……!」

「ああ。アンブリッジの狂気を煽ってやればあれくらいのことはするだろうと思ってな。案の定あの女はコルダを拷問し、君がやって来た。アンブリッジを退治させた後に君の怒りを煽る映像を流し、魔法省へと誘導する。近くにいたベガとドラコも連れてこさせた……ククッ、一年間君達を観察し続けた成果が出たな」

 

「──そうかい。言いたいことはそれだけかよ、クソ野郎」

 

 蒼き火炎がオスカーを包んだ。

 ベガ・レストレンジが、シェリーを庇うように立っていた。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 時は少し巻き戻る──。

 パーシーは地上の安全地帯に着き、アーサーからの熱烈なハグをもらっていた。

 実の息子が戦乱に巻き込まれていることを知った彼の心労は並大抵のものではなかっただろう。喧嘩中ということも忘れて、涙ながらに強く抱きしめた。

 

「よかった……無事で……パース……!!」

「………父さん」

 パーシーもまた、何かを言葉にしようとしたが、喉の奥に詰まって言えていない様子だった。互いに苦笑して、どちらからともなく離れた。

 

「──ひとまず、お前は下がっているんだ。そこの二人はグレンジャー夫妻だね?プラグの話で盛り上がったから顔を覚えている……彼達を安全な場所に避難させなくてはいけないな。

 ……ちょっと待った、シェリーとベガとドラコはどうした?報告ではあの子達もここにいる筈だ!」

「そう、そうなんだ父さん。僕達は上に上がろうとしていたんだけど、シェリーが下の方に引き摺り込まれてしまって。何とかして彼女を引っ張り上げなくてはと思ったんだけど、戦いの余波でベガとマルフォイ家の彼とは逸れてしまったんだ……!」

「何だって……!?」

 

 

 

 

 

 その頃ベガとドラコがいたのは、運の悪いことに紅い力と闇祓い達が激闘を繰り広げる激戦地帯だった。

 竜となって戦うベラトリックス。

 狼姿で気ままに破壊するグレイバック。

 鼠として逃げ回るペティグリュー。

 それぞれの紅い力の幹部を各個撃破せんとムーディーの厳しい指示と怒号が戦場に飛び交っているのだった。

 

「ベラトリックスはジキル、キングズリー隊が担当!火炎に注意しろ!

 グレイバックはエミルとチャリタリ隊!近接戦闘は絶対に避けろ!

 ペティグリューはシリウスとルーピン、そしてトンクス隊!いいか!決して私怨に駆られるなよ!油断大敵!」

 

 いくら幹部達が気付いていないとはいっても、魔法省そのものが壊れかねないほどの戦闘だ。下手に動いて巻き添えを食えば死ぬと感じたベガとドラコは、近くの瓦礫に身を隠す。

 この乱戦、しかも幹部相手では逃げることすらままならない。

「ややややばいぞなんか僕達とてつもなく場違いなとこにいるーッ!!」

「いいから俺の側から離れんなドラコ!」

 闇祓いと死喰い人の戦闘が拮抗しているのは死喰い人側が魔法省の被害を気にしているというのと、闇祓い側が撹乱に徹しているのが大きい。あくまでヴォルデモート討伐を念頭に置いた戦いなのだ。

 そう冷静に分析しながらも、ベガはひとまずドラコを逃さなければ、と思ったが、

 

「見ぃ〜つけたァ〜〜」

 グレイバックに捕捉されてしまった。

 人狼特有の鋭い嗅覚が、隠れていた二人の位置を特定してしまったのだ。

「何だよベガ!ドラコ!!そんなところでコソコソとよォ!こっちで楽しもうぜ!」

「ッ、グレイバック……!!」

「こっこっ、こんなところにやってきて何の用だお前ェ!!」

(上擦りすぎだドラコ)

「──いやァ、ルシウスの遺言を教えてやろうと思ってな?」

「…………、は?」

「あの馬鹿はよォ!俺を見た瞬間に怒りに取り憑かれてよォ!わざわざする必要のない復讐をしにきたんだよなァ!俺を殺すのなんざ別の誰かに任せりゃよかったのに!自分の手で殺すことにこだわった!」

 

 

 

『すまない……ナルシッサ……』

『ドラコ、コルダ……しあ、わせに……』

 

 

 

「──笑えるよなァ!?自分がその原因を作っといて!自分一人だけ勝手に満足して死んでんだからなァアア!!」

「貴様──貴様、グレイバック!!それ以上僕の父親を侮辱するな!!」

「待て、ドラコ!!」

「ヘハハハ、いいツラするなァ!俺は顔の良いガキを殺すのが趣味だが──復讐に囚われたガキの顔も好きなんだよ!!」

 

 最強の狼男に突撃するドラコをベガは静止するものの、耳に入ってはいないようだった。喜色満面にグレイバックが爪を振りかぶる。まずい──。

 するとその瞬間、グレイバックの足元が変形し、巨大なトラバサミへと変化した。

 罠魔法──攻撃せんと踏み込んだ瞬間に発動するように設置されていた!

 足元が崩れたため躱すのは至難、そう判断して敢えてグレイバックは両手を振ってトラバサミそのものを壊した。

 

「危なかったね!マルフォイの!」

「っ、チャリタリ……だったか」

「気持ちは……痛いほど分かるけど、アンタは引っ込んでな!ここでアンタが死んだらコルダとナルシッサはどうするの!!」

「………!」

「オイオイつれねえこと言うなチャリタリさんよ!こいつは今から俺と遊ぶんだよ、邪魔すんなよなァ!!それともお前も俺に復讐しに来たクチかあ!?」

「何の話!?」

「俺が!お前の姉ちゃんを!ぶっ殺したって話だよ!!」

 

 瞬間。

 チャリタリの顔から全ての表情が消えた。

 

「──見つけた──」

「あン?」

「──ドラコ!そのまま真っ直ぐ走って右に曲がりな!そしたら──」

「させるかよォ!!」

 驚異的な跳躍力でチャリタリを飛び越えて、狼の王は道を塞いだ。

 舌打ちするチャリタリはドラコを庇うように杖を構え、グレイバックが作る斬撃の嵐に備えた。だが、突如としてグレイバックの片目に魔法弾が直撃し、思わず体勢を崩してよろめいた。

「ドラコ。アンタがどうしても戦いたいんなら好きにしな。逃げたって誰も責めやしない。けどアタシはアンタみたいな人間を止める言葉を持ってない」

「……すまない」

「幸い、アタシ達にはエミルがついてる」

 

 色欲のグレイバックと、ドラコとチャリタリとエミルの戦いが始まった頃。

 ベガはベラトリックスの火炎攻撃を回避し続けていた。

 

「デネヴの息子ォ〜!!あんたには直接ツラ付き合わせて言ってやりたいことが沢山あったんだよ!!ひゃははははは!!」

「こいつ俺ばっかり狙ってきやがって…!」

「ちょろちょろちょろちょろうざったいねェ!!私の炎で消し炭にしてやるよォ!!全員纏めてあの世行きィ!」

 

 黒き龍へと姿を変えたベラトリックスの火炎ブレス。

 防ぎ切れる道理などない。かといって避け切れるような代物でもない。おそらく火炎魔法はベラトリックスの得意技なのだろう、対処を間違えれば一撃で死に至る危険性がある。となれば──

 こちらも火炎を放射するしかあるまい。

「蒼き焔は静かに燃ゆる、火炎特化バージョンだ……!」

 ベガは黒山羊の頭部だけを顕現させ、蒼炎を最大限発射できる形態へと変える。

 大きく開いた口からレーザーのように火炎が発射され炎を受け止める……が、世界最強の火炎魔法使いの名は伊達ではない。破壊圧、出力だけならベラトリックスが上回っている……!

 

(この火炎……チッ、今の俺じゃパワー負けするか……!)

「援護するぞ、ベガ!」

「ジキル!?」

 ジキル・ブラックバーンがおもむろに胸ポケットから棒切れを取り出すと、ベラトリックスの火炎の斜線上に投げつける。棒切れは深い黒に浸食し、盾の呪文を形成して火炎を堰き止めた。

 それだけではない。

 ジキルが触れた巨大な瓦礫はずぶずぶと音を立てて変色し、瞬く間に巨大な魔石へと変貌し、ひとりでに回復呪文を発する魔道具へと姿を変える。

 ジキルが触れた棒や石が、魔力を伴った物質へと変容している。

 毒がたちまち身体を貪るように、彼の魔力が物質を浸食しているのだ。

 

「その身体──」

「ん、まあ、俺はそういう体質なのさ」

「ひゃーはははは!薄汚い一族のブラックバーン!そいつらの血族は特殊な魔力を有していて、周囲のものに影響を与える特性があるのさ!」

 

 ジキルの言葉の続きを繋いだのはベラトリックスだった。

 石を握れば魔石に。

 枝を握れば杖に。

 自身の魔力を対象に付与し、正規のものよりは格段に劣るが魔道具を生み出せる。

 ベガの四年時から使っている杖もブラックバーン家の協力のもと完成した代物で、じゃじゃ馬なきらいはあるが誰にでも使えるという特徴がある杖なのだ。

 そして、ブラックバーン家の魔力の最大の特徴が──。

 

「ブラックバーン家の人間を親に持つ子供は必ず魔力を有している……絶対にマグルやスクイブが生まれない家系なのさ。純血一族の間ではそれはもう重宝されたよ。何せお前達の存在そのものが、血統を絶やさないお手軽な手段なんだからねえ」

「……マジかよ」

「故に、歴史に焼かれた闇の一族(ブラックバーン)。女が苦手なのもそのためだろう!?ブラックバーンをいいように使ってきたあたし達に復讐に来たってわけかい!?」

「自惚れるな!俺が……女の子と……ちょっと距離を置いているのは俺自身が苦手意識を持っているだけ!彼女達に罪はない!闇祓いになったのは二度と俺のような人間を生み出さないため!一族の恨みがあろうがなかろうが、俺はベラトリックス・レストレンジという悪を許さない!!」

「ナマ言ってんなよガキが!!」

 

 ジキルは周囲の棒や石をたちまちに杖や魔石へと変化させていき、状況に応じて臨機応変に立ち回っていく。そんな戦いを見てベガは内心ジキルに対する好感度が上昇しつつあった。

──こいつ、かっこいいじゃねえか。

 ブラックバーン一族は『聖28族』にも記されておらず、魔力のない子供が生まれた純血の家庭などに利用され続けてきた。その怨念は計り知れない。ジキルはそんな家系の生き残りなのだ。

 だがジキルは、ブラックバーンである前に闇祓いなのだ。自分の怨みではなく使命を優先するジキルを見る目が変わった。

 怒り狂うベラトリックスに追撃がかかる。キングズリーだ。穏やかさの取り払われた冷徹な瞳で竜を見据えていた。

 

(この恥晒しどもが……!チッ、ここじゃ竜形態は十分に力を発揮できない!一度、人形態に戻ってから焼き殺すか……!)

 黒い竜の眼から色が消え、宙に浮くだけの、ただの巨大な抜け殻に変貌する。

 その抜け殻をデコイに本体のベラトリックスは下へと落ちていき、魔力を蓄える。

 

(ッ、逃げたか!どこに……シェリー!?)

 ベガの視線の先にシェリーとオスカーが対峙している光景があった。たまらず、ベガはシェリーの下へと向かった。オスカーの身勝手な言動には反吐が出る。これ以上シェリーをあの男と一緒にさせたくない。

 

「言いたいことはそれだけかよ、クソ野郎」

 

 ベガは怒りのままに火炎を振るう。

 当然、紅い力で自分の身体を異世界に飛ばして攻撃を透かすオスカーだが、ベガの狙いはそこではない。火炎で辺り一帯を焼くことで、隙間なく絶え間なく攻撃を繰り返せば攻撃はいずれ当たるのではないか、というものだ。

 点の攻撃ではなく、面の制圧。

 オスカーにとってもその方法を取られるとまずいのか、離れた場所へ跳躍し火炎を回避した。……ひとまず危機は去った。

 

「──よし、行くぞシェリー。もともと俺はお前を迎えに来たんだ。それと、紅い力を使うのはもうやめとけ。お前だけ使うほどに寿命が縮むって話だったろ?……後でフラメルの爺さんに頼めば何とかしてくれるかもしれねえしよ」

「………、でも、まだここには塵どもがたくさん残ってる。鏖殺するまではこんな力でも利用していかないと……」

「馬鹿か。紅い力には分霊箱の要素も備わってるって話だったろうが。お前に紅い力が宿ってる限りヴォルデモートが倒せねえのなら、一旦帰って力を除去する方法から探す必要があるだろ!」

 

「そんな必要ないよ……私は奴らを殺し尽くした後に自殺するもの」

「────」

 

 ベガは勃然とした。

 つまるところ、シェリーにあるのは復讐心というよりも──ある種の自殺願望に等しいものなのだ。

 きっと──いや、確信を持って言える。こいつは一年生の頃からそうなのだ。

 自分がどうしようもない存在なのでこの世から消え去らなければならない。

 でも死ぬのなら、せめて人の役に立ってから死ななければならない。下手に死ねば逆に迷惑がかかってしまうから。未来が怖いのは自分が迷惑をかけてしまうことがどうしようもなく怖いから。

 それが、自分と同じクズと一緒に死ななければいけない、という命令に書き換わっただけ。自分の命にはなから興味がない。

 まるで機械だ。

 人の役に立つために生まれてきたロボットがシェリーだ。

 

 それが。

 どうしようもなく嫌だ。

 望遠鏡から覗き込んだ星と同じだ。

 手の届かないところで、勝手に輝いて勝手に沈んでいくのと変わらない。

 その態度が、ベガの納得できない部分を燃え上がらせた。

 

「……いい加減にしろよお前。本当は戦いたくなんてねえくせに粋がりやがって」

「………!?な、なにを」

「──セドリックも、多分ブルーもローズもお前にそんな生き方を強制したかったわけじゃねえだろ!お前が幸せになってほしいと思ってただろう!だのにお前がそんな体たらくでどうするよ!!生きるってのはそういうことじゃねえだろ!!自分の怒りの言い訳にあいつらを利用すんな!!」

「してない!!」

「してる!!」

「馬鹿なこと言わないで……私の今の生きる理由は、もうこれ以上犠牲者を出さずに死喰い人を殲滅することなんだよ!?」

「だからその犠牲者の中にお前が入ってねえって話だろうが!!」

 

 ベガは、シドを失ったことを今でも後悔し続けている。

 けれど同時に、シドの生き様を今でも尊重し続けている。

 シドはあの時怖かった筈だ。逃げ出したかった筈だ。けれどそれ以上に、ベガが死ぬことが許せなかった。恐怖よりも優先された感情──すなわち勇気なのだ。

 だが、シェリーのこれは果たして勇気と言っていいものか?怖いものから目を背けているだけではないのか?

 自己の鬱屈とした感情を復讐という形で表現しているに過ぎない。セドリック達が死んだ悲しみから目を背けようとしているだけだ。

 そんなの──虚しいだろう。

 

「セドリック達が死んだのは絶対にお前のせいじゃない。絶対に、だ。

──なあ、もうやめよう。ホグワーツに帰ろう」

「───」

 

 きっと、その言葉が。

 シェリーの取り返しのつかない部分を押してしまったのだ。

 

「私は──戦いを──降りない」

 

 そう言い残して、シェリーは力を解放してその場から離れる。

 そこにどれほどの決意と、焦燥と、諦観と拒絶と──懇願とが入り混じっていたのだろうか。その決別が、彼女にとってどれほどの失望だったことか。

 少年の歯がガチガチ鳴っているのは感情を押し殺したが為だった。

 ベガは彼女を追おうとして、

 

「まあ待てよ、ベガ」

「オスカー……!!そこをどけ!!」

「それはできない相談だ」

 

 オスカーに静止させられる。

 シェリーを追わなければ、もしまた一人でも死ねばあの子は壊れる。そんな儚さを垣間見た後にこの男との戦うというのは、果てしなく少年を苛立たせた。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 駄々を捏ねているだけだと、頭のどこかで理解していても、認めてしまえば今までの全てが無為に帰すような気がした。

 セドリックが、ローズが、ブルーが、自分のせいで死んだのではないのなら、一体何に怒ればいい。それに怒りの矛先を探していただけだとしても、それであの塵どもが消え去るのなら素晴らしいことだ。

 シェリーは駆けた。

 駆けて、駆けて、駆けて──

 その先にベラトリックスがいるのを見た。

 ベラトリックスは竜形態になったことで多少なりとも消耗したのだろう。人間形態に戻って隙を伺っているようだ。

 だが──こちらに気付いていない。

 獲物を襲うなら、そいつが狩りをする瞬間を襲うのがいい。何故ならそいつは獲物のこと以外頭に入っていないから、と何かの本で読んだが、今の彼女はまさにそれ。

 どうやら、彼女の杖は怨敵シリウスを標的にしているようだ。

 

(シリウスはリーマスやトンクスと一緒にペティグリューと戦ってる……まだベラトリックスに気付いてない!ここであの女を殺さなければシリウスは……!)

 

 シェリーは杖先に緑の魔力を集めた。

 『死の呪文』。

 発射するまでに溜めが必要な隙だらけの呪文ではあるが、今のように相手が無防備な状態なら、抜かりなく当てられる。

 殺す。

 殺す。

 ベラトリックスを殺す──!

 

「……はァン?」

 

 ベラトリックスに気付かれた。

 しかしもう遅い、魔力は十全だ。

 この女がシェリーが殺す初めての死喰い人だ。この女の死で始まるんだ。

 

「アバダ──」

 

 セドリック、ローズ、ブルー。

 どうか見ていてほしい。

 これが貴方達を苦しめた死喰い人達の呆気ない末路だ。どうかせめて、この女の死で魂を安らげてほしい。

 ここからが──殺戮の始まりだ!

 

「──ケダブラ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 杖からは何も出なかった。

 呪文も、魔法式も、狂いはなかった。タイミングだってバッチリだった。

 だがシェリーの杖からは何も出なかった。

 惚けて、そして、混乱した。

 何故──何故このタイミングで魔法が使えなくなるのか。死の呪文は初めてだったが何も間違っていない筈なのに──!

 

「それは感情が足りないからさ」

 

 ベラトリックスはフラリと立ち上がる。

 怨讐渦巻き、黒いドレスがはためくその立ち姿はさながら幽鬼が如しだ。

 

「口では随分と達者なことを言っているようだったけどね、所詮あんたは言うほどあたし達を憎んじゃいないんだ。本当に殺したいならガキだってそれが使える。でもあんたには致命的に殺意に欠けてる!

 アッハハハハハハハハハハハハ!!哀れなお人形さん!可哀想なシェリーちゃん!あんたはあんたのだいじなだーーーいじな友達殺されといても殺意一つ抱くことのできない薄情者!!口だけの腰抜け女に過ぎないのさ!!!」

「ぁ、ち、ちが──」

「違わなーーーい。ほらやってみなよほらほらほら!なあ!あたしを殺してみろよ!ほら!ほら!ほら!……ほーら、これが動かぬ証拠さ。アッハハハハハハハハ!

 可哀想でちゅねー、辛いでちゅねー、優しい優しいシェリー・ポッター!馬鹿で間抜けなシェリー・ポッター!!紅い力所持者のよしみだ、死の呪文のやり方くらいいくらでもベラおばちゃんがその身に教えてあげまちょうねー!!?」

 

 ベラトリックスの勢いにすっかり呑まれてしまっていた。

 彼女に非があるとすれば、それは自分がどうしようもなく甘っちょろく、そして優しすぎるのかを自覚していなかったこと。

 彼女はどこまで行っても純朴な少女でしかなく、人を殺す神経など生まれた時から持ち合わせてはいなかった。

 そう──去年の墓場でだって、何かと理由を付けてハリーを殺すことを躊躇したり、後回しにしていた。アンブリッジの所業を見た後でも、殺せなかった。

 シェリーは目の前で人が死ぬことが耐えられなかっただけだ。

──だから、ルシウスが死んだ時は、落ち着いていられたのかもしれない。

 目の前で死んでいないから──

 

(ぁ……わたし、……ばかだ……)

 

 それが、致命的な隙となった。

 

「いいかい、死の呪文ってのは──こうするんだよォオオオ!!」

 

 

 

 

 

 シェリーに直撃するその瞬間。

 影をつたって、黒い大犬が覆い被さるようにしてシェリーを庇った。

 心臓が締め付けられたようだったが、皮肉にもその痛みで自分の生を確認することができた。シェリーは頭から理性が抜け落ちていくのを感じた。

 シリウスが、シリウスが──。

 けれども、人間に戻ってもシリウスの胸の温もりは消えはしなかった。

 生きている、彼は、まだ──

 

「シェリー」

「し、り──」

 

 ああ、なんて、

 なんて貌をするのだろう。

 剥き出しの心が悲鳴を上げている。

 咄嗟に口に出せる言葉がなかった。

 男はまるで、その少女を救うことが人生において何にも勝る偉業なのだと、信じて疑っていないようだった。そして、戦場の真ん中だというのに、誰よりも安堵した顔を浮かべていた。

 彼は、

 下手くそな笑顔で呟いた。

 

 

 

「無事で、よかった──」

 

 

 

「なんだ、まだ生きてたか」

 シリウスの背中に死の呪文が炸裂した。

 がくんと、シェリーにもたれ掛かる。彼から急激に色が奪われたかのようだった。

 大きな大きな遺体を抱えた。

 シリウスの灯火はかき消された。

 

「ぁ──」

 

 シェリーの頭が、頭蓋骨の裏を蚯蚓が這いずり回ってるように痛んだ。

 どんなに手を伸ばしても届かない星。

 こんなに近くにあるのに遠すぎる星。

 死と生、たったそれだけの違いで、ここにいる筈の彼がどこまでも遠すぎる。

 役目を終えた身体は、ゆっくりと生から離れていく。死を切っ掛けとして、生とは反対の路を歩いてしまっている。それを止める術はなかった。

 なんで──

 なんで私なんかを助けにきたの。

 なんで、なんでなんでなんで……

 

『シリウス、あなたに杖を預ける』

『ここでシリウスが復讐すれば、誇りは取り戻せるかもしれないけど未来を失う』

『復讐しなければ人生は取り戻せるかもしれないけど永遠に過去に囚われる』

『…………駄目だ。私には、殺せない』

 

 三年生のあの時。

 叫びの屋敷であんなことを言わなければシリウスは死なずに済んだのか?

 だってそうだろう?

 シリウス・ブラックはこの土壇場でピーターを殺すことよりもシェリーを救うことを優先した。させてしまった。

 

(もし私が──あんな、あんな馬鹿なことさえ言わなければ……

 ……いや、それ以前に私が安い挑発に乗ってここまでこなければこんなことに……私が、私が私が私が私が)

「あ、ぁあ、ああああっ」

「死ーんだ死んだシリウス・ブラックが死んだ!足手まといのポッティーちゃんのせいで!!アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

「わ、た、しの──せい、で……」

 

 停止した思考に、ベラトリックスの声だけが響いている。

 冷たくなるシリウスを抱いて、口をぱくぱくと開けることしかできなかった。

 そもそも、シリウスほどの男がベラトリックスを攻撃したり、盾の呪文で防いだりといった手を考えないはずがない。

 それをしなかったのは──ほんの僅かな間違いがあってもいけなかったから。

 確実に、絶対に、シェリーの命が安全な方を選んだというだけの話。それが何よりシェリーにとっての辛苦だった。

 

 シェリーの精神が崩壊し始める。

 自我が崩れていく。

 ふと。

 ぼたぼたと、何かが垂れる音がした。

 シェリーは何となしに視線を向けた。

 ダンブルドアだ。

 ああ──彼なら。

 彼ならきっと何とかしてくれる。

 懇願するようにして、口を開いた。

 

「ダン──」

「──不死鳥の騎士団各員に告ぐ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「──この戦いはもう勝てん!急ぎ魔法省から撤退せよ!!」

 

 そう悲痛な声で叫ぶ彼のローブには、夥しいほどの血が滲んでいた。

 彼自身の、血だった。

 




シリウス・ブラック 死亡
死因:シェリーを庇った後、死の呪文を背中に喰らった。
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