Episode of Oscar
オスカー・フィッツジェラルドは生まれつきヒトの心を理解できなかった。
彼は魔法族の、取り立てて特筆することもない血統の家に生まれた。家はそれなりに裕福で、どこにでもあるような、ありふれた一般家庭。
画商の父と専業主婦の母から愛情を受けて育った。……が、当のオスカーはその愛が何なのか理解することができなかった。
ある程度の自由と安全が保障された家というのは生きていく上で都合が良い、くらいには思ったけれど。そこに感動を見出すことがどうしてもできなかった。
(きっと自分はこの世の異物なのだ)
オスカーの確信こそ真理だった。
多くのものに触れたし、多くの場所に旅行にも行った。
けれどそのどれもがただのモノでありただの場所であり、それ以上の何かを与えてくれることはない。
生理的な快や不快はあれど、美しいものを見ても心が動かず、素晴らしい音楽を聴いても高揚せず、旨いものを食しても何ら満たされるものはない。
それらが素晴らしいかどうかはかろうじて判別できるものの、それらを心から素晴らしいと思ったことはない。
けれどその異常性を知られればどれだけ面倒かも彼は理解していたので、決して表に出すことはなかった。感情はなくとも生理的な快不快くらいは感じる。冷えた病室に閉じ込められるのは憚られた。
そうして、彼はホグワーツに入学する。
「これはまた……何ともまあ難しい子が来たものだ。欲もない。嫌悪もない。そしてその事実に一片の悲嘆すら感じてすらいないなんて!きっと君はどの寮でも上手くやれるのだろうし、どの寮でも心動かされることはないのだろうね。それでも、君にこの城での生活がきっとより良きものになることを信じて……レイブンクロー!」
勇気も優しさも野望も持ち合わせていなかったオスカーが唯一有用だと考えていた知識、それを重視する鷲の寮。そこでもオスカーは生き方を変えなかった。
当時の世代の生徒は良くも悪くも非常に優秀な生徒が揃っており、悪戯仕掛け人を筆頭にリリーやアレン、スネイプやレギュラス、デネヴといった、後に勇名を轟かせる者達も数多くいたのだが、才能だけでいえばオスカーもその一人だった。
彼が本来の実力を発揮さえすればそういった優秀な生徒達を抑えて一番になることも不可能ではなかった。されど彼は程良く手を抜くことで自分の実力を隠した。目立っても良いことはないからだ。
自然とオスカーは独自のポジションを確立した。とりたてて目立つ人間でもないが敬遠されるような人間でもない。可もなく不可もなく、適当な友人を作って適当に話を合わせる。
きっと心からの友人などできない。
そんな自分を哀れだと思う心すらない。
虫のように、日々を無感情にいつも通り過ごしていく……それが彼の日常だった。
「おい、スネイプがポッターとブラックと何かやってるぞ!あいつらの学年はさっきまでふくろう試験だった筈だろ?よくあんな元気があるな……」
「おい、見に行ってみようぜ!」
「──ああ、そうだな」
その日はグリフィンドールとスリザリンの上級生が喧嘩をしていた日だった。ヴォルデモートという闇の魔法使いの勢力が幅を利かせている昨今、ホグワーツでは何ら珍しくもない光景だった。
面白がった友人に連れられてその様子を見に行ってみると、スネイプがエバンズやアレンに庇われているのが見えた。何ともまあ無様な姿だ。あの年頃の男子は、とりわけ女子に庇われることが屈辱でしかないらしく、顔を恥辱で歪めている。
本当に、ああ、本当に滑稽だ……。
口を何やら動かしている。これ以上何を喚き散らすというのか。オスカーはその時何故か、スネイプの唇の動きを追わずにはいられなかった。
──その瞬間、ホグワーツの壁が爆発した。
「デネヴだ!!デネヴが出たぞおおおお!!」
「おいおいまたあいつの新作だぜ!今度はデカいな!?」
「な……あ……あなた何をやっているの!!!??」
「ギャアーーーーハッハッハァ!!!」
頭のおかしいデネヴが作ったという戦車だのなんだのが出てきて、その場は滅茶苦茶になった。その後、デネヴの戦車事件はホグワーツにおいて長年語られることになるわけだが、それはまた別の話だ。
……それにしても。
スネイプがあの時言いかけていた言葉。もしあれが最後まで紡がれていたなら。
彼が『穢れた血』と最後まで言い切っていたなら、……どうなっていただろう。
何かが変わりそうな、価値観が裏返るような予感がしたのは、気の所為か。
学友達がデネヴの奇行で盛り上がっている中、オッドアイの少年はただ一人、答えの出ぬ問答に耽っていた。
そんな平坦な人生の転換点は、彼が十四歳の時。彼の家に死喰い人のグレイバックが押し入った時だった。
とある夏休みの日、実家に帰省していると突然にグレイバックが家にやって来て、破壊欲のままに家を滅茶苦茶にしたのだ。その行動に意味などない。彼は人を殺すことこそを生き甲斐とする外道だ。
そう、ただ──今宵の標的がフィッツジェラルド家だったというだけのこと。
オスカーの父と母は息子を守るために戦ったが、あえなく惨敗。床に叩きつけられ身動きがとれなくなってしまった。
オスカーはといえば、その場でただ凄惨な光景を見やっているだけだった。
父や母がグレイバックにボロ雑巾にされているというのに、一切の同情も憐れみも恐怖も湧いていなかった。
「オスカー、お前だけでも、逃げ……」
逃げる──逃げるか。
それもいい。
このまま背を向けて逃げ出して新たな人生を送ってもいいし、無謀にもグレイバックに戦いを挑むのもいいだろう。
どっちでもいい。
どうでもいい。
親が死にそうな目に遭っているのに、オスカーの精神は凪いだ水面よりも静かであった。自分は親が死んでも何ら悲しむことすらできない人間──
(────……、?)
何故だろう。
胸が熱い。心臓が早鐘を打っている。しかしその痛みがどこか心地良い。
オスカーの疑問が自分自身に向くのは生まれて初めてのことだった。同時に、頭のどこかで本能とかいう奴が囁いている。
ここから離れたくない。
どうなるか見てみたい。
生唾を呑み込む。例えるならば、自分自身の何かが開花していくような……いや、初めてこの世に生まれてきたかのような。
グレイバックは、そんなオスカーを興味深けに覗き込んで言った。
「愉しんでやがるな?この状況を」
──タノ、シイ?
これは愉しいと言うのか?
自分はこの鬼畜とも言うべき所業を面白がっていると?
予測ができない。どんな時も歪む筈のない精神が、在り方が、捻じ曲げられていくのを感じた。
……その表現も正しくないのだろう。
自分は生まれた時からこうなのだ。
人を苦しめて悲しませて絶望させることが自分にとっての幸福だった。されど、それに気付くことができなかった。
生まれた時からいかれていた。
けど、そんなことはどうでもいい。自分が興味があるのは一つだけ。もし、親がこのまま死んでしまったら──
何があるのだろう、と。
「坊主、」
グレイバックはナイフをオスカーの目の前に投げた。鏡のように研ぎ上げられた刃には見たことのない顔をした自分が写っていた。その顔を見て漸く察する。
恋人を作っても、食事をしても、得られなかったものがすぐそこにあったのだ。
狼男は、同類を見つけた、そんな貌で、
「楽しいぞ」
「──ぉ、すかー……なんで?」
オスカーは自分の両親を貫いていた。
銀刃から伝わる感触が心地良い。目元が弧を描き、心臓が裂けんばかりに躍動し、そしてそれがどこまでも痛烈にオスカーの狂気を煽る。
自分にはこれしかないのだ。
オスカー・フィッツジェラルドには愉しいという感情しか存在しない。それ以外の全ては虚無だ。
両親は、自分達の愛する息子が何故このような凶行に及んでいるのか、まるで理解できないようだった。グレイバックに襲われた時はまだ恐怖を感じられていたが、息子に刺されているこの現状については最早感情が追いついていない。
先に息絶えたのは父の方だった。口からは無様に血が垂れて、苦悶の表情を浮かべた様は何とも無様だった。
母は死の直前に泣き出した。今まで育ててきた息子が凶行に走ってどんなに惨めな気分だろう。歪んでしわくちゃになった顔がとてもとても滑稽だった。
「ふ、」
知らず、口角は釣り上がっていた。
一寸の狂いもなく動いていた心臓が、全身にはち切れんばかりに血を送ったのは、生まれて初めての出来事だった。
生の実感──
本や映画では味わえぬ、本当に人が死んでいるという臨場感。鼻を刺す鉄臭。あまりにも心地よくて、心臓に愉悦を齎してくれるというもの!
「っ、くっ、ははは、ははは」
オスカー・フィッツジェラルドが産声を上げた。肉体が健全であっても心が死んでいる者を果たして生きていると言えるだろうか。心なくして人に非ず、そう定義するならば、オスカーはこの瞬間初めて生を受けたといえよう。
人を殺すのが楽しい。
絶望させるのが愉しい。
否、『人を苦しめることでしか幸せになれない』!
夫婦は息子の凶行を最後まで理解できていないようだった。それすらも面白い。
グレイバックから手渡された煙草に火を点けると、口の中に広がる仄かな甘みが、どうしようもなく愛おしく思えた。
それも初めてのことだった。甘いか辛いかは分かっても、それを美味しいと思えたのは初めてのことだったから。
「ああ──殺しの後の煙草とは、こんなにも旨いものなのだな」
当然の帰結として、オスカー・フィッツジェラルドは死喰い人になった。
グレイバックの紹介でヴォルデモートの所へ連れて来られると、闇の魔法使いとしての資質を示すために、敵対する魔法使いや適当なマグルを思いつく限り残虐な方法で殺し続けた。グレイバックやベラトリックスからアドバイスを貰ったりもした。
オスカーという異常な存在を面白がったヴォルデモートは、卒業後に魔法省に勤めるように言った。それは、オスカーが人を絶望させること以外では無感情なので、どんな環境であっても完璧に溶け込めると判断したからだった。
事実、あのダンブルドアでさえ、オスカーの本性に薄々勘付いてはいても確信を持つまでには至らなかったのだ。
そしていざ魔法省に勤務することが決まった矢先、帝王は滅びた。一九八一年のハロウィーンの晩に「予言の子供を殺しておきたいのだ。お前もついて来い」と、ヴォルデモートとともにポッター家に襲撃しに行ったのである。
こちらに寝返った秘密の守人、ピーター・ペティグリューからポッター家の場所を聞き出し、ゴドリックの谷へ向かい──そしてヴォルデモート卿は、愛の護りによって肉体を喪ったのである。
「ふ、ふはははははは!ジェームズとリリーが死んだことだけでも傑作だが、はは、まさかあなたまで滅びるとは!はははは、今日は最高だ!愉快極まりない!」
『黙れオスカー──俺様が指示する──その赤子と、ジェームズとリリーの死体を利用してホムンクルスを創れ──』
「はははは……ホムンクルス?」
オスカーは自身の信じる愉悦のままに本物のシェリーを殺し、そしてホムンクルスのシェリーとハリーを創った。姉の方はそのままベッドに寝かせておき、弟の方は連れ帰って闇の魔法使いとしての教育を施すのだという。オスカーはハリーに拷問の様子を見せつけたりした。
その後はアンブリッジに取り入って働くことになり、あたかも善人のフリをしながらアンブリッジの凶行に加担したり、クラウチの息子に対する懺悔を聞いて面白がっていたり、愉快に過ごしていた。
そして──デネヴやアルタイルに怨みを持つ闇の魔法使いを集め、シドとベガを誘拐した。子供の拷問は初めてだったので、どうやって絶望させてやろうか考えている間にシドが死喰い人に飛びかかった。死喰い人ははずみでシドに致命傷を負わせ、友が攻撃されたことに怒り狂ったベガが魔法に目覚めた。
「──これはいい。ベガはあのまま放っておいて、いつか私のところに復讐に来る日を待とう」
「きさま、オスカー……!俺達はデネヴとアルタイルの息子に復讐してやるんじゃなかったのか……!」
「生憎だが、私は人が不幸になる様子を見られればそれで満足なのさ。さて、もうじき闇祓いがやってくる。近くにグレイバックのアジトもあるそうだから、半分くらいはあいつに殺されてるだろうが……後で死体でも見に行こう。
『オブリビエイト』!」
あれから殺人を繰り返して分かったことがある。どうやら、自分には喜びと怠惰の二つの感情しかないということ。
人を殺すのは楽しいが、それ以外では何も感じられない。
他者を苦しめ陥れることでしか幸福を享受できない男。それが、オスカー・フィッツジェラルドの正体だった。
それでもいい、と思う。
初めて得たこの感情を、ヴォルデモートは良しとした。
そしてドロホフがホグワーツへと攻め入った日であり、死喰い人が魔法省を奪わんとやって来た日──オスカーはスパイ生活から解放され、来るべき戦いに備えて『怠惰』の紅い力をヴォルデモートから再び賜ったのだった。
『暴食』と『怠惰』は紅い力の中でもとりわけ持て余していた能力だったらしく、全員が揃うまで随分とかかったらしい。だがその甲斐あって第二次魔法大戦を引き起こすだけの戦力が整った。
「そういやよ、何でお前は『怠惰』なんだよ?お前は別に、面倒臭がりな人間ってわけでもねえだろう?」
「──ああ、帝王曰く、私は感情を感じない故に今まで何事も全力で取り組んだことがなかったらしい。常に人生から手を抜いてた……というわけだ。
だがそれだけではただソファに寝そべってゴロゴロしているだけ……本当の怠惰ってのはソファの上で好きなお菓子を食べて酒を呑んでこそ、真の堕落、真の怠惰と言えるのだとさ」
「故に私は『怠惰』の力を授かりしオスカー・フィッツジェラルドなのだ……!!」
おまけ
『絶対に笑ってはいけない死喰い人24時』
「来たなシェリー!!ではこれより絶対に笑ってはいけない死喰い人24時を開始するぞ!!」
「黙れ殺すぞ」
シェリーはホグズミードにやって来たことを早速後悔し始めていた。
ここに死喰い人が潜伏しているとの情報を聞きやって来てみれば、行われているのは笑いを我慢するなどといったふざけた行事。いったいどれだけ人様に迷惑をかければ気が済むのか。シェリーは己の憤怒を抑えられる気がしなかった。
「何だ、君も来たのか。相変わらず馬鹿みたいな顔してるな」
そんな怒り浸透のシェリーに声をかけたのはハリーだ。同時に流れるような挑発も忘れない。彼なりの挨拶だった。
「気色の悪い塵虫風情が……ここで私が擦り潰してやる!!」
「やれるものならやってみろ!!」
「まあまあ二人ともこのヴォルデモートに免じて落ち着けよ。あっち向いてみ?」
『ああ!?』
ハグリッドがハーマイオニーの服を着てた。
「っ、っふ、っふふふ」
「まったく何が面白いんだこんな道化のちゃばブフォッッ」
デデーン。
シェリー、ハリー、アウトー。
「いったぁ!?」
「んぎゃっ!?」
「おいおいそんな調子じゃ困るぞ?ほら見ろ!他の紅い力の連中を!」
「………ふーっ。今のは危なかったな」
グリンデルバルドはポーカーフェイスで耐えてた。流石は先代の闇の帝王だった。
「何だあのキモいの」
ベラトリックスはぶっちゃけ笑いのツボが理解できてないようだった。彼女は古い時代の人間なのだ。
「こ、ここはッ、ジェームズとシリウスとリーマスと過ごした……!ああッ!」
ペティグリューはビクビクしすぎてそもそも見ちゃいないようだった。
「ギャハハハハハハハハ!!!」
グレイバックは爆笑してたが、彼は世界最強の人狼である。どれだけ尻を叩かれても痛いなんてことはなかった。反則である。
オスカーはといえば、つまらなさそうに突っ立っていた。
(少しも面白さを感じないんだが……だがまあ空気を読んでそろそろ笑っておくか…
ん?あの絵は……人が拷問されている様子を描いたのか……?)
「……………」
「アッハッハッハッハッハッハッ!!」
「えっまだ笑わせてないんだけど」
「コワ〜…」
【挿絵表示】
◯オスカー・フィッツジェラルド
他人の不幸が大好きな男。人が苦しんでいる姿に喜びを覚え、泣き叫ぶのを眺めるのが趣味の真正の邪悪。しかしそれだけにしか幸福を見出せない男でもある。
元々彼はこんな性格ではなかった。何にも興味を抱かず、優秀な才能はあってもやり甲斐や歓喜を得ることができなかった。ただいつか死ぬために生きる、昆虫のような生き方だった。
しかしヴォルデモートやグレイバックとの出会いが彼を変えた。人が苦しんでいる姿を見て、初めて喜ぶことが、感情を得ることができたのである。
そんなわけで今はすっかり紅い力の幹部である。
オスカーのコンセプトは「煙草の煙」です。ぱっと見は薄ぼんやりとしてて存在感のない人間ですが、深く関わっていくととても有害になる……という感じです。結構お気に入りのキャラだったり。