シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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Episode of Altair

 俺の名はデネヴ・レストレンジ、人生初の日記というものを書いてみようと思う。

 研究テーマや内容を纏めたレポートを書くことは多いが、気兼ねなく、ただ自分の心の赴くままに文章を書くというのは初めての体験だ。心が躍るな。

 何だか興奮してきた。

 さて、俺について語るならば、俺の妻について語らねばなるまい。

 

──アルタイル・ヘミングス。

 いや、今はもうアルタイル・レストレンジなのか。……不思議な気分だ。

 彼女は今は没落したヘミングス家の出身の女性で、先日色々あって結婚した。この時世だ、早いとこ身を固めておいた方がいいというジェームズからの進言でな。

 結婚するにあたって、色々と問題は山積みだった。俺の両親からは猛反対を受けたどころか勘当された。俺が不死鳥の騎士団に入ることもありいずれは決別するだろうと思ってはいたが……やはり悲しい。凝り固まった純血主義の父母はそれほどまでにヘミングス家を嫌っているようだった。

 

 落ちぶれヘミングス。

 代々続く死刑執行人の家系として有名な彼女の家は、罪人に貴賎なしという教えに則っていたため、貧しさを訴える子供への刑罰も、金を積んだ貴族への刑罰を取りやめることもなく……結果として多方面からの反感を生んだ。

 そして、ヘミングス家を疎んだ純血貴族からは爪弾き物にされ、あらゆる謀略を受けて次第に執行人の立場と信用も失い落ちぶれていくことになった。

 そんな家に生まれたアルタイルの父親は先祖を貶めた貴族に反感を抱き、貴族連中を敵視していたのだが、

 

「先祖の恨みは先祖の恨み。想いを継承するのはいいけれど、そんな余計なものまで引き継く必要がどこにありますか、この駄目親父が!」

「だ、だが……」

「私のことを心配して反対するならともかくデネヴさんの血筋が嫌いだから結婚するなですって?そんなふざけた理由を聞き入れる気は毛頭ありませんよ馬鹿が」

 

 と、アルタイルに叱責された。

 そうやって渋々ながらも俺達の結婚を許可してくれたのだった。良かった!

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 不死鳥の騎士団に入ると、シリウスに喧嘩をふっかけられた。

 

「俺と勝負しろデネヴ」

「……?鍛錬の誘いか?」

「ちげえよ。俺はお前のことをイマイチ信用しきれてねえからな。お前とアルタイルはスリザリンだが、何もスリザリンの奴等が全員悪い奴じゃねえってことくらい俺にも分かる。だが、アルタイルは兎も角、お前は学校でいきなり戦車を走らせるような奴だからな……正直、お前が何を考えてるのかよく分からねえ」

「いやあれはピーブスが……いや、元を辿れば俺の精神力が未熟だったが故に起きた事件だ。言い訳はするまい」

「勝手に自己完結してんじゃねえ!まあ、お前と一度本気でやり合えば何考えてるか分からねえお前のことも理解できんじゃねえかって話だ」

 

成程。

一本筋の入った男だ。

 

「その前に事情を説明させてくれ。あの時いきなり戦車を走らせたのは俺の精神力に起因しているのは事実だが色々と事情が込み入っていたことも親友のお前には理解していてほしいんだ」

「お前と親友になった覚えはねえ。……まあいい、聞くだけ聞いてやる」

「あれは俺がホグワーツに入学する前のある冬の日のことだ。俺はその時先祖の墓参りに行っていた。うちの家にはそういう慣習があってな。お前の家がどうかは知らんがともかくそういう慣習があった。いや、お前は昔からブラック家に反発していたと聞いているので、仮にブラック家に先祖の墓参りをする慣習があったとしてもお前はそれに参加していない可能性は決して低くはないと考えられるんだが、ともあれ、俺の家にはあって、当時の俺もそれに参加していたんだ。先祖がどのような人間であれ死人を辱める理由にはならんからな」

「話が脱線してるぞ」

「そうか、すまん。つまるところ俺は年明けにその墓参りに行っていたわけだが、偶然にも一人になった時間があった。いや、この世には偶然はないという。となれば、あの出会いは偶然ではなく必然だったのだろうな。腐れ縁とも言うべき長い長い繋がりが始まる運命……彼との出会いが俺の人生に多大な影響を及ぼしたのだと言えるのかもしれんな。しかし悪戯小僧と評するに相応しい跳ねっ返りなんだ、彼は。なればこそ戦車を動かしたわけだが、しかし薄らぼんやりと覚えている。あれは友を中傷されたことに対する怒りも孕んでいた」

「……おい、さっきから言ってる彼って一体誰なんだよ」

「彼とはピーブスのことだが」

「だから誰なんだよそいつは」

「彼について話すならば墓参りについて語らねばなるまい。あれは確か、ピーブスの方から話しかけてきたんだ。いや、先に口をついたのは俺の方だったかもしれん。しかし俺が類推するに……」

「話が長えんだよ!!!」

 

 シリウスは拳を構えた。

 ほう……言葉による対話ではなく拳での語り合いを望むというわけか。

 いいだろう。その気骨やよし、受けて立とうじゃないか。

 

「杖だと万が一のダメージが大きいからな、コッチなら怪我だけで済むだろ?」

「その勝負、乗った!」

 

 挨拶代わりに、ジャブを叩き込む。

 俺とて肉弾戦の心得はある。決闘クラブでならしたシリウス相手だろうと、簡単に負けてやるつもりはない!

 

「シッ!ハッ!」

(こいつ、ブラフのつもりか……?この俺に愚直なまでの近接戦を仕掛けてくるなんてな!恐ろしく早い左に、喰らえばラグは必至の強烈な右!こいつは紛れもないインファイターだ!)

 

 俺は投げ・極め・脚技などの『拳以外の武器』を全て排している。

 確かに一六〇センチ後半という比較的小柄な体躯の俺が高身長のシリウスと戦うとなれば、必然的に距離を詰めてのインファイトスタイルは理に適ってはいるが、戦場となれば話は別だろう。ここはリングの上ではなく、何でもありの無法地帯なのだ。

 

(だが……分かっていても崩せねえ完成度の高さが、こいつの修練の過酷さを物語っていやがる!まさしく打撃の極地!全てを断つ殴打特化型の打撃使い!こんな強者がスリザリンにいたとはな!)

(クソ……やるなシリウス・ブラック。俺の打撃を上手くいなしている。やはり間違いない、近接戦闘においてシリウスはトップクラスの実力者だ……!)

 

 俺の回避能力は前方の敵に特化している。相対した敵の攻撃は躱せるものの、横や背後から不意を突かれると弱いという欠点があるのだ。

 これが火炎魔法や守護悪霊を使う魔法使いならば広い視野でほぼ全方位を警戒できるのだが、生憎、俺では前方が限界なのだ。

 この弱点がシリウス相手では殊更に露呈してしまう。彼は長い脚を利用した視覚外からの蹴りが決め技だ。喰らえば、確実にペースを乱される。敢えて攻めの姿勢を崩さないのはシリウスの技を防ぐという意味もあった。

 

「だがこれで終わりじゃねえッ!俺は騎士団に入るにあたって世界各国の拳法を取り入れたバトルスタイルを確率したんだよ!」

「何!?……こいつ、クンフーの動きを取り入れた柔術で俺の打撃をいなして……」

「高速戦闘ならこちらが上だッ!喰らいやがれ必殺のブラジリアンキックを!」

「やるな、シリウス……だが俺とてここで負ける訳にはいかん!お前のタイミングは見切った!ジョルトカウンターでその顎を砕いてやる……!!」

「うおおおおおお!!!!」

「あああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「……え、何やってんですか二人とも」

「何?喧嘩?もうホグワーツも卒業したのに何やってるのよ」

 

 勝負は、帰ってきたリリーとアルタイルが呆れるまで続いた。

 シリウスとの友情が深まった、気がした。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 子供が産まれた。

 アルタイル譲りのブルーの瞳と月光を思わせる銀髪。目付きは若干俺に似ているような気もする。ホワイトベリーの精霊を思わせる息子は、しかしとても軽かった。

──この子の名前は、ベガ、と名付けよう。

 

『ぎゃーっはははは!!デネヴにガキができるとはな!ぎゃははははは!!』

「ピーブスったら最近ずっとこの調子なんですから」

「祝ってくれるのかピーブス、ありがとう」

『もうどうとでも解釈しやがれ!!ぎゃははははははははは!!』

「ったく、うるさいんですから……もう」

 

 出産祝いということで各方面から祝いの品を貰った。闇祓いのクリシュナや、彼女の出身の孤児院のチャリタリとかいう子供からも祝ってもらった。会ったのは一度か二度くらいのものだが、律儀なことだ。

 やはり持つべきものは友達だな。幸運なことに俺には友が大勢いてくれている。

(友達が多い………?)

「どうしたアルタイル。すごく微妙な顔で俺を見るじゃないか。何かあったのか?何でも相談してくれ」

 

 そう言えばアルタイルの出産が気掛かりで書き忘れていたが、ジェームズのところにも娘が産まれていた。名前はシェリーと言うらしい。戦争を早く終わらせて、子供達が安全に学校に通える世界にしなければ。

 ……そう、そのことで思い出したが、今や若手のホープとして期待されているアレンやクリシュナはいいが……スネイプやレギュラスは結局死喰い人になってしまったようだ。残念だ……。

 その話を聞いたリリーやシリウスが苦虫を潰したような顔になっていた。

 無理もあるまい……。

 

「あいつらのことは嫌いだけど、僕のリリーの愛に気付けなかったスネイプも、僕の素晴らしい親友のシリウスが兄だったのに何の影響も受けなかったレギュラスも、とても可哀想な性格で哀れだと思うよ」

 

 ジェームズはそう呟いていた。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 不死鳥の騎士団には数は少ないながらもマグルも在籍している。裏方に回って活動や物資を支援するのが主な仕事で、騎士団員というよりかは取引相手といった方が正しい認識だろう。

 俺はふとした好奇心からそんなマグルともよく話していた。中でも、俺の話を最後まで聞いてくれたのはシルヴェスター・ガンメタルという人物だけだった。

 

「俺は何故か団員をよく怒らせてしまう。だから彼等の精神をリラックスさせるためにハンドスピナーでも作ろうと思うんだがどうだろう?」

「ははは……デネヴの発想は面白いな。だけどそれよりアロマキャンドルでも作ってあげた方が喜ぶんじゃないかな」

「成程、流石だシルヴェスター」

(デネヴの発想はズレてるなあ)

 

 互いに一児の父親というのもあり、シルヴェスターはいつしか親友となった。

 彼の息子はシグルド、シドと呼んでいるらしい。金髪の男の子だ。いずれこの戦乱が治まればベガとも会わせたいものだ。

 あとマグルのベビーショップの高性能の哺乳瓶を教えてもらったりした。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

──別れというものは、風のように襲い、一切の容赦なく全てを奪っていく。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「いけない、ヤックスリーの部隊が攻めてきた!今すぐここから逃げなければ!」

 

 シルヴェスターの焦った声に、雷が打たれたかのような衝撃を受けた。

 コーバン・ヤックスリー……こと軍事においてはあのドロホフにも勝らぬとも劣らぬほどの実力を持っていると噂される男!奴の残忍な手口で、一体何人の人が死んでいったのか予想もつかない。

 今すぐ応援を呼びたいところだが、生憎と騎士団員はロンドン市内で大掛かりな戦闘を行っており連絡は困難。迎え撃つにしてもこの隠れ家にいるのは俺とシルヴェスター、そしてアルタイルと赤ん坊のベガだけだ。戦えるのは実質二人だけ……。

 まして、大掛かりな部隊で攻めてきたということは、こちらの動向はある程度想定済みなのだろう。しかもこの隠れ家には暖炉がない……!

 

「──戦えば死ぬだろうな、間違いなく」

「ああそうだ!だからその子を連れて早く逃げるんだ!連中の狙いは君達だ、私が囮になるからその隙に……」

「……無理だな。今から箒に乗って逃げたのではそれこそヤックスリーの思う壺だ。即座に叩き落とされるのが関の山だろう。だが……、……」

「……何です。言いたいことがあるならハッキリ言ってください」

「ベガと……一人くらいなら逃げられるかもしれん」

 

──最低最悪の発想だが、これしかない。

 

「囮作戦には賛成だ。だがあの数……魔法使いが二人がかりで足止めする必要があるだろう。……二人がかりで、だ」

「……成程。言いにくそうにしていたのはそういう訳ですか。ええ、いいですよ。ここが私の墓場です」

「……すまん」

「だから、いいですって」

「な、何を言ってるんだ……!君達二人で時間稼ぎをするだって!?馬鹿な、今、君自身が言ったじゃないか!戦えば死ぬだろう、って!そんな……」

「もう決めたことです。……私達の戦いが少しでもこの子の未来を明るく照らすというのならば迷いはありません」

 

 シルヴェスターは忘我の呟きを漏らす。

 下手に全員で逃げようとすれば一網打尽にされ全滅の危険すら有り得る。バラバラに逃げるにしても、この人数ではいずれ追い付かれて殺されるのは目に見えている。

 だから、足止めする者が要るという理論は分かる、分かるのだが、どうあってもシルヴェスターは俺達に死んでほしくないようだった。……良い友を持てたものだ。

 

「許してくれシルヴェスター。親ってのは子供にかっこつけたい生き物なんだ。それが命を守るためなら尚更だ。……お前も息子がいるなら分かるだろう?」

「ぐ、ぅ……そんな言い方は卑怯だ。私に君達を見殺しにしろって言うのか。それに何より、親を失ってしまうこの子の気持ちはどうなる!?」

「……シルヴェスター、私達の最後の頼みを聞いてくれるなら、どうかこの子に愛情を注いであげてください。私達がしてあげられなかった分まで」

 

 意思は固かった。

 絶対に、何があろうとも、この子の未来を守らなくてはならないのだ。ベガがどんな人生を送るかは分からないけれど、そこに一片の影があってはいけないのだ。

 ベガの幸せは、俺とアルタイルの死が代償だった。

 残酷な決断だが──迷いはなかった。

 

「…………なら、せめて、残された時間をこの子と過ごすんだ。それがッ、君達がベガと過ごせる最後の時間だから……!」

 

 嗚咽するシルヴェスターに謝意を表す。……何と、立派なんだろう。魔法使い同士の無益な争いに手を貸してくれるばかりか、気遣ってくれるなんて。

 シルヴェスターだけじゃない。

 人は皆立派だ。この世の生まれてきたことが偉業なんだ。生まれてこない方が良い命なんてないんだ。例えそれが、限りない厄災を齎すとしても、いずれ凶悪な殺人鬼になるとしても、その命は尊重されなくてはならないんだ。

 

「……この子が大きくなっている頃には、平和になっているといいけれど。もしも戦いが続いていたのなら、せめて選択肢をあげたい」

「戦うか、逃げるか……後悔のない選択ならどっちだって構わない。俺達は戦いを選んだけれど、ベガ、お前は戦いから逃げたっていい。胸を張って生きられるなら、どんな人生を送ったっていいんだ。お前が望むようにしなさい」

「後悔のないように……お前の望む方を……」

 

 アルタイルは、ベガの頬を撫でた。

 まだこんなに小さい。

 緩やかな呼吸が、ささやかな胸の鼓動が、危ういまでの繊細な生のありかだった。

 とても柔らかくて、愛おしい。この世全ての理不尽から守ってあげたい。

 

「きゃっきゃっ」

 

 月光のような銀髪と、瞳に揺蕩う泪の海が、二人の子供であることを物語る。

 こんなに──こんなに可愛い子が自分達の下へ生まれてきてくれた。

 形容もできぬ奇跡に感謝した。

 世界中の幸せをひとところに集めたかのような至福が、ここにあった。

 

「……大きく、なってね。好き嫌いしないで色んなものを食べなさい。……食べた後は、歯をちゃんと磨いて、お風呂も、ちゃんと入るのよ。部屋は綺麗に、汚くなんてしないように……、女の子には優しくしなさい。それと、それと……、目上の人を敬える人になって、でも、悪いことは悪いと言える人間になって……それで……」

 

 ぽろぽろと流れる涙をしかし、止める術を知らなかった。

 ああ、駄目だ。澄ましていても、かっこつけたくても、この子の前では嘘なんてつけなくなってしまう。一切の穢れなき未だ純朴な我が子──。

 

「……ごめんなさい……お前を一人にしてしまって、本当に、ごめんなさい……、私とデネヴはいつもお前を見守っているから……」

 

 零れ落ちる涙は懺悔であり、死の覚悟を決めるための手順だった。

 とてもとても大切な子。

 だからこそ、ベガが、目一杯の幸福を享受できるようにするために──

──俺達は命を賭けるのだ。

 

「──お前を愛している、ベガ」

「どうか幸せに……」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 日記はそこで終わっていた。

 ベガは何となしに、外に出て、一人夜の街を散策していた。

 誰かと話す気分ではなかった。ベガの内側で死喰い人との戦いに参加する行為の意味合いが変わっていたのだ。

 両親がくれた選択肢。

 逃げてもいい──そういう風に言われたのは初めてだった。

 ずっと立ち向かう勇気を求めていて、敵と戦う力を欲していた。そういう生き方に憧れていて、自然体でそうできる親友達のことを羨んでいた。

 けれどそれは、あくまでネビル達の生き方の模倣でしかないのではないか?

 胸を張ってベガの誇りと言えるのか?

 

「逃げてもいい、か──」

 

 考えたこともなかった選択肢。

 それを選んでしまったら自分の全てが失われるような気がして怖かった。だがそれは結局、己の価値観を杓子定規に狭めていただけではないのか。自分の人生の在処を見出したのなら、その人生を貫くべきだと言うが、果たして自分は命を懸けて赴くべきか判断できていたと言えるのか。

 趨勢を思えば、ここで逃げるなどそもそも有り得ないことだ。

 だがベガ個人はどうしたいのか。

 

『自分が何者であるかは、持って生まれた才能で決まるのではない。自分がどういう選択をしたかで決まる』

 死に直面する戦いの場に引き摺り込まれるか、頭を高く上げてその場に歩み入るか。その二つの道の間には、選択の余地は殆どないという人もいるだろう。

 けれど彼は知っている。

 その二つの間は、天と地ほども違うということなのだと。

 

「──ハン。決まってる。俺はあの調子に乗った帝王気取りのクソボケを、この手で泣くまでボコボコにしてやりてえだけだ」

 

 動機なんてシンプルなもの。

 奴を倒す手筈なら、着々と整っている。

 ベガが目指す先は寧ろ、闇の帝王を倒したその先だ。ヴォルデモートなど通過点。奴を倒した後は、いっそのこと世界最強の魔法使いにでもなってやろう。

 自分の一部というだけの認識だった銀の髪も、碧い眼も、顔も、今なら別の感情が湧いてくる。

 この身には、紛れもない二人の英雄の血が流れている。その事実が勇気をくれる。

 

「俺──この二人の子供で良かった。デネヴとアルタイルの子供で良かったよ。今なら胸を張って、そう言える」

 

 ベガは誇りを胸に空を見た。

 夏の夜に、大三角形が浮かぶ。

 三つの星座を結ぶ、巨大なアステリズムが、誇りと勇気を与えるかのように煌々と輝いていた──。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 攻めてくるヤックスリーの部隊を目前に、デネヴとアルタイルは自分達でも驚くほどに静かな鼓動を感じていた。

 己の子を守って死ぬなど親としてこれ以上に誇り高いことがあるだろうか。決して邪魔はさせない。ベガは自由だ。

 デネヴは何か言いかけて、口を閉じた。

 

「──、お前を死地に付き合わせてすまないと言おうとしてしまった。この言葉はお前に対する侮辱だな」

「よく分かってるじゃないですか」

「ふ。……俺を夫にしてくれてありがとう」

「こちらこそ。妻にしてくれてありがとう」

『おおっと、俺を忘れちゃいねえだろうなお二人さんよォォオ!?』

 

 呵々大笑と割って入ったポルターガイストに、夫婦は苦笑を返した。

 思えばこいつとの付き合いもかれこれ十年近く経つ。──長いものだ。

 

『光栄に思えよ、この俺様がお前達を援護してやるぜェ。何だかんだ長い付き合いだしなァ、腐れ縁って奴だ!最後に一花咲かせてやろうじゃねえの!』

「……お前がそんなことを言うなんてな。明日は雪でも降るかな?」

『らしくねえなデネヴ。死ぬのを目前にしてびびっちまったかァ?』

 

 おそらくは人生初めてのデネヴの冗談を、しかしピーブスは挑発で返す。

 だがピーブスは推し量り損ねた。デネヴ達の覚悟のほどを。騎士団に入ったのは、大切な人を死なせたくないから。それはピーブスも例外ではないということを。

 

「強制昏倒呪文──」

 

 デネヴが自分の肉体に押し当てた魔力はたちどころに効力を発揮する。

 霊体のピーブスが透けていく。それはデネヴが身に付けた討魔の呪文。

 

『な、てめえ、何を──』

「よく知ってるだろう、ピーブス。短い間だけお前を強制的に眠らせる呪文だ。俺が死んだ後、お前は眠りから醒めて完全に俺の肉体を支配できるだろう。連中もよもや死体が動くとは思うまい……その隙を突いて逃げるんだ」

『デネヴ!!おい、やめろ!!』

「だがお前の本当の肉体ではないのでいずれ拒絶反応が起きるだろう。そうなればお前はまたただのポルターガイストに戻る。……お前の自由に生きるんだ」

『俺をッ、俺を逃がすだと!?ふざけんなよてめえッ、そんなこと許さねえ!』

「長い間、世話になった」

 

 最早慟哭にも近い懇願は、ついぞ聞き届けられることはなかった。

 ピーブスは騎士団の団員ではない。命までも賭ける必要はない。それに何より、自分達の生き様と死に様を見せれば、刹那的なお前だって変われるかもしれないから。

 お前にだって生きていてほしい。

 友達、だから。

 

「お前のことは割と好きでしたよ」

「──またな、相棒。世界で最も酔狂なポルターガイストよ」

 

 断末魔とも言うべき叫びを感じながらも魔法は決して解かなかった。

 別れは済ませた。

 割れんばかりに歯を食いしばり、それでも笑って、決戦の地へ赴く。

 二人の戦士を、俄に嘲笑を孕んだヤックスリーの言葉が出迎えた。

 

「──よう、よう。お二人さん。直接顔を合わせるのは初めてだな。俺はコーバン・ヤックスリー。名前くらい聞いたことあんだろ、死喰い人になってからずっとマグルをぶちぶち殺して回ってたからなァ」

「お前のような小物の名など知りません」

「……。あぁそうかい。まあいい、俺が用事があるのはそっちだ。デネヴさんよォ、お前の血筋は誰もが認める純血の血統。闇の帝王はできるものなら配下に加えたいと仰ってる。配下に加わるなら妻と息子の命も生かしてやってもいいんだそうだ。……帝王直々のご指名だ、これでも俺達の仲間に加わる気はねェか?」

「……例のあの人、いや、ヴォルデモートが世界を支配するとして……そこに、動かない絵はあるのか?」

「はっ?……んなモン必要ねぇだろ」

「……そうか。ならば返す言葉はない」

 

 戦いは長期戦になった。

 ベガとシルヴェスターを逃がす時間を稼ぐために、あらゆる時間稼ぎを行い、肉体と魔力を酷使して、余力など残さぬよう、血眼でヤックスリー隊と渡り合った。

 そも、デネヴは高い瞬発力での一対一の戦闘が得意な魔法使いであるし、アルタイルはあくまで優秀な魔法使いの域を出ない程度の戦闘力。物量で攻められれば後手に回るのは必然。けれども──持ち得る限りの全ての駒は使った。魔法、肉弾戦、闇の魔術に科学の発明品。

 通してなるものか。

 まだ倒れてなるものか。

 その意地だけで動いていた。

 

「が──はッ」

 

 駒を使い切った時、ついに倒れた。

 死の呪文を喰らってしまった。苦し紛れで放たれたが故に、呪文は殆ど失敗ギリギリの完成度だった。それ故、通常ならば即死する呪文だが、デネヴには僅か数秒の時間が残されることとなった。

──神は残酷なことをするものだ。

 俺に死ぬまでの恐怖の刻を与えるとは。

 地面に転がるデネヴの眼前にあったのはアルタイルの亡骸だった。

 いつも間に死んでいたのだろう。胃の腑に冷たいものが落ちたような感覚。けれどそれがあまりにも綺麗すぎるものだから、思わずデネヴは言葉を失った。

 顔だけ上げて、彼女を見る。

──走馬灯、と言う奴だろうか。

 デネヴは何となしに、いつかアルタイルに見せた動かぬ絵画を思い出していた。

 あの絵には動かないが故の美がある。今の彼女が、そうだった。

 こんなことを思うのは不謹慎だけれど、死さえも彼女の美しさを損ねることはないのだと、漫然と思った。

 天の光に晒されて──

 

 そのひとは、女神のように綺麗だった。

 

(──神も粋なことをするものだ。この俺に……最期に最愛の妻の顔を見せて………死なせてくれるとは……な……)

 

──ベガ・レストレンジは、神に愛された少年である。

──アルタイル・レストレンジという女神に愛された少年である──

 

(長生き、しろよ……ベガ……)

 

 

 

「クソッ!こいつら余計な抵抗をしくさりおって……後はお前達が始末しろ!!」

 

 たった二人の魔法使いに思わぬ手傷を喰らってしまい、激昂したヤックスリーが姿現しで消えたのと、デネヴのもう一つの精神が目覚めたのは同時だった。

 

「デネヴの奴、余計なこと……余計なことしやがってよお……!」

「な、こいつ生きて──」

「アルタイルもだ!何を、……何を俺の許可なく勝手に死んでやがる!」

 

 デネヴの肉体を初めて完全に支配したピーブスは、しかしその昂揚感に酔いしれることはなかった。全てを失った孤独の肉体からは何も湧き出はしない。

 友の骸を動かして、友の亡骸をその手に抱えて。久方ぶりの肉の感触が、得も言えぬ気持ち悪さを伝播する。あれほど渇望した生身の身体が、今ではピーブスに虚無感を与える煩わしい存在となっていた。

 

「このカスどもが!!コイツらで遊んでいいのは俺様だけだ!!てめえらの汚ねえ手で触れんじゃねえよ!!俺様の親友の遺体は誰にも触らせねえぞ!!」

 

 されど、憤怒が止むことはない。

 禍福を共にした友が、二人、一晩に、こんなにもあっさりと。

 野望があったのだ。誰にも邪魔させまいと思っていた。星の夜、確かにピーブスは語らい合ったのだ。それを踏みつけにしたのがこの男達!

 それに何より辛いのは、復讐に溺れようものなら、デネヴ達を真に守り切るなどできないと心のどこかで理解していること。死ぬことさえも、叶わない。

 できるのは、命を全て費やして二人の尊厳を守ることのみ──!

 

「このピーブス様が、デネヴとアルタイルを守り抜く!!!」

 

 なけなしの残存魔力を振り絞り、撹乱して邪魔者は殴り飛ばす。そうして、何とか逃げ切ることに成功したピーブスは、されど達成感も何もない能面で呟いた。

 

「お前らのいねえ世の中なんざ、面白くも何ともねえよ……」

 

 不死鳥の騎士団の隠れ家の前にアルタイルの亡骸を横たわらせて、悔しそうに拳を握り締める。けれどその感覚も徐々に薄れていってしまった。デネヴとの繋がりが少しずつ消えてしまっていっている。

 ピーブスがデネヴの肉体でいられるのもあと少しなのだ。

 以前のピーブスならば、残り少ない時間でやりたい放題していただろう。だのに、今の彼は人との繋がりを慈しむことのできる存在へと変わっていた。

 ああ──何という、何という脆くて儚い生き物。その有り様を見下しながらも、その生き様に魅せられてしまった自分がいる。

 泣いて、泣いて、泣いて。

 いつしか、精神は肉体と分離していた。

 指に残る僅かな感覚の残滓を忘れることはない。いつも間にか、帷は降りていた。

 決して届かぬ夜空へと飛ぶ。

 触れることも叶わぬ星を見る。

 友を失ったポルターガイストは、今もどこかを彷徨っている──。

 

 

 

【挿絵表示】

 




デネヴ・レストレンジ   死亡
死因:死喰い人に死の呪文を喰らう

アルタイル・レストレンジ 死亡
死因:死喰い人に死の呪文を喰らう

ピーブス       行方不明
今もどこかで生きているのかもしれない
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