「──────」
最初に気付いたのは誰だったか。
ダームストラング城においても最も闇の瘴気の濃いその一室で、死喰い人達は戦いの匂いを感じとる。ややあって、配下の死喰い人が駆け込んできた。
「我が君!大変です、ダンブルドアが攻めてきました!」
「来たか、アルバス」
「直接お出ましとはな。いいだろう、迎え撃ってやる。で、奴はどこだ?」
「そ、それが……」
「ん?」
「ダンブルドアが七人いるのです!!」
「──ほう?」
ヴォルデモートは興味深そうに目を窄めた。
今まさにダームストラング城に襲撃を仕掛けてきたダンブルドアは、それぞれの持ち場について死喰い人と交戦しているのだという。
警戒する死喰い人達にちょっかいをかけて翻弄し、凄いスピードで移動してはたちどころに消えていく。その不可思議な現象に死喰い人側は混乱した。
十中八九、ポリジュース薬を使っての変装なのだろうが、成程効果は覿面だ。
「これは陽動だな」
「えっ!?」
「ダンブルドアは俺様にとって決して無視できぬ難敵。それが七人となれば、紅い力の幹部を総動員して対処にあたる他あるまい。そして戦力が分散したところを各個撃破というわけか……いや、真の狙いは俺様の護りを削いで、孤立した俺様を倒そうって算段かな?くくく……あの狸ジジイめ、小癪な」
死喰い人にとってダンブルドアといえば、最も警戒すべき敵であり、もっとも戦いたくない相手。それらが与えるプレッシャーは計り知れない。それが七人ともなれば、それはもう面食らう。
そして更に、どこに幹部を向かわせるか、といった指揮系統の混乱も招く。モタついてる内にヴォルデモートの首を取る短期決戦の腹積りだろう。
ヴォルデモートは死なない。
死なないが、それだけだ。あまりに絶大な魔力を喰らえば肉体は滅び魂を消耗してしまう。それは愛の護りで一度滅びたことで証明済みだ。
そしてまたゴーストにも劣る生命体になってしまえばもうお終いだ。幹部の紅い力の効力は激減し、ヴォルデモートを封印なり何なりしてしまえばもう彼に打つ手は無くなる。そういう力業ができるのがダンブルドアなのだから。
しかし死喰い人の戦力を分散すると言うが、それは騎士団側の戦力をも分散してしまうことに他ならない。まさしく苦肉の策、諸刃の剣。騎士団側の最後の悪足掻きというわけだ。
「いいだろう、そのくだらん策に嵌ってやろうではないか。紅い力の幹部をそれぞれのダンブルドアの所へと向かわせろ。それとダンテを呼んで来い、奴も戦いたくてウズウズしてる頃だろう」
「我が君!ご報告が!」
「今度は何だ」
「シェリー・ポッターがダームストラング城に近付いて来ています!」
「何……?」
ここに来てシェリーが来るとは。
紅い髪の少女はふらふらとした足取りではあるがダームストラング城に真っ直ぐ歩いて来ている。ヴォルデモートの居場所がどこか分かっているのだ。
何故気付いた……状況から見てもダンブルドアとは関係なさそうだし、彼女は独りでヴォルデモートの居城を突き止めてここに来たということになる。
……まさか、追い込まれた魂が鋭敏になり、闇の瘴気に勘づいたのか?
かつてゴーストにも劣る生命体と化したヴォルデモートだから分かる。極限状態まで追い込まれることで逆に感覚が研ぎ澄まされ、目を瞑っていてもどこに誰がいるのか察知できるというものだ。
そして、自分と同じ紅い力を察知してここまでやって来たというわけか。
「……オスカーが戯れで作っていた戦闘人形を出せ。今更シェリーなど腐肉に群がる蝿畜生にも劣るわ。俺様が相手してやるまでもない小物よ。あと、ハリーには知らせるな」
「はっ」
騎士団と死喰い人、まともに戦えば勝つのは死喰い人側でまず間違いない。
死喰い人側には紅い力があるからだ。その強さたるや戦略級、魔法使いが何人集まったところで敵う相手ではない。それが七人ともなれば尚更だ。
だが……騎士団側もそれは承知の上。
以前のような直接戦闘は避け、撹乱と時間稼ぎに特化した戦い方だ。それぞれ相性の良い相手としか戦っていない。
例えば……死喰い人との乱戦において、最も警戒しなくれはならないのが、ダンブルドアクラスの魔法すら無効化してしまえるペティグリューのガス。あまりに厄介なその能力だが、抜け道がないわけではない。人狼は無効化することができないし、七変化はガスの中であっても魔法を使える。
したがってルーピンとトンクスは早々にペティグリューを徹底的にマークし、少しでもガスの影響を少なくせんと奮闘していた。
「チッ……こいつら前の戦いで経験値積みやがったな……!?」
罠、乱戦、同士討ち、フレンドリーファイア。使えるものは何でも使う。
そうやってダンブルドアとアレンとフラメルが戦う時間を稼ぐ。
ダンブルドアの変装もその一環。
あのダンブルドアを相手しなければならないというプレッシャーは大きい。少し考えれば、誰か他の騎士団が変装したのだとすぐに分かるが……しかしそれがブラフだったとすれば?
もしかすると本物のダンブルドアが混ざっていて、油断したところを攻めるつもりだったとすれば?いや、もっと単純に分身する魔法を開発したのでは?その懸念が、死喰い人達に付け入る隙を作ってしまった。
ダンブルドアに変装しているキングズリーは、この作戦に確かな手応えを感じていた。
(動揺している……!この調子で……)
「お前はアルバスじゃない」
背後より音もなく現れた影の王に、キングズリーは反応できなかった。最大限に警戒していたとはいえ、グリンデルバルドの神業とも言える影をつたっていく超高速移動に、驚愕で一瞬身体が硬直状態に陥ってしまう。
グリデルバルドは仄かに息を吐き、心底くだらなさそうに見て、回し蹴りでキングズリーを吹っ飛ばす。吸血鬼のパワーによりキングズリーは紙屑が如くごろごろと転がるが、衝撃の直前にかけた盾の呪文が何とか彼の肉体を保っていた。
苦悶の声を上げると、重たい声が響いた。変装が解けていく。
「仕草も話し方も全然似ていない、醜悪な紛い物め。よくそんなお粗末な出来で出てこれたな?大方ポリジュース薬でも使ったのだろうが全然ダメだ、最悪だ。そんなもので騙されてやるものか。初めからやり直せ」
「この……ッ、」
「私の前でアルバスの名を騙ったことを悔いて逝け。アバダ──」
「──『ハスタム・エクスティンクティ、必滅の槍』」
二重螺旋を描いてグリンデルバルドに放たれた魔の槍。
例え吸血鬼であっても到底回避が追いつかぬほどの一撃を、しかしグリンデルバルドは肉体を蝙蝠に変えることで難なく躱してみせる。一条の消滅痕が残り、槍を放ったダンブルドアはキングズリーを守るような位置に立った。
ああ──やはり、規格外。
「困るのう、ゲラート。キングズリーは魔法界の将来を担う人材なのじゃ。君に殺されては困るし、君にこれ以上殺させるわけにもいかぬ」
「……アルバァァァァァァス!」
一目見ただけで、分かる。
愛しきあなた。
狂おしいきみ。
黒い魔法使いの魔力濃度が上昇していき、紅い力のその本来の力が引き出されていく。グリンデルバルドの紅い力は強欲を冠する。ダンブルドアとの再戦という唯一にして絶対の欲望に呼応して、魔力が励起していく──。
ダンブルドアとグリンデルバルド、一つの時代の二人の覇者が、彼の地にて三度目の戦いを繰り広げる。
アバーフォースも交えた、愚かな若者達の三つ巴の戦い。
民衆に望まれた、時代を終わらせるための英雄と影王としての戦い。
そして此度の戦いは、両者の因縁に決着をつける為が故の戦い──!
必滅の焔が渦を巻く。
不義なる影が天を衝く。
あまりにも大きすぎる光と影は、今再び交差した──。
そして戦いの狼煙が上がっていたのはここだけではない。
紅い力にも匹敵するほどの秘めた魔力を携えた男、ダンテ・ダームストラングは報告を受けてすぐさまダンブルドアがいるという場所へと向かっていた。
そして──発見。
ダンブルドアが何人かの死喰い人を相手に交戦中だ。本物かどうかは分からないが、相応の手練れだと判断する。
魔力を練って強襲するも、高い濃度の魔力防壁により阻まれてしまう。ダンテほどの実力者の魔法を、殆どノーモーションで弾いてしまうとは。
(フゥン、このダンブルドアに勝るとも劣らない魔力は……)
「ああ、変装解けちった」
「ニコラス・フラメル……!」
世界最高峰と名高い伝説の錬金術師。
相手にとって不足なし。
出し惜しみをすればやられるのは、むしろこちらの方だ。
「──
ダンテの杖先で地獄の雷電が踊る。
杖を弓に見立て、矢でも引き絞るかのように雷電を伸ばした。
たちまち世界は昏い夜へと誘われ、帷の中で悪魔の煌めきが顔を見せる。さしものフラメルも目を剥いて、その矢へと注目した。ダンテの矢にはそれだけの破壊力がある。いや──
破壊というよりも、消滅。
アレはそもそも防御不可能な代物なのだ。物体を分解し、消し去る。シェリーの超攻撃とは一線を画す『無』という概念そのもの。
連鎖衝撃波が空間全体に響き渡る。
純粋な消滅エネルギー……破壊圧は防ごうと思って防げる代物ではない。
(儂の戦い方とまるっきり正反対なんじゃねえか、アレ)
ニコラス・フラメルは長い人生の中で到達した擬似的な魔眼により、魔力を解析する力が備わっている。未知のものであっても一眼で詳細を把握できるという知識の総決算のような力だ。
それから視るに、ダンテが出しているのは触れることさえ許されない負のエネルギー……魔力操作の極地とも言える、まさに神業。
重力……あるいは引力。魔法形成の際に無意識化で行う、魔力を操作する力。
それをダンテは極めたのだ。
普段はブラックホールのように他者を吸い込み押し潰す使い方だが、ダンテはそれを『吐き出す力』に転じさせ、消滅エネルギーとして利用している。
敢えて名前をつけるならば『重力魔法』と言ったところか。
(ここは避けるより他ない!)
瞬間的な姿現しによりフラメルはその場から離れる、それと同時に放たれるダンテの消滅魔弾。当たれば即死だが、しかしやはりあくまで単純な動きしかできないようだ。問題はどれだけ連発されないよう立ち回るかだが──
「ぐっ!?」
肉体が引き寄せられる。
現象が起きた後に理解する。消滅魔弾は空間そのものに仮想結界を与え、隙間を作る……こじ開けて捩じ込む魔法。そして開いた空間には質量が流れ込み、結果としてフラメルの位相にズレが生じてしまう。
問答無用で、空間ごと引っ張られる。
しまった、と思った時にはもう遅い。
ダンテの鋭い蹴りがフラメルに当たる……というところで空から巨大な物体がダンテを襲った。あらゆる生命体の頂点に君臨する大蛇──バジリスク!
「ほう──俺の相手は爺さんと蛇公ってわけかい!?」
「おお、すまんのう。来てくれんかったら危ないところじゃったわ」
「何を仰いますやら。しかし光栄でございます、かの大錬金術師ニコラス・フラメル様を背中に乗せる日が来ようとは、ロウェナ様への良い土産話ができたというもの。せめてその名に恥じぬ戦いをお見せしましょうぞ」
「ニックでいいよ。……さて、儂も奥の手を見せるとするかのう」
破壊を司るダンテと、創造を専門とするフラメル。
二人の戦いに伝説の大蛇も交えた激戦が繰り広げられようとしていた。
▽▽▽▽▽▽
「俺様の下に最初に到達する勇者は誰かと思っていたが……貴様だったか。世界最強の闇祓い、レックス・アレンよ」
玉座の間にて、堂々たる風格で脚を踏み入れたレックス・アレンを、帝王はしかし讃えるかのように拍手で出迎えた。
おそらくアレンの人生に於いて最大にして最強の敵を前にして、しかしアレンは決然とした表情を崩さない。まさしく巌たる意思が、アレンの強さの根源を示しているといって良い。
アレンにとって最早、ダームストラング城への突入などただの『状況』でしかなく、これまでの戦いはすべてあの男と戦うためだけにあったのだと思える程の威圧感に、されど粛々と相対する運命を睨みつけた。
「ひとつ聞いておきたい。貴様等は如何な手段を以ってして俺様の牙城へと参上した?この城には強固な魔力結界が働いている。貴様等の破邪呪文がどれだけ優れていたとて、兆候というものは必ず存在する筈。……どうやって、この城に、瞬時に現れることができた?」
「ウインキーがやってくれたのさ」
「……何?」
「屋敷しもべ妖精の名前なんていちいち覚えちゃいないか?そんなだから足元を掬われるんだ。あの世でたっぷり後悔するといいぜ」
「しもべ風情がなんだというのだ」
「──姿をくらますキャビネット。それを持ち込んだのがウィンキーだ!」
その一言で、ヴォルデモートの黄金の脳細胞は瞬時に答えを弾き出した。
姿をくらすキャビネット──第一次魔法大戦の折に流行した、入れた物を対応するもう一方の棚へと移動させることのできるマジックアイテムだ。攻城戦においてこれ以上ない優れ物だが……そもそも敵陣に赴いて巨大なキャビネットを設置するなどまず無理な話。
故に、緊急時の仲間内での移動手段で使われることが多いのだが……このダームストラング城にどうやってキャビネットを持ち込んだのか?
その答えが屋敷しもべ妖精だ。
ヴォルデモートが軽んじている屋敷しもべ妖精ならば、一人や二人紛れ込んだところで見つかることはない。屋敷しもべ妖精の特殊な魔力でキャビネットの部品を包んで持ち込み、組み立て、文字通り突破口を作っていた。
ましてやウインキーはクラウチ家への忠誠心が恐ろしく高い屋敷しもべ妖精、主人を失った悲しみと怒りのエネルギーは計り知れない。
口車に乗せて良いように使った気がし複雑だが、彼女はアレン達にこの戦いの行末を託したのだ!
「──『眠れるドラゴンをくすぐるべからず』、お前の暴虐がウインキーの内に眠る竜を目覚めさせたってわけだ」
「ドラゴンンンン?ハ、俺様の前ではただの爬虫類に過ぎぬわ」
「……度し難い醜悪ぶりだ。されど、ならばこそだ」
「充溢する魔力は強壮。俺様に誅される資格はあるとみた」
「ここでくたばれ」
「まずはお前から殺す」
地面が隆起する。
アレンの踏み締めた大地が躍動を始め、肉食獣を思わせる獰猛さで変化し、岩と砂となり、石畳を逆巻く砂塵へと変貌させていく。
虚空が震える。
迎え撃つように、ヴォルデモートの背後の空間が鼓動を始め、世界の理を侮蔑するかの如く形を変えて創生の内海を呼び起こす。
天と地。
対極に位置する二人の戦いの火蓋は音もなく切って落とされる。
ダンテvsフラメル
グリンデルバルドvsダンブルドア
ヴォルデモートvsアレン
ファイッ!