シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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Half-Blood Prince

──最後に立っていたのはヴォルデモートだけだった。

 

「──ハァッ、ハァ……」

 

 荒げた息、稀に見る疲労困憊。

 ヴォルデモート卿はダンブルドアとアレンの猛攻を耐え凌いだ。

 危なかった──ダンブルドアの拘束をすんでのところで振り解き、全魔力を防御に費やし、その上で逃げに徹したことで何とか事なきを得た。……無様を晒したが敗北よりはマシだ。敗北よりは。

 しかしそのダメージは甚大。

 肉体から煙が上り、魔力は枯渇してほとんどゼロ。アレンが守護霊の呪文はあまり得意ではなく、普段から使用は控えていたため、技の練度が低かったことが決め手の一つだった。

 しかし紅い力も抜きに土壇場であれだけの魔法を生み出してしまうとは、本当に末恐ろしい奴だ。脚に力が入らなくなり片膝が地面に沈み込む。

 

「俺様に……膝をつかせるとは……」

 

──意図せずして、騎士が王族に対し敬意を示すような格好となった。

 ヴォルデモートは大地に屈した。

 顔を上げる。

 ダンブルドアは眠るように死んでいた。

 アレンは立ったまま死んでいた。

 闇の帝王を最も追い詰めた二人の最強はしかし、物言わぬ屍となっていた。

 結局──最後の最後まで、仕留め損なってしまったのか。

 

「その大健闘を讃えたいところだが……勝利の美酒に酔いしれるのが先か。

 これでもう、魔法界に俺様を脅かすような障害はない!!

 覚悟しろ魔法界!従属の時はすぐそこまで近付いて──っく!痛みが……ッ!俺様の言葉を遮るとは!死して尚、不遜な連中めが……!」

 

 肉体が痛みを訴える。

 ただの激痛ならば帝王たる彼は反応すら返さないのだが、思っていた以上に傷は大きいようだ。一刻も早く回復せねばなるまい。また休養生活だ。

 

「暫くは休業だな。……そういえばダンテもいつの間にかいないようだが……死んだかな?丁度いい、奴の築き上げた資産を利用させてもらおう」

 

──アレン渾身の一撃は届かなかった。

 両者衝突の瞬間、自らの寿命が残り少ないと悟ったアレンは咄嗟にムーディーとスネイプを逃がしていた。この場から離れるようにと。

 しかしムーディーは兎も角、スネイプはもはや風前の灯火であった。

 ヴォルデモートの第二神器『神託の庭』を無理矢理突破してしまったために、それ相応の代償を支払わねばならなくなったのだ。すなわち、命。

 ダームストラング城から逃げ果せんとスネイプは、ポートキーの設置場所へと急ぐ。騎士団が脱出用に予め用意してあったものだ。道中、戦闘に巻き込まれてムーディーとは逸れてしまったが……奴のことだ、死んではいないだろう。

 騎士団連中も大将の死を悟って退却している頃合いだ。

 まずは何としてでも、ホグワーツに、

……………………。

 

「…………ポッター?」

 

 城から少し離れたところ、ちょっとした木々の中に、紅い髪の少女がいた。

 彼女の周りには、ダームストラングの寿蔵した人形が転がっている。

 ……いや待て。何だってこんな外国くんだりに、この少女がいるのだ。

 戦禍の匂いを感じ取って、ここまで来たというのか?

 

「──お前も、私を殺しに来たのか」

「……?」

「しらばっくれるな!!同じ手が何度も通用すると思うなよ!!お前も、……こいつらみたいにッ、どうせ変装しているんだろう!?私の近しい人に化けて油断したところを殺すつもりでいるんだ!!そうに決まってる!!」

 

 ようやく気付いた。

 彼女の周りに転がっている人形は、どれも残骸だが……頭部、顔に当たる部分は彼女とよく行動を共にしているウィーズリーやグレンジャーのものだ。

 ……友人に化けて騙し討ち、という目的で作られたにしては稚拙な作り。

 けれど見知った顔を壊す反応を見るという目的ならば、これらは残酷なまでに精巧だった。一度その経験があるシェリーには、特に効いたろう。

 

「──落ち着け。我輩は本物だ。魔力の流れで分かるだろう」

「そんな筈はない!そうじゃなきゃおかしい!!そうじゃなきゃ、そッ、そんな言葉をかけてくる筈がない!!そんなことを言う訳がないんだ!!もう騙されないぞ!!もう──」

「もうやめろ」

 

 錯乱し、杖を振り回すシェリーを、スネイプは諭すように静止させた。

 

「お前に構ってやる時間はない。帰るぞ」

「ぇ──ぁ──」

「ついて来い」

 

 腹部に痛みを感じつつ、再びポートキーの下へと急ぐ。

 ……咳が出てきた。

──今夜が峠か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクシデントはポートキーに乗る寸前で起きた。

 それに捕まろうとした瞬間、追ってきた死喰い人の襲撃を受け、ポートキーが壊れた状態で座標移動してしまう。そのせいでどことも分からぬ僻地へと飛ばされてしまっていた。

 そこは、よく雪の積もっているどこかの山奥だった。

 互いに残り魔力の少ない身、もし吹雪いてしまえば野垂れ死にだ。

 仕方なしに、澄んだ魔力の洞窟へと足を踏み入れる。近代化が進んでいる今、こういう人の手が入っていない場所は少なくなってきている。ここで──…

──いや、もう、いっそのこと、死んでしまうのもアリか。

 死ねばリリーに会える。やれるだけのことはやった。そうだろう……?

 

「──さっきは──ごめん、なさい、取り乱して……」

「………」

「戦いは終わったんですね……?」

 

 消え入りそうな声を、スネイプは一瞬声だと認識できなかった。

 霞み始めた視界で少女を見る。酷いものだ。髪はくすみ肌は青褪めて、亡霊と変わらない姿でふらふらと。目は濁り……いやまあ、それは別にいい。

 兎に角、今のシェリーはスネイプにとって最も嫌悪すべき姿だった。

 皮肉を言うのも億劫になって、刺々しい言葉を適当にぶつけた。

 

「ダンブルドアとアレンは死んだ」

「ッ──」

「フラメルも死んだようだ。対して向こうの損害はダンテとグリンデルバルド。これを小さいと見るか、大きいと見るか」

「……そう……死んだんだ……」

 

 唇をわなわなさせていた。

 ああ──面倒な。こちら側にいる者が全員聖人君子にでも見えているのか。

 戦争なんだ人は死ぬ。どうしてそこまで律儀に悲しめる?

 それが優しさとかいう感情のせいだというなら、このホムンクルスは何とも不要な感情を得たものだ。創られた人形風情が何を背負っているのか。

 

「……やっぱり、奴は、殺さなきゃ……」

 

 憎らしかった。

 リリーを素材として創造されたホムンクルス。見ているだけで嫌悪と吐き気を催してくる。気持ちが悪い。リリーの身体で眼はジェームズ、力はヴォルデモート譲り……それなのに心だけが誰にも似ていない。

 だから、混乱した。

 シェリーは、リリーではない。そんなことはよく分かっている。

 けれどジェームズでも闇の帝王なかった。憎らしい相手でもなかったのだ。

 もし仮に──ヴォルデモートがあの家に置き去りにしていったのが、ハリーの方であったならば。スネイプは存分に憎めたであろう。ジェームズを憎むようにハリーを疎ましく思えただろう。

 だが、違うのだ。

 シェリーは良い子ちゃんすぎた。

 誰かの面影を投影することができなかったのだ。他の誰でもない、シェリー自身を見なければならなかった。それが本当に面倒臭かった。

 興味のない赤の他人のことを一から理解せねばならないような感覚。

 見知らぬ人間が、リリーの顔で勝手に泣いたり笑ったりするのが、どうしても耐えられなかった。……仮にこの子の戦いが魔法界にとって必要なことであっても、悲痛な顔をするくらいなら戦場に立たせたくはない。

 

──寒気を感じなくなってきた。

──シェリーが心配そうに覗き込む。

 

『彼女が愛しているのは、君もなのじゃ』

 

 シェリー・ポッターはセブルス・スネイプの罪の象徴。

 であれば、きっとあのひとはシェリーを愛してしまうのだろう。

 こんな闇に堕ちた屑でさえ、あのひとは愛してくれたのだから。

 ……で、あれば。

 シェリーをこんな状態であの世に行かせる訳にいかない。

 リリーが悲しむ可能性は全て排除されるべきだからだ。

 

『そのために生き抜いてやる……これが!俺達の、生き様だ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は悪くない」

「──ぇ」

「悪いのは全部、闇の帝王だ」

 

「……ちがぅ、よ……?セドリックが死んだのも、ローズが死んだのも、ブルーが死んだのもシリウスが死んだのも……ファッジさんが死んだのも、全部私の能力不足だったからなんだよ……わたしが弱いせいで皆んな死んだんだ……私が殺したんだ──」

「自分のせいにしなければ、生きている理由を見出せなかったからだろう」

「────」

「復讐を、贖罪を大義名分にして自傷行為を働いて、そうやらねば心を慰撫できないのだろう。そうやって初めて生きる資格とやらを感じているのだろう」

 

 シェリーは、容れ物だ。

 ホムンクルスとしての世界への疎外感を無意識の内に感じていた。

 いじめられるよりずっと前、この世に生を受けた瞬間から。

 空っぽな自分は、何かを容れることでようやく生を実感できる。

 それが──痛み、だった。

 他者が背負うべき苦しみも、他者が負った痛みも、全部全部肩代わりする。ゴミ箱のように、他人が持つ痛みを全て受容することで、初めて意義が生まれる。

 

「だが──君がどれだけ卑下しようと、君を愛する存在は確かにいるのだ。……君が死んで、悲しむ人は、……大勢いる」

「──せんせい?」

「君如きの死がいったい何の役に立つと言うのだ。……君を愛するひとが悲しんでも君の願いが叶えばそれでいいのか?彼等の幸せは君があってこそのものだというのに──君は、彼等の真の幸せなど考えたことがない。

 ……幸せは自分関係ないものだと思っているから、考えられない」

 

「なんという独りよがりだ。──それは『君の中の幸せ』でしかない」

 

「価値を──他人に──委ねるな。意味がなくとも生きるのだ。──何事も、遅すぎるということはない。──君には愛してくれる人がいるのだから」

 

 

 

 

 

「生きろ、シェリー」

「幸せになってからこっちに来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ずっと鏡に写っていたリリーを見ていた。彼女は最初からちゃんと私を見てくれていたのに、私は本当の彼女に背を向けて、鏡に写った理想のリリーしか見ていなかった。その内、彼女は私を見限って背を向けた。けれどその時も私は鏡に写っている方のリリーを見ていた。鏡の中のリリーが死んでようやく私は本当のリリーを探し始めた。死体を探した。生きていた証を探した。ずっとずっと探してようやく、死の間際に、それらしきものを見つけられたような気がした)

 

 かつて、予言を知ったスネイプはヴォルデモートに母親の命を懇願した。

 彼女だけは助けるようにと、娘と夫が死のうとも、リリーだけは生かすように提言したのだ。それを聞いたヴォルデモートは、気まぐれか、それとも優秀な部下のモチベーションを保つためか──リリーに忠告をした。

 そこをどけ。赤子をこちらに。

 であれば、お前の命は助けてやろう。

 リリーは拒否し──自己犠牲の道を選んで死亡した。娘に愛の護りをかけて。

 つまるところ、ヴォルデモートが滅びる遠因となったのは、シェリーが生まれる遠因となったのは、スネイプのあの懇願からだったのではないか。スネイプがあのタイミングで両陣営に働きかけたことで、シェリーは誕生した──

──そう考えるのは、傲慢か。

 結局のところ、そうなったのはあらゆる運命が重なったというだけの話だ。

 

 スネイプがやった行いに意味はあるかもしれないし、ないかもしれない。

 償いに意味はあったのか──?

 リリーへの贖罪として生きてきたこの歳月は無駄だったのか──?

 

 

 

 

 

 でも──

 君にとっては──無責任な、愛だったかもしれないけど──

 償いなんて、求めてはなかったかもしれないけれど──

 

 できることは──全部したよ──

 君の分まで苦しんだよ──

 

 生きた、よ──全力で──

 

 

 

 今の、僕になら──君と話す資格はあるだろうか──?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──僕を見てくれ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ──」

 

「やっとこっちを見た!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 スネイプの骸は、雪の中でも花が咲いていたところに埋められた。

 墓前に一房、花を添えて。

 土を掘り弔ってやるしかできない自分に腹が立つ。けれど、もうそれすら疲れてしまい、洞窟に戻ると糸が切れたみたいにぱたんと倒れ込んでしまった。

 

──ああ、ねむい。

 透明マントを被り、せめて最低限の防寒と隠蔽をしなければ……。

 

 ヴォルデモートは一度滅び、ゴーストのようになっても生き永らえられたのは

分霊箱の存在と……空気中から魔力を蓄える術を身につけたからだ。

 それと同じ能力を、この一年の極限生活でシェリーは物にしていた。

 即ち、何も食べずとも飲まずとも、肉体を維持出来る手段を──。

 シェリーは眠りにつく。

 意識を断ち、屍人のように眠ることでシェリーは大気中から魔力を得、誰にも気付かれずに生命活動を維持した。

 

 一日経っても、二日経っても彼女が目を覚ますことはなかった。

 

 

 

 やがて──時は流れる。

 ベガ・レストレンジ達はホグワーツを卒業し、各々の道を行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……過酷な道ですよ。アレンさんの部下として結構経ちましたけど、君の想像以上にきついですよ、あれは。僕なら絶対にやりたくねえ」

「それでも誰かがやらねえといけねえ。あいつが帰ってきた時に拠り所がないと困るだろ」

「…………。あの死線の後なのにムーディーもまだまだ元気みたいですし、ムーディーブートキャンプくらいならクチ聞きますよ。できるかどうかは君次第」

「俺にできねえことはねえんだよ」

 

──ベガ・レストレンジはダンブルドアやアレンに代わる『最強の象徴』として担ぎ上げられるようになる。

 

 

 

 

 

「今ここに!例のあの人を打倒せんとする同志を集う!!」

「戦う意志のある者!後進の為ならば命を擲てる者は、このルーファス・スクリムジョールの幕下に加われ!!」

「──行くんだ。マイナスをゼロにする戦いへと。僕達の子供に背負わせないようにするために!」

 

──ホグワーツの生徒、特にダンブルドア軍団出身の者の多くは、こぞって杖を取り立ち上がる。若者であっても能力次第で前線に立たせる運用に非難の声も上がるものの、平和を求める大多数の声に掻き消されていった。

 

 

 

 

 

「まだ終わらんぞ……まだ……!!」

 

──ダンテ・ダームストラングはダームストラング城から忽然と姿を消す。スクリムジョールとバジリスクの証言によれば彼はニコラス・フラメルとの戦闘で手傷を負い重傷らしいが、死体は未だ見つかっていない。

 

 

 

 

「死喰い人どもよ、休暇は存分に楽しんだか?それではこれより蹂躙だ。俺様が赦す、邪魔者どもを一掃してしまえ!!」

「ォォォォオオオオオオ!!」

 

──暫くの潜伏期間の後、死喰い人は侵攻を開始。北方を中心として各魔法省は実質的に彼の支配下に陥り、フランス魔法界は対抗したが陥落。イギリス魔法界は『最後の砦』と称されることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気を付けろ、紅き髪の少女よ。運命は既に始まっている。闇の帝王は既に手を打っているのだ。七年に渡る戦争の火蓋はもうじき切って落とされる」

 

「辛いだろう。絶望に呑まれるだろう。今までの苦難が児戯に思える程の苦難が待ち構えているのだから。初めての殺人は汝に消えない闇をもたらすだろう」

 

「それでも戦わねばならぬ。死屍累々の道だとしても、進まねばならぬのだ。『生き残った女の子』よ……いや──『神に呪われた少女』よ!」

 

 

 

 かつてトレローニーが発した予言。

 七年に渡る戦争の火蓋──すなわちヴォルデモートが復活した年から、七年に渡る戦争が始まったのだ。時が移ろうとも戦禍は未だ消えず、悲しみの雨が降り注いでいた。

 

 紅い髪の少女は昏い眠りの中にいた。

 ずっとずっと、眠っていた。

 肉体に流れる人外的な部分が彼女の命を永らえさせたのかもしれない。

 少女は女性となって、肉体と骨盤は大人の女性のそれへと変わっていた。

 

 

 

 

 

──三年の時が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





【挿絵表示】




レックス・アレン    死亡
死因:ヴォルデモートとの戦いにて生命力を使い果たし死亡

アルバス・ダンブルドア 死亡
死因:アレンに自分ごと攻撃させ、心臓部を撃ち抜かれ死亡

セブルス・スネイプ   死亡
死因:ヴォルデモートとの戦いにより命を消耗、然るのちに死亡



次回から成長したシェリーたちの物語が始まります。
つーか3巻で出した予言を見て『卒業した後も戦争続くんじゃね?』と予想された方がいましたが鋭すぎる…。
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