ぱん。
それは、杖が弾かれた音だった。
宙に舞う杖をぼうっと見つめる。杖は雪の上にぽすりと落ちた。
誰かに弾かれたのだと分かるまで、たっぷり十秒かかった。
のろのろと、視線を向ける。
魔力が発射される寸前で、彼が杖を蹴り飛ばしていた。
──滅茶苦茶な、服という服を何もかも身に纏ったような風体。
細っこい、小柄な身体。
「ドビー?」
「シェリー・ポッター……!」
とてもとても悲しそうな顔をした友人が立っていた。
懐かしい顔だった。
最後に話したのはいつだったろうか。最も自由で痛快な屋敷しもべ妖精。
……ああ、四年経ってもドビーは変わりないようだ。
「ど、ビー…………」
「駄目です……シェリー・ポッター!お願いですから自殺なんておやめになって!ああああ、ドビーは悪い子!シェリー・ポッターを見つけるのに四年もかかった!そう四年、四年間も!たった一人で!辛かったでしょうに……!」
「…………………………………」
本当に辛いのはマリィ達の方だ。
私なんかのためにこんな時勢に時間と労力を使わせてしまってごめん。
そんなことを言おうとして、でも口にすることさえ億劫になった。
何も考えたくなかったので、身体に染み付いた動きを取った。
「…………脚………ボロボロだよ?だいじょうぶ………?」
事ここに至って、シェリーは自分を大切にすることを放棄した。
死のうと思ったけど、目の前に命を賭しても助けなければいけない対象が現れたので死にません。随分と靴が汚れているようなので手当てします。
そうやって、何も考えず人の役に立とうとするのは楽だから。
「今……手当てするから……」
「──まず!!自分の心配でしょう!!!」
耐えられなくなって、ドビーは叫ぶ。
今まで抱えていた鬱憤やら何やらを吐き出したような声量だった。
「シェリー・ポッターはいつも他人のことばかり優先する!!シェリー・ポッターは自分に興味が無さ過ぎる!!そんな人に親切にされてもありがた迷惑だ!!」
「自分には価値がないと思っているのは事実でしょう。けれど人に言えない弱音を沢山持っているのも事実でしょう!貴方は誰よりも苦しい思いをしてきた一人だ!
ドビーめを友人だと思ってくれるならそれをぶち撒けなさりなさい!辛いことを分け合えるのが友達なのだから!!」
言われて──思考回路が動きを取り戻す。
ドビーの宝石のような大きな瞳に、嘘をつきたくはなかった。
堰き止めていた感情が決壊した。
「ドビー、………ドビー、ドビー、私、私………また、私の目の前で人が死んだの」
止めろ、弱音を吐くな。人に心配をかけるんじゃない。そんなことは許されない。
そう思っていながらも、口は震えて泣き言を綴る。
枯れた筈の涙は、再び零れた。
「私──間違ってた、のかなあ……」
「できると、思ったんだ……強い力を手に入れて、皆んなの役に立てるようにって努力して、頑張ったんだよ、でも全然できなくって……所詮、私の行動は独りよがりでしかなかったんだ……迷惑をかけて、だからせめてマリィ達だけでも、って、何とかできたらと思ってた、思ってたのに!!いつもいつもこうなんだ……!!関わった人が死んでいく……いなくなる!!マリィもウイ爺も村の皆んなも、守りたい人が皆んないなくなるんだよ!!私の目の前で無惨に死んでいくんだ!!もう嫌だよ!!いつもいつも辛いんだ!!どれだけ頑張ってもこうなるんだ!!頑張りを認めてほしい訳じゃない、けど報われてほしい!!大切な人達にいなくなってほしくない!!何もできない自分が嫌いなんだ!!──スネイプ先生から幸せになれなんて言われたけど、そんなもの分からないし、未だにウジウジ悩んでるよ……!!こんなッ、疫病神みたいな人間が一緒にいていいのかって!皆んなが幸せになってくれれば、別にそれでいいって思ってるし……ッ!!……でも」
「私は世界に要らない存在だと……色んなこと言われた今でもそう思うけど……それとは別に……皆んなが大事だって思う気持ちもあるんだ……もう遅いけど……戦争は始まっちゃったし……そんなに甘いことを言ってられる状況じゃないのも、今こうして分かったし……ねえ、ドビー」
「皆んなに会いたい……」
「皆んなを守りたい……」
「どうすればいいんだろう………」
風が吹いている。
肌に染み込む冷気が、シェリーとドビーを徐ろに刺していく。
ややあって、ドビーは口を開いた。
「確かに貴方は甘ったれてたかもしれない。優しすぎたが故に独断を起こして他人を振り回し迷惑をかけた。それは反省しなくてはいけません。けれど、その過失と、貴方の功績は、別のものです」
──“何事も、遅すぎるということはない”──
「シェリー・ポッター。貴方は貴方の優しさ故に多くの人を悲しませた。けれど貴方の優しさは多くの人を救った!それも紛れもない事実なのです!次は一人じゃなく、仲間全員で助け合えばいいだけです!!
──今度は貴方が救われる番だ!!」
音がした。
ドビーが指差す先には、男達が歩いてきていた。
雪を踏み締める、三人の人影。
彼等は、
「ああ……随分と素敵なレディに成長したなシェリー」
──クィリナス・クィレル。
「はっははは!是非ともこの私のダンスの相手に誘いたいですねえ!」
──ギルデロイ・ロックハート。
「馬鹿を言え、シェリーと踊るのは俺だ」
──バーテミウス・クラウチ・ジュニア。
かつて、シェリーが救ってきた人達。
かつて、シェリーに救われた人達。
因果は巡る。
救済は返ってくる。
「仲間ならここにいる──例のあの人を倒そうシェリー・ポッター!
大丈夫──貴方は間違っていない!!」
▽▽▽▽▽▽
──それから、間も無くして。
シェリー達が行ったのは、犠牲となった子供達の介錯だった。
最早彼等は助からない。もう、生きることは叶わないのだ。
今までずっと逃げてきた死に直面する時がやって来た。
「……、シェリー、代わるか?」
「……いい。これは私がやらなくちゃいけないことだから……」
杖先に炎を灯し、洞窟ごと焼き払う。
ごめんなさい。助けられなくて──
涙混じりに呟いて、生きる屍となったマリィ達を燃やしていく。
「火が回れば、こっちも危険だ。早くこの洞窟から出よう」
「………うん」
『ありがとう』
「…………!」
「どうかしたか?」
「……いや、何でもないよ。行こう」
気の所為だろうか、一瞬、マリィの口元が微笑んでいるように見えた。
後ろ髪を引かれる思いで──けれど決して振り返らずに進む。
短い間だったけれど、勇気と希望を貰った。こちらこそありがとう、本当に──。
──そして、ここにいる誰もが気付きはせず、シェリー自身も意識してやったことではなかったが。
シェリーは介錯という形で多くの子供達の“殺人を犯した”。
紅い力は、人を殺せば殺すほど能力が増す特異な力……セドリック以降、シェリー自身も避けていた殺人の数は、今ここで大幅に増加した。
“初めての殺人は汝に消えない闇をもたらすだろう”というトレローニーの予言を、ダンブルドアは二回目以降の殺人の可能性があるとして危惧した。……これが、その二回目なのだろう。
シェリーの紅い力は強化されていた。
▽▽▽▽▽▽
──翌日。
「仕事は真面目にこなすスカビオールが一日一回の定期連絡を寄越さない……あいつの身に何かあったのか?」
定期連絡を欠かさず寄越すスカビオールの連絡が滞ったことを不審に思ったハリーは、彼のアジトの洞窟……彼曰くアトリエだそうだが、そこへ向かっていた。
異変はすぐに見つかった。
「これは……!」
焦げ臭い。何かが燃えた跡がある。
洞窟全体が焼き払われているのか。
中に入って様子を探る。……駄目だ、何もかもが破壊されていて何も分からない。
大方、どこかの魔法使いに勘付かれてアジトを焼かれたというところだろうが、ではスカビオールはどうしたのか。殺されたか、それとも上手く逃げ果せたのか……。
「────うっ!?」
途端に、頭痛が走る。
この現象は……前にも覚えがある!
これは──特殊な肉体と魔力、そして繋がりがあるが故に起こる現象──!
「……いるのか、お前。生きていたのか、お前ェ!!」
ハリーは口を歪めた。
シェリーに救われたドビー達とはまるで逆の、生まれながらにして“シェリーでは絶対に救うことができない存在”。
地獄の化身たる彼は、宿敵を見定めると悪鬼が如く前進する。
「生きているな、シェリー・ポッター!!」
──暴食が、動き出す。
今回短いですが区切りつけるためにここまでです。
3,000文字ってそんなに短い筈ないんですけどね。普段が多すぎますね。
クィレル、ドビー、ロックハート、クラウチジュニアが参戦。これまで出番がなかったのはここで活躍してもらうためです。シェリーはロックハートの病室に何度も足を運んでおり、それが記憶復活の引き金となって協力してくれました。詳しくは三巻の「闇より出ずるその恐怖」に掲載されてます。