シェリー・ポッターと神に愛された少年【完結】   作:悠魔

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8.シェリー・ポッターと神に愛された少年 Ⅳ

(ぐッ……、ここまでか……!!後は頼みました、シェリー・ポッター……)

 

 ドビーの魔力に吸い寄せられたデルフィーニが爆発し、矮小な肉体を吹き飛ばす。

 だが、振り返る暇はない。振り返ってはならないのだ。彼がくれたチャンスを無駄にすることだけはできないからだ。

 泣きながら──苦しさを確かに胸に感じながらも、攻撃は止めない。その一発一発が魔力を狂わせるオマケ付きだ。ハリーの天才的とも言えるスピードの瞬間的魔力防御も意味がない。どんどん劣勢に陥る。

 ハリーは苦し紛れに、雪の壁を作り出して目眩しするが──

 

(タマモに教わった……弓のイメージ!!紅い力が強まった今ならできる……!!)

「『軌道変化』!!うぎぃ……っ!!」

「鹿が曲がって……、ごがァア!!」

 

 ツノの生えた牝鹿が雪原を駆け、雪の壁を迂回した。

 魔力弾はハリーを追尾し、大きな曲線を描いて着弾する。

 タマモのように精密性はないが彼女の一撃の破壊力を考えれば多少なりとも追尾してくるというのは非常に脅威である。

 何てこった、この短時間で、シェリーは自身の紅い力のインスピレーションとその力の本質への理解を深めてしまった。

 

 通常のフリペンド。

 魔力をバラす魔力分解弾。

 守護霊の呪文を織り込んだ追尾弾。

 何なら、オルガン・フリペンドという連続攻撃も備わっている。

 

 ただでさえ攻撃力に優れた魔法使いだというのに、更に凶悪性が増している。これから紅い力が増していけば、更に弾の種類が増す可能性がある。

 『紅い力の更なる解放』という第二のステージへ進むのも近いだろう。

 この短期間で、紅い力への理解が深まりインスピレーションが芽生えているのだ。このままでは押し切られる。安い挑発で、少しでも時間を稼ぐ。

 

「ッ、一瞥も──くれないのか!?随分と薄情になったもんだな!!あの頃は仲間が一人死んだら大騒ぎしてたのに!!その度に泣いていたのに!!」

「その挑発には、もう乗れないよ……!!」

 

 クラウチジュニアは雪原に頭から倒れ伏している。果たして生きているのか疑わしい状態だ。ドビーは爆発を喰らって動かない。側から見れば死人にしか見えない。

 ああ、もう助からないんだ。その事実こそが胸を締め付ける。が、雁字搦めになって脚を、杖を振るう腕を止めるわけにはいかなかった。

 死そのものでなく──死んだ意味を考える。

 これまで沢山の死を経験してきた彼女にこそできる、その思考。

 誇り高い死ばかりじゃなかった。無意味に殺された人達だっていた。絶望しながら死んだ人もいたし、その中には私が殺した人も含まれている。

 でも、その中の誰か一人でも──

──代わりに私に苦しめ、なんて言う人はいただろうか?

 優しい人達なんだ。こんな私に優しくしてくれる良い人達だったんだ。

 あの人達は、一度だって──足を止めろなんて言わなかったじゃないか!!

 

(無駄にするな!!この好機を──バーティとドビーが生み出した時間を!彼等の死の意味を考えるんだ!!ここで悲しんだり絶望したら──それこそ──彼等に申し訳が立たない!!)

「いけすかねぇ奴だったし、話が合わねェ屋敷しもべだったがよ──それでも俺にとっちゃ仲間だった!!あいつらの頑張りを無駄にしてたまるか!!」

 

 クィレルがピンポイントで打撃を叩き込んで、そこへ間髪入れずにシェリーが魔力弾をぶち込む。単純だが効果的だ。魔力の練れない今のハリーにとっては、特に。

 

「これが……君の力なんだな……!!」

 

 あの時シェリーを殺したマリィ達が、シェリーを後押ししているのだ。

 いわば呪われているとも言ってもいい紅い力なのに、その魔力は澄んでいる。彼女が殺してきた人間の中に、彼女を怨んでいる者は一人としていない。ハリーとは大違いだ。純粋な紅い力の出力ではハリーが優っている筈……では何が、シェリー達を優勢たらしめているのか。

 答えは一つ。

 『仲間の有無』──

 生きている者の中にハリーを救ってくれる者は一人もおらず、今まで殺した者の中にハリーを慮ってくれる者はいない。全員が全員、悪感情を抱いているが故に。

 

(いいとも、君が僕の上を行くのなら、喉笛に喰らいついてやる。僕は暴食だ!)

 

 ぷっ、と、含み針を吹き出すハリー。

 魔力が迸っているシェリーに届く道理もなく防御されるが、意識さえ逸れればそれでいい。懐からナイフを取り出す。

 ハリーは杖の制御が難しいと判断するや否や、ナイフによる近接戦闘でシェリーを切り付けんとする。無論、そんな苦し紛れの攻撃など喰らうシェリーではないが……

 おぞましいのは、その闘志だ。

 立っていることすら辛いだろうに、ハリーはそれでも戦いを止めない。

 押している筈のこちらがたじろいでしまうほどの、燃え上がる焔の意思。

 

「どうして、そこまで──」

「勝ちたいんだ」

 

 カラカラになった喉で、それでもハリーは声を上げる。

 分かり合える未来なんてもういらない。

 許し合える結末なんて必要ない!

 だって自分はそうじゃないから。生まれてこの方悪事しか働いてこなかった。人に優しくする方法なんて知らない。人の愛し方なんて知らない。

 ただ、自分がとれるたった一つのコミュニケーションが、戦いだけだった。

 

 ハリー・ポッター。その力は暴食。

 誰よりも愛に飢えた少年。

 

 明確に親と呼べる者はいない彼等が、たった一人家族と呼べる人物と殺し合う。

 破壊の申し子達は、互いに傷つけ合うことでしか対話をすることができない。

「ならせめて──存分まで語り合おう。

 さあ、どうした!!最後まで諦めない不屈の精神こそが君達の最強の武器だろ!?僕がへし折ってやるからさあ!!全力の君を上回ってやるからさあ!!全力でかかってきやがれバカヤロー!!」

 

 あの時もっと話し合っておけば、そんな後悔を抱えた大人が沢山いる。

 死はいつだって突然で、喧嘩別れしたまま離別した者だっている。

 それだけは駄目だ。ハリーにとってそういう感情になれるのはシェリーだけだ。戦いが不完全燃焼のままに終わって、どちらかが死んでしまうのは耐えられない。永遠に鬱憤を抱えたまま生きていくなんて絶対にごめんだ。

 唯一、幸せと呼べる瞬間は戦いの中にしかないのだから。

 

 戦いを通して──僕を見てくれ。

 

(執念……!!私にとってのロンやハーマイオニー達が、ハリーにはいなかった……だけどハリーはそれを求めてる訳じゃない。私になりたいんじゃない!私を倒して、私を乗り越えようとしているんだ!!

 こだわっていたんだ……私にっ、私以上に……!!この人は、この人なりに、自分の人生に向き合って……!!私は考えることすら放棄したのに……!!)

 

 赤ん坊ちすら劣る価値のない人生だということは、嫌というほど分かっている。ゼロからではなく、マイナスからのスタートなのだ。であるならば、せめて自身の道を後悔のないものとしよう。誰からも赦されぬ道であろうと、その運命を歩こう。他者に認めさせるためならば、悪名だろうが何だろうが轟かせてやる!

 欲しいものがあるなら、自分で掴む。

 憧れならば、この手で越える。

 彼はそういう人間だった。宿敵すらも愛すらも喰い殺し呑み込んで、己の糧にせんとする!その先に向かわんとする意思──それがハリー!

 故に、暴食!

 

「受けて立ってやる!!ハリー・ポッター!!」

「──ありがとう──」

「──ッ、『分解弾』!!」

「ガアッ……!!」

 

 紅い力によるフリペンドが、ハリーを貫き吹き飛ばしていく。

 彼の細い身体が宙を舞う。

 くるくると、音を立てて。

 これで──これで、本当に終わり。魔力も練れず体力もすり減って、彼の戦闘能力は無に帰して──

 

「ああ……本当にありがとう、シェリー・ポッター!!僕の勝利の手助けをしてくれて!!勝負事ってのは最後に勝つから面白い……!!」

「な……ッ!?」

「デルフィーニ!!来い!!」

 

 なんという──執念。いや、意地か。

 彼が吹き飛ばされた先にはデルフィーニの姿がある!

 ハリーは大口を開くと、魔力人形たるデルフィーニを空中で『捕食』した。

 

「な、何してるの……!?お腹壊すよ!?」

「トチ狂ったかハリー・ポッター!」

「そのような余裕ある物言いも、すぐに出来なくなるぞ!がはぁッ」

 

 体内へと取り込んだその瞬間、魔力変化が起こる。

 デルフィーニは謂わば『生きる魔力』。それを体内に取り込んだとなれば、それはつまり、魔力の補充をしたということ!

 雪原に着地したハリーの肉体から、空になった筈の魔力と毒液が染み出す。

 紅い力が変化を見せる──!

 

「生を散らさん、死を齎さん──思いつきの即興魔法──『病翳儡跪坐(ヘレボルス)』!!

 ハハハハ……一度形成し、体外に放たれたデルフィーニは、周囲の魔力を吸収して爆発する性質を持つ!そうやって集めた魔力を敢えて僕の体内で爆発させることで、細胞は活性化し、肉体からは毒が染み出す!こんな風になああああ!!!」

「何……スライム……!?」

 

 ハリーを覆う毒液は、鎧のように彼を覆っていき、肥大化する。

 その様相はまるでポイズンスライムだ。本体の何十倍もの大きさの毒液を纏ったスライム状の怪物──彼が息をするだけでこちらの呼吸が詰まりそうになる。

 ただそこに存在するだけで脅威だと見て取れる、毒素の塊のような生き物。ハリーを覆う死毒の膜は、命を奪わんと流動する。

 体高およそ五〜六メートルほどの巨大生物が爆誕したのだ。

 毒の巨体がゆっくりと一歩を踏み出す。死んでいた大地に亀裂が走り、紅い稲妻が迸った。煮凝り切った半透明の破壊者と化したハリーは、一歩、また一歩と歩みを進めていく。

 

(やってみるもんだな……!!肉体の負担が半端ない、もうあと一回くらいしか呪文は使えないだろうが……この『病翳儡跪坐』なら分解弾で魔力を狂わされた今の僕でも操作できる!!ただ毒を撒き散らしながら歩くだけだ、精密動作もクソもないからな……!!)

「あれはまずいぞ……!!接近戦はおろか近付くことすら危険だ!おまけにあの毒の分泌量、一度喰らえば私の擬似解毒では到底間に合わん!」

「一度距離を取ってください!!皆さん絶対に近付かないで!!」

「くっ……『分解弾』!!」

 

 シェリーは魔力を紐解く分解弾を放つも消せたのは表面の毒膜だけだ。そんな軽微の損傷など、すぐに自己回復してしまう。シェリーの分解弾を警戒しているのだ。毒液を敢えて過剰放出することで、分解弾の分解許容量を大幅に上回っている。分解弾を連発すれば毒の向こう側に薄っすらと見える中の本体へと肉薄できるのだろうが、いかんせんここまでの戦闘で魔力をそれなりに消耗している。それだけの魔力が残っているかどうか──。

 加えて、シェリーの魔力弾が点での破壊にしか過ぎないのも大きい。これだけの巨大物質を消し飛ばすには、面での攻撃が必要不可欠なのだ。シェリーをあからさまに意識した能力だが、こちらの主力は彼女で間違いない。実に有効だ。

 ただ、苦しいのは向こうも同じ。

 ハリーは紅い力をヴォルデモートから渡され、毒使いとして覚醒した際に、自身の肉体に毒耐性を付与している。これによりハリーは毒物を摂取しようが問題なく胃の中で分解できる。

 が、今調合している毒は酸性が極めて強く無差別だ。如何にハリーといえど、想像を絶する程の激痛が襲い、細胞という細胞が悲鳴を上げている。デルフィーニが無限に魔力を供給するので死ぬことはないが、蓄積されるダメージというものは極めて大きいと言わざるを得ない。

 まさしく諸刃の剣。

 然して、これがハリーの底力。

 何としてでも倒すという意思が生んだ最強の必殺魔法に、シェリー達の心は緩やかに絶望感を帯びていく。最高幹部の彼が捨て身になって編み出した魔法なのだ、簡単に打ち破れる筈もなし。奇跡でも起きない限りは──。

 

「だったら、起こしてやるわよ“奇跡”!!」

 

 意外や意外、口火を切ったのはパンジー・パーキンソンだった。

 

「あんた達覚悟決めなさい!!全員で協力しないとあいつは倒せないわよ!!」

「え、あ、分かった!」

「ディゴリーさん!!」

「あ、ああ!!皆、私に続け!!封印呪文で奴をこの場に足止めするぞ!!好き勝手動かれる方が逆にきつい!攻撃はシェリー達がやってくれる!!全員でかかれば動きを封じるくらいはできる筈だ!!」

「相手は死喰い人の最高幹部!本部の連中もいないのに、ここまで粘れたのは私達の全員が死力を尽くしたから!!だったらあともう一押しくらい気合い入れて──

──奇跡って奴を起こすしかないわよ!!」

 

 『奇跡』!……パンジーはその重みをこの場の誰より理解している。かつてのホグワーツ戦線において、格上の魔法使い達相手に、あの気に食わないウィーズリー達が奇跡を起こしてみせたが故に!

 感情も露わに、ハリーは巨体を動かすものの……不死鳥の騎士団の数十名にも及ぶ封獄が緩慢な彼の動きを更に鈍重なものへと変えた。

 

「奇跡なんてものがそう簡単に起きてたまるかよ!!」

「ええ、起きるわきゃないわよ!!あんなのは死ぬ気で頑張った人間に、たまに神様が起こしてくれるものでしかない!!」

「よく分かってんじゃないか!!」

「だから!!不死鳥の騎士団支部総勢百四名が死ぬ気であんたを倒しに行く!!あんたを倒すのに心血注ぐ!!わかる?全員が全員、全身全霊なの!!そしたらその内の誰か一人くらいにはきっと奇跡が降りてくるって計算よ……!!

──神様も!!きっと私達を見てくれる!!見つけてくれる!!」

「ほざけよォッ人間!僕に畏怖しているだけでは終わらんということか!?そのような戯言をほざき始めるとはね!!」

「私はスリザリンだからね……狡猾に、一番勝算が高い手段を選んでるってだけ!本当は頑張りたくなんてないし、無茶なんてしたくもないけど……こうでもしないとここにいる皆んな死んじゃうって知ってるからねっ……!!」

 

 いの一番に啖呵を切ったパンジーの口を塞がんと、今や毒の怪物と化したハリーの口から致死量の毒ガスが噴射される。しかしすぐに不死鳥の騎士団達による風魔法がガスを吹き散らしていく。

 ハリーの毒ガス量であれば、並の魔法使いが風魔法をいくら使ったところで吹き飛ばせる量ではないのだが……天候が荒れ始めているのだ。強い横殴りの風が、騎士団の味方をしている。

 

(チッ、こんな時に……!いやいい、どうせ毒ガスなんてこんな開けた場所じゃほとんど意味ないんだ、最初っからアテになんてしちゃいない!……それよりもまず、この封印結界を破壊しなければ!)

「総勢百四名の中には……勿論、あんた達のことも入ってる。シェリー、あんたには私達がついてる!!後ろは私達に任せて、あんないけすかない眼鏡野郎をぶん殴ってきなさい!!」

「言われなくても!!」

 

 治療班による回復魔法によりシェリー、クィレル、ロックハートの体力はみるみる内に癒えていく。それでもハリー相手には気休め程度ではあるが、冷め切った肉体に火を熾すように、シェリー達の英気が狂騒していく。満ち満ちる!

 

「その考え方は、いいなぁ……!なあシェリーよ!私のような死喰い人上がりの奇跡は起こるかな……!?」

「悪い人に奇跡は起こらないよ……!自分に自信を持って、クィレル!!」

「ああ、互いになあ!!」

「違うね!!奇跡ってのは主人公の下に降りて来るもんだ!!僕は世界の端役だが、お生憎様!『僕の人生』の主人公なもんでね!!」

「む、無理だ!!こいつをこれ以上留めておくのは……!!」

「しかもこいつ、封印に使った魔力を通じて毒を流して……!?」

「まだ!!まだだ、パンジー達がシェリーを回復し切るまで耐えろ!!ここで踏ん張るんだよ!!皆んな一緒だ怖くない!!」

(──いい御身分だな!!じっとしてろよ!!恵まれた場所でせいぜい胡座をかいているがいいさ!!すぐに飛び越してやるからさ……!!)

 

 ハリーの紅い力が、ここに来て、絶対殺戮の様相を帯びてきた。紅い力により魔力を上書きするという荒技。風呂の中に氷を突っ込んで冷水にするくらいの力業を、彼は容易くこなしてみせる。

 毒が、侵蝕していく。

 今のハリーは歩く災害といって差し支えない程の力を身に付けた……!

 

「神様!私達に、力をください──紅い力、解放!!」

 

──まるで、旋風。

 シェリーは紅い力の身体強化を瞬間的に使用することで、人の身を越えた神速の疾走を可能にせしめた。地面は抉れ、大気を切り裂く程の人間砲弾となって、殺戮の化身たるハリーへと向かっていく。

 だが、いくらシェリーが決死の突貫を決めたところで意味がない。

 シェリーの攻撃力は脅威だが、その性質上ハリーの毒液防御を全て破壊する手段を持ち得ないからだ。一度に破壊・分解できる量は決まっているし、その瞬間肉体の一部を切り離せば実質ノーダメージでやり過ごすことができる。

 歯牙にもかけない、絶対防御。

 その筈だ。その筈なのだが──

 

「──君がそんな無意味なことをする筈がない!!」

(その通り──嫌になるほど、こっちの思考を読んでくるね……!!)

 

 ハリーの推測通り──変化は起きた。

 シェリーに追走する形で、影に忍ぶように接近しているクィレルの姿を、紅い瞳は逃さなかった。シェリーは囮……?いやクィレルがすんでのところで身代わりになるという算段か……!

 ならば、攻めの姿勢を崩しはしない。

 身代わりになろうが、分解しようが意味のない程の毒の大質量をぶっつける。

 毒が噴出され、毒スライムの半分ほどの質量を使用した毒液が、滝のようにシェリー達へと降り注ぐ。彼女達のスピードが仇となった。最早この毒から逃れる術はないものと思え──!

 

「今よ!!」

『封印結界、解除!!』

「なッ……にィィィィ!?」

 

 毒攻撃を喰らわさんと動いた瞬間を狙ったかのように、封印が解除される。一瞬の内に解除されたものだから、さしものハリーも体勢を崩した。

 前方めがけて毒攻撃を放ったハリーはその勢いのままぐらつき、倒れ込む。元々、疲労は足腰にきていた。肉体を守っていた毒液の鎧が崩れる。下手に攻撃せず、待ち構えていた方が良かったか……!

 いやこれでいい!シェリー達はどうせ今頃毒液に塗れている筈……ッ、

 

「これだけの毒質量……全てを分解し切る魔力は残ってない……けど」

「一点突破ならどうだ……!?」

 

 フリペンドと吸血の合わせ技──

 毒液に敢えて突っ込むような形で、シェリーとクィレルが突撃し──フリペンドと吸血作用で一部分だけを突破した──!

 文字通り、針の穴を突くような作戦だがこいつらは──!!

 再び毒を再構築する暇もない。クィレルがその勢いのまま、ハリーの頭を鷲掴みにしたからだ。みしり、とハリーの頭骨から嫌な音が聞こえた。

 シェリーは既に杖を構えている。相変わらずの速さ……!

 

「毒沸き肉腐れ!!負けてなるものかァアアアア!!!」

 

──だからどうしたってんだ。

 防御しても遅いと言うなら、直接、致死毒をクィレルの身体に染み込ませるまで。

 クィレルはハリーの頭を掴んだことを失策に思った。この毒の量は分解し切れないと本能的に悟ったからだ。やはり、今までのヒットアンドアウェイ戦法で少しずつ毒を流されるのと、体内に直接毒を流し込まれるのでは訳が違う。

 血管が毒の量に耐え切れず破れ、腕ごと千切れ飛んだ。

 これ以上流し込まれ続ければ、いくら吸血鬼とて死ぬ。

 ならば、と。

 逆にクィレルはもう一方の手で、ハリーの喉元を鷲掴んだ。

 どうせ死ぬのなら、こいつはここに固定させる……!!

 

(いいさ!!毒を流した本当の狙いは、君を通してシェリーに毒を喰らわせることなんだからなァ……!!終わりだ!!)

「……ッ、先に、逝く……!!ありがとう、シェリー……ッ」

 

──私を見つけてくれてありがとう。

──私に愛をくれてありがとう。

 クィレルから血が噴き出す。

 血煙は、ハリーが流した毒を多分に含んでいた。彼が解毒し切れなかった分の毒素はたちまちの内に魔力を食い潰し、シェリーの身体を蝕む。

 その筈、だった。

 彼女の魔力がまったくの衰えを見せないどころか、肉体が少しも損傷など起こしていない様子は、ハリーを驚愕させるにはあまりにも大きすぎる事実だった。

 何故、効かない。

 この毒は特別に調合した即効性のある毒なんだぞ!

 間接的に浴びただけとはいえ、すぐに目眩が来て、狙いがブレるくらいはする筈だというのに、何故──!まるで『攻撃を完全に防いだ』みたいに──、

 

「──これが私の創作魔法、『プロテゴ・メンダシウム』。ほぼ全ての魔法を防ぐ事ができますが、一回使ったら暫くは使えない、薄っぺらの盾ですよ」

「な、んだ……そりゃあ」

「血の視界が開けた──行く」

 

 シェリーの杖先には十分な魔力。

 しかし、ハリーもまた体内の魔力を総動員して破壊エネルギーに当てる。

 互いにこれが必殺の一撃と悟り、

 互いにこれが最後の攻撃と理解した。

 紅い瞳と、紅い髪。

 選ばれなかった男の子と、生き残った女の子。

 神に愛された少年と、神に呪われた少女。

 

 

 

 互いが互いを欲していた。

 互いに互いを傷つけた。

 生まれてきた時から、こうなる宿命だったのかもしれない。

 怒り、悲しみ、愉悦、高揚──正負を抱えた二人の感情は衝突する。

 或いは、ずっと前からこうしたかったのかもだ。使命感も、生きる意味も理由も、立ち位置すらも全て忘れて、ただただ感情をぶつけるきょうだい喧嘩がしたかった。

 世界に望まれなかったいのち同士、理解して欲しかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 これで、殺し切るつもりだ。体内のデルフィーニごと破壊して、もうこれ以上立ち上がれないようにするんだ。

 ……ああ、よくここまで漕ぎつけたもんだよなあ。

 さぞかしまァ、愛されてるんだろうな。

 でも、僕はそんなの要らないさ。

 僕は僕だ。

 他の誰かと同じものなんて欲しくない。

 僕が欲しいのはたった一つだけ。そう、たった一つの欲望──

 この世に居ていい理由──

 いや、僕が僕であるための──!

 

 

 

 

 

 

 

──“愛”はまだ、満ち足りちゃいない!

 

「僕を見ろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──皆んなのお陰でここまで来れた。

 独りで護ろうとして、空回って、結局、迷惑ばかりをかけた。

 どうか赦されるのなら──これから変わっていく私を否定しないで欲しい。

 これからの努力はきっと、今までのそれとは違うものだから。

 受け取ったものを、今度はきちんと繋いでいくから。

 もう、死を、人生を、無意味だなんて言わないから……

 頑張らせて欲しい。

 もう揺れない。

 自分の存在理由なんて、今でもよく分かっちゃいないし──

 生きる価値なんて、正直なところ見い出せてはいないのだけれど──

 託されたからには、生きてみせるよ。

 自分がどれだけ恵まれていたか、本当の意味でようやく気付けた──

 

 

 

 

 

 

 

──“愛”をありがとう。

 

「私を見ていて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボログリム!!」

「フリペンド!!」

 

 

 

 

 

 

 

 破壊と破壊。

 憤怒と暴食。

 それぞれが互いを喰い合って成長し、地鳴りのような衝撃を生む。

 何もかも吹き飛んだ雪の荒野の上で、少年だった者達は踊る。

 

 魔力を通して──二人の記憶と過去と感情が混ざり合う。

 

 

 

 

 

 苦しかった日々。/耐え抜いた日々。

 初めて友人ができた喜び。/初めて人を殺した虚無感。

 友を失った絶望。/姉に出会えたことへの仄かな期待。

 何もできない自分への嫌悪。/何も為せない自分への焦燥。

 

 

 

──『死ぬのだとしても、分かり合えるものなら、分かり合っておきたい。ただの悪人として対峙するのではなく、一人の人間として向き合いたい』

 

 

 

──『僕が感じた全てを伝えたい。僕という人間を分かって欲しい。誰にも理解されないまま死ぬのは想像するだけで怖い』

 

 

 

 

 

 

 自己を嫌う少女と、愛に飢えた少年。

 彼等の痛みと苦しみとが混じり合い──昇華されゆく。

 

 

 

 

 

 歪で、イカれてる。きっと人は二人の関係をそう言うだろう。

 けれどこれこそが、ハリーとシェリーを繋ぐ象徴そのもの──

 

 絆──と、呼ぶもの。

 それは時として、愛と呼ばれるもの。

 

 

 

 

 

 

 

 そして後には、彼等だけが残った。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ン────」

 

 最初に感じたのは痛みだった。

 呼吸を欲して息を吸うと、焼けた喉に風が入り込んで苦痛を生む。かろうじて流れている血は殆どが流れ切って、肉体を冷たくしているのだ。

 腹より下の感覚が曖昧だ。デルフィーニがあった辺り──下腹部の辺りが一切の容赦なく削り取られている。これではもう、治療は不可能だ。

 眼だって掠れてよく見えない。擦ろうとして手を動かそうとしてみるが。やはりと言うべきか、ほんの僅かにも動かせない。

 ああ、

 死ぬのだな、という実感だけが、胸を満たしていた。

 

「──気が付いた?」

 

 殺風景な雪原におよそ似つかわしくない、春風を想起させるような澄んだ声。

 億劫になりながらも瞳を大きく開いてみると成程、宿敵の顔がすぐそこにあった。

 

──シェリー・ポッター。

 膝枕するような形で、ハリーを見下ろしているのだと、ようやく気付いた。

 ああそうか──負けたのか、と、ハリーは自嘲の笑いを溢す。結局、彼女に勝つことはできなかった。

 だと、言うのに──

 何故こんなにも、清々しいのか。

 理由は、分かっていても言う気にはなれなかった。

 

「君……」

「……パンジー達に言って、少し離れた所に行ってもらったから。……今は私と貴方の二人だけだよ」

「そうか……」

(……お母さんの眼だ)

 

 紅い力が消えて、彼が元々持っていた瞳が露わになる。

 とある男が愛した美しき翠──。嫋やかでありながらも、溌剌な草原を思わせるそれが、爛々と光を反射していた。

 

(ほんとうに、きみは、あの人達の血を継いでいるんだね)

「……どうだった、シェリー。僕は……」

「…………?」

「僕は……凄かっただろう……?善とか悪とか抜きにさ……頑張ったよな……?間違っていたのかもしれないけれど……君だけは……僕を褒めろよな……」

 

 感情を咀嚼した。

 少し考えて、シェリーは、

 

「……セドリック達を、色んな人達を殺したのは赦さないけれど……君が決められた運命と戦っていたのは凄いと思った……私にはできない生き方だったから……」

「……は、は……僕は君を越えた何かになりたかったんだ……だとすりゃあ、これは僕の勝ちだな……ははは……」

「…………そうかもね」

 

 目を数度瞬かせると、そこには、満天の星空が広がっていた。

 自分の父親の生み出す宇宙のような永遠の闇ではない──希望を指す夜空。

 遥か彼方、手の届かないところに、綺羅星が浮かんでいる。

 

「……そうだな……星がいい……」

「え?」

「君の技名だよ。分解弾なんて味気ない名前じゃ締まりが悪い……星を元にした名前をつけるといいさ……それと」

 

 ハリーは視線をポケットに向けた。

 

「僕のベルトに引っ掛けてるナイフ……それも持っていくといい……何かの役には立つかもだ……」

「……いいの?」

「どうせ地獄に行くんだ……こいつがあっても意味ないし、それに……君にとっては因縁のナイフだからな。それは君がセドリックを刺したナイフだ」

「…………!」

「ハハ……嫌がらせだよ……そのナイフは血を吸収する性質があってね……セドリックの遺体は僕が食べたから、遺体と呼べるものはもうそれしか残ってない。嫌なら捨てても構わないけど……?」

「……貰って、いくよ。彼が生きた証でもあるし……君が生きた証でもある」

「そして君の罪の証だ」

「……その通り、だね」

 

 言いようのない喪失感を抱えて、シェリーは過ぎる星々を見送った。

 ハリーの述懐を、所詮は闇に生まれ落ちた者の戯言と断ずるには、シェリーは少々彼に関わりすぎたといえよう。殺戮を平然と行える者の言葉など、聞くに値しないと考えていたというのに。

 だが寧ろ──死者を真に偲ぶなら。

 

「そういうところ……相手がクズだろうが甘っちょろいところ……そういうのが人を惹きつけるんだろうな……君は……カミサマには愛されなかったかもしれないけど」

 

 俄に感じる空気として、彼の限界を悟っていた。

 呑み込まれそうな昏い空の下で──少年はそれでも不遜に微笑う。

 邪気はなかった。

 戦いで交わし合った対話では、足りなかったのではないかと思わせるほどに──

 シェリーは彼のことを知らな過ぎた。

 

「人には……愛されたな……」

 

 こんな貌で──笑える、なんて。知らなかったんだ。

 青い顔が告げていた。

 刻限は、間近であると。

 

「ハリー・ポッターと人に愛された少女の物語はこれで終わりだ……」

 

 少しでも命を繋ぎ止めたくて、言葉を紡いだ。

 それがどんなに無意味か分かっていても、止められなかった。

 ああ、馬鹿みたいだ。

 分かっていたことなのに。

 決めていたことなのに。

 今こんなにも、胸が苦しい。

 

「生まれ変われたら……君も一緒に……」

「ばーか。僕のリベンジが先だ……今度は仲間を集めて君に勝つからな……僕だけの最高の仲間を見つけてやるさ……

 ……まぁ……それも終わったら、考えてやってもいいかもな……少しは……」

「……きっと、だよ……?」

「少しは………な…………」

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉……さん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 淡く積み重なった残雪と、鈍く瞬く星空に挟まれて。

 

 彼の灯火は、吹き抜ける風と共に──

 消えない想いと、残った物を胸に抱いて。

 

 

 

 面影だけが、色褪せなかった。

 

 

 

 

 

 

 




ドビー      死亡
死因:デルフィーニの囮になる。

バーテミウス・クラウチ・ジュニア 死亡
死因:ハリーの毒を喰らい、奮戦するも倒れる。

クィレル     死亡
死因:血管に毒を流され、死亡する。

ハリー・ポッター 死亡
死因:シェリーとの魔力弾の撃ち合いの末に敗れる。

その他、不死鳥の騎士団数十名死亡
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