一花から電話だ。
かまくらの中でフー子に『公平に』と諭されて勇気が湧いていた時に、かかってきた。ちょうどいいタイミングかもしれない。
『三玖、もしもし、今どこにいるの?』
「私なら、フー子と休憩所の近くにいるけど」
『五月ちゃん見なかった?スキーしに来たんだけど、どこにもいなくって。ゴホッ』
「大丈夫?」
『ごめんねー、朝より咳が酷くなってきたかも』
「それならコテージに戻って安静にしてて」
『えー!せっかく服レンタルして着替えたのにー!私もスキーしたいよー!』
「だめ、病人はベッド」
一花ったら、遊ぶ気満々……。秋とはいえ肌寒い夜に水でびしょ濡れになって、その上スキーなんてしようものなら風邪が悪化するだろうに。
ぽん、と右耳に感触があった。フー子が会話を聞こうと、携帯に耳を傾けて……って、顔が近い!近い!
「!なんだ一花、やっぱ悪化したんだ。お互いついてないね」
「ス、スピーカー!」
ずっとこの距離だと私の心臓が死ぬ。せっかくの機会だけど、これが限界!
『三玖とフー子ちゃん一緒なんだね。ちょっと安心……かな。じゃあ、二人にお願い。一人でいる五月ちゃんを見つけてあげて。きっと寂しいはずだから』
(そういえば、五月はまだ見てないな……)
かまくらから出て、五月を探そう……と思った矢先に、後ろから抱きつかれる感触。あえなくフー子と共に雪の上に転がる。この重さと声には聞き覚えがある。
「三玖と上杉ちゃん見ーっけ!」
「四葉……」
「へへーん、こんな所で油断してちゃだめですよ」
(忘れてた……)
そういえば追いかけっこしてたんだっけ。フー子と話してる間にすっかり頭から抜けてた。
「あと二乃も捕まえたし、残るは五月を見つけるだけですね」
「まったく…私も人捜ししてるのに」
見ると、文句を言いつつ二乃が建物の陰からやってくる。でもこれで残るは五月だけ。
「……四葉、五月には逃げ切られたの?」
「いえ、少なくとも屋外では見かけもしませんでした」
「屋外……って事は、屋内なら!」
フー子は名案を思いついたと言わんばかりに、食堂の方を指差した。
▽▽▽▽▽▽
「おかしい。ここに五月がいないなんて」
「失礼……」
あの子ならご飯の香りに誘われてやって来ると思ってたんだけど、私の推理は見事外れたみたい。
そもそもスキーを始めてから五月のことを一回も見ていない。もしかして上級コース?心配だな……。
「上級コースなら私も行ったわ。けど、五月はいなかった。……いくら広いゲレンデとはいえ、これだけ動き回って誰も見かけないのは不自然だわ」
「おお、上杉さんじゃねーか。それに、さっきの」
「!前田君」
オールバックの不良めいた男の子。もしかして彼なら何か知ってるかも……。
「五月見なかった?この子と同じ顔の、星型のアクセサリーつけた子」
「同じ顔なら見たけど……アクセサリーまではな。顔も隠れてて分からねえし」
そういえば、さっきゴーグルと帽子をつけた三玖が誰か分からなかったばかりだ。
「そっか、そうだよね……」
「スキー場にいるんだよな?」
「うん……あの子は、スキーを……」
あれ?
五月がスキーを選択しただなんて、誰が言ったんだっけ?五つ子がスキーを選択したからあの子もスキー場にいるって、思い込んでないか?
「五月はスキーを選択してるんだよね?」
「えっ。で、でも、皆んなと話してスキーが良いって話になって、それぞれ担任の先生に言ったから……スキーの筈だよ」
「もしかして途中で気が変わって、川釣りや登山に行ったんじゃ……」
「それは………どうなんだろう」
こういう時、川釣りや登山の方に友達がいれば……。そう思い悩む私を見かねたように、前田君が助け舟を出してくれた。
「ちょっとダチに聞いてみるッス。もしもし武田か?中野さん、知ってるだろ?川釣りの方に来てるか?」
『中野さんかい?見かけなかったが……』
「私も。ハーイ、二乃だけど。私と同じ顔の子そっちの登山の方にいない?」
『いやー、見てないけど』
……どういうこと?
スキーでも登山でも川釣りにもいないって。
コテージには一花がいるから、五月がそこにいる可能性は低いとは思うけど……。
「事態は思ったよりも深刻かもね……」
「登山や川釣りの方に行ってないとなると……考えられるのは、立ち入り禁止のエリアとか……」
遭難、という文字が脳裏に浮かぶ。
「本当にコテージにいないか見に行く」
「私は先生に言ってくるよ!」
……やばい。頭がくらくらする。
(五月、どこに……)
考えがまとまらない。昨日から災難続きだ。
(こんな時、らいはのお守りがあれば……)
そこで、自分の思考に何か引っかかりを覚えた。何だ…………?何か、見落としてる。五つ子関連じゃなくて、私が何か関わっていたような……。
もう少し、考えよう。
(登山でも川釣りでもなく、かといってスキー場にいるわけじゃない。そもそも今日は五月を見ていないし、かな子のことを探してた二乃も、さっきまで一緒に過ごしてた三玖も、運動能力の高い四葉も、この子達が変装している可能性は低い。する理由もないし。
あと捜していないところは、それこそ立ち入り禁止の危険なコースくらいしか………
…………『立ち入り禁止』の………
…………『危険なコース』………
…………………あ)
「それじゃあ、先生のところに……」
「待って、私に心当たりがある。大丈夫、たぶん見つかる」
皆んなは……特に二乃は訝しげな視線を向けた。だけどその瞳には僅かながら五月が見当たらない事への不安と、見つかるかもしれない事への希望があるように見えた。
少しの間、考えたようだった。
「信じていいのよね?」
私は力強く答えた。
▽▽▽▽▽▽
迷わないように、何度も何度も道を確認しながらの作業だったので時間はとてもかかりました。
木々を掻き分けて歩き、文字通り草の根分けて丹念に『それ』を捜します。朝ご飯をお腹いっぱい食べたとはいえ、時刻はもうお昼過ぎを回っていました。とうに私のお腹は限界を訴えています。
……ですが、どうしても自分が許せません。
元はと言えば私が暴走してしまって二乃と上杉さんに迷惑をかけたことが切っ掛けです。
そのせいで、彼女が大切な物を失くしてしまったというなら、私の責任です。
けれども、行けども行けども見つかりません。もしかしたら動物が持っていったかもしれない。風で飛ばされていったかもしれない。捜せば捜すほど、出てくるのはそんな考えばかりです。
その邪念を振り払って、崖から落ちないよう慎重に歩きながら森の奥へと向かいます。
せめて暗くなる夜までには『それ』を見つけて帰りたいところですが……。
「…………あっ」
あった。ありました。
足元に気をつけないと引っ掛けそうなほど低い位置にある枝に、『それ』が引っかかっていました。
私は手を伸ばしてーー
「見つけた」
ひょい、と取られてしまいました。
「二つとも、ちゃんと見つけた」
驚愕する私をよそに、上杉さんはいつもの調子で「あー、服が汚れちゃった。せっかく買ってもらったのに」などと嘯く。
いつから気づいたのだろう。上杉さんがらいはちゃんから貰った『お守り』を、私が捜しているだなんて。
「なに、簡単な話。スキーにも川釣りにも登山にもコテージにも行ってなくて、あと残っているのは『肝試しに使った森の中』だけってハナシ。何で森の中にいるのかは最初は分からなかったけど、あんたに森でお守り失くしたかもって話したのを思い出してね」
その通りだ。
だから朝早くから起きて、誰にも見つかる事なく一人で森の中へと向かった。
私の勝手に皆んなを巻き込みたくないのもありましたし……。
それに、何より。
「あんたがこのお守りを一人で探してた理由。私達に引け目があったんでしょ」
「……その、通りです」
「五月が森の中で迷ってる間、私が五月を探していた。しかもそのせいでお守りを無くしちゃったと知って、余計に責任を感じた。
らいはとの関係を一番よく知ってるのは五月だ。だから自分が許せなかったんだね」
大切な姉妹にプレゼントしてもらった時の感動と喜び。そしてそれを失くしてしまった時の寂しさ。姉妹がいる者同士、その感情は痛いほどわかる。
これが上杉さんとらいはちゃんではなく、私と一花だったら、二乃だったら、三玖だったら、四葉だったら。想像するだけで物凄く悲しくなる。……そんな感情を、上杉さんに抱かせたくなかったんです。上杉さんには、そんな思いしてほしくない。
「ごめんね。私が失くしちゃったせいで、こんな事させて。騒ぎを大きくして、皆んなに会い辛くしちゃった。ごめん」
「!違うんです、上杉さんは全然悪くありません!」
謝るのは、私の方なのに。この人はいつもいつも、謝るのは自分からだ。
「ごめんなさい……私……自分が許せなくって………」
けれど、もう私達の間に、変装しなければお互い謝れないほどの溝はない。嘘つき嘘子になる必要はない。
その事実を確認した時…………不謹慎かもしれませんが、胸が熱くなってしまいます。
「まったく、バカ不器用め。
肝試しの最中に失くしたって言われて、大真面目に森の中を探すやつがいるかっての。
……ほんと、不器用なんだから」
口では悪態をついているけれど、彼女の口調はとても柔らかだった。以前のように喧嘩腰になる事もなく、ただただ穏やかに自分達の本音を曝け出すことが出来た。
「管理が悪かった私も悪い。だからこれは、お互い様だよ」
上杉さんは笑った。
「ありがとう、五月。私のために……本当にありがとう」
その笑い顔は、とても綺麗だった。
「……………」
その笑顔に見惚れていると、不意に、上杉さんの顔が歪んだ。
「………う……」
「……ハァ、ハァ、ハァ……」
「え?う、上杉さん……?」
今更気づいた。彼女の身体は、とても熱かったのです。
▽▽▽▽▽▽
あーーー、フラフラする。頭も痛いし。らいはってばこんなのに耐えてたの?すっごいなー、まだ小学生なのに。さすが私の妹。
五つ子が心配して付いてきてくれたけど、らいはのに比べたら大した事ないだろうし、別にそんなに深刻な顔しなくてもいいのに。
皆んな落ち込んでるし……。なんか悪い事しちゃったな。
「よく連れてきてくれたな。上杉は一旦この部屋で安静にさせ様子を見る。これ以上悪化するようなら私が病院に送ろう」
ああーー、怠い。喉いったいし。
だけど様子を見るったってさー、まさかこのハゲネズミ先生が隣にずっといる訳じゃないよね。せめて女の先生であってほしいんだけど。ほら、生徒へのセクハラとか最近話題になってるじゃん?
「わ、私も残ります!」
五月?
私の体調が悪くなったのは五月のせいだ、なんて思ってないんだけど、彼女はそうでもなさそうだ。
別に気にしてないから、ラストのキャンプファイヤーを楽しんで欲しいんだけどな。
………って言っても、引きそうにないな。
「………ゴホッ、別にあんた達がいても仕方ないでしょ。一人にして……」
「という事だ、早く行きなさい。これよりこの部屋を立ち入り禁止とする!見つけたら罰則を与えるからな」
「………あ、その前に。二乃、ちょっと」
先生から少しだけ許可を貰って、二乃にかな子の事を伝える。『外せない用事ができて行けなくなった、スキー場でたまたま会って頼まれた』、と。
二乃には申し訳ないけど、こんなヘロヘロで踊る訳にもいかない。かな子に変装する事ももうないだろうし、もうあの時の事は忘れちゃってほしい。
二乃は珍しくしょんぼりした。
「嫌われちゃったかな……。少し重たかったかしら」
「……ん……いや……」
「まぁ、待つだけ待ってみるわ」
「………ゴメン。元気出してね」
二乃にも悪いことしたな。そもそも二乃と初めてかな子として会った時のカツラと同じのをつけてる事に気付かなかった私が不用意すぎる。そりゃ同じ人だなって思うわ。
さあ、病院代とか薬代とかもバカにならないし、さっさと寝て治すとしよう。
どうやら一応、女性教員が隣で様子を見る事になったらしい。知らない先生……。早く寝なさいって言って電気を消される。
まあ、そうだよね。
でもなんだかな……。この先生が嫌って訳じゃないんだけど、見知った友達や、家族が側にいて欲しくなる。贅沢な悩みと言われれば、それまでなんだけど。
らいはや一花って、こんな気持ちだったんだね。……一花には悪いことしちゃったな。
(せめてあの子達が側にいてくれるだけで、気が楽になるんだろうけど)
……いや、それは私の我儘だ。私の体調管理がなってないからこんな目になったのに、その上あの子達にこれ以上迷惑かけられない。
さっさと寝よう。
起きたらきっと治ってるはず……。
目の隙間から入り込んでくる朧げな光で、私の意識はほんの少しだけ覚醒しつつあった。
……夢だろうか?
五つ子が、私のベッドの近くで心配そうに顔を覗き込んでいるような。何でここにいるんだよ、さっさとキャンプファイヤー行けよ。それともまさか普段の報復に来たんだろうか。
一体何を考えて……。
「みんなあなたに元気になってほしいと思ってます。上杉さんがどんな人なのか、私にはまだよくわかりませんが……、……目が覚めたら、よければ……」
「教えてください。あなたのことを」
『結びの伝説 2000日目』
夢を見ていた。
君と出会った高校二年の日。
あの夢のような日の夢を。
「夢のような日って、ふふっ。風子が私たちに会った日でしょ?一花、二乃、三玖、四葉、五月。五つ子だったとそこで知ったんだよね」
隣に立っているその子は、穏やかに笑みを漏らした。それは静かではあったけれど、本心からの、心からの笑みだった。
これからの人生を想像するだけで、幸せが止まらない。そんな気持ちが詰まっていた。
私も、五年経ってそんな笑い顔ができるようになっていた。
「夢のような日なんて見えなかったけど?」
「そうだね」
まさか、私がこんな顔をできるなんて。こんな顔を人に浮かべさせられるなんて。あの時は思ってもみなかった。
私はあの瞬間を、大人になってからも夢に見る。とんでもない悪夢かもしれない。でも、矛盾しているようだけれど、結構楽しい悪夢なんだ。
あの時のことは正直よく覚えていない。
だけど災難続きだった林間学校には、不思議と嫌な覚えもなかった。
結びの伝説。キャンプファイヤーの結びの瞬間、手を結んだ二人は。生涯を添い遂げる縁で結ばれるという。
『結びの伝説 1997日前』
どちらが上か下か分からない。上下の感覚がない。浮いているのか立っているのか、それとも座っているのか?
昇っているような気もするし、永遠に落ちていくような気もする。前に向かっているようで、後ろに下がっているようでもあった。
もしや、回っているのだろうか?だとしたら、どの方向に向かって?……分からない。
身体の感覚が無かった。
自分の存在が不明瞭だった。
突如として恐怖と悪寒が身体を襲った。このまま消えて朽ちていくのかと、不安に思った。何にもなれず、誰の役にも立てず、消えていくのかと。
(………………私は……………)
そんな私を繫ぎ止めるように、左手がじんわりと暖かくなった。指の一本一本が、誰かに握られている。柔らかで、確かにそこにあるもの。
ーー私はここにいる。
ぼやけた視界がクリアになり、柔らかい布団の感触が包み込んでいることに気がついた。
「あの時もずっと耐えてたんだね。私も周りが見えてなかったな」
「らしくないこと言ってないで、早くいつもの調子に戻りなさい」
「私たち五人がついてるよ」
「私のパワーで元気になってください!」
「この三日間の林間学校、あなたは何を感じましたか?」
熱が出たのは幸運だったかもしれない。顔が赤くなって、照れているのがバレないから。
私の今のこの気持ちを言うのはなんだか恥ずかしくって、包み隠すように大きな声を出した。喉痛いのに。
「うるさい!寝られないでしょーが!」
「わー!起きたー!」
「あはははー」
「おまじないすごーい」
「さっさと出てけー!」
ほろ苦い思い出さえ幸福に感じるのも、多分みんながいたから。
今なら言えるかもしれない。
あの時言えなかった一言。
「傍にいてくれてありがとう」
林間学校編 変更点
一花→踊る約束が無くなり、終始三玖のサポートに回る事に。でもそれはそれとして自分の恋心も自覚。
二乃→かな子ちゃんイベント増量。出会って即百合展開は、わりと男の子に興味ある二乃の場合どーかなーと思ったので、時期を早めました。
三玖→大幅に変更した人その1。一花が踊る約束がないのでアピールできるかと思いきや恋愛に消極的なフー子を避けるように。
四葉→特に変更なし。
五月→大幅に変更した人その2。原作ではフータローを男として意識していましたが、倉庫の中二人っきりで一花が押し倒されるイベントを目撃しても特に反応無いだろうと思うので、こういう展開に。
結婚式?そんなん一番書きたいわ!けど一番悩ましいシーンやから泣く泣くカットや!
【時系列考察】
一話時点で、半袖の制服や上杉家に扇風機がある事から夏終わりだと推測できる。
しかし、夏休みの描写がない、またすぐに冬服に入る事から一話は9月序盤〜中旬頃。
花火大会は本編開始してから約一〜二週間後くらい。
試験は(ごく一般的な高校なら)10月中旬頃。
勤労感謝の日が11月23日なので、林間学校は10月後半〜11月中旬頃。
期末試験は12月序盤だと推測できる。
12月24日までに五つ子は家を買ってる。
アニメ範囲終わってキリが良いのでしばらくは投稿しません!楽しみにしてくださってる方すみません。
しばらくはもう一つの連載作品の方を執筆する予定です。でも二週間くらいでまた戻ってくると思います。