五等分の花嫁 -上杉風子の場合-   作:悠魔

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スクランブルエッグ 五玉目

 

「らいはちゃん」

「なーに?四葉さん」

「今日で旅行もおしまいだけど、どうでしたかー?」

「うん、すっごく楽しかったよ!昨日はお父さんとたくさん遊びに行ったんだー。お姉ちゃんがいなかったのは残念だけど、でも、とってもいいとこだったって学校が始まったら友達に言うんだ」

「わぁーっ!やっぱりらいはちゃんは良い子です!戸籍を改竄してでも自分の妹にしたいくらいです!」

「思いっきり犯罪ですが」

「……そういえば。三玖さんと一花さんはどこにいるの?」

「二人ならそこのサウナじゃない?」

 

 

 

「三玖……もう限界なんじゃない」

「まだ平気……」

「凄いね。お姉さんはそんな無理できないよぉ。降参」

「……一花。期末試験、本当は悔しかったんだ。多分顔に出てたから気づいてたとは思うけど」

(無表情だったよ…!?)

「でも、もういいんだ。私達は生徒と教師だけど勉強だけが全てじゃないと分かったし、なにより、諦められないから。私は私を好きになってもらえる何かを探す。勿論勉強と並行してね」

「……ふーん、そっか」

「……降参したんじゃなかったっけ?」

「負けたくなくなっちゃった」

 

 

 

「二乃、どうしたのです?」

「……もうなりふり構ってられないかも。一花、まさか……。五月、あんたは私に内緒にしてることないでしょうね?」

「……仮にあったとしても言えないから隠し事なんですよ」

「それもそうね」

 

 

 

「……なんだかこの温泉、入った時より熱くなった気がする!」

「そうかなー…あれ、そういえば上杉ちゃんは?」

「お父さんと入るって。逆上せてないといいんだけど」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

昨日はあまり家族と過ごせなかった。

なので、せめて連れてきてくれたお父さんにお礼と反省をこめて、何かやって欲しい事があれば言って。と、起き抜けで言ったところ、背中を流して欲しいと言われた。

という訳で混浴である。

 

「でも恥ずいなー…。誰か入ってきたらと考えると、ねぇ」

「どーせ俺達以外に客なんざいねえだろ」

「え、本当?」

「ああ。さっき仲居さんに聞いたんだが、この数日で宿泊したのは二組だけなんだとよ。しかもその二組は風子と五つ子の嬢ちゃんが当てたもんだ。五組限定だぜ、そんな事あると思うか?」

「……それは、まあ、確かに」

「そこで仲居さんに質問したんだ。この旅行券が当たった客は何組来ましたかって。驚いたね、俺らより先に既に四組来てたんだとさ」

「………それって」

 

私が一つの結論に思い至った時、温泉に入ってくる足音がした。

らいはがやって来たのかな?

それとも、五つ子の誰かかな。

 

「あっ」

「えっ」

 

男の人?

う、うそっ、マルオさん?

中野家の、お、お父さん!?

全身をお湯の中に隠す。

う、嘘っ。ここにいるの、私と中野家だけって聞いてたのに。だから混浴も大丈夫だろうって思ったのにぃ!

なんで!?

なんでよりにもよって混浴とか一番興味なさそうな人が来るのぉ!

 

「こ、ここは男湯の筈ではっ」

「お前ここ混浴だぞ」

「さっきお前が入っていくのを見たものだから……っ!す、すまない、すぐ出るよ」

「え!いやいや、そ、そんな!わたっ、私が出ますから!ほら、お父さんと積もる話もあるでしょうしさ!」

「だ、だが、私は」

「おいお前達、一旦落ち着けよ」

「………はい」

「………うん」

 

そうだ。落ち着け。

落ち着いてとりあえず湯船の中に入ろう。

あっマルオさんも入った。

どうすんのこれ。

あれこれどっちも出て行けない感じじゃないのこれ。おかしいな。

一瞬だけど、お父さん以外で男の人の裸を見たのなんて初めてだよ。こういう時どうすればいいんだ。

うわぁマルオさんの方まともに見れない。

つーか見ちゃいけない気がする。

なんか凄い怖いオーラ出してるし。

 

(わ、私は何てことを。娘と同じ歳の少女と同じ湯に浸かっているなんて、笑い話もいいところだ。零奈さんになんて申し開きをしたらいい?さっさと上がりたい……)

 

……ああ、駄目!

もう無理!限界!出る!

「……わ、私、先に上がるからっ!」

「ああ、うん、では」

「また後でなー」

 

 

 

「…………ごめん」

「……まあ、事故なら仕方ねえさ。お前が故意にそういう事をする奴じゃねえってのは分かってるしよ。風子には後で俺が言っておくから」

「ありがとう……」

「まあ人生そういう事もあるさ。せっかくだし、お前も一杯どうだマルオ!」

「それは遠慮する。あと名前で呼ぶな」

「そういうところは昔と変わんねーのな」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

(あの人が、偽の旅行券を作り出してでもここに来た理由。そんなの決まってる)

 

昨日の夜、神妙な面持ちで二人が話していたのを、小耳に挟んだんだ。

 

『最後くらい孫達とまともに話してはどうか?あなたに残された時間は少ない』

『思い出は残さぬ。あの子らに二度と身内の死の悲しみを与えたくない』

 

危うく盗み聞きがバレそうになったからそこから先は聞いていないけれど、でも、その話が本当なら──。

フロントには、いつもと変わらずそこに佇んでいるお爺ちゃんの姿が。

 

「実は昨夜の話を聞いていたんですが…」

「………」

(死んでるの?……って本当に死んでたら洒落にならないよ。ていうか私は何をするつもりでここに来たんだろう。ましてや他所の家の事情。私に出来る事なんてない)

「………」

(だから、せめて……)

「お世話になりました」

 

下げた頭の上から、よぼよぼの掠れた声が降ってきた。

「孫達はわしの最後の希望だ。零奈を喪った今となってはな」

「え………」

「どうか孫達に伝えてくれ。自分らしくあれと。……それと、勢いよく投げ飛ばしてすまなかった。正直やりすぎた」

「!お爺ちゃん……」

 

……本当にそれでいいのだろうか。

そこからはあっという間だった。

荷物を片付け、それらを全てリュックの中に仕舞い込めば、後は帰るだけだ。

五つ子達は、ありがとう、またね、と、それぞれ笑顔を浮かべていた。

言い出しっぺは誰だったろうか。

写真を撮る事になった。

せっかく来たのだから、記念に、と。

 

「さあさあ上杉ちゃん入って入って!」

「なんで私も!?」

「わー、入る入る!」

「卒業式を思い出すな。な、マルオ」

「僕を名前で呼ぶな」

 

ああ、お爺ちゃんが遠巻きに微笑ましそうに見てる。

……なんだか腹立ってきた。

自分は死ぬから関わらない方が良い?そんなわけないじゃない。

「お、お爺ちゃんも写真入りなよ!」

「……儂も?」

「ほら、何だかんだお世話になったし!」

「しかし……」

「それは良い考えですね!お爺ちゃん、是非入りましょう!」

 

ぐいぐいと、やや強引にお爺ちゃんが連行されていった。

しかもど真ん中だ。

相変わらず顔は髪で隠れてよく見えないし窺い知れないけれど、私の見る限りでは。どこか照れ臭そうに笑ってた。

マルオさんが小さな声で、ボソリとお爺ちゃんに耳打ちした。

「思い出は作らないのではなかったのか」

「ふ、そんな事も言ったか?歳を取ると忘れっぽくていかん」

「………ふふ」

 

私達の記念写真では、皆んな楽しそうに笑っていた。

五人ほどそっくりな人物がいるので、心霊写真か合成写真を疑われそうだけど。

 

「あの子達はきっとあなたの死も乗り越えます。あの子達は強い。短い付き合いですがそれは保証します」

「……そうか」

「私、また来ます。何度だって来ます。あの子達との思い出を沢山作らせます。貴方の思い出が無くなっちゃう、なんて事はさせないから」

「……あいつと同じ事を言うんだな」

「え?」

「………ふ。その時には、姉妹の顔くらい見分けられるようになっているんだな」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

『最後くらい孫達とまともに話してはどうか?あなたに残された時間は少ない』

『思い出は残さぬ。あの子らに二度と身内の死の悲しみを与えたくない』

 

『お前も、辛かったのではないか。零奈を喪って……』

『………否定はしない』

 

『愛する者と二度と会えぬ絶望。共に過ごした思い出が多ければ多い程、その絶望は深くなる。楽しかった記憶はもう増えないのに、会えない絶望は永遠に続く。そんな想いをあの子達にもうさせたくないのだ』

『……貴方は、あの人がいなくなってしまった時、もっと話しておけばよかったと、もっと顔を見ていればよかったと思わなかったのか?』

『……………』

『確かに、あの時は絶望した。もう二度と会えないという現実は、受け入れ難いものだった。だが、それでも僕達は、その思い出を大切にしていかなければならない。美化も劣化もせず、ありのままの彼女を、ずっと心に留めて憶えておかなければならないんだ。でなければ、彼女は、本当にこの世からいなくなってしまう』

『……………』

『たった二泊三日で事足りると思ったか。貴方がいなくなってしまう日まで、私達は何度でも思い出を作りに来る。ありのままの貴方を、永遠に心に留めるために』

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「お爺ちゃんとっても楽しそう!」

「よかったー、皆んなで撮っておきたかったんだー」

「この姿のままで良かったのでしょうか」

「これはこれで記念だね」

「いやあ、じっくり見ても誰が誰かわかんねーな」

「いえいえお父様も見分けられますよ、愛があれば!」

「愛で目を補うってか?」

「ぶふッ。……さ、さあ行こうか、っく、この辺りは滑りやすく、ひっ、危険だ」

「滑るどころかツボ入ってんじゃねーか」

 

(……だとしたら。私があの時一花だと分かったのは……)

まあ、でも、見分けた事に変わりはない。

これでもうあの子達に騙されずに済みそうだよ。

 

「!えーっと……な、なに?」

「………」

 

『彼女』は、ふいに、私の方へと小走りで走ってきた。

そして何やら顔を近づけて、変な……何かしようとしているようだった。

え?

本当になんなの?

困惑して後ろに体重をかけた。

滑った。

マルオさんの言っていた事は本当だったらしい。脚の裏が摩擦を失い、あわや後ろに倒れてしまった。

 

そして、『彼女』も。

 

掴まるものを探して、左手は空を切った。

誓いの鐘のロープ。

もう少しで届いた筈のそれは、ちょうど手先を掠っていた。

私にもう少し身長があれば、男であれば届いていたであろう手は、ロープには届かなかった。

『上杉風子』だから、鐘は鳴らなかった。

後ろに倒れた私に、『彼女』が覆い被さる形になる。

運命が決定的に変わったとしたら、恐らくこの瞬間からだったと思う。

いや、たぶん。

ずっともっと前から。

 

──鐘は、未だ、鳴らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

『結婚する気はない』

 

『っていうより、興味がないの』

 

『だって、私達は──……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キス……なんで……」

「…………」

「………訳わっかんないよ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◯変更点

一花→三玖と出番入れ替え。三玖の名シーンパクった人になっちゃった。

二乃→概ね変更なし。

三玖→一花と出番入れ替え。四葉バフからのメンタル補強イベント突入。

四葉→実はこのイベントがかなりの転機だった。今後彼女の思考に若干の変化が生じていく(予定)

五月→お腹が空きましたぁ〜!

 

原作でフータローが姉妹を見分けるシーンは基本カットかボカして書いてます。

この時点でそういうシーンがあると「あれこいつ花嫁じゃね?」と勘繰られる可能性があるためです。




五等分の花嫁も今日発売のマガジンでとうとう最終回を迎えてしまいました。寂しい……。
思えば去年の一月から冬アニメとして放送されてから原作を買うようになり、当時書きたかった二次創作の原作としてお借りしたのが三月頃の事です。友人も視聴していたので非常に楽しく観させていただいておりました。
そこから約一年、単行本にして6巻分。毎週マガジンを読むのが楽しみでした。最終回を迎えた今でもこの作品と出会えて良かったと思います。
春場ねぎ先生、お疲れ様でした!

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