「ふぁー、よく寝た。身体中カチカチ」
「あっ、お、おはようございます、一花」
「?どうしたの?」
「い、いえ!何でもありません」
「そう?」
階段を下りていく一花を、皆んなが不安げに見つめていました。
それもそのはず。
先日の一花の電話をたまたま聞いてしまいまった私は、彼女が家を出て行くかもしれないということを知っているのです。
本人にはまだ詳細を聞けていませんが、あの時の発言は、嘘や冗談の類いには到底聞こえませんでした。
──本気、なのですか。一花……
▽▽▽▽▽▽
「お見舞いに来ましたー」
「店長、これお花です」
「やあどうもすまないね君達」
中野医院。
かつて私も入院していた病院に、私達の店長も入ることになろうとは。
久しぶりに見る店長は、何だか本当に怪我人って感じの怪我人だ。
「お怪我の具合はどうですか?」
「あとは術後の経過を見るだけさ」
「うわー、痛そ……」
「これ、お口に合うか分かりませんが」
「ありがとう、二人ともよく来てくれたね。嬉しいよ」
お見舞いといえば花、ということで花屋さんで適当な花を見繕ってもらった。
さて。
店長と軽く話して、そろそろ帰るかと病室を後にする。と、その前に。
「二乃、これ。花」
「………?え?何で?」
「あんたの母親用のお花。明日が命日なんでしょう?私も行こうかと思ったけど、知らない人が来てもお母さん困惑すると思うから、花だけ渡しとく」
「………ありがと」
「いいよ」
「──フーちゃんはいなくならないでね」
「え?……何かあったの?二乃」
「………いいえ、まだ、何も」
二乃は陰りのある顔でそう言った。
事情を知ることになったのは翌日。
一花が女優業に専念するために、高校を辞めることになったと、マルオさんから電話で伝えられた。
電話越しとはいえ、その無機質な声は、現実離れした疎外感を抱かせた。
▽▽▽▽▽▽
「皆んなには言っておかないとね。私、二学期からは学校行かない。辞めるんだ。
──突然ごめん」
突然の出来事に動揺した。
つい数分前まで、お母さんの墓参りをして、誰が供えたのか分からない花(お父さん?)に不思議がって、帰ろうとしていたところだったのに。
九月からの長期ロケを受けることにした一花は、少し離れた撮影地で拘束時間も長いから学校は諦めないといけない、ということらしい。
二乃は狼狽した。なんで、と。
それも当然だろう。
私達が同じ学校に通えるのはこれで最後なのだから。
(でも、応援するべきだよね。姉妹の幸せを願うのなら、ここで私は、中野四葉は、一花を送り出してあげなければならない。
────あれ?)
送り出してあげなければならない?
送り出せば、どうなる?
一花がいなくなるということは、姉妹全員が揃うことはなくなる、ということ。
────矛盾。
どちらの選択肢を取るべきだ?
姉妹の幸せを願って送り出すのか、
姉妹が全員でいることを考えるべきか。
……ああ、やばい。会話が耳に入らなくなってきた。
「一花、本当にもう選択肢はそれだけしか残ってないの?……次の花火大会は?皆んなで行こうって約束してたあれは……」
「行けなくなるかもしれない。それでなくても、仕事とか稽古とか、ギリギリのスケジュールだから」
(──ていうか、あれ?あれあれあれ?
そもそも、それっておかしくない?
じゃあ私が今までしてきたことは?
上杉さんを姉妹の誰かとくっつけようとしていたのはどういうこと?
上杉さんと姉妹の誰かが恋人になるということは、誰かが選ばれないということ
──少なからず溝が生じるということ。
どうするべきだ?
私はどの行動を取れば、『姉妹のことを思っている中野四葉』でいられる?)
「──────」
「二乃、寂しいですけど家では一緒と言ってくれています。一花が学校よりも大切なものを見つけたことを喜びましょう」
「………まさに優等生のセリフね。それは本当にあんた自身の言葉かしら」
(────私の言葉ってなんだ?)
帰り道、口を開く人はいなかった。
(分からない)
中野四葉には答えがなかった。
思考を放棄したが故の、選択肢の貧困さに我ながら呆れる。自分の思考を他者に委ねていたが故の、疑問。
これは、私が心の底では姉妹のことなんて考えていないからだと思う。
あるのは保身。
人に嫌われないように動いた結果、自己というものが確立せず、結果として自分だけの結論が擁立しなかった。
(私は私のために行動していた)
姉妹のためじゃない。
私はどこまで行っても、
自分のためにしか動けない。
馬鹿だ。果てなく、どこまでも。
「四葉」
顔を上げる。……五月だった。
話があります、と言われて、何?と問い返すと、「一花に何をするべきか」と返ってくる。
──そんなもの、私が聞きたい。
「私……どうしたらいいか分かりません。一花を応援したいという気持ちは確かにあります。けれど、このままでは五人バラバラになってしまうという不安もある。
──自分の気持ちが分からない。やってみて分かることもあるとは思いますが、何をやりたいかが分からない」
「────」
「四葉、……自分が一花に対してどうしてあげたい、とか、ありますか?」
「……どうなんだろ。ごめん、私もよく分からないや。どうするべきか……」
「その、四葉。前から疑問に思っていたのですが…『自分はこうするべき』とか、そういう、使命感とか義務感だとかに囚われてはいませんか?」
「………、そうかも。でも実際、私が姉妹のために動くのは当然のことだよ。
だって私は六年前、皆んなに迷惑をかけてしまったのだからその分の報い、償い、埋め合わせ、何でもいいけど、そういうのをしなきゃだし」
「……四葉はこのまま四葉の信念と心中するんですか?」
五月は言った。
その生き方では自分は救えないと。
破綻した信念を抱いたまま、四葉という人間は消え失せてしまう、と。
──駄目だ。
それでは駄目なのだ。
それではあの頃に逆戻りだ。
「もう、あの頃の四葉を赦してあげてもいいんじゃないですか?自分のために生きてもいいんじゃないですか」
──それじゃあ駄目なんだ。
私はあの頃に戻りたくない。
私はあの頃とは違う!
自分の欲望に身を任せていたあの頃とは違うのだから!
「四葉はいつも頑張ってきたのだから…
もう十分苦しんだでしょう?
あなたのたった一人の妹として、私の尊敬するお姉ちゃんに一つだけわがままを言いたいんです。
もう幸せになってほしい。
自分の好きなことを探して欲しいです」
「──違う!!!」
「──四葉?」
「違う………違う、違う!
私は自分にとって都合の良いことばかりして楽をしていただけ!あの頃と何も変わってはいないの!」
「私は──私は、そんな人間じゃないの!優しくなんかない!立派なんかじゃない!私は、あの時、心の中でほくそ笑んでいた最低な人間なんだ!!誰よりも特別だって思いたくって……他のどの姉妹よりも優れているんだって……!!」
「私は尊敬されたかった!他の誰よりも、私が特別だと思いたかった!」
「それは、特別になれば、皆んなに胸を張れると思ったから!何もできない私には運動だけが取り柄だったから、それを極めれば姉妹から脱却できると思ったから!
私は姉妹から逃げたかった!!怖かったんだ、自分が落ちこぼれていると思われることが!!」
「私がやってきたことは全て打算による行動で、いい子だと思われたかったから!
嫌われたくなかったから!
惨めで、滑稽で、矮小なのが私なの!」
「一花がいなくなるって知って、正直、ホッとしてる。比較されずに済むことに!
……馬鹿みたいでしょ?五月の思ってる以上に、最低なんだよ、私……」
「そんな人間が、一人だけ幸せになっていい訳がないんだ!!」
私は──何を言っているのだろう。
妹相手に、こんな。
一花がいなくなってしまうことに対して思っていた以上に色々な感情が混じっているようだった。
羨望。
嫉妬。
孤独。
焦燥。
きっと、旅館で風子ちゃんと一花が一緒に過ごしていた時から、ずっと。時計の針は動いてはいないのだ。
私は未だ廊下の先にいる一花を見続けているだけなのかもしれない。
「──付き合っちゃいけないって、誰が決めたんですか?」
されど、五月の口調に淀みはない。
五月の主張はいつだって正しくて、いつだって間違っている。ただ、純粋な気持ちだけが原動力。
「──四葉本人ですか?」
「………そう、だけど……」
「それなら、もう一度決め直せばいいんですよ。私は告白してもいいんだって」
「そんな半端は許されないよ」
「半端?四葉が上杉さんのことを好きな気持ちは半端だったのですか?」
「──そんなことは……!!」
「大丈夫ですよ、四葉」
「四葉がどれだけ自分のことを嫌いでも、
私達はその何十倍も四葉が好きですから」
(──これでよかったのでしょうか)
(上杉さんが四葉を好きだという保証はどこにもない。私が四葉を焚きつけた結果、四葉を傷つけさせてしまうかもしれない)
(──けれど)
(こうなった以上、私にできるのは──)
(四葉の恋を応援した責任をとることだけ)
それは、上杉ちゃんが、私達のマンションにやって来た時のことだった。
他の皆んなは出払っていて、いるのはただ私一人だけ。本当なら一花も含めた全員でやりたかったんだけど、と、上杉ちゃんは苦笑した。
私はただただ困惑していた。
今、どんな顔をしていいか分からない。
薄っぺらな仮面は壊れかけだった。
「……上杉ちゃん、それは何を──?」
「一花用の教材作ってるの!前に私が出した夏休みの宿題と二学期・三学期の内容を加味して問題集作り直して、一花の学力を落とさないようにするの!」
「え?で、でも一花は──」
「知ってる。辞めるんでしょ?でも、私には秘策があってね………五人全員で卒業できる可能性はあるんだ!」
(………すごいな、風子ちゃんは。相変わらず……)
六年前も、会った時も、今も。
彼女はずっと前進し続ける。
好き、とは、いわば尊敬にも似た感情なのかもしれない。
「ねえ、四葉、これ作るの手伝ってほしいんだけどいいかな?前にしたみたいに、五つ子の観点から見ることで、問題が解けるようになるかもしれないから」
「で、でも、私なんかじゃ」
「四葉だからいいのっ。ね?」
「──わ、私で、よければ」
そんな彼女の側にいられることが、私にとっては何よりも嬉しくて。
だから、だろうか。
心が緩んでいたと思わざるを得ない。
そんなことを聞かれるなんて。
「──ねえ、もしかして、四葉が五年前の女の子だったりしない?」
「──ああ、はい。そうですよ」
──今自分は何て言った?
困惑は後からやってきた。
おまけ
カットしたシーン
「二乃君」
「!パパ」
「ようやくうちに帰ってきてくれたみたいだね。一花君から連絡もらっているよ。考え直してくれたようで何よりだ(本心)」
「……なんでパパはいないの?」
「毎日帰りたいところだが(本心)、生憎忙しくてね(嘘)。元々あそこは君達用に購入した部屋だ、好きに使ってもらって構わないよ」
「──……パパ」
「おっと、すまない。もう行かなくては」
「明日も忙しいの?」
「………………ああ(嘘)」
皆んなFate好きやねー。